TINAMIX REVIEW
TINAMIX
めがねのままのきみがすき〜恋愛少女マンガの思想と構造(4)

・<おとな>と眼鏡

図23
図23『わたし危ないの?』
(c)鈴原研一朗

ところで、眼鏡である。60年代の少女マンガには眼鏡っ娘の主人公がほとんど登場しないと指摘しておいたが、脇役には眼鏡をかけた女性が頻繁に登場する。特に教師、看護婦、母親は、たいてい眼鏡をかけている。教師と看護婦は、60年当時は働く女性としていちばん目につきやすい存在だった。つまり働く女性がマンガに描かれる場合、ほとんど眼鏡をかけて登場するわけだ。そしてまた、主婦も眼鏡をかけている。要するに、少女たちの視界の中の<おとな>の女性は、ことごとく眼鏡をかけていたのだ。これは70年以前の眼鏡観を考える上でポイントとなる。1968年に『別冊マーガレット』に掲載された鈴原研一郎『わたし危ないの?』は、70年以前に描かれた逆転眼鏡っ娘マンガとしてたいへん貴重な作品である[図23]。この作品で、男の子は「メガネをかけた女なんて大キライなんだ」と言っているが、その理由は「おっかねえオールドミスの先生思いだしちゃってさ」ということらしい。容姿に問題があるというより、眼鏡が<おとな>の女性を想起させるからダメだという理屈である。

図24
図24『セント・マリーの牧師さま』(c)一条ゆかり

<おとな>とは、要するに<恋愛>を卒業した人々のことである。というか、<恋愛>は<おとな>になるための手段だったのだから、<おとな>という目標を獲得してしまった後は<恋愛>など必要ない。教師や看護婦などの労働者は公的空間では<恋愛>をしないことが期待されている。主婦は家庭の中で母としての役割を期待され、道徳的に<恋愛>をしてはいけないことが規範として課される。眼鏡をかけた<おとな>たちは、すべて非-恋愛的(というか脱-恋愛的)な存在である。そして眼鏡は<おとな>のシンボルであり、それゆえに<非-恋愛>のシンボルとなる。それは、だて眼鏡などに象徴的に表現される。たとえば一条ゆかりは1972年に『セント・マリーの牧師さま』という古典的眼鏡っ娘マンガを描いているが、主人公の眼鏡はダテ眼鏡である[図24]。主人公は近眼でもなんでもなく、眼鏡をかけなければならない肉体的な必然性はまったくない。つまり、ダテ眼鏡は「非-恋愛」の象徴として使用されているわけだ。他にたとえば、1973年の岩館真理子『落第します』も、ダテ眼鏡を<子ども>共同体から距離を置くための記号として使用している[図25]。この伝統は後にも引き継がれ、ひかわきょうこ『羊たちのマーチ』なども「非-恋愛」の象徴としてダテ眼鏡を使用している[図26]。

図25
図26
左:図25
『落第します』(c)岩館真理子

右:図26
『羊たちのマーチ』(c)ひかわきょうこ

つまり、眼鏡は容貌に問題があるという記号ではなく、当初は<おとな>の記号だった。そして60年代には「子ども/おとな」という厳密な二項対立コードが成立しており、<おとな>の記号としての眼鏡は「脱-恋愛」的存在であることを意味していた。しかし、1970年頃に<子ども>と<おとな>の境界線が消失し、<おとな>の権威が失墜する。そして<おとな>の失墜は、<おとな>のシンボルとしての眼鏡にとっては厳しい逆風となった。<おとな>になるという目的が存在した時代には、眼鏡は<おとな>のシンボルでもあったから権威を保ち得た。眼鏡をかけた少女は権威ある<おとな>を想起させ、ステータスを保った。しかし、<おとな>という目的を喪失し、<恋愛>が自己目的化したとき、非-恋愛のシンボルとしての眼鏡は「<恋愛>からの脱落」を意味するシンボルへと容易にすり替わってしまった。そして、ついに眼鏡が負の記号となった。現実的に眼鏡をかけている女性がブスだったから「眼鏡=ブス」というイメージができあがったのではない。<おとな>の消失に伴う価値観の転回により、「眼鏡=ブス」という図式が70年頃に成立したのである。

では、なぜ<おとな>の権威が失墜したのか? そもそも<おとな>とは何なのか? 歴史的な経緯を見ておこう。>>次頁

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『わたし危ないの?』
鈴原研一郎『わたし危ないの?』『別冊マーガレット』1968年9月号。結局、眼鏡っ娘は最後には逆転勝利をおさめる。雑誌の柱の「メガネづらのアツ子も、なかなかチャーミングよ!」という編集部のコメントが、なんとも言えぬ味を出している…。

『セント・マリーの牧師さま』
一条ゆかり『セント・マリーの牧師さま』『りぼん』1972年3月号。

『落第します』
岩館真理子『落第します』『週刊マーガレット』1973年秋の増刊号。

『羊たちのマーチ』
ひかわきょうこ『羊たちのマーチ』『ララ』1985年6月号。

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