No.1011843

恋姫†夢想 李傕伝 13

個人的にはすごく書きやすかった回。
皆で読もう李傕伝!

華雄さんが大変お強い小説だけど全く出てこない。
短けぇですのよ!

2019-12-03 09:18:52 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1104   閲覧ユーザー数:1065

『反西涼の胎動』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西涼が幷州へ侵攻し、高幹、袁紹を打ち破り、幷州、冀州、幽州をその手に収めた。その報告は各勢力の元へ一瞬にして飛び交った。

 曹操は反董卓連合が解散した後、拠点である豫洲の北―――兗州。さらに北東にある青洲の三州を併合し、魏という国を興した。

 特に青洲には、青洲黄巾軍という黄巾賊の残党が多く残っており、とある方法によってそれを丸ごと吸収したため、戦力は大幅に増強されている。

 というのも、黄巾賊の頭目である張角は、呂布によって討たれたと公表されていたが、実際には違っていたのだ。髭面の人相の悪い壮年の男と言われていた長角。しかしその実態はうら若き美少女であった。

 許昌でなにやら人を集める少女達がいるという報告を聞き、曹操が向かった先で出会ったのが彼女と、その妹二人であった。

 張角。張梁。張宝。

 本来黄巾賊の頭目である彼女達は処刑して然るべきであったが、青洲黄巾軍の吸収を手助けするのならば、ある程度の自由を認めて保護しても良いと曹操は提案した。

 青洲黄巾軍は彼女達の姿を見るや否や恭順の意を示し、青洲は瞬く間に曹操の物になった。

 約五万もの兵士というおまけを付けて。

 現在兗州、青洲、豫洲の三州を治める曹操は約十一万の大軍を擁しており、今目の前に迫った西涼軍といずれ対峙することになるだろうという状況であった。

 

「華琳様、本当によろしかったのですか?」

 

「孫策の事?」

 

「はい。確かに華琳様が孫策に助けられた恩があるとはいえ、あれだけ手助けをして規模が大きくなってしまうと言うのは些か問題があるかと」

 

 荀彧は玉座の間にて、曹操と向かい合っていた。

 彼女が言っているのは、曹操が孫策にかなり大規模な援助をした事についてである。

 孫策はかねてより呉の地を袁術から取り戻すことを掲げており、呉を人質に取られているからこそ袁術に従っているという状況であった。

 その袁術が何をとち狂ったのか、突然『仲』という国を興し、愚かにも自らを皇帝と名乗り始めた。それは愚か者を討つという大義名分になり得、孫策が今袁術を討ったとしても主君殺しの謗りを受けないという絶好の機会が到来したのだ。

 曹操は豫洲から孫策に武器や輜重、さらには兵士までを提供するという提案をした。

 孫策自身中々の切れ者であるし、その腹心である周瑜は、曹操の懐刀である荀彧に匹敵する叡智を有している。曹操からのこの提案が、いずれ訪れる魏と西涼との戦いの際に呉が協力するという見返りを求められている事を当然見抜いているはず。

 それでも孫策は曹操の提案に乗った。

 孫策の臣下は袁術が治める揚州のあちらこちらに分散されており、兵もまたそれぞれ分割されていた。これは孫策の下克上を怖れての采配であったが、曹操はそれぞれの元に兵士をこっそりと送り込んだ。

 豫洲からの商人を名乗らせては武器や輜重を送り、揚州への移住と称して兵士達を送り込んだ。

 袁術の臣下達は、張勲が切り盛りしていたものの、それぞれが私欲を貪る者達が多く、漢が衰退した原因である十常侍らに通じるものがあった。

 そのため賄賂を握らせれば多少の事は目を瞑り、いずれそれが自らの首に刃が付きつけられることにも気づかなかった。

 そうして孫策とその臣下達は一斉に蜂起し、袁術の首を上げることが出来なかったものの、悲願である呉―――ひいては揚州を奪還するに至った。

 現状の勢力図で見れば、孫策率いる呉は曹操よりもやや大きく、もしも孫策が曹操と戦うと決断をすれば、曹操はかなり厳しい状況に陥るだろう。

 荀彧はそれを懸念していた。

 

「大丈夫よ。それに今は私と雪蓮が戦っている場合じゃないもの。もしも私が李傕に敗北するようなことがあれば、いずれその刃は呉に向けられる。今は共に戦うのが吉と周瑜も考えているでしょう」

 

