No.97059

真・恋姫無双 季流√ 第10話 華ノ洛陽

雨傘さん

一刀は春蘭と洛陽へ。
すいません、更新遅れてしまいました。
後はあとがきで・・・・
応援ありがとうございます!色々と嬉しいがありました。

2009-09-24 01:05:56 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:38287   閲覧ユーザー数:23048

「洛陽へ行くことになったのだ」

 

春蘭が馬の準備をしながら、北郷に話しかける。

 

あまりに説明が簡潔なので詳しく聞いてみると、最近州牧を信任された華琳の報告を、誰かが都までしにいかなければならなくなった。

 

普段なら他の者を使いにだすのだが、今回は少々事情があって、宮廷にある程度高い官位のある人間を向わせなければならず、宮廷にそれだけの立場を有しているのは、この軍では華琳と春蘭の両名だけであり、華琳はまだ街から離れられる状態ではないから春蘭にお鉢が回ってきた、というわけらしい。

 

春蘭は華琳からの命で合わせて洛陽の様子も探るようにと命じられたらしいのだが……

 

「華琳様が私を信頼して任せてくれたのだ!」

 

と、自信満々に反り返りながら、わっはっはと笑う春蘭を見ていると……急に不安になったのは気のせいだろうか?

 

初めて出会ったときの春蘭の第一印象は厳格な武官と思っていたのだが、日を追うに連れて一刀はその認識を改めざるをえなくなっていた。

 

__よく言うと純粋、悪く言うと馬……コホン……

 

それにしても……洛陽か。

 

「春蘭、ちょっと出るのを待っててくれないか」

 

「ん? 出発は昼食後だから、それまでしか待てんぞ?」

 

「それでいいよ、じゃあまた後でね」

 

一刀は手をふって厩舎を後にすると、考え込むように俯きながら華琳の政務室へと向った。

 

コンコン

 

「入っていいわよ」

 

いつも通りの凛とした華琳の声に応じて中へ入ると、書簡の山に埋もれた華琳と秋蘭が居た。

 

「いやぁ凄いな……コレは……」

 

「やぁ北郷。

 最近は特に地盤の見直しと、強化を図っていてな。

 確かに大変なのだが、ここでしっかりと基礎を固めておかないと地力が弱まる……ある意味では正念場だ。

 手は一切抜けんよ」

 

流石に疲れた様子の秋蘭が、綺麗な青髪を揺らした顔を、書簡の山からひょいっと出した。

 

「正念場、ね……確かに今のうちに経済基盤をしっかりさせておかないと、やがて耐え切れなくなるだろうな」

 

「……その通りよ」

 

互いに何をいいたいのかは伏せた会話を進めていく。

 

まだ不用意なことをやたら口に乗せていい段階ではないからだ。

 

とりあえず互いの様子を理解したので、一刀は本題に入ることにした。

 

「それでさ、春蘭を洛陽に送るんだって?」

 

「ええ、もはや形式だけとはいえ、1年に1度の各諸侯の会合も併せてあるしね。

 本来は私自身が行かなくてはならないのだけれど、まだこの辺りの街を任せられて間もないから、特別に代理を認められたのよ。

 それでも本当なら私が行きたいのだけれど……今回は時期が悪かったと判断したわ」

 

「それなんだけどさ……俺も洛陽へ行っていいかな?」

 

「……どうしてかしら?」

 

「他のところの様子もみたい。

 ってのじゃ駄目か?」

 

「それだけ?」

 

怪しんだ目つきを向けてくる華琳に、一刀は何もないと表すように両手を挙げた。

 

「後はまぁ、春蘭がなんかしないか不安な気がしない?」

 

ふざけた調子で話す一刀を、華琳がジト目で睨むが、引き止める明確な理由も持ち合わせていなかった。

 

「ふぅ……まあいいわ、春蘭が暴走しないように誰かを付けようとは思っていたのだけれど、そこらの兵じゃ止められないし、他の将は手一杯だしね。

 適任といえば適任かもしれないわ。

 しっかりと洛陽の様子も探ってきて頂戴」

 

様々な思索があったのだろうが、結論的には一刀しかいないということになったのだろう。

 

1つため息をついた華琳がまた書簡へと目線を落とした。

 

「北郷、姉者をよろしく頼む」

 

「了解だ」

 

華琳の許しを得た一刀は、さっそく準備をしようと部屋を出ようとしたとき、背後から声がかかった。

 

「…………それと、春蘭を襲っちゃ駄目よ?」

 

 

一刀は何も聞こえなかったことにした。

 

