No.82617

真・恋姫†無双~江東の花嫁達~(壱六)

minazukiさん

長かった新婚旅行編も残り僅か。

風や葵に加えて新しく付いていくことになった徐庶。

洛陽編最終回です。

2009-07-05 12:01:03 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:17567   閲覧ユーザー数:12946

(壱六)

 

 雪蓮に見破られた徐庶は隠す必要がなくなったと、本来の自分に戻った。

 

 目が見えないため歩くときには松葉杖を使うことになった徐庶は空腹を訴えたため、一刀達は霞に頼んで食事をもってきてもらうことにした。

 

 そして持ってきた粥をあっさりと平らげ、まだ足りないと言いさらに追加を頼む。

 

 とても衰弱しきっていたとは思えないほどの食欲に一刀達は唖然としていた。

 

「凄い食べっぷりやな……」

 

 すでに十人前の粥を平らげてようやく落ち着いたのか、徐庶はお茶をゆっくりと飲んでいく。

 

「それだけ食べられるなら問題ないな」

 

 思わず呉にいる恋を思い出した一刀。

 

 これに蜀の張飛こと鈴々をあわせたら誰が大食いチャンピオンになるだろうかと想像していた。

 

「それにしても、うちらを騙していたのは感心せんな」

 

 霞は目を細めて徐庶を見る。

 

「華琳が知ったらあんたの頸、飛ぶで?」

 

「私はもう御主人様のものです。いくら曹操さんだからといってもそう簡単に頸は刎ねられません」

 

 そう言いながら十一杯めの粥を食していく徐庶。

 

「一刀、ほんまかいな?」

 

「今回は俺じゃあなくて雪蓮が決めたことだよ」

 

 雪蓮の膝枕が気持ちよく、眠っていた間に何かがあったらしくそれを雪蓮に聞いてもはぐらかされて一刀としては変な気分だった。

 

「ほんならうちも仲間にいれてや」

 

「それこそ華琳に怒られそうだよ」

 

 薄っすらと笑みを浮かべながら絶を首筋に当ててくる華琳を想像すると、さすがに冗談としては面白くなかった。

 

「まぁええわ。特使で呉にいくちゅうことは途中まで一緒やしな」

 

 満面の笑みを浮かべる霞。

 

「明日で洛陽ともお別れか」

 

 それと同時に新婚旅行も最後の目的地を残すのみになった。

 

 呉を出発して蜀、魏と旅を続けいろんなことを体験しきただけに、一刀としては名残惜しかった。

 

「そういや、あんたらはこれからどこに行くつもりなんや?」

 

「南陽に行くつもりだよ」

 

「なんや、そっちにいくんかいな」

 

「霞も途中まで一緒だろう?」

 

「そうやけど、なんで南陽なんや?」

 

 呉に戻るのであればわざわざ遠回りをしなくてもいいのではないかと霞は思った。

 

「う~ん、確かにそうなんだけどね」

 

 笑って答える一刀だが、本当の理由を教えるわけにはいかなかった。

「ふぅ」

 

 徐庶は満足したのかようやく粥のおかわりをやめたが合計で二十杯の粥を平らげた。

 

「恋みたいなやっちゃな……」

 

「だな」

 

 見ているだけでもお腹が膨れるような感覚を覚える徐庶の食べっぷりに一刀と霞は苦笑する。

 

「御主人様」

 

 口の周りに米粒をつけている徐庶に一刀はそれを拭き取っていく。

 

「ありがとうございます、御主人様」

 

「その御主人様っていうのをやめてもらえないかな」

 

「どうしてですか?」

 

「どうしてって……」

 

 一刀としては困る質問だった。

 

「御主人様は私と契りを結んでくれました。だから私があなた様を御主人様というのが正しいのです」

 

「契りって……俺は全く記憶にないんだけど」

 

 まさかキスがそれだとは一刀は気づいていなかった。

 

「それでもです。私にとって御主人様はあなた様に変わりありません」

 

 徐庶は全く別人のようにしっかりとした口調で答える。

 

「諦めなさい、一刀。今回ばかりは私もこの子の味方よ」

 

 どういう風の吹き回しなのか、雪蓮は徐庶の肩をもつ。

 