「私達が敗北するなど―――」

 

「例えの話よ。可愛いわね桂花は」

 

 何よりも曹操の事を最優先する腹心荀彧。曹操がそんなことを言うと、彼女は表情を蕩けさせ、悦に入る。

 

「失礼します華琳様。何やら贈り物が届いています」

 

 曹操と荀彧だけだった謁見の間に夏侯淵が入って来た。

 二人だけの時間を邪魔されたとばかりに荀彧は夏侯淵を睨み付けたが、当の本人は全く気にも留めていない。

 

「贈り物? 誰から?」

 

「……相国からです」

 

「へぇ」

 

 相国―――董卓。

 反董卓連合軍で相対した、いわば彼女に取って敵である曹操へ突然贈り物をしてきたという。何故、という気持ちよりも、何を送って来たのか曹操はとても気になった。

 夏侯淵から漆塗りの箱を受け取り、その蓋を開けた。

 中には一通の文と、真っ白な絹で出来た寝間着が一着、綺麗に折りたたんで入っていた。

 

『珍しい着物が手に入ったので送ります』

 

 文にはただそれだけしか書いてなかった。

 さて、どういうことか。

 曹操は頭を捻った。

 絹製の真っ白な寝間着というのは、別段珍しいものではない。市井の民であれば確かに珍しい物かもしれないが、曹操や董卓らの地位であればもはや普段着にも等しいはずだった。

 

―――つまり、何かあるというわけ?

 

 曹操はおもむろに立ち上がり、自らの服を脱ぎ始めた。

 あっ、と荀彧や夏侯淵が声を上げ、顔を赤らめていたが曹操は気にせず寝間着へ袖を通した。

 ふと、腰帯がやけに大きいことに気が付いた。

 本来なら細く、服の内側で結ぶものであるが、余りにも大きいのだ。

 よくよく見れば、その帯だけやけに縫い直した跡が見受けられた。

 

「ねぇ。何か斬る物はあるかしら?」

 

 曹操が言うと、夏侯淵が護身用なのか短剣を手渡してきたので、それを使って丁寧に腰紐を割いた。

 そして曹操はそれを見て納得した。

 

「なるほど。それで桂花、貴方はどう思う?」

 

 曹操は顔を赤くしていた荀彧に問いかけた。

 彼女の顔は瞬く間に真顔に戻り、その目は鋭く、思考の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 劉備ら一行は荊州の劉表の下に身を寄せていた。

 反董卓連合が終った後、諸侯らが動き始める中、義勇軍である彼女はどこへとも行くでもなく、同じ劉性である彼女を頼っていた。

 治める土地の無い彼女は、従える義勇軍を食べさせていかなければならず、どこかへ身を寄せるのは必然と言えた。

 劉表は老いた老婆で、寿命もあまり長くないと言われており、寝所から出ることも無く、日々寝ては起きての繰り返しであった。

 彼女は自身の元へ訪れてきた劉備を大層気に入っていた。

 それこそ荊州を劉備に継がせるのではないかと周囲が思う程に。

 

「桃華や、こっちに来ておくれ」

 

「はい、桃葉様」

 

 二人は既に真名を交わし合った仲であった。一方的に劉表が劉備を気に入り、交換したともいえるが。

 劉表は寝台の上に身を起し、手には白い絹の寝間着を持っていた。

 

「これは相国様が、見舞いの品として送ってくださった物じゃ」

 

「董卓さんが?」

 

「しかしのう。これは儂の手には余る。お前さんにあげよう」

 

「そんな! 桃葉様への贈り物を……それも絹の服だなんて!」

 

 劉備は他人への贈り物をもらう事へ申し訳なさを感じるとともに、絹製の高価な寝間着を貰うという事に大変困っていた。

 彼女は質素倹約を地で行くような人で、さらに自分が高価な物を手にするくらいなら義勇軍の兵士達に分け与えた方が良いという考えを持っていた。

 最近は絹織物が随分と値下がりしているという話を聞いたこともあったが、劉備にとって絹で出来た寝間着というのは余りにも高価な物という認識があった。

 

「ほっほっほ。そう恐縮するものではない。これを受け取って、信の置ける者達と考えるのじゃ」

 

 劉備は劉表の言葉に疑問を抱いた。

 余り察しの良い劉備では無かったが、劉表の言葉はとても気になった。信の置ける者達と考えるべし。

 劉表は表立って言いはしないものの、何かがあることを示唆しているのだ。

 仕方がなく劉備はその寝間着を受け取った。

 

