TINAMIX REVIEW
TINAMIX
偽・花輪和一論(前編)

江戸の残虐カルチャー、その残響

さしあたって見ておきたいのが、花輪作品に一貫して流れる暴力性と、そのニュアンスの変遷である。例えば、比較的初期の作品を集めた短編集、「月ノ光」を振り返ってみよう。人肉を喰わねば治らない架空の奇病・瑠璃病に罹った女と、その愛人を巡る惨劇を描いた「肉屋敷」をはじめとして、「月ノ光」には酸鼻極まる流血の惨劇と、醜悪極まりないスカトロジー趣味に溢れた描写が、ほぼ全編に渡って続く。物語のクライマックスに惨劇が起こる、というのではない。ページごと、いや数コマごとに、血糊やら生首やら糞便やらが飛び交うのである。例えば先述した「肉屋敷」のひとコマをご覧頂きたい。

肉屋敷
「月の光」から「肉屋敷」より
(c)花輪和一 青林堂

これは「瑠璃病」に罹った女とその愛人の交情の場面であるが、全身にできた腫れ物から「ぶっぶっぶっ」という奇怪な音を立てて血膿が吹き出しており、この血膿にまみれつつ両人が交わっているという、なんとも凄惨極まる場面である。

「月ノ光」はこうした残虐描写の連続によって全編が占められており、全編に渡る血しぶき(を表す墨ベタ)のため、本書は遠目にさえもページ全体が妙にどす黒く見える奇書となっている。従ってこの書物を電車の中で読むことは、ほとんど不可能に近い。試しに俺は一度この書物を電車の中でおっ広げて読んでみたが、しばらくするうちに俺の廻りから誰も乗客がいなくなってしまった。まぁそのくらいこの書物の残虐性はすさまじいのである。

とはいえ、「月ノ光」に見られるこの残虐性には、先行者がいる。例えば、「東海道四谷怪談」を描いた鶴屋南北と、それに続く一連の江戸幽霊モノ文学。先に紹介した残酷浮世絵集「英名二十八衆句」を手がけた芳幾・芳年。さらに、芳年浮世絵のコレクターとして知られる江戸川乱歩の文学も、この頃の花輪に影響を与えた作家として見逃せない。花輪はその初期作品の多くで江戸と昭和初期を舞台としているが、これは決して偶然ではない。江戸と昭和初期は、いずれも残虐系サブカルチャーの興隆期なのだ。

支配階級いじめ

だが、80年代以降の花輪は、こうした江戸から昭和にかけての残虐文化を離れてしまう。変わって前面に出てくるのが、平安朝に取材した一連の作品群である。「鵺─新今昔物語」(以下「鵺」と略)と題された作品集に収められているのが、その頃の作品だ。

この時期においても暴力性は相変わらずなのだが、この時期の作品に見られる暴力は、以前のものとは明らかに違う。ひとことで言えば、この頃から花輪のまなざしは「支配者と被支配者の間の暴力」に注がれるようになるのである。

例えば「お力所」と題された短編では、単に虐待して楽しむためだけに庶民を狩り出す貴族たちが描かれているし、「不幸虫」と題された作品では、行商を殺して略奪によって生計を立てる貴族が出てくる。「鵺」の多くの作品は、こうした悪行の限りを尽くす貴族が庶民の返り討ちに会うところで終わる。つまり、勧善懲悪ものなのである。

また、「鵺」以降の花輪作品の特徴として、庶民の復讐が何とも珍妙な手法になっている点も目を惹く。例えば前記「お力所」においては、痴呆化した横暴貴族の末路が、こんなふうに描かれている。

痴呆化した横暴貴族
「鵺─新今昔物語」から「お力所」より
(c)花輪和一 青林堂

「月ノ光」における復讐劇が、生首ゴロゴロ血がドバドバといったエゲツない流血絵巻であったことを思い浮かべると、何とも笑える復讐法である。とはいえ、単にユーモラスなだけでもない。例えば、同じ「鵺」に収められた「蟻地獄」という短編。ここでは亡き夫の財産に妄執する貴族の末路が、このように描かれている。

蟻地獄
「鵺─新今昔物語」から「蟻地獄」より
(c)花輪和一 青林堂

これは「亡夫の財産が庭の土中に埋められているに違いない」と執着するあまり、土中に潜ろうと蟻地獄に化身した女の図である。支配階級に対する花輪の復讐はかくもすさまじいのだ。

このように、「鵺」以降の花輪作品では、流血の「量」こそ減ってしまうものの、そのぶん変幻自在にさまざまな手段を用いた「支配階級いじめ」が遂行される。つまり、単に首をそぎ落としたり斬殺したりでは飽きたらず、より多型倒錯的な暴力をふるうようになったのである。

こうした多彩な手法による特権階級への復讐は、花輪にとって創作上の打ち出の小槌であったらしい。80年代の花輪はこのスタイルの延長上に、数多くの作品を描き出している。こうして80年代の花輪は宇治拾遺、今昔、さらには民話などに依拠しつつ、特権階級への復讐を主たるモチーフにした「花輪流伝奇漫画」を量産。その黄金時代を築いていくのである。>>次頁

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「月の光」
青林堂刊、1200円。ISBN4-7926-0253-X。多彩なタッチが混在した初期作品集。残酷趣味が炸裂している。

月の光
「月の光」(c)花輪和一
青林堂

鶴屋南北
本名は勝俵蔵(1755〜1830)。日本橋の乗物町に被差別民として生まれ、22歳で家業を捨てて歌舞伎作者となる。1811年、四世・鶴屋南北を襲名。「東海道四谷怪談」は1825年、南北70歳のときのヒット作である。1830年に没するが、葬儀の席で自身の死をパロディ化した「寂光門松後万歳」を配布。文化・文政のエログロナンセンスを体現したような人物であった。

江戸川乱歩
本名・平井太郎(1894〜1965)。雑誌「新青年」でデビュー。花輪には「因果 寒い」(「月ノ光」所収)という作品がある。他人の足を切り落として背負い、自分の手の代わりに使う女がここでは描かれるが、このエピソードは乱歩の「芋虫」を思わせる。また、花輪の「箱入り娘」(同じく「月ノ光」所収)では、便所の床下を這い回るグロテスクな下男が描かれるが、これは乱歩の「屋根裏の散歩者」からの影響と思われる。なお、丸尾末広にはこのモチーフをさらに受け継いだと思しき「童貞厠之介」シリーズという連作がある。

「鵺─新今昔物語」
双葉社刊、952円。ISBN4-575-93063-6。花輪の「王朝もの」の出発点となる記念碑的作品。安価なので花輪入門者は是非購入されたい。

鵺─新今昔物語
「鵺─新今昔物語」
(c)花輪和一 青林堂

復讐
これは自らの歪んだ欲望による「自滅」なので、正確には「復讐」とは言い難いところがあるが、いずれにせよ花輪による支配階級への怨念の表出には違いない。

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