No.894984

【新4章】

01_yumiyaさん

新4章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け

2017-02-26 00:26:31 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:1391   閲覧ユーザー数:1383

【灼熱の煉獄】

 

只の一つも糧に出来ず

飢え 朽ちてゆけ

真理の在り処を妄信し

渴望の果てに 倒れ朽ちてゆけ

 

 

 

行方不明だった騎士が帰ってきたと喜びに溢れる城から、こっそりと抜け出した少年がひとりいた。

少年は小さな足を走らせて、スルスルと街の方へと駆けて行く。

幾分か落ち着いたこの大陸では外出許可など取る必要もないのだが、断りも入れずに外に出たのは初めてだと少しばかり規律を破ったような気持ちになりながら、それでも少年の足は止まらない。

人の波を縫うように移動しながら、少年はある店を目指していた。

人混みに紛れるように街を進むこの少年の名を、クロムと言う。

 

■■■

 

つい先ほどまで、クロムは城の中にいた。行方不明だった騎士が戻ってきたという報告を受けたからだ。

その騎士は戻ってきて早々に医務室に放り込まれたという。ならば見舞おうとクロムは廊下を歩いていた。

途中で、件の騎士を迎えに行った白い騎士と黒い騎士、クフリンとゲボルグのふたりとすれ違う。

今回の件について報告にでも行くのだろうかとクロムは軽く目で追い、少しばかり立ち止まった。

確か調査に行ったのは3人だったはず。もうひとりはまだクランの所にいるのかなとクロムは困ったように頭を掻く。

クランの所にいるであろうタンタとか言う名のその人は、クロムがこの城に来る前に居た戦士だったらしい。

タンタはクロムが来た頃には旅に出てしまっており、マトモに顔を合わせたことはないのだが彼はクランと幼馴染らしいと聞いた。

ならばきっと久々の再会。積もる話もあるだろう。

 

「…俺行ったらジャマかなあ…」

 

ぽつりとそう呟いて、クロムは廊下の先にある医務室へと目を向ける。

クロムは行方不明だった騎士、クランに防御に関しての教えを受けていた。

だから彼が無事に帰ってきたと聞いて心底ほっとし見舞いたいと思ったのだが、久方ぶりの幼馴染との再会を邪魔したくはない。

どうしようかと悩んでいたら、いつの間にかクロムは医務室前に辿り着いてしまっていた。

扉の前をウロウロと歩き回り中を探ると、やはり中では幼馴染同士で会話中なのかポツポツと声が漏れてくる。

談笑の邪魔をする気にならず、見舞いは日を改めようとクロムは諦め踵を返したその時、中から気になる単語が聞こえてきた。

 

『今にして思えばあの人はアレスだったかな?』

 

クランのその声に立ち去りかけたクロムの足がぴたりと止まる。

アレス、はクロムの親友の名だ。

クロムは思わずこっそりと扉に張り付いて聞き耳を立てた。

アレスは以前は頻繁に訪ねてきてくれていたのだがここ最近顔を見せなくなっている。それが不満ではあったのだが、盗み聞く限りどうやらアレスはレンゴクという場所にいるらしい。

俺を放っといて何も言わずひとりでヘンナトコに行ってるなんて、とクロムは頬を膨らませた。

不機嫌を露わにするクロムの耳に、また気になる単語が聞こえてくる。

ぽつりぽつりと途切れがちに奏でられてはいたのだが、その単語だけはハッキリと一字の間違いもなくクロムの耳へと届けられた。

その単語を聞くや否や、クロムは脇目を振らず真っ直ぐに外へと走り出して行く。

また、アレは己から、大事なものを奪っていくつもりかと。

 

マオウという単語を聞いた瞬間、目の前が真っ赤になったかのように何も見えず何も考えられず、クロムはただ脚を外へと動かした。

 

■■■

 

マオウとは少し前、この王国を襲い多くの被害を生み出した化け物のことだ。

クロムもそれの被害を受けて、大事なものを失ったばかりか多少死にかけた。

まあおかげでアレスと出会い、城に連れてこられ、戦士の端っこに座らせてもらえたのだがそれはそれ。

マオウという単語は今でもクロムの耳に居座り、聞けば怒りと恐怖を思い出させる。

 

それが、どうやらアレスを連れてったらしい

それが、アレスを襲ったらしい

それが、クランを痛めつけた犯人らしい

 

ぽつぽつ盗み聞いた会話から得られた事柄はこの程度。

しかしそれだけでクロムには十分だった。

 

また、アレは己から大事なものを奪ったらしい

また、アレは己の大事な人を襲ったらしい

ああ、アレはやはり己から、

全てを奪う嫌なモノだ

 

そう結論付けたクロムは城を抜け出し、眉を釣り上げた怒りと不快感丸出しの表情で城下町にある1軒の店へと飛び込んだ。

鼻息荒くバンと大きく扉を開ければ、この店の主人と先客がひとり、驚いたような顔でクロムを出迎える。

目をパチクリさせながらも反射的にクロムに視線を落とした店の主人は「…いらっしゃい?」と定型文を口に出した。

 

「レンゴクってとこに行くために必要な道具一式!あと地図!」

 

なんせクロムは煉獄の場所など知らない。大声で道具と地図とを要求すれば店の主人はさらに目をパチクリさせる。

なかなか動かない店の主人に苛つきながらクロムがさらに大声を上げようと口を開くが、それは店にいた客に止められた。

「商店でデケー声出すなよ」と呆れたような口調で、その客はもふんとクロムの頭を叩く。獣人だからか叩かれてもあまり痛くはない。

軽く叩かれ口は閉じたがあからさまに不満げなクロムに、その獣人は苦笑しながら屈み込み問い掛けた。

 

「チビはなんだ?格好的に城のお使いかなんかか?」

 

「あー、ちょっと前騎士の人が来たな。追加注文かな?」

 

客のフォローによりようやく我に返ったのか、店の主人が動き始めた。

品物を見繕いながら店の主人は「いくつ必要なのかな?品物は城に届ければいい?」とクロムに問う。

城なんかに届けられては困ると、クロムは慌てて声を張り上げた。

 

「ひとつ!俺が使うから俺の分だけでいい!」

 

その言葉に、店の主人も客も固まりマジマジとクロムを見つめ返す。

何かを察知したのだろう、店の主人と客は一瞬視線を交わし合い、すぐさま行動に出た。

客はクロム捕まえ小脇に抱え、主人は店の奥へとふたりを誘う。

 

「な、なにすんだよ!?離せ!」

 

バタバタと暴れるクロムを抱えたまま、3人は店の奥へと消えて行った。

 

■■

 

「いやまあねえ、事情はいろいろあるのかもしれないけどさ、家出は駄目だと思うよ家出は」

 

店の奥の個室で茶を出しながら店の主人か何か言い始める。

先ほどまでバタバタしていたクロムは、拘束が一切外れないため力尽き己を抱えている犯人と店主を睨み付けるだけに止まった。

しかしながら店主の言葉から考えるに、どうやら現状クロムは "城生活が嫌になって家出しようとしている子" と勘違いされているらしい。

 

「違えーよ!アレスがレンゴクってとこにいるらしいから迎えに行くだけだ!」

 

睨み付けながらそう言葉を発すれば、ふたりの目が大きく見開いた。

クロムを抱えている獣人からは「は?お前それマジか?」と聞き返される。

クロムが頷くと、獣人はクロムを捕まえていた手を離し困ったように己の額に手を当てた。

 

「あいつ最近見ねーと思ったら…」

 

「煉獄かー、妙な所に行ってるなー。…なんか商品になりそうなもの取ってきてくれないかな?」

 

両者とも反応こそ違うものの、口ぶりから察するにふたりはアレスを知っているようだ。

クロムが首を傾げると、ふたりは己の名前を名乗ってくれた。獣人のほうがヴァルカン、商人はアリバというらしい。

 

「アレスはお得意様兼たまに店の手伝いしてくれてたよ。品物持って来てくれたりね」

 

「オレのほうは友達だ。仕事一緒に行ったり飯食いに行ったり」

 

ふたりの名前を聞いてクロムは不思議そうに首を傾げた。

彼らの名はどこかで誰かから聞いたような覚えがある。

しばらく考えハタと気付き、クロムはふたりを指差し声を張り上げた。

 

「思い出した!アレスがよく言ってた!暑苦しいモフモフとがめつい商人だ!」

 

「よし帰ってきたらアレスぶっ飛ばそう」

 

「ボクの分もよろしく」

 

クロムがアレスから聞いた言葉をそのまま口に出したら、何故かふたりからは怒りのオーラが発せられている。

アレスは一応先ほどの単語を使って彼らを語ってはいたが、その後「暑苦しいけど頼りになるヤツでさー。スッゲー強いんだぜ!熱気はオレ以上かもな」とか「がめついけど商人としては多分最高峰だろうなー。欲しいもんあったらあいつんとこ行けよ、大抵揃ってるから」とか結構褒めていたのだが。

クロムがキョトンとしていると、ヴァルカンたちは怒りを隠しもせずそれでいて笑顔のまま指をポキポキと鳴らしていた。

そんなふたりを見てクロムは「アレスいじめたら俺怒るぞ!」と、ぶんすか擬音のつきそうな風貌で手を振り上げる。

クロムの子供そのものな怒り方に多少毒気を抜かれたのか、ヴァルカンは苦笑しながら「ああわかったわかった、お前にバレないようにやるよ」と頭をぽふんと叩いた。

むうと頬を膨らませるクロムを笑い飛ばしながら、ヴァルカンは今の話は本当か、と問い掛ける。

クロムが力強く頷くと、ヴァルカンは考え込むように顎に手を当てアリバに軽く目線を送った。

そのままヴァルカンはクロムに顔を向け菓子皿と飲み物を寄せてくる。

 

「…あ。そうだチビ、菓子あるぞ食え」

 

「チビじゃない俺はクロム!」

 

ヴァルカンにチビと呼ばれイラつきながらもクロムは名乗り、差し出された菓子の山に手を伸ばした。

これいくつ食べていいのかな、全部いいのかな、少し持ってってもいいかな。

レンゴクにアレス迎えに行ったら一緒に食べたいな。

そんなことを考えながら、クロムは城ではあまり頻繁食べられない甘い菓子を次々と口に運ぶ。

クロムが菓子に夢中になっている最中、ヴァルカンとアリバはこっそりと話し合っていた。

 

「…話は事実、だろうけど、煉獄って割と僻地というか、ボクとしては子供が行くのは危なすぎると思うんだけど」

 

「そこは同意する。ただこのチビは放っとくと勝手に行くぞ」

 

流石に大人としては、危険な場所に行こうとしている子供を見過ごすわけにもいかない。

しかもこの子供は王国の、城の戦士。また口ぶりからして、誰にも何も言わず勝手に飛び出してきており家出に限りなく近い。

この子は早めに城に送り返すべきだろう。そうすべきなのだろうが、とヴァルカンはため息混じりに小さく漏らす。

 

「っつてもゼッテー納得しねーぞこのガキ」

 

「そこはほら、強制送還武力行使……あれ?」

 

アリバが「しのごの言わず無理矢理送り返そう面倒なことに巻き込まれたくない」という本音をオブラートに包み隠しつつ言葉を並べている合間に、部屋の人口が減っていた。

先ほどまで菓子を貪っていたクロムはその場から姿が消えており、残されたのは菓子の包み紙やら空のコップやら。あとちょこんと財布らしき袋が置いてある。

一瞬の出来事に呆けたアリバたちの耳にバタンと扉の閉まる音が届けられた。

 

「っあのガキ逃げやがった!」

 

慌ててヴァルカンが後を追い掛け外に出たが、もう既にクロムの姿はない。この人混みのなか、あの小さな少年を見付け出すのは難しいだろう。

苛つきながらヴァルカンが店の壁を叩くと「やめて!」とアリバの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ひーふーみー…、あーやられた。商品持ってかれたなー」

 

出しっ放しにしていた品物の数を数えながらアリバが頭を掻く。片付け忘れた自分も悪いけれど、と微妙な表情を浮かべていた。

持ってかれた、とは言うが一応クロムは財布を置いていっているので「買った」つもりなのだろう。アリバ的にはお気に召さないようだが。

うちは無人販売所じゃないんだぞと呟きクロムの財布を弄びながら、アリバは「王国に、そちらの戦士がうちの商品持ち逃げしたんですけど、と苦情入れてやろうか…」と静かに笑った。

静かに怒るアリバに冷や汗を流しつつ、ヴァルカンは逃げ腰になりながら言う。

 

「…あーうん、そうしろ。チビのほうはオレが行くから」

 

「任せる。餅は餅屋って言うし、ボクみたいな一介のか弱い商人が城の戦士らしきお子様を汗だくになってまで追い掛けるなんて無理だし」

 

テキパキと片付けつつアリバはヴァルカンのほうを見ずに答えた。

そんなアリバにヴァルカンが「お前のどこがか弱いんだ…?」と小さく呟けば、アリバはニコヤカな怖い笑顔を向けてくる。

ヴァルカンがその笑顔から目を逸らしている間に、片付けを終わらせたアリバはぽいと道具一式を投げて寄越し、ヴァルカンを外に追いやってから看板を「close」に変えた。

 

「んじゃボクは請求に行ってくるから、そっちはよろしくね!」

 

「お、おう…」

 

「家出戦士のことは報告しとくから気兼ねなくあのお子様殴るなりアレス探すなりするといいよ、煉獄の特産品持ってきてねー」

 

まだ怒っているらしい。言葉の端々から棘が見え隠れしている。

凍りついたヴァルカンにヒラヒラと手を振りながら、アリバは城の方へと去って行った。

その背中を見送り、しばらく経って硬直が解けたヴァルカンは頭を掻きながらため息をつきつつアリバとは反対の方向へと足を向ける。

貰った道具一式を軽く空へと放り投げぽすんとキャッチしたのちに、煉獄の特産品ってなんだよ、と困ったように小さく小さく呟いた。

 

 

■■■

 

街から離れてクロムはようやくひと息つく。ここまで来たらあいつらでも追ってこれないだろう。

あの店で偶然にもアレスの知り合いに会えたが、そいつらは自分を城に強制送還する計画を立てていた。

無礼を承知でこっそりと聞き耳を立てていたのだが、間違っていなかったらしい。あのまま素直に菓子を食べていたら取っ捕まるところだった。

大人はキタナいと頬を膨らませ、クロムは身を隠すように森の中へと入っていく。歩きにくいが仕方ない、見付かって連れ戻されるよりはマシだと森の中に歩を進めた。

クロムは獣道を足早に通っていく。この森はあまり人が寄り付かないせいか整えられておらず歩き難い。

時折根に足が引っかかり転びそうになりながらも速度を緩めることはなく、クロムはただ前に進んで行った。

目指すはレンゴク。どこにあるかは知らないけれど。

 

しばらく歩き森の奥へと差し掛かったころ、木の影から人影がふらりと現れ突然のことで避けきれずそのまま派手にぶつかった。

「わ!?」と声が重なり、クロムは弾かれるように尻餅をつく。抗議しようとクロムは同じように尻餅をついている相手を睨み口を開いた。

しかし文句を言うために開いたクロムの口は、そのぶつかってきた相手によって遮られる。

 

