No.995428

【創造する話】

01_yumiyaさん

創造神ロケーシャの技「ヒラニヤガルバ」ネタ。【追記修正しました】

2019-06-06 00:01:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:716   閲覧ユーザー数:714

[そうぞうするはなし]

 

 

 

何故、我が砂漠から離れこんな所で佇んでいるのか。

それは我が一番知りたい。

 

 

■■■■■■■

 

朝目を覚まし、燦々と輝く太陽と何時も通りの砂漠の暑さに辟易としつつ身体を伸ばす。強すぎる陽の光も、水分を奪うこの暑さも我が身には辛くはあるのだが、どう考えても冥界よりかはマシだ。

このカラッとした空気も眩しい光も此処に生きる生き物も、そうだ、全てが全て冥界よりマシなんだと自分に言い聞かせ、いつも通り神官として仕事をしようとしていた時だった。

ふと窓の外に目を向けたら居たのだ。

見知らぬ四つ頭の人影が。

ちらちらと、こちらを窺うように、我の神殿を覗き込むように、ひとりの男が気配を見せる。

またあの魔王が気まぐれに新たな兵でも作り上げたのかとも思ったが、それにしては敵意のようなものが感じられず、むしろ逆、なんか嬉しげな気配を纏わせていた。

とはいえここは砂漠、砂縛だ。

ほとんど魔王に支配されていて、だいたいは監獄に捕まっており、冥界の住人すら彷徨い歩く悪名高いあの砂縛。

「この砂漠で見知らぬ他人と顔を合わせたならば、8割方敵だと思え」とは誰が言ったのだったか。実際この地で過ごしている身としては、それは正しい、と溜息を吐いた記憶がある。

 

さて、ならば今、我の目の前でちらちらと姿を見せているアレは、

8割の敵だろうか、

それとも、2割の味方だろうか。

 

外の人影に悟られないよう頭を回す。

敵だとしたら少しばかり分が悪い。

なんせ我は神官、切った張ったは不得手な部類。

ああいや、神官とはいえ戦えないわけではないのだが、流石に戦いを生業とする戦士と比べれば十歩も百歩も劣る。

我の仕事は、回復、防御、あとは禁じられてはいるが今の世の中そんなこと言ってられんと死者の蘇生。

つまりは補佐に特化している。攻撃に関しては自衛程度の力量しかない。

どうしたものかなと我が神殿を見上げ、困ったように我が神へと想いを馳せた。

 

すると、

 

「やはりアナタはワタクシと同じような方の守護を得ておりますね!素晴らしいです!」

 

という言葉とともに、外に居た見知らぬ怪しい四つ頭が窓から飛び込んでくる。

突然のことに驚き、反射的に己の武器である杖を相手に突きつけたが四つ頭は気にすることなく嬉しげにニコニコと、堪え切れないと言わんばかりに機嫌良く、我の周囲を浮遊し始めた。

「良いですねぇ善いです、うんうん流石ワタクシ、流石こちらの創造神、土地は違えど同じ創造神なだけあって見る目がありますねぇ」と我を見定めるかのようにくるくる回り、しばらくして満面の笑みを浮かべて我のと目を合わせる。

困惑する我に向かって四つ頭はふわりと手を伸ばし、我の杖を握りこみながらこう言った。

 

「決めました!アナタ、ワタクシと一緒に新しい子を創りましょう!」

 

…うん?

言語は理解出来るのだが言葉がわからない。

混乱しすぎると思考が止まるって本当なのだな、と身をもって知った。この場には我と得体の知れない四つ頭しかいないのだが、誰と誰が子作りすると?

意味がわからず固まってしまった我を見て、目の前の四つ頭は全ての頭をコテンと傾けていた。

 

■■■

 

「え?いえいえ、そういうんではなく。この世界にある魂ふたつを混ぜ合わせて一緒に新しい竜を創りましょう、と」

 

ロケーシャと名乗った四つ頭は、なんとか復帰した我に向かってうふーと笑う。

創造神であるロケーシャと、創造神の守護を持つ我ならきっと好い子が創れるだろう、と。

説明されても意味がわからない。

何がわかりませんか?と勉学の苦手な子供に対するような問いかけをされたが、一から十まで全てがわからない。

単語単語は理解出来るのだが、文章となると途端に意味がわからなくなる。ああ言葉とは不思議なものだな。

途方にくれている我を見てロケーシャは少し考えポンと手を打ち、じゃあ実際やってみましょう!と我の手を引き神殿の外へと連れ出した。

わけがわからないのに早々に実地検証するらしい。これはあれだな「説明面倒になったからとりあえずやらせてみよう」的な。

手を引かれるままに砂漠を歩く。抵抗する間も無かったが、外でやるのか。その、新しい竜創りを。

……なんだ新しい竜創りって。初めて使ったな、そして今後一生使うことはないだろう妙な言葉だ。

ああ、暑くて我の頭も茹ってきているようだ。とっとと神殿に帰りたい。

そんな我とは裏腹に、ロケーシャはキョロキョロ周囲に視線を巡らしふよふよ砂の上を移動する。

 

「そうですねぇ、……あ、あの子とか良さそうですね!」

 

ロケーシャが指差すその先には、小さなサソーピがひとり砂原を這っていた。

小さなサソリに何するつもりだと訝しんでいると、ロケーシャは「楽しませてもらいますよ!」とサソーピに向けて手を開く。

そしてそのまま笑顔でウフフと笑い、

 

「実際味わったほうが早いですし、もういっこはアナタからもらいますね」

 

と言うが早いか我に向けて手を伸ばした。

途端に、"何か"が自分から抜けたかのようなゾワリとした感覚が走り、少し目の前が一瞬暗くなる。

何をされたのか何をしたのか何をする気なのか。

戸惑う我を尻目に、ロケーシャは「良いですね!」と楽しげな声を上げている。

良いってなんだ。何が良いんだ。さっき言ってた言葉から考えると「魂」か?

クラクラする身を奮い立たせなんとか視線を戻すと、ロケーシャの手元にはいくつかの紋章が輝いていた。

光り輝く紋章は4つ。

土の紋章と土の紋章と土の紋章と杖の紋章。

「おや、あっちの子の魂が強く出そうですねぇ。風と土ならば土のが強い、そのあたりが顕現しそうです」とロケーシャは変わらず微笑み、4つの紋章を空へと掲げる。

 

「おいでなさい、我が創造図!」

 

ウフフフフフ、とこの短時間で聞き慣れたロケーシャの笑い声とともに、紋章が合わさり混ざり光り輝き砂の上に陣を描いた。

見慣れた召喚の魔法陣。そこから迫り上がるように大きなひとつの形が現れる。

竜だ、とすぐにわかった。見慣れた、だいたいの生き物が竜と言われ思い描くタイプのスタンダードな竜。

だがしかし、確かにその形の竜は見慣れていた、が、今我の目の前にいるこの竜は他の竜とは雰囲気が違う。

光の竜とも聖なる竜とも違う、竜そのものが、"己は新しい"と主張するかのようにピカピカと光り輝く「新たな竜」。

ああそうかこれが、彼の言っていた「竜を創る」という行為。

初めて見る竜に、そしてその制作過程に目を奪われていると、隣でロケーシャが「やった!成功しましたよ!」と飛び跳ねた。

 

「うーん、アナタの魂はともかくあっちの子の魂が小さかったからかちょっと貧弱な感じですかねぇ…。いえいえしかし、紋章が3つ揃ったのは僥倖ですね、充分充分」

 

気質は土で、扱える技はマントラとプリトビィ、体力と攻撃力はやや少なめで速さはそこそこ、3つめまで、とロケーシャは竜を眺めて評価をし始める。

うん?なんだ?どうも彼の口ぶりから考えると、新たに創る竜の気質も技も体力も、竜を構築する全ての要素がその時によって、いや、混ぜる魂によって、変わるかのようだ、な?

え?そういう意味か?

だから「新しい竜を創る手伝いをしろ」という意味なのか?

突然現れ突然連れ出し突然実地に巻き込んだロケーシャの真意に気付いた我がロケーシャに目を向けると、ロケーシャのほうも我の方を向き直り「よし!こんなものでしょう!」と笑みを浮かべる。

なんとなくわかっていただけたでしょうか、とロケーシャは小首を傾げ我に問い掛けた。

問われ我は頷く。よく理解出来たとは言いがたいが、なんとなくであるならば把握した。

魂ふたつを混ぜ合わせて新しい竜を創る、その意味とやり方、そんな根本的な所だけではあるが。

我が頷いたのを見てロケーシャも嬉しそうに頷き胸を張って言葉を放つ。

 

「つまるところこの竜、アヴァターラがアナタとあの子の間にできた子です!ワタクシが取り上げました!」

 

ドヤァと自慢げに語るロケーシャを見て、我はつい溜息を吐いた。

我は神に仕える身、その言い方は誤解を招く。

 

■■■■■

 

まとめれば、

二人分の魂から幾分かちょっとだけ魂のカケラを拝借し、それらを組み合わせて「ドラゴン」として産み出す。

と、凄まじく簡単に言ってしまえばそういう話らしい。

簡単ならば我はいらなくないかと、この創造ごっこからそこはかとなく辞退しようとしてみたのだが、ロケーシャ曰く「皆さんから拝借できるカケラなんて、わかりやすいはずなんですが、なんか突然変異多いんですよ」と困ったように、いやむしろ何故か楽しそうに微笑まれた。

 

「いえまあ、魂のカケラ頂きますね、とお伝えして快く分けてくださる方あまりいらっしゃいませんし?心が痛みますが半ば力ずくになりますし?アナタがお手伝いしてくださると回復で疲れ知らず!防御で痛み半減!死んでも再チャレンジ!ですし?ややこしくなったメソッドも創造神の守護を得ているアナタならば簡単に解読できるかなあ、と!」

 

ね!と笑みを向けられた。

そもそも今現在、有無を言わさず手を引かれ、驚いていると問答無用で宙に浮き、そのまま抵抗する間も無く空を駆け、気付いた時には砂漠から遠く離れた南の大陸に連れてこられていたのだから反論する気力もない。

ここ何処だ。

砂漠帰りたい。

あんなに疎ましく思っていた熱い砂だらけの土地が、こんなにも恋しくなるとは。

周囲に目を向ければ、緑色した原っぱと、もさもさした森、綺麗に澄んだ流れる川。素晴らしい景色だとは思うがどうにも落ち着かない。

慣れぬ景色に心が落ち着かないままちらりと横にいるロケーシャを見ればニコニコしながら「yes」の返答待ちの表情。

ああこれ「はい」「イエス」「喜んで」しか選択肢がないのだな?

