No.859778

九番目の熾天使・外伝 = 蒼の章 = カムイ篇

Blazさん

変わらず我が道を行くカムイ篇です。
さて今回は二百式さんがメインのバトルですよ。

なんでこんな事になったのかは…いずれをお楽しみに。

2016-07-22 10:41:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:492   閲覧ユーザー数:466

六話 「夜行の狩り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カムイの裏路地。

 

そこではどこからか、遠く甲高い剣の交わる音が鳴り響いていた。

 

一度や二度にあらず。されど、その一撃は、確実に獲りに行く一撃。

 

夜の世界に響くその音は、人々に少なからず恐怖を植え付ける。

 

 

ああ。辻斬りだ。

また誰かが殺されるのか。

 

だが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その辻斬りに相対するは、人にあって人に非ず。

 

その名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ………」

 

 

 

「…どうした。もう終わりか」

 

 

狭い街道の端へ、地面をこするように下がる。素早い動きに、身に着けていたフード付きのマントが揺れて、僅かに足回りの姿を晒す。

和風ではない西洋的なブーツを履き、靴底は動きやすいようになっていた。

しかし上半身で同じく僅かに見えるものは、西洋的ではなく、和風の甲冑などで使われる籠手と右手には無骨な刀が握られている。

表情は曇っており、苦痛のような顔で正面に立ちはだかる敵を睨みつけていた。

 

一方で、左目に眼帯を付けた男は同じく右手に刀を持っているが、獣のように身を屈めている相手とは違い、人として二つの足で立っており、瞳はまるで見下すように見ていた。

なにせ襲って来たのはいいが、見掛け倒しなのか手ごたえが感じられず、今まで彼が有利となっていたのだ。

 

 

 

「―――まさか、それが全力とは言うまいな」

 

 

「………。」

 

 

げんぶを追い込んだというのに、それが逆にここまで一方的に追い込まれている。戦い方は確かに恐ろしくあるが、過去にそれ以上の敵と戦って来た二百式にとって、そこまで脅威にはならない。

攻撃は機動力と刀のリーチを活かした攪乱と一撃離脱の混合戦法。徹底的に自分に先制の攻撃権を持たせるやり方も一度ハメられてしまえば恐ろしくはあるが、動きのタイミングさえも、読めば問題ない。

見かけ倒しのような攻撃と戦法に、警戒していた自分が馬鹿馬鹿しく思えて来た二百式は、それでも油断することはなく、対峙する男の姿をしっかりと捉えていた。

 

 

 

(……あれだけ息巻いておいてコレか。げんぶがやられたと聞いて警戒はしていたが…アイツが奇襲攻撃をしたからか?

…いや。だからといって、アイツにああまでの幾つもの傷を負わせるとなれば、この状態に言い訳が付けられない)

 

自分が強すぎると溺れるつもりもない。だが、どうしてここまで相手が弱いのかというのは呆れるのを通り越して疑問に思えてしまう。旅団に属するげんぶに、あそこまでの手傷を負わせた相手。その剣さばきは如何ほどのと思っていたのが、結果それを裏切って自分が完全優位となっていたのだから。

 

 

「貴様。一体どうやって…」

 

 

「………。」

 

戦いを始める前に呟いてから、相手の男は一言もセリフを吐かなくなった。ただ一心に攻撃の全てに神経を集中させ、余計なものを排した状態。だが、それが現在こうやって劣勢となり、二百式が圧倒という状態となっていた。

言葉を吐かない理由は何なのか。一体どうしてなのか。一体どうやってげんぶに深手を負わせたのか。

 

 

 

 

 

 

「ッ―――――――!!!」

 

 

「ッ……!」

 

 

刹那。彼に考える暇を与える気はなかったのか、男は再び刀を構えて動き出す。足に勢いを乗せると、また先ほどのように地面を蹴って右へ左へと曲がり攪乱しつつ近づいていくのは、視界を大きく動かさせることで迎撃をさせにくくさせるのだが、彼の場合はそこに更に相手の後ろを取らせることで、どこに居るのかを自分の視界、つまり目の前だけに限定させる。すると、いつの間にかという感覚で後ろを獲り、確実に一撃を与えられる。