「ご、ごめんね!見てなかった!」

 

相手はあわあわと心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を紡ぎ、オロオロしながら「怪我してない?」とクロムを気遣ってきた。

先に謝られ気遣われてしまうと畳み掛けて苦情を言う気が失せるなとクロムは睨み付けていた目線を引っ込め、「俺は大丈夫。そっちは、怪我…とか…」と相手の顔を見て言葉を返す。

ようやくきちんと相手の顔を見たクロムは驚いたように目を瞬かせ、言葉を失った。

薄い髪色で水色の綺麗な瞳。白を基調とした衣服を身に付けたその少年の耳は、

耳が、長い。

クロムが彼の耳から目を離せずにいると、突然言葉を止めて固まったクロムを怪訝に思ったのか少年は「?」とクロムの目線を追った。

背後に何かいるのかと思ったのか首を回し、何もいないと首を傾げしばらく考え込んだあと、少年は気付いたように己の耳を抑え慌てたような声を上げる。

 

「…あっ!?そうか君は外の人か!」

 

「ソト?」

 

少年の不可解な単語にクロムは首を傾げた。今自分たちがいるこの場所は、森のど真ん中だと思うのだが。

不思議そうな表情を浮かべるクロムに、少年は困ったような顔でクロムを見つめ返す。

少しの間沈黙が続き、微妙な空気がふたりを包んだ。

その沈黙を破るように少年は深く息を吐き、クロムを探るようにおずおずと問いかける。

 

「…襲ってこない?」

 

「へ?」

 

眉を下げつつそう問われ、クロムはきょとんと少年を見つめ返した。

そりゃまあ世の中には「強そうだから」程度の理由で襲いかかる暴漢や「弱そうだから」という理由で暴力を振るう輩もいるにはいるが、一応戦士として騎士として育っているクロムには当てはまらない。

首を傾げながら「そんなコトするわけないだろ」とクロムが返せば、ようやく少年はほっとしたような表情を浮かべた。

 

「そっか。えっと、ボクはアルフ。この緑の森に住んでるんだ」

 

そういってアルフと名乗った少年は自分の背面にある木々を指差し「あっちの奥の方」と微笑む。

確かに此処は緑の森と呼ばれているが、ヒトなんか住んでいただろうか。いや確か住んでいるのはヒトではなくて、確か。

クロムが必死に思い出そうとしている間に、アルフはニコニコと語り出す。

 

「ごめんね、ボクらはあんまり外に出ないから外の人には慣れてなくて。特に最近は外では良くないことがおこるって言われてるし…」

 

「…、あ!そうか思い出した。ココに住み着いてる精霊だか妖精だかに近い種族だ!」

 

ようやく思い当たったらしくクロムはポンと手を打ち鳴らした。

アルフの言う"外"とは居住区の外という意味なのだろう。

この世界には、ほんのりと尖っていてほんのりと耳が長い人間がそこそこ存在する。

血筋の特徴は耳に反映される。つまりはそういった人間は多少別の種族の、聖も魔もどちらもありえるが、そんな血が混じっていた。

そのせいか尖耳の人間には人の身でありながら物を引き寄せる召喚や、他者の力を受け入れる霊媒など少し特殊な能力を得意とする者がいる。

また、人と寸分違わぬ見目だが天使であったり、逆に魔を惹き寄せる体質だったりと少しばかりヒトとはズレる気質があった。

とはいえ日常生活を営むにはあまり問題ない。彼らはヒトと変わらぬ生活を送っている。

しかしながら、ヒトよりも遥かに長い耳を持つアルフのような耳長の種族は、ヒトとはまた少し違った生活をしていた。

彼らは基本的に生活範囲内から外には出ず、閉じこもって生きている。

と、いうのも彼らはヒトよりも精霊に近い気質を持っているため、人間の営みに馴染めないらしいのだ。価値観が違うらしい。

まあごく稀に、好奇心が強すぎて外の世界に惹かれ森から飛び出してくる個体も出てくるようだが。

 

知識としてしか知らない種族を目の前にして、クロムは失礼を承知でアルフを眺める。

耳長は初めて見た。ホントに長い。

けれど噂で聞いたような堅苦しさや気難しさは感じられない。

思ったよりもフツーな子だな、とクロムが少し夢が壊れたようなそれでいて安堵したような息を吐くとアルフは不思議そうに首を傾けた。

傾げたままアルフはクロムに問う。

 

「でも外の人がこんな所まで来るのは珍しいね。外で何かあったのかい?」

 

実際この森は多少凶暴な獣が出るのと、彼ら耳長の種族のテリトリーであることが合わさって人はほとんど寄り付かない。

そんな場所にクロムのような子供がひとり歩き回っているのだ。不審に思うだろう。

幸いだったのはアルフが比較的好奇心の強い性格で、クロムに対し興味を抱き友好的な対応をしてくれたことだ。これが他の耳長族だったら、怯えて逃げ出すかテリトリーに入った敵と判断し無下もなく追い払っただろう。

クロムとしても耳長の種族を見たのは初めてだが、それはアルフも同じらしい。外の人初めて見たと言わんばかりのアルフの視線に少しむず痒くなりながら、クロムは己の事情を話した。

大事な友人がレンゴクという場所に行って帰って来ないから探しに行くのだと。

だからこの森を通っているのだと。

クロムの話を聞いたアルフは一瞬目を見開いて、微笑み「この森は少し複雑だし、案内しようか?」と提案をしてきた。

案内してくれるというならば渡りに船。クロムは表情を明るくし「マジで!?」とアルフの手を握る。

クロムの勢いに驚きながらもにこりと笑って硬く握手をしたあとアルフは森の先を指差し「こっち」と歩き出した。

嬉しそうに付いていくクロムだったが少し歩いてようやく気付く。

アルフが何故ここまで優しくしてくれるのかがわからない。

初めは結構警戒されていたのに突然案内をかって出るなんて。

もしやこのまま集落のど真ん中に連れていかれるのではないかとクロムが眉を下げると、アルフは笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「大事な人を探しに行くんだろ?ボクも兄さんが行方不明で、でもどうしたらいいのかわからなくて」

 

「?」

 

「ボクは待つことにしたんだけど、キミは探しに行くって言ったから。なんか手伝いたいなって」

 

気になって詳しく聞けば、どうやらアルフの兄が家から出て行ったまま帰ってこないらしい。

そのため少しばかり境遇が似ているクロムを手助けしたいと思ったようだ。

案内してあげるついでに外で兄さん探してくれない?と冗談交じりの声色でアルフは笑った。

 

「ついでに友達にならない?ボク、外の友達欲しかったんだ」

 

軽い口調と表情ではあるのだが、よくよく見るとアルフの耳の先が赤い。緊張しているのだろうか、それとも照れているのだろうか。

どちらかはわからないが、どうやら耳長の特徴として感情がストレートに耳に出るらしい。

耳の長いヤツらはみんなこんな感じなのだろうかと苦笑しながらクロムは嬉しそうに頷いて、アルフに向けて手を差し出した。同い年くらいの友達が出来るのは、クロムとしても嬉しく思う。

恐らく内心ドキドキしながら返答を待っていたアルフが、これまた嬉しそうな笑顔でクロムの手を握り返したのは言うまでもない。

 

■■■

 

「ここが森の出口だよ。……また、会えるかな?」

 

「おう!レンゴクから帰ってきたらまた来るからな!」

 

ふたりで話をしながら歩いていたら、あっという間に森の外に来ていた。

まだ話し足りないと名残惜しそうな表情をするクロムに、アルフは「あげるよ」と小さなお守りを手渡す。

記念にとアルフも同じお守りを見せ、「お揃い」と照れ臭そうに微笑んだ。

クロムは貰ったお守りを嬉しそうに懐に仕舞い、再会の約束とともに手を振り合う。

何回も振り返りながら離れていくクロムを見送りながら、アルフは厳しい目で森の外の、広い世界に目を向けた。

 

クロムの姿が見えなくなったころ、外の世界に背を向けてアルフは森へと帰っていく。

道すがらアルフは懐から仮面を取り出し、ぼんやり眺めてため息を吐いた。

アルフたちの一族の間にはふたつの仮面が伝えられている。その仮面は一族の間では禁じられた仮面として畏怖されていた。

しかし少しばかり問題が生じたため、アルフは仮面のひとつを託されている。

禁じられた仮面は、ふたつ。

今アルフが持つ支配者の仮面と呼ばれるものと、精霊王の仮面と呼ばれるものなのだが、その精霊王の仮面が無くなってしまったのだ。

畏怖されているとはいえ、仮面は大切な宝物。大人たちは慌てて仮面を探し始めた。

しかし森の中をいくら探しても見当たらない。

仮面に足が生えて勝手に歩き回るとは到底考えられない。ならばきっと恐らく、誰かが持ち出したのだろうと大人たちは考えた。

そして何故か探索隊にアルフが選ばれ、この仮面を託されたのだ。

初めは名誉なことだと喜び張り切って、託された仮面とともに探し始めたのだが、落ち着いてよくよく考えてみれば、何かがおかしいことに気付いた。

何故、自分なのだろうか、と。

自分よりも強い大人はたくさんいたし、頼れる大人もいただろう。

何故だろう、と考え考え歩いていたらクロムと衝突してしまったのだが。

外の人だったから少し怖かったけれど、コロコロ表情を変える様は面白く、元気で明るくて初見で感じた恐怖感は一瞬で消え去ってしまった。

もはやクロムを外の人だからと警戒したときの気持ちが思い出せない。

お日様のような笑顔を浮かべていたクロムを思い出し、アルフはつられて思わずへらっと笑う。面白い子だった。

そのクロムと道すがら話したこと。家族や集落や色々なこと。クロムにとってアルフの種族のことは興味深かったらしい。話すたびにコロコロ表情を変えてくれたので語りがいがあった。

流石に仮面のことは話さなかったが、クロムに語って色々なことを言葉にして外に出してようやく思い当たった。

仮面が無くなった時期とアルフの兄がいなくなった時期が完全に一致していたのだ。

 

「…もしかしたら兄さんが…。いや、そんなはずは…」

 

だってこのふたつの仮面が禁じられたものだと、無闇に触れていいものではないと、そんなこと子供でも知っていることなのだから。

つい先ほどまでは、兄はただ単に外に興味を持って出て行ってしまったものだと思っていた。

だから待とうと、いつか帰って来てくれるだろうと、そう信じていたのに。

クロムと話すたびに、事情を語るたびに物事が整理されストンと己のなかに収まっていった。

困ったな、とアルフはため息を吐きつつ所持している仮面を撫でた。

 

『仮面の力は強大です

対抗するにはもうひとつの仮面の力を使うしかありません

持ち出した馬鹿野郎は確実にその力を使うでしょう

だからオマエが

もうひとつの仮面を使い

奪われた仮面を取り返してきなさい

それがこの森を

守ることになるのです』

 

ぽんと仮面を弄び、アルフは再度ため息を吐いた。

もうひとつの仮面が外にあるのは確信出来た。ただ、誰が持ち出したかはまだわからない。

もしも、兄が禁忌の仮面を無断で持ち出し、そのまま外に逃げたのならば。

くるりと来た道を振り返り、森の外に視線を向けて、アルフはぽつりと呟いた。

 

「…クロムは、"兄さんが本当に仮面を持ち出したか確かめたいからついてきてくれるかい?"って言ったら手伝ってくれるかな…」

 

会ったばかりの外の人を頼るのは自殺行為かもしれないが、外に探しに出るなら外の協力者がいてくれたほうが良い。

と、ハタと気付いてアルフは重いため息を吐いた。この言い方では利用するだけの間柄のようだと自己嫌悪から己の頬を叩く。

アルフとしては本心から外の世界の友達を喜んでいる。普通に遊びたい。面白そうな子だったし。

兄のことがなければ、普通に友人関係を築けただろう。

何度目かのため息を吐いて、アルフはトボトボと森の奥へと歩いて行った。

その背中をザアと強い風が押す。ザワザワと木々が揺らされ、アルフの中の様々な感情を代弁しているようだった。

 

■■■■■

 

…なんというか、

この世界は複雑な兄弟関係しかないんですかね?

と首を捻りたくなるような兄弟しかいませんが、

まあそんなもんですよね

兄弟って割と本気の殺意や嫌悪抱き合いますし

 

実際、彼は成長すると兄のことをあまり口に出さなくなります

幼いときは執拗なほどに「兄さん兄さん」言ってたんですがね?

唯一語るのは

兄が仮面を持ち出したのではないかと

疑いつつ、それを否定しつつ、半ば確信を抱きつつ確かめようとする程度

 

いやはや、

しっかり者の弟というものは

勘が良くて困ります

 

まあ、兄弟各々の性格が

「しっかり者の弟」になるのは

「兄が頼りない」場合のみなので

いろいろ察せる事柄なのですが

 

さてさて、

ここら辺はしっかり者に任せて

危うい彼のほうを追いましょうか

育て方が良かったのか

それとも元からの資質なのか

どうにも彼は人でも竜でも魔族でも

種族を一切選ばずに

惹き寄せる才があるようで

 

彼がもう少し大人であったなら

もしかしたら勇者になれたかもしれませんね

 

 

■■■■

 

アルフと別れクロムはひとりポテポテと道を歩く。あたりはもうすでに陽が落ちて、薄暗くなっていた。

思った以上に周囲が暗くなり、クロムの足は戸惑うように速度が下がる。

 

「…夜ってこんなに暗かったっけ…」

 

目の前を確かめるように恐る恐る足を踏み出すが、一歩進んでも二歩進んでも周囲の景色は変わらない。

聞こえる音も風が唸り木々が叫び己の呼吸が聞こえる程度。夜は、思いのほか闇だった。

思い返せば、クロムは城に保護されてからは「暗い夜」を味わったことなどない。

確かに城でも夜には闇が訪れるのだが、廊下には薄っすらと灯りがつけられていたし、仕事をしている騎士の部屋は真夜中になっても煌々とランプが灯されていた。

外も獣除けなのか魔物除けなのか外敵対策なのか篝火がちらちらと焚かれ、少数だが見張りの兵士が起きている。

あの城の中では人によって闇が緩和され、真っ暗で誰も居ない場所なんてどこにもなかった。

特にクロムが来たばかりのころ、城に慣れて居なかったころは夜になると誰かしらが傍にいてくれたし、怖い夢を見て夜中に飛び起きた時には「大丈夫か?」と宥めてもらったし、

と、クロムは今よりも小さかったころを思い出して、思わず来た道を振り返る。

灯りがひとつでも見えたならば望郷の念に襲われただろうが、幸いと言おうか不運にもと言おうか、振り返った先には真っ黒な空間があるばかり。

残念ながら、帰る道は視えなかった。

 