 これには一刀ばかりか霞や風、それに葵まで驚いた。

 

「それに桃香の元にはもう戻れないそうよ」

 

「徐家の決まりらしいわよ。キスをした相手に生涯を捧げるらしいわ」

 

「「「きす!?」」」

 

 一刀は二度交わしたキスを思い出し、風と葵は初めて聞く言葉に興味津々だった。

 

「お兄さん、きすとはもしや接吻ということですか?」

 

「そ、そうなのですか?」

 

 風だけではなく葵も一刀のほうを見る。

 

「そ、そうだけど……」

 

 今は二人のことよりも徐庶のほうが問題だった。

 

「ほんなら、うちとしたあれもきすちゅうやつやな♪」

 

 霞は嬉しそうに暴露する。

 

「へぇ~……、一刀ったらいつの間に霞とそんなことしていたのかしら?」

 

 机の下で軽く足蹴りをしながら問いただす雪蓮に一刀は霞の方を見て、暴露しないでくれと目で訴える。

 

 霞も言った後でまずいと思ったのか手を上げて謝る。

 

「まったく、油断も隙もないわね」

 

「お兄さんですからね」

 

 妙に説得力のある風の言葉に一刀は肩を落とした。

 夜になると華琳も政務を終えたのか、一刀達の所にやってきた。

 

 そして事情を聞いたが特にこれといって怒るわけでもなかった。

 

「でも桃香が知ったら泣くわよ?」

 

 誰もが思っていることを華琳も言ったが、徐庶は静かに一刀の腕に寄り添って瞼を閉じていた。

 

「それが一番の問題なんだけどね」

 

 事情を話せばわかってもらえるだろうが、関羽こと愛紗が怒鳴り込んできそうで笑うに笑えなかった。

 

「とりあえず、今度の立食パーティーのときにきちんと説明しなさいね」

 

「だな」

 

 文句を言われるのは覚悟しておこうと今から決めた一刀に華琳はあることを言った。

 

「それよりも、私がここにきたのはささやかな宴を開こうと思ってきたの」

 

「宴?」

 

「明日にはあなた達とお別れだから、その前に杯を交わしたいと思ったの」

 

 そう言い終わると同時に部屋の中に侍女達が入ってきて食事が運ばれてきた。

 

「準備いいな」

 

「当然でしょう」

 

 初めから準備をしていたらしく、準備が整うと侍女達を下がらせて仲間内で楽しむことになった。

 

 本来ならば酒があるのだが雪蓮一人だけ飲ませないのはかわいそうなので、お茶にしたのは華琳なりの配慮だった。

 

「別にいいじゃあない、ほんの少し飲むだけよ」

 

 一番不服に思ったのは雪蓮だった。

 

「ダメだって言っているだろう」

 

「なんでよ。少しぐらいならお腹の子だって大丈夫よ」

 

 駄々をこねる雪蓮。

 

 この所の不満が爆発しているのか、なかなか収まりそうにもなかった。

 

 華琳は何も言わずにその様子を楽しんでいるかのように見ている。

 

「お酒飲ませてくれないのなら一刀の浮気者って大声で叫ぶわよ」

 

「どういう理屈だよ」

 

「お酒飲みたい~お酒飲みたい~。あと一刀に飲ませてほしい~」

 

 周りに関係なく駄々をこねる雪蓮に一刀はため息をつく。

 

 そしてポケットから一枚の紙を取り出した。

 

「雪蓮、別にかまわないけどこれをみんなに教えてもいい?」

 

「なによ?」

 

 そう言って一刀から渡された紙を見ると、駄々をこねている雪蓮の表情が初めて凍りついた。

 

「ねぇ……一刀」

 

「なに?」

 

「なんでこんなものを知っているわけ?」

 

 雪蓮は本気で一刀を睨みつけた。

 

 それをまともに見ないように一刀は机の上の料理に箸を伸ばす。

 

「冥琳が万が一のときはコレを見せたら雪蓮が大人しくなるって言っていたよ」

 

「…………」

 

 雪蓮は紙を勢いよく破り捨て、何事もなかったように料理を食べていく。

 

(よほど思い出したくないことだったんだな……)

 

