No.831310

自己増殖性ラビュリントス 04「心神」

「もし、深秘録参戦者以外がオカルトボールを手にしたら」というifをもとに描いた、東方深秘録のアフターストーリー的連作二次創作SS(SyouSetu)です。

!注意!
このSSは一部の幻想住人にとってアレルゲンとなる捏造設定や二次創作要素がふくまれている可能性があります。
読書中に気分が悪くなったら直ちに摂取を停止し、正しい原作設定できれいに洗い流しましょう。

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2016-02-17 01:16:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:401   閲覧ユーザー数:401

04 心神 -Spirit-

 

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 次に目を醒ましたのは小奇麗な館の中だった。両手の動きはずいぶんと戻っている。全身は多少軋むが、万全に近い。私は周囲を見渡した。洋室ではあるが、洋館というには少し日本的で、畳敷きの床に無理矢理引いた絨毯の上に、似つかわしくもないベッドが乗って、その上に自分がいる。この家自体が魔力のかたまりのようだった。

 魔力とは道教でいう三魂七魄のうち七魄を操る力、と説明される。物質的な性質をより濃く持つのが魔力であり、形而的な性質の濃い霊力とは似て非なるもの。制御工学と情報工学の差。というのを昔、太子から教わったような気がする。両者のはたらきは非常に近く相互に蜜月関係であるため、多くの現代人(エンドユーザ)が制御工学と情報工学の差を意識せず、混同ないしブラックボックス化してその恩恵に預かっているように、妖怪の中でもこれらの違いを明確に理解し使用している者は少ない。とうぜんだが私もそんなことはふだんぜんぜん気にしておらず、ただ漠然とカンが良いせいなのか、この亡霊となった身体がなぜお茶碗を持ったりチョップしたりできるかを説明する力が魔力であり、それと同質のものがこの館に満ちているということはなんとなくわかる。要するに、ここにいると傷とかが早く治る。たぶん。

 ところでそんなことはどうでもよいのだ。まずもっと気にすべきことがあるであろう。そうであろうそうにきまっておる。脳内でイマジナリー・チビ物部がチョロチョロと正論をふっかけてくるのを手で振り払いながら、私は当然の疑問をひと呼吸遅れて頭に浮かべた。

 ここ、どこだよ。

 

 こういった雰囲気の建物には本気で見覚えがない。こう言うのもなんだが、黒船来航前のオールドファッションが現役最先端を担っている人間の里に、こんな小洒落た家があるとは思えない。太子が封印されているあいだ、それなりに外の世界の様子は見て知っている。これは外界、それも近現代の様式に近い。なる程。これは外界の魔力か。どうりでよく馴染むはずだ。外界?結界の外まで吹っ飛ばされた?いやいやいや。そんなバカな。里を外れれば妖怪の棲む洋館はいくらかある。おおかたその中のどれかに、物好きの家主が外来品のインテリアを突っ込んだのだろう。

 とかく考えていても始まらないので物色してみよう。タンスやツボに薬草や日本円などが入っているかもしれない。のそのそとベッドから這い出し、手近なタンスの引き出しに手をかけたところ、

「おいこら、人の部屋を勝手に物色するんじゃあない」

「ウワッ誰だ!?」

 

 

 蘇我屠自古は振り向きざまにチョップを一発喰らい、コロリと烏帽子が床に落ちた。

「誰だじゃないわ、家主にきまっているだろう」

「あ、ハイ……失礼しました」

 本来なら烏帽子を取ってしまうのはたいへん失礼なのだが、今回はどう考えても自分が悪いので仕方あるまい。屠自古は烏帽子をヒョイと拾い、申し訳なさそうに頭につけると、まじまじと家主の顔を見た。茶髪のショートボブ、焼き鉄色の瞳。一見堅苦しい白のワイシャツは袖口と襟首、それからネクタイを彩る毒々しい薄紫が相殺し、カジュアルさがやや勝っている。黒のスカートにはぐるぐると魔力の輪が7条巻きつき、フヨフヨと等間隔で浮かんでいる。両手には赤い琴爪が計6本。琴の妖怪、付喪神のたぐいか。

「えっとおたく……どなた?」

「あのねえ……こういうとき普通なんか言う事ないの?道でぶっ倒れてたのを拾ってあげたっていうのに」

「アー、その、なんだ。申し訳ない……」

「まあ、いいか。私は九十九八橋。琴の付喪神。ここは私と姉さんの家で、まあ、今姉さんは留守だから」

「あ、ども……蘇我屠自古です」

 屠自古はぼりぼりと頭を掻きながら、ばつが悪そうにお辞儀した。九十九。そういえば前に、付喪神が大発生した異変があった気がする。その時一部の付喪神は、異変収束に伴う消滅に抗うべく、外界由来の魔力を求めたとか。その折に聞いたような名だ。なる程、この家の内装がやけに外界じみているのはそういう理由か。

「そそ、そういうこと。付喪神って、魔力がないと肉体を維持できなくなって消えちゃうからね。ふつうは付喪神になる時点でじゅうぶんな魔力があるんだけど、私らはほら。前の異変でドカンと飛び級に付喪神になった。だから異変が終れば元通り。でも、それはイヤだからね。一応外界から魔力の供給源は確保したけど、なにせ急ごしらえだからエネルギー効率が悪くってね……ってことで、家の内装にしかけを施したの。外界の魔力を家にも込めて、ここで暮らすことで、間接的に魔力を供給してるというわけ」

「ほほう、器用なやつだなあ」

「ま、当然よ。誰だって、一度受けた生をむざむざ捨てたくないでしょ。元は何もなかった、いずれなくなるはずなのに。命を持っちゃうって、意識を持っちゃうって厄介なものよね」

