No.898297

なまえのない話

01_yumiyaさん

再稿物

2017-03-22 23:00:50 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:702   閲覧ユーザー数:702

わたしは王国の戦士である。

名前はまだない。

 

今自分がどこにいるのか全く見当がつかないが、薄暗くじめじめした所にいるのはわかった。

いや、自分のいる「場所」はわかっているんだが。

 

「…位置がわからない」

 

暗闇の中、わたしはひとり仰向けに倒れながらぽつりと呟く。

小さく漏れたその声は、壁に反射し思ったよりも辺りに響いた。わたしは慌てて口を押さえる。

「あれ」に気付かれたらやっかいだ。

 

 

わたしはここで初めてドラゴンというものを見た。

人に聞いた話では、ドラゴンというのは時々わたしたちを捕まえては煮て食うという、…流石にあの体躯で人を煮て食うというのは無理があるか。

 

 

ぼんやりと先ほど出会ったドラゴンの姿を思い浮かべながら、わたしは傷だらけの身をよじる。

少し動かしただけで痛くて動きたくないと全身が訴えてくるものの、ずっと寝転がっているわけにもいかない。

なんせ、ここはとても寒いのだから。

 

気怠い身体に鞭打って、わたしは這うように移動する。せめて床が凍っていない場所がいい。

痛みと寒さで思わず小さく声を漏らせば、目の前でふわりと息が白く染まった。

暗闇に慣れた目で辺りを見渡しても、映る景色は氷一色。白というのか青というのか、わたしの周囲は全て寒色で囲まれていた。

 

「…」

 

身体で感じる寒さとともに目でも寒さを確認してしまい、わたしは身体を震えさせる。

少しでも暖をとろうと身体にマントを巻き付かせ、気を抜くとガチガチ鳴る歯を無理矢理押さえつけて、視線を天井近くの穴に向けた。

わたしは恐らくあそこから落ちたのだろう。

途方もない高さにある穴を見て、登れそうもないなと深くため息をつけば再度目の前は白く染まった。

 

 

ひとり突っ走ったその結果がこれだ、笑えない。

壁に寄りかかり小さく縮こまりながら、わたしは己の腕を擦る。暖まれと願いながら。

火の気質が高いわたしにとって寒さは天敵。それは風の気質が高いものが暑さに弱いような、あらがいようのないものだった。

 

苦手ゆえに動けない。しかし、このままじっとしていたら恐らくわたしは帰らぬ人となってしまう。

名前を持たないわたしが人知れずいなくなろうとも、どうということはないのかもしれない。

けれど、わたしは生きたいと思った。

生きたいと願った。

人知れず存在が消えることに恐怖を覚えた。

 

だってわたしはまだなにもしていないのだから。

 

 

 

金色の鎧を賜った。金色のランスを賜った。

ぴかぴか光る装備に身を包んだときは、ただただ嬉しくて夢中で己を鍛えた。

…しばらく鍛え続けて気付いた。

 

わたしは特別な技を覚えることが出来ないのだと。

 

状態異常を付加させる技や属性が乗った技、高威力の技、それら全てとわたしは相性が悪かった。

世の中にはたくさんのキラキラとぴかぴかと輝く派手な技があるにも関わらず、それを扱うことが出来なかった。

 

気付いたときにはショックを受けたが、それでもなんとか周りに追いつこうと毎日毎日鍛錬し、能力値は他の人たちに比べて全体的に高くはなった。

しかしそれだけ。

 

いつしかわたしは兜で目を隠すようになった。

他の人たちが眩しくて見ることが出来なくなっていた。

 

他の人たちには派手な技があり、そしてなにより名前を持っていた。

わたしが持っていないものを彼らは全て持っていた。

 

 

ふぅと息を吐く。結局嫉妬か劣等感なんだろうな。

実際のところ、わたしはあまり褒められた人間ではない。

わたしは自然と俯いた。寒さからなのか、それ以外の要素からなのか、自分でもわからなかった。

 

 

白い息を吐きながら、わたしは左右に目を向ける。どちらも道は続いているものの、先は闇に包まれていた。

 