 

準備をするために一刀が自室へ向おうとすると、廊下から懐かしくもいい匂いが漂ってきた。

 

「……これは、カレーか?」

 

__そういえば、そろそろ昼食だったっけ。

 

まだ春蘭が出るまでには時間があると判断した一刀は、その匂いの元を手繰っていくと台所へ辿りついた。

 

暖簾の間から覗き込むと、そこでは流琉が可愛らしく鼻歌を歌いながら料理をしており、後ろでは季衣が期待に満ちた瞳を輝かせていた。

 

「ん? あ、兄様! 今日はこの間聞いた”かれー”っていうものを作ってみたんですよ。

 味を見てもらえませんか?」

 

一刀に気づいた流琉が鍋からおたまを上げると、見事なカレーらしきものが見える。

 

近づいた一刀が少し指にとって舐めると、香ばしいスパイスの利いた懐かしい味が口の中に広がった。

 

「へぇ! どれどれ……おお?! 凄いよ流琉、完璧なカレーじゃないか! 辛さもばっちりだよ」

 

「そ……そうですか? 後はこれをご飯にかければ?」

 

褒められた流琉が頬を赤らめながら、ご飯の器を指す。

 

「そうそう、お皿は広めのにしてね。

 いやぁ楽しみだ! なぁ季衣?」

 

久々のカレーなので、一刀としても見逃すわけにはいかない。

 

準備とかは諸々後回しにした一刀は、ご機嫌な季衣の隣へと座った。

 

「うん! ボクもうお腹ペコペコだよ~」

 

「俺も! 大盛り頼むよ」

 

「はーい、ちょっと待っててくださいね~」

 

話をしながらでも、一切の手を休めないのは流石というべきか。

 

ここで1つ説明を入れると、流琉の料理の腕は本気で素晴らしいものだと言える。

 

一刀が流琉を贔屓しているわけでもなんでもない、正真正銘の事実だ。

 

まだ村にいた時から、随分場違いなほどに美味い料理が出てくるなと一刀は思ってはいたのだが、あの超絶美食家で知られる華琳が、たまたま流琉の料理を食べた時、その味を絶賛したのだ。

 

現在、流琉はこの城の料理長と同等の権限を持つ”料理参謀”とかいう、わけのわからない特別な役職さえ与えられている。

 

季衣が食いしんぼになった理由は、流琉のせいなのかもしれない。

 

だけども流琉の料理が上手くなったのは、季衣がおいしく食べてくれるからであり……

 

__まぁ、どっちでもいいか。

 

そんなことを考えていると、食欲を強烈に刺激する匂いを放つカレーライスが出来上がり、一刀達は皿を並べるのを手伝った。

 

「「「いただきまーす!!!」」」

 

パク、モグモグモグ

 

「「おいしい!!」」

 

「美味いなぁ!

 ホント凄いや流琉、調理法を聞いてだけでここまで再現できるなんて。

 材料とか無いものも多かっただろ?」

 

一刀が流琉の頭を撫でながら褒めると、再び流琉は照れで顔を俯かせた。

 

「ありがとうございます!

 お城はたくさん調味料があって……ここは商人の交流も盛んですし、変わったものも入ってくるんですよ。

 足りないものや、わからない材料は違うもので代用してみたんです。

 また何か料理を教えてくださいね」

 

「もちろんだ! 流琉なら色んな食べ物を、再現してくれそうだから嬉しいよ」

 

__いや~、それにしてもこれは超美味。

 

辛さといい、具の柔らかさといい……ご飯もしっかり硬めにして炊いてあるあたり最高だ、日本にいてもこんなカレー食べたことないよ。

 

一刀が心中で感動をしていると、季衣があっという間にカレーを平らげ、また超特盛りを流琉に頼む。

 

「すごいおいしいよ! ボクこれ大好きになっちゃった」

 

次々に口の中へ入れていく季衣は、カレーをいたく気に入ったようだ。

 

「ん? ……なにやら良い匂いがするな」

 

突然食卓の外から声がしたので一刀達が視線を移すと、どうやら春蘭も匂いにつられてここまできてしまったらしい。

 

__手間が省けた。

 

「あ、まだたくさんありますから春蘭様も食べますか?」

 

流琉が外に立つ春蘭を呼び寄せると、喜んだ表情を浮かべる春蘭が食卓へとついた。

 

「うむ、是非とも頂こう。

 出かける前に流琉の料理が食べられるなんて、いい景気づけに……ん?

