No.1023190

二章六節:マミ☆マギカ WoO ~Witch of Outsider~

トキさん

2020-03-16 04:23:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:393   閲覧ユーザー数:393

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? たぶん材料はあるからかまわないけれど……急にね」

 次の日。鹿目まどかの一言は部屋の主である巴マミのみならず居合わせた暁美ほむらをも驚かせた。

 脈絡なく突然お菓子の作り方を教えてくれと言い出したのだ。

「ごめんなさいマミさん。昨日の内に思いついてれば連絡してたんですけど……あ! でもでも今日"みんな"揃ってるから話してみただけで、今日じゃなくても大丈夫なんですよ!」

 慌てながらまどかは付け加えた。どうやら本当に思い付きだったようだ。

 提案されたマミの方はまだいまいち把握出来ていない様子であったが、置き時計に目をやったところでとりあえず得るところはあったらしい。

「ううん。いいんじゃないかしら。今からだと、凝ったものは作れないだろうけど。それでいいなら」

「あの。みんなってことはもしかして私も数に入ってるのかしら?」

 おずおずと半ば答えの出ている質問を投げかけたのはほむらだった。

 確かに先ほどまでしていた魔女討伐と今後に向けた予備グリーフシードの回収の話は、広げた地図にこれまでの結果を赤丸で書きこんだ時点で早々と終わっているのだが……。

「ほむらちゃんもやってみようよ!」

 珍しくぐいぐいと迫るまどか。押され気味にほむらは思わず頷いてしまった。

「じゃあちょっと二人分のエプロン取ってくるわね」

 マミもまどかの熱に当てられたのか次第にやる気を出してきているようである。

 ほむらが事態を混乱なく呑み込めた頃には――三角巾まで頭に付けて格好は整いきっていた。手も洗い腹の具合やアレルギーの有無の質問等まで終わってしまっている。こうとなっては断るような段階でもない。

「とりあえず準備の段階で失敗しても最後の焼き加減とかで食べれるものには出来るお菓子がいいかしら。最初だもん、苦い経験は後ですればいいわ」

 マミは二人を横目で見る。

「それにべた付いたり目立って汚れたりするのもダメ、か」

 いくらエプロンがあるといってもその下の着衣の存在が気になったらしい。条件を付け加えた様子で再び算段を巡らせ始めた。

「たしか冷蔵庫に買い置きがあったわね。――じゃあチーズケーキでも作ってみる? 本格的なことはできないけど、簡単なレシピなら」

 まどかは……遅れてほむらも了承する。鹿目まどかが頷くのならと、こうなるまで流されたほむらにしてみればひどく口に出来ないモノでもなければ同意するしかない。

 そうした空気に動かされてほむらはまどかと共にキッチンへと案内された。ゆとりが意識されてか広めにスペースがとられている。そこに応えるよう――このマンションの売りの一つなのか肝心の水回りもさることながら備え付けの収納棚や洗浄機などにも、システムキッチンの規格に基づいた統一感こそ少々あれ、デザイン性と機能面への配慮が素人目にも随所に見られた。

 何より居間から途絶えることなく、整頓はもちろん清掃も隅々までなされている。近くにありながら、かといって機会も無いのに入るような場所ではなかったが、前日マミのことについて話し合っていたほむらとしてはそうした他人からなかなか見えない位置まで気配りが疎かとなっていないことにどこか安堵のような感情があった。

 隣にいるまどかも表情から察するに、似たような思いを抱いたのかもしれない。

「下地のサブレは……生地の作りはまたいつか教えるから、今は時間の節約しましょうか。これとこれで――」

 てきぱきと幾つかの棚を開けるとこれからの時間に必要となりそうなものが次々と出されていく。あらかた揃ったところで今度は――おそらく商品名(ロゴマーク)以外も英字表記だけの――そこらの販売店では見たことも無い紙製の小箱からクッキーらしきものを何枚か取り出すと、流れるように用意してあった真空パックへと入れ始めた。

 深く考えずにクッキーをまとめ封を閉じたように見えたがマミは何度か頷くと、扱いやすい大きさと長さでシンプルに加工された麺棒を一本ほむらへと差し出す。

「はい。暁美さんはコレでクッキーを念入りに粉々にして。そこの空いてるとこ使っていいから」

 先程のクッキー入りの袋と厚いタオルを二枚、追加で渡されほむらは指示通りに台所の一隅へと移動する。一方で、まどかはマミに従い近くまで寄ると、何をするか分かってはいない雰囲気はあるが話は聞く体勢だった。先輩と後輩、二人の目の前にはいつの間にか大きめのボウルと、少し湯気が出ている薄く水の張ったトレーが用意されていた。