(どっちにいこう…)

 

どちらに進めば外に出れ、どちらに進めば奥深くに潜ってしまうのか皆目見当もつかない。

土地勘のない場所で闇雲に動くわけにもいかないと少し悩んで思い出す。

 

(そういえば)

 

確か、コンパスがあったはずだ。

ガサゴソとわたしは所持品を漁る。コンパスはすぐに見付けられた、が、高所から落ちた衝撃でそれは歪んでしまっていた。

 

なんの変哲もない平地を何気なく掘ったら出てきた、金色の丸い形をしたコンパス。

主張しすぎない装飾が気に入っていたのだが、それは見るも無惨な形へと変貌していた。

思わずため息をつくと、コンパスは針をぐるぐると回しはじめる。本格的に狂ってしまったようだ。

 

仕方ないと、それを仕舞い込もうとすると針はピタリと止まった。

指し示したのは右の道。

不思議に思ってコンパス自体を回したり、身体の向きを変えてみたりと試すが、針は変わらず右の道を示す。

使えないこともないのだろうか。

 

確かにこの洞窟は北側に出入口があったが、狂いコンパスの示した方向に従ってもよいのだろうか。

少し悩んだものの、今すがるものはそれしかない。

ふぅと白い息を漏らしてわたしは立ち上がり、コンパスの示す方向へと歩みを進めた。

 

 

紫色のマントに身をくるみ、滑らないように注意しながら歩く。

進んでも進んでも氷や冷え切った岩ばかりが視界に映り、正しい道なのか間違っている道なのかの判断は未だ出来ない。

 

戻ろうかそれともまだ先に進もうかと迷いつつポテポテ歩いていると、ふいに足元の感触が変わった。

ツルツル滑る凍った道ではなく、土の柔らかな感触。驚いて周りを見渡せば、遠くがぼんやりと光っている。

出口だろうかとわたしは光が見える方を目指す。自然と足は早まった。

 

 

「…なんだ」

 

近づいてみれば、そこはただの湖。どうも湖の周辺に発光するコケが群生しているらしく、それらが光っていただけのようだ。

がっかりとわたしは湖の淵にへたりこむ。期待した分ダメージは大きい。

精神的にも肉体的にも疲れたわたしは、この場で休憩をとることにした。

 

湖とはいえその水を飲む気にはならないし、ここらも氷窟の一部だからか肌寒い。わたしは近場の手ごろな石に腰掛け、ぼんやりと幻想的に光る湖を眺めた。

コケの柔らかい光に照らされた湖は、この世のモノとは思えないほど美しい。

こういった事態でなければ絶景だと評するのだが。

 

「…ん?」

 

キラリと水場近くの地面が光った。コケの発するぼんやりとした光とは違う、人工的な光。

わたしは好奇心に負け、その光にそろそろと近付いた。

 

(何か埋まっている)

 

地面は普通の土、素手でも容易く掘れそうだ。

少しずつ少しずつ地面を抉っていくと、それが姿を現した。四角いガラスのようだ。

これ自身が発光していたわけではなく、周りの明かりに反射していただけらしい。

ガラスを覗きこむと、通して見えた景色は歪んでみえた。驚いて慌てて目を離す。

 

度の合わない眼鏡を掛けた時のような脳がシェイクされた感覚。なんか目が回る。

ただのガラスかと思ったが、レンズのような造りになっているらしい。

何に使うのかわからない歪んだレンズを手に持って、わたしは途方にくれた。

 

 

掘り出してしまったレンズを捨てていくわけにもいかず、とりあえず袋に詰める。

余計な荷物が増えてしまったと苦笑いしつつ、そろそろ出発しようとわたしはコンパスを取り出した。

…このコンパス、信じていいんだろうか。

若干悩みつつ、コンパスを覗きこむと針は湖の先を指し示している。くるくる回しても同じ方向を示すので、そちらに向かってみることにした。

 

 

「で、次は荒れ果てた遺跡か」

 