 一体これはなんだ? ちょっと見た目が…………まるで”わあああああああ! 春蘭! その先は言うな! お約束過ぎるしこっちは食事してんだよ! なんでもいいからとにかく食べてみろ、美味いから!”……そ、そうか?」

 

食事時にとんでもなく危険な言葉を発しようとした春蘭を、無理矢理に席へと座らせ、カレーを用意する。

 

春蘭はその目の前に用意されたカレーを恐る恐る口へと運んだが、1口食べてその味に驚くと、美味しい美味しいと言いながら、かきこむようして食べ始めた。

 

そうやって大変満足した昼食を味わった季衣が、春蘭がはじめに言っていたことを思い出した。

 

「春蘭様~、どこかへおでかけするんですか?」

 

「あぁ、華琳様の代理で洛陽へいくことになった。

 私の代わりに、兵達の調練をしっかりと頼むぞ? 季衣」

 

「えへへ~、任せてください!」

 

コロコロ笑う季衣の頭を春蘭が撫でていると、流琉が皆に食後のお茶を入れにきてくれる。

 

本当にいい子達だと思う。

 

「春蘭様は、洛陽へお一人で行くんですか?」

 

「あぁ、皆忙しいしな。

 そこまで余分な人員がいないのが現状だ。

 部下の兵を10人程しかつれていかない」

 

ズズ~っとお茶をすする一同。

 

「あぁ、春蘭。

 俺も洛陽に行くことになったから」

 

「おう」

 

ズズ~~~~

 

 

……………………

 

 

…………………………………………………………?

 

 

「「えぇ~~~~!!??」」

 

「ブハっ!! げほっ、ゴホッ……なに~~?!!」

 

__春蘭、お茶を吹き出さないで。

 

「私は聞いていないぞ!」

 

「そりゃそうだ、ついさっき華琳から許可もらったばっかだし。

 昼食べ終えたら伝えに行こうと思ってたんだよ」

 

「兄様! そんな……駄目ですよぅ」

 

「兄ちゃん、どっかいっちゃうの?」

 

__う……2人の目が痛い。

 

いつの間にか一刀の両隣には、服の袖を掴んだ2人が寂しそうに見上げていた。

 

慌てた一刀は、必死に2人のご機嫌を取り始める。

 

「すぐに帰ってくるさ! ちょっと洛陽ってところを見ておきたいんだよ。

 だからちょっとだけ俺も留守になるんだ……ごめんな?」

 

一刀は誤魔化すように2人の頭を・優しく・丁寧に・じっくりと三拍子で撫でる。

 

「……へへ~」

 

「もう……ずるいですよ、兄様」

 

こうしてなんとか2人を落ち着かせることができた一刀は、一安心して、次の問題へと取り掛かる。

 

__さて、この問題は……勢いで解決が吉とみた。

 

対策を決心した一刀は春蘭と視線を合わせずに、サッと立ち上がった。

 

「ってわけだから、ちょっと待っててね。

 直ぐに準備してくるからさ、春蘭」

 

とっととそれだけ言い残し、一刀は食堂から足早に出て行こうとすると、一歩遅れて春蘭の慌てた声が背中へと投げられた。

 

「え? いや……ちょっと待て! そんなの駄目だ!!」

 

 

予想通りの言葉を受け取った一刀は、足をピタリとも止めずに、無視をして行った。

 

 

「どうしてこんなことに……」

 

春蘭は馬に乗りながら、ひたすらブツブツと呟いていた。

 

「もういい加減、機嫌直してよ?」

 

馬を並走させた一刀は春蘭の顔を覗き込むと、バッと顔を横へとそむかれた。

 

__なんか顔が赤い気がしたような……風邪かな?

 

 

あのカレーを食べた後、部屋に戻った一刀はちょっと困ったことがあることに気がついた。

 

よく考えると、旅行鞄どころか普通のバッグすら持っていない。

 

__誰かに借りてもいいんだけど……ん? そういえば……

 

一刀が思い出したようにポケットを漁ると、以前季衣の村を出るときに貰った布を取り出す。

 

広げてよく見てみると、変わった模様が入っていた。

 

たしか村長が魔除けの刺繍だと言っていた。

 

手触りが良く、不思議な材質なので一刀がそれを引っ張ってみると、やはり伸びた。

 

首を傾げながらしばらく布を弄くっていたが、どうやら用途としては十分使えそうである。

 

「風呂敷でいいか……伸びるから大きさも自由だし」

 

そうしていくつかの代えの服と必要そうなものを、その伸びた布に包んで背負う。

 