 

 どきり。屠自古の胸に、なんともいえない痛みが走った。ずるずると、気を失う前の光景がフラッシュバックした。黒い怨念の塊。圧殺しにかかる『それ』。博麗太郎。原始的な恐怖。消えたくない。こいつはヤバい。そして、自分と怨念の間に――。

「……なあ九十九。いきなりで悪いんだが、私が倒れてたとこの近くに……なんか、紫の珠とか落ちてなかったか?」

「へ?うーん、どうだったかなァ……ごめん、暗くってあんまり見てないわ。もしかして大事なものだった?」

「あ、いや……いいんだ。あるわけないんだ」

「?」

 訊かずにはいられなかった。答えがわかりきっていたとしても。そう尋ねざるを得なかったのだ。心のどこかで、認めたくなかったのだ。オカルトボールはもう、手元にない。――レイコはもう、屠自古のそばにはいない。おそらく、どこにもいない。オカルトボールをすべて失えば、都市伝説は消滅する。今回はそういう『ルール』だったのだから。

 やるせなく少し俯いた屠自古の表情の変化を読み取ったのか、八橋はぐいと彼女の顔を覗き込み、訊いた。

「なんだか訳ありのようじゃない。どうせ乗りかかった船よ。何があったか話してみなよ」

「……」

 それから屠自古はぽつぽつと、時間をかけて、濃密で短い数日間について八橋にとりとめなく話した。新オカルトボールの存在。カシマレイコとの出逢い。クラウンピースとの戦闘。人里の噂。そして、博麗太郎。自分で話していても、あまりに話にまとまりがなく、本当にそういう出来事があったのか、自信が持てないほどだった。夢かなにかを錯覚したのではないか、そう思ってしまう現実感のなさが、屠自古自身の喪失感を防衛本能が誤魔化すための麻酔だったのは恐らく、間違いないだろう。

「なるほどね。その自称博麗太郎とかいう狂人に、してやられたと」

「……うん」

「情けないの?胡乱な狂人に負けたのが」

「……違う」

「じゃ、悔しいの?オカルトボールを奪えなかったのが」

「……違う!そんなんじゃあ……」

「じゃ、なに?」

「…………何んでも、ない。ほうっておいて、くれよ」

 八橋はハァーッ、とため息をつき、少し呆れたふうな顔で頭をぼりぼりと掻いて、屠自古に向き直った。

「その先。ちゃんと言語化しなきゃあ、ケリがつかないわよ。自分も、喪ったものにも、嘘をつき続けるしかなくなる。それでもいいの?」

「…………」

 屠自古はもがもがと、俯いた顔のまま両手を動かし、声にならない声を口腔のなかでかき混ぜた。そのすがたを八橋は、じっと待つように辛抱強く眺めていた。ほとんど初対面の屠自古に、ここまでしてやる義理はない。義理はないが道理はある。八橋はすぐにそう結論づけた。己がこうせねばならぬのだ。彼女は、彼女自身のためにそうすべきなのだ。そうでなくては、彼女は己をも否定することになるだろうから。

 

「……お菊と物部。最初はさ、都市伝説に振り回されて、呑み込まれかけててさ。大丈夫かよって思ってたんだよ。前の都市伝説のときにさ。――でもさ、当然なんだよな。だってお菊と物部、仲良かったんだよ。仲、良かったんだよ。あいつら。

 うん。正直に言うよ。羨ましかったんだよ。だってさ。私らこれでも、生きてる頃は結構、エゲつねぇ事ばっかしてきたしさ。身内のほうが信用ならなくってさ。物部も、太子だって、正直、信用できないよ。それがさ。あいつにとっての身内だろ、お菊。ぜんぜん違うんだよ。皿割る奴と数える奴がだぜ、皿つながりだけで仲良くしてるんだよ。それこそ、呪いじみた影響が出ちゃうぐらいにさ。ばかばかしいだろ。それが羨ましくなくて、なんだっていうんだ。

 ――レイコはさ。カシマレイコ。あいつ、無口だったんだよな。お菊と違ってさ。無口っていうのもヘンかもしれない。他のやつから見たら、私の道具みたいに見えたかもしれない。でもさ、わかるんだよ。わかるだろ、あんたも。あいつにも、ちゃんと、心はあったと思うんだよ。だって、あいつ。頷いたんだ。私がやれるか、って言ったら、頷いてくれたんだ。それだけでじゅうぶんなんだ。私があいつを信じてやるのに、それ以上は何もいらないはずなんだ。

 そもそも、心ってなんだ?たましいとか、命とかってさ、そんな大層なものなのか?私なんて死んでるし、生きてる人間だって、脳みそ開いたら、電気が流れて動いてるだけだろ。で、判断とかするわけだろ。何が違うんだ、みんな。人命は尊いとか、命はモノよりすぐれてるとか、そんなの、わかんないだろ。逆なんだよ。モノだって、電気だって、道具にだって、命や心があったって、いいじゃあないか。大事にしたって、尊んだって、いいじゃあないか。

 あいつはもう、いない。いなくなった。あいつが何を考えてるかも、私が何を思っているかも、何もやりとりできないままに、あいつはもういなくなった。私を護ってくれたのか、私があいつを盾にしたのか。実のところはわからないんだ。そうであって欲しいとか、そうでなくて欲しいとか、そういう利己的な感情が、申し訳なさと一緒になって、ずっとぐるぐる回ってるんだ。それがどうにも悲しくって、やるせなくって、自分が許せなくて、申し訳なくって、情けないんだ。博麗太郎なんて、どうでもいいんだ」