 

 

「またそれか…」

 

「ッ……!!」

 

だが、気配を先に感じることが出来る二百式にとって、目だけで相手を見つけるということはせず、神経を研ぎ澄ませるだけで直ぐに相手の位置が分かってしまう。

しかもそれは戦い始めてから既に分かっていたことなので、最早彼に通じる手ではない。神経を澄ませ、相手の気配を察知した彼は刀を後ろへと振るい、後ろを取った男に牽制をかける。後ろをとったというのに、反撃された男は避けるしかなく、攻撃のチャンスはまたも崩れ去ってしまう。

距離を取るしか方法はなく、ステップを踏んで下がるが、それを逃す気はない二百式は今度は自分の番だとばかりに反撃に転じる。刀を振るい、後方の安全を確認するとそのまま体を後ろへとひねり回し、片足立ちをして力を込める。そして、バネのようにもう片方の足で地面を蹴ると弾丸のように男に向かい飛んでいく。

 

 

「ッ…!?」

 

「ふっ…!!」

 

剣の切っ先が真っ直ぐと男へと向かう。鋭く、迷いのない攻撃は確実に動脈や心臓、目を獲りに行って早さはなくとも、そのひっきりなしの攻撃には一撃ごとに肝を冷やす。

今までワンサイドがほとんどだったのか、男は二百式が攻撃の優先権を奪った瞬間、表情に焦りを見せ始め、防御に徹していく。素早さが売りということで守る必要がなかったのだろうか。主導権を握った二百式には、少しずつだが勝利への道が見え始めていた。

 

「遅いッ………!」

 

「なっ!?」

 

刀を大振りに防がせ、隙を見せさせた刹那。二百式の刀は風のように舞い、相手の刀を弾き飛ばした。

 

「ッ―――――――!?」

 

「これで………!!」

 

そして、刀が飛ばされたことで大きく銅を見せびらかせたことで、もはや防ぐ術もない男に、刀を構えた二百式は確実にと心臓にその刃を向けた。

これで致命傷は負う。これで一応の勝利だ。納得のいかない結果に不満がないと言えば嘘だったが、二百式はだからといって欲張る気もなく、手に持つ刀を横に振るった。

それで自分が勝つのだからと。心のどこかで慢心さを見せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

刹那の事。男から感じる気配に、二百式は背筋を凍らせる。

動きは止まることはなかったが、あと少しで剣が心臓に届くというところで感じ始めたその気配は、終始冷静だった彼の顔に汗を滲ませ、表情を変えさせる。突然として現れた気配に、彼の動きは止まらなかった。止まることもなかったが、思考は止まってしまう。

頭の中が真っ白となり、目の前に見える男の黒い服に、彼の目は幻覚を見てしまった。

 

 

黒い服の中。体の中から、黒く、なにかドス黒く染まった何かが、男の体から血肉を破り出て来たかのような感覚。

そして、迷いなく彼を襲うような恐怖。

まるでその姿が仮の姿で、中から現れたものが、彼の本性であるかのように。

男の体から血が飛び出た。

だが、その血は少なく、心臓を守る肌から僅かに湧き出た程度のものだ。

つまり男を仕留めることはできなかった。

 

 

「ッ――――――――!?」

 

 

「―――――!!」

 

振るいきった刀に最早もう一度数秒という間に攻撃できることなどできない。右手に持った刀の攻撃は諦め、左手で掴むことにした二百式は表情とは裏腹に素早く左手を伸ばし、男に掴みにかかった。だが、その一瞬に男は地面を蹴って後ろへとバックステップを踏んで間合いを取ってしまう。

 

 

「チッ………!」

 

地面に砂煙をたたせて足を滑らせた男は、二百式との間合いを測り、どこに自分の得物があるのかと周囲に目を向ける。今現在、武器はあれしかないので何処かへと飛ばされて今は丸裸同然。なので急いで武器を探し、攻撃を防ぎ反撃するのが先決だ。

 

 

「――――――。」

 

右へ左へと目を動かし、どこに刀が刺さったのかを探す。弾かれたとき、そこまで遠いところに落ちた音はしていなかったので近くにあるのは確かだと、ただ近くにあるということだけを頼りに探すしかない。

 

(得物を探すか…!)