 いろんな意味で同情すると同時に、意外なことを知った喜びを噛みしめながら彼女を見る一刀だった。

「あの紙に何が書かれていたのでしょうね」

 

 風は料理を食べながら一瞬にして雪蓮が黙り込んでしまった紙の中身が気になって仕方なかった。

 

「あの雪蓮様が……」

 

 葵も気になっていたが聞くわけにもいかなかった。

 

「なんやろう、めちゃ気になるわ」

 

「そうね」

 

 華琳と霞の二人も興味津々で雪蓮を見る。

 

 ただ一人、徐庶だけは全く関係ないように料理を平らげていく。

 

 そこへ稟とげっそりした朔夜がやってきた。

 

「いい匂い~♪」

 

「朔夜殿、この後も勉強がありますからしっかり食べなさい」

 

「まだするの?」

 

 げんなりする朔夜だが料理を口に運ぶと上機嫌になり、次から次と食べていく。

 

「おや?今日はお酒がないのですね」

 

「ええ。たまにはこうして料理を楽しむのもいいでしょう?」

 

 そんな中で稟が一番驚いたのが、雪蓮が黙々と料理を食べている姿だった。

 

「雪蓮殿はどうかなさったのですか?」

 

「さあ」

 

 華琳の意味深な笑みに稟は気になったがそれ以上のことを聞くことはなかった。

 

「それにしてもこの料理、美味しいわね」

 

「そうだな」

 

「それは私が作ったものよ」

 

「へぇ~…………。え?」

 

 一刀は驚きを含んだ視線を華琳に向けた。

 

「華琳が作ったのか?」

 

「そうよ」

 

「あら、知らないの一刀?華琳の料理は絶品よ」

 

 雪蓮は長安での宴で彼女の手料理を十分に堪能していたため、それほど驚くことはなかった。

 

「たまに思うわ。魏王なんてやめて一刀の専属料理人になろうかってね」

 

 冗談のようで冗談に聞こえないのが華琳だった。

 

「まぁ一刀は雪蓮の手料理のほうがいいでしょうけどね」

 

「雪蓮の手料理?」

 

 一刀は不思議そうに華琳を見返した。

 

「だって食べたことあるんでしょう?」

 

「いや、ないよ」

 あっさりと答える一刀に思わず箸を落としそうになった華琳は辛うじてそれを防いだ。

 

「ないって……一度も?」

 

「うん。だって屋敷でいるときはゆえ……義妹達が作ってくれるからね」

 

 華琳ほどではないが落ち着いた味わいを基本とする月の料理を思い出す一刀は、呉に戻って一番に食べたいなあと思った。

 

「雪蓮……貴女は作らないの?」

 

「私は食べたり飲んだりするのは大好きよ♪」

 

 その答えは一度も厨房に立ったことのないことを証明するには十分だった。

 

 思わず顔を覆いたくなる衝動に駆られた華琳。

 

「それじゃあ普段は何をしているの?」

 

「起きて、食べて、飲んで、一刀と寝るぐらいかしら」

 

「なに、その聞くに堪えない生活は?」

 

 王としての責務があった時よりも数段だらけきっている雪蓮の私生活に唖然とする華琳はため息が漏れていく。

 

 しかも妻として一刀にしていることといえば夜の営みぐらいで、あとはほとんど自分中心のことばかりだと聞いた。

 

「ちなみに聞くけど、一刀は料理できるのかしら?」

 

「俺?う~~~~~ん、出来なくはないよ。何度かハンバーグとか作ったりしたことあるからね」

 

「はんばーぐ?それは天の国の料理かしら?」

 

 そこに反応した華琳。

 

「一度、食してみたいわね」

 

「なら今度の立食パーティーの時にでも作るよ」

 

 全く未知の料理に華琳は興味を覚え、あわよくはそれを口実に一刀を自分のところに来させるように策を練り始める。

 

「華琳、やめときや」

 

 それに気づいた霞はやんわりと嗜める。

 

「あら、私が何を考えていたのかわかったのかしら?」

 

「あんたがそんな薄気味悪い笑みを浮かべるときほど、ろくなこと考えてへんやろう?」

 

 霞としては彼女同様に一刀と一緒にいたいと思っていた。

 