 いちど口を開くと、言葉が滝のように一気に流れ出た。それが屠自古の思いの丈だった。言語化しなかった事で目を背けていた悔しさが、口から溢れた途端に鼻をつく吐瀉物の異臭めいて、屠自古自身を苦しめた。だが、そうでなければいけなかったのだ。そうしない事が、レイコへの裏切りであるのだ。屠自古は噛み締めた。頭痛がして、顔の表面が引き攣って、両手の先が冷えて痺れた。咽の奥と、眉間と、両肘と肺が痛かった。

 

「――だあああああああああっ!」

「どわああああああ!?」

 そこまで見守っていた八橋が突如、屠自古の胸ぐらを掴んで引っ張った!そのままずかずかとドアを蹴破り(ドアの材質はとても頑丈なのでびくともしない!)、そのままタコ上げの助走のように廊下を駆け、屠自古の胴体をいちども床につける事無く、家の外へと放り出した!凄まじい身体能力!魔力強化のなせるわざであろうか!まるでニンジャだ!

「うおらああああああ!」

「どおおおおおえええええ!?」

 ビターン!地面に顔から突っ込み、いつの間にか烏帽子も落としていた屠自古は、何がなんだかわからず混乱しながら立ち上がった。本来なら烏帽子を取ってしまうのはたいへん失礼なのだが、もはやそんな事は気にもならず、とにかく反射的に左右を確認したりした。

「な、な、何すんだよいきなり!」

「だあああもう!うっとうしい!お前私と一発やれ!今から!」

「な、な!?何を!?ナニをヤれと!?」

 ぼさぼさの髪を振り乱し、うろたえる屠自古の顔面に、1枚の御札(カード)がべちんと叩きつけられた。

「決闘!弾幕ごっこ!いいからサッサと準備しろ!」

 

 

 ひとまず廊下へ烏帽子を取りに戻り、ついでにボウガン2挺も取り出した屠自古は、九十九邸の前で3間ほどの間合いをとり、八橋と向かい合った。八橋は大きく脚を開いて上半身を引き、琴爪をつけた両手は指を自然体で軽く伸ばし、あたかも雲間にうねる龍のように、左手は前に、右手は引いて首の横に。腰を落とし、しかと大地を踏みしめた構えはどこか八極拳を思わせる。柔軟にして強固。屠自古もボウガンをしかと握り、視界を邪魔しない範囲で突き出し構える。

「なあおい今更だけどさ、なんでこんな事に……」

「攻めてこないならこっちから行くよ。琴符『諸行無常の琴の音』」

 八橋の細く白い指が御札(カード)をつまみ、宣言と同時、両手が交差するようにスカートの琴線を爪弾いた。ペペピン。高く上品な音色と共に、周囲の空気が変わる。

「くそッ!まあいいよ!やってやんよ!」

 なんだかよくわからない内に負けるというのは気分が悪い。やるからには勝ちに行ってやる。屠自古はいよいよ開き直って覚悟を決めた。初弾は何だ、狙撃か?制圧か?あるいは打撃か?屠自古は全身を流れる霊力の循環をを加速させ、体感時間を鈍化させる。見極めて回避して、主導権を握るのだ。

 だが屠自古の目論みはうまくいかなかった。それは奇妙な感覚だった。弾丸が飛んでこない。攻撃が来ない。否。音の塊のような弾が、八橋をとりまくように、ぞろぞろと渦巻いているのだ。それが屠自古の想定よりもはるかに遅く、また、己を狙っているわけでもなかったために、うねる音弾の軌道をかえって見えづらくしていたのだ。屠自古が見当外れに気づき、体感時間を適正に調整し直した頃には、既に音弾が周囲に満ち満ちていた。それが各々、勝手勝手に蠢いて、いびつな列を成しながら、じわじわと屠自古のそばへと寄ってきていた。屠自古は牽制に雷矢を5本ばかし撒いてみたが、それぞれが音弾にぶつかり、徐々に力を失ってひょろりと消えた。これでは、闇雲に雷矢をばら撒くのは効果が薄い。二重三重に重なった音弾の層のどれかに当たるのは確実。この結界をすり抜けるのは、いかな屠自古の雷矢とて至難である。

「ちくしょう、めんどうだ!撃ち抜いてやる!尖雷矢『ガゴウジマイクロバースト』ッ!」

 屠自古はぞろぞろと圧を増す弾の壁から距離をおき、ボウガンを3点バーストモードに切り替えた。驚いたことに、八橋と屠自古の距離は既に6間、当初の倍ほども離れている。知らぬうちにじわじわと、音の壁に離されていたのだ。これではジリ貧は必死!屠自古は焦燥にかられ、八橋を中心にコンパスのように円形に動いて壁の進軍を遅延させながら、貫通の雷矢を放った。だが音の壁は隙間なく三次元的に展開しており、進むうちに平均して5から6の音弾とぶつかり、4間も進んだころには、雷矢の力は失われてしまう。

 屠自古はさらに回転の周波数を上げていく。今回は博麗太郎のときとはちがい、両手は万全だ。ブレなく、正確に、3本の雷矢をまっすぐ連ねて放つ。その矢が最小限の被弾で八橋へと到達する、その確率は如何程か?ならば、それを引くまで回すのみ!円を描きながら壁をいなし、最高の一撃を二度三度、四度五度と重ねて束ねる。だがあとわずか届かない。そのわずか届かぬという状態が、屠自古にとっては有利に感じられた。次なら、この一撃ならば。だが気が付けば、屠自古の回転半径はじりじりと広がっていた。

 

「さあさあどうした!そんなんだから博麗太郎にも負けるのよ!」

「うるさい!今はあいつは関係ない!今度は今度だ!今度は勝つのだ!」

「だから負けたといっている!何が今度だ!何が今だ!今のおまえは今しか見ていない!おまえは何も見えちゃいない!」

 ぐおん!八橋の両腕が巴を描くように回り、それに同期するように、今やドーム状の大結界を形成していた音弾が、いっせいに統率のとれた大渦をつくり出した!分厚い音の結界は屠自古の回転動作を呑み込むように広がり、下へすべり込み、周囲をとり囲む!

