No.1030986

【BL注意】ラブレター、フロム……

薄荷芋さん

G学庵真です。関係というか距離感が書く話によってまちまちすぎるので時系列の概念が消し飛んでいる……すみません……
突然キスされた後の話ですかね……

2020-05-27 22:44:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:456   閲覧ユーザー数:455

部活も終わって一年みんなで用具を片付けている最中、同級生のマネージャーに声を掛けられた。

「ねえ、矢吹くん」

両脇に抱えていたハードルを一旦下ろしたおれは、何だかそわそわとした様子の彼女に「どうしたの」と返事をする。すると彼女は周囲を気にしつつ耳打ちするような仕草をしたので、数歩近付いて耳をそばだてた。

「あのさ」

「う、うん」

何か、何かメチャクチャドキドキする。同級生の女子からこういう秘密の話っぽいことされるって、つまり、つまりそういうことなのか……?

やばい、おれ今すげえ汗臭いしあんまり近付きたくないけど、でも、でもこれはそういう流れ――……

「矢吹くんってさ、八神先輩と仲良いの?」

「……ああ」

がくん、と膝が抜けたみたいになってその場に崩れ落ちる。いや、まあ、そうだよな、解ってたよ、今までもおれに女の子の方から声掛けてくる時は大抵草薙先輩のことだったよ。それに八神先輩が加わっただけのことだ。今更気に病むな、真吾。おれは返事をしながらハードルに寄り掛かって立ち上がった。

「別に仲が良いわけじゃないよ、何て言うか、顔見知り程度」

「そっか……」

顔見知り程度の相手が、突然キスしてきたりするだろうか、という疑問はこの際他所に置いておく。だいたいあんなことしておいて俺のことを好きなのか嫌いなのかもはっきりしないじゃないか。そんなの、どうだっていいのと同じだろう。

「矢吹くん?」

「えっ、あっ、ごめん、えーっと」

彼女の話から遠く離れて自分と先輩の話になっていた頭を急いで切り替える。だめだ、あんなことされてからというもの八神先輩に対してどういう感情で接していいのか全く分からなくなってる。良くない傾向だ、何ならこれが彼の手口なのかもしれない。

「八神先輩なら、多分どっかしらで会うと思うし何か伝言あれば言っとくけど」

「ほんと!?」

まあ、何時会えるかは解らないけれど、とにかく出くわさないことはないんだ。おれの申し出に無邪気に喜んでる彼女の笑顔に、胸が痛む。

彼女はジャージのポケットから一通の手紙を取り出し素早くおれの手に握らせた。「早くしまって!」というのは、おれに渡した手紙だと思われるのが嫌だからだろう。そこまで露骨に態度に出さなくても、と思って苦笑しつつも素直にポケットにしまいこむ。

一通の手紙、彼女の想いの詰まった手紙だ。彼女は溜息混じりに笑いながら、おれが持っていたハードルを半分持ち上げる。

「八神先輩っていつもすごくたくさん取り巻きがいるじゃない?だから渡せなくって」

「あー、確かにあれはキツい……」

ありがとう、と言って残りのハードルを携えて用具倉庫へ向かう。ハードルよりも、ポケットの中の手紙の重さで足元がおぼつかなくなるのを感じた。

 

きっとこれはいい機会なんだろう。彼女の気持ちを利用しているようで気が引けるし申し訳ないけど、これを渡せば先輩がおれに変なことをしてくることも妙な期待を持つこともなくなる筈だ。そう思えば気が楽だった。本当の本当だ。……本当だってば。

 

***

 

「と、言うわけなので、こちらお渡しします」

案の定、翌日の授業の合間に踊り場で八神先輩にでくわしたおれは、制服の尻ポケットからちょっとだけシワの増えた手紙を取り出す。

先輩は暫くその桜色の封筒をじいっと見つめていたので、誤解されては堪らないと「おれじゃないです!陸上部のマネージャーからです!」と付け加えて半ば無理矢理に押し付けた。

「はい、確かに渡しましたからね!!」

先輩が手紙をきちんとその手に持ったことを確認してからその場を離れようと背中を向けた。が、ベストをぐいっと引っ張られて足止めされてしまう。一刻も早く立ち去りたいおれは先輩の手を振り払って階段を上がろうとする。しかし今度はおれの腕を掴んで来たものだから参ってしまった。

「あの、おれ次音楽なんで行かないと」

強く掴まれた腕よりも、どうしてだか胸が痛む。マネージャーの笑顔を見た時と同じ痛みがじくりと広がって、上手く先輩の顔が見られない。それでも先輩はおれを離してはくれなかった。