 

一瞬、怯みはしたが二百式は直ぐに冷静さを取り戻し、相手が武器を探していると直感で理解して、それを妨害せんと腰から銃を抜く。ハンマーを下ろし、シングルアクションにするのは無意識なクセかもしれないが、今はそれに気付く暇もなく素早く引き抜き、その冷たい銃口を男へと向けた。

 

「ッッ……!!」

 

間を置かずに連射される弾丸は男の肉を抉らんと飛んでいくが、咄嗟の攻撃のせいか精密な狙いにはならなかった。それでも弾丸は目的へと飛んでいき、止まることなく肉へと食らいつく。

 

―――だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なッ」

 

 

刹那(・・)

その瞬間に一体何があったのか。どれだけの時間が経ったのかと疑ってしまう事が起こる。

数秒前までは確かに居たハズの男の姿が、忽然と何一つとして消え失せてしまっていたのだ。まるで今までのが映像であったかのように、一瞬が実は数分の出来事だったかのように、合成映像のように突然として消え去ってしまい、その姿は跡形もなく『居なくなって』しまっていた。

 

 

「何処に………!?」

 

消え失せてしまった男の姿を追い、二百式は茫然としていた自分の体と頭を動かし、どこに居るのかと探し始める。何の前触れもなく消えてしまったことに頭の中は半分ほど霧のように霧散しており、考えもそれには全くと言っていいほどまとまっていなかった。ただ相手が消えたということで驚き、呆気にとられその状態から早く脱したい、相手の姿を見つけたいという安心感を求めて、彼は必死に男の姿を探す。

 

 

 

 

右に振り向き、左へと振り返り、上を見上げ、後ろへと首を動かす。

ありとあらゆる所を探し、見つけようとする二百式の姿、それはもう冷静さというものを完全に失っていた。

 

 

 

(気配もない。姿もない。コンマの間に姿を消しただと………!? 馬鹿な。いくら気配を消しても痕跡がある筈。兆候がある筈。姿を消したのなら気配の残留物がある筈だ……!!)

 

 

 

なのに。何故。何処にも居ないんだ。

まるで男がそもそもそこには居なかったかのように消えてしまったことに、二百式は納得できなかった。

姿を消しても、気配の痕跡、つまり逃げた時にできた『何か』がある筈だ。

気配を消したのならまた然り、そのための跡が残るはず。何事も必ず『跡』がある筈なのだ。

しかし彼の目の前にはその為の痕跡が、痕跡と呼んでいいものか分からないものしかなかった。

目の前には両足を蹴ったと見られる足跡があるだけ。それが彼が姿を消したという事実だけを見せつけていた。

だがただそれだけ。それしかないのだ。

 

 

 

(なにがどうなっている…魔法…魔術か…!? それとも―――)

 

 

あらゆる可能性、手立てを考える二百式。こんな事態は初めてだし、ここまで狼狽するのは過去に団長たちとの出来事ぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――これが、覇獣の力だ」

 

 

そして。混乱する二百式に、背を獲った男はそういって刀を構え振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覇獣にはほぼ全てに魂を内包する入れ物…つまり、物理的肉体が存在する。そうすることで、彼らはこの世界に留まる力を保っているのだ」

 

「仮に、肉体が消滅したらどうなるのですか?」

 

竜神丸の問いに、クライシスはふむ、と顎に手を置き考える仕草をとると、そうなった場合の結果を予想する。

 

「肉体が消滅したら、魂はこの世界に残る。ただし、物理的な「死」を意味することであれば話は別だ」

 

物理的な死、それは寿命、病気、急所による死亡などが当たることでそうなってしまえばいくら覇獣と言えど消滅は免れない。だが、それでも魂が現世に残るということに竜神丸は不思議に思っていたが、それも彼の中で直ぐに答えが出てくる。

 

「急所による死ではない、というのであれば覇獣はしなない?」

 

「そうだ。感染、毒殺、洗脳……心臓さえ残っていれば、覇獣はその強靭な生命力で再生をする。しかし…だからといって殺すのは容易ではないぞ」

 