「オッケー……結構使えるな~これ」

 

そうやって準備ができた一刀は馬の手配をし、出発したのが半日前。

 

それからというもの、ずっと春蘭はこのような調子なのだ。

 

「とにかく急ぐぞ北郷! そんなに時間はとれないからな!」

 

突然そう大声で叫んだ春蘭が馬に一蹴りいれてどんどん加速していく。

 

__っておいおい……いきなりそんなに早くしたら後続が……

 

「皆も急いでくれ」

 

一刀は後続を追う兵達にそう伝えると、馬に駆け足をさせた。

 

 

__まだ乗馬には、慣れていないのになぁ……

 

 

1週間ちょっと程の行程だったのだが、途中色々あって春蘭が急がせるものだから、きっかり1週間で洛陽まで辿り着いてしまった。

 

そして今一刀達の前には、洛陽の堂々たる門がある。

 

馬を並足にしてゆっくりと洛陽へ入った一刀は、目に飛び込んできた光景に愕然とした……その荒廃ぶりに。

 

__天下の都……洛陽、だよな?

 

「これが、都なのか?」

 

一刀は自分でも気づかずに、上ずった声を出していた。

 

重い表情で、春蘭が前を見据えながら前進していく。

 

「そうだ、これが洛陽だ。

 私が以前に来たときよりも、さらに酷くなっている」

 

酷い?

 

__なるほど、これは酷いという言葉がぴったりだ。

 

遠目から見えた、晴れやかで雄大な外見とかけ離れ過ぎている現実。

 

外に出ているわずかな民達に笑顔など一切ない。

 

皆一様に頬がこけ、体が痩せ細っており、暗く濁った瞳からは死臭すら漂ってきそうだ。

 

馬を歩かせている途中、一刀がたまたま裏路地に目をやると、文官らしき男が店主らしき人から、金を渡されているのが一瞬だが見えた。

 

子供達はほとんど外出しておらず、店内の様子を見ても品揃がどれもいまいち。

 

__腐ってやがる。

 

沈黙した一刀達はそのまま城内へと案内されると、宛がわれた部屋でゆっくりとしていた。

 

部屋の窓から外を見ていると、官軍が訓練をしているが……なんとまぁ。

 

その兵達の統率振りを見て、春蘭が深い溜め息を吐いたほどだった。

 

会見は予定通り3日後になるとの報せを受けた一刀達は、華琳から洛陽の様子を探って来いとの命も受けてきた事だし、問題を起こさぬように注意を促しておいて、各々別行動を取ることになった。

 

ちなみに春蘭は一刀と一緒だ、他の奴等じゃ物怖じして止められない。

 

そうして2日をかけて、洛陽という街の様子を把握していった。

 

だが、そこは流石に天下の洛陽というべきか。

 

広さだけは半端ではない。

 

街の端から端まで歩くだけで、半日近くを消費しそうになる。

 

それでわかったことは、中央の城に近いところは治安がそこそこよくなるのだが、中央から外れていくにつれて、どんどんと比例的に酷くなっていく。

 

要するに一般人は酷い環境で、役人や権力者は良い環境だということだ。

 

2日目、一刀たちが東門から西門へじっくりと横断し終わるころには、陽が暮れ始めていた。

 

歩き詰めでようやく門の近くへ辿りついた一刀達は、陰鬱な街の空気にいい加減嫌気がさしてきていた。

 

門外を眺めると、少しいったところに小高い丘が見える。

 

「春蘭、ちょっとあっちのほうで休まないか?」

 

「え? ……いいぞ」

 

何故か春蘭がここ数日、2人きりになってからだが妙におとなしい。

 

__調子でも悪いのだろうか?

 

2人は小高い丘へ登って腰を落ち着かせる。

 

会話こそ無かったが、丘から見える綺麗な夕日が目にささった。

 

__自然は、どこも変わらない……か。

 

2人はしばらくボーっと夕日を眺めていたのだが、いきなり春蘭がスッと立ち上がった。

 

突然立ち上がった春蘭を見上げると、鋭い視線があらぬ方向を睨んでいる。

 

「北郷……ついて来い!」

 

「お、おい! ちょっと待て!」

 

一刀が止めるのも聞かずに、獲物を握った春蘭が駆け出していく。

 

「……どうしたってんだ?」

 

そう一刀が思っていたのだが、しばらく走っていくと、何故春蘭が駆け出したのかが一刀にもわかった。

 

2人が着いた場所は、ちょっとした木々が覆い茂るところだ。

 

