No.917292

C92新刊本文サンプルその1「文月の二七」

FALSEさん

1日目ヤ-57a「偽者の脳内」にてEX三人娘メインの読切小説を頒布します。怪しげな研究を始めるために(主にぬえが)引っ張りまわされる物語になりました。
テキストサンプルは後日公開したいと思います。
後日、もう少し続きを公開します。

書影その他:http://www.tinami.com/view/916991

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2017-08-05 22:05:44 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:228   閲覧ユーザー数:228

 

 私がフランドール・スカーレットに初めて出会ったのは、あの聖輦船騒動からしばらく経った早い夏の、月が綺麗な晩のことだった。

 人間たちにとっちめられて少し反省した私は、寄らば大樹の陰ってことで命蓮寺に駆け込み、聖白蓮に頭を下げてそのまま仏門に帰依することになった。しかしまあ、これが退屈なんだ。

 朝早くに起きて寺の境内を掃除し、座禅を組んで白蓮の説法を聞き、そして日も沈んだら早々に床へ入るなんて、まるで人間みたいな生活じゃないか。そんなわけで隙を見ては布団を抜け出し、夜空を適当に飛び回って帰るのが私の隠れた日課の一つになっていた。

 こんな夜中にのこのこと里の外をほっつき歩いている人間なんて、そうそういるわけがない。里で騒ぎを起こして、命蓮寺に悪い噂が立つのもいろいろまずい。だから適当に飛び回ったら、それでおしまい。まるで葉巻をたしなむような、ガス抜きの一つのつもりだった。少なくとも、その日もそうだった。

 そこに、あいつが来たんだ。奇襲だった。唐突だった。バールのようなものを振りかざして、襲いかかってきた。

 もちろん私だってただでやられてやるような妖怪じゃない。武器を手にそいつを迎え撃った。しかしそいつの馬鹿力ときたら。何度か戟を持っていかれそうになりながらどうにか受け流したが、間違いなく鬼と同格の力を持っていた。おまけによくよく見れば人の形をしていない。暗闇の中で、赤青緑に光り輝く何かをはべらせながら、赤い瞳をぎらぎらと輝かせていやがった。

 弾幕をばらまいて突き放すと、私はなお追いすがるそいつへ必死に声をかけた。

「待て、その攻撃待て。言葉が通じるのなら、少し話を聞け」

 そしたら本当に待ってくれたんだから、言ってみるものだ。

「なんだって同族に戦いを仕掛ける。通り魔か、それとも愉快犯か」

「どちらでもないわ」

 と、ガキみたいな声が返ってきた。するとどこぞに演出好きな舞台監督が控えていたらしく、雲が晴れてさっと月明かりが降ってきた。だからそこでようやく私は、そいつの姿をきちんと見ることができたのだった。

 金色の髪、白い肌。宇治の橋姫と同じ、西洋から来た輩だと一目でわかった。しかし背中に生えた翼はあからさまに生き物のものじゃなかった。鳥とか虫とかそういうものですらなく、むき出しの翼竜の骨みたいなものに、羽根と呼ぶにはおこがましい石のようなものがぶら下がっていた。しかもそいつは赤青黄色、別々の色を持っていて、闇夜の中でも光るのだ。どこぞのアホな神様が、そいつの背中にシャンデリアを生やすことを思いついたらしい。そして、手に持ってるバールのようなものの正体は時計の針を長くしたような歪んだ形の杖だった。

 まあ知ってるだろうが、そいつがフランドールだった。長ったらしいから、フランで通そう。

 フランもその時に初めて私の姿をきちんと見たとかで、次に言ったのが、これだ。

「ヘンテコな形の羽なのね。それでどうやって飛んでるの」

「その台詞、そっくりそのまま返してやるぞ」

 こともあろうに、このキマイラの翼を馬鹿にするとは不敵なやつだ。まあ、出会い頭でこの私に喧嘩を売ってくるような妖怪が、今さらではあるけれど。

 そしてお互いの羽の気持ち悪さをめぐって罵り合い、にはならなかった。フランはラヂオのチャンネルをいじるみたいに、話題を変えてきたからだ。

「私ね。助手を探してるの」

「それがどうした」

「だから、さっきの答よ」

 さっきのって、さっきのかよ。もう少し私の頭が冷えてたら、多少はまともに突っ込み返せたろう。しかし私はいきなり戦争をくぐり抜けた衝撃でもって、ほどよい具合に煮えていた。

「今しがたの攻撃とお前が助手を探してるのと、なんの関係があるってんだよ」

「多少のタフネスがないと、使えないでしょう? だから」

 私の両腕に何かが巻きついたのは、その時だった。蛇か触手かと左右を見回したら目の前のフランと全く同じ顔が左右に見えたのはさすがにたまげた。おまけに力もすこぶる強い。