「ほおらほおら!いい加減、琴の音たちも退屈だってさ!」

「くっ……そおおおおおらああ!なめやがって!」

 円運動ができない!完全に遊ばれている!屠自古はたまらず軌道を変更、螺旋を描きながらドームの頂点を目指す!それに追いすがるとも食いつかぬ音の波は、さながらとぐろを巻き獲物を誘い込む大蛇か、あるいは悠然と生贄を弄ぶ邪龍のごとし!屠自古は上下左右で氾濫する音にぶつからぬよう、丁寧かつ大胆に龍のあぎとから逃げ、そしてついに八橋を眼下に捉えた!屠自古は両腕をぐいと前にそろえて真下を向き、ボウガンの上面を互いに合わせるよう並べ、両手とも完全に同時に引鉄(ひきがね)を引いた!

「閃雷矢!『ガゴウジダウンバースト』ッ!」

 ズドン!屠自古本体が真上に撥ね跳ぶほどの反動をうけ、完全な垂直真下に雷矢が放たれる!反動を極力抑えて連射可能な精密射撃を実現した尖雷矢(マイクロバースト)とは真逆、最大まで力を溜めに溜め、重力加速度によって強引に反動をねじ伏せ直線軌道を保ち、攻撃範囲をいっさい捨て、ただその貫通力のみを極限まで高めた一撃!神の槍がごとき閃雷矢(ダウンバースト)が、襲い来る音龍と真正面から衝突する!邪龍は閃雷矢を喰らい、閃雷矢は龍の腹を破って心の臓腑へと一直線、八橋を穿たんと音の奔流を突き進む!

「やってやる!絶対に!ブチ抜いてやるぞッ!」

「無駄だね!今のおまえは前しか見ていない!だから先しか見えていない!光が追い抜く音のあぎとにおまえは勝てない!後ろから噛まれて(バックバイト)死ね!」

 音龍の咽奥まで閃雷矢が達したとき、龍はばっくりと大口を開き、あたかも食道を裏返すかのように、内から外へと音弾がめくれ始めた。それは閃雷矢を包み込むようにぐるぐると渦巻き、ゆっくりとした音速でじりじりと、矢のちからをそぎ落としてゆく。そしてついに、驚くほどあっけなく、矢はすうと虚空に消えた。

 

 ――当然そこでは終らない!裏返り逆流し、蚯蚓龍(ワーム)のごとき醜悪な姿と化した音龍はそのまま噴水のように噴き上がり、攻撃の反動でバランスを崩していた屠自古を環形の大口で呑み込むようにとり囲んだ。今や屠自古を四方八方上下左右から包み込んだ音の結界は、少しの間をおいて、いっせいに屠自古のほうへと殺到を始めた!

「ぐ、おおおおおお!雷矢『ガゴウジトルネード』!」

 屠自古は空中でコマのように回転しながらボウガンをフルオートモードに切り替え、ジグザグ軌道で放たれる雷矢を全方位に向けて乱れ撃った!殺到する音の波と、雷矢の嵐が正面衝突!屠自古のもつスペルでも最高レベルの弾幕密度。至近距離においてその攻撃力は最大、よって迫りくる音弾に対しては最大の相殺強度(ストッピングパワー)を発揮する!だが殺到する音弾の相殺強度は先刻までの比ではなく、閃雷矢すら容易く呑み込んだのも頷けるまでに強化されている!八橋もいよいよ本気なのだ!さながら、獲物を生きたまま溶かし尽くす龍の胃袋!雷矢の嵐は呑まれた餌の最後の抵抗だ!近寄り、覆い溶かそうとする音弾を、雷矢がギリギリで押し返す!ジグザグの軌道が弾幕の中に食い込み、暴れ、だが虚しく溶かされていく!それでも押し戻す!だが呑まれる!

「蘇我屠自古!おまえはまっすぐに過ぎるのだ!そんなんだから負けたのだ!雷矢はおまえそのものだ!真正面から突っ込んで、愚直に素直に莫迦正直に、まっすぐ進んでたたき折られた!それで今のこのザマだ!あまりにまっすぐにたたき折られたので、そこでおまえは終わってしまった!それでいいのか!?よくないだろう!おまえがか?違う、カシマレイコがだ!あんまり道具を無礼(ナメ)るんじゃあないッ!いいかお前!お前が後ろを振り返らなきゃあ、そいつは何のために生まれてきたんだッ!」

 殺到する音弾がさらに勢いを増す!それはもはや、憎悪や敵愾心(てきがいしん)といった安い感情ではない。妄執、固執、いや本能ですらあるだろう。屠自古は理解した。八橋にとって、ここは譲れぬ一線なのだ。自身の存在をギリギリで担保する、最終防衛ラインがここなのだ。

