No.841718

自己増殖性ラビュリントス 06「観測者」

「もし、深秘録参戦者以外がオカルトボールを手にしたら」というifをもとに描いた、東方深秘録のアフターストーリー的連作二次創作SS(SyouSetu)です。

!注意!
このSSは一部の幻想住人にとってアレルゲンとなる捏造設定や二次創作要素がふくまれている可能性があります。
読書中に気分が悪くなったら直ちに摂取を停止し、正しい原作設定できれいに洗い流しましょう。

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2016-04-10 15:21:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:699   閲覧ユーザー数:699

06 観測者 -Sentinel-

 

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「――なァに、安心しろ。物陰木陰で狙撃銃を構えている仲間がいるわけではない。私という鼠(ナズーリン)は、世界でたったひとりだよ」

 ナズーリンは再び、ぱたりと消えうせた。それは現れたときと同じく、須臾と須臾とのあいだに消えたとしか形容できないものだった。

 

 鈴仙は周囲を索敵する。あいもかわらず、周囲にナズーリンは『遍在』していた。それは隠れ潜んでいるとか、警戒を解かせないとか、そういったたぐいの生易しい状態ではない。あまりに不自然が遍く満ちているがゆえに、当初はそれに気付くことすらできなかった。だが意識してしまった今、その異常性を全身に感じていた。

 あらゆる生命は生きているだけで、固有の波長を放っている。それはいうなればヒトの顔と同じで、鈴仙にとって、我々が平々凡々な雑踏の顔ぶれ一ツひとつに目を向けないのと同じように、直接相対していない状態でそれら個々を気にすることはほぼない。そのたとえで考えるのならば、ナズーリンの状態はいわば、ふと気がつくと周囲の雑踏すべての顔が、クローン人間のように全く同じだと気付いてしまったようなものであった。さらには、完全に同じ波長が打ち消しあうことによって、それらの顔がすべて見えなくなっているかのような状態でもあるのだ。その異常性に、己以外は気付くこともない。恐怖である。

 鈴仙は拳銃を構え、背後の倉にぴたりと背をつけ、横歩きでじりじりと倉の角まで移動した。マミゾウもそれに追従する。腰を落とし、2名で周囲270度をぐるりと見渡してクリアリング。ナズーリンは影もかたちもない。鈴仙は手でゴーサインを示し、慎重に角を曲がる。視線の先に、くねくねと蠢く白い影。あれこそが鈴仙の都市伝説(オカルト)であり、この戦闘における生命線だ。

 

 夏の日、おもに水場で目撃される、人の姿に似た白い影。それは『くねくね』と呼ばれ、その名のごとく、およそ人間とは思えぬ奇妙な動きでその身をくねらせ、ただ遠方から眺めるのみだという。かの第一次都市伝説大戦において雲井一輪が使役した都市伝説「八尺さま」と同様、外界において比較的近年より、主にネットワーク経由で爆発的に拡散した新世代の都市伝説。それらの始祖、あるいは頂点ともいえる存在。彼女がこの都市伝説を手にしたのは、ひとえにその狂気の瞳に由来する。

 曰く、くねくねが『何であるか』を理解したものは、気が()れる。それは視覚による理解であり、くねくねを長く視認し続けると、それが『何であるか』を理解してしまう。故に見てはならない。真実を知ってもいけない。理解そのものを強烈に拒絶し、理解者に真相を訊ねることすら不可能。古くは神話のたぐいにまで遡る、禁忌とタタリの類型を『くねくね』は持つ。くねくねは新世代の魁でありながら、いうなれば、神代より続くヒトの抱く恐怖と好奇の直系進化。時代にあわせて姿かたちを変えながら、現代に至るまで進化と自己増殖を続けた、都市伝説の到達点のひとつともいえよう。

 鈴仙の六三式回転六連弾倉白幻影敷設擲弾筒(Type-03プリズムマルチグレネーダー -ミラージュ-)によって射出された擲弾は、着弾点にくねくねを敷設。いわばカーブミラーかプリズムめいて、狂気に染まった彼女の視線を自在に屈折させる。それは光に限らず、狂気の瞳から発する波長のたぐいをすべて捻じ曲げ、死角へと届ける。この蠢く白い影の先にあるのが、狂気の瞳であると認識してしまった者は、おおよそ正気を保つことは困難であろう。これが彼女の持つ『くねくね』の、狂気の正体である。原典に遠く及ばない、理由で貶めた伝説の劣化コピーに過ぎない。その程度が、一個の人格に御し切れる都市伝説の限界であった。

 

 六三式擲弾筒(ミラージュ)の装弾数は6発。連射力は高いが、リロードには相応の時間を要する。大きくチャンバーを開く必要があるため、その間はアンダーマウント拳銃も使用できない。見えない敵に包囲されている状態にあって、不用意なリロードは自殺行為である。木の根に2発、枝に1発、崖下に1発、丘の両翼にそれぞれ1発。現状これ以上の敷設は不可能であろう。鈴仙は大きく息を吸い、くねくねを注視する。正確には、その先の狩人を。

 永劫にすら感じられる須臾が連綿と連なり、続く。注ぐ陽光が落とす影は微動だにしない。過度のストレスが時間感覚を破壊しているのだ。何分、いや何秒経った。鈴仙の心を焦りが支配し始めた――その時!

