タニグチリウイチの出没!
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タニグチリウイチの出没!

「賞」がひらく“回路”

「第26回木村伊兵衛賞」の授賞はHIROMIXに「年上の人に理解されたかな」と言わせたし、「第54回日本推理作家協会賞」の『永遠の森』への授賞は、「SF」が生んだ傑作を広く一般に伝える効果をもたらす。その意味で「賞」は内向きの権威としてだけでなく、ジャンル内の顕彰としてだけでもなく、ジャンルをまたがりマーケットを超えてその存在を知らしめる役割を担っている。文化庁が実施している「文化庁メディア芸術祭」という表彰制度はその好例かもしれない。

ドラクエコンビ
一番左が堀井雄二さんで次がすぎやまこういちさん。あのセリフ、あの音楽が浮かんで来たらあなたは根っからの「ドラクエ」ファンだ。

文化庁といえば「芸術祭」という、舞台やテレビドラマといった昔からある「芸術作品」を表彰する制度を長年運営して来たけれど、マンガやゲーム、アニメーションといった新しい文化作品については、どうしても授賞の対象から外さざるを得なかった。ところが今やマンガやゲームやアニメーションは、世界中にファンを持つ日本を代表する“文化作品”。これを表彰しない手はないということもあって、1998年度に発足させたのが主にデジタル作品を中心に、マンガやアニメといったサブカルチャーを表彰する「文化庁メディア芸術祭」になる。

不謹慎とか不健全とかいわれて取り締まられる歴史を長く経験して、どちらかといえば「反権威」「反権力」めいたスタンスで作品を作り続け、支持し続けているサブカルの人にとって、文化庁という権威の権化が今さらマンガやアニメやゲームを“ゲージュツ”として表彰してやる、といったニュアンスを感じさせるこの「文化庁メディア芸術祭」に、果たしてどんな印象を抱いているのか、傍目には興味があった。もっともクリエイティブな作業に関わる人にとって、何であっても「仕事が認められる」うれしさはあるのだろう。ゲーム業界では知らない人のないビッグネームで、今回の「メディア芸術祭」では「デジタルアート[インタラクティブ部門]」で大賞を受賞した「ドラゴンクエスト7」の堀井雄二は、「ゲームが認められた」と心底からの喜びの表情を見せていたし、音楽のすぎやまこういちも、「総合芸術としてのゲームを認知してくれた」とパーティーの席で挨拶していた。ゲーム業界以外の外側につながる“回路”を、「賞」に見出しているのだともいえる。

「賞」をめぐる闘い

日本ゲーム大賞授賞式
ゴージャスなセットと華々しい進行は「日本アカデミー賞」を目指しているよう。市場規模では映画なんてとっくに抜いているのに。

同じゲームを選ぶ賞でも、コンピュータ・エンターテインメントソフトウェア協会(CESA)が選ぶ「日本ゲーム大賞」の場合だと、ゲーム業界の中でいちばん優れた賞であると認められたところで、それが外部に対して大きな影響力を持つかというと、未だ弱いといわざるを得ない状況。3月29日に開催された「第5回日本ゲーム大賞」はセガのネットワークゲーム「ファンタシー・スター・オンライン」が大賞を受賞したけれど、「アカデミー賞」どころか「日本アカデミー賞」以上の扱いで報道されたことはなく、受賞がセールスに結びついた様子もない。今のところゲーム業界内だけのランキング以上の役割を果たしているようには見えない。取り上げないメディアにも問題は当然ある。

けれども例えば外部の著名人を巻き込んで、外側へと広がる“回路”をそこに作った方が良いような気がする。

もちろん「文化庁メディア芸術祭」だって、サブカルなコンテンツを「歌舞伎」とか「演劇」といった「文化」に比べて優れたものとしてアピールしようという意識を持っているとは限らない。授賞式でも「マンガが文学などに追いついた」とか「ゲームはこれからの芸術」といった、旧来からある「芸術」を前提に見ようとする発言が繰り返し出ていたあたりにそれがうかがえる。「推理作家協会賞」の54回とはいかなくても、あと10回は表彰制度が続くようになり、映画業界だけのランキングでしかないにも関わらず、日本中のメディアが注目して報道も行う「日本アカデミー賞」より大きな見出しで報道されるくらいになって、「賞」としての価値も意味も大きくなって来るのだろう。「賞」をめぐる闘いは長くそして険しい。◆

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