No.1009923

恋姫†夢想 李傕伝 5

ギャグ回。笑えるかは人それぞれ。
袁紹ファンの方はごめんなさい!
今回だけ許して。後でカッコイイ見せ場あります。
華雄さんがお強い小説だけど活躍は次回。ようやく。

2019-11-11 18:34:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1119   閲覧ユーザー数:1073

『檄文』

 

 

 賈詡は上機嫌であった。

 中郎将に董卓が任ぜられ、つつがなく黄巾の討伐が終了した。首謀者の長角という人物は髭面の男という情報をもとに、呂布が見事その首を上げたのだ。

 報奨式を行うため諸侯は洛陽を目指している最中の事。

 矢継ぎ早に送られてくる情報によれば、霊帝が崩御。それに伴い朝廷内における十常侍が何進を暗殺。混乱を極める宮中より張譲らが劉弁、劉協を連れて逃げ出したとのこと。

 洛陽でそれほどの混乱が起きているならばどうするべきかと迷っている所に、何と劉協が董卓軍へ助けを求めにやって来たのだ。

 彼女の話によると途中で劉弁とはぐれてしまい、とにかく人の居そうな所へと彷徨っていた所、董卓軍を見つけたとのこと。当然保護しなければならず、劉協と共に董卓は洛陽へと入った。その後も劉弁の捜索が行われていたが、見つかることは叶わなかった。

 劉協は董卓を大層気に入っており、なんと相国の地位を董卓に贈ったのだ。

 董卓が相国。

 

 その事実に賈詡は天にも昇る程舞い上がっていた。

 

「月がついにここまで……よくやったわ賈詡! 運も私達に味方してる!」

 

 宮中の廊下でそんな独り言をかなりの大きな声で言ってしまうのも仕方が無い事だろう。賈詡は今まで董卓をどうやって昇進させるかという事を考えていた。現在相国という地位は最早並び立つものなく、帝の次にこの大陸でえらいのが董卓といっても過言ではない。

 黄巾賊討伐という董卓の為の舞台よりも、劉協を保護できたというのが余りにも大きい。それはまさに天命。

―――月が相国になる運命だったのよ!

 洛陽に入った董卓一行は、凄惨な事件が起こった宮中の後始末に始まり、今まで十常侍らが好き放題にしていた政務の引継ぎを行った。

 余りにも腐敗し、もはや手のつけようが無いと思われる程汚職と賄賂が横行しているこの洛陽で、賈詡は清廉潔白に務めた。苦行ともいえる毎日の仕事であるが、これも董卓の為と思えば苦でもない。

 現在董卓は劉協―――帝となり献帝の傍に控えている。献帝は董卓をとても気に入っており、いつも傍から離そうとしない。これも良い傾向であると賈詡は思っていた。

 董卓との時間はかなり減ってしまったが、帝の傍に董卓がいる姿を見ればこれからの地位はまさに安泰。辛いと思うときもあるが喜びの方が大きい。

 

「詠! 大変や!」

 

 現在洛陽に入った董卓軍の総大将は呂布が務めており、今賈詡の元へ走ってきている張遼は警邏の担当だ。

 

「何よそんなに慌てて」

 

「これ! これ見てみぃ!」

 

「……?」

 

 賈詡は手渡された文を開く。

 それは袁紹より発された檄文であった。曰く、逆賊董卓が献帝を操り洛陽で思いのままの暴政を敷いている。曰く、帝を救うために諸侯は立ち上がるべきである。

 と。

 賈詡は震える手で檄文を握りしめた。

 

「この……くそっ……! 何も知りもしないで……!」

 

「どうするんや詠!」

 

「軍を急いで招集! 総大将は呂布。虎牢関と汜水関に兵を向かわせ防衛の準備よ!」

 

「お、おう!」

 

 この檄文が発されてどれ程時間が経ったのかはわからない。せめてそれぞれの関で落石に使用する岩を削り出す時間があれば良いのだが。

 

―――くそっ! くそっ! 月が一気に昇進したからって妬んでこんなことを!