貴方が満足行くまで我は帰れないのだな?

それに気付いてしまった我は、若干遠い目をしながらではあったが、了承の意を含めゆっくりと頷いた。

ああそうだ我慢だ、家に帰るためにはコレに付き合う他ない。

ここで断った場合「そうですか」としょんぼりされた上、この場に置き去りにされる可能性がある。

土地勘のない何処だかわからん知らない場所に放置されたとなると、恐らく流石の我とて野垂れ死ぬ。

我が色々と想いを飲み込み頷くと、ロケーシャが満面の笑みを浮かべ「そう言ってくださるとワタクシちゃんと想像しておりましたよ!」と喜びを露わに我の手を取り振り回す。

喜色満開といった風情のロケーシャとは反対に、我はぼんやりと爽やかな風の走る青い空を見上げた。

助けて我が神、と。

 

 

そんなこんなで冒頭に戻り、馴染みのない地で何やってんだろ我、と途方に暮れつつあるのだが。

 

途方に暮れる前に南の大陸の人々を片っ端から襲、いや調査して、大まかにはロケーシャの言う創造のメソッドを組み上げはした。

わかりやすいとの言葉通り、戦士からは物理技の要素・魔法使いからは魔法技の要素・ドラゴンからはブレス技の要素が取れることが判明している。

戦士でも魔法主体な奴や、魔法使いでも剣振り回している奴、ドラゴンでも息吐かない奴等がいるとはいえ、ここら辺は種族のイメージ通りだなと少し安心した。

戦士は物理技で戦うものだし、魔法使いは魔法を放つし、ドラゴンはブレスを吐くものだろう。一般的に。

火族水族土族風族からも、そのまんまの要素が取れる。わかりやすくて助かった。

火族は火、水族は水、土族は土、風族は風。そんな気質そのものの輩が多いし納得出来る。

この分ならばすぐに終わるだろうとほっとしたのも束の間、いくつかの種族から取れる要素を眺め楽しげに笑ったロケーシャの言葉を聞いた我は言葉を失った。

どうやら、この調査はそう甘くないらしい。

 

「昆虫は剣ですねぇ、まあ武将のような方が多いからでしょうか。スライムと召喚士はサポート要素、まあこれも妥当ですねぇ。普段の戦いも補佐に周りがちですし。しかし…」

 

調査結果をまとめたパピルスを覗き込みながらロケーシャもうんうん頷き、ひとつひとつ指を滑らせ首を傾げた。

「悪魔と天使は面倒臭いですね。いえ、ワタクシも悪魔ですので自らを面倒臭いと評するのは些か不本意ではありますが」と少しばかり頬を膨らませる。

ロケーシャの持つ調査書を覗き込み、ロケーシャの言葉を把握した我も不可解な顔を作った。何故だろうか、悪魔も天使もその者の気質によって回収出来る要素が変化している。

 

「ワタクシは火の気質が強いのですが魔法、ええ、ワタクシ魔法のほうが得意ですし問題ありませんが、土の方も魔法ですか。…アナタのトコにいらっしゃる魔王さん、あまり魔法使ってるイメージないのですが。不思議ですねー」

 

我もそこに死ぬほど違和感ある。

あの魔王、何をするにも拳を奮って時には踏み潰しにきてと思い切り肉体派に思えるのだが取れる要素は魔法らしい。

魔法、魔法か。あの魔王は魔法を扱えただろうか。ああいや確か手下を召喚していた気がするから、使えないことはないのだろうが。

魔法要素が顕現するほどだろうかと首を傾げつつ目を滑らせば、火や土とは別に、水と風の悪魔からは物理攻撃の要素が取れるのだと書かれていた。

「風は確か東に超絶武闘派の魔皇さんいらっしゃいますからこちらは違和感ないですね。逆にちょっと前に居た北の魔皇さん超絶魔女感ありましたから違和感あります」とロケーシャは器用に四つの頭を傾かせる。

ワタクシの思い描く方とは別の方の特徴が顕現してるんですかね、とロケーシャは再度指を滑らせ今度は天使の項目を指差した。

 

「天使はワタクシたち悪魔と真逆。火と土の天使は物理攻撃の要素が、水と風の天使からは魔法攻撃の要素が取れるとは。ワタクシたちとお揃いが嫌なのでしょうか」

 

本当面倒臭いな天使と悪魔。仲悪いな。

まあ実際天使と悪魔が仲良くしているのもほとんど見たことがないから、違和感は薄い。まあそれを言ってしまえば、悪魔同士、天使同士も仲悪いんじゃないだろうかと思うことは多々あるのだが。何かにつけて争っていると噂に聞く。

そんな感想を抱きつつ、我はぱらりと調査結果をめくり上げた。ああ次の頁は植物たちか、あれは面倒だった。

なんというか、割と脆い者が多く「調べ終わるまでは死なすな」と妙にムキになってしまったというか、あの時の我は完全に悪役だったなと目を逸らす。何故敵を回復出来ないのか、何故敵を蘇生出来ないのかと素っ頓狂な思考となったのは記憶に新しい。

冷静に考えればんなことして何になるのかと、敵を回復するなど阿呆の極みでしかないと、理解できるのだが。

いやもうここまで皆を襲、…調査している我は指名手配されてもおかしくない気はするが。早く家に帰りたいだけなのだ許せ。

そんな苦労をして植物から得られた要素といえば。

 

「水の植物以外は皆相手に不利益を与える…妨害行為の要素なんですねなんででしょうかコレ。土には東の方にそんな感じの竜みたいな植物いましたからともかく、火と風の植物にそんな子いましたっけ?それ考えると、水の植物も不思議ですねなんでコレだけサポートなんですかね」

 

あやしい踊りを舞いまくり混乱させまくってきた水気質の植物の踊り子がいたがあれも立派な妨害行為だろうに。補佐感は皆無なのだが、何故だかサポート要素が取れた。

何故だろうか意味がわからない。

まあ植物に関しては我の住む大陸にはいないからそこまで詳しくは…ああ、黄色いトマトがいたなそういや。しかしあれは、…何かしら妨害していただろうか。水の少ないところで育っているから甘そうだなと思った記憶しかない。

風の植物に関しては、まあ、戦いの最中であろうとなにもしないヨーナシがいる、というか今も我の真横でくちぶえを吹いている。

目が合った瞬間なにを思ったのか勝手にポヨポヨ付いてきたので好きにさせているが、ただいるだけというのも邪魔…いや言うまい。

我の頭の上に飛び乗り「たかーい!」とばかりに機嫌良くくちぶえを吹き鳴らすのも邪魔…いやもういい。

調査中の「おや、この子からは妨害要素取れますねー」というロケーシャの言葉に、その時は無害だったヨーナシを見て首を傾げたが今ならわかる。邪魔だコイツ。

 

「ぽわ」

 

乗るな降りろ鳴くな。

我の願いは届かず、ヨーナシは安住の地と言わんばかりに我の頭の上で腰を落ち着かせた。

ぷえぽわぽえと軽やかにくちぶえを鳴らすヨーナシの様子に我は何度目かの溜息を漏らす。

風がコレなら火の植物も似たような邪魔さ加減なのだろうか。そう思っているとロケーシャがひょいと何かを抱え上げた。

ああこいつか。我の住む大陸にいるトマトの赤い版だ。赤いトマトも美味そうだなとは思う。ツヤツヤしていていい色だ。

そんな我の思考が伝わったのか、赤色をしたツブレトマトがジト目向けてきた。

 

「あー、この子ですね。…なるほど、これは、」

 

ロケーシャがそう呟くが否やツブレトマトは「トマトマトマトッマアァァア!」と声を張り上げた。

その瞬間、辺りに熟したトマトが撒き散らされ、地面に落ちたり物にぶつかったトマトは全て潰れ無残な姿と変わっていく。

おかげで辺り一面真っ赤なトマト塗れ。潰れたトマトが発するトマト臭がこの場に蔓延していた。

勿論、真正面にいる我も抱えていたロケーシャも潰れたトマトを全身に浴びたわけで。べっとりした。

己の顔に張り付いたトマトの破片を垂らしながら我が表情を引き攣らせていると、ロケーシャは「トマトまつりってこんな感じですかねぇ。いやむしろフェスティバル?」と抱えているツブレトマトをムニムニと撫でる。

 

「体力ががくんと減りましたが、パワーアップしましたよ!…補助効果あるのになんで妨害要素取れるんですかねぇ?」

 

いやこれ紛れもなく妨害野郎だろテロだろこれは。

もしやあの黄色いトマトも同じことをするのだろうか。ならば植物から妨害要素が取れるのも理解出来る。植物ってこんな奴ばっかりか。

何かを抗議するかのようにツブレトマトはトマトマ鳴いているが、すまない今ちょっとトマトなんざ目に入れたくない。

「ぽわ…」とナシであるにも関わらずトマトに塗れ、しょんぼりと物悲しげに鳴くヨーナシに少しばかり同情した。

 

■■■■

 

トマトの香りに包まれながら我は調査結果のパピルスを手に取る。トマトの染みがついているが読めなくはない。トマト臭がこびりついたが、…うん、書き直そうこれ。

駄目にされた調査書を見て溜息を吐きつつ我は、ポツポツと空いた調査書の空白に目を向けた。

基本のメソッドはこの辺りが限界だろう。なんせアンデッドなるものはほとんど存在しておらず、機械らしきものも同じような型しか見当たらない。存在しないものを調べるなど不可能だ。

ひと息つけるなと気を抜いたのが悪かったのだろうか。ツブレトマトを野に放ったロケーシャが我の持つパピルスを見て「おや」と呟き、少しばかり考え込む。

なんだと我が眉を潜めれば、ロケーシャはポンと軽やかに手を叩いた。

 

「そうですね、では早速行きましょうか。ワタクシにお任せください!」

 

何を、何処に、何するつもりだ?