 だからといって無茶をするつもりはなかったが、華琳ならやりかねなかったために先手を打った。

 

「天の国の料理ですか」

 

 風も話に参加してきた。

 

「風としてもお兄さんが作る天の国の料理というものを食べてみたいですね」

 

「私も食べたいです」

 

 葵も風と同じ意見だった。

 

「ご主人様の手料理ですか。それは楽しみです」

 

 机の上にあった料理の三分の一ほどを胃袋に収めた徐庶も賛同した。

「せっかくだから今から作ってみたら?」

 

 雪蓮がそう提案すると全員が賛成した。

 

「ま、待てよ。今からはダメだ」

 

「どうしてよ?」

 

「材料も必要だし、時間もかかる。そんなに食べたいのなら今度、作るからそれで勘弁してくれないか?」

 

 一刀としては今は華琳がせっかく腕を振るってくれた料理を堪能したかった。

 

「そう。なら絶対に次は作ってもらうわよ」

 

 次回の立食パーティーがより楽しみになった華琳達。

 

 いったい何人分を作らなければいけないだろうかと計算する一刀だが、喜んでもらえるのなら別にいいかと思った。

 

「一刀殿の手料理ですか。それは食べてみたいものですね」

 

「私もお兄さんの手料理食べたいなあ~」

 

 稟や朔夜も立食パーティーを楽しみにしていた。

 

「朔夜殿、貴女は次の立食パーティーの時は国試の当日ですよ?」

 

「うそ!」

 

「本当です」

 

 あまりにも無常な宣告に朔夜は半泣きになる。

 

 それを見て全員が笑った。

 

「そういえば華琳様、何か一刀殿に渡すものがあるのではなかったのですか?」

 

 稟が思い出したかのように華琳にそう伝えた。

 

「そうだったわ。霞、例の物を持ってきてもらえるかしら」

 

「例の物ってアレのことか?」

 

 霞は以前、華琳が一刀にどうしても渡したい物があることを知らされていた。

 

 そのため、それがどんなものかも知っていた。

 

「ほなもってくるわ」

 

 霞は部屋を出て行き、それを取りに行った。

 

「俺に渡す物ってなんだ?」

 

「見てのお楽しみよ」

 

 そう言って机の上の料理を口に運んでいく。

 

 そこへ徐庶が一刀の近くにやってきた。

 

「どうしたんだ、徐庶さん?」

 

「御主人様に大切なことを言い忘れていました」

 

「大切なこと?」

 

 何かあったのだろうかと一刀は盲目の少女に口の周りの汚れを拭きながら聞き返す。

 

「真名を授けていなかったです」

 

 綺麗になった口の周りを気にすることなく徐庶は真剣な表情になっていく。

 

「私の真名は琥珀です。だからこれからは琥珀と呼んでください」

 

「いいのかい?」

 

「はい。御主人様にはそう呼んでほしいのです」

 

 琥珀は嬉しそうに答えたために一刀はそれを受け入れた。

「持ってきたで~」

 

 霞は白い布で包まれた長い物を持ってきた。

 

「一刀、雪蓮。あなた達にこれを授けるわ」

 

 包まれた白い布を取り払うと、そこには二振りの鞘に収まった剣があった。

 

 紅と蒼の柄。

 

 鞘は黒く塗られたシンプルなものだった。

 

「これは私の母様の遺品。倚天と青釭の二振りよ」

 

 紅い柄の倚天を雪蓮に、蒼い柄の青釭を一刀にそれぞれ差し出した。

 

「あなた達がつくりあげた平和な世の中。それに対しての魏王としてではなく、一人の人として改めて感謝するわ。そしてこれはその気持ちよ」

 

 二人はそれぞれの剣を手にし、鞘から抜くとそこには刃こぼれ一つない美しい刃があった。

 

「これが華琳のお母さんの遺品?」

 

「ええ、そうよ」

 

「いいのかしら、そんな物を私達にあげて?」

 

 華琳にとって大切な物であることは違いなかったのだが、それを二人に渡そうとする理由がわからなかった。

 

「母様はそれらの剣を作るときに、この世が平和になるように願ったそうよ。平和の象徴として作られたといっていいわ」

 

