No.830243

魏エンドアフター47

かにぱんさん

毎日わけて書いているので何か変な箇所があるかも?
書いてるとその辺りがわからなくなってきて意味不明になることが多々あります。

2016-02-12 05:01:21 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:10678   閲覧ユーザー数:7141

 

「私は愚かだ……!」

 

「……とにかく場所を変えよう」

 

愛紗の腕を掴み、星は自分の部屋へと引っ張っていく。

愛紗のこんな姿は初めてだった。

 

 

そして部屋に着き、何があったのかを聞いた。

 

 

「……それは、主が言っていたのか?」

 

「あぁ……ご主人様は時々、ひどく寂しそうな表情をすることがあった。

 普段私達が居る前では決してそんな顔は見せないが、一人で居るところを見かけると、度々そんな顔をしていたように思う」

 

「…………そうか」

 

それは星にも覚えがあった。

そして、愛紗から一刀の話を聞いてしまった。

 

一刀の話は、愛紗の心を根こそぎ抉り取るような衝撃だった。

一刀が曹操の仲間だから?一刀の言っていた大切な人達が曹操達であったから?

それもあるかもしれない。

愛紗は一刀に対して憎からず思っているのは確か。

しかしそれだけではない。

むしろそれは自分の心の問題なのだから別の問題だ。

愛紗の心に襲いかかったのは、強烈な罪悪感だった。

 

半ば強引と言ってもいいような過程で、愛紗達は彼を自分たちの仲間に引き入れた。

一刀は最初、乗り気でなかったのは確かだ。

だというのに、自分たちが伸し上がるために彼を巻き込んだ。

一緒に過ごしていれば誰もが分かる。彼は優しい。

優しいから、自分たちの必死に頼む姿に断りきれなかったのだろう。

 

それに彼の話を聞く限りでは、彼のもとの世界でも自分たちは存在していて、協力して国を治めている。

ならば、自分たちを知っている彼が無下に頼みを断れるはずもない。

思い出せば彼は最初から愛紗たちの名前を知っていて、自分の事を知っているかと問うてきた。

次々と彼の話と自分の記憶が結びついてしまう。

言ってしまえば、彼を追い込んだのは自分たちだ。

傷つき、倒れ、それでも起き上がり守ろうとする姿に、心底惚れた。

主人として、これ以上に最高な人はいないと思った。

心の底から、北郷一刀という人に心酔した。

 

その人を、自分が傷つけていた。

むしろ、このまま事が進めばこれからもっと彼は傷ついていくだろう。

大切な人と、友人と、幾度と無く刃を交えなくてはいけないのだから。

この世界の曹操は彼の知る曹操ではない、そう言っていたのは聞こえていた。

それでも、もし自分が、自分を知らない、しかし容姿は同じ人。

例えば、桃香や鈴々、星、そして──一刀。

その人と命を掛けて戦わなければならない時が来たら?

そう思うだけで、それがどれだけ辛いことなのか容易に想像出来る。

自分の浅はかさに嫌気が差した。

 

力の無い人々を救う為、その志を一緒に掲げてくれた彼に、自分は只喜んでいた。

無遠慮に喜んでいた。

無配慮に喜んでいた。

心の底で、彼はいつかこんな日が来るとわかっていたはずだ。

それでも尚、力を貸してくれると言ってくれた事に、喜んでしまった。

 

黄巾党を殲滅するとき、彼は曹操と対面した。

その時、彼はどんな表情だった?