クロムは己の頬をパチンと叩いて前に向き直る。

アレスを取り返すまでは帰らないと決めた。

今足を止めてはダメだ。

一度止めたらきっとこの足は動かなくなる。

己に言い聞かせるように呟いて、クロムは夜への恐怖を振り払い、望郷の念を振り払い、足を前へと動かしていく。

アレスがいるであろう、煉獄を探してクロムは暗闇の中を進んで行った。

 

夜通し歩いて力尽き、岩場の影で少し眠っていたら獣に追われ、逃げ惑っていたら道に迷い、彷徨っていたら泣けてきた。

軽く涙目のままクロムは知らない場所のゴツゴツとした岩山に寄り掛かかる。ここどこ。

ズルズルとへたり込み、クロムはここで休もうと大きく息を吐き出した。

まあ休むも何も、最近は骨が軋むような痛みに襲われロクに寝付けない状態であり、あまり身体は休まらないのだが。

 

「足が痛いぃ…」

 

己の足を撫でながらクロムは小さく泣き声をあげる。足というか腰を含めての下半身全体が軋むように痛い。

歩きすぎてるのかと不安に思ったが、城にいたころはこれ以上の運動をしていたはずだ。己の身体がこの程度で筋肉痛になるとは思えない。

そもそも昼間は何ともないのだ。夜間休もうとすると突然痛みが襲ってくる。

ナニコレと涙目で足を摩りクロムは痛みが治まるまでずっと、よくわからない痛みに耐え続けた。

一般的に言われる、成長痛という痛みに。

 

■■■■

 

夜間足が痛かった頻度も減り、ふと体を見直せばクロムの服は面積が足らなくなっている。

身長が伸びたらしい。このままでは動きにくいと、クロムは王国から離れた小さな村に立ち寄って身なりを整えた。

新しい衣服に身を包み鏡に己の姿を写してみれば、一般的に青年と呼ばれる体躯となっている。久々に鏡見たなとちょっとばかり取り繕ったポーズを決めた。

最後に会ったアレスもこのくらいだったかなとクロムは少し頬を綻ばせ、以前アレスに肩車をしてもらったことを思い出した。

あの時よりかは視点が低いような気がする。あの時はもっともっと高かった。だってアレスに肩車してもらったのだから。

背が伸びたアレスは、本当に大人のようでカッコよかったのだから。

ぼんやりと若干美化した思い出を反芻していると、店の人に声を掛けられた。

こんな辺鄙な村に戦士さんが何の御用でしょうか、と問われクロムは素直に答える。

 

「レンゴクってとこに行こうと思って」

 

そう伝えれば、店の人は納得したように頷いて言葉を放った。

『最近あそこに皇様が帰ってきましたし、ご挨拶に行くんですか?』と。

クロムが驚いて聞けば、この村は煉獄に近くそこそこ交易があり、たまにそこの住人が買い付けに来るらしい。

ほらあの人たちがそうですよ、と示された先には少し冷たい印象をもつ魔法使いのような青年と鏡のような鎧を身に付けた騎士のような青年がいた。

ふたりでひとことふたこと言葉を交わし合いながら、村の中を歩いている。

そのふたりを目で追いながらクロムは、ようやく煉獄への手掛かりを見付けた、と軽く拳を握った。

声を掛けるべきだろうか、いや思い出せ、レンゴクにはマオウがいて、クランを痛め付けアレスを連れ去った輩がいるんだ。敵だ敵。ああでもこのままじゃレンゴクの場所がわからない。

少し考えクロムは、こっそりとふたりの後をつけることにした。

ついていけばきっとレンゴクに辿り着くだろう。

 

こそりこそりとクロムがふたりの後を追っていくと、徐々に周囲の熱気が強くなっていく。それに合わせて周囲も岩場が多くなり始めた。

見たことのない景色に戸惑ったが、ココがレンゴクなのだろうか。

クロムが辺りを確認すれば、王国ではあまり見ない種類の黒い岩やぐつぐつとした赤い川、炭のように真っ黒な木の成れの果てが目に映る。

それにココは暑いというか熱い。異様な熱さに戸惑いながら、クロムはふたりを見失わないようにと目線を戻した。

するとふたりは足を止め、くるりと振り向き周囲に目を走らせる。

慌てて岩陰に隠れながらクロムが不思議そうにふたりを眺めていると、魔法使いの青年がクロムの隠れている場所に向けて杖を向けた。声にはあからさまな苛つきが含まれている。

 

「さっきから私たちを尾け回している其処の馬鹿、出てこい」

 

声を掛けられ杖を突き付けられ、クロムはビクンと身体を跳ねさせた。

後をつけていたのがバレたと半ばパニックになりながら、クロムが急いでこの場を離れようとした瞬間、隠れていた岩がパァンと破裂するように砕け散る。

魔法使いの青年が魔法を放ち、岩を砕いたようだ。遮蔽物が無くなったということは、クロムの姿は彼らに丸見えとなったということで、それはつまり。

 

「うろちょろと鬱陶しい、貴様何が目的だ!」

 

氷のように響く怒鳴り声とともに、魔法使いの青年はクロムに向けて、先ほど岩を砕いた魔法だろう、杖に集めた魔力を放った。

本気の殺意を背中に受けて、クロムは慌てて避けるために屈み込む。彼の放った魔法はクロムの髪を掠めて遠くへと消え去っていった。

追尾型じゃなくて助かったと冷や汗を流しながら、クロムは転がるようにその場から駆け出し熱い大地を蹴って逃亡を図る。

背中に怒鳴り声と乱打される魔法弾を受けながら、クロムは煉獄の地を逃げ惑った。

 

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クロムが逃亡したのちに、魔法使いの青年は隣にいる騎士の頬を叩く。

突然の暴力に反応出来ず素直に殴られた騎士は頬を抑えながら「なんだよ急に!」と苦情を放った。

 

「うるさい、リフレクお前何もしなかっただろうが!」

 

魔法を打ちすぎたのか怒鳴ったからか、青年は少し息を切らしながら叱りつける。

リフレクと呼ばれた騎士は「殴ることないだろーが!」と己の頬を撫でながら言葉を返し、腫れたらどうすんだと青年を睨み付けた。

 

「この!オレの!美しい顔が!惨めにも腫れたら!どう責任とるつもりだ、マーリン!」

 

「高々顔が腫れる程度でギャンギャン騒ぐな気色悪い」

 

マーリンと呼ばれた魔法使いはプイとそっぽを向きながら冷たく返し、クロムが逃亡した先に目を向ける。

村にいた時から後ろをちょろちょろしていたが、まさか此処まで付いてくるとは。

暑さに根負けしすぐ離れると思っていたのだが予想が外れたな、とマーリンはクロムが消えた道の先を睨みつけた。

煉獄は今、新しい皇の誕生で少しばかり浮ついている。今不審者を入れるのは得策ではなかった。

もっと早く追い払っておくべきだったと苛つきながら、マーリンは杖を強く握りしめる。

 

「そもそもお前があの時特攻すればあんな馬鹿捕まえられただろうにこの無能が」

 

「鬼か」

 

叩かれた頬を丁寧にケアしながらリフレクは不満げに口を尖らせた。強さも何もわからない不審者に特攻しろとは無茶を言う。

客だったのかもしれないしとリフレクが反論をしたが、客がコソコソ後付けるわけないだろ馬鹿かとマーリンに一刀両断された。

ああはいはい馬鹿ですよー、と流しながら手鏡を取り出し頬の様子を確認するリフレクの頭に、ゴツンと荷物がぶつけられる。

 

「痛っ…、マーリンお前なぁ」

 

「兜つけてんのにコブがどうたら言ったら今度は顔面殴ってやる。…私はあれを追う、貴様は荷物持って先に帰れ」

 

杖をリフレクに突き付けながら、マーリンはクロムの去っていった方角に顔を向けた。

投げ付けられた荷物を拾いながら、リフレクはこいつは言い出したら聞かないしなと苦笑し「わかった」と返事を伝える。

 

「センセーんとこに届けりゃいいんだよな?」

 

「ああ」

 

リフレクからの了承の言葉を聞いて、マーリンはクロムの後を追うように駆け出した。

先生みたいに浮くことが出来れば楽なのだろうが、生憎そこまで学んでいない。

教えてもらっておけば良かったと眉間に皺を寄せた。まあ恐らく教示を乞うても「お前にはまだ早いまずは己が足で識れ」と煙に巻かれてしまうのだろうが。

先生は過去も未来も正しいことを識る人だ。ならば指示に従うのが正しい、と自分に言い聞かせながら、マーリンは不審者を追い掛けて行った。

 

 

■■■■

 

おや、

また子供がひとり道を違えました

"先生"が見たら何と言うでしょうね?

「よかろう。今はこれで良い」

でしょうか

 

あの人は、過去と今と未来の出来事に関する問いに

"真実にして完璧な"答えを授けてくれる人ですから

「良い」と言えるのでしょうね

その気になれば真実が視えるのだから

 

そうですね、あの方の正確さがどのくらいかと言いますと

試験前には適任と言いますか

出題される問題全てを正確に教えてくれる程度には正しく便利

何処ぞの予言者と比べても

遥かに適切な未来を識れる

試験前に教えを乞うならあの方以外有り得ない

と、まあ、そのくらいですかね

 

実を言うならこの語り手は"先生"でも良かったんですよ

ただ、"真実の"過去と未来を語れる方なので

この世界には少ーしばかり荷が重い

彼の語る言葉は真実となってしまうのだから

 

これだけふわふわした世界であるならば、

「正しい」か「正しくないか」は

曖昧なほうが面白い

 

さてさて、

少し喋りすぎました

それでは彼らの続きをどうぞ

 

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クロムは襲われた勢いのまま無我夢中で逃げ惑い、煉獄の土地を走り回る。

土地勘のない場所を駆けずり回ったその結果、大方の予想通りに道に迷ってしまった。

なんせあちらに行ってもこちらに行っても、目に映る景色がほぼ変わらない。どこにいっても赤い川が流れ、黒い岩がゴロゴロしていて、炭のような木々がぽつりぽつりと生えている。

空はどんより薄暗く、吹く風は不愉快なくらいに熱気を孕んでいた。

暑い中走って体力を削られ、徐々にクロムの走る速度は落ちていく。

ついにはふらっと力尽き、大岩の前に倒れこんだ。

荒い息を吐き出しながら、クロムは胸を上下に揺らす。酸素が足りない。

ぜーはーと懸命に息を整えようと試み、喉の渇きを潤そうと買っておいた水筒に手を伸ばした。

 

「…なまぬるい…」

 

どうやらこの気温のせいで水はぬるま湯と化してしまったらしい。暑いときに飲むぬるま湯ほど不愉快なものはない、とクロムはひとくち飲み込んだ水筒を睨み付ける。

どうしようコレ。

無用の物体に成り果てた水筒を持て余しながら、クロムは大きくため息を吐き出した。

 

煉獄には着いたらしい。

ただそこの住人の機嫌を損ねたばかりか、ここがどこかもわからない。

つまりはアレスがどこにいるかもわからない。

土地柄なのか蒸し暑くて溶けそうだ。水も美味しくないし。

己の現状を把握して途方に暮れながら、クロムは近場の大岩に寄り添い腰を下ろす。

辺りに見えるのはゴロゴロと乱雑に転がる黒い石。煉獄の岩や地面が黒いのは火山や煤の影響だろうか。

溶岩もそこら中で見掛ける。地獄というものがあるのならば、きっとこんな感じだろうとクロムは再度大きくため息を吐いた。

そんなクロムに、金属が重なるような不思議な音が聞こえてくる。

耳を澄ませて音の出所を確認すれば、クロムのいる岩の裏側から鳴り響いていた。

何かいるのかとこっそり覗き込めば、そこには黒く鈍色のドラゴンがふわりと宙に浮かんでいる。

外見は王国にもいたドラゴンと同じなのだが、鱗というかなんというか全体的に硬そうに見える。

いや、基本的に竜というものは人と比べて皮膚が硬く丈夫ではあるのだが、何故だろう、今クロムの目の前にいるドラゴンは体が黒鉄のように見えるのだ。

現に先ほどから耳に聞こえるシャキシャキした金属音は、あのドラゴンが羽ばたく音らしい。

 

「…ロボかな?」

 

目を輝かせながらクロムはぽつりと呟いた。

ドラゴン型ロボとは割と心ときめくものがある。問答無用でカッコいい。

煉獄にはこんなのがいるのかとクロムが見惚れていると、そのドラゴンは金属音を響かせどこかへと去っていってしまった。

残念そうに見送って、クロムが体を反転させると目の前に鉄鉱石が浮遊している。

 

「へ?」

 

「ぎゃう?」

 

その鉄鉱石は小さなドラゴンのような形をしていて、クロムと顔を見合わせて可愛らしい鳴き声を漏らした。

先ほど見掛けたドラゴン型ロボの小さい版だと評すれば良いだろうか。

それはくりんとクロムが首を傾げれば同じように首を捻り、目をパチパチ瞬かせれば同じように目を動かす。

クロムは恐る恐る手を伸ばし、撫でるように手を動かせば石のように硬い感触が伝わった。

しかしどうやら、これは撫でられて不快ではないらしい。表情はあまり変わらないが嬉しそうな気配を纏わせていた。

とりあえず目の前にいるこの鉄鉱石は、ナマモノのようだ。吐息が感じられるし体温もある。

 

「……お前生き物だったのか!」

 

「きゅ?」

 

もっとと言いたげに硬い頭をクロムに押し付けているこれは、鉄鉱石のような外見をしているが立派な生き物、生きているドラゴンらしい。

つまりは先ほど見掛けたあのドラゴン型ロボは、ロボではなく普通のドラゴンなのだろう。

外皮が鉱石のようになっているのは、煉獄の熱さに耐えられるように、だろうか。確かにこの硬さや性質ならばかなりの熱さに耐性があるだろう。

ねだられるままにぐりぐり撫で続ければ、嬉しそうに身を寄せてくる仔ドラゴンを眺めながらクロムは不思議そうな表情を浮かべた。

なんでこいつはこんなに俺に懐いてるんだろう、と。

突然目の前に現れたのも謎だしとクロムが首を傾げれば、仔ドラゴンも真似をして首を傾ける。かわいい。

可愛いからまあいいかと目を落とせば、足元で丸っこいものが割れていた。

外見はどこからどう見てもそこらへんにゴロゴロしている黒い石と変わらない。質感的には石というより金属の玉だが。

卵のような楕円形をした、金属の玉。

それがパカンと割れていて中身は空洞。これを表現するならば、金属の卵のようだ、となるのだろう。

つまり、

 

「…なあこれもしかしてお前のタマゴ?」

 

クロムが声を掛ければ、小さな竜はちらりと卵に目を向けこくりと頷く。

やはり卵だったらしい。

つまりは産まれた瞬間、この仔ドラゴンの眼前にはクロムがいたらしい。

マジかと仔ドラゴンを見つめれば、仔ドラゴンは不思議そうに首を傾げた。

 

「…ドラゴンの育て方なんか知らねーよー…」

 

