No.824992

魏エンドアフター~揺レル心~

かにぱんさん

淫れるじゃないよ揺れるだよ。
長期間何も思いつかなくてある日突然「あ、こう書こう」と思い立つこと
あると思います。
特に私のように見切り発車で書き始めた人なら分かってくれるはず(・_・)

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2016-01-15 04:00:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7232   閲覧ユーザー数:5178

馬騰さん……椿さんが桃香のもとへ来てからはやくも一週間が過ぎた。

あの人の体を蝕む病魔はそれほど深刻ではないように思えた。

只今まで五湖や曹操軍に隙を見せない為に治療というものをしてこなかったのだろう……出来ずに居た、というべきか。

 

自分が病魔に冒されているという情報を徹底的に守るために。

間諜が紛れ込んでいる可能性が0ではない状況で、尚且つ太守という位置に居たのだから仕方ないともいえる。

だから正史の通りに進まないこの外史ではこっちに来てくれたのは好都合なのかもしれない。

 

華佗でなくとも椿さんの病状は普通に治療していけば治るだろう。

あの黒いモノは周瑜さんの時の足元にも及ばないくらいだった。

だから手を握られた時に少し元気を分けてあげた。

最初見た時はひやっとしたが今はもう医者に見てもらって定期検診にも来てもらうように手配してある。

 

その治療費は後に体で返すとのことだった。

確かに椿さんが全快したら相当な戦力になるし……いや、現時点でも相当な戦力だけど、それでも体力が落ちているのだろう。

お互いに殺す気はなかったとはいえあの戦闘で椿さんはかなり疲労していたように見えた。

今はもう部屋を充てがい病人として安静に過ごしてもらっている。

馬騰という名将が劉備軍のもとへ来たというのは喜ばしいことだがそれ以上に俺は混乱していた。

 

「……もうここから歴史がどう進んでいくのか全くわからん」

 

俺は自室で頭をひねっていた。

北方に放っていた細作の一人が、袁紹が曹操に負け、滅亡したという情報を持ってきた。

これを見る限りでは歴史は俺が過ごした外史と同じ進行だ。

ちなみに敗走した袁紹がこの国に隠れているのを鈴々が発見し城へ連れてきた。

曹操に突き出すつもりだったようだけどこの3人だけじゃ何も出来そうにないし、実際あっちで蜀に保護されてからは特に大きな問題は起こしていない。

というわけで保護した。

白蓮もしぶしぶながら同意してくれた。

 

それはさておき、馬騰に馬超、馬岱、張遼、呂布に陳宮というかなりの力を持った将がこちらに揃ってしまっている。

数だけで言えば弱小とは言われないまでも魏、呉に比べれば総数で劣る。

しかし将の数だけで見れば相当数揃っていると言えるだろう。

このまま力をつけすぎれば呉……雪蓮だって黙っては居ないだろう。

呉も急激に勢力を拡大しているから状況は俺たちとそうは変わらないはずだし、規模で言えばまだまだこちらのほうが弱小なのだ。

桃香達と同盟を結んでくれればそれでいいが、呉の再建を望んでいる彼女からすれば自国での目立った勲章や功が必要と考えるはず。

 

それに曹操側にしてみれば自分が目をつけていた将を掠め取られたように感じるはずだ。

それを黙ってみている程日和っている子ではないし、すぐにでも進軍してくる可能性がある。

一見、軍事力が爆発的に上がったと言えるこの状況はかなり危険な状態でもあるのではないだろうか?