「いた!今だッ!」

 屈折した鈴仙の視界に、間違いなく、灰色の影が映り込んだ。ナズーリン!鈴仙はすぐさま屈折角度を逆算し、ナズーリンを観測した方向へ視線を向けるより早く、脊髄反射の速度で銃口を向けて発砲した!BLAM!だが銃弾は虚しく空を切り裂いた。だが、鈴仙を驚愕させたのはそれだけではない!視線の先――くねくねと自身とのちょうど中間に、ロッドを構えたナズーリンがいた!

「な――ッ!?」

「棒符『ビジーロッド』ッ!」

 両手のロッドからはそれぞれ光刃が生じ、それらで挟み込むように一撃を加えんとする!既にナズーリンは鈴仙の攻撃範囲よりさらに内側、長い近接武器を持つナズーリンに圧倒的なアドバンテージのある距離!だが、あと一歩のところでロッドの挟撃は阻まれた。交差せんとする軸部分に強力な衝撃が加わり、一瞬、その攻撃速度が緩んだ。その中間に捩じ込まれる圧倒的速度の打撃!

「うらァ!」

「がッ!」

 ナズーリンの身体が後方にはね飛んだ。カウンターをくらった形だ!鈴仙には一瞬、何が起きたか判断がつかなかった。一呼吸遅れて、煙管を掴んだマミゾウが右脚を下ろすのが認識できた。あの煙管でロッドを止め、蹴りをくらわせた形だ。そう推測するほかない。蹴り飛ばされたナズーリンは後方で踏みとどまり、ロッドをトンファーのように構え直して即座に地面を蹴り返し、弾丸のような速度でこちらに跳んだ。マミゾウは腰を落とし、ナズーリンの連続打撃をすべて煙管で叩いて寸前で止め、膝蹴りを撃ち込む。これは寸前で躱され、両腕を揃えたトンファーロッドの一撃がマミゾウの左脇腹を打ち据える。マミゾウは小跳躍でダメージを殺し、片手を地面に突いて着地、右脚をまさしくバネとして足首・膝・股間を異常柔軟性で完全に折り畳み、それを全筋力でもって解放。暴力そのものともいうべき左脚の蹴りを突き出し、それがナズーリンの全力の第二打と衝突。両者はそこで初めて動きを止めた。

「……あんまりよう、2対1ッてのを忘れてもらっちゃあ困るぜ。鼠よ」

「ああ……今のは勝負を焦ったな。しかし、やるものだ。最初の蹴り、あれはまるで見えなかった」

「殴る蹴飛ばすは化物(けもの)の領分よ。化かし騙しのその次にな。あんまり大明神を無礼(ナメ)んなよ」

 マミゾウは左脚でナズーリンを押さえ込んだまま、右手首をゴキゴキと鳴らす。心なしか、その筋肉がふだんよりも巨大なふうに見えた。

「おらァッ!」

 ほとんど予備動作が観測できない、渾身の右。完全に入った。鈴仙の動体視力が確信できたのはその一点だ。だが、その確信すら現実はその上をゆく。ナズーリンは既にそこにはおらず、マミゾウの拳は空を切った。

「消えた!?また……」

「……優曇華院。お前、先撃ったろ。何撃った」

「え、あ、その……な、ナズーリンの影が、見えた気が……」

 鈴仙はしどろもどろに答える。視線をわずかに逸らしているのが自分でもわかる。昔からの悪癖だ。だがマミゾウはそれに構わず、視線を右にずらして思慮する。

「――なんでかね、彼奴ァ隠れて不意討ちを狙っておった筈だ。だが見間違いのたぐいじゃあねえな、これは」

「そう、ですか?」

「二度目がその証左よ。彼奴ァ態々、目の真前に出た。誤射をさした上で、だ。普通するか?何で目を騙したあとに、目の真前に出る必要がある。主も儂と同じく、目を騙す化物じゃろ。仮に主ならどうする。幻か、あるいは瞬間移動か何かで、敵の目を騙くらかした後によ」

「――死角から襲う」

「そうだろうな。だが奴はそうはせなんだ。まあ死角が無ェよう構えていたのも確かじゃがよ。チト妙だぜ。何ぞからくりがあるか、警戒の隙をねらった奇策か。何れにせよ彼奴ァ、隠れたまんまでこっちを殴る事ができんようだ」

「ええ……そのようです」

 鈴仙は改めて構えをとり直した。自分はいま冷静さを欠いている。今すべきは自戒でも自省でもない。現状の把握と適切な分析だ。自戒だけなら虫にもできる。頭を垂れるなら稲穂にもできる。それは知的生命体の所業ではない。自責は単なる時間の無駄だ。己は月の頭脳の弟子なのだ。己を省みない義務があり、己を恥じない責務がある。省みるべきは、己の外にある事実のみ。

 くねくねによる視線屈折の角度は極めて広い。が、視線を増やしているわけではない。同時に観測できるのは一方向のみだ。そうした意味で、ナズーリンの『須臾単位で出没する』都市伝説を相手に、これを観測できる確率は低いといえる。ある点から発せられ、不規則に角度を動かす一本の線が、ナズーリンの出現するその一瞬、ナズーリンの存在するその角度を向かなければいけない。それはつまり、ナズーリン自身が『視界に入り込む』ことの不可能性をも同時に証明していた。偶然と恣意、いずれの可能性をも否定する超現実(シュルレアル)の存在。

