No.873970

「真・恋姫無双  君の隣に」 第56話

小次郎さん

開戦四日目
誰もが譲れない思いを胸に抱いて戦う

2016-10-12 00:10:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7609   閲覧ユーザー数:5661

迫り来る槍を私は避けきれず頭部を掠める。

「クッ!」

髪飾りに当たったようね、衝撃は受けたけど意識を奪う程では無かったわ。

馬超は更に槍を繰り出し、私も反撃に移る。

・。

・・。

「華琳様、急いでお手当てを。あと御髪が」

「たいした怪我じゃないわ。それよりこの騒ぎで兵に動揺が走ってしまい、士気が乱れてしまったわ。今日はここまでよ、軍を退げなさい」

今の状態で暗くなるまでに陥とすのは無理だわ、雨に闇まで重なっては一刀を見失ってしまう可能性が高い。

「御意」

頭の怪我は髪留めが肩代わりしてくれたお陰で軽症で済んだわ、馬超の槍を受けてこれだけで済んだのなら僥倖よ。

とはいえ、馬超を止めるのに私ごと網で絡め捕られたのは貴重な体験になったわね。

治療を受けながら捕えた馬超に賞賛を贈る。

「馬超。貴女の武勇、正に錦に相応しいものだったわ。貴女には一刀と同様、私の国の為に力を尽くして欲しいものね」

「へっ、有難い言葉ではあっけどさ。そんな将来は無い、あんたは一刀に勝てない!」

満身創痍でありながらも堂々としている、好感が持てるわ。

ただ一つ気になるわね、私を討ち漏らした事への失望が見受けられない。

「馬超将軍、今日は貴女の所為で数刻を失い陥落とはいきませんでしたが、寿春は明日必ず陥ちますよ。貴女の奮闘は無駄に終わります」

稟も虚勢ではなく事実を伝える、今日の指揮から確実な手応えを掴んだからこそね。

「無駄じゃないさ。アンタが言ったようにアタシは数刻を稼いだだろう?だったら皆がその数刻を必ず生かしてくれるさ」

馬超の言葉に、華軍の真の強さを再認識する。

戦争に参加するものは武勲を立てることに執着する、それは当然の事で異論の余地はないわ。

でも華軍の、一刀の強さは何の為に戦っているのかを見失わない事にある。

董卓を救った時もそう、一刀は連合を倒す事を目的にするのではなく、あくまで董卓を護る事に一貫した行動を取っていた。

この戦で華軍の目的は?

援軍が来るまで耐える事、一刀を護る事。

馬超は少数で出来る最善の選択を取っただけで、倒せばいい等と安易な甘い考えを持っての行為ではないわ。

・・戦ってる者達の意思が統一されている。

見事よ、だからこそ本当に強い一刀達に勝ちたいのよ。

「稟、馬超の手当てを。勇者への敬意を損なわないように。それと同じ事が起きないとも限らないわ、周囲への警戒を強めなさい」

 

 

「真・恋姫無双  君の隣に」 第56話

 

 

桂花さんの執務室で、私達姉妹は拷問を受けています。

うう、顔のほてりが止まりません、恥ずかし過ぎます。

「で、姉ちゃんはそのままボロい小屋でニーチャンとニャンニャンしてたって訳だ。正直に言っちまいな、楽になるぜ」

顔を上げられず小さく頷きます。

先程まで同じように尋問されていた天和姉さん達も、部屋の隅で縮こもっていたり壁に額を押し付けてます。

「埋めてやる、地の底まで埋めてやるわ。華琳様のものである私にあんな恥辱を味わわせるなんて、それでも飽き足らずにあんな事やこんな事まで。絶対に許せないわ、死んだって許さないわ、去勢してやる、磔にしてやる、虫まみれにしてやる、・・・・・・・・・・・・」

・・今の桂花さんに話しかける人はいないでしょう。

風さんの巧みな誘導尋問で、夢であった一刀さんとの出来事が白日に晒されてあの状態です。

正直聴いてた私もかなり引くことがありました、一刀さん、故意では無いでしょうけど乙女に対して何をしでかしてるんですか!