と思う間も無く手を握られ、ここに来た時のようにふわりと身体が宙に浮く。

「ああちょっとばかり目を閉じていただけますか。ワタクシの力は焔そのもの。うっかりすると灼けてしまいますので」そんな言葉とともに4本あるロケーシャの手のうち2本がすいと動き我の目をそっと覆い隠した。

2本は我の目を覆い、1本はどうやらヨーナシの目を覆っているらしい。「ぽわ」という少し動揺したような鳴き声と「ダイジョブですよ〜」というロケーシャの声が耳に届いた。

何をするつもりなのかとんと見当が付かないが、流石に目を灼く気にはならない。言われた通り大人しく目を閉じ、なるようになれと暗闇の中で思った。

 

 

しばらくして「もういいですよ!」というロケーシャの声が暗闇に包まれた我の耳に響く。それはいい。いいのだが、塞がれた視覚以外から伝わる周囲の様子がなんかおかしい。

変にじっとりとした空気が我の肌を撫で、ツンとした腐ったような匂いが漂ってくる。

またどこか別の大陸に移動させられたのかと思い恐る恐る目を開くと、そこに映ったのは、ドヨドヨとした薄暗い空と体に悪そうな紫色の沼、そして妙にひょろ長い包帯だらけの男と人形のようなナニカだった。

ここは何処だ、と、彼は誰だ、の狭間で右往左往しているとロケーシャは「この方がアンデッド研究の第一人者、死霊使いさんですよ!」とニコニコ笑顔で言い放つ。

件の死霊使いは我々の登場に呆けていたものの、ロケーシャの言葉を聞いて笑みを浮かべ、人形を弄る手を止めて我らに顔を向け軽く手をひらつかせた。

 

「よろしく〜。『ワイトさん』と呼んでくれ〜。…それで、私に何か御用なのかな?」

 

「ええ、ええ!ワタクシたちアンデッドについて調べているのですがどうにも芳しくなく…。アナタはアンデッドに造詣が深いとお聞きしまして、是非!御教授願えたらと!」

 

ロケーシャのこの言葉にワイトは気を良くしたのか「なるほど」とニコリ微笑んだ。

そして、

 

「では、…始めようか!」

 

そんな声とともにワイトは赤黒いボールを掌に浮かせる。思わず後退ると「怯えるな」と至極愉しげな声を掛けゆっくりとこちらに身を躍らせた。

モヤモヤとバチバチとしたその赤黒い球はヤバい代物だと本能的に察し、思わずワイトの手を避ける。

 

「共に永遠の生命を謳歌しようではないか!」

 

そう嗤うワイトをなんとか避けたと思ったのだが、我の頭の上にはヨーナシが乗っているのを失念していた。

我が避けたワイトの手はトンとヨーナシに当たりそのまま赤黒い球がヨーナシの中に飲み込まれていく。一瞬、「あ」と呆けたワイトは「まあいいか」とすぐさま表情を戻し「人生、楽しいぞお〜?」とヨーナシの頭を撫でた。

笑みを浮かべたままのワイトの周りには先程からいた小さな人形たちが楽しげに舞い踊っている。まるで仲間が増えたのを喜ぶかのように。

慌ててヨーナシを引ったくり顔を確認すると目が虚ろ、というか瞳孔が開ききっていた。

ちょっと待てこれどういうことだ。

ペシペシとヨーナシを叩くが反応が無い。現状の理解が出来ず混乱する我の耳にワイトの声が届いた。

 

「あ〜あ、なんで避けるのかな?」

 

心底残念そうに息を吐いたワイトの言葉に、我は口元をひくつかせた。普通の神経をしていたら、明らかに怪しい風体の男が、明らかにヤバそうなバチバチを出してきた瞬間警戒し、それを纏わせ近寄ってきたら避けると思う。

まああの子ならアルラのお友達になるかなとワイトは足元にいた蠢く人形を抱え上げ、嬉しそうに目を細めた。アルラと呼ばれたその人形は、割と可愛らしい声でワキワキと蠢きヨーナシに向けて手を伸ばす。

いや、いやいやいや!蠢く人形のお友達とはどういう意味だ、ヨーナシはどうなったんだこれ。

 

「ん?いや、味わってもらったほうが理解が早いだろう〜? だからその子のほとんどをアンデッド化させただけだよ?」

 

アンデッ、アンデッド?だって?いやコイツは植物、生物…。

生、物…?

生き、物…。

瞳孔開ききってるけど動くし喋る、いや喋るというか呻くだけというかそこは置いといて、動く、いやへんにょりしてて死体っぽい状態で蠢く。

うわ、待てこれ怖、なんだこれ怖、治、治し、いや復活?どうすれば、どうしよう、ああそうだ我のときはどうやっ、いや我のときとはなんか違、

 

「さ、いい感じに風気質のアンデッド確保出来ましたし素材回収しましょうか!」

 

戸惑う我を無視して、こんなことをさらっと言い放ったロケーシャは悪魔か。

悪魔だったなそうだったな。この神!悪魔!ロケーシャ!

なんですかその罵倒、と呆れながらもロケーシャは「というかアナタちょっと前動くミイラやってませんでしたっけ?」とかコテンと首を傾げていた。

うるさい言うなその時のことを思い出すから嫌なんだ。早く戻してやってくれ。

 

これはとても、辛いのだから。

 

 

■■■■

 

「アンデッドはどの気質でも妨害行為の要素が回収できましたねぇ。まあなんとなくわかる気がしますが」

 

我が抱き抱える蠢くヨーナシを撫でつつのほほんと笑うロケーシャに抗議の目を向けると、困ったような顔を返された。

困るな治せ戻せ返せ助けて。

我からの講義の目にそんな泣きそうな顔しなくてもと苦笑したロケーシャは「うーん、じゃあこの辺にいるらしい研究者さんに相談してみましょうか」と山の方を示した。

山、と我も辺りに視線を回せば、相変わらずの暗い空と毒々しい沼地が広がっていた。

我の知る砂漠とも、王国のある南の大陸とも、水の豊かな北の大陸とも、緑に覆われた東の大陸ともまるきり違う妙な土地。いったい何処なのだろう、ここは。

知らない、というか我の知る世界にこんな場所は存在しないはず…、…?

しない、はず。

…沼地、か。そんなものを見たこと、無い、はず、なのに

何故だろうか、この景色に見覚えがあるような、気がする、のだが

昔、途方も無いほど昔、に、これと似た景色を見たことがあるような、

あ、…あ。そうだあれはこれはこの場所は、我がまだ、

魔王に封印される前に、

 

「着きましたよ?」

 

ロケーシャの声に我に返った。

その瞬間浮かび上がった記憶が霞のように霧散する。

…。…うん?

何か、思い出しかけたような気がするのだが。

封じられていたせいなのか、それとも冥府に堕ちたときのせいか、はたまた復活したときの影響か。どうにも記憶が曖昧になっているようだ。

三千年以上前だしな、とぽつりと声を漏らし抱き抱えている蠢くヨーナシに目を落とす。

早く戻してやらなくては、だってこれはそうだ、とても辛いものなんだ。

元よりアンデッドならば良いだろう、そういうものなんだから

しかしそうではない生き物が、こうなるのは、とても。

死んだ目で蠢き、唸るように辿々しく、それでも口笛を吹こうとするヨーナシをやんわりと撫で、我はロケーシャに顔を向けた。

それでここにいるらしい研究者とはなんの研究をしているのか、ヨーナシを治せる人なのか。

 

「えーっとぉ、何でしたっけ。まあ直すことが得意な方ですよ!ええ!」

 

雑。

呆れてつい溜息を吐いたが、ロケーシャは構わず扉を叩く。と、バンっ!と大きな音を響かせ扉が外向きに開いた。

驚いて目を丸くすると、開くと同時にポテポテと小さなナニカが内側から転がり落ちてくる。地面に目を向ければ、落ちていたのは小さな筒状のナニカ。

その筒は機械音を鳴らし地面に立ち、機械音を鳴らして飛び跳ねた。ロボだろうか。

よくよく見ればこの筒は南にいたロボと形が似ている。大きな一ツ目と機械の体。同型機、にしては小さく粗末な型ではあるが。

どうやらこのロボが扉に体当たりをしてお出迎えしてくれたらしい。

南のロボたちは言語を解しているようだったが、このロボは言葉を理解はしているものの喋れないらしい。機械音だけが鳴り響いていた。

意思の疎通が取れているような取れていないような不思議な状態に困っていると、外の騒ぎに気付いたのか大きな帽子を目深に被った男が「どうした、プロト」とのっそり姿を見せる。

…なんかこの男も動くたびに機械音が鳴っているが、人型のロボだろうか。まあ意思疎通が出来るならば問題ない。

我々に気付いた研究者は「おや」と小さく頭を下げた。そして「お客さんの出迎えをしてくれたのか、ありがとうプロト」と先程の小さな筒状のロボの頭を優しく撫でる。

プロト…。名前を考慮するのならば、あの小さなロボは試作機、だろうか。

 

「さて、こんなしがない研究者に何か御用かな?」

 

そう言いながら首を傾け研究者はカイスと名乗った。こちらも名を告げ事情を説明し、蠢くヨーナシを診てもらう。

治るだろうか、そう我が問えばカイスは「直せばよいのかな?」と表情はよく見えないものの穏やかに微笑む。

手を差し出されたのでヨーナシを預けると、空いた我の腕にプロトが飛び乗ってきた。ギュイギュイ声を上げるプロトはなんとなく「まかせてだいじょうぶ」と主張しているようだ。

我とプロトが会話?をしている間に、ロケーシャと話をしていたカイスは頷きながら「出来る限りやってみよう」と室内に我らを招いた。その声に反応しプロトへ我の手の上から飛び降り先導するように部屋に入る。

それについていくと応接室というか、何かしらメモや本や作りかけの機械が散乱しているためごちゃごちゃしている、奇妙な部屋へと案内された。我らとプロトを置いて、カイスは蠢くヨーナシを連れ奥の研究室へと消えて行く。

治療が終わるまでここで待つらしい。というかこの部屋、壁や机にも走り書きがされているが他人が見て良いのか?