あの時は彼がどうしてあんな表情だったのかわからなかった。

でも、今はわかる。分かってしまう。

あの場で曹操と対面したとき、彼はどれだけ苦しかったのだろう。

 

反董卓連合の時、彼は曹操達と、一瞬とはいえ、敵対した。

自分を知らない、自分の大切な人に向けられる敵意を受けて、どれだけ辛かったのだろう。

泣きたかったはずだ。

叫びたかったはずだ。

それなのに、自分は……。

 

曹操が一刀を知らない、それは勿論愛紗達のせいではない、しかし、今、愛紗は全てが自分のせいであると思ってしまっていた。

 

愛紗に事のあらましを聞き、星は思わず天井を仰ぐ。

 

「なんてことだ……」

 

それを聞いた星も一刀にはいつも思っていたことがある。

彼は自分たちに弱さを見せない。

冗談を言ったり、ポカをして本気で焦ったりと、彼は自分たちにいろんな表情を見せてくれた。

でも、弱さだけは見せてくれないのだ。

あの反董卓連合の時も、最後まで弱さだけは見せなかった。

頼ってはくれなかった。

自分勝手な事をした自分を許してくれと頭を下げただけだった。

 

「ご主人様は、私や桃香様は優しすぎるからと……ご自分が一番辛いのに、それでも私達の事を心配して言わなかったんだ」

 

膝をつき、星の腕に支えられるようにして、目の端に溜まった涙が、頬を伝い落ちる。

普段、弱音を吐くことは勿論、涙など流さない彼女が。

自分をどこまでも律する彼女が、自分に涙を見せている。

そのことが、どれだけ重大な事か。

どれだけ彼女が苦しんでいるかがわかってしまう。

星自身も例外ではない。

愛紗の話を聞き、しかしどうすることも出来ない。

只ひたすらに、これから一刀が苦しんでいるのを眺めていくのかと思うと、耐えらる気がしなかった。

 

冷静を装ってはいるが、それは目の前で泣いている愛紗がいるからだ。

そのことが、自分を冷静にしようという理性に発破をかける。

しかし、正直、自分もどうしていいかわからなかった。

 

あの一刀が。

いつも声を掛けると嬉しそうに微笑んでくれていた一刀が。

その裏で、死ぬほど辛い想いを押し殺していたのかと思うと、自分も泣いてしまいそうだった。

一刀はこうなるとわかっているから話すことはないと言っていたそうだ。

事実、動揺を隠せないでいる。

ならば彼を離脱させる?

それはあり得ない。

もし仮にそうなれば天の御遣いという存在を曹操や孫策が放っておく訳がない。

それに一刀はかなりの実力者でもある。

断ろうものなら曹操あたりは味方にならぬのならば脅威として彼を排除する可能性もある。

孫策も同じだ。

それに彼が拾われたとしても、今度は自分たちと敵対してしまう。

一刀が敵として目の前に現れてしまえば、間違いなくこの軍は崩壊する。

それに今さら彼の居ない劉備軍など考えられない。

それくらいに彼は自分たちの心の中に入り込んでいる。

彼が自分の国へ帰るその時まで、彼にはそばに居てもらいたい。

 

愛紗をつれ、部屋にやってきたは良いが、解決策を見出だせるとは思えない。

しかし今、曹操は進軍してきているが、幸い戦わずに逃げるという選択をとっている。

今の状態で愛紗が戦場へ出れば、間違いなく死んでしまう。

全くもって、一刀の言う通りになってしまっていた。

 

「……幸いにも、今は逃げるという選択をした。とにかく、今はそれに集中しよう。

 このままで良いわけがないのはわかっているが、今は目の前に差し迫る問題があるはずだ」

 

「……あぁ……」

 

「主に悟られてもダメだ。私達が知ってしまったと知れば、主が今まで必死に押し殺してきた想いが無駄になる」

 

「……そうだな……一番辛いのは……ご主人様だ……」

 

「それに、主は自分の世界に帰るまでと約束したのだろう?そして今や劉備軍は少しは名の知れた軍になっている。

 ならば、もう天の御遣いという肩書で名をあげるという段階は過ぎているはずだ。

 だからこれからは主の帰還方法を探せば良い。

 上手く行けば、主はこれ以上苦しまずに元の世界へ帰れるかもしれない」

 

「……そう、かもしれないな」

 

そう提案する星に同意する愛紗だが、その心は複雑だった。

それは星も同じ。

これ以上一刀を苦しませない方法は、本格的に事を構える前に彼が元の世界へ帰ればいい。

しかし、彼が苦しんでいる、その事実はわかっていても、彼がいなくなることに抵抗を隠せない。

彼が苦しまずにいられる方法は、自分たちにとって、一番辛いものだから。

 

