No.906982

真祖といちゃいちゃ 1-3

oltainさん

2017-05-24 02:31:30 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:539   閲覧ユーザー数:537

それから、小半時が過ぎた。

 

俺の手には型紙と筆が握られている。そして傍には、朱墨汁の容れ物。

部屋の中には、俺と式姫だけ。師匠は道具を用意して一通り説明を終えると、さっさと出て行った。

与えてやる名前の方は既に決まっている。しかし、行動に移す決心がつかない。

 

『まずは、服を脱がせろ。全部だ。起きないようなら剥いでしまえばいい』

そんな説明を受けて、俺は衝撃を受けた。いきなり何て事を言い出すんだあの人は。

 

『次に、腹か背中にこの筆で名前を書く。嫌がるようなら、これを使えばいい』

部屋の隅に置かれた縄をチラリと見る。俺の直感は、これは要らぬと判断した。

絶対に使わない。使わないからな。

 

『最後に、額に型紙を押し当てて念じるんだ。俺の嫁になれ、とな』

最後の方は、多分俺の空耳だろう。嫁と式姫を聞き間違えたに違いない、うん。

 

とにもかくにも、まず一番目から難易度が高すぎる。

無理矢理起こして服を脱いでくれ、と頼むか。あるいは、起きない事を祈りつつ脱がしていくか。

それなりに成熟した体を持ち、ハァハァと苦しそうに喘ぐ式姫に対して、この行為は平常心で行えるものではない。

まず、俺の理性が一番に危うい。彼女の吐息に連なるように、こちらの鼓動も乱れてきている。

 

さて、いつまで睨んでいても仕方ない。俺とて男だ。やる時は、やらねばならない。

迷った末に、結局俺は後者を選んだ。

あまりぐずぐずしていては、師匠や他の式姫が様子を見に戻ってこないとも限らない。

 

どうか、目を覚ましませんように。

彼女に覆いかぶさるようにして、俺は両手を伸ばした……。

 

ぱちりと式姫の目が開いた。

 

「ひいっ!!」

俺は奇声をあげて、咄嗟に転がり退いた。

 

まずい。この状況は非常にまずい。

 

彼女はゆっくりと上半身だけ起き上がると、こちらをじっと見つめている。

俺は最悪の未来を想定し、彼女の次の行動をじっと伺っている。

 

お互いに睨み合いが続く。その間に、爆発寸前の心臓は少しだけ落ち着いてきていた。

よくよく彼女の表情を見ると、少し不機嫌そうだが怒っているわけではないように感じる。

 

「貴方はー?」

妙に伸びた発声は、舶来特有のものだろうか。

のんびりした声色には緊迫感というものが一切感じられない。寝ぼけているのか、相当な天然なのか。

「ええと、マドカって言います」

気が付けば敬語で返している。想定外の事態が続くせいで、俺の頭は混乱していた。

 

「ふーん。マドカ」

「は、はい」

「私が、欲しいのー?」

「うえっ!?あぁ、いや……その……えーっと…………ハイ」

最後の方は小声になってしまった。引っ込んだはずの羞恥心が、再びざわざわと騒ぎ立てる。

今すぐ部屋を出て行きたい衝動に駆られた。

ごめんやっぱりなんでもないんでアハハじゃあ失礼しますと部屋を立ち去る事ができたら、どれだけ楽か。

 

情けない小声だったが彼女に返事は届いたようで、目を閉じてうーんと唸っている。

こちらは、相変わらず部屋の隅から動けない。蛇に睨まれた蛙のような気分だ。

背中を幾筋もの汗が垂れていくのが感じる。

 

「いいよ。どうしたらいいー?」

少しだけ、微笑みながら式姫が答えた。

それを受けて、混乱していた俺の思考回路が一瞬だけ止まった。

契約、契約と何度も頭の中で反芻する。えーっと、次に何をするんだったっけ。

「ちょっとだけ、待ってくれるかな」

「うん」

 

「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」

深呼吸を繰り返した。混乱の極みに達した頭では、まともな対応が出来ない。

ようやく落ち着いてきたところで、俺は散らばった道具を集めて、おずおずと式姫の傍に寄った。

 

「苦しいの?」

少し首をかしげて、尋ねられた。その一言に、俺ははっと気付いた。

「……ごめん、忘れてたよ。苦しいのは、そっちだったな」

 

これから行う事を包み隠さず話した。羞恥心はまだ煮沸していたが、混乱を越えたせいか腹は据わっている。

変態と呼ばれようが構うものか。彼女が頷いたのを確認し、俺は少し離れて背を向けた。

「終わったら、教えてくれ」

「んー」

 

しゅるしゅると背後に衣擦れの音が響く。

俺は部屋の角の柱を、ひたすら睨み続けた。両手は真っ白になる程、硬く握りしめられている。

 

「いいよー」

ゆっくりと振り向くと、白く綺麗な背中が目に入った。

小さな背にはやや不釣り合いな程の大きな翼が、ゆっくりとはためいている。

ごくり、と俺は唾を飲み込み、我を忘れて暫く見つめていた。

 

「……どうしたのー?」

おっと、見惚れている場合ではない。朱墨に筆を軽く浸して、彼女の背後にしゃがみ込む。

「それじゃ、始めるよ」

背中にかかる銀髪を、そっと肩に回してやる。ゆっくりと、白い背に筆を走らせた。

 

