No.101879

その後の魔法少女

あおはねさん

しなの泰之『魔法少女を忘れない』(集英社・スーパーダッシュ文庫)の後日談。
盛大にネタバレを含んでいるので、必ず上記作品の読了後にご覧下さい(5998字)。

2009-10-19 15:58:22 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:820   閲覧ユーザー数:815

 

「すると、何故か、眠くなるのがなくなってしまったのです」

 いつものドーナツ屋で事の経緯を話して聞かせる、みらい。その横で僕は靴を脱ぎ、ソファーの上に正座をしている。俯いたまま、そっと上目で周りを見回す。

 直樹は――泣いている。当たり前だ。《本気で好きになった》女の子。それもちょっと天然だけど、ふわふわした空気で周りを和ませ、いつも笑顔を浮かべているそんな清純無垢を絵に描いたような子にそんな話をされたら誰だって泣きたくなる。

 秋村先生はニヤニヤしている。いや、他にしようがないのだろう。最初に報告したのは母で、「真面目な話」はきっとそこで為されているに違いない。だから、今日この場にいるのは恐らく友人らにもの凄く恥ずかしい報告をする僕ら――いや、みらいはあまり気にしないだろうから、正確には僕――を生温かい目で見守るために違いない。

 最後、千花はというと――そこに浮かんだ表情をなんと喩えたら良いのか僕には言葉が見つからない。あえて丁寧に描写するならば、「精一杯の無表情を装うべく口を固く閉じてはいるが、その顔は手にしたカップの中、盛大に揺れる紅茶よりなお赤く、その目には明らかに涙が浮かんでいて、でもみらいに向ける視線はどこか優しささえ感じられて……その分倍加されたのか僕に向けられる視線には殺意以外の何者も感じられない」といった状態だ。

「つまり――」

 秋村先生が未来の言葉を引き継ぐ。

「悠也君と“イタした”ことによって、眠くなることや体力の低下――つまり“魔法少女の緩やかな死”が止まったのね?」

「はい! お布団の中でお兄ちゃんと二人、熱く愛しあうことによってみらいの身体は復調してしまったのです」

 そう満面の笑みで答えたみらいは元・魔法少女で一年前に僕の妹になった女の子。そして――

「北岡の! 貴様、妹にそんな不埒を働くなど、不潔きわまりないぞ! この獣(けだもの)が! 今すぐ二足歩行を放棄し、四肢を用いて商店街を駆け抜け、山に帰るが良い!」

 咆号する千花に慌てる、みらい。

「ち、ちーちゃん。実は違うのです。みらいはもう妹ではないのです。その……少し前に二人とも誕生日を迎えたのです」

 そう言って、少し頬を染める彼女は僕の元・妹で――今はもう妻だ。

「な、何? お前ら、もう籍、入れてんの?」

 もはや掠れた声を直す気力もないのか、直樹の言葉は途切れ途切れにしか聞こえない。そんな彼に追い打ちを掛けるように、みらいはおっとり微笑む。

「そうなのです。みらいはお兄ちゃんのお嫁さんなのです」

「で、でも、仕方ないんじゃないかな。その――ちょっと前までどうなるか分からなかったわけだし」

 “魔法少女”は通常、二十年も生きられない。十五歳だったみらいにも最期の兆候は見え始め、同じ季節を再び迎えることはないものと思われていた。だから、急いで籍を入れる必要があったのだ。少なくともその時には。