「ぅ……ぅぅっ……!」

 

「愛紗……武人が……涙を見せるな……馬鹿者……!」

 

その時を想像しただけで、心が張り裂けそうだった。

いつかは帰るという事実を、愛紗達はいつしか無意識に考えないようにしていた。

いつまでも居て欲しかった。

ずっと一緒に、道を歩んで行きたかった。

人々を救うためと立ち上がった時に捨て去った筈の涙は、彼とのあり得たかもしれない未来を思えは思うほど、溢れでてしまう。

 

愛紗は実感してしまった。

こんなにも、自分の心は弱くなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里、後方の様子はどうだった?」

 

「国境の拠点を落として以降、曹操さんの軍は破竹の勢いで進軍していますね」

 

曹操軍進行からすぐに、俺たちは蜀へ向けて進軍した。

やはりというかさすがというか、華琳はこの世界でも容赦なかった。

当然といえば当然なんだけど。

 

「まだこちらの動きには気づいていないようですが、バレるのは時間の問題だと思います」

 

朱里の報告に一同がそれぞれに考えを言っていく中、俺は別のことを考えていた。

多分、このまま行けば、俺の知るようにことが進んでいくなら、曹操軍と一戦交えるはずだ。

 

「とにかく今は全力で逃げる、これしか方法はないかと……」

 

朱里に同調し、雛里が言う。

前の世界で俺は華琳側についていたが、今回は桃香側。

そうなって改めて今の状況が苦しいものだと実感する。

兵と輜重隊、そこへ桃香を慕う民がついてきていることで軍の進行速度はがくっと落ちている。

華琳なら無抵抗の民に手を出したりはしないが、こうしてついてきてくれている人達を無下にするわけにはいかない。

こういう人達こそが、桃香達の志を支える力になるし、守っていきたい人達なのだ。

このまま追いつかれて戦闘が始まってしまえば、この人達を巻き込んでしまうだろう。

 

「部隊を2つに分けよう。先導し、先行して益州の城を落とす部隊。それと共に、後方にて曹操軍の攻撃を防ぐ部隊で」

 

「……そうですね。それではご主人様は先行の部隊へ、我等は防衛部隊へ回りましょう」

 

愛紗がそう言ってきた。

……何かいつもと違う気がする。

いつもの覇気がないのもそうだが、今日は一切俺の目を見ようとしない。

今みたいに俺のいうことに反応はするが、目を合わせてくることがない。

 

「……いや、先行部隊は愛紗達に行ってもらう。いち早く城を落としてもらったほうが安心できるしね。

 俺は後方の防衛というか、殿に回るよ。愛紗と星は一緒に先行部隊として向かってくれ。

 翠と恋、蒲公英は桃香と椿さんの護衛を頼む」

 

「しかし──!」

 

「今必要なのはいかに足止めをするかだ。それには俺と凪が一番良いと思う。

 天の御遣いと劉備軍の最高戦力である凪がいれば相手はそれだけで慎重になると思うんだ。

 本気で戦うつもりなのかと思う。

 桃香についてきてくれてる民達の為に出来る最善の案だと思わない?」

 

「…………」

 

俺の提案に、愛紗は納得いかない……というよりも、どう言えば良いのかわからないけど、どこか辛そうにしている。

 

「……愛紗、何かあった?」

 

「いえ……」

 

そう言いう愛紗は、やはり俺の目を見ようとはしない。

 

「愛紗」

 

見かねた星に強引に連れて行かれそうになり、抗議をしようとしたところで、星はぐっと顔を近づけ

 

「主の決意を無駄にしてはならん。……それに、今の状態でお前は主の想い人を斬れるのか?」

 

「それ、は……」

 

「今のお前が曹操達と戦うのは自害と同義だ。それも無駄死のな。

 今は目の前の事に集中しろと言ったはずだ。良いな」

 

「…………」

 

「何、お主の意見を否定している訳ではない。

 ……ここは私に任せておけ」

 

星は愛紗にそう言うと一刀のほうへ振り返った。

 

「主の仰る事は最もだが、ならば劉備軍の入城を歓迎している民達を更に喜ばせるために、主もついていったほうが良いのではないか?