「うるさいッ!なら、どうしろって言うんだ!もうレイコはいない!私が弱かったせいで、あいつはもういなくなった!」

「だからおまえはダメなんだ!足掻いてみせろ!取り戻してみせろ!――博麗太郎をぶっ飛ばして、カシマレイコを奪り返してみせろッッ!」

 大渦が屠自古の雷矢をすり抜け、あわや大量の音弾が寸前をかすめた。屠自古は弾幕を展開しながら、避ける。そうだ。そんなことは、わかっているのだ。私が取り戻してやらなきゃあ、ならないのだ。だが、屠自古は――認めたくはなかったが――心のどこかで、そうしない自分に陶酔していたのだろう。喪った相棒への未練を断ち切って、これからの人生をまっすぐに進む未来の自分に、どこか憧れを抱いていたのだろう。その選択肢を、見て見ぬふりして避けていた。だって、恥ずかしいじゃあないか。負ければ都市伝説(オカルト)をすべて喪う。今回はそういうルールだったのだ。それを了解して戦いにのぞんで、事実、クラウンピースからも都市伝説を奪ってきた。さらに別の誰かから、都市伝説を奪い取ってやろうと、人里に紛れ込んでまで手を尽くしてきた。そんな自分が今さら、どの面を下げて、自分の都市伝説が惜しいから、センチメントにほだされたからと、情に訴えるような理由を掲げて、戦場に舞い戻ってこれるというのだ。そんなの、恥ずかしいじゃあないか。カッコ悪いじゃあないか。雷矢の均衡を破ってとめどなく流れ込んでくる音弾を躱し、上下左右に激しく頭を揺さぶりながら、屠自古の頭でそんなことがグルグルと巡った。そうだ。間違っていると思ったから。否。恥ずかしかったから。カッコ悪かったから。そんなくだらない理由で、自尊心で、誰にも知られず己の心の内にしか存在しない、自分しか認識できない自分の汚点を見るのが厭で、私はレイコを否定したのだ。彼女の命、魂、そのすべてをモノに、思い出に、無価値な過去に貶めたのだ。

 ぐらぐらと、屠自古の中で全てが揺らいでいく。それは視界の激しい揺れのせいではあるまい。ボウガンを握る手が、心なしか痛み、震える。掌が湿る。八橋の猛攻は止まない。まるで弾の迷宮だ。自分は迷っていたのか?違う。自分がつくり出した一本道の迷宮(ラビュリントス)に、自分で入り込んで、その奥で縮こまっていたのだ。迷ってすらもいなかったのだ。ただ、進んでも戻ってもいないだけだったのだ。そうしているうちに、迷宮はどんどん長く、暗く、育っていった。人に寄生する都市伝説のように、迷宮が自分の心に寄生して、宿主も何もかもを巻き込んで。屠自古はそれを知ってしまった。知ったからには、出なければいけない。この長い長い迷宮から。前に進むか?後ろに進むか?いずれにせよ、長く暗い道。行くも怖けりゃ戻るも恐い。

 辛うじて撃ち続けていた、やけっぱちの雷矢も、精度がじわじわと落ちていく。ジグザグ軌道は精細さを欠き、角度もタイミングも大雑把になり、安定しない。どんどん弾に呑みこまれて、それでも屠自古は撃ち続けるしかなかった。撃つのをやめれば、迷宮に圧しつぶされてしまうだろうから。避ける。呑まれる。躱す。徐々に、回避の比重が増えていく。勝ち筋が見えなくなる。そして――。

 

 落雷が一本、八橋に落ちた。正確には、今まで八橋がいた場所の足下に。

 

 八橋は眉一つ動かさず、全く動じず、さも何事もなかったように流麗な動きでそれを躱し、猛攻を続けている。おそらく本当に何も感じていないのだろう。当然だ。戦闘中に、回避可能な攻撃が飛んできたので、容易く回避しただけなのだ。何も特別なことではない。

 だが屠自古にとって、その一瞬はあまりに衝撃的だった。今まで少しも到達しなかった雷矢が1条、達したのだ。躱されたが、達した。何故?屠自古の主観時間が急激に鈍化する。先の自己問答で大量分泌された興奮物質が、驚くほど冷静に状況を分析させた。

 放たれた雷矢は、確かに、音の壁のなかを這い進んでいた。そして、たち消えていく。それは拮抗状態の時とはまるで違う。何故だ。何が違う。屠自古は丹念に、ごく短い弾指(だんし)のなかで、己の放った雷矢を見た。過去の己を省みた。おそろしく不恰好。まるで直進していない。カーブも大味で、ムラが大きい。子供が戯れに引いた落書きの線のような、直線もどきの曲線もどき。乱雑なジグザグ。それが、すり抜けている。音の壁を、大きく湾曲して!

 ――屠自古はぎゅうとボウガンを握りこみ、しかと腋をしめ、体感時間を元に戻した!嵐のような弾の迷宮!そのなかを舞い踊りながら、今度はしっかりと、魂を込めて雷矢を放つ!雷はまっすぐ進んで直角にカーブし、弾幕のなかに吸い込まれた。違う!まだ甘い!手首のスナップを利かせ、滑らかに、軌道を調整する。今度はブーメランのような鋭角を描き、消える。まだだ!手首だけに頼るな!何のための亡霊なのだ!地に足つけず、空を舞うのが亡霊ではないのか!回転しながら音弾を躱し、その回転を腰、胸、肩そして腕へと伝え、無駄なく、力強く、すべてのエネルギーを使って全身をねじり、雷矢を放つ!落雷!八橋は回避!もう一発!また落ちた!八橋は難なく回避!だがその間にも、年輪のような軌跡を空に描く雷矢の大渦は確実に、地へと達する量を増やしながら膨張していく!そして……思わぬ現象!雷矢にほど近い音の弾が、雷矢に触れるまでもなく、いくつか虚空に消えている!何故!?

