欠席して、二日ぶりの学校。
一時間目の気まずさを乗り切って、今は部活の時間だ。
「倉橋さん、久しぶりね。風邪で休んだって聞いて、心配したのよ」
部長の山口先輩は、開口一番そう言ってくれた。
「ありがとうございます」
こんな、部活見学に来てるだけの新入生を心配してくれるなんて、
なんて優しい先輩なんだろう。
「あなたは貴重な金の卵。心配するのは当然じゃない」
「へ。えっと…それに、私が金の卵ですか? じゃあ、木谷さんは…」
私が新入部員になるかも知れない生徒だから心配した、ていう側面は、
まぁ予想内だった。けど、それはそれとしても、私が金の卵って?
「あの…買いかぶり過ぎじゃあ」
「まず、木谷さんはプラチナの卵よ。こんな逸材、そうはいないわ。
で、倉橋さん、あなたの事だけど、その才能、侮ってはダメよ」
ええええええ!
「私、才能あるんですか?」
「ええ、そうよ。というわけで、今日も部活、頑張りましょうね」
ぞくっ!
にこっと微笑んだ部長の顔は、清々しかった。
~つづく~
部活見学は今週と来週。
だから、まだ期日はある。
でも、部長さんは私の事を金の卵って言ってくれた。
正直買いかぶりだとは思うけど。
文芸部員としての才能より、部員としての頭数そのものに、
価値があるんだと思う。
いや、部長さんの言葉を解釈すると、比重がある、て言った方が正確かな。
「とにかく、倉橋さんは、木谷さんほどじゃないけど有望な人材なの。
その自覚を持って」
「は、はぁ」
だから、なんと言われようと、驚くか生返事をするか、しかない。
「さ、そういうわけで、今日の部活も始めましょ。一昨日の原稿、
当然残してあるから」
「はぁ、どうも」
ま、こっちとしても、せっかく作った原稿だし、処分されたら、
そりゃまぁ、悲しいけど。
「木谷さんなんて、昨日もすごかったんだから」
「先輩、すごいだなんて、そんな事はありません。先輩達にはとても及びませんよ」
うげ、なんとまぁ。謙遜というより、この先輩たちは、ホントに凄いんだろうなぁ。
「あら嬉しい。木谷さんほどの逸材に褒めてもらえたら、文芸部部長として
鼻が高いわ」
「いえ、当然の事ですって。それじゃ、原稿に入りますんで」
それが号令かのように、私達はいつもの席に着いた。
「はい、倉橋さん。これ、あなたの原稿」
「あ、ありがとうございます」
部長さんから原稿を受け取った私は、一昨日のように、その原稿と向き合った。
~つづく~
私が金の卵と形容されて数日、今日は月曜部活見学は今週いっぱい。
結局私は文芸部に入り浸っていた。
あれ? 私は他の部活も模索するんじゃなかったのか?
「いやー、木谷さんはもちろんだけど、倉橋さんもすっかりうちの子ねぇ」
「は、はぁ」
私は乾いた返事を返すばかりだった。
「あれ? 倉橋さん、何か思う所でも?」
「いやー、実は…」
どういう流れか、私は思う所を吐き出していた。
「え? 文芸部本決まりじゃなかったの?」
「実は…模索中でして…」
言っちゃマズいかな? とも思いつつ、私は素直に言う。というか、
言葉をごまかすのが、好きじゃない。
「ふむ…そっか。他の部活ねぇ。でも、やりたい事は見えないんでしょ?」
「ええ。まぁ…」
だからこその文芸部への体験入部なんだけど、微妙に抱えてるもやもや、
これは事実だった。
「で、何かできる事はあるの? 出来る事があるなら、やってみるのもいいかもね」
「出来る事、ですか…」
ふぅむ…何かあったかな。
「出来ると言えば…ピアノくらいです」
「お? それは意外。というか、急に出て来たね…」
とは木谷さんの弁。そりゃそうだ。最近は弾いてないし、部活に活かせるもんじゃない。
「ふむ。じゃあ、ちょっと弾いてもらいましょうか」
「え?」
い、一体どうしてそんな話に?
「えっと…?」
「さ、付いて来て。みんなも」
音楽室にでも行くのかな。部長さんは意気揚々と教室を出て行ったけど。
「音楽室か…」
「頑張ってね」
ひぃぃぃぃぃぃ!
わ、私はさらし者になるの?
~つづく~
うっかり「文芸部で本決まりじゃなくて、部活は模索中だった」
と言ってしまった私。
出来る事を問われて「ピアノ」と答えたがばっかりに、音楽室で披露するハメに。
「さ、着いたわ」
「は、はい」
音楽室、授業自体が週に二回しかないから、まだほとんど言った事はない。
「あの、吹奏楽部が使ってるんじゃ…」
「いいのよ。吹奏楽部はここじゃないから」
え?