無邪気に懐いてくる仔ドラゴンを抱き締めながら、クロムは嘆くように空を仰ぐ。

黒鉄のような仔ドラゴンを撫でながら、クロムはどうしたものかと更に途方に暮れる。

竜ってこんなに簡単に産まれるものだったっけ。

 

「…ああはいはいちゃんと撫でるから噛むな。なに?腹減ってんの?お前なに食うの?俺食うの?俺美味しい?」

 

抱き抱える仔ドラゴンにもにもにと指を甘く噛まれ、若干恐怖したクロムが矢継ぎ早に話し掛けるが仔ドラゴンには無視された。そうか俺はそんなに美味しいか。

妙に自分に懐く仔ドラゴンにされるがまま指を喰われていると、突然クロムに人影が落とされる。

顔を上げればついさっき見た人物が眉を吊り上げ厳しい視線でクロムを睨みつけていた。

 

「…げっ、さっきの」

 

いきなり魔法叩きつけてきた魔術師、とクロムが嫌そうな表情と声で迎えると、その人は更に目付きを鋭くし真っ赤な瞳で殺意を放つ。

しかしながら、彼はここまで走ってきたのかぜーはーと呼吸を整えるのに忙しいらしい。

疲弊しているようだし逃げるのは容易いだろうと、クロムはドラゴンを抱えたまま立ち上がり足を踏み出すその刹那、魔術師はガッと勢い良く杖を地面に突き刺した。

彼が杖を刺した場所から冷気が広がり、パキャパキャと音を立てて氷の荊が生え広がっていく。

氷の蔓はすぐさまクロムの足元に届き、逃すまいと囲ってしまった。

 

「な、」

 

「逃すとでも思ったか愚か者め。不審な行動だけでは飽き足らず、鉄の竜を拐うとは。それが目的か」

 

クロムが驚いている間に息が整ったのか、魔術師は親の仇でも見るかのように凍てついた瞳でクロムを糾弾する。

そんな相手を見てクロムは、足元の氷を蹴散らしてタッと駆け寄りこう言った。

 

「お前氷出せんの!?ちょっとこの水冷やしてくんねえ?!」

 

クロムが満面の笑みを向けながら要求したら、虚を突かれ目を丸くした魔術師は「…はあ?」と力の抜けた音を返す。

ニコニコ笑顔で水筒を差し出され魔術師が思わずそれを受け取ると、期待を含めた眼差しで見つめられてしまった。

呆気に取られた魔術師が勢いに押され、渡された水筒に冷気を纏わせ掛けたあたりでようやく我に返ったらしい。

魔術師は水筒を思い切り振り上げ、大きな声で怒鳴りつけた。

 

「…じゃない!貴様私を何だと思っている!?」

 

「デケー声だすなよ、こいつが怯えるだろ?」

 

眉を顰めてクロムが仔ドラゴンを撫でつつ注意する。仔ドラゴンの表情はあまり変わっていないが、クロムの腕をしっかと掴んでいる辺り多少は怯えているらしい。

ド正論で返され魔術師はワナワナと震えながら言われた通りに水筒を氷漬けにし、

 

「ああもう!」

 

と怒鳴りながらその水筒をクロムの顔面に叩きつけた。完全にペースを狂わされ、苛ついていたのだろう。

ガゴンと良い音を響かせて、クロムは水筒を顔面でキャッチした。

 

■■■

 

「こんだけ暑いと冷えた水は倍美味いな」

 

「うるさい黙れ何だ貴様は本当に何なんだ」

 

冷やして貰った水で喉を潤しながらクロムが感想を口に出すと、イライラした口調で返される。

氷を扱うこの魔術師はマーリンというらしい。凍てつくような印象の割には怒りっぽいヤツだなとクロムは頬を膨らませた。

クロムが不服そうな顔をしているのに気付いたのか、クロムの腕の中にいる仔ドラゴンは宥めるようにクロムの指を軽く噛む。

マーリンが苛ついているのはこの鉄の仔竜がクロムに懐いているのもあるのだろう。

この竜からは鉄や鉄鉱石が採取出来るのだ。

 

たかがその程度、と言うなかれ。普通に鉄を入手しようとすると、かなりの労力が必要なのだ。

よもや精製された純金属が、そこら辺にぽろっと落ちてるとは思っていないだろう。

金属を得るにはまず原料となる鉱石が必要なのだ。たとえ鉱石を掘り出したとしても精錬という工程が必須。

精錬と一言で片付けられがちだが、鉱石を選別し粉砕し焙焼し洗鉱した上でやっと精錬所に運ばれる。精錬所では精錬所でまた細かな工程が待ち構え、そこでようやく少量の金属を精製出来るのだ。

鉱石から金属を確保するのは大変な労力を要する。が、しかし、この竜はウロコひとつひとつが鉄。確かに多少の作業は必要だが、上記の手続きを色々すっ飛ばしてすぐさま金属を精製出来る。

この竜1体いるだけで、鉱夫だの作業だのなんだのはほとんど不要になるわけだ。

純金属がぽろっと落ちてる世界かもしれないって?いや一応"鉱石"という、製鉄"原料"がある世界。原料そのものは存在している。

精製品は竜や生き物から採取 も 出来る、程度。

なんせまあ、あれだけ鎧やら兜やら武器やら使われているのだから、剥ぎ取りだけじゃ間に合わない。原料も世界にあると考えるのが普通だろう。

 

とまあ、ちょっと話が逸れましたがつまるところ「あの竜は鉄そのものが採れる貴重な竜」だということ。

その仔竜を余所者が抱き抱えていたら、住人としては慌てるでしょうね。

 

 

「この竜拐い…」

 

「違うってのに。たまたま目の前で産まれただけだっつーの」

 

な?とクロムが仔竜に向けて首を傾げれば、仔竜も真似をするように首を傾げ「きゅう」と音を奏でた。

仔竜の反応を見て、クロムに対する不審の目を強くさせながらマーリンはため息を吐いた。

汗だくになってまで必死に不審者を追い掛けたのに、当の不審者がかなり妙な人間だったのだから致し方あるまい。

追い払おうと魔法乱打した相手に「水筒冷やしてくれ」とは言わないだろ普通。

 

「…竜が目的じゃないのならば、何が目的だ」

 

「目的って…。あ、お前さ煉獄のヤツだよな?アレスってヤツを探してんだけど知らねー?」

 

クロムがそう問うとマーリンは怪訝そうな表情を浮かべた。

アレスは俺の友達なんだけど最近見かけなくてそしたらココにいるって聞いて、とクロムが事情を話せばマーリンは悩むように口元を隠す。

マーリンはしばらく思案するように黙り込み、迷うようにぽつりと言葉を漏らした。

 

「…心当たりはあるが、」

 

マーリンの言葉に目を輝かせ、クロムは「そいつどこにいる!?」と叫びながらガッとマーリンの肩に摑みかかる。

毎回唐突に動き出すクロムに慣れないのか挙動ひとつひとつに始終目を丸くしながらすぐさま体勢を整えなおし、思い切りクロムの手を叩き落としてマーリンは不愉快そうに「暑苦しい触るな」と睨み付けた。

そんなことはどうでもいいから早く場所を教えろ。

そんなクロムの態度にイラッとしながらもマーリンは方角を軽く指差し「あっちに城がある」と簡潔に説明する。

差された方向を見てもそれらしいものは見えない。結構遠いようだ。

 

「わかった、サンキュ!」

 

「待て貴様その仔竜は置いていけ」

 

クロムが走り出そうとするのを慌てて引き止め、マーリンはそばをふよふよ飛んでいた仔竜の手を握る。触ったら仔竜に微妙に嫌そうな表情をされたのはこの際置いておく畜生。

マーリンの指摘にクロムは「そうだな」と微笑んで、仔竜に言い聞かせるように「遠いみたいだからココで待ってろ。ちゃんと迎えにくるからさ」と頭を撫でた。

不満げな表情だったが渋々了承した仔竜を良い仔だなと褒め、クロムは手を振りながら言われた方向に走り出す。

ようやくアレスに会えると嬉しそうに。

 

そんなクロムを見送りながらマーリンは息を吐きながら腕を組んだ。

ああいうタイプは今までいなかったから、対応が正しかったのかわからない。

しかし居場所を教えないと一生暑苦しく付纏われそうな予感があった。

 

「…まあ大丈夫だろう。あいつ馬鹿っぽかったから」

 

ふうとため息を漏らしながらマーリンが呟けば、横にいた鉄の仔竜もこくりと軽く頷いた。

仔竜にまでそう思われるというならばよっぽどなのだろう。

ちなみに教えた方角はデタラメだ。素直にそれを信じたのだから馬鹿だと評して問題ないだろう。

苦笑しながらマーリンはそこらに転がっている鉱石の混じった石を拾い上げ仔竜の口元に運ぶ。

軽く首を傾げたが、鉄の仔竜はその石にぱくりと喰いつきガリボリと美味しそうに咀嚼する。

「この辺りのものなら食べられるだろう」とマーリンが教えれば、仔竜は嬉しそうに食べ物を探しに飛び去って行った。

鉄の竜の好物は鉱石の混じった石と熱気。まあ普通の食べ物も食べられるだろうが、あの身体を維持するためには少し特殊な食生活をしている。

先ほど仔竜がクロムに噛み付いていたのは、噛むというよりはクロムから発せられている熱気を食べていたにすぎない。

先ほど仔竜がずっとクロムに喰いついていたが、早く産まれてしまい不足していた熱気を補っていただけで、懐いたというよりは「食べ物」と認識されていた。

この辺りには鉱石混じりの石が多い。食べ物があるからこそ親が此処にタマゴを産んだのだろうが、そこに熱気の塊のようなクロムが訪れた。

そのためあの竜はその熱気に惹かれ早々に孵ってしまったのだろう。とマーリンは頭を掻いた。

 

「あれだけ動けるならば、あの竜はもう大丈夫そうだ」

 

このまま竜もクロムのことなど忘れてくれればいいが、とふうと軽く息を吐き、マーリンはもう既に姿が見えなくなったクロムを記憶から消去した。

マーリンは帰ろうとクロムの走って行った方角とは間逆へと足を向ける。

不審者は追い払ったと思い込んで。

 

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人間は、真っ直ぐ歩く、ということが出来ない。どうしても片方に力が入り、真っ直ぐ歩いているつもりでも緩やかに曲がってしまうのだ。

砂漠や森などで遭難するのはこれが理由だと言われている。機械でもなければ、目的地に向かって真っ直ぐなんて進めない。

まあつまりは、

 

「…あれかな?」

 

教えられた方角に歩いたつもりのクロムは緩やかにズレていき、結局教えられた道を外れていた。

そもそも山やら溶岩やらで方向転換せざるを得ない場面が多々あり、その都度道は外れている。

しかしクロムは目的地がなかなか見えなくとも気にせず前に進み続け、その結果凄まじく遠回りしたものの、目当ての場所へと辿り着いてしまったわけだ。

クロムの目にはそびえ立つ大きな山。麓には立派な城らしきものが鎮座している。

目的地だろうとクロムが意気揚々と近付けば、その城から醸し出される妙な雰囲気に気が付いた。

ボロボロなのだ。

城壁はあちこち崩れ、柱は折れて瓦礫がそこらに散らばっている。

廃墟としかいいようのないその場所に恐る恐る近寄り覗き込めば、城内も外と同じようにズタボロだった。

もちろん、人の気配などありはしない。

それでも一応調べてみようとクロムが一歩中へと踏み出せば、辺りにはかすかに焼け焦げたような香りが遺っている。

火事でもあったのだろうか、とクロムは探るように城の中へと消えていった。

 

壊れた扉から城内へと入れば、しんとした空気がクロムを迎え入れる。やはり誰もいないようだ。

「お邪魔しまーす…」とクロムは小さく声を掛けながら、ひとつひとつ部屋を見回り始めた。

ひとつめの部屋は、何もなかった。ほんのりと血の匂いがした。

ふたつめの部屋も、何もなかったが妙に冷たさを感じた。

みっつめの部屋は、割れた鏡が残されていた。

よっつめの部屋は、壁一面に棚がたくさん残されていた。恐らくこれは本棚だったのだろう。その証拠に部屋の隅にはボロボロになり読めなくなった本らしき紙屑が捨てられている。

いつつめの部屋は、丈夫そうな扉だったから期待したのだがやはり何もなかった。ガランとした空気がクロムを襲う。

ここにも何もないか、とクロムが扉を閉めようとすると視界の端で何かがキラリと輝いた。

不思議に思って、クロムは部屋の中へと入り込む。ここら辺で何か光ったとじっくり床を調べれば金貨がひとつ落ちていた。

丈夫そうな扉の部屋の中に金貨。もしやここは宝物庫だろうかと、クロムが部屋の中をぐるりと見渡したが他には何もないようだ。

残念そうな表情を浮かべ、クロムは廊下へと戻った。

 

廊下に沿って進んで行くと、小さな瓦礫が散らばっている。何かで殴られたかのように崩された壁がちらほら続き、最終的には焼け焦げたような壁が現れた。

そう、焼け焦げたようなのだ。今まで見てきた壁は崩されていたのに、ここだけ灼かれている。

その周囲の床にだけ跡が残っており、床の色とは別の色で染まって、赤黒いインクをぶちまけたかのようになっていた。

 

「ここだけ紅い…?」

 

不審に思ったクロムは屈みこんでそれに触れるが、かなり前の跡らしい。その痕跡が何かわからないまま、クロムはゆっくりと顔を上げる。

クロムの目の前には大きな扉がそびえ立っていた。

今までの部屋より遥かに大きな扉。

先ほど調べた場所が個人の部屋だとしたら、ここは偉い人の部屋かこの城の広間、謁見の間だろうと王国育ちのクロムは思う。

何か手がかりがあるかもしれない、どちらにせよ紋章やこの城の主を示すものがあるだろう、とクロムは巨大な扉に手を伸ばした。

 

重厚な音を響かせて、ゆっくりと扉が開いていく。

開いた場所は薄暗く、それでもやはり広間であるのだろう、物はあまり置かれていないが扉の正面、一番目立つ場所に玉座らしきボロボロの椅子が残されていた。

椅子もボロボロだったが広間の中も酷い有様で、絨毯は焦げ付き柱は倒れ壁は崩れて外が見える。

廃墟となった城の中で崩れた壁の割れ目から見える星空を眺め、クロムはぼんやりと「ああもう夜か」と諦めたように顔を伏せた。

 

■■■

 

廃墟となった城の中でクロムは一晩過ごし、壁の割れ目から差し込んだ朝日に起こされる。

クロムは大きく欠伸をしながら身体を伸ばし、元は豪奢だったであろう荒れ果てた広間に目を向けた。

昨夜は薄暗くてよくわからなかったが改めて辺りを確認すれば、どこまで暴れたらここまで破壊出来るのだろうかと思うくらいにはボロボロだ。まあ一応、ある程度は片付けられてはいるのだが。

何があったんだろうなと不思議に思いながら、クロムが壊れた壁から外に出る。

外に一歩踏み出せば、もあっとした熱気が身体を包み一瞬にして不快な気持ちに陥った。

 