 懸命なる読者の皆様はフレミング左手の法則をご存知であろうか?まずはその解説をせねばなるまい!まず貴方の左手で、中指、人差し指、親指それぞれが三次元軸をあらわすかのような形をつくってほしい。まっすぐ伸びた人差し指の右へ中指が、上へ親指が向いているだろうか?これは電流と磁力によって生じる力の方向をそれぞれあらわしている!中指の方向へ電流が流れるとき、人差し指の方向へ磁力が流れれば、親指の方向に大きな力が発生するのだ!これぞローレンツ力である!

 物語へと視界を戻そう!強大な霊力と電流をはらんだ屠自古の雷矢はぐるぐると渦を巻いている。ご存知のとおり、形而上の概念に強くはたらく霊力は、目に見えない磁力にも大きな影響を及ぼすことが知られている。心霊スポットで方位磁針が狂うのもこのためだ。屠自古の霊力が渦を巻くこの空間は、いわば強大な磁力が荒れ狂っているような状態!そこにさらに渦を巻くように電流を流せばどうなるか?然り!四方八方にローレンツ力が乱れ飛び、凄まじい物理的エネルギーを振り撒き始めるのだ!この場で物理的エネルギーによって強く影響を受ける存在とは何か?魔力である!魔力でうごく付喪神、九十九八橋の音弾もまた魔力の塊!屠自古の霊力と電流が大きな魔力のながれを生み、八橋の魔力を破壊しているのだ!科学の勝利である!

 さしもの八橋も、流石に異変に気が付いた!明らかに、こちらに届く量が増えている!音弾の隙間を縫い、それでも立ち塞がる音の壁を魔力で強引にこじ開けながら、先の拮抗状態がうそのように大量の落雷が降り注ぐ!かたや上空、いまや巨大な結界となった屠自古の雷矢渦は八橋の魔力をじわじわと、だが確実に食いつぶして成長してゆく!

「なんだ……なんだあれ!?」

「まだだ!まだだ!もっと、もっとだ!もっと捻じ曲げてやる!」

 ギュン!手首のスナップと肘の動きが同期する!腰の捻りで空気が逆巻く!不揃いだった、荒削りだった渦もしだいに精密に、美しく並んでゆく。まるで天を震わす轟雷をはらんだ、超巨大な積乱雲のように!

 

「まだだ!まだだ!……ここだああああッ!震天雷界!『ガゴウジスーパーセル』ッ!」

 

 強大な魔力を四方八方に放ちながら、強烈なカーブを描く落雷が次々、八橋の頭上から降り注ぐ!読者の皆様はとてもよく曲がるレーザーのようなものを避けたことがあるだろうか?そうした経験をお持ちであれば、この熾烈な攻撃の恐ろしさを理解していただけることだろう!形勢逆転、もはや屠自古に届く音弾はなし!一方的回避!

「なるほど……ねッ!それがおまえの答えか!ついに答えを見つけたのか!」

「そうだよ!カッコつけて意地張って、そんなくだらん悲劇のヒロインごっこはもうやめだ!そのりくつがどんだけ正しかろうが、どんだけ見てくれがよかろうが、相棒の命ひとつもまともに受け止められないんなら、そんなものはクソくらえだ!人の都市伝説を奪っておいて、どの口がいうとのたまうのなら、手首ちぎれるまで掌返してやる!何がなんでも私が肯定してやる!だって、あいつの命を肯定してやれるのは、わたしだけなんだッ!どこまでだってヒネくれてやる!」

「そうだ!いいぞ!どんどんヒネくれてしまえ!どんどんカッコわるくなれ!道理も法理もケッ飛ばせ!」

 とめどなく溢れていた音弾が、ぴたりと消えた。八橋は低空を這う旋風(つむじかぜ)のように側転とバク転を織り交ぜ、開戦以来から陣取っていた庭中央のスペースをついに離れる。新たに陣取ったのは九十九邸から大きく離れた庭の出口付近。屠自古は直感した。相手も勝負をかけるはらづもりなのだ!

「じゃ、こっちも本気出すわよ!そうれ!」

 八橋のスカートをとりまく7本の琴線がぶわりと広がり、胴から肩を伝い、ソレノイドじみて右腕をとりまいた。右手は龍の頭のようにぴんと伸ばされ、ぐいと腋をしめ、頭のすぐ横で屠自古のほうを睨みつける。左手の琴爪で琴線をかき鳴らすと、たちまちバチバチと青白い火花を散らし、なにか強烈なエネルギーが循環し始めた。屠自古はすぐにそれが何かわかった。電流だ!

「なる程。デンデン太鼓の付喪神がリーダーだとは聞いていたが、さてはそいつの入れ知恵だな!」

「そういうこと!霊力を電流に変換するのは、あんただけじゃないってことよ!」

「付け焼刃の電気ビリビリで、雷の怨霊(プロ)にどこまで敵うかな!」

「やってみなくちゃあわからないでしょ!吹き荒べ破天の玉音!狂い響け嵐神の逆鱗!掻き鳴らせ!琴符『天の詔琴』!」

 強烈な電流が琴線をグルグルと巡り、凄まじい磁場が発生する!磁場すなわち魔力!八橋の右腕は魔力を帯び、それが琴爪の先端へ向けて鉄砲水のように押し流され、魔力の矢となって一直線に屠自古へと撃ち出された!