トコトコ歩き、見えてきた景色に軽くため息をつく。

もしやわたしはどんどん洞窟の奥に向かって行っているのではなかろうか。

やはりこのコンパスに従ったのは間違いだっただろうかと、目を落とす。するとコンパスの針が物凄い勢いでぐるぐると回り始めた。

さっきまで一定の方向をしっかり示していたコンパスの突然の発狂に、わたしは思わず短い悲鳴をあげる。

その拍子にコンパスはわたしの手から離れ、カシャンと軽い音を立てて地面に吸い込まれていった。

 

軽く地面を転がったコンパスを慌てて追いかけ押さえつける。

生き物ではないのだからここまでする必要はないものの、思わず体が動いてしまった。

ふうと安堵の息を吐きつつコンパスを拾い上げ確認するが、今度は針すら歪んでいた。

 

(もうこれ完全に壊れたな)

 

なんとか針は動いているものの、歪みきった針では信頼性に欠ける。

出口に向かうための細い手掛かりすら失ったわたしは、顔を伏せ深く深くため息をついた。

わたしの視線の先には地面、と、紙の切れ端。

 

…紙?と思わず目を見開いて二度見する。ほぼ地面と同化しているが、紛れもなく切れ端がその場にあった。

しゃがみこんでそれを摘んでみるが、持ち上げることが出来ない。切れ端というよりは1枚の紙の一部が露出しているだけのようだ。

何故こんな所に紙がと疑問に思い、わたしは埋まっている紙を掘り出してみることにした。

 

破れないように丁寧に、慎重に掘り進める。徐々に姿を見せる紙は、地面に埋まっていたからか、それとも古いものなのか、ところどころに穴が開きボロボロだった。

なんとか全てを掘り出したわたしは、それに付いている土を極々優しく払う。

しばらく土を払っていると、紙に描かれている絵が浮かび上がってきた。

 

「……地図?」

 

紙の質感や見た目からして、やや古いものなのだろう。しかし描かれた絵には見覚えがある。

山の並び、森のある場所、海岸線のある位置。そして何より、

 

「これは、神殿、だよな」

 

地図が一番破れている箇所、そこからちらりと見える建物に、その場所に建っているものにわたしは見覚えがあった。

この地図は、水が豊かな北の国の地図だ。

 

 

そうだよく見ればこの地図は、北の国の神殿にいる女の子が持っていたものと酷似している。

汚れかと思った赤いしるしは、あの子の地図では同じ場所に文字とばってんが描かれていた。

 

『これは宝の地図なんです。これと、青いコンパスを照らしあわせると大事なものが見つかるんです』

 

あの子はそう言って、柔らかく、そして少し寂しそうに微笑んでいた。

探しに行かないのかと問えば『わたしはまだ小さいから』と俯いて『わたしがもう少し大きくなったらお兄さまと一緒に探しに行きたいな』と赤い鎧を着たお兄様に視線を飛ばしていた。

お兄様はそっぽを向いて目を逸らし、返事をしなかった。

 

閑話休題。

 

似てはいるが、この地図はあの地図ではないだろう。あれはあの子が大切に持っているはずだ。

それに、朽ち果てているというだけでは説明出来ないほど、この地図は歪んでいる。

グリッド線すら歪んでいるため、描かれた図はかなり不格好だ。位置は正しいが形は歪みきっている。

グニャグニャした北の国の地図。ボロボロで朽ちた地図。朽ちて、歪んで…。

 

「…歪んでるといえば、さっき拾ったレンズ…」

 

歪んだものに歪んだものを掛け合わせればまともに見れるようになるのではないかと、わたしは先ほどの歪んだレンズを取り出した。

朽ち地図を地面に置いて、歪みレンズを上に乗せる。

乗せた瞬間ふたつは輝き、歪みの地図となって新しい地図を表示した。

 

なんだこれ。

 

ピカピカ表示される新しい地図に開いた口が塞がらない。

いろいろ思うところがあって、しばらくぽかんと呆けたが気を取り直して新しく表示された地図を確認する。

形は北の国の姿そのもの。山の形も海岸線もわたしの知っている形と同じ。グリッド線も真っ直ぐだ。

違う所といえば、赤いしるしが地図のド真ん中にあることだろうか。

 