 

曹操、孫策は凪の強さを目の当たりにしている。

急激に成長したという事実もそうだが彼女達にはそれよりも凪の存在が大きいだろう。

自国の誇る将4人がかりが赤子扱いされたのだから凪を脅威として見ているのは間違いないと思う。

下手をすれば魏、呉で同盟を組んで畳み掛けに来るという可能性も出てくる。

華琳は基本的に人に頼ることはしないが、こればかりはわからない。

今劉備軍という城は将という骨組みが広がるばかりで兵という外壁が無い状態なのだ。

 

そしてこっちの戦争状況もあるが、俺は今何一つ華琳達のもとへ帰るための情報を掴んでいない。

そもそも俺が現世から華琳のもとへ戻れたのもあの変な銅鏡やあのよくわからない白装束?のおかげである。

というかあの白装束は何なんだ?俺の役目だとかなんとか言って俺を戻したようだけど、あいつの目的もわからない。

もしあれがあの于吉達の仲間だとしたらわざわざ俺を殺すために呼び戻した、というのは意味がわからない。

その場で殺せば良かったはずだ。

しかし仲間じゃなかったとしたらじゃあなんなのだ?という話になる。

それに俺たちに襲いかかってきたあの女の行方もわからないまま。

あれからそれらしい情報も得られていないし、何かしら接触があるわけでもなかった。

うんうん唸っていると、コンコンと、軽く扉をノックされる。

 

「はい?」

 

「失礼致しますね、ご主人様」

 

そう言いながら入ってきたのは月だった。

ご主人様呼びが定着してしまっているのはもう気にしないことにした。

ちなみにあっちで着ていたメイド服なんてものはこの外史にはないので侍女と同じ服を着ている。

董卓の名を捨ててここに居るのだから以前のように着飾ることは出来ないが、侍女と同じ事をする必要はないと言ってみたものの

 

『ご主人様にも桃香様達にも御恩をたくさん頂いていますから、何かお返しがしたいのです。ご主人様に教えていただいたことですよ?』

 

と、嬉しそうに、微笑みながら言っていた。

今までの彼女の経験からは体力的にも侍女の仕事はキツイのでは?とも思ったが本人がやる気だし、詠も何かとフォローはしているようだから心配はいらないのかな。

 

「水差しのお水、交換致しますね」

 

「うん、ありがとう」

 

水差しの中身を静かに取り替える月。

なんだろう、結構深刻な状況のはずなんだけどこの子がいるとすごい平和な感じがする。

小さい体で一生懸命侍女として仕事を覚えようとする様は他の侍女にも好評のようで、結構侍女間でも愛されキャラになっている気がする。

それににこにこと嬉しそうに仕事をしている様は見ているだけで癒される。

 

「あ、あの……何か?」

 

顔を赤く染めもじもじしながらそう問われた。

思わずじっと見てしまっていたようだ。

なんかもうこの歳で月みたいな子が懐いてくれると娘みたいに思えてくるな。

 

「いや、職場には馴染めたかなって思って」

 

「あ、はい。皆さんとても良くしてくれていますし、毎日がすごく充実しています」

 

笑顔でそう答える彼女は本当にそう感じているようで、表情から日々の充実感が見て取れた。

 

「そっか。よかったよ」

 

掃除の手際も最初に比べ格段に良くなっている。

傍から見れば転落人生として映るのかもしれないが、彼女にとっては良い環境になっているのかもしれない。

 

「あの」

 

微笑ましく思いながら掃除している彼女を見ていると、不意に手を止めて声を掛けられた。

 

「あぁごめん、見られてるとやりづらいよね」

 

「いえ、違くて……あの、ご主人様」

 

「ん?」

 

「ご主人様が、いつかはここから居なくなってしまうというのは本当なんですか?」

 

侍女服の端をぎゅっと握り、そう問いかけてくる月はとても不安そうに見えた。

 

「……あー、まぁ、うん」

 

そんな彼女の言葉にそう答えるのは心苦しいが嘘をついても仕方ない。

 

「そう、ですか……」

 

月にそんな表情をさせてしまうと罪悪感が尋常じゃないんだ。

そんな顔しないでくれ……。

 

「いつになるかはわからないけどね。その時が来たら帰るつもりだよ……ごめんね」

 

謝る意味もわからないと思うが謝らずにはいられないくらい目の前の女の子はつらそうな表情をしていた。

 

「いえ、そんな……只、少し寂しいなって……思ってしまって……」

 