「考えが纏まったら、儂の元へ来ておくれ」

 

「わかりました。桃葉様」

 

 劉備は恭しく頭を下げ、劉表の私室を後にした。

 手にはとても手触りの良い絹製の寝間着が一着。

 彼女は仲間達の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 劉備一行全員が揃い、その寝間着は諸葛亮の手に渡った。

 彼女は寝間着の腰帯が怪しいと言うので、趙雲が丁寧にその腰帯に切り込みを入れた。槍で。

 

「これは……!」

 

 腰帯を開いたそこにあったもの。

 

『李傕討つべし』

 

 僅かそれだけが記載され、献帝―――劉協の名前や董卓の名前がそこには記載されていた。

 そして驚くことに、名前の下には血判が押されていたのだ。

 赤黒く変色したそれはまさしく血。

 西涼の李傕を討つべしと、帝が、己の指を切って血判を押したのだ。

 

「これは……密勅です」

 

 諸葛亮の言葉にその場の空気が凍った。

 

「理由はわかりませんが、これは公に出せない勅なのでしょう。そしてこれはおそらく、劉表様だけに発されたものではありません」

 

「曹操さんや、孫策さん……陶謙さんにもかな?」

 

「うん。きっと色んな人に発されていると思う」

 

 相国董卓の血判ならばまだ良い。しかし帝が己の指を傷つけてまで発する密勅とは、相当なものである。

 何が何でも李傕を殺すべしという意志が、そこには込められていた。

 

「ほう。良いでは無いか。ついに某の槍が蚩尤と打ち合う事になるか」

 

 趙雲は嬉しそうに言ったが、諸葛亮は首を振った。

 途端に趙雲の顔は曇ってしまう。

 

「劉表様がどのような決断を下されるかはわかりません。ですが、私達はこれに参加するべきでは無いと思います」

 

「どうして!?」

 

 劉備は声を上げた。

 劉備は余り考える事が得意ではないが、西涼という存在が傍に迫っている今、いずれ荊州が西涼の侵攻を受ける事は容易に想像が出来た。

 ならばこの密勅に賛同し、おそらく同じように勅が発されている曹操らと協力して西涼と戦うべきだと彼女は思ったのだ。

 

「まず、この勅が曹操さんの元へも発されたと仮定します」

 

 諸葛亮は顎に手を当て、眉間に皺を寄せながら話を始めた。

 

「劉表さんと私達、曹操さん、孫策さん、陶謙さん。おそらくこの東の地域一帯が一丸となって西涼と相対することとなるでしょう。ですが、この状態では西涼は全軍を此方へ向けることが出来るのです」

 

「つまり、益州って事だよね?」

 

 龐統の指摘に諸葛亮は頷いた。

 

「西涼の本拠地である雍州は、益州の真上に存在します。おそらく密勅は劉章さんにも送られているはず。しかし益州の劉章さんはこの勅に従わないでしょう」

 

「ほう。それは何ゆえか?」

 

 趙雲の疑問は、諸葛亮と龐統以外全員の代弁といえた。

 

「益州の北側―――漢中。そこは五斗米道の本拠地なのです」

 

「そして西涼は五斗米道と親しくしているのでしゅ」

 

 龐統が舌を噛み顔を赤くしたが、余りにも切迫したこの状況下で気にする者は居なかった。

 

「劉章さんがもしも勅に従い兵を動かすとなれば雍州へ攻めることが出来ますが、もしもそうしてしまえば民から大きな反発を得てしまうのです。五斗米道はそれだけ民の指示を得ているのですから」

 

「その為劉章さんは動きません。ですが、もしも雍州を攻めることが出来れば西涼は戦力を雍州と東である此方の二つに割かなければならなくなります」

 

「なるほど、見えてきた。つまり某達は益州を速やかに攻めて手に入れ、西と東に分かれて西涼の戦力を分断させてを攻めるという事だな?」

 

 趙雲の言葉に諸葛亮と龐統は同時に頷いた。

 

「でも、もし私達が後れを取ったら―――」

 

「そうです。現状西涼はその戦力の大部分を東へ集めています。まずは曹操さんが相対すると思いますが、その次は陶謙さんか……劉表さんです」

 