「で、しょうね。仮にも意思を司っている者たちだ。そうそう死ねる相手でもないでしょうに」

 

「故に、覇獣には討伐ではなく、撃退か捕獲が優先される…が」

 

「彼ら「適格者」は破壊できる…ですか」

 

目には目をという奴だよ、と軽く笑うクライシスは一人先に先にと暗い道を歩いていく。杖をくるくると回し、靴で地面を鳴らす音は規則正しく来ているだけでも心地よく思えてしまう。

その中にクライシスはまるで音をかき消すように自分の言葉を混ぜていく。そもそもそんな事をするために二人は歩いているわけではないのだ。

 

 

「魂だけとなった覇獣はどうなるのですか?」

 

「取り合えずは霊脈のある場所に戻る。そうすることで再度肉体を再構築させる。それまでの間、覇獣の魂は現世を彷徨うが……例外は存在する」

 

「適格者……まさか覇獣から?」

 

「稀な確率でな。そう言った物好きが、覇獣には多いらしい」

 

そういうとクライシスは規則正しく歩いていた足を止め、目の前の扉を見上げる。二人の前には厳重なロックが施された扉が立ちふさがっており、そのすぐ近くにはアンバランスなほど小さな端末が取り付けられていた。

道中までも赤外線や監視カメラ、更に防壁術式などが張られその警備システムは彼でも異常と思えるほどだ。

物々しい雰囲気に向こう側が気になる竜神丸。するとクライシスは自分の親指を端末に当てて指紋認証を行う。認証システムにしては心もとないようだが、指紋の他に血液や網膜などの認証が行われているので、たとえ指紋をクリアできたとしても確実に他のシステムで引っかかるようになっていた。

 

 

「…さて、話はここまでにしておこう。というのも、話だけでは分からないこともあるからな」

 

「………。」

 

そんな厳重な警備システムがクライシスであることを確認しシステムが解除。目の前に立ちふさがっていた分厚い扉はゆっくりと音を立てて開き始めた。

同時にいくつものもシステムも解除され、扉の中で何重にも施されたロックが外され、術式が解除されていく音が重なって聞こえてくる。扉の奥にはそこまでしてでも隠しておきたい、守りたいなにかがあるのだろう。開かれていく扉に竜神丸は奥に何があるかを純粋に楽しみにしながら、扉の向こう側から漏れ出す光に目を細めた。

 

 

 

 

「―――この先を見せるのはこの事を知っている人物を除けば君が初めてだ。

 紹介しよう…」

 

「ッ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこはあまりに広い空間だった。

円形のカーペットが置かれ、そのカーペットを囲むように無尽蔵な量の本が至る所に散乱していた。ほんのりと小さな明かりがカーペットだけを照らし、薄っすらと本棚だけを外していた。本棚はそのせいで僅かしか見えないが、あまりに巨大なその大きさに竜神丸も見上げるだけで首が痛くなる。

だが。

 

 

 

「見るべきところはそこじゃないぞ」

 

「………ッ!」

 

クライシスの言葉に無意識に歩き出していた竜神丸の足は止まり、見上げていた頭を元の視点に戻す。

すると、そこには竜神丸も思わず目を細めてしまう光景が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ。久しぶりに来たと思ったら、変な客を連れて来たなクライシス」

 

「ああ。紹介する、旅団の一員で竜神丸だ」

 

「………。」

 

 

幾度となく、それに似た光景を見た事があった。魔法、魔術の世界があるのだ。それくらいのことはあっても不思議じゃない。

なのに。目の前に映るこの光景は何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

二本の尻尾をゆったりと揺らめかせ、小さな耳は時折ひくひくと動かされている。

ブラウンと白の模様は柔らかい毛並みに覆われ、見ているだけでも心地よさそうだ。

そんな訳で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――猫?」

 

 

現在、彼の目の前には団長と、一匹の猫が堂々と人間用の椅子に座り込んでいた。

声質からしてメス。それもイーリスと殆ど変わらない年齢の声だ。

 