そんなことを言ってくれる彼女を前に、少し気まずい空気が流れる。

と、部屋の外から誰かの声が聞こえてきた。

 

「月~?」

 

ドバンとノックも無しに扉を開け入ってきたのは詠だった。

 

「……あんた、月に変な事してないでしょうね」

 

「してないよ……」

 

「詠ちゃん……」

 

「……何この微妙な空気」

 

正直詠が来てくれて良かったと思った。

この重苦しい空気は耐えられん。

 

「まぁいいわ。はい換えの水」

 

そう言って桶にくんだ水を渡す。

 

「ありがとう、詠ちゃん」

 

「あんたも、仕事は?ボク達掃除しに来たんだけど」

 

「今日は非番だから待機中」

 

「腕の検診は?抜糸するんでしょ?」

 

「昨日行ったよ」

 

「包帯は?」

 

「もう変えた」

 

「だったらその辺散歩でもしてきなさいよ。終わったら呼んであげるから」

 

「はいはい、了解」

 

「はいは一回!」

 

詠も当たりは強く見えるけどだいぶ打ち解けてくれたように思う。

強い言い方だけどいろいろと世話を焼いてくれるし、今みたいに心配もしてくれる。

そもそもこんなものとは比べ物にならないくらい当たりの強い子と過ごして来たのだからこれくらいなんのその。

ハニートラップ仕掛けて落とし穴に蛇入れてそこに落とすくらいしないと俺の心は折れないぞ。

……それでも折れなかった俺だけど。

 

「じゃあその辺ぶらぶらしてるから」

 

そう言い残して部屋を後にする。

とは言っても非番ですることといえば鍛錬くらいのものだ。

一人でじっとしてると暗い考えばかりが浮かんできて精神衛生上よろしくない。

こっちにきてもうかなりの時間が経ってしまっているのも俺を焦らせる一因になっている。

とりあえず外へ出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ご主人様じゃんか」

 

砕けた口調に似つかわしくないご主人様呼びを披露してくれたのは馬超だった。

 

「……結局馬超も”ご主人様”なのね」

 

「桃香様もそう呼んでるしあたしもそう呼んだほうが良いかと思って。流石にもう北郷はまずいだろ」

 

俺は別に構わないんだが……

 

「まぁいいや。馬超は何してんの?」

 

「ん?見ての通りだ」

 

そう言って手を広げる彼女。

 

「……何してんの?」

 

「非番なんだ。何もすることがない」

 

「あー……じゃあ鍛錬は?凪もいるし、馬超なら喜んで手合わせしに行くと思ったんだけど」

 

「もうとっくにしたよ。武器折られちゃって今馴染むものが無いんだよな」

 

「……そ、そうか」

 

本身で挑んだのか……本気すぎるだろう。

 

「いやー攻撃受けるだけで折られるのは反則だよなー。柄で受けたらポッキリいっちまったよ。」

 今大陸で名を馳せてる奴らの仲でも凪は最強なんだろうな。恋は挑む気すらないみたいだし」

 

負けず嫌いな子だから悔しがるかと思ってけど、どうやらそれを通り越して呆れているように見える。

あれから凪は今や劉備軍では人気者になっている。

主に愛紗や鈴々、星や霞といった武の鍛錬に余念のない人達にだが。

毎日のように誰かしらに手合わせを申し込まれているようで、凪もあの性格だから断らずに全て受けている。

そして一部の住民からは”武神様”と手を合わせられる事もあるそうだ。

御使い様も型なしだよ。

 

「そういえば母様の件、ありがとな」

 

「ん、快復に向かってるようで良かったよ。今までかなり体調悪かったはずだし、しばらくは休んでもらうと良い」

 

「あたし達も気づいちゃいたんだけどどうしようもなくてなー。言っても聞いてくれないし」

 

「状況が状況だっただけに仕方ないと思うけどね。手遅れにならなくて何よりだ」

 

「で、ご主人様は何してんの?」

 

「見ての通りだ」

 