 超現実とは、現実から乖離した概念ではない。現実の延長線上にあり、意識の外にある完全にして究極の事実。即ち非現実ではない。ナズーリンは確かに鈴仙の視界に現れた、或いは鈴仙の視界にナズーリンを認識させた。いずれかの事象は、事実として現実の延長線上に確実に存在している。鈴仙は思い返す。ナズーリンの発言を。

 

“認識が重要なのだ……君たちがこの私、ナズーリンと戦闘しているという認識がね”

 

 認識。奴はそう告げた。これは何らかの陽動(ブラフ)であろうか?鈴仙はこれをノーだと断じている。伏兵にとって、最も忌避すべきは存在の認識だ。それをみずから開示し、なおも伏兵としてふるまう以上、この文言は真実であるととらえるべきだ。即ち、私がそれを知らなければならなかった、知らなければ起こりえなかった事象。それがナズーリンの引鉄になっているのだ。認識。そうだ。私はほんの一瞬、影を視認しただけだ。もし仮に、ナズーリンが己の存在を告げていなかったならば。私はあの影を――なんらかの敵対者として認識こそしただろうが――それを『ナズーリン』であると、認識できたはずがないのだ。差があるとすれば、そこだ。

「――マミゾウさん。少し、目を瞑っていてくださいますか。安心してください。私が護ります」

「何か勘付いたか、了解した。儂は頭使うのは苦手だからよ。謎かけのたぐいは主に任せよう」

「ええ、ありがとうございます」

 マミゾウはぐいと腰を丸め、だらりと両腕を垂らし、野獣のような姿勢をとって瞼を閉じた。痛いほどに警戒が感じられる。居合いの達人のように、恐ろしく瞬発力に特化した構え。何かが間近に迫れば、目を開けずとも容易に迎撃できるだろう。己の身は己で護る。一切の信頼を感じさせないその構えは、鈴仙をかえって安堵させた。信頼は信仰の最小単位であり、信仰とはそれ即ち呪詛の根源である。彼女の不信に応えねばならない。鈴仙はきりと視線を前に向け、拳銃を大腿部、不可視のホルスターに仕舞った。その動作の延長上として、右脇に長い獲物を抱えるような構えをつくった。

「*六三式九粍影対像複合型汎用火器(Type-03ディストーションライフル -ヒートヘイズ-)*」

 鈴仙の細い腕に抱え込まれるように、未来的で異様な突撃小銃(アサルトライフル)型の火器があらわれる。擲弾筒と突撃小銃を上下にマウントした、といえば、尋常の携行火器と大差ないふうに聞こえよう。だがその形状は、およそ一般的に突撃小銃と呼ばれるものとは大きくかけ離れた風体であった。まず第一に目に留まるのが、その巨大な上部構造物であろう。ともすれば宇宙活劇の光線銃か、あるいは玩具の水鉄砲のように、さまざまな構成要素がピラミッド状に積み重なり、艶やかな装甲が無骨なシルエットを洗練させている。その先端には、擲弾としてはやや小ぶりな射出口。

 異形の上部とはうってかわり、下部のパーツに目を向けると、上部から垂れ下がるように生えたグリップやマガジンなどの構成要素はごく一般的な突撃小銃のそれとさほど相違はなく、その極端な落差が、かえってこの火器の異常さを際立たせていた。擲弾射出口より前にせり出した、歪に太いマズルの直径は九粍。ごく一般的な突撃小銃の倍近い大口径から放たれる弾丸は、防弾装備すら易々と貫通せしめるだろう。艦首のように突き出した太く強大なマズルと、その上に艦載砲じみて陣取る擲弾筒がつくり出すシルエットは、さながら軍艦のごとき重厚さと力強さを纏っていた。その最上部に、羅針艦橋のように鎮座するスコープを、狂気の紅い瞳が覗き込む。その視線の先には、狂気を伝播する白い影。そこから角度を変え、鈴仙の視界は空を縦横無尽に撫で回す。そして――。

「――獲ったッ!」

 鈴仙は引いた。引鉄を、なんの躊躇もなく、最速の動作で引き抜いた。その影を視認した瞬間、白影(くねくね)に向けた銃口を粍単位でさえ動かさず、そのまま白影の正中を九粍徹甲弾で射抜いた。亜音速で放たれた徹甲弾は逡巡(10f)のうちに白影まで達し、あろうことか、そこで急激に方向を変えた!それは鈴仙がその須臾において視線を屈折させ観測していた方向に他ならず、即ち、その先にあるのは鼠の影(ナズーリン)

 引鉄が引かれ、徹甲弾が達するまでの10と1の須臾のあいだ、ナズーリンはダウザーとしての天賦の才か、第六感に近い反射速度でこれに応じた!硬質のペンデュラムを巨大化させ、盾として弾丸とのあいだに展開する!