「お前、三つ子だったのか」

「正確には、四つ子かしら? 私のカインドは、もう一人いるの」

 どこに隠れてたかは知らないが、うかつだった。このまま九つに引き裂かれて地底に葬り去られることも覚悟した。

「というわけで、私と一緒に来てもらうわよ」

 観測中のアダムスキーみたいな動きで、私たちは急発進した。こうなりゃ、ますますわけがわからない。振りほどけない両腕に強烈なGを受けながら、私は夜空の散歩を強制再開させられた。行き先は選べなかったがな。

「おい、どういうことだ。助手だの一緒に来いだのと、まるでわけがわからん」

 両隣のフランは私の叫びなんざ気にも留めないし、正面を飛ぶフランには声が届いてない。そうこうしているうちに森を飛び越えて草原を飛び越えて、たどり着いたのは薄靄のかかった湖だった。真ん中に小島ほどの中州があって、そのまた真ん中に幻想郷とはおよそ場違いな洋風のお屋敷があった。しかも悪趣味なことに、館全体が返り血を浴びたみたいだった。

 私が赤い吸血鬼の館、紅魔館に近づいたのはその時が初めてだった。聖輦船の時は上で空鉢のかけらに「正体不明のタネ」を植えて回ってただけだったからな。

 フランドールは私を従えて館の門前に降りていった。そこには支那の人民服みたいのを着た門番……紅美鈴がいた。そいつは私らが空の上にいるうちにフランのお帰りに気がついていた。

「お帰りなさいませ、妹様。わりと早いお帰りでしたね?」

「適役そうなのが見つかったからね。一緒に通るけど、問題ないかしら?」

「妹様が連れて来たのであれば、ノーとは言えませんねぇ。お嬢様や咲夜さんがなんと言うかまではわかりませんが」

「あんなやつの言うことなんて、構うもんですか」

 と、まあそこまで聞かされりゃ、私も自分が置かれた立ち位置に気づかざるを得なかった。要するにだ、フランは「助手」とやらを見つけるためになぜか外で辻斬りめいた真似をして、たまたま行き当たった私に目星をつけたということらしい。

「いやちょっと待て、助手だかなんだか知らんが、私はそんなものに志願してないよ」

 美鈴は目をぱちくりさせて私を見ると、こう言った。

「奇妙な羽根してるね、お前」

「目の前の妹様のは奇妙じゃないってのか」

「さておき、彼女はこう主張してますけど、妹様はどうお考えなんです?」

 そしたらフランは、しれっとこんなことを言いやがった。

「適任かどうかは、私が決める」

「なんじゃそりゃ!」

「まあ、そういうことだ。私はただの門番だから、とやかく言う筋合いはない。まあ、妹様がお前に飽きたのなら解放してもらえるのではないかな。仮にそうなった時に、生きて紅魔館を出られるとは限らないけれど」

 なんだよ、ここは刑務所か何かか。文句を言う前にフランが「じゃ、もう行くから」と切り出して私を引きずり始めたので言い返せなくなった。美鈴はといや「ごゆるりと」てな感じでお気楽に手を振っていやがった。他人事かよ畜生め。

 紅魔館の入り口から館までは、やたらと長い距離があった。無駄に広々とした、ご貴族様の庭園だ。お高く止まった連中のステータスシンボルじみててどうにも好きになれん。さておき。

「で、助手と言ってたがなんの助手なんだよ」

「まあ仔細はあとで説明するけど、ちょっとした実験よ」

 フランは入り口の馬鹿でっかい扉を片手でやすやすと開けると、私らを引き連れて命蓮寺の仏堂が五つは建てられそうな広さのホールに踏み入った。

 そしたらなんか、誰かが寝ていた。

 エプロンやら、髪留めやらにヒラヒラをいっぱいつけた、いわゆるメイド服というやつだ。片手で床を掴み、腹ばいになって寝そべる様はどっからどう見ても行き倒れだった。背中から出てる薄羽は、そいつが妖精の一種であることの証だ。

 それだけでも十分面妖なんだが、フランがそいつをガン無視で通り過ぎようとしたところで、私はついに我慢がならなくなった。

「おいこら、放っといていいのか。あれはお前んとこの使用人じゃないのか」

 するとあの野郎、やっと気がついた、みたいな体で倒れた妖精メイドに視線をやって。

「あー? ただの行き倒れでしょう。誰かが片付けるわよ」

「お前ん家は定常的に行き倒れが出るのか」

「わりと日常茶飯事よ? 道に不慣れな新人は、よく館の中で迷子になるの」

 さらに突っ込み返そうとしたその時だ。予告もなく風が鳴るでもなく倒れメイドが消え失せ、代わりに別のメイドが私らの前に立っていた。頭一つ高い身長、老婆みたいな白髪の。