 屠自古の雷矢が、八橋の魔矢と正面からぶつかり合う!凄まじい相殺強度!出力が先までの比ではない!屠自古は頭を巡らせた。先に聞いた、外界由来の魔力の源とやらに違いない。外界に存在する琴など今日び、たかがしれている。そのなかで、ここまでの出力を引き出し得る代物。十中八九、神代の時代の遺物――伊弉諾物質(イザナギオブジェクト)の欠片!その魔力はいわば希薄前の原液であり、もとの体積の1%にも満たない僅かな欠片でさえ、聖人や魔人が全力で搾り出す魔力の総量に比肩し得るという!勝てるか!?――自明!

 屠自古は大きく落雷を捻り、魔矢の奔流を真横から打つように、雷矢の積乱雲そのものをたたきつけた!真正面からぶつかる。勝てぬとわかっていても。それが正しいから。否。それが正しいと人が言うから。人が生み出し、人を縛る自縄自縛自戒の鎖。そんなものはまやかしだ!惑わされるな!自分を縛る、顔も見知らぬ世間のために何故踊る!踊らば己が私利私欲、己のためにのみ踊れ!カッコわるいと嘲るがいい!卑怯者だと罵るがいい!それでも勝ちに行くのだ!私は"彼女"にとっての、たったひとりの相棒なのだから――

「うおおおおおりゃああああ!」

「ぐ、わあああああーーーっ!」

 轟雷の渦が、嵐神の魔矢を打ち消すこと敵わぬまでも、そのことごとくを逸らし、天にばら撒いた。それと同時、なぎ倒すような激しい落雷が、八橋を真横から撃ち抜いた。八橋は三回転してゴツンと樹にぶつかり、それと同時、琴線を覆っていた雷光も消えた。屠自古はそれを確認し、ひゅんと右手を振り上げる。渦を巻いていた雷矢が力を失い、空気中に霧散するように立ち消えた。

 

 

「やるじゃん、あんた。見直したよ」

「そうでもないさ。ありがとう。お前のお陰だ。吹っ切れたよ、色々さ」

 屠自古はばつが悪そうに頭を掻いた。夏にしてはやけに涼しい、夕刻の空。ミンミンゼミの熱唱も、心なしかいつもより遠く静かに聴こえる。林道を並んで歩きながら、八橋はにこりと笑った。

「屠自古、あんたアレでしょ。こういうの、身内には言えないタイプでしょ」

「え、あ……まあ、おう。そうだな」

「やっぱりねぇ。私もよーく知ってるから。そういうヤツのこと。見たらぴんときたのよ。だからさ、私みたいな他人のほうが、色々吹っ切れやすいでしょ?ま、何かの縁だと思って、今後もなんかあったら頼って頂戴。私も姉さんも、大概ヒマしてるから」

「ああ、ありがとう。まあ、どうなるかはわからんが――やれるだけやってみるさ。あ、この辺でいいよ。じゃあな」

「ええ。またね」

 人里にほど近い林道まで案内され、屠自古は八橋と別れた。ちょうどあれから、まる1日。周囲を見渡すが、痕跡らしきものは何もない。驚くほど、いつもの林道。手がかりなし。何、ふりだしに戻っただけのことだ。オカルトボールを拾った、あの昼下がりに。屠自古は首をゴキゴキと鳴らし、帰路についた。

 博麗太郎。次は必ず、勝つ。

 

 

 ● ● ●

 

 

 背後に気配。周囲に人影なし。だが、べっとりと纏わりつく厭な視線。人里への行商の帰路、鈴仙・優曇華院・イナバは何者かの気配を感じ取った。あからさまな尾行。それも明確に、こちらへ悪意を伝えようとする気すら感じられる。ここは既に迷いの竹林だ。入り込めば、相応の妖怪でもなくば死ぬ。何のつもりだ。狙いは永遠亭か?否。ならば病人でも装って、藤原妹紅にでも接触するほうがまだ高確率だろう。それとも、それもわからぬ愚か者か?承知の上での狂人か?鈴仙は懐の拳銃を握り込み、最小限の霊力で光の波長を歪め、不可視化した。紅い双眸(そうぼう)がぎらりと光る。場合によっては先制攻撃も辞さない構え。ピリピリと空気が張り詰める。

 敵の反応は薄い。鈴仙は直感的に理解していた。こちらの警戒に気付いていないのではない。こちらの警戒を承知の上で、その焦燥を見透かしながら、掌の上で転がしているのだ。こちらの知覚範囲にギリギリまで接近し、だが決して入らぬよう。根拠はないが、確信に近い。敵はおぞましく格上。銃を握る手が震える。いつ以来だ。こういう、まるで愉快でない厭な緊張感は。鈴仙は思案する。自分のカンが正しければ、正面突破では絶対に勝てない。勝ちがあるなら、外法のみ。鈴仙は腹を括り、立ち止まった。

「*六三式回転六連弾倉白幻影敷設擲弾筒(Type-03プリズムマルチグレネーダー -ミラージュ-)*」

 かばんの中のオカルトボールがぎらりと輝く。鈴仙は拳銃を左手に握り変え、銃からすこし後ろの虚空を掴んだ。不可視の術が解除され、6連の回転式チャンバーを持つ大型携行擲弾筒(グレネードランチャー)が姿を現す。先ほどまで右手が握っていた拳銃はそのまま擲弾筒の前方下部に、フォアグリップを兼ねるかたちでマウントされている。鈴仙はほど近い竹に背を預け、光学照準器と竹林とへ交互に目くばせし、周囲の地形を注意深く観察する。鈴仙の都市伝説は効果の発揮まで数段階のステップを要する。慎重に着弾点を計算し、右手の指を引鉄にかけた、直後。

 

「――!?」

 ガサリ。明らかに今まで何もなかった背後で、足音。それと同時に強烈な殺気。鈴仙はほとんど脊髄反射で擲弾筒の引鉄から指をはずし、かわりに左手指を拳銃の引鉄にかけ、すぐ背後へ発砲した。BLAM!

