No.103205

真・恋姫†無双~江東の花嫁達・娘達~(目に見える幸せと見えない幸せ)

minazukiさん

娘編第七弾。

今回はまさかの異色組み合わせである音々音と琥珀です。
盲目の琥珀が主役のように見えるのはたぶん、そう、気のせいだと思います。

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2009-10-25 23:10:54 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:14397   閲覧ユーザー数:10559

・オリジナルキャラクター紹介

 

 徐福(じょふく)・・・・・・一刀と琥珀の娘で真名が翡翠(ひすい)。

            正史では徐庶の子孫がわからなかったため、改名前(単福ではあれなので)を引っ張り出しました。

            盲目の母を愛しており、その手伝いをこなす良い子。

            母親の娘であることを誇りに思い、自分が見える世界の中で母の姿をしっかりと受け止める。

            母親同様に美しい漆黒の髪を持ちそれが嬉しいらしい。

 

 陳姫(ちんき)・・・・・・一刀と音々音の娘で真名が美々美(みみみ)。

           正史では娘の存在があるのでとりあえず姫ということでこの名前にしました。

           愛称は「みみ」。

           母と同じチャイニーズ帽子をかぶり、いつも分厚い本を持ち歩いている。

           母親のような必殺技はないが、そのうち会得したいと思っている。

(目に見える幸せと見えない幸せ)

 

 その日、盲目の徐庶こと琥珀はいつになく上機嫌だった。

 

 恋に負けず劣らない大食いの彼女がその食事をそっちのけで寝台の上で座って我が子の髪を梳いていた。

 

「母様、今日はすごく楽しそう」

 

 娘である徐福こと真名が翡翠(ひすい)は母親と同じく黒髪を櫛で梳かれるのが心地よいのか柔らかな表情だった。

 

「今日は御主人様が来てくれるから」

 

「それは凄く楽しみです」

 

 呉に来てから幾年、琥珀は目が見えないことを表向きは嘆くことなく日々の生活を楽しんでいた。

 

 一刀の姿を見れなくても自分のことを分け隔たりなく優しく接してくれ、その温もりを感じるだけでも幸せだった彼女に子が宿った。

 

 初めは自分のように目が見えないかもしれないと思い素直に喜べなかったが、一刀が琥珀に似て美人になると言ってくれたおかげで産むことを決めた。

 

 闇の中で感じる苦痛に耐え、天高々に木霊する我が子の産声を聞いて、琥珀は一刀に心から感謝をした。

 

 そして目の見えない自分を月達が協力しあって翡翠を今日まで育ててくれたことにもいくら感謝をしてもし足りなかった。

 

「それで父様はいつこられるの?」

 

「もう少し」

 

 目に見えなくとも一刀が来ることを楽しみにしている翡翠に琥珀も楽しくなる。

 

 だがその度に目が見えない自分が嫌になることがある。

 

「母様?」

 

 そんな気持ちを敏感に感じ取ってしまう翡翠は母親の頬を手で触れる。

 

「母様、辛い?」

 

「どうして?」

 

「だって、そう感じるから」

 

 時折見せる寂しく辛そうな表情をする琥珀に翡翠は気になっては心配をしていた。

 

「大丈夫。少し考え事をしていたから」

 

 娘に心配されるほど琥珀は自分の目が恨めしかった。

 

 もし見れていたならばもっと別の人生を遅れていたかもしれないだけあって、光りのある世界を取り戻せたらいいのにと思っていた。

 

「でも大丈夫。もう少しで御主人様が来るから二人できちんとお出迎えしよう」

 

 優しく娘の黒髪を撫でる。

 

 目の見えない母親が元気になれるとすれば父親しかいないと翡翠は考え、一刀がくるのを今か今かと待ち続けた。

 

 すると廊下が賑やかになってきた。

 

「母様」

 

「そろそろくるね」

 

 足音が大きくなっていき、そして。

「ちんきゅーきーーーーーっく!」

 

 大声と同時に部屋の入り口が勢いよく開き、一刀が吹き飛ばされてきた。

 

「父様!」

 

「え、御主人様?」

 

 あまりにも状況が突発過ぎたため、何がどうなっているのかわからない琥珀と翡翠。

 

「いてててっ」

 

 背中をさすりなら起き上がろうとする一刀に、

 

「もう一発!ちんきゅーきーーーーーっく!」

 