 

 賈詡は様々な策を頭の中に思い浮かべた。

 例えば今集結しつつあるであろう連合軍をあえて洛陽へと迎え入れ、現在の洛陽の様子を見せることで身の潔白を示すという方法。しかしそれは余りにも董卓の身に危険が迫りすぎる。敵を懐まで招き入れるのだから、難癖をつけられて処刑されるという可能性がとても高い。連合軍はそもそもにおいて洛陽の圧政に苦しむ民や、帝を救い出すという目的で集まるわけでは無いのだ。董卓という今大陸に名を轟かせた人物を追い落とす。ただそれだけなのだから。

 では董卓を懇意にしている帝に勅を発してもらい解散を命じてはどうか。それもまた問題があった。かつての漢王朝の権威があればそれも可能であっただろうが、今や帝の持つ権威等地に落ちている。お飾りの帝を裏で操り勅を発させた。そう指摘され無視されるのが関の山だ。

 戦うしかない。

 賈詡はそう答えを出した。

 幸い汜水関、虎牢関といった関は大変堅牢で守るには最適である。防衛という面でいえば、岩や矢の準備さえ整えば兵糧の余裕からも董卓軍が圧倒的に優位に立てる。

 

―――もしも私達が戦っている最中、雍州から援軍が来てくれれば……。

 

 賈詡はそう考えたが、それを一蹴した。

 李傕という男。

 賈詡から見て、彼は野心を秘めた瞳をしていた。それがどのような物であるかはわからないが、董卓がこの戦いで敗れれば彼が雍州を手に入れることになる。それなのにあえて逆賊と呼ばれる董卓の為に立ち上がり、助けに来てくれるだろうか。

 

―――ありえないわ。

 

 孤立無援。そんな状況下で自分達は戦わなければならない。

 

「負けられない……月の為にも、絶対に負けられない!」

 

 賈詡は握りしめていた檄文をぐしゃと丸め込み、床へと思い切り投げた。

 

 

 

 

 

 ついにこの時が来たと李傕は一人部屋の中で震えた。あの董卓ではありえないと思っていたが、袁紹より董卓が洛陽で暴虐の限りを尽くしており、帝を救うために立つべしという檄文が発されたのだ。

 しかし問題はここからであった。

 その檄文を持った馬騰がここ雍州へ訪れているのである。

 李傕は不参加を決め込み、董卓が討たれるのを待つつもりであったが、馬騰が来たという事はつまりそういう事なのだろう。

 覚悟を決め、馬騰が待つ謁見の間へと向かった。李傕が入室するとすでに全員が揃っていた。

 

「よぉ! ひっさしぶりだなぁ底」

 

「紅(こう)殿。お久しぶりでございます」

 

 お淑やかな馬騰とは正反対。性格は活発で剛毅。真っ赤に燃える様な赤い髪は彼女の真名を示すかのよう。

 彼女の名は韓遂。馬騰の義姉妹でもあり、交易の度に良く会った人物である。その武は馬騰に並び立つとも言われ、何かにつけて馬騰を最優先する程溺愛している様子が見て取れる人物だ。

 

「碧殿もお変わり無い様で」

 

「ええ。お陰様でね」

 

「それで、どのようなご用件で?」

 

「あら、とぼけるなんて珍しい。わかっているのでしょう?」

 

「……」

 

 李傕は押し黙った。

 馬騰に董卓への推薦を貰ったときに話した事。何故董卓に仕えることが領地を手に入れる手段になり得るのかと問われたとき、李傕は天命であると答えた。

 それを問いただしに来たのだろう。

 

「貴方の言った天命とは、この事なのね?」

 

「はい。董卓は諸侯らに討たれ、この雍州は私の物になります」

 

 ほぅと声を上げたのは趙雲だった。程昱も郭嘉も何も語らない。馬超は何の話だと隣にいる馬岱に聞いていたが、口を押えられ強引に黙らさせられた。

 華雄は急ぎ李傕の傍へと移動した。その手には戦斧が握られている。

 何故なら馬騰からは静かな殺気が放たれていたからだ。

 

「貴方がどのようにその天命を知ったのかを私は問いただしません。私が貴方に問うべきことは―――」

 

「李傕―――!」

 

「底様!」

 

「動くな!」

 

 馬騰はその手に持っていた槍を素早く李傕の首へと付きつけた。それは李傕の髪が風圧で靡くほどの速さだった。華雄と楽進も動いたが、韓遂の戟によって阻まれた。

 