「お帰りなさいませ、妹様。少々お見苦しいところを見せてしまいましたわ」

 その怪奇現象こと十六夜咲夜は、最初からここにいましたよ風に私らへ笑いかけてきた。

「お掃除ご苦労様。ちょっと助手をスカウトしてきたから、一緒に通らせてもらうわね」

「ああ、例の」

 咲夜は私を値踏みして……もうだいたい予想はついてると思うが、こう言った。

「奇妙な羽根してるのね、あなた」

「その反応今日だけでもう三回目。あと妹様のはどうなんだ」

「見慣れてますので。では先ほどのメイドを介抱に行って参りますわ」

 で、咲夜は現れた時と同じようになんの前触れもなく、トランプのカード数枚を残して消え失せた。あいつの手品のタネを知ったのはもう少しあとの話だ。

「ここからはちゃんと着いてこないと、さっきのメイドみたいなことになるから注意して」

「ちゃんとも何も、私は最初から自由を奪われてるんだけどな」

「とりあえず入り口から私の部屋までの行き方を教えるから、覚えてちょうだい。まずエントランスから真ん中の扉に入る」

 都合よく人の話を聞かんやつだ。その扉を抜けていくと街道みたいな廊下に出た。そこにも何人かのメイドがいて窓拭きやら床掃除やらをしていたが、フランの姿に気がつくとどいつも震え上がって左右へと避けていった。フランはそいつらに構わず歩いていって、四つ目の扉に手をかけた。中は四畳半ほどの洋室だった。

「ここがお前の部屋か、ずいぶん狭いな」

「そんなわきゃないでしょ、一度入って。で、ドアを閉める」

 わけがわからん。私とフラン、全員中に入ったところで扉を閉じ、それから開けた。

 向こう側には、入ってきたのとは全く別の廊下だった。左右続きじゃなく前に一直線だし、幅も一回り二回りは狭いときた。

「なんじゃこりゃ。手品か?」

「咲夜、さっきのメイドがね、空間をいじるのが好きなの。家の間取りを広げるついでに迷路に仕立てるから、どこもかしこもこんな感じよ」

 なるほど頭スッカラカンな妖精が迷うわけだ。住人がどうやって目的の場所にたどり着くかというと、自分なりの専用ルートを見つけて覚えるということらしい。そのあとも三番目の扉を開けて二階の廊下へ、階段を下りて三階の部屋へと異次元移動を繰り返した。

 その合間にメイド妖精以外の住人が現れたのだ。バタンと何度目かの扉を開けたところで、フランの動きが機械みたいに止まった。カインドどもが足を止めないものだから、私はフランの尻に突っ込んでいく羽目になった。

「あら」

 ドアの向こうにいたのは二人。一人は長襦袢みたいなのを羽織った、髪の長いジト目の女。もう一人が白いドレスの、背中にコウモリの羽根を生やしたやつだった。

 うん、こりゃまぎれもない吸血鬼だ。

 そしてそいつに対するフランのいら立ちが高まっていくのが、背中からでもわかった。

「ご機嫌よう、お姉様」

「ずいぶん早いお帰りだねぇ、フラン。後ろの二人がお前の連れてきた運命かい?」

 運命にされちまった。ところで今少し気になることを言っていたような。

 と、考える前にその吸血鬼、レミリア・スカーレットが私のことをじっと見ているのに気がついてしまった。うん、最高にいやな予感がするぞ。

「奇妙な羽根してるね、お前」

「言いやがった。お前の妹はどうなんだい。お前のとは似ても似つかんじゃないか」

「妹だしね。むしろお前は言われ慣れてないのかい? こそこそ隠れて、悪事をなし過ぎなんじゃないのか? なあ鵺妖怪よ」

 ちと驚いた。当然その時が初対面だったから、自己紹介などまだに決まってる。

「私を知ってるのか」

「よその連中が起こす異変は娯楽のタネだからね。噂話の収集には余念がないんだよ。お前は、あれだろ? 巫女に退治されてから、人里近くの寺に駆け込んだと聞いているけれど」

 今度はフランが目を見開いて、私を見た。

「あなた、野良妖怪じゃなかったの?」

「悪かったな、夜風に当たりたかっただけだよ。なあお姉様よ、あんたからもこいつに言ってやってくれないか。私はお前の妹になんかの助手にさせられそうなんだが、全く納得がいってないので命蓮寺に返してもらいたいんだが」