「暑ぃ…」

 

どうやら元々居住区であったこの城は、魔法か何かで気温調節されているらしい。中と外では過ごしやすさが段違いだった。

思わず涼しい室内へと足を戻し「外に出たくねぇなあ…」とクロムは空へと顔を向ける。

視界の先には熱風駆け巡る空と火山なのか真っ黒でゴツゴツした山が映っていた。

見ているだけで暑いとクロムが不意に視線を彷徨わせれば、そのゴツゴツした山の上の方にぽつんと何かが建っている。

 

その建物の前に、いた。

 

炎のように赤い髪をして、赤いマントを身に付けた男がひとり。眼下の大地を見下ろすように、悠々と佇んでいる。

その姿を見たクロムはこれ以上ないほど目を丸くし、熱さも忘れて外に飛び出し目の前の山を登り始めた。

岩を掴んで身体を持ち上げながら、クロムは再度山頂に目を向けたが、先ほどの男はもう既に消えている。

ほんの一瞬、豆粒ほどの大きさでしか見えなかったが、クロムは確信した。

 

アレはアレスだった、と。

 

己がアレスを見間違えるはずがない。

どれだけ遠くにいても、見付けられると自負している。

だってアイツは、俺の。

 

次の足場を探しながらクロムは一直線に煉獄の山を登っていった。

 

 

クロムは黙々と山を登り続け、最後のひと踏ん張りと腕に力を込めれば平らな場所が目の前に広がっている。

一気に身を引き寄せて均された地面に身体を踊り込ませ、クロムは大きく息を吐き出した。

一心不乱に登ってきたが、流石に少し休まなければこれ以上登れない。そのままパタリと倒れこみ、クロムは大の字になって身体を休めた。

水が飲みたいと水筒に手を伸ばすが、案の定外気の影響で生温くなっている。飲まなくてはならないが、飲みたくない。

むぅと眉を下げたクロムの頬がひんやりとした冷気を感じ取り、慌てて身体を跳ね起こせば見覚えある青年を視界に捉えた。

その姿を認識するや否やクロムは青年に駆け寄って、水筒を突き出し要求を押し付ける。

 

「これ冷やして!」

 

それを言われたマーリンが凄まじく嫌そうな顔を晒したのは言うまでもない。

しかしながら先の一件で断っても嫌味言っても無駄だと学習したマーリンは、渋々ながらも水筒を奪い苛つきながらカチンコチンに凍らせて投げ返した。

ヒンヤリと凍りついた水筒を笑顔で受け止めクロムはそれに頬を寄せる。すると途端に氷は溶けてポタポタと水滴を地面に落とした。

外気温が高いというのもあるのだが、恐らくクロムの体温そのものが高い。

体質というよりは、身体がまだ未発達なのだろう。

クロムはこの暑さの中にいてもほとんど汗をかいていない。汗腺が未発達故に小さく、あまり汗をかかない代わりに皮膚そのものから熱を放散して体温調節をしているようだ。

つまりは、子供そのもの子供体温。皮膚が薄く汗腺が育っていない子供は湿度の高い蒸し暑い場所にいると比例して熱があがる。興奮していれば尚更だ。

そのためこの蒸し暑い煉獄で、目的のものを発見したと興奮して激しく体を動かした現状のクロムは、身体そのものが熱の塊と化している。

そりゃ竜もこの熱気を喜んで喰うだろう。無尽蔵に新鮮な熱気を発しているのだから。

そんな熱の塊は早々に溶けた水筒を悲しげに見て、同じような瞳でマーリンに目線を送った。

まあ知るかと言わんばかりに顔を背けられてしまったが。

 

「…ケチ」

 

クロムがぽつりと文句を言えば今度は凄まじく冷たい目で睨み返される。ああこの目線で水筒が凍ればいいのに。

諦めてクロムは溶けた氷で喉を潤し、ようやく安堵の息を吐いた。

そういえば、こいつもあの山を登って来たのだろうか。それにしちゃ汗ひとつかいていない。

不思議に思って問いただせば、転移陣があるとあっさり教えられる。

「いちいち山登りするなんて馬鹿のやる事だろ」と小馬鹿にしたように笑われ思わず手が出たが避けられた。

 

「くっそ、山登りで疲れてなけりゃ殴れたのに」

 

「…わざわざ登山したのは御苦労だったが、此処には何もないし誰もいない帰れ」

 

マーリンにしっしと追い払うように手を動かされ苛つき度が増したが抑え込み、クロムは得意げに腕を組んで言い放つ。

さっき麓から見上げたら城があるのが見えた、と。

アレスが居たのを見た、と。

 

「なんでウソつくんだよ?」

 

「…っ、見間違いだ此処がどれだけ高いと思っているんだ。麓から見えただと?馬鹿も休み休み言え」

 

「じゃあなんで何もないところに転移陣なんかあるんだ?」

 

クロムがそう言い返せば、マーリンは一瞬「しまった」と表情を歪め睨みつけてきた。

何かを背で隠すように立ち塞がりながら。

マーリンの反応からしてここには"何か"があって"誰か"が居る。

 

「それに、俺がアレスを見間違うわけねーだろ!」

 

そう怒鳴りながらクロムはたんと地面を蹴った。マーリンを突き飛ばし奥へと駆け抜けて行く。

「っ貴様待て!」というマーリンの制止の声を背に受けて、止まるわけねーだろと怒鳴り返しクロムは緩やかな斜面を登っていった。

目的の場所はすぐさまクロムの目の前に現れ、大きな城が視界に映る。

ちらりと周囲を見回したが、アレスの姿はやはりない。

外にいないのならば中だろうと、クロムは扉を勢いよく弾いて城の中へと飛び込んで行った。

 

■■■■

 

城の中は静まりかえっている。

ただ、麓にあった城とは違い人の気配が感じられた。

クロムは手当たり次第に扉を開ける。

ひとつめの部屋は、焼ごてやらのヤバげな器具が並ぶヤバげな部屋で血の匂いが漂っていた。

ふたつめの部屋は、冷たさを感じるような部屋で今ならなんとなくわかるがマーリンの部屋だろうと思った。家主と同じく冷え冷えとした印象がある。

みっつめの部屋は、鏡だらけの部屋でこれはマーリンと一緒にいた騎士の部屋だろう。本人の写真が大量に飾ってあるし。

よっつめの部屋は、本がたくさんある部屋で本棚以外にも研究に使えそうな器具が揃っていた。

いつつめの部屋は、宝物庫だった。煌びやかな宝石や剣や杖や金貨が山のように積まれている。ふと思い出し、麓の城で拾った金貨を取り出せばここにある金貨と絵柄が同じだった。

この城は麓の城と同じなのだとそっくりなのだとクロムは気付く。

こちらのほうが古臭く所々修繕したような跡があるが、その割には生活臭がするチグハグな所。

何でだ?とクロムは見覚えのある廊下を駆けていく。

そして最後に辿り着いた大きな扉。

この城があの城と同じならば、ここは恐らく広間になっているはずだ。誰かと顔を合わせるための謁見の間に。

トンと扉に手を掛けて、クロムは広間に続く道を開いた。

 

ギィと錆びついた音を立てて、大きな扉が開いていく。

徐々に拓けていく視界に映るのは、前と同じ豪奢な広間。前と違って部屋の中には灯りがあって、絨毯は綺麗に伸びていて、柱はきちんと立っていて、立派な椅子が置いてあり、その上に人が座っていたが。

扉が全て開ききり、クロムの目に映るのは紅い鎧と紅いマスクと紅いマントを身に付け玉座に座る探し人と似た誰か。

その人に向けてクロムは問う。

 

「あんた…なのか?」

 

全てが全て探し人と似た人に向けて、全てが全て探し人と違う人に向けて。

アレスだ。と

アレスか?と

玉座に座る、煉獄の皇へと問い掛けた。

 

「お前は…?」

 

クロムからの問い掛けにキョトンとしていた煉獄の皇は、クロムを眺め軽く頭を抑える。

記憶を辿るように目を閉じて、「俺は…、」と手繰るように、ゆっくりと、小さく声を漏らした。

少しの間が空いたのち、目を開いた煉獄の皇は思い出したと言いたげな表情を浮かべ、天井を仰ぐ。

嬉しそうに嗤って、楽しそうに玉座から大きな声で

己の名を

名乗った。

 

「俺の名は…アレス…。煉獄皇アレスだ!」

 

熱気を放ちながらソレは名乗り、クロムを見下ろしながら感謝の眼差しを送る。

ようやく己が名を思い出せた、と。

 

 

■■■

 

頭の奥ではぼんやりと覚えていた。

誰かに名前を呼ばれ、とても安堵したことを。

ここが自分の居場所なのだと教えられ、ふわりとしたものに包まれたことを。

いつしかそれは霧のように雲散し、それと同時に今まで己を形作っていたものは全て崩れていった。

それでもいいと思った。

正しい場所へと辿り着いたのだから。

気付くと修繕され整えられた城の中。

自分は玉座に腰を下ろし、目を落とせば人がいた。

 

「…俺はどのくらい寝ていたんだ?」

 

「…少しばかり永い時間。奪われ盗られ失った、永遠とも思えるほどの時間を」

 

側に付いていたガープと言う名の将が答える。

そんなにもかと眉を下げればガープは首を振り、珍しく強面っ面を緩めた。

まだ眉間に皺が寄ってはいるが、当人は微笑んでいるつもりなのだろう。どうやらこれが限度らしい。

今度眉間を撫でてやり、シワ伸ばしでもしてやるべきか。

頬を掻きつつそんなことを考えていると、微笑んでいるつもりらしいガープが優しい声でこう言った。

 

「貴方様が今此処にいらっしゃる。今はそれだけで十分です」

 

命を賭してまで貴方様を取り返した、先代様に感謝を。

そう小さく続けガープはゆるりと目を閉じた。

先代は、よく覚えていない。けれど己の中にあるふわふわした暖かい記憶と安心した記憶は、恐らく彼によるものだろう。

そうだ確か俺は彼に、言われたかった言葉を、貰った。

帰る場所がある人間ならば、言われて当たり前の暖かい言葉と、

俺の、名前。

 

そこでようやく思い出す。

名前があるのだ俺には。

なんせこの、右にいるガープにもガープという名前が、左にいるアスモデウスにもアスモデウスという名前があるのだ。俺に無いはずはない。

ふむ、と顎に手を当て記憶を探る。

誰かに名前を呼ばれ、とても安堵したことはしっかり頭に残っているが、何と呼ばれたかは靄が掛かったように霞んでいた。

名前なんざ別に無くても困らない。俺を呼びたきゃ皇とでも呼べば事足りる。

それでも少し気になった。

 

俺の名前は何だったかな?

 

■■■■

 

とまあ、些細なモヤモヤを抱えていた煉獄皇は、クロムの姿とクロムの声とクロムからの問い掛けで疑問が晴れたと幾分かスッキリしたようだ。

遠目に見ても上機嫌で、嬉しげに武器を弄んでいる。

クロムのことなど眼中にない。

 

忘れ去られたクロムはポカンとしながら突っ立つ他なかった。

少々の時間を掛けてやっとのこと我に返ったクロムは「おい!」と煉獄皇と名乗ったアレスに向けて大声を出す。

呼ばれた煉獄皇は「なんでまだいるんだ?」と言いたげな表情で、面倒臭そうな瞳をクロムに返した。

その目にかなり怯んだものの、クロムは負けじと手を差し出して言う。

 

「迎えに来たんだ、一緒に帰ろう」

 

その言葉に、返ってくる言葉は無かった。

返ってきたのは怪訝そうな顔。「なんで?」とその目が物語っていた。

何故、自分がアレスにこんな顔をされるのか。

何もおかしなことは言っていない。

突然いなくなったアレスを探して、煉獄まで迎えに来て、やっと見付けたから一緒に帰ろうと、言っただけ。

友達だから心配だったから、探して見付けて手を伸ばしているだけ。

なのになんでこんな"知らん人がよくわからんことを言い出した"みたいな目で見られてんだ?

クロムは戸惑いそれでもまだ諦めず、なおも口を開いたがアレスはピクリとも動かない。

 

「アレス!」

 

「!」

 

クロムがアレスの名を怒鳴ると、初めてアレスは反応を示した。

だからクロムがもう一度「…アレス?」と声を掛ければ、アレスは額に手を当てて軽く俯く。

 

「…お前、やめろ、名前を呼ぶな」

 

「はあ?意味がわかんねー。どういう意味だよアレス!」

 

クロムが口を開くと同時にアレスは「やめろ!」と怒鳴り、武器で床を鳴らし威嚇した。ダンと大きな音が響き、クロムは驚いたように身体を跳ねさせる。

気付けばアレスの武器はクロムの方に向けられており、混乱しているかのように額を抑え俯いたままのアレスが小さく言葉を刺していた。覇煌剣ヴォルケイド、と漏れ聞えてきた音とともに熱気が集まりクロムを襲う。

幸い上手く狙えなかったのか放たれた熱気はクロムから外れ、クロムの真横にある柱を直撃した。

衝撃と余熱に押され「うわっ」とクロムが体勢を崩す。

余波だけでこの威力。

「アレス」はこんな技使えなかったはずだ。こんな、力が溢れ周囲全てを巻き込むような凶悪な技は。

この「アレス」はクロムの知る「アレス」とは、違う。

息を呑み煉獄皇に顔を向けたクロムだったが、煉獄皇の様子がおかしいことに気付いた。

ぶつぶつと何かを呟き武器を持つ手に力を込めている。

聞き取れたのはひとつだけ。

 

「もっと…熱く…!熱く!!」

 

どうやら煉獄皇は、先の威力ではお気に召さなかったらしい。

クロムにかすり傷を与えただけでは、物足りなかったらしい。

 

「ッ…消し炭にしてくれる!ヴォルガニック・ヴェイパー!!」

 

目を見開いてクロムを見据え、武器を構えて声を上げた。

ゆっくりと世界が進む中、クロムはぼんやりと考える。

「アレス」が俺にあんなこと言うはずがない。

「アレス」が俺に攻撃を仕掛けてくるはずがない。

「アレス」が俺を消そうとするはずがない。

なら、

あれは、

アレスではない。

 

ぼんやりと目を上げクロムは思う。

 

ああこれ当たったら俺死ぬな。

まだアレスを見付けていないのだから、

ここで死ぬわけにはいかないな。

早く本物のアレスを探さなくちゃ。

 

間近に迫った煉獄皇の攻撃を前にクロムは太々しく嗤い、身体は回避行動を取った。

まあ流石にギリギリすぎて完全には避けきれず腕に火傷を負ってしまったが。

怪我を負わされたのは腹が立つが、アレスがいないのならば、こんな所に居座る必要もない。

避けた反動を利用して身を翻し、クロムは扉に手を掛ける。

 

「あんたは、俺のアレスじゃない」

 

そう言い放ち、目の前にいるその人を紛い物だと決め付けて、これは違うからいらないとばかりの態度で、彼を否定し立ち去った。

其処にいるのは紛れもなくアレスであったのに。

 