「ちっ……」

 

「悪いなぁ華雄。それとそっちのお嬢ちゃん。でも、姉妹がどうしてもっていうんでな」

 

「母様! 何を!」

 

「静かになさい翆。底、貴方は董卓がこの檄文にある通り洛陽で悪逆の限りを尽くしていると思っていますか?」

 

 馬騰の言葉に李傕は董卓の人柄を思い出す。

 欲に薄く薄幸な少女。李傕が訪れるまでも敷かれていた善政。そんな彼女が悪逆な行いをしているなど到底思えない。

 

「いいえ」

 

「であれば、貴方がするべきことは何かしら」

 

 つまるところそういう事だ。

 馬騰はお淑やかであるように見えて内心は大変苛烈な人物だ。曲がったことが大嫌いで正義を重んじ、たとえ武力を行使してでも相手を正しい道へと戻そうとする。

 李傕は諦めたように目を閉じた。

 ここで李傕がこの地に留まると言ったとしても、馬騰はおそらくこの場で李傕を殺しはしないだろう。しかしその時彼女の信頼はもう取り返しがつかないところまで行ってしまう。

 韓遂が来ているという事は、涼州は反董卓軍の檄文に呼応し、董卓が治める雍州を攻めるという手段もとれるという事を示唆していた。馬騰と韓遂の両名が涼州の豪族らの代表である。

 董卓を救出する為に洛陽へ向かうか、雍州に留まり涼州と雌雄を決するか。馬騰は己の信念を決して曲げない。自らが入れ込んだ李傕という人物が、主の窮地をみすみす見逃す不忠者であってはならないと。

 もしもその道を選ぶのならば自分と戦い、勝利という文字で答えを示せと、彼女は伝えに来たのだ。

 だから李傕は彼女が来た時点で詰んでいた。諦めかけていた未来が上手い事転がって来たかと思えば、こうして再び詰んだ状況に陥るのだ。

 

「……洛陽へ出陣しましょう」

 

「それで良いの? これは私の我儘。貴方はそれに付き合わされているだけ。それでも後悔は無い?」

 

 李傕はじっと馬騰の目を見据える。

 

「未練はたらたらですね。ですが私は、私と撈は貴方に多大な恩があります。これしきの事では碧殿と剣を交える事は出来ません。雍州を手に入れる手はずは、また考え直します」

 

 馬騰はそっと槍を降ろした。

 険しかった表情も和らぎ、いつもの微笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう、底。やっぱり私の目に狂いは無かったわ」

 

「満足したか姉妹」

 

「ええ。お陰で決心がついたわ。底、よく聞いて」

 

「はい」

 

「貴方の言は正しかった。天命により雍州を手に入れることが出来たにも関わらず、私の我儘でその機会を潰してしまった。だからもしも、この戦いが終わって董卓が雍州に戻り、貴方が治める領地を失うのならば翆と結婚し涼州を継ぎなさい」

 

「なっ、なっ、何を言ってるんだよ母様!」

 

「お姉さまがお兄さまと結婚!? きゃー!」

 

 馬超が真っ赤になって馬騰に詰め寄り、馬岱は両手を頬に当てて黄色い声を上げた。李傕も少なからずその言葉に困惑した。

 涼州を継がせるという言葉にではない。李傕は治無戴と結ばれていて、結婚の約束をしている。その状態で馬超と結婚をするというのは彼女への裏切りになると思ったからだ。

 

「貴方は市井の民では無いのです。妻が一人でなければならないという事はありません。その時が来たら撈には私から説明をします。最悪、この首を差し出してでも」

 

「碧殿、それは―――」

 

「翆も見知らぬ男を婿入りさせるより、慣れ親しんだ底の方が良いでしょう。それに、少なからず好意を持っているようですし、ね」

 

「だから勝手なことを言うなって! わ、わ、わ、私が底の事を、す、す、好きだとかそんなこと―――!」

 

「お姉さま、叔母さまは好意を持っているとは言ったけど好いているとは言ってないんだけど。墓穴掘ってるよ?」

 

「ううううるさい! 蒲公英!」

 

「お姉さまが怒ったー!」

 

 おちょくる馬岱を馬超は追いかけ始めた。緊迫した空気はどこへやら、いつもの騒々しい日常が戻っていた。

 