そう言って手を広げる。

 

「……何してんの?」

 

「非番なんだよ。何もすることがない」

 

「「…………」」

 

お互いに黙る。

 

「……飯でも行くか?」

 

「そうだな」

 

そして街へ出ようとしたところへタイミングよく月と詠がやってきた。

 

「部屋の掃除終わったから、戻ってもいいわよ」

 

「ありがとう、でもこれから馬超と飯に行くから」

 

「……ご飯、まだなんですか?」

 

馬超と昼食をとる旨を伝えると月がそう問いかけてくる。

 

「うん、だからこれから──」

 

「な、なら……!私がお作りします!」

 

「え?」

 

「だ、ダメでしょうか……?」

 

突然の申し出に驚きながらも馬超のほうへ視線をやると、彼女は苦笑いしながら頷いた。

 

「うん、じゃあお願いできる?」

 

そういうとぱぁっと花が咲いたように表情を輝かせ

 

「はい!」

 

月はそう笑顔で返事をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても母様相手に対等に戦えるってのはすごいな。あたしでも無理なのに。

 まぁご主人様は呂布相手に勝ったし当然といえば当然なのかもしれないけど」

 

月と詠が昼食を作ってくれている間、部屋で待っているとそう話を振ってくる。

 

「いやまぁあれはなぁ……椿さんも弱ってたし、実戦じゃ全く使えないような技?というかフェイクというか」

 

「ふぇいく?」

 

「騙し討ちみたいなもんだ」

 

「なんだ、汚い手でも使ったのか?それにしては母様はだいぶご主人様のこと気に入ってたけど。真名も預けてるみたいだし」

 

「まぁ仲間内くらいにしか出来ないような戦術だ」

 

「ふぅん、あぁ、言い忘れてた。あたしの事も翠でいいぞ」

 

「軽いな……」

 

「まぁ今更だしなー、ご主人様だし」

 

「お待たせ致しました」

 

そんな話をしていると月と詠がお盆いっぱいに乗せた料理を机に次々とのせていく。

机を覆い尽くす程の皿が目の前に広がっていた。

 

「……鈴々に負けない食欲だな」

 

「これくらい普通だろ。ご主人様も食べないと力つかないぞ?」

 

「……ソウデスネ」

 

何はともあれ用意してくれた食事はどれも美味しそうだった。

月と詠って料理できるんだな。

いや、できるようになったのか?

 

「「いただきます」」

 

そのまま月と詠も交えて昼食を取り始めた。

 

「そういえばご主人様って、いつかは自分の国に帰るんだろ?」

 

「国っていうか……まぁそうだけど」

 

さっきも月に同じ話を振られ、少々気まずい雰囲気になっただけに少したじろぐ。

 

「桃香様達がそう言ってたけど、いつ帰るんだ?」

 

そう聞かれるも明確な時期はさっぱりわからない。

もうこっちへ来てかなりの時間が経ってる。

4年という月日は長い。

正史よりも駆け足で歴史は進んでいるが、それでも俺にとっては長い時間だ。

凪の話によれば俺は周瑜さんの病魔を全て請け負ったことで死にかけていた。

それを機転を効かせた貂蝉達が俺を別の外史へ飛ばした、ということらしい。

 

あの世界での出来事は正史には無く極めてイレギュラーで、正史をなぞる外史ではありえない病気。

だからそれを持った俺を別の外史へ移せば本来存在しない病魔はなかったことになる、というなんともご都合的な事だ。

ちなみに死んでしまえばそれをしても意味はないようなのでかなりぶっつけでそれは行われたらしい。

 

俺からすれば気を失って目が覚めたら目の前に桃香達の顔があったので何が何だかわからなかったが。

しかし、とりあえずは身を任せてみようと自分を納得させてはみたものの、もう悠長には言っていられないと思う。

それに俺は華琳達のもとにいた時と現世にいた時とで、その時の年齢にかなりの差があった。

華琳達と過ごした年単位の時間が現世では数日、俺はそのまま高校生を続けたのだ。

 

じゃあこの世界と華琳達の世界で時間の流れが違うとしたら?