「守符『ペンデュラムガード』ッ……ぐおおおおおおッ!」

 徹甲弾は巨大なペンデュラムを貫通するには至らなかったが、そのエネルギーは余すことなくペンデュラムへと伝播し、暴走ダンプカーめいてナズーリンを突き飛ばす!鈴仙はだが念入りに、もう一方の引鉄をも引いた!即ち擲弾筒である!徹甲弾よりは速度の劣る小型擲弾は、やはり白影でがくりと曲がり、先の一撃で回避動作をほぼ封じたペンデュラムに着弾、炸裂!成形炸薬(H E A T)金属噴流(メタルジェット)が生み出す爆圧がユゴニオ弾性限界を超えてペンデュラムを液状化させ、穿たれた孔へと僅かに遅れて炸薬による爆轟波が流入!中心部に凄まじいエネルギーを流し込まれたペンデュラムはついぞ爆砕され、その破片が榴弾片となってナズーリンを至近距離から襲う!

「ぐ、があああッ!」

 ナズーリンはだが、吹き飛びながら新たなペンデュラムを巨大化させて振り回し、いまだ自身に達していなかった榴弾片を叩き落す。そのままブンブンと振り回し、ハンマー投げのハンマーのようにペンデュラムを、目を閉じるマミゾウへ向けて投擲した!マミゾウは目を閉じたまま、これの着弾寸前に前方へ駆け出す!前傾姿勢というよりは四ツ足に近い状態で、マミゾウの身体は弾丸のように丘を滑り、飛来する鉄の塊ギリギリ下をすり抜けた!巨大質量が、鈴仙のすぐ横の倉の壁を砕く。そのとき既にナズーリンの手には第3のペンデュラムが、鈴仙からの追撃を拒むようにがしりと構えられている。先よりも強大な魔力が感じられる。鈴仙は追撃を断念し、マミゾウもまた、丘の端に達する前に地面を蹴飛ばすようにブレーキをかけ、ここではじめて目を開けた。ナズーリンは血の混じった唾を吐き捨て、構えたペンデュラムの重量に振り回されるように、不自然な挙動をとってふわりと着地した。

「……鈴仙・優曇華院・イナバ。君はなかなかに順応が早いな。正直、無礼ていたよ。謎もそろそろ解けたころあいかな?どれ、答え合わせをしてやろう」

 ナズーリンの姿からは相応のダメージが見て取れるが、彼女は不遜な態度をいっさい崩さない。尊敬に価する精神力だ。鈴仙は敬意のあらわれとして、複合火器(ヒートヘイズ)の銃口を下げた。

「互いに相殺し合う貴女の波長がそこかしこに感じられた。貴女は遍在している。だが、貴女は自身を『世界に一匹だけ』だと称した。この言葉に嘘偽りがないとするなら――遍在していたのは正確には、貴女本人ではない『何か』。そして恐らく、その何か――おそらく分身か、或いは囮――は、一定の条件を満たす事で貴女自身になり代わる。その条件は」

 鈴仙は親指でぐいと下瞼を引き、眼球を広く露出させた。

「これ、ですよね?」

「……くくく、アハハハ!素晴らしい。そこまでお見通しか、全くとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったものだ。私こそは兎を出し抜く亀かとも思っていたのだが、そうか、狸と組んだ兎とはな!騙し合いに長けるのも道理ではないか」

「なかなか素直に認めおるな、貴様。それも騙しじゃあ、あるめェな」

「ハハ、君もうたぐり深いやつだな。最早こうなっては、下手に隠す意味もあるまい。変に細部を誤認識されて、見当はずれな対策を練られても、それはそれでこちらが手の内を読みづらく、うまくない。概ねそうだな、君の言うとおりだよ鈴仙・優曇華院・イナバ。どれ、見せてやろう。どこかで見た鼠の影を―― *ミミクリー・マウス*」

 

 ナズーリンの手に、直径三十糎ほどの円盤が出現した。それは上面に何らかの機構が仕込まれていると思わしく、中央部に何らかの射出口のような形状が見てとれる。底面は重石のように平たい。そして明らかに、それは鈴仙が感じた『遍在する波長』を発していた。

「設置型の、(デコイ)……?」

「そう、よくある遠隔操作型のデコイだね。適当な場所に設置しておき、スイッチを入れると中から風船のように、偽者の私が出てくるというからくりだ。戦場ですばやく陣地に展開し、敵の目を騙すというわけだ。しかし私のこれに関していえば、単なるデコイじゃあない。それは君もわかっているね?」

 ナズーリンはそう言うと、円盤をぽいとフリスビーのように投げ落とした。驚くべきことに、円盤は地面に落ちると同時、たちどころに消えた。そしてナズーリンが指をパチンと弾くと、そこにナズーリンそっくりのデコイが――否、ナズーリンそのものが、そこにいた。そして先ほどまでナズーリンのいた場所には、誰もいないし何もない。

「ミミクリー・マウスは不可視の状態で設置され、遠隔操作によって私そっくりのデコイを生成する。そして何者かがデコイを視認し、それを『私だと認識した』瞬間――これは時間の最小単位である須臾ひとつ分において、観測者の視認と完全に同時だ――私は『認識されたとおり』そこに存在することになる。元いた場所ではなくね。当然、脳が情報を受信したのと完全に同時に私が現れ、その情報がそこから処理されるわけだから、ミミクリー・マウスそのものは事実上、誰にも認識されない。地味だろう?これが私の都市伝説『世界に一匹だけの鼠』だ。