「それにまだ董卓が戻ってくると決まったわけではないわ。彼女は相国。このまま洛陽に残る可能性も十分にあるわけだし」

 

「その可能性に賭けますよ。撈が怒ったら助けてくれるか? 華雄」

 

「諦めて首を差し出すか、しばらく追い回されて逃げ回れ」

 

 華雄は笑っていた。つられて李傕も笑った。

 二人には怒った治無戴が剣を振り回して李傕を追い回す様子が容易に想像できたからだ。彼女は気が強く、極力李傕を立てるように振舞っているが、頭に血が上ったりすると素が出て尻に敷く部類だ。

 そんな日がやって来ない事を、李傕は切実に願った。

 

 

 

 

 

 領地の問題に一旦区切りがつき出兵する方針が定まった後、程昱は李傕の傍に来て言った。

 周囲に人はおらず、二人きりである。

 

「出立に当たりこちらも檄文を出すべきだと思います」

 

「それは、我々が逆賊では無いと主張するために?」

 

「まぁそんなところですねー。重要なのは我々の正当性を主張する事。ただ、我々も連合軍も実際に洛陽を見てはいないのです。そこで本当に暴政が敷かれ、民が苦しんでいるという事実が無い事が前提ですが」

 

 袁紹より発された檄文は、董卓が帝をいいように操って暴政を敷き、その状態から帝を救うために立ち上がるべきだという事が書いてあったのだ。

 諸侯らはその檄文に寄り立ち上がり、真実はどうあれ董卓が悪という前提で連合を組んでいるのだ。

 

「そのあたりは問題ないだろう。間違いなく董卓は洛陽で善政を敷いている。袁紹は名家である自分を抑え、ド田舎雍州の董卓が相国となったことが気に入らないのだろう」

 

 袁紹という人物を見たことは無いが、董卓の性格上暴虐の政を行うなどと到底考えられない。

 董卓の配下が好き勝手にやっている可能性というのも考えたが、張遼も賈詡も董卓の為に何かと走り回っていた。むしろ相国の地位についたのは彼女達の行いかもしれない。しかし民を軽んじて董卓が憎まれるような行いをするような者達ではない。

 

「ならば我々は反対に袁家を貶め董卓の潔白を主張する檄文を発し、反董卓連合軍と相対しましょう。勝利を収めれば我々は賊軍ではなく一転して官軍。そうなることで次の戦への布石ともなります」

 

 程昱は、おそらく郭嘉と程昱の二人はこの戦いの先をすでに見据えているようだった。そのために檄文が必要なのだという。

 

「なのでお兄さんには檄文を書いていただきます。有ること無い事色々な事を交えて、我々が優位になる檄文を書いてくださいね」

 

「有ること無い事……わかった」

 

 李傕は程昱の言葉に頷いた。

 

「檄文を各地に発した後、我々は進軍します。目指す地は洛陽。反董卓連合を打ち破り、次なる戦へ駒を進めるために」

 

 しかし袁家を貶める内容というのはどうしたものかと悩んだ。

 試しに李傕は程昱に聞いてみることにした。

 

「その、袁紹とはどういう人物なんだ? 見た目とか、性格とか」

 

「そうですねー。金髪でけばけばしくて頭が少し残念なお方です」

 

「そうか……」

 

 金髪で頭が残念。李傕の頭の中には黒ギャルがもわもわと出現した。

 一人称は『あーし』で黒く焼いた肌に白い化粧やラメ入りの化粧によりけばけばしい見た目。ネイルもこだわっていそうだ。

 

『あーしは袁紹。しくよろー!』

 

 そんな言葉が李傕の脳裏に届く。確かにこれは頭が残念だと李傕は思った。

 見たことも無い相手を妄想しつつ、李傕は部屋に戻り筆を走らせた。

 

 

 

 

 