「北の国の真ん中といえば、森や大きな湖がある場所だが…」

 

そう口に出してからわたしは小首を傾げる。あそこに何かあるのならば、もうすでに誰か気付いているはずだ。

特に森なら、あそこを居住区としている狩人がいるはず。流石に気付いていないということはないと思う。

ぼんやりとそこに住む狩人の顔を思い浮かべていると、脳内の狩人が『興味ないから調べてません』と笑顔で言い放った。

…妄想とはいえ言いそうだから困る。

 

風の気質の高い輩は、興味ないものには全く興味を示さない奴多いからなあと少しばかり頭を抱えた。

あいつとか、とわたしはここまで一緒に来たメンバーのひとりを思い出す。

『誰の指図も受けない』とニコニコしながら言い放ち、あちこちをひょいひょい移動する白い影。白い戦士と共にわたしは割と毎日振り回されている。

 

(彼らはちゃんと脱出できたかな)

 

白い戦士や青い忍者、白い盗賊に黒い戦士。彼らの顔を思い浮かべながら、わたしは小さくため息をついた。

 

 

しかしながら、この正確な地図の名称が「歪みの地図」だということに疑問を覚える。じっくり確認してみても、歪んでいる箇所はどこにも見当たらない。

描かれた図が歪んでいないのに歪みの地図。なぜだろう。

 

「この地図でわたしが歪んでいると確認出来ない箇所といえば…」

 

消去法で考えれば、赤いばってんが記された場所しかない。のだが。

この仮説が正しいのならば、目的地であるしるし自体が間違っているということになってしまう。

これでは目的地に絶対辿り着くことができない、不完全な地図だ。わざわざそんなもの作るだろうか。

歪んでいるものには歪んでいるものを。さっきはそうやって成功した。

組合せたのは同じように地面に埋まっていた歪んだもの同士。しかし他に歪んだものなんて…。

 

「…あるじゃないか」

 

レンズや地図と同じように元々は地面に埋まっていたものが。

気付いたわたしは慌ててそれを取り出した。わたしの手の中には落として歪んで狂わせた、金色のコンパスが握られている。

 

針が動くかすらわからない。けれどわたしは歪みの地図に狂いコンパスを近付ける。

たぶんおそらくきっとぜったい

反応するだろうと確信に近い何かを持って。

 

そっと地図に近付けると、動きを止めていたコンパスがふるふると針を揺らす。一度くるんと回転し、コンパスはある方向を指し示した。

荒れ果てた遺跡の中に向かって、まっすぐ。

 

遺跡は真っ黒な口を開いて佇んでいる。侵入者を拒みはしない、ただぽっかりと入口を開けて建っている。

ごくりと唾を飲み込んで、わたしは歪みの地図と狂いコンパスを持って遺跡の中へと踏み込んだ。

 

遺跡の壁に手をついて探り探り前に進む。

時々蹴躓きながら、時々頭をぶつけながら奥へ歩みを進めると、広い場所に出た。

ぐるりと周りを見渡し、目に付いた祭壇のような場所に近付くとぽうっと祭壇が輝きだす。

 

「これかな」

 

歪みの地図と狂いコンパスをトンと祭壇の上に置くと、祭壇の光が一層強まり地図とコンパスを包み込んだ。

強い光に目がくらみ、わたしは思わず小さい悲鳴を上げ目を瞑る。

光が収まったころ、恐る恐る目を開けると祭壇の上には地図もコンパスもなくなっていた。

代わりにちょこんと置かれていたのはハート型の宝石。わたしはそれをそっと手に取りしげしげと眺める。

 

「女王様の杖に付いてるのと似てる」

 

何故こんな場所に似たものがあるのか不思議に思う。手間暇かかるし面倒だし。

何か関係があるのだろうかと首を傾げるが、詳しいことはわからない。

持って帰って聞いてみよう、とわたしは入手した宝石を袋に詰めた。

 