 追い討ちをかけるように音々音の必殺技が一刀の背中を見事に捕らえてかえるのごとく床に再び倒れこんだ。

 

「フフフッ。悪は滅んだですぞ」

 

 一刀を容赦なく足踏みするのは音々音と詠ぐらいだった。

 

「ねねさん?」

 

「これは琥珀殿~」

 

 何事もなかったように音々音は一刀から足を離して琥珀達の前に行く。

 

「翡翠殿もおられましたか」

 

「御主人様が何かしたの?」

 

 姿が見えなくとも床に倒れこんでいる一刀を心配する琥珀に音々音は両腕を組んで十数年経っても変わらない胸を張った。

 

「このヘボ主人がみみに手を出そうとしたから天誅を下したのです」

 

 音々音の娘である陳姫こと美々美はまだ十にもならぬ幼女であり、ましてや父親である一刀が手を出すなどまずありえないと琥珀は思った。

 

「はは殿、あれは違うのです」

 

 分厚い本を脇に抱えて部屋の中に入ってくるチャイニーズ帽子とセーラー服姿の美々美は床に倒れている一刀の横に座って背中を撫でる。

 

「みみ~~~~~」

 

 起き上がり美々美を泣きながら優しくきしめる一刀に音々音は再び必殺技を繰り出そうと構える。

 

「こら、ねね。これは父親としてのスキンシップだぞ」

 

「はは殿、ちち殿をいじめてはダメです」

 

 一刀の味方になった美々美に音々音は攻撃をすれば巻き込んでしまうためギリギリで止めた。

 

「みみに感謝するのですぞ」

 

「はいはい。ありがとうな、みみ」

 

 第三撃を止めてくれた功労者の髪を何度となく撫でると、当の本人は照れくさそうにしていた。

 

「琥珀、翡翠、今日はねねとみみを含めて五人で出かけようか」

 

 美々美を膝の上の乗せてようやく落ち着いた一刀の一言に琥珀は一瞬躊躇してから頷いた。

 

 それを見た翡翠は母親の代わりに父親にこう言った。

「父様」

 

「どうした?」

 

「お出かけとは街へですか?」

 

 もしそうならば翡翠は断ろうと思っていた。

 

 なぜならば最大の理由は琥珀の目だった。

 

 人混みの中を歩かすのは琥珀にとって大変な事であり、一度はぐれてしまえばどうなるかわからなかった。

 

 以前、そういうことがあると娘としては必要以上に警戒をしてしまっていた。

 

「いや、今日はちょっと遠出だ」

 

「遠出ですか」

 

 それならば安心してもいいと思った翡翠は母親の方を見ると、自分を心配してくれた娘に微笑んだ。

 

「ねね、準備の方はできているか?」

 

「ヘボ主人に言われるまでもこの陳宮公台、抜かりはありませぬぞ」

 

 そう言いながらもお弁当や馬車の手配を音々音自身がしたわけではなかったが、それはあえて一刀は突っ込まなかった。

 

「他のみんなも一緒ですか?」

 

「いや、今日に限ってみんな用事があってね。たまたまねねとみみだけが空いていたんだ」

 

 翡翠はてっきり雪蓮や恋も来るものだと思っていただけに、一刀の言葉は意外だった。

 

「母様、よかったですね」

 

「御主人様」

 

 気配で一刀がどこにいるかを探ってその方向を見て感謝の意を表した。

 

「とりあえず出かける準備をしようか」

 

「待つのです、ヘボ主人」

 

 美々美を離して立ち上がろうとする一刀に音々音は制した。

 

「なんだよ?」

 

「まさか琥珀殿の着替えをするというのですか?」

 

「それ以外にあるか?」

 

 夫婦なのだからそれぐらい問題ないだろうといわんばかりの一刀に音々音だけではなく、美々美や翡翠までもが少し引いていた。

 

「ちち殿」

 

「どうした?」

 

「さすがに琥珀殿も困っています」

 

「え?」

 

 一刀が琥珀を見ると顔を紅くしていた。

 

「御主人様に着替えを手伝っていただける……」

 

 琥珀の頭の中ではその場にいた全員の想像を超えることが行われていた。

 

「俺が悪かった」

 

 一刀は素直に自分の発言が誤りだと謝罪した。

 半刻後。

 

 とりあえずなんとか出かける準備を済ませた五人は用意されている馬車に乗り込んだ。

 

「いってらっしゃい」

 

 見送りは雪蓮と月、詠の三人だけだった。

 