 反董卓連合に告ぐ。

 汝ら董卓の暴政より帝を救うべく立ち上がると言ふ。

 されど洛陽に董卓の暴政あらず。

 洛陽の平穏を脅かす諸侯らの凶行こそ暴政と知れ。

 董卓が治むる雍州に黄巾の姿無く。諸侯らの治むる地。黄巾で溢れかえる。

 此れまさに無能の所業。雍州の董卓。此れを鎮圧するべく出陣す。

 民に見放されし諸侯。董卓が暴虐の徒であると連合す。

 げに笑いけり。

 其の凶行帝に弓引く行為と知れ。

 帝に弓引く逆賊は誅され末代まで語られん。

 連合の長袁紹。見目けばけばしく売女の類と聞く。

 我願わくば一晩宿代別十銭で床を共にせん。

 其の姿自ら腰を振り獣の如く乱れると聞く。

 此れ正に袁に獣が合わさり猿と知れ。

 我相対する時尚も居残る者は其れを肝に銘じ心得よ。

 我官軍諸侯ら逆賊誅されるべき者は誰か。

 其の足りなき頭で考えよ。

 

 

 その檄文は、様々な意味で衝撃を与えた。

 反董卓連合軍に参加していた曹操は現地でその檄文を手にし、読んだ瞬間、思わず声を上げて笑いだしてしまった。

 

「一晩宿代別十銭……袁に獣が合わさり猿……ぷっ……あっははははははは!」

 

 

 反董卓連合の方々へ。

 貴方方は董卓の暴政より帝を救うために立ち上がったと言っています。

 しかし洛陽における董卓の暴政などありません。

 洛陽の平穏を脅かす貴方方の行いこそ暴政であると理解してください。

 董卓が治めている雍州で黄巾賊は現れませんでした。でもあなた方の治める土地では民が黄巾賊として発起したみたいですね。

 お前ら無能ちゃいますん。自分の土地の民が黄巾賊に感化されて反旗を翻してた所為で、董卓は他所の黄巾賊を討伐する為にわざわざ出陣したんですけど。

 民に見放されて反乱起こされたお前らがそれを棚に上げて董卓を暴虐の人として非難しているこの現状。

 クッソワロタ。

 洛陽へ進軍というその行いは、帝に楯突く行為なんですけどね初見さん。

 帝に弓を引く者は誅されなければなりません。それは悪人として末代まで語られますよ。

 そう言えば連合の盟主の袁紹って見た目がすごいけばけばしい金髪の黒ギャルビッチと聞きました。

 ホ別十銭で一晩共にしませんか。

 その姿。まるで獣のように乱れると聞いています。

 自分から腰を振るとか袁に獣偏が合わさって完全に猿ですね。

 私がそこへ到着したとき。まだそこに居るなら覚悟してください。

 我々は官軍。貴方方は逆賊。

 それがどういうことか脳みそすっかすかの頭でちょっとは考えて下さいね。

 

 

 曹操は檄文を読むなり笑いを上げずにはいられなかった。

 この檄文は冀州の末端文官陳琳。益州の文官法正、張松らを代表とする檄文愛好家の間では新しい檄文の形だと評価され、高値で取引される程後に人気がでるのであるが、当の反董卓連合に組した者達の間では笑い、または恐怖を与えるものであった。

 董卓が圧政を敷いていて、帝をそれから開放するというのが袁紹の言であった。しかしこの檄文には董卓がそのような事をしておらず、連合軍が洛陽へ侵攻しているのは単に帝への反逆行為であるという内容が記載されていたのである。

 もしも董卓による暴政が無ければ自分達は逆賊である、と恐怖する。

 

「なによこれ……面白すぎでしょ!」

 

 しかし帝や逆賊云々よりも、曹操は袁紹に対する記述に笑いをこらえきれなかった。

 

「あの、華琳様―――」

 

「―――くっくくく……。一晩十銭って安すぎじゃ……あっはははは! 麗羽が十銭って、あははははは!」

 

 花街は男も女も買うことが出来る。また、道端で春を売るという者達も存在する。

 それぞれに様々な立場や思いがあり、男や女を購入し宿で一晩を共にする。それ自体は普通の事である。しかし十銭という金額は余りに安すぎる。それがどれほど袁紹の名声に傷をつけるかなど想像に易い。

 さらに閨で女性が乱れるというのはかなり問題がある。

 女性は男性から求められ、花も恥じらう姿で悶えるというのが一般的な閨の情事の在り方である。女性から男性に求めたり、あまつさえ女性が自ら腰を振るというような事はあってはならないのである。『呂不韋いいいぃぃぃ!』などと叫びながら、自ら腰を振るなどもってのほかである。