「ふふっ、くすぐったいのー」

時折ぴくぴくと翼が反応したが、早く終わらせる為に自分の手元にのみ集中する。ここまで集中した事がない程に、全身の気力を込める。

この際、多少いびつになっても構わない。

呪の力に依るものなのか、一文字書き終える毎に文字が消えていった。

 

頭の片隅に刻んでおいた四文字を書き終えると、俺は姿勢を崩して大きく息をついた。

「終わったよ」

道具を邪魔にならない場所へ移し、服を着るように促した。勿論、背中は向けたまま。

とりあえず難所は越えた、後は仕上げだ。

 

「もういいよー」

 

ここまでくればあと少し。お互いに至近距離から向かい合って、正座する。

別に正座しろとは言われなかったが、互いにとって重要な儀式の一つなのだ。最後くらい、気を引き締めて臨みたい。

 

が――背中だけとはいえ、裸を見てしまった俺の方はかなり気まずい。

目を合わせられず、彼女の太ももに視線を落としてしまう。落ち着いたはずの心臓は、再び爆発寸前まで沸騰していた。

 

しばらく視線は泳いだままだったが、反応がないのでふと顔を上げると、彼女は目を閉じていた。

眠っては……いないようだ。おそらく。

これぞ好機とばかりに型紙をつまみあげ、ゆっくりと二指を添えて彼女の額に押し当てる。

おそらく、俺を気遣ってくれたのだろう。その機会、逃す術はない。

 

師匠なら、こういう時に締めの祝詞でも唱えるのだろうか。生憎、今の俺には気の利いた言葉の一つも浮かんでこない。

 

「ねー、さっきは何て書いたのー?」

「……スズシロ」

それが、お前の名前だよ。心の中で、そう付け加えた。

 

やがて型紙に吸いこまれるように、式姫の姿がふっと消えた。

はらはらと型紙が布団の上に舞い落ちる。

「ふーっ……これにて終了、かな」

時間にしてみれば数分の出来事なのかもしれないが、俺にとっては何時間にも感じられる程、長かった。

慣れない儀式に全身が緊張していたせいか、今だに空腹感は感じない。

 

「なんだ、やっと終わったのか」

頃合いを見計らったかのようなタイミングで、師匠が襖を開けた。

「あー、師匠ー。疲れました……」

「なんだ、疲れるような事でもしてたのか?」

「…………」

意地の悪い笑みを浮かべている。からかい癖さえなければ、この人は理想の師匠なのに。

俺は何も答えずに型紙を拾い上げ、よろよろと立ち上がった。

 

「まさか、こっそり覗いてたんじゃないですよね?」

この人なら、それ位の事はやりかねない。

「いくら俺でも、そんな事はしないさ」

「そうですよね」

「あぁ。堂々と覗いていた」

「……それでこそ、師匠です」

 

「しかし、本当に服を脱がすとはなぁ」

「え?」

「あのな、少しは考えなかったのか。あれが本当に正しいと信じて疑わなかったのか?」

「まさか……」

「お前はこれこれこういう名だよ、と言って、式姫がはいありがとうと受け取ればそれで終わりだ。

いちいち肌に名を書く必要なんてなかったんだ」

 

俺は、再び崩れ落ちた。何故、この人はこうなのか。

あぁ、この世に仏様がおられるのなら、どうか師匠を地獄へとお送り下さい。

 

台所へ戻る道すがら、二人で雑談を交わす。

「書物で調べてみたが、あれは吸血姫の一種で『真祖』というらしい。シンジツのシンに、センゾのソと書く」

「真祖、か。なんか強そうな名前ですね」

「名前だけではないかもしれんぞ」

「そうですかね?」

式姫だの真祖だのと言われても、俺の頭には少し華奢な女性というイメージしかない。

というより、裸の背中を見てしまったせいでその強烈なイメージがすっかり焼き付いてしまっている。

 

「お前、もしかして彼女について何も聞かなかったのか?」

「え?あぁ、そう言われれば……いちいち聞いているような余裕ありませんでしたよ」

「そうだったな。さながら初めての情事に挑むかのような――」

「師匠、頼みますからもうやめて下さい」

「後で俺の式姫にも聞かせてやらんとな」

「いや、やめて下さいって」

 

ぐきゅるるる、と大きな音が響いた。

「そんなに腹が減ってたのか?」

「いや、今のは俺じゃなくて――ええっ!?」

いつの間にか、傍らに真祖が立っている。全く気配も感じなかった。こいつ、吸血姫じゃなくて実は幽霊なんじゃないか。

「おーなーかーすーいーたー」

「はっはっは、空腹に耐えきれずに出てきたか。安心せい、ちゃんとお前の分も用意してある」

「ありがとー」

「さっきは、その……色々とすまなかった。ごめん」

「じゃあー、マドカのご飯もちょうだい」

「それは無理だな」

「うー」

怒ったような真祖の顔も、中々可愛い。

 

「あぁそうだ、飯の前に一つ言っておこう」

「何です?」

居間に入る前に、唐突に師匠が切りだした。

 

「そいつの食い扶持は、お前が稼げ」

「……はい?」

「俺の屋敷に住まわせてやるんだから、それ位は当然だろうが。いちいちお前の式姫の分まで食わせてやる程、俺はお人よしではないぞ。

今夜の食事は特別サービスにしてやろう」

「師匠」

「なんだ?」

「こういう時だけ、師匠面するの止めてくれませんかね」

 

返事の代わりに、手痛い拳骨を頂いた。

どうやら今のは冗談ではないらしい。

 

「うぅ……」

「お前まで変な声出すんじゃない」

「うー」

「二人ともうるせぇ!」

 


 
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