「夜までには戻るよ」

 

「わかったわ。しっかりね」

 

 雪蓮の頬に軽く口付けをする一刀に周りの妻と娘達は見て見ぬ振りをした。

 

「御主人様」

 

 荷台に乗っていた琥珀が手探りで一刀の前に行くと服を掴んできた。

 

「ほら、一刀。琥珀もしたいって♪」

 

 雪蓮に言われるままに一刀は琥珀の方を見ると準備万端だった。

 

 周りを見ても横を向いていたため琥珀の頬に軽く口付けをした。

 

「御主人様♪」

 

 それだけで満足なのか琥珀は嬉しそうに口付けをされた頬に手を当てて喜んだ。

 

「あらあら、いつになっても一刀は女たらしね♪」

 

「おいおい、自分で進めておいてそれはないだろう」

 

 苦笑しながら一刀は琥珀の頭を撫でると彼女はさらに喜んだ。

 

「琥珀のほうもいつになっても一刀が一番みたいね」

 

「母様は父様のことが大好きですから」

 

 自分にも優しいから翡翠としてはもっと一刀にいて欲しいと思うときがあるが、それは仕事などがあるため仕方ないと思った。

 

「琥珀」

 

「はい」

 

「何かあれば一刀の手を握りなさい。そうしたら貴女を絶対に一人にしないから」

 

 本人ではなく雪蓮が言ったことに琥珀だけではなく月や詠も驚いた。

 

 それは絶対の信頼があるからこそできることであり、雪蓮以外の誰にも真似できないことだった。

 

「はい」

 

 琥珀は雪蓮の言葉を信じるように力強く答えた。

 

「それじゃあ行ってくるよ」

 

 一刀が馬車を動かすため前に座り残りの四人は荷台に座った。

 

「ねね、お願いね」

 

 ゆっくりと動き出す馬車に雪蓮は音々音にそう言った。

 

「任せるのです!」

 

 自信ありげに音々音は胸を叩き雪蓮に応える。

 

「お気をつけて」

 

「ねね、きちんと監視しておきなさいね」

 

 月と詠も五人を見送った。

 整備された道をゆっくりと時間をかけて馬車を進ませていく。

 

 青空の広がる気持ちの良い遠出に一刀達は満足だった。

 

「琥珀殿、今日は素晴らしいお出かけ日和ですぞ」

 

「そうですか」

 

 見えなくてもそうなのだと感じることで琥珀は楽しんでいた。

 

「翡翠殿、これは素晴らしい本です」

 

「みみちゃん、少し難しいです」

 

 二人の娘は美々美が持ち歩いている分厚い本を荷台の上で開いて仲良く読んでいた。

 

「二人とも何もこんな時に勉強しなくてもいいんだぞ」

 

 楽しく五人で出かけているのだからもっと別のことで楽しんでほしいと思っている一刀だが、二人からすれば十分に楽しんでいた。

 

「ヘボ主人」

 

「うん?」

 

「恋殿と愛殿のお二人はどちらに出かけたか知っておるのですか?」

 

「さあ?俺も行き先までは聞いていないんだ。それに恋達だけじゃない、風達もいないんだ」

 

 何人かというより一刀と雪連の新婚旅行中に同行するようになった者達がそろっていないことに一刀も不思議がっていた。

 

「まぁそんなことよりも今日は五人で楽しもうな」

 

 音々音は恋と愛がいないことで多少不満げだったが、いないもの強請りをしても仕方ないと思い素直に引き下がった。

 

「琥珀も今日は楽しんでくれよ」

 

「はい。御主人様と一緒ならどこにいても楽しいです」

 

 そして一刀の顔が見られればもっと楽しく幸せな気持ちになれるであろうとまでは口にしなかった。

 

「そういえばこの前の会談のとき、桃香が元気にしているかって言っていたぞ」

 

 一刀の側室になって以来、三国会議にも立食パーティーにもあまり参加しなかった琥珀のことを元主君である桃香は気にしていた。

 

「翡翠のことだって話していなかったんだろう?」

 

「はい……」

 

 別に報告したくないわけではなかったが、心のどこかで自分は蜀を裏切った者という気持ちがそれを邪魔していた。

 

 桃香達は琥珀が幸せであってほしいの望んでいることも一刀からよく聞かされた。

 

 自分を温かく見守ってくれている。

 

 それでも勇気がもてなかった。

 