 藁をも掴む溺れる者の気分だった。胡乱な館の吸血鬼なんかに貸しを作りたくはなかったが、仕方がない……でも、そういう一見まっとうな要求が妖怪相手でまともに通るはずもなく。

「安心しろ。その命蓮寺には使いを出しといてあげるよ。お前の身柄は預かったって」

「何その身代金の相談」

「それで、もう片一方は、どうする。そいつも拉致ってきたんだろう?」

 なんだそれは。私も、フランも、カインドもいっせいにレミリアの指差す方向を見た。そういや言ってたな、二人って。

 もう一人のフランに両肩を抱えられて、そいつがいた。黒いつば広の帽子に、ベージュ色のシャツ。心臓のあたりに浮かんだ閉じた瞼を持った玉には、覚えがあった。

「お前確か、地霊殿の」

「古明地こいしね。第三の眼を閉ざして、無意識を操るようになったサトリ妖怪」

 それまで黙ってた長襦袢、パチュリー・ノーリッジが声を上げた。

「知ってるの、パチェ?」

「こいつが出てきた異変には、私も関わっていたからね。かろうじて思い出せたわ」

 当のそいつ、古明地こいしは物珍しげに瞬きを繰り返していた。

「こんなに注目されるの、久しぶりだわ」

「今までついてきたことに全く気がつかなかったわ。カインドたちはよく見つけられたわね?」

 合わせて三人のカインドどもは、いっせいに首を傾げた。

「フランの命令は、現れた妖怪を捕まえることだったわ」

「どちらも妖怪だったから、一緒に連れてきたわ」

「若干ずれてる気がするけど、まあいいか。一人も二人もあんまり変わんないし。いいわよね、お姉様? この二人を通してしまっても」

 もちろん私はこの姉妹が、どうしていがみ合ってるのかを知らない。レミリアはそんな私の戸惑いなんざ知ったこっちゃない風情でフランを睨み返した。

「いいだろう、やってみな。手勢を一人二人増やしたところで変わるとは思えんからね」

「あとからズルとかなんとか言いっこなしよ。さあ、行くわよ二人とも」

 行くわよも何も、私らはカインドに掴まれっぱなしだから、行くしかないんだろうに。まあそんなわけでレミリアとパチュリーの見送りをよそに私たちは館のまた奥へずるずる行った。

「それで? そろそろなんの助手をやらされるのか、説明してもらえんものかね」

「まあまあ、あと少しでお部屋に着くから。そこで説明するわ」

 と、行き当たったのはほかの扉とおよそ様子が異なる、物々しい鉄扉だった。フランはポケットから鍵を探り出し、挿し入れた。なんだよここだけやたらと厳重だな?

 中へ入って改めて鍵を閉め、螺旋階段を下に向かった。周りも石壁に代わって風も淀んで、いささか気分が悪い。

「このまま地下牢にでも連れてくつもりか?」

「あながち間違ってはいないかもね。閉じ込めるのは、別のものだけれど」

 階段が終わり、あとは通路を一直線に歩くだけだった。私たちは地下への入り口よりさらにごつい鉄扉へと行き当たった。誰かの私室というよりは倉庫か何かを改造したって風情である。