 そしてそれを手にする権利を持つのは華琳自身ではなく、彼女の目の前にいる一刀と雪蓮なのだということだった。

 

 二人に持ってほしいからこそ長らく封印していたその二振りを取り出したのだった。

 

「あなた達は母様の言った平和な世の中を作り出した。私では出来なかったことをあなた達は成し遂げた。だからこそそれを持つのにふさわしいわ」

 

「華琳……」

 

 二人は彼女がどんな思いで大切な倚天と青釭を渡したのか、改めて自分達のしてきたことを思い出した。

 

「わかったわ。貴女がそうまでいうならば有難く頂くわ」

 

「大切にするよ」

 

 争いのためではなく平和のための二振りを一刀と雪蓮はそれぞれ正式に受け取った。

 

 鞘に収めたそれぞれの剣を持ち、一刀と雪蓮は微笑んだ。

 

「また一つ、一刀とお揃いが出来たわね♪」

 

 指輪、姓、そして剣。

 

 二人が共有するものが雪蓮の言うようにまた増えていったことに一刀は苦笑する。

 

「それにしても二人の子供ね。将来が楽しみだわ」

 

 話題を切り替える華琳は雪蓮のお腹を見る。

 

「雪蓮みたいに元気がありすぎると困るけどね」

 

「何よそれ」

 

 お互いの顔を見て笑う二人。

 

「大丈夫よ。どんな子であろうが私と一刀の子供なんだから♪」

 

 それだけでも雪蓮にとって嬉しくもあり、幸せを感じるには十分だった。

「御主人様」

 

 琥珀が手を伸ばして一刀の腕を掴んできた。

 

「私も御主人様のお子が欲しいです」

 

 目が見えなくても一人の女として、愛する人の子を宿したいと思うのは琥珀だけではなかった。

 

「風もお兄さんのであれば何人でも欲しいですね」

 

「わ、私も……です」

 

 のんびりと人数制限を解除した風と顔が真っ赤な葵。

 

「うちも欲しいなあ」

 

 どさくさにまぎれて霞も嬉しそうに言う。

 

「一刀殿が雪蓮殿や風だけではなく他の者にも……ぶふぉ」

 

 何を想像したのか稟は真っ赤な鼻血の勢いよく噴出し倒れかける。

 

「はい稟ちゃん、トントンしますよ~。トントン」

 

 風は手馴れた動きで稟の止血をしていく。

 

 まさか宴で流血を見るとは思わなかっただけに一刀は軽く笑顔が引きつる。

 

「凄い子ね」

 

 雪蓮は冷静に鼻血を噴いた稟を観察しながらお茶に手を伸ばしていく。

 

「稟は元々なのよ」

 

「よく今まで生きていられたな……」

 

 普通ならば大量出血で危ないはずだろうが、止血が終わると多少ふらつきながらも意識を取り戻した稟は鼻に詰め物をする。

 

「一刀、もし稟を抱きたいと思ったら翌朝には凄いものが見られるから覚悟しておきなさいね」

 

「……容易に想像がついたよ」

 

 一歩間違えば殺人事件に発展しかねない想像に一刀は遠慮した。

 

「まぁ稟のことはおいて置いて、いったい何人の子供が呉にできるのかしらね」

 

「俺……その前に身体持つかな」

 

 新しく増えた側室などをいれるととんでもない数になってしまったことに頭を抱える一刀だが、華琳からすれば自業自得だと思っていた。

 

 そして自分が混ざれないことに対して軽い嫉妬を覚えた。

 

「三国ばかりか五胡までその種馬ぶりを発揮するのだから諦めなさい」

 

「はぁ~……」

 

 肩を落とすが顔はそれほど嫌というわけではなかった一刀に華琳は思わず笑みを浮かべた。

 

「それにしても不思議なものですね」

 

 不意に風が雪蓮のお腹を見た。

 

「雪蓮さん、少し触っていいですか?」

 

「いいわよ」

 

 風はゆっくりと手を伸ばして雪蓮のお腹の上に触れた。

 何度も撫でていくその手は優しさを含んでいた。

 

「ここにお兄さんの種が実をつけたのですね」

 

「風……」

 

 一刀が呆れたように言うがそれを華琳が止めた。

 