 会えばきっと自分は逃げ出してしまう。

 

 一刀の傍だけが安心できる居場所だった。

 

 琥珀がそう考えているうちに馬車は城が小さくなるほどまで進み、長江が一望できる場所に着いた。

「おお~、ヘボ主人にしてはなかなかいい場所を見つけましたぞ」

 

 長江を一望できる場所の先に立って絶景に心奪われる音々音。

 

「琥珀殿もこちらに来てくだされ」

 

「え?」

 

「すばらしい眺めですぞ」

 

 風呂敷を広げてそこに座っていた琥珀の元にやってきて手を握った音々音。

 

「わ、私は……」

 

「遠慮することはないですぞ」

 

 嬉しそうに引っ張る音々音に琥珀は思わず手を振り払ってしまった。

 

「「あっ……」」

 

 音々音と琥珀の間には何とも言いがたい空気が流れていく。

 

「はは殿」

 

「ねね様」

 

 そこへ美々美と翡翠が二人の間に入ってきた。

 

「私達も見てみたいです」

 

「ねね様、あちらも見に行きましょう」

 

 二人に誘われるままに音々音は琥珀の方を見て、自分がしたことに後悔した。

 

「ねね、三人で見てこいよ。俺と琥珀はお弁当の準備をしているから」

 

 一刀の言葉に救われたように音々音は元気を取り戻して二人の手を握って絶景を見に行った。

 

 それを手を振って見送ると、俯いている琥珀の横に座って肩を抱き寄せた。

 

「ねねだって悪気があったわけじゃないんだ」

 

「わかっています……」

 

 わかっていてもどこかで辛い気持ちになる自分がいる。

 

 琥珀は一刀の肩に頭をもたれさせた。

 

「目が見えないことは辛いことだよな」

 

 微かな光りすらみえない暗闇の世界。

 

 そんな中に何年もいれば心が強い者でも不安と恐怖につつまれ自分を見失うが、琥珀は辛うじて一刀とその周りにいる温かさを持つ者達によって失わずにすんでいた。

 

「でもみんなが優しすぎるから……」

 

 そのために相手が迷惑に思っていないかと思ってしまう。

 

「それだけみんなが琥珀のことが大切に思えるんだよ。俺だって琥珀と一緒になれて嬉しいんだから」

 

「御主人様……」

 

 彼女にとって一番安心できる居場所に包まれて少しずつ落ちついていく琥珀に一刀は髪を何度も撫でていく。

 

「それに、琥珀は俺達には持っていないものがあるよ」

「持っていないもの?」

 

 そんなものがどこにあるのだろうかと琥珀は思った。

 

「うん。でもそれは俺達が言っても意味がないんだ。琥珀自身が気づかないとね」

 

「?」

 

 一刀はごまかすように音々音達の方を見る。

 

 三人は長江を見ては歓声を上げており、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと大慌てだった。

 

「どんな景色なのでしょうか」

 

 一刀に身体を預けて琥珀は声のする方をみて羨ましく思いながらそんなことを聞く。

 

「御主人様からみて今見える景色はどんなものですか?」

 

「俺から?そうだな~」

 

 自分の周りを見てもいつもと変わらない世界がそこに広がっているだけだった。

 

「ねねがいてみみがいて翡翠がいて」

 

 最後に琥珀に視線を戻すと、

 

「ここに琥珀がいてくれる。それが俺の今見えている景色だよ」

 

 一刀の言葉が暗闇の世界にいる琥珀を温かく、傍にいてくれることを実感させてくれた。

 

 彼の見える景色の中に自分という存在がいる。

 

 それだけで嬉しくなれる。

 

 琥珀は一刀を好きになり翡翠を産めたことを感謝するように甘えていく。

 

「母様」

 

 そこへ翡翠が美々美と手を繋いで一刀と琥珀の元へ駆け寄ってきた。

 

「ねねはどうしたんだ?」

 

「はは殿ならあそこです」

 

 少し呆れた表情の美々美が指差した先を見ると、そこにはいくつものポーズをとっている音々音の姿があった。

 

「ねねらしいな」

 

「年を考えて欲しいです」

 

 娘としては恥ずかしい限りで、顔を紅くする美々美は軽くため息をつく。

 

「母様?」

 

 翡翠はさっきとは違う母親の様子を不思議そうに眺めていた。

 

「翡翠」

 

「はい?」

 

「翡翠は母様のことは好きかい?」

 