(…まあ、無事に帰ることが出来たらの話だが)

 

散々頭をぶつけ散々転んだ来た道を振り返り、わたしはため息をついた。

例えそこを抜けたとしても、道順がわからない氷窟に戻ることとなる。

憂鬱になりながらも、わたしは来た道をポテポテと戻りはじめた。

 

 

ようやく遺跡を抜け、わたしはほっと一息つく。帰り道に何回コブを作っただろうか。

自分の頭をさすりながら、少し休もうかと辺りを見渡す。休めそうな場所はないだろうか。

 

キョロキョロと周囲を見渡していると、かすかに人の声が聞こえた。不思議に思って意識を耳に集中させる。

か細いが確かに聞こえる耳になじんだ聞き覚えのある声。

わたしはそちらに向けて走り出した。

 

 

声のした方に駆けたわたしは、「それ」を視界に捉える。同時に「彼ら」の姿も確認し、軽く舌打ちを漏らした。

なんで彼らがここにいる!

今にも彼らに襲いかかりそうな大きな「それ」、…自分たちの何倍もの大きさを誇るドラゴンに向けてわたしは飛び上がり、思い切りランスを突き出した。

 

攻撃の勢いそのままに、わたしは彼らと合流する。一撃をいれたことで多少怯んだドラゴンは、わたしたちに会話する余裕を与えてくれた。

 

「大丈、」

 

「なんでまだこんなところにいるんだ!」

 

先に脱出しているだろうと思っていたわたしは、白い戦士の台詞を遮り怒鳴りつける。

大きな声をぶつけられて、白い戦士はビクッと反応し困った顔を向けてきた。

なにか言おうと口を開いた彼に、わたしは無言でドラゴンがいる場所とは反対側を指差し視線を送る。

彼の返事を聞かずすぐに彼らから背を向けて、わたしはドラゴンを正面に捉える。

タンっと地面を蹴って、わたしはドラゴンに飛びかかった。大きな体躯のドラゴンにとって、わたしの一撃は致命的な一打にならない。

それでもわたしに意識を向けることは出来るだろう。

 

(このまま、また奥に誘導して…)

 

ドラゴンの攻撃を避けつつ、わたしは必死に立ち回る。

しかし先ほどまでの疲労が残るわたしはドラゴンの攻撃を避けきれず、手痛い一発をくらい、思い切り壁に叩きつけられた。

息が詰まって一瞬意識が飛ぶ。身体がずるりと傾いた。

無意識に胸を押さえ酸素を補給しようと小さく喘ぐと、わたしのまわりがふっと暗くなる。

顔を上げればドラゴンと目があった。眼前に広がるドラゴンに恐怖を覚え、身体が固まる。

 

 

「…っ…」

 

死を覚悟して目を瞑る。最期の抵抗として腕で頭をかばうが無駄だろう。

ぶおんと風を切る音が耳を襲い、思わず息をのみこんだ。

 

しかし予想とは裏腹に、次に訪れたのはわたしの死ではなく、ガキンという剣がぶつかる音とドラゴンの悲鳴に似た鳴き声だった。

 

事態を把握しようとわたしが目を開く前に身体がひょいと持ち上げられる。

驚いて確認すれば、わたしを持ち上げているのは黒い紫のマントをつけた戦士。彼はわたしを抱えたままてこてこ走り出した。

ドラゴンの方に目を向ければ、その周りで白い影がふたつと青い影がひとつヒラヒラと舞っている。現状を理解出来ず疑問の声を漏らしたわたしに対して、下から小さく「バーカ」と声が聞こえた。

 

ドラゴンから離れ視認出来ないであろう距離までくると、わたしを抱えていた戦士は意外と優しくわたしを下ろす。

事態を把握できず疑問符を浮かべるわたしに対し、黒い戦士は拳骨を降らした。

突然の暴力に驚いて、叩かれた頭を抑えながら彼を見つめると、彼は呆れたように息を吐いて言葉をぶつけてくる。

 

「2回も囮になろうとするなんて何考えてんだ!」

 