 原典は外界に伝わる伝説上の鼠だという。その鼠はあまりに著名であり、世界中の誰もが知っている。そして驚くべきことに、その鼠は世界中のそこかしこで目撃される。その鼠は世界にたった一匹しかいないというのに、だ。ハハッ!何のことはない。御伽噺の夢物語だよ。しかしてこの私、都市伝説使い(オカルティスト)のナズーリンは現実世界の住人だ。恐らく新オカルトボールを拾ったのも、結構に早いほうだったのではないかな?ミミクリー・マウスは既に、この小さな小さな幻想郷の中のそこかしこに設置してある。私も自慢じゃあないが、寺にはそれなりの頻度で出入りしているし、ご主人様にもよくして貰っているものでね。これでも意外と、仏様の眷属たる鼠として知名度があるらしい。ひとたびミミクリー・マウスを起動し、どこかしらが誰かの視界に入れば、余程の異常事態――そうだな、例えば正体のわからない誰かと戦っていて、その正体が私であると気を回す暇がないような――でない限り、この私であると認識して貰えるようだ。これがどういう事か、懸命な君らであれば、わかるね?」

「なる程。幻想郷に住まうもの全員が、貴様の逃げ口を確保する味方ということか。大層に面倒な事だ」

「味方?根本的に思い違いをしているようだな二ッ岩マミゾウ。この世界に味方という概念はないのだ。万物は2種類に分類される。いま敵であるモノと、いまだ敵でないモノだ。敵でないまま滅するモノと、或いは己が滅するまでに敵でないモノを、天寿の儚き人間どもが味方と呼称しているに過ぎないのだ。万物はいずれ敵に回る。このオカルトボールの奪い合いにおける、君らの一時的な協力関係のようにね……君らのコンビネーションがうまくかみ合うほど、いずれ来るその時、君らの力は半減以下に落ちるというわけだ。だが私は違う。私の都市伝説は今しがた証明したとおり、たとえ敵の視線であっても利用できる。いまだ敵でないモノしか利用できない君らと違い、私の都市伝説は森羅万象すべてを利用できるのだ。たとえ世界のすべてが私と君らの敵に成っても、君らは窮地に陥るだろうが、この私は猫を噛むまでもなく、普段どおりの絶対優位性(アドバンテージ)を維持できるのだ。これが君らと、私の根本的な能力の優劣だよ」

「なかなか大きく出おったな。じゃがその理屈で言えば、この場で利用できるのは儂と優曇華院のみじゃぞ。タネを理解した儂らを、そうそうに利用できるものかね?」

「やりようによるさ……知られているからこそ使える手もあるのだ。こんなふうになッ! *ミミクリー・メテオス* ッ!」

 

 ナズーリンは大きく後ろへ跳び、思いきり全身を振り上げるように、空に向かって大量のデコイ円盤を放り投げた!そして放物線を追従するがごとく、自身もまた跳躍!鈴仙はこれを迎撃すべく複合火器(ヒートヘイズ)を構え、そこで気付いた!ナズーリンと多数のデコイ円盤が、完全に同時に視界にある事に!鈴仙は『ナズーリン』へ銃口を向けるが、引鉄を引くことができない。それが無駄であると理解しているからだ!

「ははははは!さらにこうだ! 捜符『レアメタルディテクター』ッ!」

 スコープ越しの狂気の瞳がナズーリンに狙いを定めたその瞬間、まさに瞬間だ!ナズーリンは鈴仙の視界に映り込んだ別のデコイ円盤が、既にナズーリンに変化していた!――否!より正確には、ナズーリンへ照準を向けたその時、投げられたミミクリー・マウスのうちの1体が発動したのだ!当然そのデコイは鈴仙の視界内であり、また鈴仙は発動したデコイがナズーリンとなる事を先の問答から既に知ってしまっているので、その須臾においてナズーリンはミミクリー・マウスの位置へと移動する。だがそれはナズーリンの一挙手一投足を情報伝達する光の速度よりも、またそれを処理し戦闘に転用するまでのタイムラグよりも、そのどれよりも速く短く行われたがゆえに、彼女には一切反応ができないのだ!当然、その位置から放たれたレーザーを視認しギリギリの動体視力で回避するのが手一杯であり、それを避けている時には既にナズーリンの姿はそこにはなく、否、それを避けたと同時に移動したと言うべきだろう!波状攻撃的にレーザーを放つナズーリン!そして着弾したレーザーが、既にセットしてあった不可視ミミクリー・マウスを跳ね上げ、可視化する!不可視の鉱石をあばくナズーリンのダウジングスペル、その転用だ!跳ね上げられ可視化されたミミクリー・マウスもまた否応なしにナズーリンの連続攻撃ギミックへと組み込まれる!四方八方に遍在するそれを視界に入れぬようにと努めればレーザーで射抜かれ、だが視界に入れれば既にナズーリンがそこにいる!