そう思うと焦らずにはいられなくなる。

この世界で桃香達のことはできるだけ手助けはしたいと思うが、俺は皆が待っている世界へ帰らなければならないのだ。

 

「……ご主人様?」

 

翠からの問いに考え込んでいると、月が心配そうに顔を覗きこんでくる。

 

「ん、いや、時期はわからないんだ。どうやってここへ来たのかもわからないしな」

 

「ふぅん、そういえば気になったんだけどさ。あー……突っ込んだ事きいちゃうかもしれないんだけど」

 

翠にしては歯切れが悪そうにしながら、こちらを気遣うような態度を見せる。

 

「ん?」

 

「あー……言いたくないなら……あああでも気になるしなぁ」

 

「何だよ。とりあえず言ってみろって」

 

「んー……気を悪くしないで欲しいんだけどさ」

 

そう言い、一息ついてから

 

「あの白装束ってご主人様とどういう関係なんだ?それにあの時言ってた”皆の前に立つ”とか”いつも後ろに居た”とか。

 愛紗達にご主人様のことを聞く限りじゃいつも最前線で戦ってたみたいだいし、言ってることが噛み合ってないっつーか……。

 あれって何のことなんだ?」

 

そう問いかけられた。

 

「……白装束のことはともかく、俺がそんな事言ったのか?」

 

「うん。自分は強くはないけど、手の届く場所にいる人は全力で守るって……あたしはその言葉を聞いてご主人様達に加勢したんだけど」

 

……全く記憶にない。

 

「それにこうして数日見てるだけでも呂布とか張遼とかがあの戦で初めて知りあったようにも思えなくてなぁ」

 

……この子結構鋭い。

椿さんの言葉がよみがえる。

”私の娘は頭は足りないが、人を見る目は確かだ”

なるほど、確かにあっちの世界でも翠には元気づけてもらったし、この子はよく人を見る子なんだと思う。

 

「ボクも気になってた。霞の話じゃ恋のことをもともと知っている様子だったってことだし」

 

詠もすかさず翠に同調する。

 

「こうして一緒に戦っていく仲間となると気になってさぁ。

 いや、完全にあたしの興味本位だから話したくなければ話さなくてもいいんだ」

 

そう早口で言う馬超からは無遠慮に踏み込むつもりはないという気遣いが十分すぎるくらいに伝わってくる。

 

「……いや、これから一緒に戦っていく仲だし、話すよ。

 でもかなりぶっ飛んだ話だし、バカバカしい妄想みたいな話だからな

 そこは注意してくれよ」

 

「無理に話さなくていいんだぞ?」

 

この子はあの時、西涼の命運を掛けてまで俺たちを助けてくれたんだ。

だから彼女が聞きたいというなら正直に話す義務があると思う。

それに月と詠は俺が巻き込んでしまったのだから。

 

「うん、大丈夫。翠は優しいな」

 

「ば、おま──」

 

顔を赤くしてわたわたする彼女も微笑ましいが、話を続けた。

一瞬取り乱した翠もすぐに真剣な表情に戻り、俺の話を真面目に聞いていた。

 

この先の……この外史で起こる未来を語らなければ歴史をねじ曲げたことにはならないはず。

もう俺の知る歴史とはだいぶ変わってきてしまっているが下手に話して何か起きたら駄目だ。

だから俺はそこらへんを省いて自分の周りで起こったことだけを話した。

 

俺が天界と呼ばれる現世から来た事。

戦争のせの字も経験したことのない自分を曹操が拾ってくれたこと。

それからは曹操達と一緒に乱世を駆け抜けたこと。

その時の自分には戦う力が無く、皆の背中を見ていることしか出来なかったこと。

 

全てが終わった後、俺一人が現世へ戻されたこと。

 

そして明花を通じた白装束との因縁。

 