「は、初めては結婚してからとはいえ、だからといって結婚を早める馬鹿がいるか! そういうのを本末転倒と言うんだ!」

「千花ちゃんの貞操観念が耳に痛いわね、小田くん……」

「……俺まで巻き添えにすんのやめてくださいよ、先生」

「なっ! 小田の、まさか貴様、結婚どころか成人すらしてないのに! というか、この場で未経験者は私だけなのか……。うっ……ううっ」

 テーブルに突っ伏してしまう千花。その頭をよしよしと撫でる、みらい。それにしても――とこちらを振り返る秋村先生。

「鈍くて奥手で、そういうことは苦手そうな北岡君が状況が状況とはいえ、よく決心したわね」

「いや、それがその……そうしなさいと言われたんです」

「「「は?」」」

 被った声は三人分。俯いていた千花も顔を上げている。

「調べてみたら義理の兄妹って結婚できたんです。だけど、二人とも未成年だし親権者の同意が必要だから、とりあえず母にみらいの体調が許せば結婚したいって告げたんです。そしたら」

「そしたら?」

「みらいを抱け、と」

 場に重苦しい沈黙が舞い降りる。皆の目が露骨に「こいつそこまで重度のマザコンだったのか」と告げている。最初に口を開いたのは千花だった。

「北岡の……お前、子供の頃遊んでた木馬、まだ使っていたりはせんだろうな?」

「使ってないよっ! 僕は冬彦さんじゃないよ!」

「そうなのです。お兄ちゃんは悠也さんなのです」

 みらい、それは間違いじゃないけどこのタイミングで言うのは多分、間違いだ。

「にしても、母親に抱けって言われたからとか……俺の想像を絶する世界だわ、色々と」

「いや、僕もそう言われたからってだけじゃないよ。その……みらいのことホントに好きだったし、そうした方が気持ちが伝わる気がするし……って、秋村先生ニヤニヤしないでください!」

 僕の言葉を意に介することなく、続けて続けてとにやける秋村先生。思わずため息が出る。

「でも、みらいとそうなったのはやっぱり母の言葉が大きかったかもしれない。――実はね、僕の母も元・魔法少女なんだ」

「は?」

 声を上げたのは千花だ。

「魔法少女は生殖機能を持たない、二十歳まで生きるのも稀……だったんじゃないのか?」

「魔法少女は生殖機能を押さえられている、といった方が正確かもね」

 秋村先生がそう訂正を入れる。彼女は“魔法少女”については僕らよりずっと正しい知識を持っている。だから、僕らは黙ってその口元に注目する。

「彼女たちは年齢を重ねることにより能力を失っていく。十二歳くらいには退役して施設で“余生”を過ごすケースがほとんどだわ。つまり、能力の減衰には女性ホルモンが影響している可能性が高いの。その発生を押さえる薬物を投与し続ければ、生殖機能はほとんど無いものと同じになる」

「それはつまり……“魔法少女”もただの人間ってこと……なのか?」

 だとしたら、そんなこと許されるのかとそんな風に続けたそうな口調で千花が言う。

「その辺りは流石に私たちは知り得ないわ。防衛機密も良いところだから、推測することしかできない。ただ、ひとつ言えるのは“魔法少女”という存在はこれからも必要だということね」

 僕はそれにただ頷くことしかできない。周辺を海に囲まれた島国、日本。その海上防衛の柱とも言うべきイージス艦。同時に二〇〇機以上の敵戦闘機を捕捉し、それと交戦することが可能と言われるイージスシステム。それが最も苦手とするのが低高度高速飛翔体――つまり“魔法少女”なのだ。十数年前から“魔法少女”の運用を始め、拉致行為を再開したとされる半島北の国に対処するためにはこちらも“魔法少女”というカードを使わざるを得ない。そうして少女達は人々を守り、時に人々に恐れられながら恋を知らずに死んでいく。

 そのことを哀しいと思う。辛いとも思う。だって、みんな、みらいの仲間達なのだ。あるいはそうなっていたかもしれない、みらいの姿なのだ。憤りを感じることもある。だけど、それをそのまま発露してしまうほど僕は子供ではなく、そしてそれをどうにか出来るほど大人でもなかった。出来るのはただ、僕の手を握ってくれた一人の女の子、その小さな手を離さないでいることだけ。