雑多な部屋を見回していると、拙いながらもプロトが危なっかしい足取りで茶を運んできた。カップがビーカーではあったが。

食器に頓着していない様子や、壁の走り書きはメモ紙を探す手間を惜しんだのであろう、思い付いたものをそのまま書き留める気質。

『研究者』と名乗るだけのことはある。研究のことが第一で、他は二の次なのだろうな。

名に恥じない生き様に感心していると、奥の研究室から「よし、これだ。ほい、ほい、ほいっ!」というなんかテンションの高い掛け声とカンカンバチバチという不思議な音が洩れ聞こえてきた。

…大丈夫だよな?

 

治しているにしては妙な音が鳴り響いていたが、しばらくしてカイスの「よし、大成功だ」という落ち着いた声が聞こえ、ガチャリと研究室の扉が開く。

慌てて席を立ち駆け寄ると、カイスが抱えていたヨーナシは先程のような死んだ目で蠢く様子はない。

が、

……なんか様子が変だ。

なんだろう、なんか、メカメカしい、ような。

カチコチ動くヨーナシはかっちりした体とかっちりとした目でくちぶえを吹いた。あああああなんかオルゴールっぽいぞこれカタコト動く。

変わり果てたヨーナシを見て我がオロオロしていると、カイスは不思議そうに首を傾げた。

 

「…? 『直して』くれというから、壊れた玩具か何かだと思ったのだが…。違ったかな…?」

 

ああまあ確かに持ち込んだ時はアンデッド化していたから微妙に稼働する壊れた人形っぽかったが、触れば生物だとわかるだろう。何故機械化させたんだ。

そう問えばカイスは困ったように「わしは機械が専門だ。そこに持ち込まれたのだからてっきり…」と申し訳なさそうに頭を下げる。

そしてカイスは「そっちのヒトに元はどうだったのか聞いたら『くちぶえ吹くオルゴールみたいなものですね!』と言われて」とロケーシャにちらりと視線を向けた。

カイスの返答にギギギと首を回せばこんな事になった原因のロケーシャは、

 

「はい!これで貴重な風気質の機械が確保出来ましたね素材回収しましょう!」

 

と笑顔で言い放った。やはり悪魔だコイツは。

というかこの世に存在しないものを無理矢理作って素材調べて何になる。

そう苦言を申すとロケーシャは「え?表に空きがあるとなんかモヤッとしません?」と心外だと言わんばかりに首を傾げた。

それはそうだが手段が鬼畜すぎると思う。

 

「まあそれはそれとして、これで機械も調べ終わりましたね。火と水の機械からは物理攻撃の要素が、土と風の機械からはサポート要素が取れましたか。とはいえ、機械はほとんどが土気質ですからねぇ、だいたいがサポートだと考えて良さそうです」

 

まあ大半が味方をかばうのが仕事のようだからな、ロボというものは。少し改造されメモリーが壊されたロボでさえ、徐々に味方を守ることを思い出す。

忘れてしまっても、消されてしまっても、必ず「味方を守ること」を思い出すのだから、根本の部分で他の生き物を助けるように組まれているのだろう。

周囲は味方だと、良き隣人だと。

 

「あの子たちは、誰よりもやさしいココロを持ってますねぇ」

 

楽しそうにロケーシャは笑った。

そのココロを見習ったらどうだ。どうすれば良いんだこのメカメカしいヨーナシ。

トマト塗れ→アンデッド化→機械化って、散々だなヨーナシ。

だれか治してやってくれ。

 

■■■■■■■■

 

用も済んだからとロケーシャはまた我の目を塞ぎふわりと空へ舞い上がった。

「ここに居すぎるとアナタ思い出して壊れそうですからねぇ、失敗失敗。アナタ古代語話せましたねそういや。失念しておりました」というよくわからない呟きが聞こえたような気がしたが、よく覚えていない。

行きには感じなかった負荷が身体を襲い、そのまま意識がブラックアウトした。

 

 

気付けば始めと同じ場所、南の大陸で我は青い空を見上げている。ここは本当に気候が穏やかだな、砂漠でこんな風に寝転んでいたらカラカラになって砂に埋もれて死ぬというのに。

なんか変なところに行って変な体験をした気がするが、思い出そうとするとモヤモヤして記憶が曖昧だ。

身体を起こし辺りを見渡すと、我の横で普通のヨーナシがゆらゆらと体を揺らしながらいつも通りくちぶえを吹いていた。

思わずヨーナシに手を伸ばす。いつも通りの植物な手触り。生き物特有の、生き生きとした瑞々しい体。

うん、いつものヨーナシだ。

我が目を覚ましたことに気付いたのかヨーナシはくちぶえを止め「ぽわ」と我の頭の上に飛び乗る。なんでだ。

 

「あ、おはようございます。さて続き行きましょうか!アナタが寝ている間にちょっと調べましたが、ちょっとややこしいですよ!楽しいですね!」

 

そしてロケーシャもいつもと変わらず問答無用の笑顔で言い放った。

そろそろ帰りたいのだがまだ解放されないらしい。

愚痴っても終わらない、終わらない調査はないと腹を括ってロケーシャの持つメモを覗き込む。これも清書しておかなくては。しかしあれだ、空白のない表は見ていて気持ちが良いな。達成感があるというか。

少し笑みを浮かべながらロケーシャの書いたメモを追えば、なるほど、糞面倒臭いが正しいなと我は溜息を吐いた。

問題なのは幻獣・獣・鳥獣・海竜の種族。

この4つは種族としての特徴らしい特徴は無く、その者の気質がダイレクトで取れるらしい。

水の気質の強いものは水、風の気質の強いものは風。

これだけならまだ良かったのだが。

 

「突然変異がすっごく多いですよ!これは総当たりするしかないですねぇ」

 

本当誰だこれ考えた奴。巫山戯てんのか。世界か世界を呪えばいいのか。6000年は冥府を彷徨いやがれ。

「あ、そのイライラは調査に回してくださいね。だからこの大陸なんですよ、色んな種族居ますから」ってああもう。

とっとと終わらせて我は家に帰る!

そう叫んで我は、そこらを歩く人々を片っ端から襲、調査し始めた。

 

しばらく調べておかしなところを潰していく。

「幻獣と戦士は水、ああこれ北にそんな方がいらっしゃいますからそれですかね。仲睦まじい、幻獣の戦士…あれ?騎士でしたっけ?」

「幻獣と悪魔は火、なんででしょう?燃やしてやるという決意表明ですかね。あ、悪魔は鳥獣とだと妨害行為要素出るんですね。王国に吟遊詩人さんいますからねぇ、魔王は敵対相手ってことでしょうか」

「魔法使いは獣と妨害出ますねぇ、アナタ獣と仲悪いんですか?」

「おや植物は幻獣と獣と、あれ、海竜とも組み合わせると土要素?珍しいですね。海竜はほぼ全部を水で侵食するというのにそれを覆すとは。すごいですねヨーナシ」

「昆虫と幻獣が土、もうなにがなんだかわかりませんね!」

「おお!幻獣と幻獣だと助け合うのですね!仲良しなのは良いことです。しかし獣と幻獣だと火ですか、獣は火を怖がると言いますしなんとなーく仲悪い感じがしますね」

「獣同士だと物理攻撃、まあ獣はだいたい己の肉体で戦いますし…。あ、獣と鳥獣もそうですね似た者同士ですかねぇ」

「おお、全てを水に変える海竜も、流石に同族だとブレスを吐きますか!…なんというか今回に限らずとも、ドラゴンと海竜、分ける必要ありますかねぇコレ?みたいな気持ちになります、ワタクシ」

 

以下省略。

もう何が正しいのか何処が貫通しているのかわからない、と疲労を隠さず我は座り込む。

複数回条件を変えて調べないといけないやつだこれ、完璧には無理だ。

はあと大きく息を吐き、我はパラパラと清書し終えたパピルスを眺めた。属性と種族の組み合わせのようにざっと調べれば良いかと思ったが、今回ばかりはこれだと足りない。

互いの情報をキチンと記し、複数回観測し揺れを確認、今度は条件を変え再度調査、と段階を踏まなくてはいけないようだ。

重ねた組み合わせのどちらかが顕現するシステムが非常に面倒臭い。どちらが出たのか判断しにくいのだ。

それに合わせて、恐らく多分このメソッドには優勢紋章がある気がする。とある種族のとある紋章が異様に出やすい。

 

「まあこんなもんでしょう!データを詰めるのは追い追いで良いですし…キリないですからねぇ」

 

うふーとロケーシャは笑う。

終わった、というわけではないだろう。先程の4種族を総当たりにした、つまり他の種族も総当たりする必要があるはずだ。

実際、かなり突然変異が多い。これは総当たりしないと気付けない話だ。

あとどのくらいだろう、とロケーシャの表情を窺うとクスクスと笑われた。

 

「おや、顔に『もう帰りたい』と書いてありますよ?」

 

開始から今までずっとそう顔に書いておいたつもりだったのだがな。

ロケーシャの言葉にジト目を返すと「まあもう少しですよ、多分。さあ!頑張りましょう!」と我の希望はスルーされる。帰りたい。

はあと深く深く溜息を吐くが、ロケーシャに行きますよと手を引っ張られ止むなしと我は立ち上がった。

 