別の世界での自分たちの出来事という話の入りから冗談だと切り捨てるかとも思ったが、彼女達はそれでも真剣に話を聞いてくれていた。

 

「じゃあご主人様はその世界で死にかけたからまた別の世界……ここへ飛ばされたっていうのか?」

 

「まぁ、信じられない話だとは思う。実際俺も突然そんな話を聞かされたら信じないと思うしな」

 

周瑜さんに起こった事は話さなかった。

当事者は勝手に話されてもいい気はしないだろうし、人に話すことでもない。

 

「いや、そういうわけじゃないけど。こんなしょうもない嘘つかないと思うし。

 ……でも、それじゃあ」

 

頬杖をついてこちらをじっと見つめる翠。

 

「どうした?」

 

「じゃあご主人様は……辛いじゃないか」

 

「え?」

 

「今、曹操はあたし達にとっちゃ敵に成り得る……というかもうそうなってると言っていい相手だけど、ご主人様にとっては大事な人なんだろ」

 

「うん」

 

「全部信じられるわけじゃない……というかあたしの理解が追いつかないだけなんだけど。

 それを全部省いて単純に考えてみた。

 ……ご主人様は今、死ぬほど辛いじゃないか」

 

「…………」

 

こんな、普通に聞いたらバカバカしすぎて取り合えってもらえないような、狂人扱いされてもおかしくない話を真面目に聞いてくれて。

そして、そんな俺の事を心配してくれる彼女に、言葉が出なかった。

なんて答えたら良いのかわからなかった。

 

「へぅぅぅぅ……」

 

月も慰めようとしてくれているのか、ぎゅっと俺の服の端を握ってくる。

詠も何か言おうとして、しかし言葉を飲み込んでを繰り返している。

 

詠からすれば到底信じられる話ではない。

でも自分たちが一刀の不思議な力で元気になったことがある上に、自分たちですら把握しきれていなかったあの戦の原因を一刀は知っていた。

音々に一刀が恋を助けたときのことも詳しく聞いていた。

それまで全く面識などなかったはずなのに、必死に助けようとしてくれていたのだと。

そのことが引っかかり、否定しようにも出来ずにいるのだ。

 

「……辛いのは、俺だけじゃない」

 

「……え?」

 

「……いや」

 

いつだって、魏、呉の一挙手一投足が俺の……俺と凪の胸を締めつける。

本来の歴史を知っていれば知っているほど、叫びたくなる。

凪が来てくれなかったら、俺はとっくに壊れていたかもしれない。

それに辛いのは凪も一緒だ。

凪は自分の正体を語れない分、俺なんかより辛いはずだから。

 

「桃香様達にもこのことは話してるんだろう?」

 

「白装束のことは話してる」

 

「……曹操達のことは?」

 

「話してないな」

 

「何でよ!?」

 

そこまで黙っていた詠が身を乗り出しそう叫んだ。

 

「桃香も愛紗も優しすぎるからな。俺のことでこれ以上彼女達に余計な負担を掛けたくない。

 というか、これがなんとかなる問題ならいいけどこればっかりは本当にどうしようもない事だからなぁ」

 

「そうだけど……!ああもう!」

 

「なんだ、心配してくれてるのか?」

 

「うっさい!」

 

どうしたって魏、呉、蜀──桃香達の間で、戦いは避けられないのだ。

朱里や雛里、星や霞、鈴々や恋あたりは自分にも他人にも厳しいところがあるから割り切って戦ってくれると思う。

翠だって、俺が戦ってくれと言えば戦ってくれるだろう。

でも、自意識過剰と言われてしまうかもしれないけど、愛紗や桃香は多分、全力で戦えなくなってしまう。

それほどにあの子達は情が深いと思う。

特に顕著なのは愛紗だ。

だから、話したところで何も出来ず、只彼女達の志に水を差すだけなら話さないほうがいい。

 

「……ご主人様は、曹操達のもとへ行こうと思わなかったのか?」

 