視界の先で、小さな少女達が男達に囲まれている。

 

__俺も感覚は鋭い方だけど……これだけの距離を、春蘭は察知したってのか?

 

「ちょっと! 放しなさいよ!」

 

「うるせえ! 黙ってろ!」

 

綺麗な深緑の髪を三つ編みに結び、帽子を被っているメガネの子が、その小さな背に儚げな少女を男達から庇うように立ちふさがっている。

 

2人とも息があがり、服装のところどころに泥もついていた。

 

恐らく、ここまで走って逃げてきたのだろう。

 

「月に何かしたら許さないんだから!」

 

その背に庇われている少女は、白く陶器のような肌を真っ青にして震えている。

 

「ずいぶん威勢いのいい餓鬼だ」

 

「良い服着てるよなぁ……

 こりゃあいいところの嬢ちゃんだぜ、へへ。

 ツキが回ってきた、こりゃあ身代金がたっぷりでるだろうよ」

 

欲望丸出しの醜い笑いを浮かべる男達に、2人の少女は少しずつ後ろへとさがるが、ついに大きな岩のところにまで追い詰められてしまう。

 

「ッグ……霞~~”黙れ!!”~~!! アウッ!」

 

助けを呼ぼうとした少女を囲んでいる男が殴って黙らせると、その時払われたメガネが地に落ちてカランカランと転がった。

 

「詠ちゃん!」

 

殴られたショックで、メガネの少女は意識を失ってしまったようだ。

 

儚げな少女が涙ぐみながら一生懸命に体を揺するが、反応が返ってこない。

 

「さて、誰かがくると面倒”貴様ら~~~!!!”な……なんだぁ?」

 

2人に手を出そうとしたところに、春蘭が一足早くその場に到着する。

 

春蘭は勢いを殺さずに突撃をして、そのまま3人ほどを吹き飛ばした。

 

「い、いてぇえ! なんだぁ?!」

 

男達は急な乱入者に驚き混乱している、それを逃がす春蘭ではない。

 

「女2人に10人がかりとは、クズどもめ!」

 

圧倒的な気迫とともに、春蘭の大剣がブオンブオンと嵐のように唸り始める。

 

「春蘭待て!!!」

 

後方からかかる一刀の叫びに気づいたのか、ギリギリのところで春蘭はピタリと剣を止めてくれた。

 

少し遅れて着いた一刀は、ここが戦闘現場(虐殺)になる前に2人を逃がす。

 

「へう?!」

 

「……………………」

 

可愛らしい声をあげる少女達を脇に抱えた一刀は、落ちている眼鏡も忘れずに拾って巻き込まれないように、その場を急いで後にした。

 

それを見届けた春蘭がユラリと剣を構えると、既に男達の混乱は治まっていた。

 

「へへ、驚かせやがって。

 不意打ちにゃあ驚いたが、この人数に挑んでくるたぁ……さてはてめぇ、馬鹿だな?」

 

ピクリ

 

「でも中々の上玉じゃねえか、そんな剣なんか振り回してないで、俺たちといいことしようぜぇ?」

 

ピクリ、ピクリ

 

「さっきの男もなさけねぇ、女一人置いて逃げるたぁよ。

 さっさと追いついて、ぶっ殺してやらねえとなぁ!!」

 

その言葉にはっはっはっと、一斉に笑い声が起きた。

 

ブチリッ

 

「あ? 何の音? ……ぎゃあぁああああ!!!」

 

1人の男の胴が真っ二つになり、壮絶な絶叫が静寂の森へと響き渡る。

 

転がった上半身と下半身がピクリピクリと動いているのが、何故か蚯蚓を連想させた。

 

信じられない事態に一瞬呆然とした男達だが、黒髪の強烈な闘気に当てられて、強制的に生存本能が働かされる。

 

既に男達は、目の前にいる女が人には見えていなかった。

 

「貴様ら如きが! あいつに……あいつに触れられるものかぁ!!!」

 

漆黒が吼える。

 

「~~~~~~~~~~~!!!!!!!!」

 

人とは思えぬ言語を絶する叫び声を聞いた男達の意識は、そこで永遠に途切れざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんと!」

 

凄惨だが、その純然なる闘争本能を影で覗き見る者がいた。

 

最後の男が、嵐のような斬撃の前に原型すら留めず、吹き消されていく。

 

その、闘いぶりは……

 

「………………………………これは」

 

 

 

 

____まるで……同じ……

 

 

少女達を落とさないよう気をつけながら走っていくと、小川を見つけたので、脇に抱えた2人を下ろす。

 