「貴様は」

「はい?」

「貴様は、此れを渡されて何か思う事は無かったのか」

引き寄せられて、顔面に彼女の手紙を突き付けられる。視界いっぱいの桜色と、ボールペンで丁寧に書かれた『八神先輩へ』の文字。おれはそれから目を背けると小さな声で吐き捨てた。

「別に、ないですけど」

「そうか」

先輩の手が離れていく。

「……解った」

去り際に聞いたその声がずっと耳に残ってしまって、おれときたら音楽の授業で聞いた曲なんてさっぱり頭に入ってこなかった。

 

***

 

数日後の昼休み、普段は別のクラスのあのマネージャーが廊下で手招きしていた。友達と一緒に体育館までバスケをしに行く途中だったけど、悪い、とその輪を抜けて彼女の元へ向かう。案の定友達には冷やかされたけど、「部活のマネージャーだよ!」と一言言っておいた。そうしないと彼女にも迷惑が掛かるだろうし。

さて、彼女がおれを呼び付ける理由としたらアレしかないだろう。彼女は何だか浮かない表情、というか最早険しさまである表情をもっておれを出迎えるから変に緊張してしまう。彼女は廊下の奥までおれを呼び付けると本題を切り出してきた。

「矢吹くん、あのね、こないだの手紙のことなんだけど」

「ああ、先輩にはちゃんと渡したけど」

やっぱり、例の手紙のことだった。まさか彼女に何かしたんじゃあるまいな……。言い知れぬ不安が募ったけど、彼女は慌てて手と頭を横に振る。

「それはいいの、その、先輩からハッキリ返事も貰ったから……」

彼女の顔は、悲しそうだけどどこか晴れやかだったから、全てを察したおれは頭を掻いて「ごめん」とだけ返す。

でも少し意外だ、先輩ってこういうところはちゃんとしてるんだな。ちょっとだけ見直した、ちょっとだけだけど。だいたい本当にちゃんとしてたら付き合ってもない人間に突然キスなんかするかよって。

「それでね、これ」

どうやら話は事の顛末の報告だけでは終わらないようだった。彼女の神妙な面持ちの理由の大半はどうやらここにあったらしい。彼女はあのときおれに差し出したように空色をした封筒を取り出すと、おれに渡して「早くしまって!」と急かしてきた。いや、あの、これは一体。

「八神先輩が、矢吹くんに渡してって……」

「へ!?」

訳も解らず手紙をしまったおれに告げられたのは、とんでもない差出人だった。

八神先輩が手紙を、おれに!?何でわざわざ、そんなこと……。

『貴様は、此れを渡されて何か思う事は無かったのか』

先輩の言葉が頭を巡る。思うことなんて、何もない、なかったはずだ。今おれの胸に広がる何らかのほろ苦さは彼が寄越した手紙のせいだ。

「あの、私何かまずいこと書いちゃったのかな……ごめんね矢吹くんにまで迷惑掛けて……」

「い、いや、大丈夫!!大丈夫っていうかその、おれの方で何とかするから!!」

何も知らない彼女はやや本気のトーンでおれの事を心配してくれたから、ただ申し訳なくてその場を立ち去る。

何で、こんなにも先輩のこと本気で好きな子がいるのに、あんなにたくさん取り巻きだっているっていうのにどうしておれにばっかりこうなんだよ、どうして。

 

結局体育館には行かずに屋上でひとり、手紙を開けてみることにした。

封筒はまっさらで、中にはちゃんと便箋は入っているけどこの分じゃどうせ白紙か何かだろう。こんな悪戯にわざわざ何かを書いて寄越す程律儀な人じゃないよな。

それでも一応取り出して広げてみる。便箋は二枚あって、それぞれ多くの余白を残して何かが書かれていた。

「……は」

思わず吐息と一緒に短い声が漏れた。シャーペンで書かれた、綺麗な文字。便箋は何故か横向きになっていて言葉は縦書きに綴られていて果たし状みたいだ。

『今日の放課後、裏庭で待つ。』

だ、なんて、本当に果たし状じゃないか、こんなの。そう思って二枚目に目を通す。

『会いたい。』

「ばっっっっっ……」

……かじゃねえの……!!

柄にもなくそんな言葉が口を突いて出る。

くしゃっと手の中で封筒ごと便箋を握り潰したらおれの胸ごと潰れてしまいそうだ。

屋上のドアが軋みながら開いた。此方に近付いてくる足音に、「まだ放課後じゃないんですけど」、そう言うのが、今は精一杯だった。


 
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