 でもって、そこでまたフランが足を止めた。

「今度は、どうした」

「なんか、聞こえる」

 言われてみれば。扉の向こう側から、カサカサカサカサ言う音が聞こえてきていた。たまに壁をカリカリ引っ掻くみたいな音も混じっていた。

「ネズミか何かじゃ?」

「そういう不潔なのは、咲夜が念入りに掃除するから出るはずがないわ。となると考えられる可能性は一つでねえ……カインド、拘束を解きなさい。通路を封鎖」

 ようやく私とこいしは豪腕から解き放たれた。ただ後ろには三人のカインドが控えてるし、その向こうには鍵のかかった鉄扉だ。逃げられそうにない。

「さっそくだけど、助手としての初仕事よ。腕っ節に自信はあって?」

「さっきお見せした通りだが、何と戦わされる羽目になるんだ?」

「私の友達になるかもしれなかった、何かよ」

 友達、とは。私の疑問などよそに、フランは最後の扉を開けにかかった。ゴトンと音がして、冷たい風が内側から吹き出してきた。

 でもって「そいつ」が私たちの前に飛び出してきたのだ。

「キエ――――――――――ッ!」

 鳴き声か悲鳴か区別のつかない声を上げながら、そいつは私たちの頭を飛び越えようとした。毛むくじゃらの、虫とも獣とも区別がつかない、人の頭ほどの大きさの何かだ。

 ダンダンダン、タタタタ、ドォンドォン。カインドたちの反応はやたら手慣れていた。逃げ出そうとするそれに容赦なく弾幕を浴びせかけた。

「キエーッ!」

 そいつはあっけなく押し返されると、フランとカインドの間にいた私のほうへ落ちてきた。長い毛の間から、明らかに並びかたがおかしい眼球が三つほど見えた。気持ち悪い。

 なんか反射的に羽根を振り回したところたまたま鋏の右翼にぶち当たり、そのままバウンドしてフランのほうへと行った。

「キエッ!」再びの悲鳴と共にフランと交錯した。その瞬間、顔を庇ったフランの腕に、赤い筋が二三本走った。

「……大人しくしていてくれたら、もう少し扱いを考えたんだけど」

 フランを威嚇するそいつを冷ややかに見下ろす。

「うん、やっぱだめ。お前は不合格だわ」

 フランが右手を握りしめるのが、一瞬見えた。

 次の瞬間、ぽん、と間抜けな音を立ててそいつは跡形もなく吹っ飛んだ。

 こいつも手品の使い手か。けったいな生き物のいた場所には、もはや肉片とも呼べない残りかすがわずかに広がるばかりだった。

「カインドはお掃除よろしく。あなたたちは入って」

 フランは扉を大きく開いて、私らを招き入れた。自由を取り戻しはしたが、なんかの機嫌を損ねてあれをもう一回やられてはかなわん。うん、下手に抵抗しなくて正解だった。

 扉の向こう側は、おもちゃ箱みたいなありさまだった。壁の一方がすべて本棚になっていて、上から下まで得体の知れない分厚い本で埋まっていた。その手前にある大机には、太いのやら細いのやらいろんな形をしたガラスの器が並んでいて、色とりどりの液体で満たされていた。

 その端に、ドームみたいなより大きいガラスの器があった。半壊していて中身だったものが周囲に散っていた。さっきのやつはこの中から飛び出してきたのか。

「あーあ、また実験器具が損壊しちゃった。新しいの調達しないと」

「『また』なのか」

 フランはいったん部屋の奥に消えると、モップやら雑巾やらを持ってきた。

「ちょっと部屋の中の掃除をお願い。カインドが表の掃除を終わったら手伝ってもらうけれど」

「お前は何するんだ」

「お夜食の準備ー。お外飛び回ってたら疲れちゃった」

 と、私にモップを押しつけると再び部屋の奥に行ってしまった。モップを片手に持ったまましばらくぼうと立ち尽くしたところで、ようやく、ようやく頭が冷えてきたのだった。

 短い時間に、いろんなことがありすぎた。拉致られて、怪しい館に引っ張り込まれ、助手をやってもらうと言われ、そのフランはなぜか姉といがみ合っていて、自室は謎の実験室ときた。助手になって何を手伝わされるんだ? 正直、隙を見て逃げ出すのが正解なのではないか?

 と、考えてるそばからベージュ色の影が横切っていった。こいしがモップを手にして部屋を行ったり来たりしていた。

「何してんの、お前」「掃除でしょ?」

 うん、まあ、それは見ればわかるな? どことなく間の抜けたやり取りになってしまった。

「順応性高いね、お前。私たち連れ去られたんだぞ」

「別に頼まれたからやってるわけじゃないし、やりたいからやってるのよ? 体が掃除を求めてるっていうか、そんな感じ?」

「わからん欲求だ」

 そんなことを言ってるうちに、モップの先がコツンと何かに当たった。よく見りゃ床の上にも本やら器具やらがとっちらかっていた。たぶんあの怪物がやらかした跡だろう。

「こら待て、片付けが先だ。お前は先にあちらのほうを拭いておけ」

 こいしを追い払い私がそれらのまとめに取りかかった……なんかまんまと乗せられたような気がするぞ? 命蓮寺では境内の掃除人、そして今も掃除役。こんな形で因果を体感する羽目になるとは思わなかったぞ、白蓮よ。

 私が本棚の空いたところへ適当に詰め込んでいると、カインドたちが入ってきた。手伝ってくれるのかと思いきや、やつらときたら壁際に並んて、そのまま動かなくなってしまった。

「おい、部屋の中の掃除は終わっちゃいねえ。手伝ったらどうだ」

 声をかけても動かない。同じ顔、同じ姿が三つ綺麗に並んだままだ。ここは三十三間堂か。

「ごめんねー、その子たち私の命令しか聞かないの」

 そこに、フランが戻ってきた。両手に大きな籠を抱えて。

「二人とも、掃除はいったん中断。先に腹ごしらえしましょう」

「何、私らのぶんもあるのか?」

 机に空きを作ると椅子を三脚引っ張り出し、カゴの中身をそこに並べた。皿に乗ってるのは緑やら黄色やら、得体の知れないサンドイッチだ。湯気を吹くポットと、白磁のティーカップも添えられた。