「……ッ!これが狙いかッ!」

「はははは!よくぞ理解したな懸命なる雑兵よ。ヒト畜生の紛い物としては上出来だ!だが君は光速が遅い、あまりに遅いなッ!私の姿かたちを輦せ君の瞳へ向かう光導の客船が、一千兆の須臾を重ねて七ツの星ともう半分を物見遊山で巡るあいだ、我が都市伝説は涅槃寂静(ヨプト)に満たず三千大千世界の端から端をも跨いでみせよう!君が引鉄に指をかけたその弾指、退屈凌ぎの欠伸(あくび)を一ツ、肩を鳴らして鼻歌二ツ、それから漸く後の先を取ろう!何故なら君は、私の都市伝説をもう理解(わか)ってしまったのだから!そうだろう!?音に名を聞く怪異の新王!きさまの都市伝説(くねくね)こそが!正真にその体言者であろうよッ!理解とは駆虫薬に非ず!理解とは糧なのだ!心神に巣食い無尽蔵に育つ怪力乱神の糧なのだッ!」

 鈴仙はあわや脇腹を撃ち抜かんとするレーザーを飛び込み前転で回避し、兎の敏捷性でもって跳躍、空中でコマのように回転しながら銃弾をばら撒く。だが極端に広い月兎の視野のうち、銃弾が同時に存在できるのは1発につき一箇所だけだ。ナズーリンは鈴仙の視線が発する狂気の波動を第六感で感知し、的確にその視線を避ける位置に出現、レーザーで攻撃動作を妨害し移動をくり返す!鈴仙は倉庫を中心に丘をぐるりと大回りし、崖下にすべり込んで岩肌に背をつけた。崖上では射撃音がいまだ聞こえる。ターゲットがマミゾウに切り替わったらしい。

 足下に視線を落とす。左脛の左右に穿孔が開き、赤い染みが靴下に広がる。ここに滑り込むさい、避け損ねたレーザーが穿った傷を、着地の衝撃が広げたか。過剰分泌された脳内物質の影響で、まだ痛みは知覚されていない。背と右脚になるべく全体重を預け、射撃姿勢を辛うじて維持。そこから少し左前に視線を逸らす。膝ほどの背丈でくねくねと蠢く、ヒトに似た奇妙な白影。頭上には、葉をつけておらず樹皮が剥き出しになった細い木。この木の枝に1、根元に2、そして足下の1と合わせ、計4ツ。ここから枝上のくねくねを経由し、崖上根元の左右1対から、丘の全域へとあらゆる波長を届けることができる。この崖下が最後の砦であり、当初の切り札だった。

 敵がずば抜けた索敵能力を有するナズーリンでなければ、崖下から屈折させた全力の幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)で不意討ちをしかけ、倒すことができただろう。だが、同じメカニズムを介して死角に届けた喪心創痍(ディスカーダー)を一度見せてしまっている。一定以上の狂気を放てば即座に感知、攻撃を予測され、ナズーリンは崖下に移動しこちらを再び襲ってくるはずだ。そうなれば、足をやられた鈴仙は今度こそ手詰まりだ。

 

 ――その頃!崖上ではナズーリンの猛攻撃が続いていた!マミゾウは倉庫の屋上に陣取り、強靭な脚と腕の筋肉を余すとこなく駆使して跳ね回りながら、四方八方より降り注ぐレーザーを避け続ける。屋上のスペースはいちだんと狭く、そこに設置されたミミクリー・マウスの総量も倉庫の周囲とくらべて少ない。ナズーリンも思ったふうな移動ができず、マミゾウの人とも獣ともつかぬ異常な動きに致命打を与えあぐねていた。逆立ち状態から片腕で8尺ほども跳ね、着地した片脚を軸にしてコマのように回転、上半身を90度捻って足を蹴り、わずかに浮いた隙間にレーザーを通しながら頭頂部より着地、首の筋肉のみで全身をぐるりと持ち上げ、四つん這い姿勢から四肢すべての筋肉を爆発させて弾丸のように射出、繰り出される右手の一撃をナズーリンが辛うじて避ける。食い縛られた犬歯の隙間から蒸気が漏れ出し、皮の上から瞭然なほど形を歪めた全身の筋肉が、再び炸裂するときを待ちわびるように超高密度で凝固する。

「たいしたものだ。尋常の畜生変化であろうとはゆめ思わなんだが、君の肢体は怪力乱神そのものか。うちの主人も近しい性質は有しているが、なる程君のそれは妖獣というカテゴリにおいては、規格外と言って差支えがないな。厳王大善神の名は伊達ではないか」

「神さんのなり損ないというのは多かれ少なかれそういうもんじゃ。信仰それ即ちは現実を書き換える言霊(レッテル)の極北。それを喰うて肥え太った野良畜生がこの儂よ。如何せん、呑み食い騙しに稼ぎと博打は加減のきかん性質でなァ! 未確認『遊抱戯画』ッ!」

 マミゾウは大きく後方へ跳びつつ両手で印を結んで構え、突き出した。ちょうどその位置の空間に孔のような影が浮かび、そこから青白い飛行円盤を模った大型の霊力弾がずらずらと列をなし、無尽蔵に湧き出してくる。直径はおよそ3尺。スピードは極めて遅く、常人ならば徒歩でも追い抜けるほどだ。隊列は屋上の淵にさしかかると、ちょうどほぼ正方形の屋上を底面とした見えない直方体の内側で反射するようにカーブし、また直進。ナズーリンは忌々しげにこれを狙いレーザーを撃つ。が、隊列を斜めに穿ったレーザーはそのまま一切威力を落とすことなく屋上に着弾、デコイを跳ね上げるにとどまった。一切、相殺の反応が生じていない。レーザーが威力を一切減じないのと同じく、円盤もまた、一切の影響を受けず直進を続ける。この円盤にはそもそも、相殺という概念がないのだ。身を守る盾にもならぬかわり、一切の妨害を受け付けない!