 主が居るなら恋が桃香様につく必要もなくなり、後方へ回せる。

 それに凪も既に天の御遣いと共に劉備のもとへ現れた守り神として噂になっている。

 ならば、桃香様、主、凪が先行隊に居た方が歓迎の熱も高まるというものだ。

 ついてきてくれている民達は無論大事だが、あちらで入城を待っている民達が大事なのも事実」

 

「でもそれじゃあ……」

 

「なに、私、鈴々、恋、霞、さらに翆あたりをこちらに回しても先行隊は問題無いでしょう。

 ……これだけの将が揃っていれば兵は少なくとも瞬間の爆発力は相当なものでしょう。

 相手も只の足止めと軽く受け止めはしますまい。

 むしろ主、凪、鈴々という面子よりも見た目は大げさになり視覚面でのハッタリは十分でしょう。

 主と凪がその場に居らずとも、伏兵として潜んでいるか、後方に陣取っていると思わせればかなりの牽制になる。

 その一時の迷いを敵から引き出せればそれで十分」

 

星の提案は確かに筋が通っていると思える。

これから勢力を拡大していくにあたって最初の顔見せや人気というのはバカにできない。

星の言う通り、桃香が天の御遣いと反董卓連合で猛威を振るった守り神を連れて入城すれば、

民は、劉備軍は本気で自分たちを守ってくれるつもりなのだと思うだろう。

でもそれは自分が華琳達と戦いたくないからそう思ってしまっているだけではないのか?

冷静な判断が取れているのか不安になる。

 

「それに相手が大群だからと言って一度に全てを相手にするわけではない。

 今回は敵の先行部隊を押し返すだけだ。

 見渡す限り地平線の荒野での総力戦なら話は別だが今回はそうではない。

 短期決戦を有利に運べる瞬発力があればよい」

 

そこで星は一度言葉を区切り、

 

「……正直に言えば、主が殿を務めるのは気が気でないのでな。

 主が強いのは理解しているが、それでも戦は時の運だ。不安は拭いきれん。

 それにもし追いつかれてしまえば、凪の広範囲に渡る気弾も使えなくなってしまう。

 何も憂うこと無く戦に赴くためにこうして主にお願い申し上げているのだ」

 

朱里と雛里に、何かを訴えるような視線を送る。

それを受けた二人はお互いに顔を見合わせ、

 

「そうですね。私も星さんの意見に賛成です。確かに凪さんという大戦力が決戦の場にいないのは違和感を覚えると思いますが、

 その違和感が逆に不気味に思えてくるかもしれません。

 更に将の数を揃えることで地力は補っていると思われますし、凪さんが先行すれば何かあったとしてもお城の方も早く落とせます。

 ご主人様の意見も達成されます。

 それにあちらの目立った実力者といえば夏侯惇さんと夏侯淵さん、情報でしか聞いたことはありませんが許緒さんと典韋さんです。

 恐らく後者の二人は夏侯姉妹よりも力は劣りますので、主戦力は夏侯姉妹と考えていいでしょう」

 

「翻ってこちらは星さんに鈴々ちゃん、恋さん、翆さん、霞さんという一線級のお人ばかりです。

 私達には……民達を守るのも大事だけど、ご主人様を守るのも大事なんです……。

 ご主人様がいれば、もっと多くの人達を救う力になるんです……。

 もしこんなところでご主人様を失うことがあれば、それこそ崩壊の危機なんです。

 ご主人様が、いつかはご自分の国へ帰るとしてもです」

 

星の提案にそう付け加える。

 

「翠が陣取っていれば、相手は近くに西涼の伏兵でもいるのかとも思うでしょう。

 そうなれば、無造作に突っ込んでくるということもありますまい。

 そして瞬間的な突破力はこちらが上回る、いざ隙を見て撤退という場面ではその方が良い。

 民達も、主達が先に行くことに理解を示してくれるでしょう」

 