「あ、あの……私も触っていいですか?」

 

「いいわよ」

 

 葵も恐縮しながら雪蓮のお腹に触れていく。

 

「まだわからないでしょう?」

 

 少し大きくなったお腹に風と葵は瞼を閉じて何かを感じるかのように集中していく。

 

「命は散りども咲く命もある」

 

 華琳の言葉に一刀は頷いた。

 

 この世でもっとも尊いものは何なのか。

 

 そしてそれを守り慈しみ育てていくことがどれほど難しいことなのか。

 

 大切な人を失った者だけが初めて気づく命の儚さ。

 

「きっとお腹の子が私達ぐらいになった時には今よりも平和で誰もが笑顔でいる世の中になっていて欲しいものね」

 

「そうだな」

 

 戦で命を落とすのではなく、天寿をまっとうする。

 

 そのために自分達がするべきことをする。

「私も相手を探してみようかしら」

 

 華琳は一刀に笑みを浮かべながら見る。

 

「華琳ならいい相手がきっといるよ」

 

 彼女自身が望んだ相手がまさか自分だとは思いもしない一刀の言葉に、華琳はため息を漏らした。

 

「一刀、鈍すぎるわ……」

 

 霞も華琳の気持ちがわかっているだけに呆れていた。

 

「うん?俺、何か悪いことでも言ったのか?」

 

 全く気づいていない一刀に二人は苦笑してしまう。

 

「なんでもないわよ。それよりもほらもっと食べなさい。この私が直々に腕を振るった料理なのだから残したらその頸刎ねるわよ」

 

「勘弁してくれ」

 

 そう言いつつも一刀は華琳が楽しんでいることを知り、苦笑いを返した。

 

 もっとも、料理の大半を琥珀一人が食べてしまったために無事にお残しはなかった。

 

「あ、今、何か感じました」

 

 瞼を閉じていた葵が驚き雪蓮を見ると、彼女は穏やかな笑みを浮かべ頷いた。

 

「お兄さんも触ってみるといいですよ」

 

 風に呼ばれ一刀も雪蓮の元に行き、そっとお腹にに手を当てた。

 

「本当にここにいるんだな」

 

 改めて命の神秘に驚きを隠せない一刀。

 

 男では絶対に体験することのないだけに愛しくお腹を撫でる。

「お兄さん、手つきが妙にいやらしいですよ?」

 

「なっ……!」

 

「だ、ダメですよ、一刀さん。するならばその……」

 

 微妙に口元が綻んでいる風とまだ慣れていない葵は顔を紅くしながら注意をする。

 

「もう~一刀ったら♪」

 

 上機嫌になる雪蓮。

 

「見てても飽きんなあ」

 

「そうね」

 

 一刀がいるだけでその場が明るく楽しいものになる。

 

 そして見ているものも楽しい気持ちになり一緒にいることに安心感を覚える。

 

「これが天の御遣いとしての魅力なのかしらね」

 

 そう言って華琳は自分で作った料理に箸を伸ばしていく。

 

「でも本当によかったわ」

 

「なにがや?」

 

「こうしてみていると私や雪蓮、桃香の誰かが統一するのではなく、自然と一刀を中心に国が治まっていく。一刀がいたからこそ三国が成り立ってもうまくいく」

 

「そやな」

 

 どこの国の誰だとか関係なく、一刀を中心にして賑やかな宴になっていた。

 

 魏の元軍師だった風、五胡に行き復讐を糧にして生きていた葵、母の死を乗り越えようとしている蜀の軍師だった琥珀。

 

 そして元呉王だった雪蓮。

 

 そんな彼女達の中心に一刀がいる。

 

「一刀の敵は私達全員の敵ってことになるわね」

 

「そなや」

 

 面白おかしく笑う霞。

 

 だがそれは華琳だけではなく遠く離れた蜀の王も密かに思っていたことだとは、さすがの彼女も想像していなかった。

 

「霞、しっかり休暇の間に一刀を誘惑しておきなさいね」

 

「まかしとき」

 

 呉の特使は建前であり、本当の狙いは華琳の命を受けた霞がゆっくりとだが一刀を誘惑するという、口が裂けてもいえない策が隠されていた。

 