 

■■■■

 

ズキズキ痛む腕を煩わしく思いながら、クロムは来た道を戻っていく。

火傷ならば冷やすのが良かったはずだと、先ほど会った魔術師を思い浮かべ「今あいつがここにいたら良かったのに」と頬を膨らませた。

まあ噂をすれば影。クロムがひょいと曲がり角を曲がると今一番会いたかった人物にぶつかった。

 

「痛って!」

 

「痛、…あ!見付けた出て行け!」

 

ぶつかったのがクロムだとわかった瞬間、マーリンは追い出そうと眉を吊り上げる。

ゴネられると思っていたのか、クロムげあっさり「出てくよ」と伝えれば虚を突かれたように呆け「へ?」と素っ頓狂な声を漏らした。

 

「違うヒトだったからここにはもう用がない」

 

その言葉を言うクロムは、マーリンの目にどんな風に映っていたのだろうか。酷く醜く歪んだ顔をしていたのだろうか。

クロムを見て一瞬引くような表情を作ったマーリンに、クロムは己の腕を突き出した。

 

「?」

 

「火傷しちゃったからさー、冷やしてくんねえ?」

 

水筒を冷やせと言い出した時と同じような笑みを浮かべたクロムを見て、さっきの顔は見間違いだったかとマーリンは少しばかり首を捻る。

この単細胞馬鹿にあんな複雑な表情は作れまい。

先ほどの嫌悪しか湧かない不愉快な顔を忘れようと払うマーリンに「早くー、冷やしてくれないと帰れないー」とクロムが強請れば苛つきのほうが優ったらしい。

クロムは思い切りビンタを食らったあと、差し出された腕をカチンコチンに氷漬けにされた。

 

■■

 

「溶けねぇんだけど、これ」

 

「貴様が凍らせろと言ったんだろう」

 

冷やせとは言ったが凍らせろとは言ってない、とクロムが反論すれば「黙れ」と口を氷で覆われる。

口封じ(物理)の状態にされそれでもむーむー騒ぐクロムを、マーリンは呆れたように見下して「お前は口が開いていても閉じていても五月蝿いな…」と息を吐いた。

城の裏手に連れてこられたクロムはようやく口の覆いを外されて、自由な呼吸を許される。

 

「っは!死ぬかと思った!」

 

「そのまま死ねば良かったものを」

 

舌打ちしながら杖を振るうマーリンを無視して、クロムは「大きく呼吸出来るって素晴らしい」と無意味に酸素を補給していた。

「何やっているんだこっち来い」とマーリンがクロムを呼び、足元の魔方陣を起動させる。

これが転移陣なのだろう。

 

「これどこに繋がってんだ?」

 

「麓にある城だ」

 

あああそこかとクロムは頷き、廃墟同然だった城を思い出す。

「あそこ、こことそっくりだったけど、なんで?」と疑問を口に出せば、「詳しくはわたしも知らない。帰ってきたから元の場所に戻ったとは聞いたが」とごく簡単な説明を貰った。

探し物があったらしく、行動しやすい麓に。忘れたくないからそっくりに作ったらしいがとマーリンは首を傾げ、あやふやな説明にクロムも同じように首を傾げる。

 

「ああ確か、外にいるかもしれないから鳥を送り込んだとかも言ってたな」

 

「…トリ?」

 

その単語に嫌悪感とともに何か引っかかる感覚を覚え、クロムがさらに首を傾げている間に背中を蹴飛ばされ強制的に陣の中へと落とされた。

「もう二度と来るな」というマーリンからの言葉とともにクロムはその場から消え去っていく。

次の瞬間クロムはどさりと落下して、ボロボロな床の上に座り込んでいた。

移動し終わったら魔方陣は消えるらしい。魔術師ならば何かしら痕跡でも見えるのかもしれないが、生憎クロムはそっち方面に明るくない。

落下で痛めた腰をさすりながらクロムは立ち上がり周囲を見渡した。確かに麓にある城のようだ、昨日あの辺りで夜を越した。

見覚えのある景色に安堵しながら、クロムは軽く伸びをしてゴロンとその場に寝転がる。

腕もまだ回復していない。モヤモヤした気持ちも残っていたため、リセットしようとクロムはゆっくり目を閉じた。

ゴチャゴチャするのは好きではない。モヤモヤは眠って忘れよう、と。

 

■■■■

■■

 

クロムが去った後、山の上の城は少しばかり騒ぎが起きていた。

皇が以前の記憶を少しだけだが取り戻したのが原因で、ピリピリした空気が流れている。

 

「今なんとおっしゃいました?」

 

「だから、アレスでいいぞ。思い出した」

 

煉獄皇と対峙しているのは魔将ガープ。

ガープの表情には気付かずアレスは愉しげに笑って指を立てた。さっき人間がひとり入り込んで、そいつを見ていたら少し思い出した、と嬉しそうに。

あいつを見て色々思い出したせいか頭痛が治まらないと頭を抑え、それでも語る。

「少し前に来たチビのことも思い出した。チビムウスだ。どっかで見たことあると思ってたんだよな」と。

記憶ではあんな真っ黒ではなかった気がするが、煉獄の熱気で焦げたのかなとゆるり首を傾げた。

そんなアレスを見てガープの表情がピクリと動く。

しかしながら何を言うでもなく「…ではそのように」とひとこと残し、ガープはアレスの前から立ち去っていった。

 

■■

 

ガープは人気の無い廊下を眉間に皺を寄せながら進む。

思い出した、と皇は言った。

その言葉がガープを抉る。

思い出さなくて良かったのに。

 

キィと扉を開けてガープは己の部屋へと入り、一冊のアルバムを取り出した。数ページしか記録は無く、ほとんど白紙の寂しい本。

これがこの煉獄での、皇の記憶。

あまりにも少なくあまりにも薄い。我らと皇との間には繋ぐものなど何も無い。

積み上げるべき思い出も、教えるべき教養も、伝えるべき言葉も、全て与えられぬまま皇は此処から奪われた。

そんな機会は全て喪っている。

 

淋しげな息を吐き、パタンと本を閉じガープは目を伏せた。

拐われた先で、皇は人並みの生活を与えられていたらしい。人並みに、ただのヒトとして生かされたらしい。

一番大事な時期に、ヒトそのものの価値観と生活を強いられれば、小さな子供はそのまま育つ。

これが自分らしい行動である、と間違った価値観を植えつけられて。

 

皇は言った、思い出した、と。

ならば遅かれ早かれ皇はそれに戻ってしまう。

間違ったものに濁らされていく。

 

ガープは俯き本を撫でた。

また、我々は皇を失うのかもしれない。

また、此処から皇はいなくなってしまうのかもしれない。

思い出の薄いこの煉獄を棄て、狂った王国へと足を向けるのかもしれない。

今度は笑いながら我々を見捨てるのだろう。

 

「何故だろうな」

 

必死に探したこちらを棄てて、奪った悪魔に笑顔を向ける。

煉獄の民を見捨てることを是とし、図々しくも帰還と銘打ちまた奪う。

やっとこちらに帰ってきたのに。

 

「何故、私たちはまた、皇を失う悲しみを負わねばならぬのだ」

 

悲しげにそう呟いて、ガープは本を元の場所に戻した。

棚に戻しはしたのだが、背表紙から手が離れない。手放したくないのだと自覚はしていた。

王国に狂わされ、それでもなんとか帰ってきた皇は若干様子が不安定。

だから、皇が安定するまでは外との接触をさせぬようにしていたのに。

何処からか入り込んだ王国のネズミが、またもや皇を壊し狂わせたらしい。

そいつは向こうで皇と縁故があったのだろう。皇があんなにはっきり思い出すなんて。

こんなにも、早く。

 

「…そもそも、ネズミを入れたのはどの莫迦だ」

 

ため息を吐いてガープは本から手を離し机の上に目を向けた。

そういえば、買い出しに行ったのはふたりだったが戻って来たのはリフレクだけだったな、とガープはひとつの可能性に思い当たる。

リフレクには補講と称して問い詰める必要がありそうだ、とガープが杖を手に取ると同時に自室の扉からノックの音が響き渡った。

返事をすると扉がゆっくりと開きマーリンが不機嫌そうな表情で入ってくる。

またリフレクが怒らせでもしたのだろうかとガープはマーリンに問い掛けた。

 

「どうした?」

 

「…ご報告なのですが」

 

そう前置きして、マーリンは侵入者があったことを語り出す。

マーリンからの報告を耳に入れる度に、ガープの表情は厳しくなっていった。

話を統合するとつまり、王国のネズミを入り込ませた原因は目の前にいるマーリンのようだ。

不審者に気付いていたが対処に遅れ逃げられて、追い払ったつもりで確認もせず放置して、結局城の奥深くまで入られた。

爪が甘い。それにも関わらず本人が「侵入者は叩き出しました」などと得意げに報告するのも滑稽だ。

こいつの未熟さによって、皇と煉獄はまた壊されてしまうというのに。

その想いが不意にガープの口を突く。

 

「お前はもう少し利口かと思っていたが…、失望したぞ」

 

マーリンとしては心外だ。

命じられたわけではなく自主的に不審者を追い掛け、結果的にきちんと追い払えたのにも関わらず罵られたのだから。

あの侵入者は何かを盗んだわけでも皇に危害を加えたわけでもない。早急に追い払ったから被害はない。

なのに。

何故目の前にいる人は、こちらに蔑んだ目を向けているのだろうか。

 

「わかったもう良い、何もするな。出て行け」

 

何故此処まで言われなくてはいけないのだろうか。

理由を知らない幼い子供は、頭を真っ白にしたまま、怒ったような表情で、寂しげな背中を向けて、不満そうな足音を立てて部屋から出て行った。

 

ガープの部屋から飛び出したマーリンはその足で外に出て転移陣を起動させる。

何故私があそこまで罵られないといけないのかだのムカつくだのグチグチ不満を露わにしながら、マーリンは「言われた通りこんな所出てってやる」と陣の中へと足を置いた。

 

■■

 

着いた先は柔らかかった。ついでに「ぐげ」というヒキガエルを潰したような音もした。

気持ち悪さに顔を顰め、マーリンが足元を確認すれば先ほど追い払ったクロムが潰れている。

 

「…お前は人に潰される趣味でもあるのか?」

 

「お前が急に降って来たんだろうが?!」

 

それはそうだが、先ほど転移陣で送ったはず。多少でも頭が動いているならここが転移の出入り口だと察せるだろうと思うのだが。

察せないほど、馬鹿なのだろうか。

完全に見下した瞳でマーリンがクロムを蔑めば「いいから早くどけ重い!」と足元の地面が暴れ出した。

仕方なしとマーリンが揺れる足場に苦戦しながら正しい地面に足を下ろせば、クロムが跳ねるように身を起こし踏まれた箇所を手で払う。

そんなクロムを無視するようにマーリンがスタスタ歩き出せば、キョトンとクロムが声を掛けた。

 

「どっか行くのか?」

 

「別に」

 

家出するつもりだという気にはならずマーリンが軽く流せば、クロムがひょこひょこと後を付いてくる。

「なんだ?」とマーリンが不愉快そうな顔を向ければクロムは「道教えてくれ」と頬を掻いた。

仔竜の所に行きたいらしいが、あちこちうろちょろしすぎてしまい場所がわからなくなったらしい。

あと一旦帰って装備を整え直したいとクロムは訴えマーリンの裾を掴む。

掴まれた袖を振り払いながら、マーリンは怒鳴りつけた。

 

「鬱陶しい!元はと言えば貴様のせいじゃないか!」

 

理由もわからず罵られたのも、家出してやろうと思ったのも、全部この馬鹿が煉獄に入り込んできたせい。

こいつが侵入してこなければ、今頃いつもの通りにガープに教えを受けていた。

日常が壊れたのは全部全部、突然混ざり込んだこいつのせい。

 

「私はただ、」

 

よくやったな、と褒めて貰いたかっただけ。

そんな言葉がマーリンの頭をよぎる。そんな己の欲に気付いてマーリンは声を止めた。

わざわざ汗だくになってまで不審者を追い掛けたのも、城に入ろうとしたクロムの前に立ち塞がったのも、転移陣を使ったのも、早く城から異物を追い出したかっただけ。

ちゃんとそれを成したのに、褒めてもらえないどころか冷たく突き放され、カッとなって突発的に城から飛び出してしまった。

恐らくマーリンの奥底には「本心じゃないだろう。出てけと口では言うが、もし本当にいなくなったらきっと謝ってくるに違いない。心配してくれるに違いない」という期待を持っているのだろう。

だって、ガープにあんな風に罵られたのも出てけと言われたのも初めてだったのだから。

感情を吐き出したせいか、ふいにマーリンの目からポロリと涙が溢れる。

突然泣いたマーリンを見てクロムはぎょっと目を丸くし固まった。オロオロしているクロムのおかげで己が泣いていることに気付き慌ててマーリンは目を拭う。

 

「…お前、親とか師匠とかに出てけとか人格否定されたことあるか」

 

「?割としょっちゅうあるだろ。何でこんなに覚え悪いんだとか何で出来ないんだとかこんな風に育てた覚えはないとか邪魔だとか、割と普通に言われるだろ」

 

クロムの答えを聞いてマーリンは目をパチクリさせた。

マーリンの反応を見てクロムは首を傾げ「…もしやお前言われたことねーの?」と驚いたような声を漏らす。

両者とも真逆の感想、親や師匠に、怒られないなんて、邪険にされるなんて、そんな人間がこの世にいるのかと。

呆気にとられたマーリンは「四六時中怒られてるらしい馬鹿がケロッとしているのに、一度怒られた程度の私がここまで心乱されるなんてどうかしている」と我に返る。

落ち着いたら逆に、今までの不満や怒りがマーリンを襲った。有り体に言えば愚痴りたい。

 

「……、竜の所まで案内してやるから、ちょっと付き合え」

 

クロムの首元を引っ張ってマーリンが脅すとクロムは混乱しつつもコクコクと首を縦に振った。

愚痴の捌け口に丁度良いモノを捕まえて、マーリンは笑う。

クロムは若干青ざめていた。

 

■■■■

 

得てして優等生ってのはそんなもんで

叱られることがまず無いので

一度叱られると予想以上に取り乱んですよね

感情が整理出来なくてキャパオーバーするんでしょうか

まあ、叱られ慣れてない人全般がそうなんですが

 

しかしまあ、

あの子は気付いているのでしょうか

「失望した」ということは

「期待していた」ということなんですが

失望ってのは期待してないと出来ないことなんですよ

あの方に期待されていたということは、

結構凄いことなのですが

 

一時の感情で行動して

人からの期待を裏切るなんて

やはりまだまだ

幼く愚か

花の魔術師にはほど遠い

 

恐らく彼が過ちに気付くのは

散り際最期になるでしょう

 

無くしてから気付いても

もう遅いんですよ

手遅れ無意味無駄なこと

だから

まだ幼いと言ってんですよ

 

■■■■

 

 

■■■■

 