「まだ終わっちゃいねえぜ、覚えてる事は全部吐き出してもらうから覚悟するんだな」

まだ続くんですか?もう許してください!

問うてくる風さんも聴取すればするほど機嫌が悪くなってます。

最初の頃は普通に問われてたのに、途中からは人形の腹話術でしか話さなくなられて追求も容赦がありません。

逃げ出したくても逃げられなくて、終わった時の私は完全に力尽きてました。

 

とりあえず今日はこんなところですかねー。

思っていたよりも皆さん明瞭に覚えていましたので、幾つかの新しい単語も出てきました。

では部屋に戻って、既に聴取済みの流琉ちゃんや沙和ちゃん達の分と照らし合わせてみましょう。

「風はこれで失礼させていただきますー」

生ける屍と化した桂花ちゃん達に挨拶しまして部屋を出ます、ですがその前に、

「また今度改めて聞かせていただきますので、頑張って他の事も夢で見てくださいねー」

「「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」」」」

元気が戻ったようで何よりなのです、ではでは失礼しますー。

「風よ、ちったあ機嫌は直ったか?」

「何の事ですか?風は最初から機嫌が悪くなどありません」

「よく言うぜ。アイツらに限らず流琉や沙和達にも同じように追い詰めたくせによ。お前って実はかなり嫉妬深いよな」

「何の事か風にはよくわかりませんねー」

まだまだ話を聞かないといけない人は何人もいらっしゃいますから、いちいち気にしてては始まりませんよー。

特に厄介なのは華琳様ですね、さてどうやって話して頂きましょうか。

お兄さん一人にこれ以上背負わせておく訳にはいきませんから、寿春を出る時に流琉ちゃんとも約束しましたし。

 

「風様、本当に明日陳留に戻られるんですか?」

「はいー。お兄さんや他の皆さんにもお伝えしてますよ。流琉ちゃん、申し訳ありませんがお兄さんの面倒を押し付けさせていただきますね」

あの頑固者は絶対に口を割りませんから、このまま此処にいましても進展しないでしょう。

「あの、以前に私や沙和さん達に夢の事でお聞きしてましたけど、あれって本当にあった事でその確認ですよね?それなのにどうして兄様は事実を教えてくれないんでしょうか?」

泣きそうな流琉ちゃんの姿に、お兄さんへの怒りが更に湧いてきますね。

「流琉ちゃん、例え風達が確信を持っていても思い出せないのも事実です。お兄さんからすれば事実を伝えるのは気持ちの押し付けで、風達への否定だと思ってるんでしょう」

「そんな!」

ここまできたらむしろ教えてくれないほうがモヤモヤするのですが。

あの女の子に超甘いお兄さんが悲しい顔を見せてもこらえるとは、本当に筋金入りです。

「風は戻って他の皆さんからも夢の事を聞き出します。流琉ちゃんも沙和ちゃん達と協力して分かった事がありましたら伝えて下さい。出来る限りの情報を集めれば全容が見えてくるかもしれませんので」