「……わかったよ」

 

ここまで反対されているのに無理やり我を通すのは只のわがままになってしまう。

確かに朱里と雛里の言う通り、季衣も琉流も強いが春蘭達程ではない。

腕力という点に置いては魏随一だが、技術や経験は星達のほうが頭一つ抜けているだろう。

それに夏侯惇隊の貫通力は尋常ではないものがある。

もし仮に一点突破などされて桃香に追いつかれてしまえば目も当てられない。

 

「じゃあ条件が一つ。絶対に皆無事で帰ってきてくれよ」

 

「無論だ。我等もこんなつまらぬところで死ぬつもりはない。劉備軍はこれからなのですからな」

 

「ではもう一度確認します。

 先行隊はご主人様、桃香様、椿さん、凪さん、愛紗さん、蒲公英ちゃん。

 後方の防衛を星さん、鈴々ちゃん、恋さん、翆さん、霞さん。

 これで問題はないですね?」

 

朱里の再確認に皆が頷く。

 

「無責任な言葉かもしれませんが、気をつけてください」

 

「案ずるな朱里。必ず全員無事でそちらに合流する。

 殿は私、鈴々あたりで良いだろう。民達の護衛は翆、恋、指揮は霞で頼む」

 

「まかしとき」

 

「あいよ」

 

これからの行動が決定し、各々が自分の持ち場へ移動していく。

先行する愛紗はその前に星のもとへ行く。

 

「……すまない」

 

「ふ、問題はない。それに私は少し、苛立っているのでな」

 

「なに?」

 

「相手にしたら身に覚えはないし、ひたすらに理不尽な怒りだろうがな。

 まぁ心配するな、私はお前のようにひ弱な心は持ちあわせてはおらん。

 いざというときは主の想い人であろうと斬る覚悟はある」

 

「……ふん、減らず口を」

 

冗談を言うと愛紗は少し調子を取り戻したように反論し、持ち場へ移動した。

 

星は愛紗に言った通り、一刀の真実を知ったことによって少し苛立っていた。

一刀は曹操達を想い苦しんでいるのに、あちらはそれを気にすること無く攻め込んでくる。

事情を知らない曹操軍からすればあまりに理不尽極まりない身勝手な怒りで、もはや八つ当たりであるがそう思わずにはいられない。

 

「……全く。難儀なお人を好きになってしまったものだ」

 

星は自分でも滅茶苦茶な道理を押し通したのは理解していた。

そして驚くほど自分の口からでまかせもいい理屈が飛び出してきた事に感心した。

それに朱里と雛里も乗っかって来てくれて助かった。

星とて、一刀の想い人であるという者達と戦うのは気が引ける。

だが一刀本人がそれをやめてくれと言ったり阻止したりしているわけではない。

むしろこの戦いは仕方がないとどこか諦めて、それでも桃香に力を貸そうとしている。

ならば臣下はその想いを汲むべきだ。

 

しかし、愛紗は無理なのだろう。

直接聞いてしまった事は、思ったよりも精神的に来るようだ。

又聞きの自分でさえ動揺したのだから、直接聞いてしまった愛紗の動揺は計り知れない物だったのかもしれない。

それに、何よりも愛紗は一刀を好いている。

彼は愛紗にとって、あまりに理想的すぎたのだろう。

もともと一刀の事を尊敬してはいたが、あの反董卓連合での出来事が決定的だったのだろう。

己の身を犠牲にして他者を救おうとする姿はさぞ愛紗には眩しく、尊く映ったことだろう。

それがたとえ、そのせいで軍全体を危険に晒してしまったとしてもだ。

 

自分勝手な行動をしたと頭を下げる一刀に対して、誰がお前は馬鹿者だと罵ることが出来ただろうか。

目の前で理不尽に散らされようとしている命を救おうと奮起した彼を、誰が攻めることができようか。

それに彼は、臣下に尻拭いさせることなく、自分で曹操達と戦い、けじめをつけたのだから文句を言われる筋合いも無い。

 