延々と、延々と言葉が右から左に流れていく。

最初は真面目に聞いていたクロムも、途切れることのないマーリンの愚痴に辟易し、いつしか適度に相槌を打つ機械へと変貌していた。

溜め込むよりは吐露したほうがマシなのだろうが、他人の愚痴など聞いていて面白いものではない。

クロムはほぼ喋っていないのに妙に疲れを感じ始めたころ、ようやく目的地に到着した。

 

「お、この辺は見たことあるぞ。いるかな?」

 

「まだ話は終わってないが」

 

これ以上聞いてたまるかとクロムはマーリンから足早に離れ仔ドラゴンを探す。

途中で愚痴を遮られ不満げなマーリンはむすっとしながら「お前がそこいらに突っ立っていれば寄って来るだろ」とそっぽを向いた。

今、"お前"と書いて"餌"と読まれた気がするが気のせいだろうか。

そんな単純なものではないだろうとクロムが振り返ると同時に、ドスンと頭上に何かが落ちてくる。

 

「うお!?」

 

「きゅ」

 

頭上の衝撃を受け、クロムが反射的に手を頭に向かわせれば、その手が丸ごとパクリと咥えられた。

「〜〜〜っ!?!?」と声にならない悲鳴をあげクロムは喰いついてきた仔ドラゴンを引き剥がそうと腕を振るうが、しっかり喰いつかれており離れる気配がない。

バタバタしているクロムたちを見て、マーリンは「ほらな」と勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

 

手を噛み付かれたままクロムは仔ドラゴンに問う。

マーリンの話では、この竜が煉獄の外で生活出来るかはわからないらしい。確かに熱い土地に住む竜が、比較的温暖な地域で真っ当に育つかわからない。

マーリンは「貴様の傍にいればそこそこは育つだろうが、最大までは無理だろう」と分析していたが、前例がないため仮説の域だ。

 

「どーする?ついてくるか?」

 

「もし竜が行きたくないと言ったら貴様此処に住めちゃんと最期まで育てろ」

 

マーリンの横槍に「さすがにそれは俺暑さにやられて茹って死ぬ」と思いつつもクロムは首を傾げ仔ドラゴンの返答を待った。

というかそろそろ手を離して欲しい。

クロムに喰いついたまましばらく思案していたらしい竜は、ようやく口をカパッと開きクロムの手を解放する。

解放された手を見てベタベタだなと眉を下げたクロムは、とりあえず目の前にあるヒラヒラしたマーリンの服で手を拭った。

容赦無く顔面に杖が叩き込まれたが反省はしていない。

そんなふたりを見て表情ひとつ変えず竜は「ぎゃう」と小さくひと泣きし、パタと翼を動かし先導するように前に移動した。

 

「なんだ?」

 

「あー、えーと多分、"行くだけ行ってみる"か?」

 

クロムが聞き返せば竜はこくりと頷く。あってるらしい。

この竜は住み心地の良い場所よりもクロムを選んだようだ。まあ無理そうだったら引き返すつもりらしいが。

「それだけお前が美味いんだろ」とマーリンは呆れたように苦笑した。

 

■■■

 

マーリンに案内され、クロムはスムーズに煉獄から外へ出る。

煉獄から離れる度に暑さは緩み、空も綺麗な青色へと変わっていった。

少し歩けば木々も増え、明るい景色になっていく。久しぶりに見る緑の木々や青い空、肌を撫でる心地良い風を感じクロムは気持ちよさそうに穏やかな表情を浮かべた。

思わずクロムは立ち止まり、身体を伸ばしながら大きく深呼吸をしようと息を吸う。と、その広げた胸に竜がピタリと張り付いてきた。

 

「…どした?」

 

「寒いんじゃないのか?」

 

マーリンに言われよくよく見れば竜は少し震えている。慌ててクロムが抱き締めれば、竜はホッとしたような表情となった。

これを寒く感じるならば、やはり長期間煉獄から離れるのは良くないかもしれない。

困った顔となるクロムの目に、風に揺らされザワザワと葉を鳴らす木々が目に映った。

 

「あ、そうだ。行きたいとこがあるんだけど、どうすっかな」

 

緑の森で出会った耳長のアルフ。彼とは帰って来たらまた会う約束をしている。まだアレスを見付けていないが、一旦戻ってきたのだから会いに行ってもいいだろう。

しかしながら、ここより涼しい森の中に仔ドラゴンを連れて行っても大丈夫なのだろうか。

悩むクロムにマーリンがつんと声を掛ける。

 

「…少しなら預かってやってもいい」

 

マーリンとしても寒さに震えた仔竜を、煉獄の外に出すのは反対らしい。クロムとしてもそうして貰えると有難い。

「んじゃよろしく。すぐ戻ってくるからさ」とクロムが仔ドラゴンをマーリンに預けようと差し出した。

受け取ろうとマーリンが手を伸ばしたが、当の仔竜がマーリンの冷気を感じ取ったのか嫌そうな顔でぷいとそっぽを向いて拒絶する。「このひとヒンヤリしてて嫌」と言わんばかりに体を背けていた。

別に懐かれたいわけではないのだが、小動物に拒絶されるとショックがデカい。

地味にダメージを受けピシッと固まったマーリンと、そこまで嫌がらんでもいいだろと言いたくなるくらい拒否している仔竜。

クロムがなんとかふたりを説得し、絶妙な距離をキープしつつも煉獄に戻るのを見送るまで、ゆうに1時間を超えていた。

ぐったりとしていたクロムだったが、気を取り直して緑の森へと向かう。

遅くなったらふたりから責められそうだなと自然と足は早まった。

 

■■■

 

「到着っと」

 

森の前まで辿り着き、クロムは伺うように森を覗き込む。以前は何も考えず飛び込んだが、今になって見ると深く暗い森だ。下手すると迷って出られなくなるだろう。

すぐ見つかるといいんだけどと頭を掻きながら森の中へと入って行った。

 

クロムはガサゴソと森の中を進んだが道らしき道は見当たらず、村なども全く見えてこない。

耳長種族の集落はかなり奥のほうにあるらしい。

これ以上進むと確実に迷い、森から出られなくなるだろう。もう諦めて戻るべきか。

ため息を吐きながらクロムは木に寄りかかり懐からあの日貰ったお揃いのお守りを取り出した。木漏れ日に透かしぼんやりと眺める。

照らされ輝く緑色の宝石がキレイだなと逃避をしながらクロムは待ち合わせ方法とか決めておくべきだったと、そこまで頭が回らなかった当時の己を責める。

再度ため息を吐き、クロムは残念そうに立ち上がった。

 

「…クロム?」

 

諦めて帰ろうとしたクロムに聞き覚えのある声が掛けられる。振り向けばそこには大きくなって少し印象が変わったものの、逢いたかった人物がそこに居た。

あまり変わっていない姿にほっとし、名前を覚えていてくれたことを嬉しく思い、クロムは感情のままに笑顔で駆け寄り名前を返す。

 

「アルフ!」

 

互いに再会を喜びあったのは言うまでもない。

アルフがクロムを見つけられたのは、クロムが眺めていたお守りが光ったのが見えたらしい。

「あ、ボク名前変えたんだ。大人になったから」とアルフは新しい名前を教えた。アルフリックと名乗りはしたが、呼びやすいほうでいいよと優しく微笑む。

 

「ア・ル・フ・リ・ッ・ク? すげー、倍に増えた!」

 

「そこ?」

 

指折り名前の文字数を数え、よくわからない箇所に感動しているクロムを笑うアルフリックは横にいる鳥を撫でた。

緑色の鳥と黒色の鳥。見たことのない鳥だなとクロムが視線を落とせばアルフリックが慌てて「気を付けて、こっちは病の鳥でこっちは石の鳥なんだ。風邪ひいたり石化するよ?」と忠告した。

なんでそんな鳥連れてるんだとクロムが若干引けば、森の守護のためヤバげな相手が入ってきたら襲えと教えている最中だったらしい。ナチュラルにエゲツない。

懐くと可愛いよ?とアルフリックは小首を傾げたが、そんなん可愛いと思えるお前が怖い。

引きつった笑みを浮かべるクロムを尻目に、アルフリックは鳥ふたりに何かしら話し掛け、こくりと頷いた鳥はトテトテと森の奥へと去って行った。

 

「見回りよろしくねー」

 

去って行く鳥ふたりに手を振ってアルフリックはクロムに向き直る。

「探してたひとは見つかったのかい?」というアルフリックからの問いにクロムは「まだ」と答え頬を掻き、物資補給のために一旦戻って来た旨を話した。

 

「まだ長くなりそうだし、ならお前に一回会っときたいなーって思って」

 

「ははは、そりゃ嬉しいな」

 

微笑みながらアルフリックは倒れた木の幹に座り、クロムも横に座るよう促す。誘われるままポスンと腰を下ろしたクロムは、煉獄での冒険談を語り出した。

 

「…んでさ、戻って来て久しぶりに森を見たけど、緑が目に優しいってホントだな。なんか落ち着くわ」

 

「毎日見てると飽きるけどなあ」

 

クロムの感想にクスクス笑うアルフリックは森に目を向け少しだけ眉を下げる。

そのままクロムに「…このあと、クロムはどうするんだい?」と問い掛けた。

近場で買い出ししてからすぐ煉獄に戻るよ、とクロムが返せばアルフリックは決意した目でクロムを見つめてくる。

 

「…ボクもついて行って、いい、かな?」

 

「へ?」

 

予想外の言葉に目を丸くしたクロムにアルフリックは事情を話した。

禁断の仮面を取り戻したい、それを持ち出したのが兄かどうか確かめたい、そのためには森の外に出るしかない。

外敵対策に鳥を育てたから森の守護は問題ない、とアルフリックは必死に語った。

 

「でもボクは外のことよく知らないし、その、色々教えてもらえたらな、って、おもっ、て…」

 

こんなこと頼れるのクロムしかいないしと耳を真っ赤にしながらアルフリックは顔を伏せる。

ぷしゅんと止まったアルフリックを横目で見ながら、クロムは「別に俺は構わねーけど」と頭を掻いた。

 

「俺、アレス探しに行くからすぐ煉獄行くぞ?あそこちょー暑いぞ?ドラゴンも置いて来ちまったし」

 

「大丈夫、がんば、…。え?ドラゴン?」

 

「そのドラゴンを、えーっと、ツノ生えてて、額に宝石があって、耳長くて、氷出すような乱暴者の、多分魔族かなあいつ…、に預けてきたから急いで戻らないといけないし」

 

「えっ、えっ、えっ?」

 

「アルフリックが外の世界に慣れる練習には付き合えないと思うけど、それでもいいなら…」

 

今、アルフリックの頭の中では、噂に聞くような大きな竜と暴れまわる乱暴な魔族が土地を荒らしている様が浮かんでいる。

森の外は危険という大人たちの話は正しかったようだ。

長い耳をへたりと下げ脂汗を流しながら青ざめつつアルフリックは「………、がんばる」と無理矢理声を絞り出した。

このチャンスを逃したら、自分はまたグタグタ悩んでしまい外に出ないだろう。ならいま行くしかない。

「…大丈夫だ、大丈夫。デカい竜がいても乱暴な魔族がいても、そいつらと仲良さげなクロムがいるし…、いきなり喰われるとか襲われるなんてことはないハズ…」と己に言い聞かせるようにぶつぶつ漏らすアルフリックに気付かず、クロムはケタケタと仲間のことを語り出した。

 

「やー、この間そのドラゴンに腕噛まれるし、魔族のそいつに氷漬けにされるし殴られるしで大変でさー!」

 

早まったかもしれない。

クロムの言葉に冷や汗を流すアルフリックに手を伸ばし、クロムは笑顔で「んじゃ行こうぜ!」と嬉しそうに誘った。

その笑顔を見ていたら「大丈夫だろう」という気持ちと「友達と外に遊びに行ける」という気持ちのほうが大きくなり、アルフリックもへらっと微笑み手を伸ばした。

まあいいか、なんとかなるだろう。最悪襲われたら逃げようと頭を掻いてアルフリックは興味を露わに外へと向かう。

 

「そういえば、もしもお前の兄貴が禁断の仮面を持ち出してたらどーすんだ?」

 

というクロムからの問いに、曖昧な笑顔を返すしかできなかったとしても。

「ボクは森を守るだけだよ?」というアルフリックの答えに含まれた意味を、クロムが察せるはずもなかった。

 

買い出しついでに、クロムはアルフリックに外の世界のものの買い方を教える。

小さな集落で暮らしていたアルフリックは物々交換しか知らなかったらしい。金銭を使った買い物、つまりは金と物との交換を珍しそうに見ていた。

「こんな小さい固まりで食べ物を買えるってのは面白いね」と小銭を手のひらに広げながら不思議そうに首を傾げる。

街中でアルフリックの風貌は目立つらしく、何人かが二度見して来たがその程度。というかこれは耳長だと気付いて二度見しているのではなく、整った顔をしているから二度見されているのではないだろうか。

クロムがアルフリックの顔をじっと見つめていると、それに気付いたアルフリックが「どうしたの?」と小首を傾げた。明るい太陽の下で見る彼は整った顔をしていると言えなくもない。こいつもイケメン国の住人か。

急にぷくっと膨れたクロムを不思議に思いつつも、アルフリックは「あ、あそこは何?」と無邪気に駆け出して行く。

まあ、多様な人種が入り乱れるこの世界、特に王国のあるこの南の大陸ならば些細な差ならばそこまで気にされないのだろう。

面倒なことにならなそうで安心したと、クロムは慌ててアルフリックの後を追った。

 

■■■

 

ひと通り見て回りテンションの落ち着いたアルフリックを回収し、必要そうなものを買い足してふたりは煉獄へ到着した。

「予想以上に暑い」と汗を流すアルフリックに冷えた布を渡し、クロムは「これ以上はやめとくか?」と問う。

煉獄に兄がいないとも限らない。一応行くだけ行って見るとアルフリックは汗を拭いながら大きく息を吐き出した。

暑さに弱いのか立っているだけでもしんどそうだ。そんなアルフリックを見てクロムは困ったように頭を掻く。

 

「マーリンがいると楽なんだけどな。…この辺にいるって言ってたのに」

 

「ぎゅっ」

 

そんなクロムの頭を目掛けて背後から黒い塊が突撃してきた。ごきっと若干嫌な音を立てつつクロムの首が折れ曲がる。

勢い余って地面に倒れ伏したクロムを一切気にすることなく、突撃してきた黒い塊はピクリとも動かないクロムの腕をぱくりと口に含んだ。

その瞬間クロムは跳ね起き「ぎゃっ」と悲鳴を上げる。

 

「噛むな痛い強い!ってなんだお前ちょっと見ないうちにデカくなってねえ?」

 

突撃してきた黒い塊、鉄の竜を引き剥がそうと悪戦苦闘していたクロムは件の竜が少しばかり成長していたことに気付いた。

まだ幼さは残るものの体躯も顔付きも大人びてきている。

「成長したのはわかったスゲーなお前!でも離せ痛い泣くぞそろそろ俺泣くぞ!」と喚くクロムに対し「仕方ないなあ」と言いたげな表情で鉄の竜は口を離した。

怒涛の騒ぎに呆気に取られていたアルフリックはようやく我に返り「大丈夫?」とクロムに駆け寄る。

 