「大丈夫か?」

 

淡いブルーの柔らかな髪を撫でると、まだその儚げな子の体は震えていた。

 

だけれど毅然とした瞳からは力を失っていない。

 

「は、はい。

 あの、それより詠ちゃんを!!」

 

その懸命な言葉に一刀は頷いて返すと、気絶している子をそっと寝かせて状態を診る。

 

トクン……トクン……

 

__脈拍は正常、軽い脳震盪、か……頬が少し腫れているが、冷やせば大丈夫だろう。

 

一刀はポケットから手ぬぐいを取り出して、小川の冷たい水を含ませると気をつけながら、腫れた頬へ丁寧に濡れ手ぬぐいを当てていく。

 

「……うっ」

 

小さくて可愛らしい顔が、少し苦痛に歪む。

 

幾度か冷やしてあげると、ようやくその子が目を覚ました。

 

「……ぅん……こ、ここは? ……?! 月!!」

 

ガバッと体を起こしたその子は、月と呼んだ少女を視界に収めると、抱きついてギュッと強く力を入れた。

 

抱きつかれた少女は優しく抱き返すと、大丈夫、大丈夫と、落ち着くまで耳元で囁き続けていた。

 

「よかった……よかったよぅ月ぇぇ、あいつらに何もされなかった?」

 

「うん! 大丈夫、この人が助けてくれたんだよ?」

 

月と呼ばれる少女に言われて、眼鏡の子が一刀の方へと振り向いた。

 

「……あんた誰よ?」

 

予想外にも、ギロリと睨まれる一刀。

 

__あれ? いい雰囲気じゃなかったですか?

 

睨まれるとは考えていなかったので少し唖然とした一刀だが、状況的には仕方がないかと考えた。

 

「俺は北郷一刀といいます。

 君達が襲われているのに、連れが気づいてね。

 その連れがあの連中を抑えている間に、君達をここまで運んだんだ。

 それより大丈夫か? 軽い脳震盪だ思うんだけど……」

 

改めて状況を理解した深緑の少女が、しっかりとした応対をしてくれる一刀への態度を改めた。

 

「そう……だったの、ごめんなさい。

 私は姓を賈、名を駆、字を文和。

 まだ頭がちょっとズキズキするけど、大丈夫よ。

 私達を助けてくれて、ありがとうございました」

 

賈駆と名乗った少女が、丁寧に頭を下げる。

 

__? …………賈、駆?

 

笑顔のまま表情が氷つく一刀をよそに、隣に座る肌が真っ白で儚げな少女が、賈駆に続いて可愛らしく頭を下げた。

 

「私は姓を董、名は卓、字を仲穎と申します。

 助けてもらったばかりでなく、大切な友達の詠ちゃんを介抱していただき、ありがとうございました」

 

__は? ……董……卓?

 

 

「…………え? ええええぇぇぇぇぇええええええ!?!?!?」

 

夕日がしっとりと沈みこみ、真っ暗になった森の中に一刀の絶叫が木霊した。

 

 

「もう! 人の名前を聞いて驚くなんて、どういう了見なのよ!」

 

まだキンキンとする耳を押さえながら、賈駆が涙目に抗議してくる。

 

「ご、ごめん! あんまりにも意外だったから……」

 

「意外ってなによ!?」

 

「いや、それはほら、ね? ……えっと、まぁ気にしないで。

 とにかく…………ごめん!」

 

「詠ちゃ~ん」

 

董卓ちゃんは怒っている賈駆さんと、平謝りの一刀の間でオロオロとしている。

 

一刀はかなりの混乱振りに、思考が全くといっていい程まとまらなかった。

 

__いや……この娘が董卓ですって……あの?

 

この虫一匹殺したら、泣き叫んじゃいそうな気弱でおろおろしている、超絶かわいい女の子が董卓ときたわけだ。

 

曹操や荀彧でも驚いたけれど、衝撃度で言えば比にならない。

 

これが、あの暴君だというのか。

 

「ごめんなさい、北郷さん。

 ほら、詠ちゃんも落ち着いて?」

 

優しく一刀の頭を上げさせようとする、董卓ちゃんの綺麗な手。

 

__はい、絶対嘘。

 

この董卓ちゃんを暴君だというのであらば、後世の歴史家を全員殴って、文部省乗り込んで教科書を書き換えてやる。

 

「お~~い。

 北郷~~~?」

 

遠くから春蘭の声が聞こえてきた、声色から察するに、どうやら終わったようだ。

 