だが。それでも目の前に猫が居た。

ちょこんと椅子に座り、尻尾を揺らして自分を見る猫が居たのだ。

流石のコレには竜神丸も思わず声に出して見るしかなく、互いに目を合わせてしばらく沈黙するしかなかった。

だが流石に長い沈黙に飽きて来たのか、猫のほうが先にしびれを切らし尖った三角の目を細めて口を開いた。

 

「…なに黙ってんだ。若者よ」

 

「………いえ。猫だな、と」

 

「…猫よ。それの何が悪いの」

 

「………いえ。猫だなと」

 

「………この子、本当に大丈夫?」

 

「心配するな。君を見て驚いているだけだよ」

 

 

同じ言葉を繰り返し、自分を見つめ続ける竜神丸に正気なのかと訊ねたが、どうやらそのお陰で現実に戻ってこれたらしく、顔と首を持ちあげた竜神丸はクライシスに再び訊ねる。

 

「で。この猫は一体…」

 

「ただの猫でないことは見た通りだ。彼女の名は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリー。マリー・ウィンチェスターよ。といってもこの名前はそこのクライシスから貰った名前だけど」

 

マリーと名乗った猫は、そう言うと頭を少し下げて挨拶の礼をする。まるで人間相手に話してるみたいに思えるが、目の前にその当人が居るということで一応の現実の判別は出来た。人語を解する猫。今更だが改めて彼の目の前には信じられない光景があった。

 

「…良い名前だ。まるで人に与えられたような」

 

「ええ。私も始めは名さえあればいいって思ってたんだけど…彼、物好きでしょ?

 だから、私の正体を知ってもそのスタンスは崩さなかったの」

 

「なるほど…それでわざわざフルネームを」

 

珍しくハットを深くかぶり表情を隠しているのは照れ隠しなのだろうか、どうやら図星のようで、それを否定することなくクライシスは小さく微笑んでいた。

それが彼の主義なのか好みなのかはあえて聞かないが、竜神丸にはなんとなくその答えがわかったように思え、あえて聞かずに自分の考えで納得することにした。そこで聞くのは野暮なのだろうと。

 

 

「ですが…それでも私がここに呼ばれた理由が分かりません。彼女に会わせるためではないというのは分かりますが」

 

「当然だ。単に雑談をさせるために君を呼んだわけではない」

 

何のために呼ばれたのかと言う問いに、再びいつも通りの様子で話すクライシスは目線を竜神丸からマリーに映す。彼に彼女を見てくれという合図で、竜神丸も間を置かずに視線誘導されて彼女を視界にとらえた。

 

「竜神丸。君は覇獣について知りたがっていた。だから、私はそれを最も知る者と会わせたかったのだ」

 

「それは―――」

 

 

「―――彼女も覇獣の一体だ」

 

「ッ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那の差だった。

一瞬、その声を頼りに反射神経だけで動いた二百式の体は、久方ぶりに動いた危機察知の恐怖に従い腕と剣を振るい、攻撃を防いだ。

約数秒、ほんの一撃だというのに腕から骨に、神経に伝わる刀の重さはまるで巨大な隕石か何かを支えているようで当たり所が悪ければ腕が折れてしまいそうなほど。最悪、腕はなくなっていたかもしれない。

 

 

「ふぅ………ふぅ………」

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

再び正面から対峙する二人は、今の攻撃に余程の体力を使ったのか肩で息をして呼吸を整える。だが僅かに男のほうが息をするスピードが速く、心拍数も二百式以上に跳ね上がっているのが目に見えてわかる。

二百式が一度呼吸すれば二回。二度呼吸すれば五回、荒れた息を吐き出しては新鮮な空気を肺へと吸い込んでいく。一度呼吸すればその間にもう一度、そして次には更にもう一度と呼吸をするたびにその差は開いていく。

どうやら体力か、あの一撃かにその原因があるようだ。

 

 

(一瞬のことだから驚いたが……下手をすれば腕が危うかったな。だがその分、体力消費が激しいようだ……)

 

「………。」

 

(と、なれば、あの一撃での体力消費か元から体力がないかだな)

 

 

余裕の現れか冷静に分析して相手の能力を調べる二百式。だが、彼の体も決して無傷とは言えず、意識的に痛みを抑え込んでいた。

 