「鹿目さんはちょっと待ってね。冷蔵庫からクリームチーズ出すけど、まずはそれを入れたボウルの底を少しだけ熱い水で温めて頂戴。少し溶けてくるだろうから、そうしたら下の水から外して。ここに底を拭くためのタオル置いておくから、あとはもっとドロドロになるまでそこのヘラでかき混ぜて」

 そこからいくつかの言葉がマミの口から続く。時間のためか少し解説や指示が雑だが……とはいえ準備以外に手は出さず材料名や適量に関しては丁寧に省かず言うのは、まずは間違いなく作ったという達成感を与え、なにより作ったものを食べることから教え込む気なのだろう。

 まどかに比べほむらの役割が楽そうなのも乗り気であるかどうかを織り込んでのことなのかもしれない。巴マミの菓子作りの本領は垣間見えるくらいにしか現れてはいないが、そういった別の部分が色の濃さを覗かせている。

 とにかく与えられたことをなさなくてはどうにもならないことは分かった。ほむらは貰ったタオルを敷き、上にクッキー入りの真空パックを置く。棒をほんの少し短めに持つと、手加減しながら振り下ろし――そうまでしたのに、ガツンと想定していた以上に大きな音が響いた。思わず次の手が止まってしまう。

「えっと。これ音が出るけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。このくらいで近所迷惑になったりするほど壁薄くないし、それに棒をたたき折るつもりでもなければどこも壊れないし袋だって破けないわよ。いいから気にせずやってみなさい」

 ほむらは粛々(しゅくしゅく)と首を縦に振った。いざ二度目を試み……といっても、それなりに強く叩く程度にとどめておくことにする。

 その横では冷蔵庫から(はかり)に移されたクリームチーズが今度は大きめのボウルの中へと入れられていた。白い"適量"の塊――片手で握り掴められる量のゴムや粘土とは異なった柔らかさを持つ物体を不足なく受け、ボウルは温水に浮かぶ。

「たぶん鹿目さんの方が早く終わるから、滑らかになってきたら言って。今チーズを計ったそこに置いてある計測器で今度はコーンスタンチーとか計って、細かい粉に分けながらそのボウルの中で混ぜるから」

「え? チーズケーキのチーズってチーズだけ入ってるんじゃないんですか?」

 マミは傍目でも分かるほどにきょとんとした表情を浮かべた。噴き出すように笑ったのは、その直後だ。

「ずいぶん教えがいがありそうね」

 マミの反応にまどかは訳も分からずといった態で、ただそれでも自分が無知だったことだけはじわじわと理解できてしまったようだ。

 なだめるマミに続いてほむらも色々と思い付いたフォローを入れてみる。もしかすればあの瞬間ほむらもマミと似たような顔を浮かべていたかもしれないが……見られていなかったのが幸いしたか否かは定かではないにせよ、まどかは早々に持ち直すや思ったよりも気にしていない様子で話題を続けながら調理を再開し始めた。

「あれ? マミさんは何してるんですか?」

 そんな中で、またしてもまどかが疑問を投げかける。

 ほむらも目を向けると巴マミが受け皿を二つ用意し出しているところであった。とはいえこれまでの指示で簡略ながら先の工程が分かっている二人には、特に説明なく新たに準備されているその皿の意図が分からない。

「なんだか変に卵白が余っちゃう分がでそうだから――ついでだからメレンゲにして別のチーズケーキも作ってみようかなって。焼くときにお湯使ったりするから出来るのはあなた達の後よ」

 余裕を見せて微笑むマミにまどかは分かり易いぐらいにぱっと明るく雰囲気が変わった。まどかにとっては、似たモノとはいえ種類の違うお菓子を量産できる人物には尊敬の念があるのだろう。