春蘭をこちらへと呼び寄せると、ちょっと血に汚れた春蘭が現れた。

 

正直何があったか直ぐわかるというものだが、そこは雰囲気を察して突っ込まないで置く。

 

春蘭は2人と挨拶を交わすと、賈駆が一刀達にお礼をしたいから街へ戻ろうという。

 

街へ戻り歩いていた4人だったが、洛陽の門をくぐると、春蘭が気まずそうに別れた。

 

明日の報告書という名の”台本”に、しっかりと目を通さなくてはならないという理由と、服が汚れているというので城へと戻って行ってしまったのだ。

 

残念そうに見送る2人だったが、気を取り直すと、一刀を自分達が泊まっているという部屋に案内するという。

 

2人が太守であることは聞いたが、どうやら到着が遅くて、城に部屋を用意することができずに、普通の宿に泊まっているとの事だった。

 

その宿のほうへと歩いていくと、凄い速度でこちらに走ってくる人影が2つ。

 

__また、もの凄い身体能力を持ってるなぁ……

 

「月っち~~~~!!」

 

「主殿~~~!!」

 

2人は董卓ちゃんと賈駆さんの前まで駆け寄ると、安心した笑顔になった後に、見るからに不機嫌顔へと変わった。

 

「詠~~~? ……今までどこほっつき歩いてたんや! 心配したんやで!」

 

「そうだぞ2人とも、おかげで洛陽中を走り回ってしまった」

 

「ごめん2人とも……」

 

「へう、ごめんなさい」

 

あやまる董卓ちゃん達は先ほど起きた事を話、それを聞いた2人は一瞬顔を青くしたが、無事に帰ってきたのを喜んで安堵する。

 

胸を撫で下ろした2人は、一刀へと振り向いた。

 

「なんかよーさん世話になったようやなぁ。

 ウチは姓は張、名は遼、字は文遠や! よろしゅうな!」

 

大きな胸にさらしを巻いて、紫の羽織を被った関西弁(?)の美女が、親しみやすい笑顔で礼を述べた。

 

__この人があの張遼か……気風の良い、姉御肌を感じさせる人だな。

 

「私は姓は華、名は雄、字は無い。

 主達の窮地を救っていただき、誠に感謝する」

 

華雄と名乗った、これまたとびきりの美女は、銀色の綺麗な髪を短く揃えたスレンダーな人物だった。

 

__華雄……ここでまた有名な武将が出たなぁ、関羽にあっさりやられたって話だけど……

 

本人を前にすればよくわかる。

 

普通に闘ったら、そんな事できるわけがない。

 

それを肌で感じるほど、この2人が纏う気配は尋常ではなかった。

 

4人はお礼をしたいと宿に招き入れようとするが、こんな美女達に囲まれての密室は、一刀の精神衛生上非常によろしくないと思い、断りを入れようとすると……

 

「北郷さん……」

 

董卓がうるうると潤む目で、上目遣いに一刀の顔を覗き込んでくるわけだ。

 

はい、オワター。

 

あの上目遣い+涙目に勝てる気がせぬ一刀は、お言葉に甘えて宿の中に入れてもらい、勧められたお酒を頂くと、霞と華雄にやたらと絡まれた。

 

霞(シア)は張遼の真名であり、しばらく一緒に話していたら、随分と気に入られたらしく董卓達を助けたこともあってか真名を許された。

 

董卓と賈駆の2人も、一刀が曹操のところで客将をやっていることを話すと、身分がはっきりとしたので真名を許して貰った。(それまでは月は教えようとしていたのだけれど、詠が止めていた)

 

月(ユエ)と詠(エイ)というらしい。

 

華雄はある事情があって真名は教えられないと言ってきたが、一刀に真名を預けたい程の心情を有していることを伝え、一刀はその心情を汲んで了承すると心から感謝した。

 

かなり場は盛り上がっていたのだが、少し夜も遅くになってきた。

 

明日のこともあるので一刀は4人に別れを告げ、城へ戻ることにする。

 

「一刀さん、またこうやって会える日を楽しみにしてますね」

 

「ふん……月がこういってるんだから、ちゃんと来なさいよ?」

 

「またな~~! 一刀~~~!」

 

「また明日な」

 

見送ってくれた4人に手を振ると、一刀は夜の街へと足を入れ、城に向かって歩き出した。

 

 

「ふう、月が董卓かぁ……どこで史実が折り曲がったんだろ?」

 

夜の冷たい風が、火照った頬に気持ち良い。

 