あそこまで必死に人を助けようとする彼の、その想いの根源が何なのかは解らない。

過去に何かがあったのかもしれない。

守りたくても守れなかった出来事があったのかもしれない。

彼はあまり自分の事を話したがらないが、その暖かさは接していれば自ずと解る。

その優しい彼がああまで必死になるのだから、きっとそうなのだろう。

そんな必死な姿に心動かされない訳がない。

 

……そんな彼が、出会った当初からずっと苦しみ続けていた事を知ってしまった。

ずっと、人知れず耐え続けていた事を知ってしまった。

この数年、彼はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。

あまりに突拍子もない話ではあるが、それを妄言と切り捨てる事の出来ない材料がいくつもある。

 

出会った当初から愛紗たちの名前を知っていたり、聞いた話だが、愛紗達が白蓮のところへ行くときも、

兵が居ないのでは舐められるかもしれないという懸念を一蹴し、大丈夫だと言って、その通りになったり。

普段接していても昔からの友人のように自分の癖や趣向を知っているような気遣いを見せてくる。

話している時の対応一つ取ってみても、その傾向は見られた。

一番心地よい距離を知っているのだ。

 

これ以上彼が苦しまない為に、自分たちは何をしてやれる?

彼がもとの世界へ帰れるその日まで戦いから遠ざけること?

それは難しいだろう。

責任感の強い彼のことだ。

戦わなくていいと言われてもそれを良しとはしないだろう。

 

「……星、どうした?」

 

「翠か。いや、追ってくる曹操軍をどう蹴散らしてやろうかとな」

 

「そりゃ心強いな。それにしてもお前、かなり強引に押し通したな」

 

「あれくらい言わねば主は納得せんだろうからな」

 

「何であそこまでご主人様を残したくなかったんだ?いや、先に行ってくれた方が安心するのは確かなんだけど」

 

「……愛紗が、お主と主が話しているのを聞いてしまった」

 

「…………え」

 

「それを私は愛紗から聞いた」

 

「……マジか。それで愛紗の様子が変だったのか……」

 

「まぁ、立ち聞きなどした愛紗が悪いのだがな」

 

「はぁ……で、こうなったと。星は平気なのか?」

 

「私は良い。……主が少しでも苦しまずにいられるなら、それが一番だ」

 

 

 

 

 

 

先行部隊として星達を残していく事に、一刀は身の切られる思いだった。

終わったはずの戦いを再びこうして経験するのは、やはり堪える。

未来では手を取り合っている事を知っているから、尚更にだ。

だからと言って、自分が残ったところで何を出来るわけでもなし、星や朱里の言うように、先行部隊に居たほうが良いだろう。

益州を目指す間、ずっと胸には何かが燻り続けている。

星達を残して来た事、その彼女達を華琳達と戦わせてしまうこと。

この世界での歴史の進行は、前の世界よりも早いのは解っていた。

だったら、華琳達が動き出すのが早いことも予期出来たのではないか?

どこかで気が緩んでいたのではないか?

自分はこうして星達になすりつけたまま、先へ進んで良いのか?

本当にどうにも出来なかったのか?

 

「ご主人様……」

 

そんなネガティブな事を考えていると、愛紗が心配そうな表情で声を掛けてくる。

無駄に心配をかけてはダメた。

彼女達が俺を上に置いて行動している以上、情けない姿を見せてはならない。

 

「何が起こるか解らないし、益州まで気を抜かずに行かないとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ついに残った防衛部隊の後方に砂塵ありとの報告が入る。

 

「来たな」

 

「兵は分かれているな?」

 

「おう、それぞれ部隊別になってんで」

 

「陣を敷いて対峙しながら時間を稼ぐ。一部、兵は非戦闘員を逃がすことに集中させるぞ」

 

「解ったのだ」

 

「この先は確か崖に橋が掛かっていたな。そこを渡ってから陣形を整える。良いか?」

 

「おう」

 