 劉備は絶句した。

 諸葛亮の示した絵は理解できた。

 このまま劉表の下で共に戦い、万全の西涼軍と戦うよりは戦力を分断させ、西涼の力を削ぐ事が出来るという事も。

 しかし、万が一劉備達が益州を手に入れるのに手間取ってしまえば、荊州は、劉表が、西涼の手により討ち取られてしまう。

 

「最終的な決断は、桃華様にお任せします。このまま荊州の一員として西涼と相対するか、益州を手に入れ東の負担を軽減するか」

 

 諸葛亮の言葉は、劉備にとって苦渋の決断を迫るものだった。

 彼女は助けを求めるべく一刀へと視線を向けたが、彼もまた、沈痛な面持ちで劉備を見ていた。

 全ての決断は、劉備に委ねられた。

 

 

 

 

 

 

 

 劉備は再び劉表の下へ訪れていた。

 彼女の寝室は、限られたものしか出入りできない。劉備は、その一人である。

 

「その表情。覚悟を決めたね?」

 

 劉表は穏やかな声で言った。

 劉備は下唇を噛み、目からは大粒の涙が流れ落ちていた。

 

「私達は益州へと向かいます」

 

「うむ。良い。良い考えじゃ。うまくいけば儂らの負担が減るからのぅ。兵や兵糧を、多くはないが持っていけるよう手配しておこう」

 

 劉表は笑顔で言うが、劉備の心内は罪悪感で一杯であった。

 彼女は義勇軍の劉備を快く迎えてくれた。

 義勇軍の兵士達を食べさせなければならない劉備にとって、好意で荊州に滞在させてくれる劉表へは恩があった。返しきれない程の恩。

 本来ならば恩を返すべく彼女と共に戦うべきだと思っていた。それでも、恩を仇で返すようにこの地を離れなければならない。

 

「のう桃華。儂の事をお祖母ちゃんと呼んでくれんか?」

 

「はい……桃葉お祖母ちゃん……」

 

「うむ。良いぞ。良い響きじゃ。儂の為に疾く益州を獲り、老後の楽をさせておくれ」

 

 劉備は居てもたってもいられず、劉表に抱き着いた。

 骨と皮しかないような細身の体。

 それをひしと抱きしめ、劉備は声を上げて泣き始めた。

 

「ごめんなさい……桃葉お祖母ちゃん……ごめんなさい……」

 

 劉表は優しく劉備の頭を撫でた。

 骨ばったその手は、何故か柔らかく、温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高幹、袁紹との戦いが終った後、西涼軍は一時的に三つに分かれることになった。

 烏桓との邂逅を間近に控えているため、李傕、華雄、劉虞は幽州へ。

 程昱、馬騰、韓遂は幷州へ。

 郭嘉、馬超、閻行、楽進、于禁は冀州へと、それぞれが別れて戦後の処理を行いながら統治が行われることになった。

 幷州へ赴いた程昱。

 彼女の元へと飛んできた報告。

 それは、荊州に身を寄せていた劉備が、かなりの兵を連れて西へ動き始めたというもの。

 義勇軍として僅かな兵しか連れていなかった劉備が、それなりの数の軍として動き始めたのは、おそらく荊州の兵が付いていったからであろう。

 しかし今劉備が益州へと向かう理由を、程昱は判断しかねていた。

 彼女は郭嘉が評価したように、人の考えを見抜く軍師。

 劉備が益州へ向かうと言うのはわかる話であったが、その先―――劉備なら『それをする』のはありえないという考えがそこにはあった。

 彼女がもしも益州を手に入れたとしても、人徳の人、民を重んじる人と呼ばれる劉備が、そんなことをするはずはないと程昱は考えていた。

 もしも今、全体を見通す郭嘉が傍にいて、相談できたのなら。

 あるいは程昱が郭嘉へ文をしたため、その疑問を解消しようとしたのなら。

 結果は違っていたはずだった。

 郭嘉はこの時、全体を見通す―――客観的な見方によって、危機の迫る荊州から劉備が益州へと移動するのは生存戦略として妥当であると考えていた。

 つまり程昱がこの時抱いた疑問を郭嘉は抱いておらず、そしてもしも程昱の疑問を彼女が聞けば、郭嘉はその疑問の答えを広い視野から見抜けるはずだった。

 しかし程昱は己の判断のみで決断を下し、劉備を無視することにした。

 それは、彼女にとって最初で最後の大きな失策となった。

 大陸で最も勢いのある西涼が一転して窮地に立たされる転換期。

 それを彼女は、見逃してしまった。

 


 
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