No.874966

「真・恋姫無双  君の隣に」 第57話

小次郎さん

負傷した一刀
それでも退らないのは本当の願いを叶えたいから

2016-10-19 01:21:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:9337   閲覧ユーザー数:6656

槍をかわし切れなくて、形容しがたい衝撃が全身に走る。

それでも全力で歯を食いしばって、俺は剣を振り下ろし槍を持つ敵兵を斬る。

周りの兵が俺と敵との間に強引に入ってくれたので、少し退がって体に目をやると突き刺さった槍があった。

右腹部に刺さった槍を抜こうと掴んで、力を込める寸前で思い直して槍から手を離す。

いま抜いたら駄目だ、血が流れすぎる。

そのまま痛みを堪えるのが精一杯の俺に、何時の間にか流琉と紫苑が駆け寄ってきていた。

「兄様、今から槍を抜きますから、もう少しだけ堪えてください!」

「一刀様、お気をしっかり、直ちに止血します」

クッ、痛いというより熱い、・・お陰で気を失わずに済むけど。

周りを見渡すと俺を囲むように兵が固まっていた、おそらく俺を護る為に他の場所を手薄にしてまで兵を集中してくれたんだろう。

皆が必死で戦っていた。

「一刀様、急いでお退き下さい!此処は私達が死守いたします」

応急処置が終わったようで紫苑が俺を城内に運ぶように兵達に命を出すが、俺は拒否した。

「兄様!馬鹿を言わないで下さい、ちゃんと治療しないと命が危ういんですよ!」

皆が戻るように言ってくれる、こんな状況だけど嬉しかった。

剣を杖にして何とか立つ、痛みは続いたままだけど少しは楽になった。

「皆の気持ちは本当に嬉しい、ありがとう。・・でも、すまない、ここで、皆と一緒に戦わせてくれ」

「一刀様、貴方様は十分に戦われました、ここで退がっても誰も非難する者などいませんわ!」

「そうです。兄様が頑張った事は皆知ってます!」

本当に心配してくてれるのが分かる、それでも、

「そうじゃ、ないんだ、・・これは、俺の我儘なんだよ。皆と一緒に、畑を耕したり、お祭りをしたり、美味しい物を作ったり、そして、皆と一緒に戦う、それが俺の、本当の望みなんだよ。・・天下なんて、おまけにすぎないんだ」

ハハッ、罰当たりなこと言ってるよな。

「正直、剣を振るのは、無理だと思う。それでも、皆と一緒に戦いたい。俺がいて、士気が少しでも上がるなら、俺は、退がらないっ!」

時々言葉に詰まりながら、それでも何とか気持ちを伝える。

ここで退く為に、この世界に還って来たんじゃないんだ。

紫苑と流琉が同時に振り返る。

「今から南門の指揮は私、黄忠が執ります。皆さん、よろしいですね!」

「兄様には私が付きます、敵には指一本触れさせません!」

紫苑、流琉。

「「「「「御意!!」」」」」

皆。

・・・ありがとう。

 

 

「真・恋姫無双  君の隣に」 第57話

 

 

一刀が刺された。

「どういう事!あれほど生け捕るように厳命していたのに!どの部隊の者か直ちに調べなさい!」

違う。

違うわ。

分かっているわ、これは私が無理矢理目を逸らしていた事。

生け捕った者に法外な恩賞を約束したのも、天子として奉ろうなんて考えていたのも、全て現実から逃避していた事なのよ。

命を懸けている戦場で生け捕りなんて、そんな余裕がある訳無いわ、目の前に敵がいれば倒す為に戦うのは当然の事。

まして戦の狂気に飲まれていたら尚更。

本当に責めを負うのは私。

「華琳様、お願いだよ、軍を退いて!兄ちゃん、そのまま前線に立ってるんです。お腹をさされたのに、あのままじゃ死んじゃうよ!」

何ですって!

何て馬鹿な事を、一刀、貴方死ぬ気?

「華琳様、ご報告があります」

稟?