 あわよくは自分達も一刀の子を宿したいと思っていたが、その策が成功したかどうかは定かではなかった。

 

 だが、今は目の前の光景を堪能するだけで十分だった二人は一刀達と混じって話に花を咲かせた。

 翌朝。

 

 一刀達は華琳を初めとする主だった将に見送られることになった。

 

「またいつでもいらっしゃい」

 

「そうさせてもらうよ」

 

 荷物を積みこみ、雪蓮と風、それに琥珀は後ろに入り、一刀と葵が馬を操ることになった。

 

 そして彼らを護衛するかのように霞が馬に乗っていた。

 

「今度、会うときはあなた達の子供を見せなさいね」

 

「そうするよ。華琳もそれまで元気でいろよ」

 

 別れを惜しむのは彼らだけではなかった。

 

 風を呼び止めた稟。

 

 長い月日を共に歩んできた友人同士。

 

「稟ちゃん、風がいなくても大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です。貴女こそ私がいなくて寂しくは……ないですね」

 

 稟は寂しそうに答える。

 

 何でもわかっていたと思っていた稟だが、風が長いこと一人で悩み苦しんでいることに気づけなかった自分の不甲斐なさと、それに気づいた一刀に対する嫉妬が入り混じり、複雑な表情だった。

 

 そんな彼女を察したのか風は降りてきてそっと稟を抱きしめた。

 

「風はどこにいても稟ちゃんの一番のお友達です。稟ちゃんはどうですか?」

 

「そんなこと……決まっているでしょう……」

 

 声を噛みしめて涙を流す稟。

 

 そして風を優しく抱きしめる。

 

「泣き虫な稟ちゃんですね」

 

 そう言いながらも彼女の胸の中に顔を埋める風。

 

 一刀達はそんな二人を温かく見守った。

 

「一刀、雪蓮」

 

 華琳は一刀達に向かって覇王のごとく凛とした表情をした。

 

「あなた達に託した思い、しっかり守っていきなさいね」

 

 華琳から託された二振りの思い。

 

 これからもその思いを守るためならば協力を惜しまない華琳。

 

「わかってるよ。魏王に文句をつけられないように頑張るさ」

 

「私と一刀よ。そんな言葉は愚問よ♪」

 

 二人のそれぞれの答えを聞いて華琳はこれまで見せたことのない最上級の笑みを浮かべた。

 

「ほな、そろそろいこうか」

 

 霞にそう言われてそれぞれの別れを終えた。

 

「ありがとう、華琳」

 

「どういたしまして」

 

 一刀が差し出した手をしっかりと握り返した華琳。

 

 馬車に乗り込んでいく後姿を静かに見送る。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 一刀の声に雪蓮達は頷く。

 

 洛陽の空はそんな彼らを祝福するかのように青空が広がっていた。

(座談)

 

水無月:というわけで今回で洛陽編が終わりました。

 

雪蓮 :結局、側室がまた増えたわね?

 

水無月:罪作りな人ですよ、一刀は。

 

一刀 :お前のせいだろうが!

 

水無月:おや、私は何もしていませんよ?

 

一刀 :うわ、こいつ最低だ。

 

水無月:失礼な。私は場を設定しただけですよ?そこで何が起ころうがそれは一刀の責任ですし。

 

雪蓮 :そうね。一刀にもそろそろ責任を取ってもらわないとね♪

 

一刀 :ひでぇ~……。

 

水無月:さてさて、長かった新婚旅行編ですが次回のお話で終わりです。

 

雪蓮 :もしかしてこれが一番書きたかったことなの?(台本を見ながら)

 

水無月:そうですね。個人的には南蛮の次……コホン、一番書きたかったものです。

 

雪蓮 :というわけで次回はいよいよ新婚旅行編最終章よ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪蓮 :ねぇ冥琳。どうしてあんな昔のことを一刀に教えたの?

 

冥琳 :うん?ああ、あの事ね。仕方ないでしょう、暴走する貴女を止めるには子供の頃にしたおね……(雪蓮が鋭い視線を向けてくる)、コホン、なんでもないわ。私は何も知らないわよ。

 

雪蓮 :よろしい♪


 
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