「もちろんです」

 

 自分を愛してくれる母親を心からそう言えるからこそ即答できる翡翠に一刀は満足そうに頷く。

 

「そうか。それじゃあ、みんなでお弁当を食べようか」

 

 月お手製のお弁当に美々美と翡翠は目が輝いた。

 五人で青空の下で食べるお弁当は格別のようだった。

 

 普段人並み程度にしか食べない音々音と美々美は我先と食べていき、琥珀と翡翠がたくさん食べてくれるようにと通常の五倍の量もあっという間になくなった。

 

 満足げな琥珀と翡翠は口の周りに食いカスをつけて、一刀はそれをゆっくりと拭き取っていく。

 

「月様のお弁当はとても美味しいです」

 

「さすがは月殿です」

 

 毎日美味しい料理を食べられるのも月達がいてくれるからこそであり、自分達の母親が厨房に立てばただではすまないと思うとなんともいえない気持ちになる。

 

「月さんの料理はいくらでも食べられます」

 

 琥珀も満足していた。

 

「でもこうして天気がいい下で美味い弁当を食べて、なんだかいい気分だよ」

 

 そのせいか、満腹感と天気の良さから眠気が一刀を包み込んでいく。

 

「御主人様」

 

 それを察した琥珀は自分の前を片付けると、膝を叩いて見せた。

 

「いいのか?」

 

「はい」

 

 嬉しそうに答える琥珀に一刀は「それじゃ」と言いながら琥珀の膝に頭を乗せて瞼を閉じた。

 

「気持ちいいですか、御主人様?」

 

 感想を聞こうとするがすでに一刀は眠ってしまっていた。

 

「母様、父様は眠っています」

 

 国のため、民のため、そして自分達のために一生懸命に頑張っている一刀の頭を幼い手が撫でていく。

 

「母様」

 

「はい?」

 

「母様はずっと目が見えないこと悩まれていますね?」

 

 自分の膝を枕にして眠っている一刀の温もり手のひらで感じながら娘の言葉が的を得ていることに何も言わなかった。

 

「母様は父様にすら思っていることをぶつけないのはどうしてですか?」

 

 血を分けた娘だからこぞ気づくこと。

 

 一刀はどこまでも優しく、けっして琥珀に無理意地をして言わせるようなことはしないが、それがいつまでも琥珀の本音を吐き出させていなかった。

 

「琥珀殿」

 

 箸をとめた音々音はいつになく真面目な顔をして琥珀を見ている。

 

「ねねは琥珀殿とこうしてお弁当を食べるのは好きですぞ」

 

「それは私も同じ」

 

「でも、ねね達には本音で話してくれないのは寂しいですぞ」

 

 音々音も薄々気づいていた。

 恋と長年一緒にいただけに人の心の内というものを無意識に理解していた。

 

 だから琥珀の胸の内も翡翠と同じく気づいていた。

 

「母様、私は母様が笑顔でいただける幸せです。でも、母様のお心からの笑顔をもっと見たいです」

 

 そのためになら幼い自分のできることはなんでもする。

 

「みみもいます」

 

 彼女が目の代わりにならいくらでもなる。

 

 遠慮などする必要などないと思うぐらい頼ってもいいのだと。

 

「琥珀殿は遠慮などしなくてよいのです。このヘボ主人が嫌な事を言えばねねに言えばよいのです。その時はちんきゅーきっくをお見舞いするのです」

 

「みみもお見舞いします」

 

「私もです」

 

 三人の言葉をただ静かに聞いていた琥珀は不意に涙が零れ落ちていく。

 

「母様。私は母様の娘で嬉しいのです。たとえ目が見えなくても私にとって、翡翠にとってはただ一人の母です」

 

「琥珀殿が髪を梳いてくださるのは大好きです」

 

 愛娘達は琥珀のためにならなんでもするつもりでいる。

 

 それが娘である自分達の役割なのだと。

 

「母様。私は優しい父様と母様の娘として産んでくださったことが嬉しいです」

 

 名を福と付けたとき、それはその子が幸せになって欲しいという願いと同時に、誰とも幸せになれるように一刀と琥珀は一緒に考えた。

 

「この子には光りのある幸せを」

 

 琥珀は今もそう思っている。

 

 その思いが今こうして目の前に確かに感じられる。

 

 止まらぬ涙に琥珀は自分の心の中に残っていた闇が少しずつ溶けていく。

 