 無論それが良いという人々も存在するのではあるが、一般論としてはあり得ない。

 檄文なので幾らあることないことをでっちあげて、相手の怒りを買うものとは言え、僅か十銭で自ら腰を振る売女。それが李傕からの袁紹に対する認識。それが余りにも面白くてたまらない。

 

「私これから連合の軍議なんだけど……ぷっ……いやっ……ダメでしょこれは……」

 

 必死ににやける顔を正常に戻そうとする曹操であったが、余りにも檄文に書かれていたことが笑えるため頬が吊り上がったまま戻らない。

 

「麗羽にどんな顔して合えば良いのよ……これ……ダメでしょ……」

 

 荀彧は笑い続ける曹操に何と声を掛けていいやら迷っていた。まず一言で言えば、この檄文は彼女にとってみれば下劣極まるという一言に尽きる。男嫌いな荀彧にとって、男女の閨事情等知ったことでは無いし、一晩一緒に過ごそうという文言は余りにも汚い。しかし彼女が敬愛とも崇拝ともいえる程愛情と忠誠を尽くす相手である曹操が、これほど愉快に笑っているのだから、それに水を差す必要も無いだろうと口を閉じた。もっとも、その侮辱先が曹操では無く袁紹という一度彼女が仕官し、この人物は駄目だと離れた相手であるから特に言うべきことも無い。

 

―――まぁ華琳様が楽しそうだしいいか……あぁ、華琳様の笑顔も素敵……。

 

 結局のところ、そのような思いに至るのだった。

 

 

 既に幾度となく汜水関攻めを行い、汜水関を前に陣を構える反董卓連合。その背後から約二万の馬騰、李傕の西涼連合が陣を構えて待機中。ではこれからどのように動くか、というのが軍議の議題であった。

 しかし。

 

「何なんですのこの李傕という男! 最低にも程がありますわ!」

 

 袁紹は檄文を握りしめ、第一声を放った。

 連合軍の面々はそれほど袁紹に好意的というわけでもないが、敢えて檄文の話題に触れず、そっとしておこうと思っていたにも関わらずだ。

 

「今すぐ転進して李傕をぎったんぎったんのけっちょんけっちょんにするべきですわ!」

 

 まぁそうなるだろうなと彼等は心内で思った。

 とは言え現在の状況はまさに挟み撃ちの状態。汜水関を攻めれば李傕が。李傕を攻めれば汜水関から張遼がという状態。

 汜水関を攻めてもそう簡単に陥とせるものでは無い事は、今までの足踏み状態を鑑みれば誰にでもわかることだ。

 だからと言って背後の李傕を攻撃するにしても、おそらく後退に後退を重ねてまともに戦わないのが落ちだろう。そうなれば汜水関から離されてしまい、いつまでたっても汜水関の門に触れることすら出来ない。

 さてどうしたものか。

 

「……一晩宿代別十銭……」

 

 突然のその言葉は、曹操の隣からボソッと聞こえてきた。

 

「……っ!」

 

 にやけそうになる顔を引き締めながら慌てて曹操が発声元を見やると、腕を組み、真顔の孫策がそこには居た。

 

―――やってくれるわね……。

 

「……袁に獣が合わさり猿……」

 

「ぷふっ……」

 

 仕返しとばかりに曹操もぼそりと呟いた。

 それが聞こえていたのか曹操の反対隣の公孫瓚が少し噴き出し、慌てて口を押えていた。孫策は頬をぴくぴくと痙攣させており、必死に耐えている。それは曹操も同じであった。

 

「……見目けばけばしく売女の類……」

 

「ぐっ……」

 

 孫策からの一撃が重い。曹操は下唇を噛みしめ、必死にこらえた。

 

―――これが江東の小覇王。

 

 言っている自分もおかしいのか、今度は口元が上へ上へと動いている。

 しかしここで負ける曹操ではない。拳を握りしめ、平静を保った。

 

―――私は大陸の覇者となるのよ。こんなところで噴き出すわけにはいかない。それに孫策にしてやられるなんて、絶対にあってはならない。

 

「……自ら腰を振り獣の如く乱れる……」

 

「……ふっ……ふふっ……」

 