「こういうのって、みんなで食べたほうが楽しいじゃない? カインドは食事要らないしね。それとも、お腹いっぱいだったかしら?」

「そういうわけではないけどな……なんぞ変なものでも入ってなかろうな? 人の血とか」

「そんな四六時中血ぃ飲んでるわけじゃないわよ、蚊じゃあるまいし」

 そう言われてもなぁ。こんなケミカルな匂いにあふれてるところで食う飯なんて、いったいどんな味がするってんだ。ここまで来たいきさつがあれなだけに全幅の信頼を置けん。

 適当な理由でもつけて断ったろうか……と思って食卓を見たら、もう一席埋まってやがった。

 例のこいしが、サンドイッチを口いっぱいに頬張っている。

「おいお前、何やってんだ」

「そうよ、食べる前にきちんといただきますしなくちゃ」

「私が言いたいのはそういうことじゃなくてだな……」

 そしたらこいしのやつ、リスの顔で私らを見上げてな。

「おいひいよ?」「せめて食いきってからしゃべれ」

 そしたらだな……実に情けないことだが私の腹がゴゴウとすさまじい音を鳴らしやがった。あの無意識女ときたらマジでうまそうに食うもんだから、なけなしの晩御飯が貯まってた私の胃袋に、新たな栄養を詰め込む空間をあつらえちまったらしい。

「……しゃあないなあ、馳走になってやるか」

「素直でよろしい」

 私がこいしの隣に座ると、フランはなぜかウキウキした様子でカップに何かを注いで回った。彼岸花をそのまま絞り出したみたいな色の茶だ。どことなく薬湯みたいな香りがした。

 改めてサンドイッチを見てみた。琥珀色したパンに得体の知れない野菜と薄切りの肉が挟んであるやつ、それから得体の知れない黄色いペーストが挟んであるやつだ。

 本当に食って大丈夫なものなのか。しかしこいしは平然としているし、フランも食べ始めていた。ええいままよ、まずは肉のほうから手をつけてみることにした。

 がぶり。肉も野菜も歯でやすやすと噛み切れた。野菜のしゃりしゃりした歯ざわりと、肉の塩味が口の中で絡まって……

「……うまい」

 うかつだった。口に出てしまった。顔を上げたらフランがすげえドヤ顔で見てやがった。

「やぁねぇ、大袈裟よぉ? あり合わせのもので手早く作っただけだったら」

「し、舌がおかしくなってたんだろうよ」

 気まずい気分で茶をすすった。赤い茶は思ったほど苦味がなくて、代わりに柑橘類みたいな香りが鼻を抜けていった。

 改めて、サンドイッチを見た。完全に油断していた。そもそも命蓮寺の飯は精進料理ばっかりだから、肉自体が久しぶりだったのだ。久しぶりの動物性たんぱく質が舌と胃袋を刺激した。

 それから黄色いほう、こいつはよくよく見ればゆで卵を細かく潰したものではないか。なんぞラードみたいなもので塗り固められており、玉子以外の旨味があふれてきた。

 くそったれめ、うまい。悔しいが本当にうまい。

「……わからん」「何が?」

 耳ざとく聞いてきたフランは、食後の茶に砂糖を落としていた。

「お前の部屋、なんなんだよ。新鮮な野菜がさくっと出て来るとか食料庫でも完備してんのか」

「してるわ?」

 即答で返ってきたので思わず前のめりにこけた。

「今日みたいにお夜食を作ることも多いから、この部屋には私専用の食料庫があるの。お姉様は健康に気を遣えって言うけどー、吸血鬼には関係ないし? 足りないぶんは咲夜が補充してくれるから、いつでも満杯よ。その気になれば一ヶ月くらい籠城することもできるかしら」