■■■■■■■

 

しばらく。

端から端まで叩きのめして、端から端まで素材回収してみたところ。

突然変異というものは、言葉通り「突然」「変異」なのだなと実感し、なんでこの組み合わせでこの紋章が出てくるんだと頭を抱える羽目になった。

世の中よくわからない。こんなことで実感するのも間違っている気もするが。

死んだ目になる我を差し置いて、ロケーシャは楽しげに感想を述べる。

 

「戦士と悪魔仲悪いですね、お互い妨害し合おうというガッツを感じます。逆に戦士と機械仲良いですねぇ、割と襲ってくる機械も多いのですが基本的にサポートし合うんですね」

「おやおや、機械は変異が多様ですね、ドラゴンすらサポートしますか!…んん?召喚士とも…?ついさっき会いに行った死霊使いさんと研究者さんはあまり仲は良くないはずですが、ああ、広義的に見れば同族ということですかね!…研究者さん憤死しそう」

「昆虫と悪魔もギッスギスしてますねぇ。悪魔と仲良くできる素敵な種族はいないのでしょうか…と、思えば魔法使いと昆虫も仲は微妙ですか。ワタクシとアナタ、お揃いですねぇウフフフフ!」

「アンデッドは妙に変異が多いですね。しかし変異内容は土紋章か物理攻撃紋章の2択、わかりやすいようなわかりにくいような」

「…ええと?アンデッドは虫と悪魔と魔法使いと召喚士と植物だと土、天使とドラゴンだと物理攻撃。あれですかね、アンデッドと天使、もしくはアンデッドと竜は昔っから殴り合う関係なんですね。根深い遺恨を感じます」

「おお!魔法使いと召喚士は妨害し合う仲ですか!やはりアレですか?『役割とキャラ被ってんだよ!』ということですか?アナタと召喚士さんは特に似通ってますしねぇ、…で、実際のとこどーなんです?」

「というかアナタたち魔法使いさんよくわからない変異多いですね、なんで機械見ると火紋章湧くんですか?科学は敵ですか?燃やすつもりです?植物見ると土紋章湧くのは……あ、栽培する気ですか?ヨーナシ、逃げたほうが良いかもしれませんよ。土に埋められます…え?望むところ?そうですか」

「同じ植物見ても召喚士さんは殴りたくなるみたいですね。対応が真逆で面白いですね、魔法使いと召喚士………えっ、召喚士は植物見ると殴るんですか??なんで???」

「そういえば、機械同士だとお互い補佐し合うんですよ、凄いですね!ここまで補佐に徹しているロボたちを殴るってどんだけですか、悪魔って輩は!ええワタクシですよ!」

「…えっ、天使同士だと突如として風紋章が湧くんです?なんで?何故だかただでさえ変異で発生しないレア紋章風が何故?…ふよふよ宙に浮いてひよひよ飛んでるからですか?」

「おおおおお?水族と土族の方はだいたい自らの属性紋章しか出さないと思っておりましたが、機械と組み合わせると風の紋章が湧きますね。互いにカケラも無い要素がどこから出てきたのでしょうか、不思議ですね!」

「そして風族の方は機械と組み合わせると火の紋章ですか!意味がわかりませんね!…あ、これはもう言いましたっけ?」

「というか属性族のこの変異…機械と組み合わせると火族と風族は火の紋章が、水族と土族は風の紋章が出る型ですねぇ。火属性の我の強さと、風属性の気まぐれっぷり、という感じですか」

 

 

以下省略。

なんかロケーシャのコメントも若干雑というかヤケ気味というか、…疲れているのだろうか。

そう苦笑すると「いやだってちょっとよくわかんないですもん。ヤケクソにもなりますよ」とぷうと頬を膨らませた。

まあ実際、わかるようなわからんような変異を起こすため気持ちはわかる。これでひと通りは確認した。ようやく砂漠に帰れるだろう。

そう思ったのだが。

 

「それではこの勢いのままラスト行きましょうか!」

 

まだ何かあるらしい。

しかし現存する生き物はほぼ全て調べただろう?そう問うとロケーシャは「いえまあちょっと特殊な方がいましてねぇ」と空に視線を投げた。

ちょうど見えてますから大丈夫でしょうと微笑むとロケーシャはひょいと我の手を取り空へと浮かび上がった。

そのまま上へ上へと昇って行く。

建物よりも高く、木よりも高く、山よりも高く。

空に浮かぶ雲よりも上に来たあたりでおかしいことに気付いた。

頭の上のヨーナシも「ぷえ」と不思議そうな音を鳴らしている。

待て高い高すぎるちょっと待て何処へ行く気だ。

 

■■■■■■■■

 

ロケーシャに連れられ辿り着いた場所は、

よくわからないところだった。

なんというのだろうか、空とソラの間、が一番近い表現だと思うのだが。

我は周囲を見渡し、此処は何処だと足元を見下ろし、此処を表現するための正しい言葉を知らないと溜息を吐いた。

ああ、空とソラ間、と表現したが宙に浮いているわけではなく、これも何と言えばいいのかよくわからないが、だっ広い白い床の上に立ってはいる。どういう理屈なのかはわかないが、床だけが浮いている場所だ。

似たような場所ならば天使が住む天空神殿があったと思うが、あれは宙に浮くというより雲の上に乗っている感じであったし、それはそれで理屈がわからんが、天使に理屈を問うだけ無駄なので流す。あいつら基本地上の生き物の言葉は見ないし聞かないくらいは独善的だ。

此処は何処だと何回目かの問いを己の中で繰り返しながら、足元の床から地上を覗き込む。青い海と白い雲が見えた。うん、やはりここは地上を離れて果てなく浮かんだ先、空の上だな。

なのだが、見上げると真っ黒い空と星が見える。夜の景色と同じ、…いやそれよりも鮮やかか。砂漠での夜空など、夜の砂漠など凍え死にたい馬鹿か石像になりたい阿呆しか出歩かないから我もそこまで詳しくは知らないが。砂漠で死にたくなければ夜は早々に安全な場所に篭って眠るべき。

本当に砂漠というものは生き物が住むのに向いていない場所だうんざりするしかし冥府よりははるかにマシなのも事実、ではなくて。

話が逸れたがつまるところ今我がいる場所は、足元にも空が、見上げても空が見える場所、となる。

故に「空とソラの間」だと表現したのだが。本当になんなんだ此処は、そもそも何故ロケーシャはこんなところを知っていたのか。

首を傾げる我の頭の上からぽてんとヨーナシが滑り落ちる。ああすまん落としてしまっ……、いや違うだろ頭の上に乗るな。そして生き物を頭上に乗せることを受け入れるな我。慣れすぎてさも当然のように乗せていた。おかしい。

落ちたヨーナシは不満げに口元を尖らせたが、上に乗せてもらえないことを悟ったのか諦めてぽよぽよと動き回り、変わらずくちぶえを吹き始めた。

おや新曲だな、ノリの良い曲だ。

良い曲かはよくわからないが歌詞とか付けたくなるな、とヨーナシを撫でつつ我も逃避。此処は何処なんだろうな、こんな所から無事に帰れるのか疑問だな。

逃避中の我らを尻目にロケーシャだけは何故か何かを探すように浮遊している。「あれ?いらっしゃるはずなんですが」と首を傾げてながら。

口ぶりからして探してるのは生き物だろうかと思ったのも束の間、

 

「何か聞こえてくるなと思ったら…。こんなところまで誰かか来るのは珍しいな」

 

と凛とした若い男の声が耳に届いた。

振り向けばそこにいたのはヒト。こんなよくわからない場所にもヒトが居るのかと驚くとロケーシャが「砂縛に住んでるアナタが言います?」と呆れたように声を鳴らした。うるさい冥府よりマシなのだから住んでても問題無いだろう?他の場所色数が多くて目がチカチカするんだよ。

ともあれ、どうやらロケーシャのお探しのモノは彼だったらしく、ニコヤカに近寄り二、三言葉を交わし始める。そんなロケーシャを見て少し驚いた。先程までは問答無用でぶっ倒して勝手に素材回収していたのに今回は交渉するのか。

珍しい、と未だにくちぶえを吹いているヨーナシを持ち上げる。話の邪魔になるかもしれないし止めさせたほうが良いかもしれないとヨーナシに仕草で指示すると、ちゃんと伝わったらしくヨーナシはくちぶえを止め、こくりを頷いた後ぴょんと我の頭の上に飛び乗ってきた。

いや待てなんでだ?

 

「…構わないが、両方か?」

 

「ええ!是非お願いします!」

 

我らが頭上の攻防をしていると、交渉が終わったのかロケーシャが嬉しげな声を出す。どうやらうまくいったようで、ロケーシャの交渉相手、名前をライトというらしい青年はこちらに向かって頭を下げた。あ、ああうんはじめましてすまない今ちょっとナシが頭から離れなくてな少し待ってくれ。

色々と諦めた我が肩で息をしながら名を名乗ると、ライトはニコニコしながら「小さいのは小さい割に自己主張激しいよな」と傍に小さなカエルドラゴン…ケロゴンを呼び寄せる。まあケロゴンといっても砂漠にいる黄色や王国にいた赤色ではなく、表現しにくい色、色んな色が混じった虹色の変なケロゴンだったが。

「こいつもけっこうワガママでさ」とライトは虹色ケロゴンの頭を撫でる。まあその手は当のケロゴンの尾によって「わがままじゃないもん」と言わんばかりに叩き落とされてしまったが。

叩かれた手を撫でながらライトは苦笑しつつ、それじゃあやるか、とケロゴンを再度撫でた。

わかったとばかりに虹色のケロゴンが「ケロリンコー!」と鳴き、ライトが「七色に輝き明日を照らすしるべとなれ!」とチラチラ星の光が見えるソラに向かって言葉を放つ。と、それに呼応してケロゴンの体が光に包まれた。

 

次の瞬間、

ケロゴンはその場からいなくなり、

代わりにとてつもなく大きなカラフルな竜がその場に現れる。

 

………えっ、何?