「ぶはっ!」

 

 孫策は口から空気が漏れているようだったが、ついに公孫瓚が噴き出した。

 

「おまっ、曹操やめっ―――」

 

「ちょっと白蓮さん! 聞いていますの!?」

 

「き、聞いてっ……ふはっ! ちょ、こっち見ないでくれっはははははは!」

 

 袁紹の顔をまともに見たせいでツボに入ってしまったのか、公孫瓚はもう笑い声を抑えきれずゲラゲラと笑い声を高らかに上げ始めた。それに対して袁紹は烈火のごとく怒り狂う。

 公孫瓚がとばっちりを受けている中、横目でちらりと孫策を見やると、彼女も曹操に視線を向けていた。

 そんなことをしていたらいつの間にか軍議は終わっていた。袁紹が李傕を攻め、他連合が汜水関からの襲撃に備えるという形で。

 

 

 軍議の天幕を出ても、曹操はまだ笑いをこらえていた。隣には孫策が居り、ちらちらと曹操に目配せをしている。

 しばらく歩き、二人は周囲に袁紹軍が居ないかを確認した後破顔した。

 

「あっははははは! やめなさいよ孫策! 危うく噴き出すところだったわ!」

 

「貴方こそやってくれたわね! もう頬が限界よ! ぷっ、あはははははは!」

 

 二人は声を上げて高らかに笑った。

 

「何なのよあの檄文。ふっ、はははは! 酷いなんてものじゃないわよ!」

 

「ずいぶんと人を馬鹿にするのが上手いものが居たものね。あっははははは! それにしてもあの煽り文句ときたら」

 

 二人はひとしきり笑い合っていた。そしてまだ若干笑みが残る顔で二人は向き合った。

 

「私の真名は雪蓮よ」

 

「華琳。それが私の真名。貴方に預けるわ」

 

 二人は手を取り合い、互いの胆力と頬筋を認め合った。気づけば軍議は終わり、二人共汜水関からの攻撃に備える役目を与えられ陣も隣である。

 認め合った相手が傍にいて、協力し合えるのならばこれ以上の事は無い。

 

「ねぇ。李傕はどうすると思う?」

 

 ふと孫策は曹操に聞いた。

 檄文の事や笑みを捨てて、曹操は真面目に思考した。本来ならば十中八九後退するだろうと発言をするところ。董卓軍からすればひたすら連合軍の兵糧が尽きるのを待つだけで良いのだから。しかし曹操の頭の中には一つ気になることがあった。

 それはおそらく、李傕が撤退しない理由になりえる事項。

 

「李傕と華雄が羌の地で戦いに明け暮れていたって知ってるかしら?」

 

「羌って漢のさらに西の? 初耳だわ」

 

「羌族の間で華雄は―――」

 

 曹操は少しもったいぶって言う。

 

「戦神と呼ばれているそうよ。その戦う姿は蚩尤が如く。戦神華蚩尤と」

 

 

 

 

 

 

 郭嘉はその発された檄文を手に、やや困った顔をしていた。

 

―――檄文なので別に構いませんが……いやそれにしてもちょっと下品なのでは?

 

 と。

 反董卓連合を退けた後、冀州攻めを郭嘉と程昱は立案していた。この檄文はそのための布石である。この戦いに勝利すれば、自分達は官軍。反董卓連合に参加した者達を逆賊と認定し、賊の討伐であると強引に戦を仕掛けることが出来るようになる。

 今後の大義名分を手に入れるための檄文。であったはずなのだが、随分と袁紹を煽る文言が目についた。

 

―――風がきっとよからぬことを吹き込んだのでしょう。まったく。

 

 流石に一言言っておかねばと程昱を探す郭嘉。

 特徴的な体系やら頭の上の人形やらが目印となり、程昱はすぐに見つかった。

 

「風。さすがにあの檄文はちょっと酷いのでは? 同じ女性として流石に袁紹殿が哀れというか」

 

「檄文? 風はまだ読んでいないのですが何が書いてあったのですかー?」

 

「えっ? 風が書くように指示したのでは?」

 

「はいー。指示しましたが添削もしなければそもそも目も通していないのですよ」

 

「……」

 

「何が書いてあったのですかー?」

 

 郭嘉は絶句した。


 
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