「おそらく一刀殿の負傷が城兵に伝わったのでしょう。敵の士気が異様に昂ぶっており、戦線が押し戻されています」

無理も無い事よ、おそらく敵兵は死兵と化してる。

「ですが人の身です、そう長くは持たないでしょう。向こうの予備兵は既に尽きており、日が暮れるまでに決着はつきます」

冷静に戦況を分析した報告。

自分にも冷静であれと言いきかせているのでしょうけど、普段の稟ではないわ、小刻みに足が震えている。

それでも、稟、決断しろというのね。

天下か、一刀か、どちらかを。

この機を逃せば、私が天下を取ることはおそらく無い。

でもその為の代償は。

・。

・・。

・・・。

そして、私は決断を・・・・。

 

 

私は城内にいる美羽様のもとへ向かってます。

ねねさんが私に美羽様と共に城から脱出するように、軍師として命令されました。

一刀さんは残る自分達が必ず脱出させると。

確かに、もう耐えれません。

美羽様を護る事は私の全てです。

それなのに、苦しくて苦しくて気が狂いそうです。

以前の私なら何食わぬ顔で脱出してたのに、こんなにも苦しい思いなんかしなかったのに。

いつの間にか涙が流れて、足が止まって、蹲ってました。

どれくらい経ったのか、立ち上がって美羽様のもとへ足を進めようとすると、城内の方から声が聞こえてきました。

それが段々大きくなってきて、何が起こったのか、私は急ぎ向かったら。

 

無念なのです。

ここまでなのです。

全て、全てねねの所為なのです。

魏軍の来襲を予測出来なかったのも、攻撃に耐え切れなかったのも、ねねが未熟だったからなのです。

こんなねねを信頼してくれた一刀殿や皆さんに合わせる顔がないのです。

台風が過ぎ去ったのでしょうか、雨が止んで風も弱くなってきています。

せめて、せめて一日早く過ぎ去っていたなら火も使えましたのに、援軍が来るまで耐えれたかもしれないのに。

やり場のない気持ちが意味の無い事をとめどなく考えてしまうのです。

それでも、いつまでも落ち込んではいられないのです。

こうなっては何としても一刀殿だけは脱出させなければいけないのです。

残り全戦力で一点集中突破する為に、敵の陣容の一番薄い所を探します。

どこか、どこかにないかと目を凝らしていますと、地平線に何かが見えてきたのです。

一瞬援軍かと考えましたが、幾らなんでも無理な筈なのです。

ではあれは何なのですか?

 

 

クッ、目が霞んできた。

痛みの感覚も分からなくなってきて、立っているのかも微妙だ。

大きな鬨が聞こえるけど、どこから聞こえてるのかも分からない。

一瞬力が抜けて、倒れそうなところを誰かが支えてくれた。

「大丈夫ですか?一刀さん」

えっ?

この声、七乃?

「七乃、どうして此処に」

「決まってるじゃないですか。無茶ばかりする人を寝かす為に来たんですよ、全く世話が焼けますね」

いや、そんな当然のように言われても。

「俺はまだ大丈夫だから」

「どこがですか。百人が百人、寝てなさいって言いますよ。駄々捏ねるのもいい加減にして下さいね」

駄々って。

「七乃、戦はまだ終わってないから」

「いいえ、終わりましたよ」

終わった?

「どこか抜かれたのか?皆は大丈夫なのか?」

「どこも抜かれてませんよ、皆さんも負傷はされてますが貴方ほどではないですよ」

そうか、それじゃ終わったって一体?

「言葉通りですよ。一刀さん、・・貴方の勝ちです」

 

 

決断を下す直前、新たに戦場に出現する者達が現れた。

城を囲む私の軍を、更に囲むように数え切れないほどの人の群れが現れ、その正体を調べた秋蘭の報告を聞く。

「華琳様、あの人の群れは正規の援軍ではありません。おそらくは寿春近郊の村々に住む者達と思われます」

正規の兵ではなくて、ただの民の群れ。

老人子供も多く混じっていて、兵装も統一されていない。

まともなに戦えそうなのは前面にいる若者と壮年者達だけの。

そして予備兵は尽きた筈なのに、突如城壁上に現れた多数の者達に関して雪蓮が報告を兼ねて説明に来たわ。

「どうやら寿春内に住む一般人達ね。元気だし士気も高いから厄介だわ」

寿春は三十万以上の民が住んでいて、城付近の領土内では五十万以上の民が生活を営んでいるわ。

一刀が非戦闘員を戦わそうとなんてする訳がない、だとしたら民が自らの意思で一刀を護ろうと立ち上がったというの?