(チッ……今の一撃で右腕を捻ったか。動く分には支障はないが、長引けば相手に隙を見せることになるな)

 

長期戦が不利であることに苛立つのは、自分の不甲斐なさからくるものだが、だったらそうしなければいいと前向きに考える自分も居た。

戦いが長引けば確かに二百式にとっては不利で勝ち目も薄れるのだろうが、それはあくまで長引けばの話だ。長引く前に決着をつければさして問題にもならないのは、当然のこと。であれば短期決戦でケリを付けるのがセオリーだろう。

 

 

「―――――悪いが、次で決めさせてもらう」

 

 

「――――――!」

 

キチッ、と刀の刃と柄の部分が合わさって音が鳴る。水平に構えられた刀はぶれることなく男に向けられ、それを持つ二百式も今すぐにでも襲い掛かって来そうなほどの鋭い目と足の構えをとる。その姿に、彼の言葉に迷いはない。

次で男にトドメを刺しに行く。体力の消耗が激しい今なら、もう逃げられることはない。

肩で息をする男も、それは理解している。次で確実に決めに来る事。回避は成功する確率が無きに等しい事。自分の状況が限りなく絶望的なこと。

 

 

―――なのに。

 

 

「――――――――――。」

 

 

二百式には分からなかった。目の前で起きていることに。眼前に居る敵の姿に。

その表情に。

 

 

(―――――――笑ってる……だと……)

 

 

不敵な笑みを浮かべ、むしろ好都合だと、自分が有利だと言わんばかりの表情に背筋を凍らせる。こんな状況だというのにそこまで笑っていられる根拠がどこにあるのか。

笑う姿には見飽きた彼も、理由も意味も分からないその笑みにだけは表情を硬めてしまう。恐れてしまうのだ。その笑みに一体何の意味があるのか、と。

分からないと思っているのに、分かっている感覚が自分にはある。

その笑顔の根拠、余裕でいられる理由は一つ。

 

 

(覇獣の力……と言ったな。まさか……?)

 

 

確かに先ほどの、一瞬の内に回り込まれて斬られかけたことには驚きはした。だが、だからといってそれが勝てる理由になるかと言われれば難しい話だ。二百式はあの一撃に驚きはした。だが、それを反射神経などで見切り防ぎきった。彼の気配察知能力であればあの一撃は探知することは可能だというのをあれで分かったハズだ。

なのに。それでももう一度攻撃が当たるという根拠があるのだろうか。

あの一撃で体力を大きく消耗したというのに、それでももう一度出来ると、次は当たるという勝算があるというのか。

 

だが、現に目の前で男はそういうかのように笑みを浮かべている。

次は獲れると。次は勝てると。

絶対の自信を持っている。

 

 

(…そんなものにだけ頼る力に)

 

 

勝てると思っているのか。

冷静に考え、今までの不安を一蹴した二百式の顔には次第に落ち着きが戻っていく。例え彼の考えることがあったとしても、次の一撃で決められるという理由にはならない。

その前に自分が決めるのだからと、彼の手に握られた刀は力強く鉄の音を鳴らす。

もう迷いはない。怯える意味もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。二百式は見えない速さで足を蹴り、ほぼ体勢が変わらないまま男へと向かって行く。刀は水平に静かに水を切るように風を鳴らし、男の首へと向かうことは止まらず、阻まれることなく真っ直ぐに空を切った。

悪いが勝ったぞ。揺るがない絶対の結末に二百式は何処かで安堵の息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まさかウチの調査部を動かさないと分からんヤツが居たとはな』

 

「ああ。俺も驚きだ」

 

自治組織「大和」の居城、その中にある十二の家の一つ、九重家の部屋ではガルムが長距離通信を使い、okakaと連絡を取り合っていた。

今回の事件で調べたいヤツがいるという要請に最初は調査部を使わなくてもいいだろと、乗り気ではなかったoakak。だが事情を聞き、調べていくうちに、旅団の調査部でないと分からないほどのことであることに純粋な驚きを持っていたのだ。

 

「顔写真とかはあったんだよな?」

 

『あるにはあった。だが、ガキの頃の写真だし身元もそれからな。今回の事件に絡んでるとなると名前も変えてるだろうよ』

 