「いや、」

 

そうしたほうが君らの生存率が上がるだろう?と返せばまたさらにため息をつかれた。

お前がドラゴン引きつけて奥に行っちまったもんだから揉めに揉めた、と黒い戦士は語る。

 

「慌てて追いかけたジークとゼロが、ちょうどお前が吹っ飛ばされて落ちてったのを見てな」

 

飛び出そうとしたジークを必死に押さえ、ドラゴンに見つからないように場所を移動。

どうしようかと話し合えば、助けにいく、救援を呼びにいく、ドラゴンを倒して安全を確保すると意見が見事バラバラに分かれ全くまとまらなかったそうだ。

全員でギャイギャイ騒ぎまくったら再度ドラゴンに発見され、今に至る。

騒ぐ暇があるなら何かしら行動したほうが良かっただろうに。そう思ったわたしはつい口に出す。

 

「…君ら阿呆だろ」

 

「まとめ役って必要だよな」

 

わたしをじっと見つめ黒い戦士はうんうん頷いた。何だ?とわたしが問いかけようと口を開く前に、白い影にガッと身体を掴まれ担ぎ上げられた。

 

「やっぱ無理だ逃げんぞラクシャーサ!」

 

「俺お前みたく早く走れねーよ」

 

わたしを担いだまま風のように走り出した白い盗賊を追いかけて、やれやれといった風情で黒い戦士も駆け出す。

タンタとゼロが時間稼ぎしてるから大丈夫だと白い盗賊は怒鳴り返した。速度を緩める気はないらしい。

荷物のように運ばれるのも微妙だと思ったわたしは下にむけて声をかける。

 

「自分で走れるから降ろしてくれ」

 

「うるせぇバカ!ケガしてんのに自力で走るとかなんなのバカなのバカなんだな!?知ってた!『わたしがドラゴンの気を引いておくから逃げろ』とかなんなのバカなの?バーカ!」

 

一息でわたしを散々馬鹿呼ばわりした白い盗賊は、お前からの指図はこれから一生絶対受けねーから!と若干崩壊した言葉を叫んで、わたしを担ぐ腕に力を込めた。

飛ばすぞ、と白い盗賊の言葉が聞こえた瞬間、ガクンと衝撃が伝わる。

 

「ひ、あ」

 

「喋ると舌噛むぜー」

 

俺様は風のジーク、風の速さをナメんなよ、と彼は笑ってわたしを抱えたまま洞窟内を駆け抜けた。

死ぬかと思った。

 

 

途中で白い戦士と青い忍者もわたしたちに追い付き、そのまま5人で洞窟内をひたすら走る。

白い戦士は少し遅れ気味な黒い戦士の手をひいて、青い忍者は先導し皆を導く。白い盗賊は「お前重いヨロイ脱げ」と無茶を言った。嫌だ。

 

先導している忍者が「もうすぐだ」とわたしたちに声をかけた。

抱えられているため前方がよく見えない。無理矢理身体を捻って確認すると進行方向の先に光が見える、あれが出口だろう。

無理矢理動いたら動くなバカと叫ばれた。

 

 

転がるようにしてわたしは外に出る。わたしは勢い余って放り出された。酷いと思う。

ドラゴンは外までは追いかけて来ないらしい、わたしたちの間にほっとした空気が流れる。

 

「バーカ」

 

ほっとした空気が流れたと思ったがそんなことはなかったようだ。白い盗賊がわたしを睨みながら本日何回目かの言葉をぶつけてくる。

反論しようと身体を向けて口を開、こうとしたら、彼はぽすんとわたしにひっついてきた。予想外の行動に、わたしの手と言葉は行き場を失う。

戸惑っていると、彼はわたしにひっついたまま何度も何度もバカと言い、わたしのマントを強く握った。

わたしに顔をうずめたまま、ぽつりと呟く。

 

「死んだかと思った、間に合わないかと思った、もう会えなくなるかと思った」

 