 

我が驚きに目を見開いているとヨーナシも驚いたのか「ぽ…っ」と小さく漏らし、カチンと固まった。何を考えているのかわからないが、ヨーナシは割と真っ当な感覚していると思う。「おや大きいですねぇ」と嬉しげに語るロケーシャよりかはよっぽど。
突然現れた大きな竜、これが交渉をしていた理由だろうか。この竜はライトしか喚び出せないならば、ロケーシャがしっかり交渉するのも頷ける。

なるほどとひとり頷いているとライトはふうと軽く息を吐き、もう一度ソラに向かって、いや今度は真っ暗な虚空に向かって「闇よ来い!全てを喰らい、無に還せ!」と声を上げた。

…ん?

待て。もしやまた。

 

そう考えた我の予想は見事に当たり、

今度は何もない空間から、

大きく真っ黒な竜らしきナニカが喚び出される。

 

こいつも初めてみる竜だなと驚きを通り越して呆れているとロケーシャは「こちらも大きいですね」と楽しげに我らに話しかけてきた。

そうだな大きいな、我ら喰われたりしないよなこれ?

カラフルなほうはともかく、真っ黒いほうは表情が読めなくてなんか怖いのだが。手だか足だかも口みたいだし、そこからぱくっと美味しく頂かれないよな?ロケーシャがした交渉って我らを餌にすることじゃないよな?

うっすらと冷や汗を流す我らに気付かず、ライトは自慢げに竜を背に口を開く。曰く、カラフルなほうが創世竜、真っ黒いほうが崩星竜だそうだ。

物騒な名前だなと思った。

やはり喰われるのでは?

 

■■■■

 

「崩星竜を出せるのはこの方ともうひとりだけでして、その上創世竜出せるのはこの方だけなんです。ならここに来たほうが効率が良いかなーと」

 

また、協力して貰わねば喚び出してもらえないだろうと考えたらしいロケーシャは、そこら辺しっかり交渉しました!と胸を張る。

普通に協力を頼んだだけのようだ。我らを生贄にと交渉したわけではなさそうで安心した。

ほっとする我を尻目にライトは「一応言われた通り喚び出したが、何をどうするんだ?」と小首を傾げる。「ああじゃあ実際やってみせましょうか」とロケーシャは我らに向けて笑顔を見せた。

 

…うん?

 

何の説明も前振りも許可取りもなく、ロケーシャは我とヨーナシから魂のカケラ、素材をひょいと奪い取り「おいでなさい!」と問答無用でアヴァターラを喚び出した。

だから!せめて!許可を!得てからやってくれないか!

それやられるとなんかダルくなるんだ!

思わずその場に座り込むとヨーナシも「ぷぇ…」と呆れたようにへたり込んだ。

そんな我らを無視してロケーシャは「こんな感じで自由にアヴァターラを創るのですよ」とライトに説明をしている。

一連の流れを見て、また座り込んだ我らを見て、ライトは恐る恐るといった風情で問いかけた。

 

「…竜のことはわかったが、…その、魂のカケラ?を取られた生き物は問題無いのか?」

 

「大丈夫ですよー、直ちに健康に害はありません」

 

長期間もしくは複数に渡って素材を取ったら害があるかのような口ぶりだが、そこら辺一切説明されなかったぞ。

ヒトによっては少し走ったくらいの疲労感はあるかもしれませんねぇ、とロケーシャは笑い「せっかくですし、色々お教えしておきましょうか」といそいそとアヴァターラの傍に寄った。

 

「今回は、風気質の魔法使いと風気質の植物で構成してみました。アヴァターラは風気質で魔法紋章と妨害紋章と、…あ、変異が出ましたね、土紋章が表層化しております」

 

ですのでこの子は風と土のマントラとポイズンミストとパラライザーが扱えますね、とロケーシャは得意げな声を漏らす。

その言葉にライトが首を傾げたため、ロケーシャは「なんと、表層化した紋章でこの子が覚える技が変わるんですよ!」と細々と語り始めた。

 

物理攻撃の紋章が出ればストラ。

魔法攻撃の紋章が出ればマントラ。

ブレス技の紋章が出ればプラーナ。

これらがアヴァターラにくっついた属性と合わさって技となって現れる。

ああそうだ死ぬほど見たから我も理解し解説出来る。望んでもいない知識を頭に溜め込むのは、非常に微妙な気持ちになるな。

今後役に立ってくれたらいいな、そんな未来は訪れないだろうが。

遠い目をする我に気付かず、ロケーシャは自慢げに、我が子を褒めるかのように解説を続けた。

 

「先程あった妨害行為の紋章、こちらとあとサポートの紋章は少し特殊でしてね」

「妨害の紋章が2枚以上あるとナイトメアという、そりゃもう凶悪な技になりまして!沈黙・盲目・風邪を敵全体に浴びせます!確率は、…まあそこそこといったところですが」

「これらはアヴァターラの属性と影響し合っておりまして!火と合わさるとテンプテーションというアヴァターラの魅力でメロメロにしてしまうのですよ。メロメロさせすぎて混乱する方もいらっしゃいましたね!」

「水と合わさるとフリーズダウン、必殺技のポイントを2つほど減らしちゃいます!だからやる気を無くすのでしょうか、眠っちゃう方がいましたねぇ」

「土と合わさるとポイズンミスト。今のこの子が持ってますね。なんとこれ、ほぼ確実に毒を付与します!さらに毒を浴びせると猛毒に!困りますねぇ。毒々しているからか皆様弱りに弱って攻撃力ダウンしてました」

「風と合わさるとパラライザー。麻痺りますビリビリします。…ちょうど覚えておりますし、味わってみます?」

 

ロケーシャがそう問うとライトは思い切り首を横に振った。「おや残念」とロケーシャは笑い、止まることなく言葉を紡ぐ。

しばらく付き合ってみてわかったのだが、基本的にロケーシャは喋ることが好きなようだ。とはいえ無駄にギャンギャン喋るわけではなくて、目に入ったものに対して軽く話題を振る。

おかげで道中賑やかだった。まあロケーシャにはクチが4つあるから賑やかなのは当然なのだが。

360度の視界で目に入ったものを語り出すせいか、時たま「何故今その話を?」と思うことも多々あったが。不思議に思って周りを探せば、話題のものが背後にあった、とかザラだった。

基本的に道中の会話は軽いものばかりであったが、ロケーシャは好きなものに関して話すときは輪をかけて止まらなくなる。今にまさ、そうなっているように。

ロケーシャによる解説が詳細なものに変わりはじめた。ああこれはさらに長くなるぞ。

今は、アヴァターラの土と妨害の紋章が揃ったときの話か。ああ、これも面倒臭かった。

アンデッドは大抵が土気質で妨害行為の素材が取れる。そして結構な確率で土紋章の変異を起こしていた。これはアンデッドが土から出てくるからだろか。

土から出てくるタイプのアンデッド、つまり死体を利用する魔法産のアンデッドは文系。薬品などで発祥する、つまり生き物を変質させる科学産のアンデッドを理系と分類していたのは誰だったかな。

ともあれ、アンデッドは毒で回復。回復で呪われる、我らと逆の生物だ。

アンデッドを素材にすると土と妨害の紋章が揃いやすく、ポイズンミストがかなりの高確率で顕現し、弱らせようと毒を浴びせるたびに思惑とは逆にアンデッドはメキメキ回復していった。

あまりの回復っぷりになんかちょっと笑ってしまった。全滅一歩手前だったのも笑った理由のひとつだろう、延々回復するアンデッドを前に割となす術がなかったもう二度とやらない。

妨害要素がアンデッドに対してはサポート効果になり、ああ、やはりこの生き物は我らとは真逆の生物なのだなとぼんやり思った。

我もそうなっていたのだろうか。根性で耐え、片足突っ込んだ程度で留まっていた気もするが。

思い出したくもない昔のことを脳裏に浮かべていると、似たような話をライトにしていたロケーシャがそのままの流れでサポート系の変化について語りはじめていた。

ライトが話の長さに若干引いているように見えるが、残念だったな、まだ長くなるぞ?

 

「サポートの紋章も似たような感じでして、2枚以上出ると叡智の宝玉という技になります。必殺技が出しやすくなりますよ!」

「火だとやる気満々ですね、口火を切ってサポートします。味方の攻撃力がそこそこ上がりましたねぇ。あああと、回復量も増えましたよ!」

「サポートしたら水が浄水されました。体力回復、状態異常回復。やはり美味しくて綺麗な水は万物を癒しますね」

「土のサポートといったらもうこれしかありませんよね、毘沙門立ち。ちょっと硬くなって皆さんをしばらくの間かばいます!体力たっぷりのアヴァターラですからなかなか倒れませんよ?」

「風はサポートとなっても気早なのは変わりませんね。神速の風を振り撒いてくれます。つられるのか皆さん足が早くなって、ああそうだ、何故だか状態異常に対する抵抗力もそこそこ上がるみたいです」

 

あああったなと我は思い出す。

とある相手が死ぬほど抵抗してきて、死の呪いをこれでもかと浴びせてきた時だ。

ロケーシャがガンガン戦闘不能に陥った。我がガンガン蘇生した。

「神でも死ぬって凄くないですかあの方」とロケーシャも感心していたほどに戦闘不能になりまくった。

彼は何故あそこまでロケーシャに集中攻撃してきたのか、もしやあの召喚士は全ての元凶がロケーシャだと気付いていたのではなかろうか。悪ぶってるだけで真面目そうだったし。

彼の観察眼は正しいなと今更ながらに我は頷いた。律儀に約束守ってくれそうな召喚士だった。

まあともあれ死の呪いを掻い潜り、なんとかアヴァターラを喚び出し神速の風を肌に感じた途端、呪いによる死亡がほとんど発動しなくなったのだ。

髑髏の仮面の裏で、件の召喚士が怪訝そうな表情となったのを覚えている。まあその後あっさり切り替え、今度はポンポンと邪の魔法を打ち込んで来たのだが。効かなくなったなら別の技にすぐ切り替えるとか本当観察眼高いなあの召喚士。殺意も高いが。

つまるところ、それまで戦闘不能を量産した呪いを跳ね除け始めたので、異常に対する耐性効果でも付いているのかと思った、という話だ。ここらへんは目に見えないから詳しくはわからない。

まあ、完全には防げないらしくロケーシャが再度うっかり呪いで倒れ伏したときは思わず笑った。今思えばあれはきっとバチが当たったとかそういう類のナニカだったのだろう。神だけど。

 

「それでですね、こう、様々な紋章がありますが3枚揃えるのはメソッドを理解していないと大変なんですよ。けれど揃えることが出来たらすごくすごい技を扱えるんです!」

「物理攻撃の紋章ですとブレイクファングですね。必殺技ポイントを1つ消費しますが、その分強力なんですよ!