「その……さ、難しい話は俺、よく分かんねぇんだけど、元・魔法少女であるところのお前の母親がどうしてそんなこと言い出した訳?」

「それは、その……」

 自分の出自を語るのは何だか恥ずかしいな。

「実は昔、母が寿命を迎えかけてた時、好きだった施設の職員――これが僕の父親に当たるんだけど、その人とそういうことになって、助かったから、とか」

 本当にそれで効果があるか、母にも分からなかったはずだ。だけど、母にとってもみらいは愛すべき娘で、だからこそ僅かな可能性にもかけてみようと思ったのだと思う。だからといって、「結婚したい」と告げた次の瞬間にすることが回れ右して、近所のコンビニで避妊具を買ってくることだというのはどうかと思うけど。

 それになるべく条件を同じにしなきゃかとか言って、結局くれなかったし。

「だから、母は社会復帰した魔法少女第一号で、だからこそみらいを引き取ることにしたんだと思う」

 たった一人でもほんの短い時間でも良い、自分の後輩を外の世界に触れさせたい、きっと母はそういう風に考えたのだ。じゃなかったら、こんな無理矢理な養子縁組はしなかったはずだ。

 だけど、それなら元魔法少女なら誰でも良かったはずで――だから、どうしてみらいだったの? と訊いたことがある。答えは「たまたま行った施設にいた自分と同じガーデン出身で、ガーデンでの出席番号が自分と同じだった子がみらいだったから」だった。

 それは限りなく細い偶然という糸。だけど、僕とみらいを結んでくれた何より大切な赤い糸。

「なるほどねー。体内に男性の体液を受けたことによって薬剤の投与により受けていた影響が薄らいだってことかしらね」

 秋村先生はそう言うけれど、そんな単純な話ではないんだと思う。だって、本当に必要なのがそれだけなのだとしたら、きっともっと多くの“魔法少女”が救われていたと思う。だけど、実際にはそうはいかなかった。それはつまり――

「みらいはお兄ちゃんの愛によって救われたのだと思います」

 少し恥ずかしいけど、そういったことじゃないかと思う。「愛なんて粘膜が見せる幻想」なんて皮肉る人もいるけれど、その幻想を見せるのは多分、脳に生まれた化学物質で、そいつの作用が回り回って“魔法少女”の寿命決定因子を壊しちゃうことがないって訳じゃないだろうから。

 ここで終わればいい話なのに、賢く目ざとい僕の幼なじみはそこに気づいてしまう。

「ん? ちょっと待て、今、男性の体液を受けたと口にしたか」

 千花、今は感動するところだよ。そんな細かなところに気づくべきところではないよ。今なお正座を続ける僕の背を一筋の汗がつーと滑り落ちていく。はい、と答えるみらいの声、そちらに目をやれば満面の笑顔。それを見た瞬間、僕は直感的に悟る。きっとこの子は今からロクでもないことを言うぞ、と。

「お兄ちゃんと二人で一番上まで昇って、そして、お兄ちゃんがみらいの中で弾けて広がっていったとき、目の前の白いもやもやがさーっと晴れて――」

 みらいは眠くなくなったのです。と、大変良い話をしてくれるのだけど、秋村先生まで顔赤くしてて直樹は涙どころか鼻血まで零していて、そして千花はトレイを手にしてふるふると震えている。あぁ、それを地面に向けて垂直に立てるのは止めてくれ、きっとその角っこで殴られたらもの凄く痛い。だけど、言ってもきっと聞いてもらえないんだろうなぁ。

 だから僕は机の下、そっと右手で左手を包み込む。その薬指、僕と僕の大好きな女の子とを繋ぐ絆のリングを握りしめる。猛烈な加速度をつけトレイが振り下ろされ、僕は目を閉じる。暗闇の中火花が散って、千花の声がドーナツ屋に響き渡る。

「こ、この、破廉恥漢っ! 避妊具くらいしろ! 馬鹿者がっ!!」

 夕方の高校生であふれかえる――それも同じ学校の子も少なからずいるドーナツ屋でそんなことを叫んだらどうなるか、なんてのは皆さんの想像通りで、だから僕はこの後二〇分くらいの出来事を思い出したくない。