「俺の居た世界じゃ皆が協力して国を治めてたし、仲間であり友人だったからな。どこに行ったって辛いのは変わらないよ」

 

「それでも……本人達と戦うよりは楽になれたんじゃないのか?」

 

「ここにいる曹操は紛れも無く本物だけど、俺の知ってる曹操じゃないからな。

 大切な人と同じ容姿なのに、自分のことを知らないっていうのは……やっぱり堪える。

 それにここに来た直後はちょっと参ってたから、桃香達が居てくれたのは俺にとってはやっぱり救いだったよ」

 

そういうと翠は頭を抱えて唸り始めた。

 

「まぁ翠達に話したのは俺の甘えだ。無駄に複雑になることはないよ。

 戯れ言、妄言だと思って聞き流してくれ。

 あ、でもこの話は極秘だからな。

 誰かに話したら約束破りの馬超と賈駆って吹聴するからな」

 

「……ああああああもうダメだ頭が破裂する!」

 

頭をくしゃくしゃとかき乱しながら翠はそう叫んだ。

 

「とにかく!」

 

そしてびっとこちらに指を指し

 

「無理だけはするな!」

 

その翠の気遣いに、俺は答えることが出来なかった。

無理をしなければ……無理せざるを得ないから。

だから俺は、翠に苦笑いを返すことしか出来なかった。

 

「ま、この話はもうやめよう。

 せっかく月と詠の作ってくれた料理がまずくなっちまう」

 

そう言ってガツガツと料理をかきこむ。

これ以上話していると、全て話してしまいたくなる。

どうすることも出来ない事を、どうすればいいかと皆に縋ってしまいたくなる。

だから、弱音を吐くのはこれが最後。

あとは全部胸の中に閉まっておこう。

もしこの場に華琳が居たら説教されてしまう。

 

「うん、美味い!」

 

そんな俺を、その場に居た三人は不服そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混乱した。

動揺した。

 

立ち聞きするつもりはなかった。

けれど、彼の話はその場を立ち去るにはあまりに衝撃的すぎた。

中にいる三人は、彼の現実味を欠いた話に、状況だけをみて同情しているだけだと思う。

だけど、凪と一刀の誓いを間近で聞いていた彼女には、一刀の話の節々が、あのときの言葉と結びついてしまう。

 

いつから居たのか、部屋の外でノックをしようとした手を止め、固まっている彼女に誰も気づくことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、状況が動き出した。

北方から進軍、関所を突破、この国に大軍団が雪崩れ込んでいるという報が飛び込んできた。

それも、50万の勢力を引き連れて。

 

「凪、大丈夫か?」

 

「……はい」

 

相手はわかっている……華琳だ。

戦いたくない……なんて言ってられる立場にはない。

 

しかし現状を考えても曹操軍50万に対して劉備軍は3万、軍門に下った椿さんが動かせる西涼軍を合わせてもその差は大きすぎる。

それも西涼軍は今この場にいないのだ。

一騎当万とさえ言わしめる凪や恋がいるとはいえこの大差は覆らない。

 

「なら、逃げちゃおう」

 

そう言ったのは桃香だった。

 

「曹操さんなら無抵抗の住民を殺すようなことはしないと思うし、今ここで皆が決起して戦いに挑んでもいたずらに命が散っていくだけだもん。

 それは絶対にダメ。

 勝ちの目がある戦いなら皆と一緒に戦いたいと思うけど、この状況では死ににいくだけだもの。

 だから逃げるの」

 

そう言う桃香の顔は今までに無いくらいに強い意志のようなものが見えた。

それを見た臣下達は驚きの表情を隠せずに居た。

 

「誰かを守る為に必要な戦いならするけど、今はその時じゃないと思う。

 逆に犠牲を増やしちゃうだけだよ」

 

「そうですね。桃香様の言い分は最もですし、今出来る最善の案だと思います。

 ここは再起を図るために退場すべきです」

 

桃香の案に朱里が同調する。

 

「だが北には曹操、南に孫策。

 再起を図る場所があるとすれば──」

 