そう言って、もう友達がいなくなるのは嫌だと小さく漏らす。普段は自由気ままに動くのに、こういう点にはすこぶる弱い。

そのうち亡き友の仇討ちにでも走りそうだなと若干ため息をつき、わたしは大丈夫だと彼の頭を撫でた。

しばらく撫でたら彼はピタリと動きを止めた。顔が赤かったような気がしたが定かではない。

なぜなら、「子ども扱いすんな!」と叫びながら勢いよく跳ね上がった彼の頭とわたしの顎が完全にぶつかり、その衝撃と疲労と怪我の蓄積によってわたしはそのまま意識を手放したからだ。

 

薄れゆく意識の中でまたバカと言われた気がする。…今日何回言われたんだろうな

 

 

目を開けたら見覚えのある天井が映った。まだ頭が覚醒しないが、現状を把握しようとぼんやり考え、…たいんだが狭い重い苦しい。

なんで全員わたしのまわりで雑魚寝しているんだ。

呆れながら身をよじると、わたしに乗っかって眠っていた白い盗賊がもぞりと起きる。

まだうすらぼんやりしているようだが、こちらに目線を向けたので「おはよう、どけ」と声をかけたら驚いたように目を見開いた。

白い盗賊はぺしぺしと周りにいる全員の頭を叩き、わたしが目を覚ましたことを知らせる。

白い盗賊が騒いだせいで、全員が若干不機嫌そうに目を覚ます。

一番不機嫌そうな黒い戦士に、起こすなら他に方法があるだろうと胸ぐらを掴まれ、小競り合いが始まった。

それをぼんやり眺めていると、白い戦士がわたしの肩を軽く叩く。

 

「おはよう。大丈夫か?」

 

「…大丈夫」

 

そう答えると、白い戦士は苦笑しながら「大丈夫じゃないときはそう言えばいい」と頬を掻いた。

手当てはしたがもう少し休め、と白い戦士は笑う。自分の身体をよく見るとそこらじゅうに包帯が巻かれていた。

…でも鎧に絆創膏張るのはおかしいと思う。

 

手当てされベッドに寝かされていたせいか、身体を動かすのがかなり億劫だ。確かにしばらく休みたい。

しかし氷窟内で見つけたあの宝石について、早めに女王様に報告すべきだろう。

そう考えたわたしはベッドから降りようと身体を動かした。ら、全員によってたかって押し戻された。

ぽかんとするわたしに全員が声を揃えて「寝てろ」と言う。

 

「女王様に、報告したいことが、あるんだが」

 

「…」

 

わたしがそう訴えると、青い忍者がぽんとベッドの上から降りて部屋から出て行った。

どこへ行ったのだろうとしばらく扉を眺めていたら、突然ゆっくりと開きはじめる。

開いた扉の前には青い忍者と女王様の姿。

思いもよらぬツーショットに、完全に思考が止まった。

 

「な、」

 

「何か報告したいことがあると聞いて。…何かしら?」

 

女王様の声で我に返る。わざわざこんなところに来ていただかなくとも!

あわあわと焦るわたしを見てか、女王様はくすりと微笑みわたしの頭を軽く撫でた。ひう!?

 

「今回は小さい体でよく頑張ったわね」

 

「いや、あの、…あああえっとこれ!」

 

どう反応していいのか混乱し狼狽したわたしは、押し付けるようにあの氷窟で見つけたハート型の宝石を渡す。

微笑ましそうな表情で宝石を受け取った女王様は、それを眺め、驚いたような顔となった。

 

「これ、…どうやって?」

 

そう問われたので、それを入手するまでの事を語る。女王様だけでなく、周り全員がわたしの話に聞き耳をたてていた。

「お前そんなことしてたのか」と白い盗賊が呆れたように呟いた。どっかで倒れてんじゃねーかと心配したのに、と少し頬を膨らます。

わたしの話を聞いていた女王様は目を瞑り軽く頭に手をやった。

 

「なるほど、簡単に見付からないはずだわ。…なんの苦行かしら…」

 

「?」

 

「いえ、こちらの話。これ、貰っても良いかしら?」

 