「平気平気。あ、こいつがさっき話したドラゴンな!」

 

そう言いながらクロムは笑みを浮かべ傍にいた鉄の竜を抱えながら紹介した。アルフリックは竜を紹介され戸惑ったようだが少し目を泳がせつつ、竜に向けてぺこりとお辞儀をする。

アルフリックの対応がお気に召したのか、鉄の竜もぺこりとお辞儀を返し襲ってくるような素振りはない。

 

「ドラゴンっていうから凄く大きいのを想像していたけれど、そこまでじゃないね」

 

「これでもスッゲー大きくなったぞ。ちょっと前まではこんなだった」

 

ぬいぐるみ程度の大きさを手で示しながらクロムは笑う。

そんな三人に駆け寄ってくる人影があった。

 

「突然飛んで行くから何事かと思った…。戻ってきたのか」

 

息を切らしながらマーリンは視線を走らせ、アルフリックに警戒の色を見せる。

悪いヤツじゃねーよとクロムはアルフリックの事情を話し、連れてきた理由を語り出した。

「アルフリック?耳長か」と名前を聞いただけで種族を当てたマーリンに驚いていると、名前の音の並びが耳長特有のものだと得意げに解説される。

名前だけでわかるのかとアルフリックがキラキラした目を向ければマーリンは満足したらしい。そして素直に褒めてくれたアルフリックを気に入ったらしい。

ふむと考えるような表情を作り、マーリンはアルフリックに向き直る。

 

「…申し訳無いが君に似た人間をここらで見た記憶はないな」

 

「…えっ、あ、いやいいよそんな簡単に見つかるとは思ってなかったから」

 

それよりも、とアルフリックは笑いマーリンに向けて言う。

「クロムが氷漬けにされたとか殴られたとか言ってたからどんな怖い人だろうと思ってたら。なんだいい人じゃないか、頭良くて凄い人だし」と胸を撫で下ろした。

確かにマーリンは肌の色やパーツを見る限り魔族なのだろうが、丁寧だし暴れてるわけでもないし、極真っ当なようだ。

安心したようにアルフリックは微笑みながら握手を求めるように手を伸ばした。一拍遅れてマーリンも少し戸惑いながらも手を伸ばし触れるように手を握る。

「あれ、ひんやりしてる?」と触れたアルフリックは目をパチクリさせ、その反応を見たマーリンは「…ああ。暑いのが苦手ならば冷気を張ってやる」と軽く魔力を張り巡らせた。

 

「うっわ凄い涼しい!」

 

「私も暑いのはあまり得意ではないから独自に対処した」

 

先生がいるから此処にいるが結局此処は肌に合わないと、マーリンは肩を竦めて小さく笑う。

これで動き回れるとアルフリックは礼を言い、もう一度、今度はしっかりとマーリンの手を握った。

「いいなソレ」とクロムが羨ましそうな視線を送ったがスルーされ、それどころかマーリンにキッと睨まれる。

 

「彼に、私を野蛮な奴だと説明したのはこの口か」

 

「ジジツだろ」

 

ふんとクロムが反論すると怒りの表情でマーリンはクロムの口を千切れんばかりに引っ張った。

痛みを訴え騒ぐクロムの口を更に引っ張りマーリンは「今度は他人に阿呆な事口走ったらその口縫い付けるからな」と一際強く捻る。

ああ多分、殴られたのも氷漬けにされたのも、クロムがマーリンを怒らせたんだろうなと察したアルフリックは、ふたりを宥めるために間に割り込んで行った。

 

■■■

 

アルフリックの仲裁によって、一応喧嘩は収まった。

クロムは引っ張られた口元を痛そうに抑えマーリンを睨みつけているし、マーリンはまだ苛ついているのかそっぽを向いたままだったが。

ちなみに鉄の竜、アインドランと言うらしいマーリンが調べて来てくれた、は喧嘩の途中で飽きたのか、呆れたようにふらりと何処かへ飛び去って行った。腹が減ったら戻ってくるだろう。

困り顔のアルフリックの左右が若干ピリピリしているが、ラチがあかないとアルフリックは会話の糸口を探す。

 

「えーっと、これからどうするの?」

 

「アレスを探す。中にはいないっぽいけどあの城の近くにいるかもしれないから近くを探す」

 

「…しばらく城には戻らない」

 

ふたりの返答がバラバラだった。泣きたい。

更に困り顔となるアルフリックを置いて、ふたりは同時に立ち上がる。

「なんだよ真似すんな」「真似してるのはそっちだろう」とまた喧嘩が始まりそうになったため、アルフリックは「喧嘩しない!」と大声で制した。

 

「あーもう。そうだな、マーリンはここに詳しいんだろ?案内してくれると助かるな。ボクは全く何もわからないし。クロムも強い人がいたほうが安心するし来てくれるかい?」

 

アルフリックが一息で捲し立てれば、ふたりとも「アルフリックがそう言うなら」と了承する。

「いいか貴様を案内するんじゃない、彼を案内するんだからな」「あんたの案内なんか無くても探せますぅー、あんたは守んねーからなアルフリックだけ守るからな」とまた言い合いが始まったので、アルフリックは慌てて「行くよ!」とふたりを促した。

 

道中説明を受けながら煉獄内を歩き回る。

途中数回獣に襲われたがチームのバランスが良いのか相性が良いのか、特に苦戦することもなく進んでいった。

マーリンが棘のある防御魔法をクロムに掛け、クロムが全員を守り、アルフリックが風の剣を振るう。

戦闘のバランスは良かった、うまくハマれば無傷で勝てていた。

しかしかながら、2戦に1回くらいの割合でクロムとマーリンの喧嘩が発生しチームが分裂しかけ、3戦に1回くらいの割合でクロムとマーリンで同士討ちが起こりかける。

誰かこのふたりどうにかして、と戦闘以外のところで疲労を溜めているアルフリックが呟いた。

 

チームワークがいいんだか悪いんだかよくわからないまま、三人は多少拓けた場所に出る。

「この先が皇の城だ」とマーリンが指を指し、遠くに見える大きな山を示した。

私はこれ以上行かないからなとマーリンが顔を背けたため、なら後回しにしようかと提案するアルフリックの背後から「おー、やめとけやめとけ。子供が行く場所じゃねーぞ」と言う声が投げられる。

全員が声の主を探せば、赤い毛皮の獣人が笑いながら立っていた。

その獣人に見覚えがあったのか、クロムが大きな声を上げる。

 

「お前!あの時の暑苦しいモフモフ!」

 

「それで呼ぶなよチビ」

 

呆れながら頭を掻いた獣人は三人に向けて殺気を放った。

その気配に怯みつつも「クロムの知り合い?」とアルフリックが問うと「前話した、なんだっけ名前」と獣人から目を離さずクロムが答える。

なんだっけ、モフモフした外見の割にはカチッとした名前だったような。

クロムが遠い記憶を掘り起こしている間に、獣人は「敵から目を離さないのは合格」と笑い、三人に向けて大声を鳴らした。

 

「ここは通さねえぞ!炎獣人ヴァルカン様がなっ!」

 

ああそうだ。そんな名前だった。

クロムがそう思ったのも束の間、ヴァルカンはぐるんと体を丸め車輪のように走り始める。

熱気を撒き散らすその車輪は広い地面を駈け回り三人を襲った。

ヴァルカンの速さについていけず、視界に捉えた時にはもう遅い。

車輪の動力をプラスしたヴァルカンの体当たりによって、三人は弾き飛ばされていた。

 

「残念だったなクソガキども。ここは通さねーし負ける気はねーよ。とっととおウチ帰りな」

 

三人を弾き出し勝ち誇ったようにヴァルカンは笑う。

何も出来ず悔しく思ったクロムだったが、弾き飛ばされた際アルフリックのダメージが大きかった。倒れ目を閉じたままピクリとも動かない。

それはマーリンも気付いたようで、これ以上相手をしていると危ないと判断したのか「退くぞ」と怒鳴り声を上げている。

 

「っ…、なんだよもう!いつかぶっ飛ばす!」

 

「楽しみにしてるわ」

 

クスクス笑いながら手を振るヴァルカンに、「俺の友達怪我させたお前はゼッテー許さねえからな!」と捨て台詞を投げ付けクロムはマーリンとともにアルフリックに肩を貸した。

ヴァルカンはクロムたちを追うつもりはないらしい。

去って行くクロムを見送りながらヴァルカンは「面白く育ってんな」と呟いて、くるりと振り返り山を見上げた。

山の上にいるであろう、ヴァルカンの友人を思い浮かべ「お前に似て仲間思いの奴には育ってんぞ」と声を風に乗せる。

あのチビひとりで飛び出していったからどうなることかと思ったが、ちゃんと友達作れたみたいだ、良かったな。種族関係なく仲良くなるのはお前の影響かね、と楽しそうに笑った。

友人を気遣うクロムを見て今友人が置かれている状態を思い出し、ヴァルカンは頬を掻く。

どっちがいいのかオレには判断出来ないが、また一緒に走れたらいいな、とヴァルカンはそれだけを想った。

だってどんな立場にいても、アレスはアレスなのだから。

 

■■■

 

ヴァルカンから逃げ出し、なんとか落ち着ける場所まで来たクロムたちはパタパタとアルフリックの手当てをしていた。

回復魔法など使えない、金が無くてやくそうくらいしか買えない。そんな現状ではアルフリックの手当てにはかなりの時間が掛かる。

 

「だぁもう、あいつムカつく!」

 

「それには同意するが今はアルフリックの手当てが先だ黙ってろ」

 

クロムの言葉を叩っ斬ってマーリンはアルフリックの身体を冷やしつつテキパキと手当てをしていた。

この状態で他の敵に襲われたらひとたまりもないが、そこはきっちりと氷のイバラを結界のように張っている。

魔法には効果がないから魔法飛んで来たらお前壁になれとクロムに命じ、マーリンはなんとかアルフリックの回復に成功した。

 

「…あれ…」

 

「まだ動くな」

 

マーリンがアルフリックに掛けた言葉は簡潔かつ冷たかったが、表情はほっとしたように緩んでいる。

アルフリックが回復したことに気付いたクロムも駆け寄って、心配そうに調子を問い掛けた。

 

「まだちょっとダルい…」

 

「…やくそうより効く薬買ってくるから此処で大人しくしてろ。…クロムは守れいいな?」

 

マーリンの言葉に、そこまでしなくても平気だよと身体を起こしたアルフリックはすぐさまマーリンに張っ倒される。

戸惑うアルフリックに寝てろと冷たく言い放ち、マーリンはふたりに背を向けた。

 

「勘違いするな私が強くなるために魔導書を買いに行く。そのついでに薬を買うだけだ。……あの野郎ぶっ倒す」

 

最後の言葉は極々小さな声だったが、珍しく口調が荒れている。

そんなマーリンに気付きアルフリックは微笑んで「ごめんねよろしく、ありがとう」と言葉を贈った。

ふんと小さく鼻を鳴らし、マーリンは外へと向かって行く。耳の先は少し赤らんでいた。

クロムも笑って立ち上がり「俺も負けてらんねーや、ちゃんと見えるとこにいるからさ」と大剣を担ぐ。

どうやら強くなるため特訓をするつもりらしい。

 

「打倒モフモフ!」

 

と大きく拳を握り高らかに宣言した。

まだまだ成長途中の子供たちは、これからもっと強くなれるだろう。

ならばこれから。

各々の理想の未来へ向けて、道化師の群れは黄金の夢に狂っていく。

罪に濡れた舞台の上で。

 

■■■

 

■■■

 

クロムたちの居る場所から少し離れた建物の中で、ふたりの男が対峙する。

ひとりは真っ赤な鎧を身に付け、胸には丸く黒い石。

もうひとりは白い鎧を身に付けた、金の髪を持つ勇者。

白い勇者が口を開く。

 

「クランの弔い合戦、って死んでないけどさ。黒幕探しに来てみれば」

 

何でキミがココにいる?と厳しい目を向け問い掛けた。

赤い男は何も答えずただぼんやりと地に目を落とす。

おかしいな、と勇者は首を傾げる。昔から少し変なヤツだったけれどここまで妙なヤツではなかった、と。

それに、

 

「キミからあの時のクランと気配を感じるのは、何故だ?」

 

その問いにすら答えない。

何があったのかを問いても何も。

何か言ってくれないと、状況証拠的にクランを傷付けた犯人と断じざるを得ないのだが。

クランからナニカが抜けて正気に戻った。同じ場所に戻ってみたらあの時には気付かなかった建物があった。

中に入ってみれば、あの時のクランと同じ嫌な気配を纏わせる男がひとり。

いやはやこれは、とても怪しい。

なんせ彼はクランと同じ気配を纏いながらも、自己をしっかり保っている。

困ったように頭を掻く白い勇者に向けて、赤い男はようやく言葉を放った。

 

「…この世界には絶望しかないことを教えてやろう…」

 

その言葉を聞いて白い勇者は笑い、赤い男に向けて剣を突き付ける。

ああ、駄目だよダンテ。

絶望なんてのは愚か者が出す結論だ。

その言葉を言って何になる?

絶望が理由で足を止める人間など、この世のどこにもいないのに。

それを理由に足を止めているならば、キミはただ甘ったれだということだ。

剣の陰で薄く笑い、タンタはダンテに宣言した。

 

「ちゃんと説明してくれないなら、今の言葉は自白と取るぞ?」

 

タンタの言葉にダンテは武器を構え交戦の構えを取る。

是なのか非なのかはタンタにはわからない。

しかしながら、明らかな敵対意思を見せられたならば、刃を交えるのが礼儀だろう。

話す気がないならそれでもいい、王国の敵になるだけだ。

 

「これ以上面倒事増やしたくはないんだけどね。クフリンたちが忙しくなっちゃうだろ?」

 

王国に住む人間ならば王国の行動は全てが是。命ずれば彼らは正義を唱えて動き出す。

正しいか間違いかは関係ない。

敵だと認識すればいい。

それだけで、全て非となり排除する。

 

敵と対峙し彼らは言う

誰も彼もが口を揃えて言う。

我らの王国のために、と。

 

 

 

■■■■

 

一方から見れば「是」

もう一方から見れば「非」

そんな案件、いくらでもありますので。

どちらも正しく

どちらも間違い

 

煉獄から見た話

王国から見た話

片方だけでは足りません

 

煉獄は

皇が帰ってきたと思ったら

無責任にも見捨てられたと悲しむ話となり

 

王国は

いなくなった住人を追い掛けて

無責任にも戻ってきた話となる

 

故に悩みます

どちらが愉しいのだろうか

 

真実を知らない子供たちは

感情のまま、己がしたいように動きました

己がしたいように、です

正しいものは何も見えていない

正しいものがあるのかはわかりませんが

 

さて、

語りたいことはありますが

少し口を閉じましょう

次はどうなるかわかりませんし

 

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