星がそう言うのに合わせ

 

「はい……蜀入りです」

 

雛里がそう口にする。

 

「ここより南西に荊州、その更に西に蜀と言われる地方があります。

 そこは劉焉さんという方が治めていたのですが、つい先頃、継承問題がこじれて内戦勃発の兆候が見られるようになりました」

 

「……その隙をついて入蜀するのがよろしいかと。

 内戦が起これば凄惨な戦いになる、その隙をついて本城を制圧すれば、結果的に流れる血は少なくて済みます。

 それに……太守の劉璋さんの評判も、あまり良いものではありません」

 

「はい、税高で官匪が蔓延っているのも気づかず、貴族は豪奢な暮らしにうつつを抜かしているとか」

 

劉備軍の頭脳である二人はそう言った。

 

「うん、じゃあ劉璋さんのところに押しかけちゃおう」

 

桃香の決定が下されたところで、これからの行動の算段を立てていく。

 

「よし、じゃあすぐに全土に伝令を出して兵の引き上げを開始しよう。

 西涼に送った伝令も、後追いになっちゃうけど予定変更でそのまま蜀へ向かってもらう。

 各所に詰めている警備兵達は本城に集合、詰め所や関所の備蓄は住民に分け与えるように命令。

 ──ってことで良いか?桃香」

 

「うん、ご主人様の言う通りでいこう」

 

「そういうわけだから、霞も恋もよろしくな」

 

「……コク」

 

「はいよー」

 

「翠は椿さんのこと頼む」

 

「了解」

 

それぞれが行動を開始し、次々と部屋を出て行く。

 

「それにしてもお姉ちゃん、いきなりどうしたのだ?」

 

「どうしたって?」

 

「だっていつもは皆に決めてもらうのに、今日はなんだか頼れる感じがしたのだ」

 

「あ、あのね鈴々ちゃん……もうちょっと歯に衣着せよう?

 それに、私はご主人様を見習うんだもん。

 だから曹操さんが相手で民間人に手を出される心配が無いなら、今守るべきなのはここに居る皆なの」

 

「ふーん、やっぱり違うのだ。愛紗もそう思うよね?」

 

「…………」

 

鈴々が愛紗にそう話を振るも、返事が帰ってこない。

俯き気味で何かを考えているようだった。

今思えばこの話し合いの際、愛紗は一切口を開いていない。

 

「……愛紗?どうしたのだ?」

 

愛紗のそばに寄り、袖を引っ張る。

 

「え?あ、何だ鈴々、どうした?」

 

そこでようやく自分に話が振られていることに気づくくらい、心ここにあらずという状態だった。

 

「愛紗、今までの話聞いてたのか?蜀ってところへ逃げてそこにいる劉璋を追い出すのだ」

 

「そ、そうか」

 

「もういいのだ。早く準備するのだ」

 

「わかった」

 

鈴々がそばから離れると、

 

「……戦わないのか……良かった」

 

そう小さく呟き、その場を後にした。

 

「……?」

 

愛紗らしからぬ発言に疑問を抱いたのは星だった。

いつもの愛紗ならば勝てずとも突進して意地を見せるべきだ、とでも言い出すというのに

言うに事欠いて”良かった”と口にした。

その異変に気づいたのは、愛紗のすぐ隣に居た星だけだった。

その姿に一抹の不安を覚えた星は出て行く愛紗の後をすぐに追いかけ部屋を出る。

 

「おい愛紗」

 

そう声を掛けても反応がない。

様子から察するに無視をしているわけではなく、先ほど鈴々に声をかけられた時と同様、何かを考え込んでいるようだった。

 

「おい!」

 

肩を掴み、強引に自分の方へ向き合わせる。

 

「────」

 

一瞬、思わず思考が停止した。

 

「……星」

 

「……何があった」

 

普段の彼女ならばありえないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……どうすればいい……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弱々しく言葉を発する愛紗は、今にも泣き崩れてしまいそうだった。

 


 
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