一刀は城の門兵に入場の許可を受けると、薄明かりが灯る城内を1人歩いていた。

 

「……ヤッバ、迷ったかな。

 どうしよ?」

 

このまま変なところへ入って、不審者扱いは非常によろしくない。

 

そんなことを考えてはいたのだが、如何せんわからないものはどうしようもない。

 

仕方がないから一度城の外に出て、先ほどの門兵にでも聞こうかと思い外に出ると、蔵がある広場へと出てしまった。

 

その中をしばらく歩いていくと、大きな扉の前にさしかかる。

 

無用心にも扉が開いていた。

 

「……閉めておくか」

 

ガラガラと扉を閉めていると、ふと蔵の中が視界に入った。

 

見慣れたものが転がっている。

 

どうやら大したことのないものをいれておく、倉庫のようなものだったらしい。

 

__ん? ……見慣れた物?

 

頭に引っかかった一刀は、もう一度中を覗いてみると、そこには”見慣れた物”が溢れていた。

 

「懐中時計に……ヘッドホン、ハンガー、ヴァイオリンって、ええ!?」

 

__いやいやいやいや、ないだろこれは、この時代にこんなものがあるわけ……

 

一刀はいけないと思いつつも、ヴァイオリンを手に取ってしまう。

 

手にしっくりとくる重さに、一刀は懐かしい気持ちになった。

 

他にも辺りを見渡すと、電球やらフルート、レコードまで……

 

しばらくの間、一刀はヴァイオリンを持ちながら郷愁を噛み締める。

 

そして一刀は懐かしさを胸に、そのヴァイオリンを丁寧にそっと下ろすと、その蔵から出た。

 

__色んなオーパーツ(場違いな工芸品)があったなぁ。

 

特に楽器の類は懐かしい。

 

実は一刀は色んな楽器が弾ける。

 

母が音楽の教師なので、小さい頃から色んな楽器に触らせてもらっていたし、何より音楽が好きだった。

 

楽器としての基礎ができていれば、結構色々と弾くことは出来るようになるものだ。

 

腕前はそこそこといったところだけど。

 

__それにしても、なんでもアリだなぁ、この世界。

 

ため息をつきながら扉を閉める一刀は、きっと慣れぬ酒で酔った頭と、懐かしき道具と出会って、気持ちがあまりにも緩んで、油断しまくりだったのだろう。

 

 

蔵から出た一刀を、ずっと見ていた人影がいたことに、気がつかなかったのだから。

 

 

どうもamagasaです。

 

更新があいてしまいました!すいません。

 

勢いで書いていたこの季流√を、もうちょっとちゃんとしようと思いまして……とりあえず黄巾党が終わるところまで考えていました。

 

そしてですね、とりあえずそこでキリがいいので、黄巾党終了のところで本編を第1部扱いにしたいと思います。

ほんと話が進みません、申し訳ないです。

 

今までは本編と拠点を合わせた感じの進行だったのですが、1章が終わりましたらしばらくの間拠点を投稿してみたいと思います。(その間に2章を考えます。)

そこでその際にはこの季流√を応援して下さる皆さんに、登場しているキャラだけではありますがアンケートをさせて頂きたいと考えています。

(人気でもそのキャラのネタが思いつけるかはわかりませんが)

ご協力していただけると嬉しいです。

 

 

 

応援ありがとうございます!!

 

お気に入りにして頂いた方が200人を超えていました! そして……

 

春一番前編の支援者様が100人を超え、初王冠が!!!

 

投稿作品を管理するページで「……? 題名の後に何かついてる……」と思って調べたところ、総合ランキングにのっていたみたいです。(ランクインしていた時には気づけなかった……だってそんなところにのれるなんて思いませんでしたし…………あぁ)

 

これも皆さんの暖かいご声援のおかげです、ありがとうございます!!!!

 

 

今回、突然ですが洛陽へ行った春蘭と一刀君。

洛陽では色んな人達との出会いがあります。

最近……春蘭中心に話が進んでいますね……でも、次の話が終われば多分元に戻るのかな……

春蘭は書いていて、とても楽しいです。

 

 

次の話は洛陽の続きです。

特に戦闘も起きませんし、話的には平坦かもしれません。

つまらなかったら……ごめんなさい。

 

 

 

作品に関する御意見、御感想をお待ちしております!

 

返信が遅れてしまうかもしれませんが、確認次第必ず返信させていただきますので、よろしくお願い致します。

 

たくさんのコメント、応援メールに感謝を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言

 

御冥福を祈り……黙祷。

 

 

 


 
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