「はいっ」

元気が戻ったのはよいのですが、実際は確証出来ない事です。

そもそも風達が生きてきた人生で心当たりが全く無いことです、思い出せないのは当然の事なのですから。

流琉ちゃんが部屋に戻って、風も部屋を出ます。

もう一度お兄さんに会っておきたいと思い、会えたのは中庭でした。

以前に稟ちゃんや桂花ちゃんと一緒に質問された時と同じ、満月を見上げて遠い遠い何かに思いを馳せてるお兄さんに。

「また、満月を見てるのですか」

「うん、・・未練だね」

心情を隠さない事に驚きました、真実を話してはくれなくても。

「そんなに、後悔してるのですか?」

風の踏み込んだ言葉に、お兄さんはゆっくりと頭を振ります。

「風、俺はね、後悔はしてないんだ。為すべき事をしなくてそのままで甘んじてたら、それこそ悔やんでも悔やみきれなかったって今でも思ってる」

風は口を挿まずに、お兄さんも独り言のように続けます。

「それでも別れる事の覚悟は一人になった時に即座に崩れたよ。何にも分かってなかった、自分がどれだけ大事なものを失ったのか、本当に分かってなかったんだ」

月を見上げるお兄さんはどんな顔をしているのか、風からは見えなくて分かりません。

「一度自分から手放したものを再び掴む事は出来なかった。当然だと思う。俺に限った事じゃない、掌からこぼれた水は元には戻らない」

やめてください、お兄さん。

「ごめん。もう少し、もう少しだけ俺に時間をくれないか。きちんと自分の心に向き合って、必ず前に進んでみせるから」

お兄さんの悲しい決意に、風は背中に抱きつきます。

よく分かりました、この人は一人ぼっちなんです。

どんなに周りに人がいても、新たな気持ちを得ていても、叶わない思いをずっと一人で秘めたまま悲しい気持ちを御してたんです。

自分だけしか覚えていない事実に耐えてたんです。

「お兄さん、返事はいりません。ですが風は宣言します、必ずお兄さんの事を思い出してみせます。覚悟してください」

風の本気をみせてあげます。

お兄さんの思い出の中の風に出来なかった事を、必ず成し遂げてみせます。

「風、俺は」

「返事はいらないと言ったのですよ、ちゃんと聞いて下さいね、ふふふー」

先程までの弱気は吹き飛びました。

お兄さんを一人ぼっちにするのが天命だというのなら、風はそんな天命を全力で否定します。

「・・分かったよ。それじゃもう遅いし部屋に戻って休むとするか」

「ぐう。」

「いま寝るなっ!」

「おおー。困りましたね、お兄さんから離れたら風はこのまま冷たくなってきた秋の夜に凍死してしまうのですよー」

可哀相な風なのです。

「兄ちゃん、野暮な事を言わねえだろうなあ?」

「・・・」

お兄さんは無言で風を胸に抱えあげます。

宝譿、もう余計な事は言わないでいいですからねー。

 

そんな感じでお兄さんと別れてきましたが、今頃寿春は厳しい状況でしょうね。

魏の華琳様以下、主力勢ぞろいの陣容。

通常なら城攻め側は不利ですが、あまりにも傑出した将や軍師が居過ぎです。

出来るなら、風もお兄さんの助けにいきたいです。

ですが状況がそれを許さず、ここで祈るしか出来ません。

お兄さんの性格では無理な事ですが、どうか無茶をしないで下さいよー。

 

 

開戦四日目、今日耐えれば明日には蓮華達が来てくれる。

風雨も大分弱くなってきたし、間違いないだろう。

でも華琳達も当然分かってる、もう暗くなっても攻撃が止まる事は無い。

いや、暗くなるまでどころか既に陥落寸前だ。

予備兵も尽きかけてる、負傷者は迅速に運んでいたから死傷者はそこまで多く無いが、流石に戦闘復帰は無理だ。

俺に出来る事は何も無い、出来るのは皆と共に戦う事だけ。

華琳、やっぱり君は凄いよ。

どんなに不利な状況でも何とかしてしまう、不可能を可能にしてしまう。

三国時代、最大の英雄、曹操。

負けて当たり前、そんな偉大な英雄を前なのに、何故かな、逃げようとか降参しようとかは全然思わないんだ。

最後の最後まで諦めない。

敵として戦ってるけど、以前と違って今の俺は君の隣に立っていると思うから。

 

指揮官である兄様も剣をとって戦ってます。

紫苑さんが必死に援護してますけど、護衛の兵はもう数人しかいません。

どこも戦線の維持に一杯一杯です、私も季衣の相手で余力がありません。

「流琉、どいてよ!このままじゃ兄ちゃんが」

「季衣こそ退いて!兄様を護りに行かないといけないのにっ」

私と季衣が互いに動けないまま、最悪の光景が私達の目に映ります。

兄様の体に槍の穂先が突き刺さる光景が。

「兄ちゃん!!」

「兄様ーーーーーっ!!」


 
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