「魔法攻撃の紋章だとマジックブラストになります。魔法をドーン!とォ!拡散5回!溜まっている必殺技ポイントをあるだけ全て消費してEXの数だけ威力がアップします」

「ブレスの紋章ならアーカーシャ。こちらも必殺技ポイントを1つ消費ですが、ブレスでなくとも属性紋章だけでも覚えます!アヴァターラはドラゴンですからね、本能的に息吹きたくなるんでしょう」

「火の紋章を3枚揃えるとですね、アグニという火神の協力で強い火属性の攻撃になります。強火すぎて火傷しちゃいますよ!」

「水の紋章3枚ですとジャールとなりまして、大量の水をぶち撒けて霧を発生させちゃいます!」

「土の紋章3つですとプリトビィですね。これはなんと土で埋めて石化の呪いをつけちゃうんですよ。じわじわ石化していく…おお、怖いですねぇ」

「風の紋章が3個でヴァーユ。大風の怖さは知っておりますか?これ、防御系の技やカウンター系の技、つまり壁を吹き飛ばします。守りを固めて安心していたらピュー!と丸裸にされちゃいますよ!」

 

ウフフフフとロケーシャは最後に笑い、口を閉じた。語り終えて満足したらしい。

ロケーシャはメソッドを理解していないと紋章を揃えるのは難しい、と言ったが属性を揃えるだけならば実は意外と簡単だった。

火族・水族・土族・風族という各属性の種族を素材とすると死ぬほどあっさり紋章が揃うのだ。まあ多少は式を考える必要があるが、そこまで深く考える必要はない。

 

…ん?

そこまで考えて我はハタと気付いた。

今まで散々組み合わせを見てきた結果、だいたいの紋章式も逆算も出来るようになっている。気質と種族を見れば勝手に脳が紋章素材を弾き出す。

己の変化に若干引きつつ、我は溜息を吐きながら頭上にいるヨーナシの位置を手で探る。役に立つのかわからない知識が、今後生かせる場面などないだろうに。

そもそもそこまでしっかりとアヴァターラを創る必要はないのだよな、と我の手を何故か避けるヨーナシを捕まえ引きずり下ろした。そろそろ首が痛くなってきたから降りろ。

イヤイヤなんとなく首を振っているっぽいヨーナシを抱え、アヴァターラを喚び出し戦うだけなら弱点属性の要素ぶち込めばいいだけなのだから、と我は再度息を吐いた。

ら、

 

「ああ思い出しました!後ですね!魂の強さによってどれだけ多くの技を扱えるかが決まります!」

「小さな小さなタマゴみたいな魂だと1つめまでちょっと小さな子どもみたいな魂だと2つめまで。大人になったかなー程度の魂だと3つめまで。完全体な魂だと4つめまで」

「まあ組み合わせにもよりますがね。タマゴみたいな魂や子どもみたいな魂と組み合わせるとやはり貧弱になります。多くとも3つめまでしか覚えられません」

「逆に大人ほどの魂や完全体の魂は成熟しているからか、たくさん技を覚えますよ!」

「何をいくつ覚えるかは…まあその、アヴァターラの気まぐれで決まりますから変に偏るかもしれませんが」

 

口を止めたと思ったが、ロケーシャは再度言葉を紡ぎ始めている。まだ止まらないらしい。

よくもまあ長々と細々と雑に語るなと我は少し呆れた。言語の神も兼ねているだけある。

ロケーシャからの怒涛の情報量に若干戸惑っていたようなライトだったが、どうもちゃんと聞いて粗方理解したのかうんと頷き口を開く。

よくがんばったな。我なら途中で聞き流すと思うぞ?

 

「つまりオレらの素材で、ア、ヴァターラ?という竜を創りたいってことだな?ある程度の詳細は聞いたし構わないが、一応オレを先にやってもらえると助かる」

 

まあ掻い摘むとそうだな。あの長時間の解説も、言いたいことはたったそれだけ。

それをきちんと理解したらしいライトは己を指差しそう言った。

どんな結果になるか不明瞭だからとりあえず自分で試してからにしてほしい、と。痛いとか辛いとかじゃないみたいだし、と我らをちらりと見ながらライトは頬を掻く。

痛くはないがなんとなく疲れるぞ?

 

「…コイツらを実験台にすると何が起こるかわからないからな」

 

オレなら多少イレギュラーなことが起こっても対処出来るだろうし、とぽつりと聞こえた。

…?なんだろう、まるで自分とあの竜たちに関わるとおかしなことが起こる、と確信しているかのような口ぶりだな。

つい首を傾げたが、そんなことは関係ないとばかりにロケーシャは「了承をいただけましたし、早速やってみましょう!」と笑みを浮かべる。

「魂はふたつ必要ですから」と我とヨーナシのほうを見つめながら。

我らが引きつったのは言うまでもない。逃げ場がないんだよこの場所は。

 

■■■

 

「おや?おやおやおや、おや?」

 

数回、そう、何故だか何回も、ロケーシャは我らからカケラを引っこ抜き、それでもまだ首を傾けた。

疲れた。

ライトも「そろそろ勘弁してもらえないか」と疲れた顔を見せている。確かに妙に疲れるなこれはと、苦笑しながらライトは我らに顔を向けた。

そうだろう?そろそろ力を合わせてあの諸悪の根源倒さないか?喜んで協力するぞ?

へばっている我らを尻目にロケーシャは顎に手を当てひとり頷いた。

 

「うーん、これは。なるほど、アナタ『個』が無い、といいますか…」

 

いえ勿論、この世界の枠組みに入っている火の気質は簡単に顕現しますが、とロケーシャは愉しそうに微笑んだ。

その言葉を聞いてライトは驚いたように目をパチクリさせる。

本人は個性の塊のように見えるのだが、素材はそうでもないらしい。いや、ロケーシャが笑うくらいだから、どこかおかしいのだろう。主に、面倒臭いという方向で。

ウフフフフと笑ったまま、4つの頭にのひとつをライトに向け、賛辞を贈るかのようにロケーシャは言い放つ。

 

「アナタ、変異だらけですねぇ。ええ、ええ!まるでお手本のような変異の塊!」

 

良く言えば全ての基本模型。

悪く言えばこの世界のものになろうと振る舞っている得体の知れないナニカ。

そんな感じですねとロケーシャは不可思議な言葉を並べ立て、ライトをマジマジと観察しながらふむと思案げな表情を見せた。

 

「ワタクシ、流石にこの世界のものではない事柄は創造出来ませんので。アナタは、自らアナタ自身を造っておられるのですか?」

 

いやはや不思議です、とロケーシャはライトの周囲を浮遊する。

「組み合わせ相手が誰だとしても不自然にならないように取り繕っている、のですかね。それとも全ての命の手本となるために導いていらっしゃるのですかね?」と、もしゃりライトの髪を弄った。

そんなロケーシャの手を払いながらライトは「どちらでも構わない、というか…。しかし流石に創造神だ、造形に深いな」と苦笑を浮かべた。

 

「呼ばれて戻ってきたら世界が完全に構築されていたからな、この世界の枠組みに落とし込んだだけだ。…深い意図はないぞ?」

 

「そうですか。まあ信じますよ、アナタから悪意は感じませんからねえ。…ということはこの世界よりも先の、始まりのアナタが居たということですよねぇ…」

 

アナタの素材も取りましたし、解析も終わりました。その上アナタは今この世界にいますし、とロケーシャがぶつぶつ呟いたかと思うと突然「おいでなさい、早々に!」とナニカを喚んだ。

ひゅんと魔法陣が広がり光に包まれた後、普段の召喚と同じように陣の真ん中に誰かが現れる。

 

そこにいたのは、

うっすらとした儚げな風貌で、あまりの薄さに反対側のソラが透けて見える、ライトのようなナニカ、だった。

 

色合いの関係からかほんのりと赤目気味だ。横にいる本物のライトと姿形はそっくりだがまるきり違う、ライトに似たナニカ。

我が驚いて言葉を失い、目を白黒させていると、ライトは現れたライトを「うわー…。こんなんだったっけかー…」となんとも言えない表情で見つめていた。驚いては、いない。

「我ながら、…いや、よくこんなオレの相手してくれたなダクラウ…」と呟いて懐が広いと小さく笑う。その呟きを聞いてロケーシャも笑った。

 

「おかげで彼らがいるのでしょう?…そうですねぇ、このアナタは彼らの最初の模型、形態の理論模型といったところなのでしょうね」

 

創造には何事にもプロトタイプが必要ですからとロケーシャはしたり顔で語り、アナタを見て原初の帝は命のひとつ、ヒトをこのカタチにしたのでは?と首を傾けた。

大地からの影響がありますから今は様々なカタチになってますがねぇ、とロケーシャは「予想通りのときもあり、予想外なときもある。だから創造は面白いのですよ」と優しい瞳を覗かせる。実際はどうだかしりませんがと付け足して。

ふたりの会話を聞いて我は首を傾げた。よくわからない、というか理解してはいけないもののような気がする。

我がううむと困ったような表情を作っているとロケーシャは、

 