「汚れてもいいようにちょっと着替えてくるわ」

 そう言い残してマミはおそらく自室があるであろう方向へと歩を進める。

 キッチンの死角へと消え、そして僅かな間を置いてどこかのドアが開閉する音がした。

「マミさん楽しそうだったね。よかった」

 見計らったようにこそこそと小声でまどかは隣のほむらに話しかけてきた。

「そういえば、鹿目さんはどうして急にこんなこと言いだしたの?」

 ほむらもまた特別に理由はないが囁き返す。

「やっぱり変だったかな」

「ううん。そんなことはないけれど……」

 無論。おかしいとは感じ過ぎでも、それが気に掛かるところがないという意味とは異なるのを、ほむらは分かってはいた。

 そんな胸の内が知らずと伝わったのか。ほんの僅かな沈黙の後に、まどかは呟く。

「わたしね。昨日キュゥべえに言われたことずっと考えてたんだ」

「それって――!」

 思わず大声になりかけたまさに寸前で、ほむらはぐっと言葉を飲み込んだ。

「……ほむらちゃんは、昨日の言い合い見てたら良くは思わないかもしれないけどね」

 そうした反応を見せたからか。まどかはそう前置いた。

「キュゥべえみたいな大きい尺度でなんか無理だけれど、私が今日まで知ってきたことで"未来"について考えてみるのは出来るし……悪いことじゃないと思ったんだ」

 何気なくまどかは語る。だが胸中を形として出すのに如何な葛藤があったのか。……それは、微笑がこれまでよりも遥かに安堵を見せていることでしか他人には分かりはしない。

「それが、コレ?」

 迷いはあったも。あえてほむらも、声を荒げそうになった感情を沈め些細な相談事として処理することにした。

 まどかは一度だけ周囲を再度確認し直すと恥ずかしそうに肯定を見せる。

「最近どんどん魔女が現れてるのも知ってる。ううん、知らなかっただけなのかもしれないけど……。それに、すごく強い魔女が来るのも」

「……そうね」

「もしかしたらマミさんやほむらちゃんが危なくなるかもしれない。わたしの家族や、学校のみんなが巻き込まれるかもしれないのも、分かってる。

 でも今は……魔法少女にはなれない、かな。怖いのもあるし、許さない人の思いに抗ってまで何かを叶えたいっていう気持ちも少ないし。

 ……でも何かしたい。マミさんに最初に言われたんだけれど……だけれど耳を塞いで見なかったことにするっていうのはやっぱりわたしには難しいみたい。

 そういう最初の気持ちを、昨日ほむらちゃんが話してたのでちょっとだけ思い出したんだ。それで出来ることっていったら――帰ってきて楽しい場所を用意してあげることなんじゃないかなって」

 手元の作業が気を紛らわせるのに一役買っているのかもしれない。珍しく長々と言葉を連ねるまどかの口調は、変わらず内緒話を意識しながらも、どこか始めよりも芯となる部分が出来上がっているようでもあった。

「今日は辛いことがあったけどでも明日が来てほしい、って誰かに思ってもらうことはこんな私でも出来るんじゃないかな。それがダメでも、わたしの周りにいてくれた人がどんな人だったか、少しでも覚えてることぐらいはできると思う。もしかしたら知れたかもしれない人のことを知れないっていうのは、きっと悲しいことだから。

 わたし頭良くないから、狙ったり嘘ついたりしてなんてできないから……だから自分が知りたいと思ったことを誰かにいっぱい聞いて、少しでも形にして、みんなで笑いたい」

 それが今の鹿目まどかの、悩んだ末の一つの結論だった。何故か『知れたかもしれない人』という部分に含みがあるようでもあったが、もしかすればそれがこう思わせた一端であるのかもしれない。

「そぅ……」

 黙って聞き終えたほむらからは、ありきたりなその一言しか出なかった。現状が望むように進んではいるのは確かに嬉しさもありはしたのだが……もはやほむらには、その返し以外に如何な美辞麗句も思いつかなかったのだ。

 ただただそれが変わらぬように願い、そして悟られないようにするしかない――言葉にならない言葉に思いを込めるしかない――

「ごめんね。わたしもうまく言葉にできないっていうか……でも素直な気持ち」

 ほむらは頷いた。それが全てであった。

「あ! ほむらちゃんこれも秘密ね。もし言うにしても私が自分で言いたい」

「わかったわ」

「ありがとう。なんだか頼んでばっかりだね」

 軽く首を振る。こんなお願い事ならば、いくらでも聴こう。

「気にする必要はないわ。だって友達でしょ?」

 友達――それにどれだけの何かがあるのかは、騙すか黙るしかないほむらにはもう分からなかった。忌み言葉ですらあったかもしれない。それでもたった少しだけでも、意志を縛る見えない拘束だけではなく、かつて信じた通りの意味としてまどかに効力があってほしいと、平生を装いながらもほむらは口にせずにはいられなかった。

「ん?二人ともどうしたの?」

 しばし、着替えを済ませついでに髪を束ね直して戻ってきたマミはキッチンの様子を見るや小首を傾げた。狐に(つま)まれたような面持ちは、雰囲気の違いを敏感に感じ取ったからか。

「ううん。なーんでもないです」

 まどかは明るくはぐらかすと、すぐさま次の工程にどう挑むべきかマミに指示を仰いだ。


 
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