それでもいい、と言ったガルムにokakaはデータを転送しつつ口伝えで名前などを読み上げる。

 

『名前はキョウヤ・シロガネ。出身世界は第三十管理世界「フィオナ」。家族構成は両親と妹一人。管理局のデータベースにも同じ名前があった』

 

「あったのか。あっち(なのはEX)に」

 

『ああ。昔、親父が局で使用されるデバイスの開発に携わってたとかで、その後管理局との折り合いと待遇の悪さに退職。以後はフィオナの自然調査を行って生計立ててたらしい。息子などの戸籍もそこで確認が取れた』

 

「で。それが戦いの前まで続いてたと」

 

『らしいな。その後は言わずもがな。あの戦争で両親二人は押しつぶされ、妹は大量の煙を吸い込んだこと、

 そして、その素質から管理局に誘拐されかけたらしいが、途中で逃げたらしくてな。見つかった時には凌辱された後だったらしい』

 

「ッ……」

 

『ちなみに、キョウヤ本人はその時両親と一緒だったらしいが、運よく生き残ったらしい。で、その後一人で逃げた』

 

「逃げたのか?」

 

『逃げられたらしい。なにせ戦争状態だったし、混乱してたからな』

 

 

 

 

そしてその時だろう。彼と二百式が邂逅したのは。

ガルムたちは二百式と彼の関係はそこまで知らなかったが、何かしらの関係はあると見て調査を進めていた。すると、カムイでとれた情報を元に調べると、彼がフィオナの出身者であることに行きついた。

但し、彼らの手に入れた情報は失踪する以前のものであり、それが絶対に正しいかと言われれば難しいところでもある。

が、信憑性が高いのもまた事実で、事情を知らないげんぶやガルム、okakaたちにとっては貴重な情報であるのもまた確かだ。

 

「あとはこっちでの経歴を調べればいいが……」

 

『問題はどうして今回の殺人に及んだか…だよな』

 

「ああ…」

 

 

そもそも。それが分からないところだった。

二百式に恨みか何をか持っているのは、今回の調査で分かったが、それならばもう少し別の方法があったのではないかというのが二人の意見だった。

態々猟奇殺人を繰り返し、自分の正体をばらす事に何の意味があるのか。もし二百式に復讐したいのであれば、自分から探せばいいのではないか。

これではまるで自分の姿をさらして、倒してくださいと言っているのと同じこと。しかも彼が来るかどうかも分からないことを何故、実行したのだろうか。今回の猟奇殺人で調査に来るのがもしかしたら二百式ではない誰かであるという可能性は十分にあったハズだ。

 

「仮に団長が事情とかを知ってたとしても、あえて二百式を出さなかった可能性だってある。それに今回の殺人は奇怪であったからこそ、それが異常だったからこそ俺たちに依頼されたが。もしただの連続殺人ならそもそも俺たち自体来なかった筈だ」

 

『加えて、今回の事件で二百式が動いたのに、ヤツは直接二百式を叩かずにげんぶを先に攻撃した。見られたということでの目撃者抹殺であれば分かるが…やるにしても直接叩けた機会はいくらでもあったし、作れたはずだ』

 

「………だよな」

 

 

 

なにかがおかしい。そもそも何故、彼は猟奇殺人などというのを実行したのだろうか。

それを、どうしてそれを連続的に行ったのか。そしてなぜ、それで旅団が動くと予想できたのだろう。

どうして、二百式が来ると思えたのだろう。

 

 

 

 

未だ見えない敵の意図に、頭を悩ませる二人。すると、そこに別の回線で通信が送られて来る。相手は今、何処かに行った二百式を追うげんぶからだ。

 

 

『ガルムか』

 

「げんぶ。どうしかしたのか?」

 

『ああ…実は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二百式がやられた』

 

 

 

「―――――えっ?」

 

 

 

衝撃の一言に言葉を失うガルム。

それはokakaも同じで、彼の動きは呼吸を除いて全てが止まってしまった。

 

そしてげんぶの目の前には

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、至る所から血を流し倒れる二百式の姿があった。

 

 

 


 
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