「厨房とかもあるわけだな。もう立派に家じゃないか」

「そりゃ生肉バリバリかじるわけにはいかないからねぇ。お下品だし。パチェが魔力炉をこさえてくれたから、火にも水にも不自由はないわ」

「お嬢様のテンプレみたいな回答をどうも。ついでにもう一つ、驚いたことがあるんだが」

 今思えば配慮を欠いた質問だったと思う。自分への配慮な。たぶん腹が満ちたせいで、少々緊張が緩んでいたのだろうよ。

「ぶっちゃけ、もうちょっとワイルドな夜食が出て来るかと思った。生きたカエルとかトカゲの尻尾とか豚の肝とか謎の薬草とかいろいろぶち込みました系の」

「あなた私の研究を黒魔術か何かと勘違いしてなーい? そうね、魔理沙あたりだったら手をつけてるかもしれないけれど」

 あー、私の異変にもちょっかい出してきやがったあの真っ黒かぶりした魔法使いな。ここではあまり関係ないから、仔細は省くとしよう。

「私の専門分野は、むしろ錬金術。元は家庭の厨房から始まった学問よ。よって私が調理器具の扱いに精通しているのは、むしろ当然と言えるわね」

「そういうもんなの? てか、錬金術だと? さらなる大金持ちでも目指すのか?」

「そんな即物的なもんじゃあないわ。そうね、食事もあらかた片付いたことだし、そろそろ私の研究についてきちんと説明しておきましょうか」

 と、フランは慌ただしく立ち上がって、部屋の片隅から黒板をガラガラと引っ張ってきた。意味不明な幾何学図形や数式で埋めつくされていたが、フランはそいつに容赦なく黒板消しを走らせた。うん、まだ茶は残ってるからもう少し丁寧にやれ。

「単刀直入に言うと、私たちは『お友達』を作るの」

 と、黒板の空いたスペースにでっかく「友」の文字を書いて丸で囲んだ。

「……寺子屋とか行ったらよくないです?」

「私がほしい友達はそんなんじゃないの。可愛くて、一緒に遊べて、しかも簡単には壊れない。そんな友達を私は求めてるの」

 「可愛い」「遊べる」「硬い」そんな単語が友の周りに書かれた。

「あいつらでは駄目なのかい?」後ろに並ぶカインズを指差してみた。

「あの子たちはいわば生体ゴーレムみたいなものよ。私の命令で動くことはできるけれども、自我がないから教えた以上のことができないの」

 「自我」が黒板に加わり、「遊べる」と線で結ばれた。

「あんなお前にそっくりなのに、駄目なんかい……」

 不意に隣から、しゅたっと手が挙がった。

「はい先生、質問です」「何かね、えーと名前は」「こいしです。古明地こいし」

「そうそう。では改めて古明地くん、質問を言ってみたまえ」

 ノリがいいなあおい。

「友達ができたあかつきには、私たちも一緒に遊んでいいのかしら?」

「いい質問だわ。そうね、私以外の誰かと遊べるというのも、自我が芽生えたか否かを判断する重要な指標の一つになるでしょう。もちろん許可するわ」

「連れ帰ってペットにしたりとかもできるのかしら?」

「本人が首輪を巻くのをよしとするならね」

 やたらやる気のありそうな、かつえげつない質問が続いた。この女、顔はニコニコ笑ってるくせに目ん玉がガラス玉はめ込んだみたいに生気がなくて得体が知れん。

「要するに、お前が言うところの友達を『作る』というのは物理的に『造る』ということか? さっきお前さんがぶっ壊したバケモンみたいなやつを」

「その通り。でもあれは試作も試作、可愛くないどころか理性的ですらない不完全なものよ。より幻想的でより自律的でよりパワフルな友達を作るには、今よりも大規模な設備と試行回数、より確かな理論、そして何より協力者が不可欠と私は考えたわ」

 フランは熱っぽく、そのうち黒板かチョークのどっちかが割れるんじゃないかって勢いで、宝の地図を書きなぐっていった。

 間違いなく部屋ん中で一番冷めてたのは、私だ。

「わからん。なんでまた、一から作る必要があるんだ? 単に友達がほしいだけなら、外から見つけてくるのが一番手っ取り早いと思うがね? 受け入れてもらえるかはさておいて」

 カツン、といい音が響いた。やばい、図星を突いちまったか?