女王様の言葉にわたしは頷く。元々女王様の持つ杖の部分に似てるなと思って持ってきたものだ。

わたしが頷くと女王様はありがとうと微笑んで「仲間たちを守った、これを見つけ出した。頑張った貴方にはごほうびをあげなくちゃね」とまたわたしの頭を撫でる。

 

「いえそんな」

 

大したことはしていないから畏れ多い、と紡ぐわたしの口に人差し指を当てて言葉を止める。

女王様は人差し指を立てたまま微笑み、「本当はもっとちゃんとやったほうがいいのだけれど、しばらく動けそうにないものね」と周りに優しい目を向けた。

彼女はもう一度微笑み、しゃんと姿勢を正して女王の顔で厳かな声を響かせる。

 

「今回の功績を称えて、貴方に伝説の騎士と同じ名を与えます。今後はこう名乗りなさい『アーサー』と」

 

 

そう言われ、わたしはぽかんと口を開ける。目をぱちくりさせ、女王様を見上げた。

わたしの視線に気付いたのか、女王様はぴしっとした表情から柔らかい表情へと変える。

本当はいろいろ儀式とかあるんだけどね、と少し照れたように笑い、でも今この瞬間からそう名乗りなさい、と再度わたしの名前を呼んでわたしを見つめる。

キョトンと見つめ返すと、くすりと笑って「呼ばれたらお返事なさい?」とわたしの頭をぽんと撫でた。

 

「わかったかしら、アーサー?」

 

「え、あ、…はい」

 

慣れないことに戸惑いつつも返事をすると「よくできました」とぐりぐり頭を撫でられる。

くすくす微笑んでようやくわたしの頭から手を離した女王様は、周りにいた全員と視線を合わせるように屈み込み「皆も覚えたかしら?」と問いかけた。

ジークが元気よく返事をすると満足そうに笑って女王様は立ち上がる。

 

「じゃあ、…アーサーは皆に任せようかしら」

 

ゆっくり休ませてあげてね、という言葉を残し女王様は部屋から出て行った。

タンタが少し遠慮がちにわたしの名前を呼ぶ。

今さっき賜った、伝説の騎士と同じ、わたしの名前。

呼ばれると胸の奥がじんわりと暖かくなる。なんだろうこれ。

自分の中で整理が付かず、タンタの言葉に反応出来ない。反応しないわたしに苦笑しながらタンタはまたわたしを呼んだ。

 

「アーサー」

 

「っ、う。…ん…」

 

若干目を泳がせ、口元を覆いながら返事をすると楽しそうに笑われた。

ゼロもジークもラクシャーサも、同じように笑う。

 

「そうか、アーサーか。…うん、慣れるまで死ぬほど呼んでやるよアーサー!」

 

ジークがニコニコしながら宣言する。慣れないせいか名を呼ばれるたびに狼狽するわたしが面白いらしい。

その後全員から散々名前を呼ばれ、どうしたらいいのかわからなくなったわたしは、顔を真っ赤にしたまま毛布を被りベッドの上で引きこもった。

毛布ごしにわたしの名前が聞こえる。呼ばれるたびに口元は緩んだ。

 

 

いままでわたしには名前がなかった。だからわたしは皆の名前を呼ばなかった。

今日わたしは名前を貰った。そうしたらわたしは自然と皆の名前を呼べた。

 

ようやく皆と並べた気がする。

 

わたしのベッドの上で思い思いに眠る皆を眺め、起こさないように小さな声でわたしは呟いた。

 

「ありがとう。名前たくさん呼んでくれて嬉しかった」

 

そう微笑んでわたしはコロンと寝転んだ。

寝転んだまま、わたしはわたしの名前を呟く。噛み締めるように、馴染ませるように、ただ嬉しくて。

自然と緩む表情を隠すように枕に顔をうずめた。

明日は名前呼ばれても今日ほど動揺しないぞと決意して。

 

 

わたしは王国の戦士である。

名前はアーサー。伝説の騎士と同じ、誇り高い名前。

仲間たちのおかげで賜った、自慢の名前。

 

 

 

END


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択