No.906976

真祖といちゃいちゃ 1-1

oltainさん

2017-05-24 01:51:18 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:664   閲覧ユーザー数:663

 

 

「それじゃあ、行ってくる」

「はい。師匠、お気をつけて」

竹箒を握る俺の傍らを、師匠と式姫達がぞろぞろと通り過ぎて行く。

ふと、そこで一人の式姫が足を止めた。

 

「マドカ様」

「はい?」

最後尾を歩いていた白峯さんが、踵を返してこちらにやって来る。

「…………お気をつけて」

言うべきかどうか、しばし迷ったような感じでそれだけ告げると、そのまま俺の反応を待たずに、師匠の後を追いかけていった。

「はぁ……?」

 

門が独りでに閉じられるのを遠目に見て、俺は掃除を再開した。

庭を掃きながら、先程の言葉の意味を考える。

 

この屋敷には、師匠の張った結界が周囲に巡らせてある。

俺がここに住まうようになってひと月ほどだが、妖怪やあやかしの類が入り込んだ事は、俺の知る限り一度もない。

わざわざ踵を返してまでの忠告。一体何に気を付けろというのか。

 

俺がここにいるのは、師匠から陰陽の業を学ぶ為ではない。

それどころか、陰陽のおの字も知らない。さらに付け加えるなら、俺は自身についても何も知らないのだ。

記憶喪失。それに依るものか分からないが、屋敷の外の事に関しても俺はあまり関心が無かった。

事実、ここに来て以来、屋敷の外に出た事はない。

気が付いたら、ここに居た。今の所、俺の素性はたったそれだけの一文で済んでしまう。

それ以上は、説明のしようがない。マドカという名も、自分で考えたものだ。

 

師匠曰く、たまたま遠征に出かけた際に拾った、らしい。

当初は快復したらここを出て行くつもりだったが、師匠が引き留めてくれた事に甘んじて、ここで平凡な暮らしを送っている。

どういう理由で師匠が俺を助けてくれたのかは知らない。しかし、自分から尋ねる事はしなかった。

付き合いが浅いのもあるが、師匠の考えている事は、俺には分かりづらい。案外、気まぐれで拾っただけかもしれない。

ちなみに師事しているわけでもないのに、俺が師匠と呼んでいるのは、本人曰くそう呼ばれるのが好きだから。

冗談のような理由だが、名前で呼ばれるよりは気持ちがいいとか言っていた。

それについてただ一つ言えるのは、俺は師匠に対して尊敬や畏怖の念というものはあまり持っていないという事である。

 

ひとしきり掃き終わった所で、俺は空を見上げた。

雲一つない快晴。少し汗ばむ程の陽気は、実に気分がいい。

こんな青天の下にも、あやかしは現れるのだろうか。俺には想像出来なかった。

 

午前中に家事を終え、適度に昼飯を摂ってから、縁側に腰を下ろした。

式姫達は、皆出払っていて誰もいない。屋敷にいるのは自分だけだ。

「さて、どうしようかねぇ」

留守の間は好きにしていい、と師匠は言っていた。思いつく限りの事は一通り片付けた。

いっそ、昼寝でもしようか。

幸いなことに、この縁側には程よく陽が差し込んでいる。横になって目を瞑れば、たちまち意識が溶けてしまうだろう。

 

さて昼寝に移ろうかというちょうどその時、庭先にぽとりと何かが落ちてきた。

一瞬だったが、饅頭……ではない。白くて大きな饅頭のようなモノ。

俺は心の中で舌打ちし、起き上がって、ゆっくりとそちらへ歩いて行った。

「んー?」

身をかがめてよくよく見れば、全身が僅かに上下している。生き物だ。

白い体に黒い羽、全体的な大きさは握りこぶし程度。どうやら虫ではなさそうだ。

何だろう……鳥?しかし、鳥と呼ぶのも何か妙だ。となると、あやかし……か?

 

お気をつけて。

それなら、白峯さんが俺に注意を促していたのも頷ける。

 

だが、ここにはあやかしは入り込めないはずである。

コイツは余程の力を持っているのか、もしくはそれ以外の得体のしれないモノのどちらか。

弱っているのか、眠っているのか、饅頭妖怪は殆ど動かない。

今なら、足で踏みつぶしてやる事も容易い。金鋏で掴んで、外へ放り出してやる事も。

 

しかし、俺はこの得体の知れぬモノに対して少なからず興味が湧いていた。

一言で言うと、寝顔が可愛い。用心深く、人差し指でゆっくり突いてやると中々に気持ちいい感触が返ってきた。

 

しばらく考えた後、俺は饅頭妖怪への裁定を下した。

「とりあえず、ここじゃ乾燥饅頭になっちまうな……」

何度かぷにぷにとつついてみても、殆ど反応しない。起き上がる気配すらない。

俺はそっと両手で掬い上げ、自分の部屋にいそいそと戻った。

 

敷いた布団の片隅に寝かせてやる。珍客への処遇としてはなかなか悪くない。

師匠も多分、こんな感じで俺を拾ったのかもしれない。

今のところ起きそうな気配はないが、仮に起きたところで、こんな雑魚に遅れを取る程、俺とてヤワではない。

……可愛いから、手荒な真似はしたくないのが本音だけれども。

とりあえず、師匠が戻ってから事情を話し、危険なものであれば師匠の判断に従おう。

「それまでは、ふかふか布団はキミに譲ろう。光栄に思うがいい」

 

最後にそっと撫でてやり、俺は部屋を後にした。

 

 
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