「さて、ちょうど珍しい方が増えましたし紋章がどうなるか見てみますか!」

 

と元気な声とともにライトふたりに向かって微笑んだ。

普通のライトはぎょっとした表情を浮かべ、うっすらとしたライトはぼんやりとそこに佇んでいる。

ううむ、ブレないな。こんなよくわからないもの相手でも創ろうとするのか。

ロケーシャのノリに慣れてきた我は呆れたように息を吐く。振り回されてきた我だったが、反応の違うふたりのライトを見て苦笑する余裕くらいはできていたようだ。

とはいえ、…なんか、うっすらとしたほうは素材取ったら消えそうだな…。

 

■■■■■

 

結論として、うっすらとしたほうは素材取ったら消えた。

厳密には本人ではなく本体の素材の解析から出した再現みたいなものですからとロケーシャは結果を書き込み、このまま竜も確認しときますかと手をワキワキさせる。

若干竜が怯えた。

 

「さて、というわけでやはり想像通り素材が取れませんでしたね」

「まあ取れないと言っても、光と闇の属性だけがエラー出してるだけでアヴァターラと同じくあくまでドラゴンですからちゃんとドラゴンの素材は取れましたが」

「言うなれば属性素材貫通型、ワタクシの管理外故のイレギュラー。どんな相手と組み合わせても違和感なく存在しておりますねぇ」

「この竜同士だと素のアヴァターラが顕現してる感じですね、火の気質とドラゴンの要素まんまです。すごく息吐きますねドラゴンっぽいです」

「というか光族同士で混ぜると魔法要素が飛び出してくるんですねなんでですか?竜召喚の要素が強調されている感じでしょうか。…やはり魔法使いと召喚士の境目曖昧すぎません?」

「ふと思い付いて光族と闇竜or光竜混ぜてみましたところ、火が2つ・ブレスが2つとすごく中途半端になりました!もうちょっと頑張ってください!」

 

粗方調べ終わり、残されたのは嬉々として結果を口に出すロケーシャと、若干ぐったりしている竜たちとライトの姿。

あのよくわからない竜たちがへばっているのは少しかわいい。

疲労の色を見せながらもライトは我らが今まで書いてきた紋章の変異表を手に取った。

 

「変異か…。オレはそんなに変か?」

 

「ええ、今世紀最大に変です!先程も言いましたが、不自然なほどに相手そのものの要素を生み出しますので」

 

組み合わせ的に明らかにおかしいものを「変異」としているだけなので、ライトは我らの定義した変異の枠には入らない。

しかしそれではおかしいのだ。

自然すぎて不自然と言えば良いのか、意図的に基本の紋章を引っ張りだしているかのように見える。

それはロケーシャが言ったように「これがお前らの基本だぞ?」と教え導いているかのように。

もしくは「オレはおかしいところなどないぞ?」と取り繕い誤魔化すかのように。

 

「そうですねぇ。…変異とはしていませんが、天使と魔法使いで魔法の要素は取れます。これは必ずです。どう組み合わせようが、誰と組み合わせようが、必ず、魔法紋章が出てきます」

 

しかしこれは組み合わせ的に『明らかにおかしい』わけではありません。とロケーシャは指を立てた。

魔法使いは魔法の要素がたっぷり取れる、天使にも魔法の要素がある。故に、おかしくはない、有り得ることだ、変異とするほどではない、と。

 

「しかしアナタは『どの組み合わせでも、誰を相手にしても、己の要素を表に出さない』という形。これだけ重なれば偶然ではなく故意でしょう」

 

ある意味、種族要素貫通型と言えますね。故にアナタは変です!とピシャリ言い放った。強い口調で言われたにも関わらず「そうか」とライトは笑う。

「ならどうする?変だ妙だと思うのならばオレはアンタらの敵になるかな?」と竜を携えライトは問いかけた。

 

「なりませんけども?切った張ったで解決したつもりになるのはオススメ致しませんよ」

 

笑顔のままロケーシャはふわりと前に出てライトに向かい合う。

「元よりワタクシは善とか悪とか、敵とか味方とか興味ございません。誰であろうと、一生懸命試練を乗り越えた方全てに加護をお渡ししておりますので」と周りにある球をくるくる回した。

何故紋章の変異ばかりなのか、アナタの本意はどちらかなのかもあまり興味はありませんよ、とロケーシャはふわりと移動し我の手を掴む。

 

「ただワタクシのヒラニヤガルバがアナタを示した答えが『変なモノ』なのだなぁってだけですので」

 

というかあの方幻獣見て殴りかかり、鳥獣見て殴りかかるのに獣見るとサポートするのはなんでですかね。この世界の今の権力者が獣さんですから、あの方の意識がそういう方向なのですかねと小首を傾げた。

「…それとも、この世界に始めからいたものが、古の帝の次に生まれた種族、彼の方の右腕が示す種族が「獣」だったから、それを知っているから、補佐に回っているのでしょうか。…確か植物も同じ。古の帝の次に生まれた、彼の方の左腕の種族が「植物」でしたね。そしてそれの補佐をする、ですか」そう言葉を落としながら、ふうと息を吐きロケーシャは小さく口ずさむ。

「ああ、ならばあの不自然な変異はやはり全て故意。彼がそう考えているものを、わざわざ他者にアピールしている。いやはや、ワタクシの技で好き勝手されるのは面白くない」と少しばかり不機嫌そうな声を漏らした。

珍しい声色だな、と我は驚く。ロケーシャがこうもあからさまに機嫌を悪くするとは。

 

「やれやれ、溶け込みたいならもう少し上手くやっていただきたいものです。私情を入れ込みすぎるのは良くないですよ?」

 

まあそれだけ彼の方、融帝さんに思い入れがあるのでしょうか。それとも融帝さんが土台を整え彼が干渉したこの世界の「生命」に思い入れがあるのかもしれませんね。そう呟くとロケーシャはひょいと我の手をとった。

そのままゆるりと宙へ浮き、我らを空へと引っ張りあげる。

「創造物に私情を混ぜ込み、それに入れ込む気持ちは、まあ、多少なりとも理解は出来ますが」という呟きが我の耳に落ちた。理解は出来るが受け入れがたい、ということだろうか。

しかし帰るのか、帰って良いのだろうか。

まだ微妙な空気が漂っている気がするのだが、良いのだろうか。

オロオロと上にいるロケーシャと下にいるライトを交互に見つめていると「あれだけ帰りたがってましたのに」とウフフフ笑われた。

 

「良いのですよ。真理は言葉に出来ないものですので、これ以上あの方との会話は無意味です。ワタクシの管轄外の方ですので」

 

「管轄外とは寂しいことを言うな。…ああそうだ、ひとつだけ、良いか?」

 

帰ろうとしていたロケーシャをライトが呼び止める。ロケーシャ自体は「何か話すことあります?」と言いたげだったが、素直に止まり小首を傾げた。

大したことじゃない、とライトは苦笑しつつもロケーシャに近寄り、不思議な言葉を並べ立てる。

 

「にんげん、は君の目にどう写る?」

 

その不思議な単語を聞いて、我は首を傾げた。人・ひと・人形・にんぎょう・ヒトガタ・ヒト、は良く聞く。我やライトのような形をした生き物を称するときに、古代から使われてきた単語。

ライトが放った、それに似た単語。

「にんげん」はどこかしらで聞いたことがある気もするが、あまり使われない。ほとんど聞かない単語。

ああしかし、古代では良く使っていたような、

砂漠でも誰かが使っていたような、

 

「おや。………、そうですね、何もありませんよ、彼の生き物は」

 

何の素質もなく、何の特徴も無く、何も持っていない、とロケーシャは言葉少なにそう言った。そのまま口を閉じる。

その姿に驚いた。珍しいな、ロケーシャが口を閉ざすなんて。

ロケーシャの返答を聞いて、ライトは少し困ったように笑う。

 

「手厳しいな、何の魅力もないと?」

 

「………道具を使うことに長けてはいますから、ああいえ、道具を使うことしか出来ませんから、強いて言うならば物理紋章は出るかもしれませんね」

 

でも、それだけです。とロケーシャは淡々と言い放った。

最後に小さくひとことだけ、言う。

「……それなのに、全て優位で何よりも優先される。今はワタクシたちのものである、この世界の何よりも」

 

ああ、

×××××のにまだ××××生き物だ。

と。

 

 

■■■

 

ふよふよとゆっくりと、ロケーシャに釣られ我らは白い床から離れ始めた。

去り際にライトに目を向けると、苦笑しながら手を振っている姿が我の瞳に映る。彼の最後の質問と、最後の最後の質問は、彼の満足いく答えだったのだろうか。

彼はひとつ最後に問い、ロケーシャは「知りませんよ」と答えた。

聞き取れなかったので口に出したら「つまんない質問ですから気にしないでいいですよ」と、我にいつも通りの笑顔を向ける。

誤魔化されたかのようで少しモヤモヤしてしまい、思わず下に視線を向けたら遥か下に大地が見えた。

忘れかけていた現在地の予想以上の高さを思い出し、我の口から変な息が漏れた。この高さで頼れるものがロケーシャの腕のみというのは怖すぎる。

早く地上に戻りたい、足を大地に下ろしたい。宙ぶらりん怖すぎる。

そんな我の思いを察したロケーシャがキョトンとしながら「…お急ぎなら素直に落下しますが」とか言い放ったが断固拒否する。何その発想怖い。

いえ以前竜に乗った方が空高くから直滑降していったのでそれもアリなのかなと思いまして、とか言われたが何そいつ怖い。

 

「まあ色々ありましたが、ワタクシ楽しかったです!色々紋章が取れましたね!アナタは如何でしたか、神官神?」

 

色々あったが悪くはなかった、と答えておく。

だからもう少しゆっくり降りてくれ。

我の腕の中でぷるぷるしているヨーナシが、落ちないくらいゆっくりと。

何?下は砂漠だから砂がクッションになるだって?

そういう問題じゃない!

 

 

 

END

 


 
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