幾らなんでもありえない、でも事実は目の前にある。

「華琳、どうするの?本気で戦えばどうにかは出来るわよ、戦の恐ろしさを思い出させてあげればね」

雪蓮の言うとおり、どんなに数が多くても烏合の衆なのは間違いない。

民には騎兵を使えば、それこそ蜘蛛の子を散らすだけ。

城壁上の一般人も私の兵とでは実力が比較にもならない、そのうち恐怖が勇気を上回る。

私は誇りを捨てて戦に臨んだ、今更躊躇する理由にならないわ。

でも、

「貴女が決めた事に私は従うわ。どんな思いで戦に挑んだのか、貴女の決断に誰にも異論は言わせない」

雪蓮。

「我々も同じです、華琳様」

秋蘭。

私は体ごと後ろに向き、決断を下す。

「全軍、即時撤退なさい!」

 

 

敵が退いていきます。

正直言いまして、こんな結末はいまだに信じられませんよ。

私が身体を支えているこの人は、格別驚くほどの事をしてる訳ではありません。

天才的な政策や発明をする訳でもなく、英雄と呼ばれるような武で人を魅せる訳でもありません。

政策に関しては自分が考えついたことではないと言ってますし、発想の違いは今迄の生活環境の違いに過ぎないからだそうです。

ただひたすら地道に頑張って、人に混じって話をしたり行動を共にしたり、泥や汗に塗れて服を汚したり、物事に一喜一憂する平凡な人です。

色々と支えないと危なっかしい、本当に世話がやける人ですから。

おまけに私を泣かせるなんて、むしろ悪人ですよ。

それなのに、私を含めて皆から愛されてます。

一々理由を言うより、一刀さんだから、の一言で済むからやれやれですね。

こんな前代未聞な事でも納得してしまう自分がいますよ。

・・さあ、もう休んでてください。

これ以上、私に、皆に心配をかけないように。

それなのに最後にやる事があるからと、私から離れて城壁の端に立ちます。

皆の見守る中、雲が薄れて日が顔を出した天に、一刀さんは拳を掲げます。

 

 

既にかなりの距離があるというのに、寿春城の方から歓声が聞こえます。

軍の先頭で馬を進める華琳様がどのような思いで聞いているのか、表情は見えず誰にも分からない事です。

一刀殿の負傷を聞いた後、決断をどう出されていたのか。

それも今となっては聞くことは無いでしょう、全ては華琳様の胸の内です。

・・私達は敗北しました。

乾坤一擲としての戦は結果を出せませんでした。

失ったものは多く、今後は更なる苦境に立たされるでしょう。

それでも私は諦めません。

華琳様を主として、その軍師としての道に後悔など一片もありませんから。

すべき事は山程あります、いつまでも気落ちしてられませんよ。

今の私は今後の事で頭が一杯です。

・。

・・。

・・・。

・・・・それなのに、どうしてこのような気持ちが浮かび上がってくるのでしょうか?

私は足を止め、振り返ります。

聞こえてくる歓声に、あの歓声の中に自分も居たかったと思ってしまう心が。

 

------------------------------------------------------------------------

あとがき

小次郎です、読んで下さってありがとうございます。

どうにか今回の一刀対華琳の戦をお届けできました。

前回ではあとがきはなく挨拶なしで失礼とは思ったのですが、一刀が刺されてましたので私の挨拶で興醒めにならないかと思い削除させていただきました。

あらためて前回を併せて、ご支援、ご感想を頂けた事、読んで頂けた事に御礼を申し上げます。

あとすみません、前話、少し書き足して更新しました。

自分でもしっくりこなかった箇所だったのですが、その時は眠くてそのまま投稿してしまってました。

お恥ずかしい限りです。

ではまた次回、よろしくお願いします。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
29
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択