「チッ……霊力の隙間に多重強制誘発術式(イベントハンドラ)でも仕込んで相殺判定そのものを潰したか。小癪な真似を」

 およそ尋常の発想ではない異様な付随術式(サブルーチン)。それも弾の制動や威力に一切関与しない、意図的な誤動作をおこす為のみの冗長処理だ。無法も無法、あの円盤1機にかかる霊力は少なくとも、同威力の霊力弾と比較して数倍から数十倍であろう。コストパフォーマンスを度外視した空間制圧弾幕(スペル)。異様に遅い弾速と相俟って制圧力は甚大だが、そう長く展開できるたぐいのものではない。恐らく表には出さぬが、遍在攻撃への哨戒には相応の消耗があったと見える。ここで一気に勝負をかけるはらづもりなのだ!ナズーリンは空間制圧をあきらめ、マミゾウ本体への攻撃を再開した。制空権なぞくれてやる。かわりに勝利をこちらへ寄越せ!

 マミゾウは既に回避動作に戻っている。獣の獰猛さと化物の異様さを兼ね備えた奇々怪々なる挙動。その独特の身体の捻れが視線と移動の方向を完全に交錯させ、その予測を困難極まるものにしている!その視界のなかで、マミゾウの打撃攻撃範囲内でなく、かつ円盤隊列の軌道上でもないミミクリー・マウスを瞬時に選び取り、そこへ瞬間的に移動!レーザーを放ち即移動!マミゾウの筋力は既にフルスロットル、前哨線の切り結びとは異次元の強度に達している。このおぞましい化物を前に、狭い屋上で数秒間も同じ空間座標にとどまれば敗北は必死だ。レーザーは攻撃のみならず、次の移動への布石ともなっている。この一連のルーチンを一瞬たりとも止めてはならない!里への離脱は?――NO!加速しながら高速で回る大縄跳びを飛びながら、一度外に出て戻ることは容易か?完全同期した今のテンポをひと度崩せばリカバーは困難!この機を逃せば勝機はない!撃つ!動く!撃つ!動く!左腕をバネに回転跳躍したマミゾウの視界のが回転し、そこを薙ぎ払うように右腕が通過!空中で上体を反らし、紙一重でこれを躱したナズーリンの前髪を風圧が巻き上げる!通過した右腕の上面を狙い至近距離からレーザー発射!ほとんど横転姿勢のマミゾウは回避をあきらめ、右大腿筋由来の脚力のみで強引に全身を捻り、震脚のように足裏を叩き付けて強制的に立ち姿勢に変化!倉庫の屋上が踏み抜かれ、舞った破片と砂煙が一拍遅れた衝撃波で吹き飛ぶ!そして踏み込むと同時、両腋を締めて拳を強く握り、上腕二頭筋を最高硬度まで圧縮!レーザーが着弾し、右腕を跳ね飛ばす!そして開いたガードの下、右脇腹へロッド2本を束ねたフルスイングの一撃を叩き込んだ!

「ぐ、がアアアッ!」

 クリーンヒットの瞬間、場を制圧していた円盤編隊が消え、ほとんど足場として破壊された屋上でマミゾウがよろめく。好機!ナズーリンは勝負を決めるべく最後の一撃(ラストワード)を放とうと……した瞬間!ナズーリンは違和感に気がついた。カードが……ない!ナズーリンは記憶を反芻する。彼女の切り札、怪ラストワードは鈴仙の手札破壊(ハンデス)スペルで破壊されていたではないか。

 この一瞬がナズーリンの明晰な頭脳を、交戦による興奮状態からクールダウンさせた。極端に時間感覚が鈍化する。極限のストレスによって、体感時間が圧縮されているのだ。ナズーリンのダウジング訓練で研ぎ澄まされた第六感が、警鐘を鳴らした。ここで攻めるべきではない。ナズーリンはダウジング理論によらない民間占術のたぐいを信仰してはいないが、今回ばかりは、怪ラストワードを破壊され攻撃できなかったことが、深追いするなという天のお告げか何かに思えた。何かが、くる。根拠のない確信が、ナズーリンをすんでのところで回避行動へと突き動かした。直後!

「 *宇宙機密漏洩!直ちに処置せよ* ッ!」

「ぐおおッ!」

 マミゾウの姿が黒スーツに変わり、謎の閃光が、屈むように回避動作をとったナズーリンの頭上を走った。マミゾウの手には、ペンライトのような器具。ナズーリンはすぐさま理解した。――煙管を化かしていたのだ。ナズーリンが深追いを狙う、この一瞬に強烈なカウンターを撃ち込むために!

「残念だな。私の、勝ちだッ――」

「『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』!!」

 勝利を確信したその瞬間、ナズーリンの第六感が再び警鐘を鳴らす。しかも今度は大音量のサイレンだ!この感覚。間違いない。迫っている!鈴仙の狂気の瞳による波動攻撃、それも先の手札破壊(ハンデス)とは比較にならない大出力だ!ナズーリンは頭脳をフル回転させる。鈴仙は崖下に逃げ延び、こちらへ一方的に攻撃できる位置に陣取っているのだ。その場しのぎの回避は意味がない。多少の被弾を覚悟し、根元を叩くほかない!ナズーリンは至近距離で直接目を合わさぬよう手を眼前にかざし、鈴仙の逃げ込んだと思しき崖下に設置されたミミクリー・マウスを起動した!