 しばらくフランは黒板を見つめたあと、ぎぎぃと私に振り向いて、言った。

「……考えもしなかったわ」

「こら待て」

「物心ついた頃には、もう研究を始めていたからねぇ。なぜそうするかなんて、ろくに考えたこともないわ。そうね、強いて挙げるなら、私がそうしたいからよ」

「そうしたいからってお前」

「一から作る友達には無限の可能性があるわ。容姿、能力、性格、なんでも自由自在よ。その懐の深さに私は引かれたのよ、たぶん」

「無限の可能性を追い求めた結果、できてきたのがあれだろう? いったい何年かかるんだ」

「時間的制約を語るのは、私たちにとって愚問じゃない?」

 やっぱり、駄目だ。私は椅子を鳴らした。

「悪いが私はつき合えんね。いつできるのかもわからん友達とやらのためにえんえん地下室で研究なんて、退屈で気が滅入っちまう」

「あら、そう? その割には暇そうにしてたのに」

「私はアウトドア派なんだよ。外で面白いネタ探してたほうが、いくぶん性に合う。しかし星の見えない部屋の中となりゃ話は別だ」

「そんなこと言うけれどあなた、お外にいる時もいつも退屈そうにしてたじゃない?」

 隣から声がした。ぎぎぃと見ると、あのガラス玉私の顔に向いてやがった。

「いつも、とは」

「私が散策している時は、いつも。適当に空飛び回ったり木の枝に乗っかったりして、何するでもなくそのままお寺に帰るだけなのよね」

「ちょっと待て、それは事実かも知らんがどこで見てたんだよ」

「かなり近くで見てたわ? あなたは気がついてなかったけど。あなた、お寺に戻っても身を持て余してるわよね」

「ちょっと待て」

「お念仏唱えてる時とかお食事の時とか以外はだいたい一人になってぶらぶらしてたわ? ほかの妖怪もあなたに話しかけるの避けてるみたいだったわ」

「だから、ちょっと待てと!」

 横合いから、がっつり肩を掴まれた。

「なんだ。アウトドア派とかなんとか言っちゃって要は自分の居場所がないだけじゃないのよ。だったら私が拾ってもなんの問題もないわけね?」

「人を捨て犬みたいに言ってくれるな」

「いいから。インドアかもしんないけど、少なくとも退屈はしないわよ今後は。何しろ、私は退屈してないからねぇ」

「お前の退屈と私の退屈の基準は違うったら」

 フランの手をどうにか振りほどくとドアに向かった。

「こんなところにいつまでもいられるか。私は帰らせてもらう」

「またそんなフラグ立てちゃって、外は大迷宮よ? 案内なしで外に出ようものなら、館内で無惨な死体になって発見されることになるわ」

「なーに、こういうのには慣れている。あいにく今はこの館よりも、白蓮のおこごとのほうがずっと怖いんでね」

 カインドどもの脇を通って、ドアノブに手をかけた。

 目の前に白髪長身のメイドがいた。

「失礼いたしますわ」「お前絶対外出るの待ち構えてたろう!?」

 咲夜は涼しい顔で私に平たい紙包みを差し出してきた。

「偶然ですよ。それよりあなたにお手紙を預かっております」

「は? 私に?」

 差し出された手紙をまじまじと見た。表には確かに私の名前が書いてあった。命蓮寺の鉄拳住職、聖白蓮の筆跡で間違いない。しかし妙にしなびた半紙だ……紙をケチったか。

「てかいつの間に……まだ夜中だろうに」

「外はもう日が昇ってますわよ? 早朝におうかがいしたにもかかわらず、ご一筆したためていただけましたわ」

 マジか……いろいろありすぎて時間感覚が狂っちまったな。窓のないこの地下室も原因か。

 さておき私は巻き紙を開いて、中身を見た。

『事情は侍従のかたよりうかがいました。また宿坊を抜け出しましたね。(ちと肝が冷えた)まあそれはさておき。あなたにはたいそうなお仕事のお手伝いを任されたと聞いております。(どんな説明を受けたんだ?)あなたはいつも真面目に勤行をこなせないのですから、せめて人助けをして功徳を積むようにしなさい。(え)その間のお勤めは私たちでこなしておきますからご心配なさらずに。(えええー)吉報を期待しております。 聖白蓮』

 いや……ちょっと待って? それって要するに。

「これは保護者の許しが出たってことでいいのかしらぁ」「うわぁっ!?」

 こいしのやつ、後ろから白蓮の手紙を覗き見てやがった。そこにフランが畳みかけてきた。

「なるほどー? じゃあ今日からここにお泊まりしても、何も問題ないわけね?」

「お泊まりて。住み込みで助手やれってことかい」

「心配は要らないわ。妖怪の一人や二人増えたところで不自由しない程度には部屋はあるから」

「お食事も二人ぶん余分に準備しておきますわ」と、咲夜。

「心配してるのはそういうことじゃなくてだなぁ」

「さあて、お片付けが終わったらプレゼンの続きよー? 私たちの美しいプランを立案していこうじゃないの」

「だから人の話を聞けと言っている」

 そういう間に私は首根っこを掴まれ、再び部屋の奥へと引きずりこまれていったのだった。咲夜は深々と頭を下げると音もなくいなくなって、頼れる助けはどこにもいなくなった。

 

 かくして少なくとも私にとって最悪の研究生活は、こうして幕を開けたのだった。

 

(次章 文月の二八に続く)


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