 しばらくして、僕とみらいは二人で家路についていた。自転車に乗らず押しているのは、正座のしっぱなしで足がしびれていたから。おかげでドーナツ屋から駆け出すときもずいぶん苦労した。あの店にはしばらく行けないと思う。

 だけど、僕の隣でふんふんと鼻唄を歌いながら歩くみらいはすこぶるご機嫌だ。右手で携帯電話を手にして何やら入力している。左手はというと僕の袖を掴みっぱなしだ。いつも同じ部分を掴むものだからその部分だけ他よりずいぶん擦れてる気がするのだけど、まぁ、しょうがない。

「誰かにメールでも送ってるの?」

 訊いてみるとみらいはふんわり笑顔で顔を上げる。

「いいえ、違うのです。これは携帯電話のメモに今日の思い出を入力しているのです」

 そういって画面を見せてくるみらい。そこには日付がずらりと並んでいる。一覧画面だから内容は表示されないのだけど、タイトルだけでもその……ハートマークが乱舞で恥ずかしいというか何というか……。

 笑顔でそれを見せていたみらいだけど、手元に戻して操作を始めた途端その表情が曇る。

「あれ? 保存できない。困りました」

 どうしたの? と見てみるとメモの保存件数が端末の仕様を越えていて出来ないみたいだった。携帯電話のメモ機能なんておまけだからしかたないんだろうけど……。せっかくのお兄ちゃんとの思い出なのに、なんて呟きながら困ってみせるみらいを見ると仕方ないなんて言えなくて――だから、僕はUターンしてハンドルを商店街の方に向ける。もう痺れがとれた足をペダルの上に載せる。

「せっかくだからさ、日記帳を買いに行こうよ。それならもっとたくさん書ける」

 世の中には十年日記なんてのもあるんだしさ。

 はい! と嬉しそうに頷いたみらいを荷台に乗せて僕はこぎ出す。

「良かったのです。これでまた日記を書けるのです」

 嬉しそうにそう言うから、どうして日記なんか? と訊いてみる。するとみらいはこちらまで暖かくなってくるようなお日様の声で――

「だって、お兄ちゃんはみらいのことを忘れないって言ってくれました。だから、みらいもお兄ちゃんのことを全部覚えていたいです。でも、みらいはあんまりお勉強が得意じゃないから、代わりに日記帳に覚えていてもらうのです」

 

 みらいは元・魔法少女で、元妹で、そして今では僕の奥さんだ。うたた寝することはずいぶん減ったけど、お昼寝は大好きでついでに居眠りも大好きらしくて時々秋村先生に怒られている。いつもにこにこ笑っていて、でも悲しい映画を見たら泣いてしまって、僕の前では時々わがままを言って、それが元で喧嘩することもあるけど、でもそれが次の朝まで持ち越されることはなくて、夜、そっとベッドにもぐり込んできてごめんなさいと言ってくれる、そんな素直で愛らしい女の子だ。

 数ヶ月前、忘れないと誓った少女。忘れたくないと想った少女。彼女は今では僕の心にしっかりと住み着いてしまっていて、もう忘れられる気がしない。

 

 だけど、日々の些細な出来事、そこで笑っているみらいのことをずっと覚えていたくて――結局日記帳は二冊買うことになった。

 みらいに選んでもらったその日記帳が、僕が想像していた黒革のかっちりしたものとは全く違う、部屋にあるだけでも少し恥ずかしくなるようなファンシーなもので、本棚に並べたら浮いてしまうし恥ずかしいからとベッド下に隠したそれが、部屋に遊びに来た直樹や千花による「エロ本」探索イベントにより発見され、あまつさえ音読され、死んでしまいたくなるくらい恥ずかしい思いをしたのは、また別の話だ。

 

 
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