「母様、私は徐元直の娘として誇りに思っています。あの徐元直の娘だと胸を張りたいのです」

 

 涙に濡れる琥珀にそっと手を添える翡翠。

 

「だからもっと幸せになってください。辛い事があればいつでも言ってください」

 

「そうですぞ。何も遠慮など必要ありませぬぞ」

 

「琥珀殿ともっと色んなお話をしたいです」

 

 琥珀は琥珀。

 

 それ以外の誰でもない。

 

(俺の出る幕はないな)

 

 寝たふりをしていた一刀はそう思って今度こそ眠りの世界に落ちていった。

 

「ありがとう…………みんな」

 

 我慢できなくなり琥珀は泣いた。

 

 それはかつて自分が自ら手放してしまった物をもう一度取り戻した瞬間だった。

 夕方になると長江は夕日に染まっていた。

 

「素晴らしいですぞ。今度は恋殿達も一緒に来ることにしましょう」

 

「愛殿達と一緒にお弁当も食べたいです」

 

「きっと楽しいです」

 

 音々音達がはしゃいでいる姿を一刀と琥珀は後ろから見ていた。

 

 そして琥珀はそっと一刀の手を掴んできた。

 

「琥珀?」

 

「雪蓮様が旦那様の手を掴んでおれば決して一人ではないといわれたのです」

 

「そうか」

 

「旦那様」

 

「うん?」

 

「私は自分の目が見えないことで桃香様に会いたくないと思っていました。自分の軽率な行動が招いたのにそれを誰かのせいにしよう」

 

 本当な会いたい気持ちで一杯だった。

 

 姿が見えなくても桃香を感じれば蜀の軍師として彼女の下にいた頃のように接することをしたい。

 

 自慢の娘を抱きしめて欲しい。

 

 今まで溜め込んでいたものを吐き出すように琥珀はゆっくりと話していく。

 

「琥珀」

 

「はい」

 

「人にはね見える幸せと見えない幸せがあるんだ。琥珀は目が見えなくても幸せを感じているだろう?」

 

「はい」

 

 一刀に寄り添っていく琥珀。

 

「翡翠は目に見える幸せを今見ている。どちらも素晴らしいことだしその意味は何も変わらないんだ」

 

 雄大な長江を染める夕日に感動している翡翠の姿を優しく見守る一刀。

 

「琥珀の幸せはここにある。誰が何と言っても俺がそう言ってやる」

 

「御主人様……」

 

「だから、我慢する必要はないよ」

 

 一刀は琥珀を優しくそして温かく抱きしめる。

 

「琥珀」

 

「はい」

 

「今、幸せかい?」

 

 答えは琥珀の中にすでにあり、認して力強く一刀をの方を見上げた。

 

 そこには闇しかなかったものが夕日に照らされている一刀の顔がぼやけながらもゆっくりとはっきりしていった。

 

「琥珀?」

 

「旦那様のお顔ってやっぱり素晴らしいです」

「琥珀…………もしかして」

 

「旦那様」

 

 琥珀はなぜ一刀の顔が見えるのかわからなかった。

 

「ねね!みみ!翡翠!」

 

 一刀の大声に音々音達は後ろを振り返る。

 

 そして一番に異変に気づいたのは翡翠だった。

 

 すぐに走り寄っていくと琥珀の目を見た。

 

「母様……」

 

「翡翠」

 

 琥珀は一刀から離れて愛娘を優しく抱きしめた。

 

「見えるのですか?」

 

「うん。翡翠の可愛い顔が見える」

 

「母様!」

 

 翡翠は我慢できなくなり泣いてしまった。

 

「ヘボ主人、どういうことですか?」

 

「奇跡かな?」

 

 一刀もどうなっているのかわからなかった。

 

 ただ一つわかっていた事はある。

 

 それは琥珀が長年辛い気持ちと向き合えたご褒美なのではないかということだった。

 

「琥珀殿」

 

 美々美も近寄っていくと、

 

「みみちゃん」

 

 翡翠を抱きしめたまま、美々美も抱きしめた。

 

「よかったです」

 

 三人は抱き合って泣いた。

 

「琥珀、よかったな」

 

 一刀が三人の横にしゃがみこむと琥珀の頭を優しく撫でる。

 

「御主人様」

 

「うん」

 

 初めて見る一刀の笑顔に琥珀は涙をこぼしながらも笑顔になった。

 

「初めまして、御主人様」

 