「うぐっ……」

 ドサッ。銃声、うめき声、そして倒れる音。鈴仙ははたと我に返って、発砲したほうをしかと見た。胸から大量の血を流した女性が、うつ伏せになって倒れている。鈴仙はその風体に見覚えがあった。里でたまに見かける女性。脳の血管から血が引き抜かれるような感覚。鈴仙は擲弾筒を取り落とし、慌てて女性に駆け寄った。

「……ッ!大丈夫ですか!?しっかりしてください!ああ、ああ……ごめんなさい、ああ……」

 心臓を正確に打ち抜かれ、女性は完全に事切れているふうだった。鈴仙の全身がかたかたと震えだし、ぐらぐらと揺れる視界に様々なものが巡る。先の殺気は、己の疑心暗鬼だったというのか。何かの用があって、自分についてきていたのか。無抵抗の里人に手を出した。世界のすべてが敵になる恐怖。そののち、何の罪もない命を奪ったことへの底知れぬ自責。真っ先に保身が頭を過った己への激しい嫌悪。鈴仙の明晰な頭脳は今や完全にその機能を停止し、時間感覚すらも判然としない。その隙に、真の恐怖はすぐ背後に迫っていた。

「動くな」

 鈴仙の背にぐいと、金属めいた冷たく硬い棒状のモノが押し当てられた。脳の血管がすべて破裂するような感覚。開いた瞳孔は閉じる気配もなく、心臓は痛いほどに肺と肋骨を殴りつける。やすりのような赤血球が、がりがりと毛細血管の内側を削っていく。油断した。先の殺気は気のせいなどではなかったのだ。鈴仙はほとんど不随意による筋弛緩作用から涙と涎を流して失禁し、ぶるぶる震えながら両手を挙げた。直後、背から胸へと、重く冷たい衝撃が突き抜けた。

 

「う、ぐ……あ」

 死んだ。完全に死んだ。そう脳が確信しかけ、完全に生命活動を停止する寸前で、コツンと一撃、鈴仙の後頭部に軽い打撃が加えられた。ヒュウヒュウと、肺からすきま風が咽を通り抜ける。ぼたぼたと地面に落ちる涎を見て、鈴仙は徐々に自我を取り戻した。胸に手を当てる。出血はない。ばくばくと心拍が響く。ほとんど石のように硬くなった首の筋肉をぎりぎりと歪めて、背後を見た。先ほど己が殺めた女性が、ニタニタと笑いながらそこに立っていた。手には煙管(きせる)

「ファファファ、まこと愛い奴め」

「ア……?」

 鈴仙は女性の遺体を確認した。驚くべきことに、そこに女性の遺体はなく、ただ、季節はずれの枯れ葉の山があるだけだった。

「何を驚く。化かしが月の専売特許とでも思うたかえ?」

「あ、貴女は、一体……?」

 女は鈴仙の問いに答えず、かわりに煙管でカツンと、無造作に放られた擲弾筒を叩いた。

「イヤしかし残念残念。あと少々で、主の都市伝説が見えると思うたのだがの。儂が急いたか、主が急いたか」

 場の緊張感が再び高まる。この女、都市伝説使い(オカルティスト)――!鈴仙に窮鼠のごとき力が宿り、無我夢中で擲弾筒を掴み挙げ、マウント拳銃の引鉄に指をかけながら女性に向けた。

「貴様も都市伝説使い(オカルティスト)か!くそっ!私を無礼(ナメ)るな!」

 だが即座に応戦する構えをみせた鈴仙とは裏腹に、女はへらへらと笑いながら眼鏡を直し、おどけた調子で両手を挙げた。

「おう、おう!血気盛んな兎よの!流石は軍人(いくさびと)、そのあたりは心得ておる!先の臆病風も見事であったな。ああした手合こそ戦場では生き延びるものだ」

「ばかにするな!悪趣味な騙し討ちまでしておいて今更投降とは、一体どういう了見だ!」

「まァそうカッカするでない。主ァ熟練じゃが、少々気が繊細よの。心神の脆弱は軍人にして致命的ぞ」

 ポン!と小気味良い音が鳴り、女が煙に包まれたと思うと、そこに立っていたのは寺の妖怪狸であった。呆気にとられる鈴仙をよそに、妖怪狸、二ッ岩マミゾウはニタリニタリと笑みを零しながら、大胆不敵にも銃を構えた軍人へ丸腰で歩み寄った。その姿からあまりに殺気が感じられないので、鈴仙は威嚇すら忘れてマミゾウを凝視していた。

「貴女、妖怪寺の……!一体、何のつもりですか」

「何の積もりも商いも、主と同じはらづもりであるよ。主ァよ、味方が欲しいと思うてはおらぬか?」

 ドキリ。心の弱い部分を突かれ、鈴仙は少したじろいだ。気恥ずかしさや恐怖といった感情とは少々異なる、奇妙な感覚だった。

「……どういう、意味ですか」

「簡単な話よ。儂はな、莫迦と阿呆が好きだ。莫迦と言うても間抜けでないし、阿呆と言うても愚者ではないぞ。莫迦とは正直、阿呆とは愛きよ。天邪鬼めらや、冬将軍など、ああいった小狡い手合よりも遥かにの。それだけの話よ」

 マミゾウは煙管をクルクルと回して腰に仕舞い、いまだ銃口を向けられていることなど気にもせず、鈴仙の目の前にずいと躍り出た。

 

 

「なァ兎。お前、儂の味方にならねェか?」

 

【05につづく】


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