 

 ――ナズーリンの時間感覚が再び超圧縮される。ミミクリー・マウスは確かに起動した。だが、転移していない。己の肉体はいまだ、小屋の上空にある。無防備にも、視界を半分覆った状態で。マミゾウの前に!その一瞬の隙は、互いに高まり切った両者の周波数に対してあまりにも大きい!

「うううおらアアアアッ!」

 マミゾウのハイキックが、ナズーリンの腕を跳ね上げた!不安定な足場では、蹴りの威力は激減する。だが、彼女の視界のガードをこじ開けるのには充分なのだ。不意に開けたナズーリンの視界に、白い影が見えた。くねくねと動く、奇妙な人型の、だが人ではありえない動きの。そして瞬く間すらなく、視界が急速に紅へと染まっていく――!

「あまり見ねェほうが良いぞ。イカれちまうからな」

「ぐ、おおおおおおおおああああああーーーーーッ!」

 凄まじい狂気の波動がナズーリンを包み込む!脳が揺さぶられ、自意識をハンマーで叩き割られるような感覚!規格外の精神攻撃!全身がバラバラに引き千切られるような錯覚!ナズーリンはそのまま吹き飛ばされ、半壊した小屋の屋上を貫いて地面に激突した!直後、ナズーリンのオカルトボールがポケットの中から消失した。勝者の、鈴仙のもとへと移動したのだ。

「ぐ、が……な、何故だ……何が……」

 意識のぐらつく頭を押さえ、ナズーリンはどうにか立ち上がった。マミゾウもまた、軋む身体に鞭打って小屋の下へと飛び降りた。しばらくして、片脚を引き摺った鈴仙が崖下から這い上がってきた。鈴仙はナズーリンを見るなり、不可思議そうに首をかしげる。

「え、あれ……?あの、私の戦ってた相手って……あれ?ナズーリンさんじゃなくて……?」

「――何を言っている。私はナズー……ッ!二ッ岩マミゾウ。貴様、何をした」

「ヒヒヒ……悪ィな。コレよ」

 マミゾウは懐から、先のペンライトを取り出した。

「おう優曇華院。そいつはナズーリンで合っておるぞ」

「貴様、まさか……私の、姿かたちの記憶を?」

「正にその、まさかよ。優曇華院の記憶をチョイと弄くらせて貰った。お主の外見にかんする記憶を一旦飛ばして、書き換えた。少なくとも、お主に似せた囮人形を見ても、即座にお主であると判別できぬ程度に」

 マミゾウはペンライトで、ナズーリンの後方を指し示した。白い影。倉庫右側に敷設されたくねくね。ナズーリンは仰向けに倒れ込み、大の字になって小屋の玄関口から天を仰いだ。

「……そこから逆流させたというわけか。大した奴だ……。どこまで計算済みだ?」

「それを山師に尋ねるのかね。あの大一番、主が避けねば儂が勝ち、主は避けたが儂は勝った。それだけよ」

「ハ、ハ、ハ!そうか。そうかァ!全く私の予感は良いも悪いもあたるものだ。最後の最後で厭な予感がしてはいたが、よもや詰みであったとはな。今回もみごと的中だ。ダウザー冥利に尽きるよ、全く」

 

 ナズーリンは大きく伸びをし、やれやれと埃をはたきながら柱を掴んで起き上がり、ロッドを杖にして首をゴキゴキと鳴らした。満身創痍の鈴仙が警戒を向けるが、マミゾウは腕組みして煙管(今度は本物のようだ)をくわえ、微動だにしない。

「アー、アー。案ずるな。オカルトボールの蒐集はたんなる私事だ。そうまでして欲するほどのものではない。負けは負けだよ。私はそもそも、真っ向勝負に向いたたちではないのだ。せいぜい毒腐鼠(ドブネズミ)らしく、棚上の牡丹餅を先にくすねる努力でもしようじゃあないか。君らも頑張ってくれ給え。鷸蚌(いつぼう)の競合いなくして漁夫の利はないのでな」

 そう言うと、ナズーリンは麓への坂道に向かって歩き出した。そしてフラフラと5間ばかしを進んだところで立ち止まり、ふいにロッドを構え、崖の向こうを指し示した。

「いま人里にひとり、都市伝説使い(オカルティスト)がいる。私が手を出さなかった大物だ。いつまで里にいるかはわからんが――本気で蒐集するつもりなら、避けては通れぬ相手だろうよ。今すぐやるかやらぬかは、君らに任せよう。無論、信じなくとも結構だがね」

「……あの、一ツ宜しいですか」

 鈴仙はおずおずと警戒を解き、ナズーリンに尋ねた。

「宜しい宜しくないは内容による。私に不都合がないのなら、教えてやらんわけでもない」

「貴女はオカルトボールを蒐集していると言った。ならば知っているのでしょう。今回のオカルトボールをすべて集めると……一体。何があるんですか」

 ナズーリンは少し驚いたふうな顔をつくり、その後少し思案したのち、口を開いた。

 

 

「知らんのか。今回のオカルトボール――新オカルトボールとでも称するべきか――をすべて蒐めると……都市伝説が、完全なる幻想として成立する。我々妖怪と等しく同じく、この幻想郷に顕現する。所有者の、その力の一部としてな」

 

 

【07につづく】


 
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