「初めまして、琥珀」

 

 二人の笑顔に翡翠と美々美も泣き止み笑顔になっていく。

 

「一刀~~~~~♪」

 

 その声の先を見るとそこには雪蓮達が大荷物を持ってやってきていた。

 

「雪蓮、こっちこっち。凄い奇跡が起こったんだ」

 

 嬉しそうに一刀は雪蓮達を呼んだ。

 灯りがともされ一刀とその家族は賑やかな宴を開いた。

 

 子供達の笑い声とその母親達の談笑。

 

 奇跡が起こった琥珀が初め見る雪蓮達に驚きながらも宴を楽しんでいた。

 

「父様」

 

「ちち殿」

 

 程よい酔いが回ってきた一刀に翡翠と美々美が両脇にそれぞれ座った。

 

「どうして母様の目が見えるようになったのでしょうか?」

 

「とても素敵ですけど、不思議です」

 

「そうだな」

 

 二人の娘はその原因が何かを父親に答えを求めたが一刀もわからなかった。

 

「きっと、神様が翡翠達が良い子にしていたからそのご褒美をくれたのかもしれないな」

 

「神様?」

 

「それはちち殿のことではないのですか?」

 

「俺は神様なんてものじゃないよ。俺はただ琥珀に幸せになって欲しいと思っているだけだよ」

 

 誰もが琥珀の目が見えることが嬉しくて、まるで自分のように喜んでいる様子を見て一刀も笑みが絶えない。

 

「翡翠は嬉しくないのか?」

 

「そんなことありません。母様に何度も可愛いと言っていただけて嬉しいです」

 

 照れくさそうに言う翡翠。

 

「私は母様が心から幸せであってほしいと願っていますから」

 

「ならその想いが通じたんだ」

 

 一刀は二人の娘を抱き寄せると、翡翠達も甘えるように父親に寄り添う。

 

「翡翠、みみ」

 

「「はい」」

 

「良いお母さんだな」

 

「「はい!」」

 

 二人は嬉しそうに声をそろえて答えると、お互いの顔を見て笑いあった。

 

「さあ、今日は琥珀が主役だからとことん呑むわよ♪」

 

「お、お姉様!」

 

「雪蓮、琥珀が困っているぞ」

 

「わ、私も呑みたいです」

 

 主役になった琥珀の一言で今夜はまだまだ賑やかになるなと一刀は思った。

 

「翡翠、みみ」

 

「「はい?」」

 

 二人の頬にそっと口付けをしていくと、今までよりさらに顔を紅くする。

 

「ちんきゅーきーーーーーっく!」

 

「ぐわっ」

 

 思いっきり吹き飛んだ一刀に音々音は両腕を組んで「フンッ」と鼻息が荒かった。

 

「娘に手を出すと天誅だといったはずですぞ、このヘボ主人!」

 

「ね、ねね……あとでおぼえてろう……ガクッ」

 

「父様「ちち殿」!」

 

 二人の娘は慌てて一刀の元に行く姿を音々音は心の中では嬉しくて仕方なかった。

 

「ほら、一刀。そんな所で寝てないでこっちにきなさいよ」

 

 その日の宴は夜遅くまで続き、翌朝、大人達の二日酔いに娘達が呆れる事になった。

(座談)

 

水無月:今回は娘達のお話でありながら琥珀のアフターのようなものになってしまいました。

 

雪蓮 :そうね。そのおかげでねねから狙われるわね」

 

音々音:ヘボ作者、覚悟はよいですか?

 

水無月:げ!

 

音々音:ちんきゅーきーーーーーっく!

 

水無月:なんの!人間バリアー!(さっと休憩中の一刀を引っ張りこんで盾にする)

 

一刀 :ぐわっ!?(モロに顔面直撃)

 

雪蓮 :一刀、生きてる?

 

水無月:安らかに眠れ。(合掌)

 

一刀 :テメェー、何するんだよ!

 

水無月:いや、ほら音々音のキックを受けるのはもはた一刀の役目だから。

 

一刀 :役目ってなんだよ、役目って。

 

水無月:というわけで残り三回になりました娘編。最後までよろしくお願いいたします。

 

一刀 :おい、役目ってなんだよ、役目って!

 

音々音:ちんきゅーきーーーーーっく!

 

水&一:ぎゃーーーーす!?

 

雪蓮 :帰ってお酒でも呑もうかしら♪というわけで次回もまたよろしくね♪


 
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