「吹奏楽部は、専用の部室があるの。この学校、部活にお金かける学校だから」
「なんてリッチな」
「だから言ったでしょ? 部活に入らないと、損なのよ」
それは、精神論と金銭論、両方なんだろう。今なら、分かる。
「それに、自由主義なのか、放課後も解放してるしね。
幸い、今は誰も弾いていないようだし」
「みたい…ですね」
先輩がドアをガラリと開ける。
「さ、何を弾いてくれるのかしら。楽しみね」
入学四度目となる音楽室は、小学校中学校時代に入ったそれと、
何ら変わりなかった。
穴空きパンチな壁に、音楽家の肖像画、五線の入った黒板、それに、譜面台。
もちろん、中央に鎮座ましましているのは、グランドピアノ。
「さ、どうぞ」
「は、はい…」
おそるおそる布カバーを外し、蓋を開けて、天板も開ける。
「ごくり…」
それは、Yで始まる有名国産メーカーかと思ったら、Sで始まるメーカーのもの。
「お、恐れ多い…て、洗ったっけ…」
「まぁまぁ、構わず弾いちゃいなさい。生徒の権利よ」
と、とりあえず…鍵盤を一個弾いてみる。
ポーン………♪
「あ…音が違う…」
うちにあるのは平凡なアップライトピアノなんだから、当然と言えば当然。
だけど、子供の頃には感じなかった音の違い、音の良さが、今なら分かる。
「音の違いが分かるなんて、倉橋さん通ね」
「いえ、そんな。最近めっきり弾いてないんで、指だってガチガチですし」
それに…部長さん、木谷さん、それとその他の先輩全員。
これだけの大人数に囲まれてると…恐ろしく緊張する。
「音楽の先生って偉大だなぁって、今思いました」
「あはは、かもねぇ。ま、確かに私達は聴衆だけど、あんまり気にしないでいいから」
その気遣いはありがたいんです。でもでも、気にするなって言う方がむりなんです!
とはいえ、恥ずかしがってもいられない。緊張してばっかりもいられない。
「じゃ、ちょっと待ってくださいね。何を弾くか考えますんで」
「はいな」
椅子に座ったまま、暗譜してる曲を脳内検索する。
「何がいいかな…」
「なんでも」
一番困る返答。もちろん、弾けない曲をリクエストされても、困るけど。
「よし、これしかないか!」
私は、脳内にあった数少ない、まともに弾ける曲を一曲、セレクトした。
「では、倉橋えりか、行きます」
~つづく~
グランドピアノの前に座して、私は鍵盤を叩き始めた。
ブランクから指がガチガチで、しかも暗譜してる曲も、結構頭から飛んでる。
そんな中、数少ない弾ける曲を。
「いきます!」
選んだ曲は、中学三年の秋、最後の発表会で弾いた曲。
ショパンの「英雄ポロネーズ」だ。
正直、難易度は高い。指が上手く動かない今、この曲に挑むのは、
はなはだ無謀な気もする。
でも、まともに暗譜してたのが、この曲だったんだから、仕方ない。
「倉橋さん…」
「凄いわ…」
出だしから、とにかくテンポが速くて追いつけない。だけど、
練習中は大体つまずいてたから、少し遅めがちょうどいい。
とにかく、なんとしても無難に六分半を乗り切らなくては!
~++**********++~
「ふぅ…」
怒濤の六分半(だよね?)を乗り切って、一息つく。
「ど、どうでした?」
「下手な感想は、野暮ね」
「ますます倉橋さんをモデルに作品を書きたくなったわ!」
「私も!」
「友人として、鼻が高いわね、これは」
え、えぇ~~~~~~~~っ?
「ちょ、皆さんそんなに持ち上げないでくださいよー。木谷さんも。
私なんて、大した事ないんですから!」
「あら、楽器の出来ない人間からしたら、十分よ?」
「ですねー。すごい才能だわ」
「やめちゃうのはもったいないわね」
これは、私を何かに乗せる作戦なんだろうか。果たして。あ、でも…
「あの、別にピアノはやめませんよ? 今はちょっと、学校に慣れるまで、
て事でレッスンお休みしてるだけで」
「あら、そうなの。じゃあ、部活には入れないんじゃないの?」
え、注目する所、そこ?
「いえ、それは、その日だけでいいんで」
「あら、そう。よかったわ」
ひえ~。
「でも、この程度ならいっぱいいるんで、ホント大した事ないですから…」
「自分と他人じゃ、違って見えるものよ」
ああ言えばこう言う、て感じだな、こりゃ。
「で、あの、今の演奏で、私はなんの結論を出せばいいんですか?」
「それは、自分で決めればいいわ。今の所、その腕を活かせる部活はない。
でも、活かせそうな部活を立ち上げるもよし、文芸部で才能を発揮するも、
またよし。選択権は、あくまでも倉橋さんなんだから」
結局、そこなんだよな。
「じゃ、今週一週間、じっくり考えてみますね」
「ええ。そうするのがいいわね」
自分的には進展無し。ただ、みんなが感動してくれたらしいから、
それは大きな収穫。
さて、どうしよっかな…
~つづく~
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第61回から第65回