「鈴々と恋は私と前線の維持に徹する。そこが崩されては防衛も何もないからな」

 

「兵糧はどんなもんなん?」

 

「それなり、といった具合だ。逃げる時には全て置いていくことになりそうだ」

 

「ま、しゃあないな」

 

全員が今一度作戦を確認しなおし、漏れ無く理解していることを確認してから行動に移る。

 

「よし、ではすぐに長坂橋まで後退するぞ!」

 

『おう!』

 

掛け声と共に動き出す。

既に後ろに曹操軍が見えてはいるが、民間人を巻き込むことでその名に傷がつくことを恐れ、強引には仕掛けてこない。

ならばと急ぐこと無く、一定の速度を保ち橋まで進んでいく。

その間に少数の先行部隊を進ませ、陣地の構築を命じた。

そして構築が完了したとの報告が入り、橋を渡り切ると同時に、そのまま軍を反転させる。

 

「全員の旗を一斉に立てろ!」

 

星の号令と共に、その防衛部隊として残った武将全員の旗が一斉にあげられる。

その旗を曹操の先行部隊が確認すると、遠目から見ても、兵たちに動揺が走っているのが見える。

 

「ふん、これだけ揃えられたらそうなるのも仕方なし、か」

 

「おーおー、あからさまに面食らっとるやん」

 

「そりゃこんな少数の軍隊にこんだけの面子が揃ってれば誰でもびっくりするだろ」

 

「少数精鋭って感じでちょっと格好良いのだ!」

 

「感じっつーかまんまそうだしな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だあの旗の数は!?」

 

予想以上の大将旗の数に思わず声を上げる。

 

「趙、馬、張、それに……真紅の呂旗に紺碧の張旗だと?」

 

「やはり奴らあのまま劉備のもとへ下ったというのか!」

 

「呂布は袁術の下に行ってから消息が掴めていなかったが……」

 

「やつら、ここで決戦を行うつもりか?」

 

「いや……それは考えにくい。劉備軍は練度を無視した寄せ集めでさえ我ら足元にも及ばないはず。

 それで50万を率いる我らと真っ向からぶつかるとは考えにくい」

 

「ならば劉備を逃がす為にあれだけの将が残ったということか?」

 

「……わからん。我らの攻撃を押し返すだけなら素早い撤退の為にもっと少なくても良いはずだ。

 それに馬旗があるのが気になる。もしかしたら既に西涼の兵が合流しているのかもしれん」

 

……いや、それに呂布と張遼の部隊がどれだけの数だったのかも不明だ。

もしかしたら今ここにこちらが連れてきた数以上の兵数があちらには揃っているのか?

 

「馬騰め……華琳様の勧誘を蹴ってまで劉備のもとへ行くとは」

 

「…………」

 

姉の言葉に夏侯淵は違う見解を持っていた。

いくら劉備の名が広がったとはいえ、未だ弱小な軍には変わりない。

それに対して、それ以上の規模の軍隊を持つ馬騰が下るとは考えにくい。

余程心を動かされる者がいるという訳でなければありえないだろう。

そして、その心動かされた者があの中に居た。

それは劉備でもなく、関羽でもない。

 

……あの男だ。

 

馬超は反董卓連合軍として参加していたが、董卓を助けたあの男に加担している。

それは馬超の中で、何か心境の変化があったからだろう。

馬騰の代わりとして参加した彼女の行動は馬騰の意志と同じものとされる。

つまり馬超の行動ひとつで国の立場が変わるということ。

そして董卓が討たれるのはそれを跳ね除ける力のない董卓自身の問題。

自業自得と考え、あの戦に参加したはずだ。

それを覆し、自分の国が危険にさらされるとしても、彼女の中で、あの男に感じるものがあったのだろう。

そしてそれは馬騰に報告されるはず。

 

ならば、馬騰はむしろ、あの男に下ったといえる。

あの男は最初に出会った時、自分は手助けをしているだけで大将は劉備だと言った。

しかし、当の劉備本人達はあの男を主人と慕う。

なんとも不思議な関係だが、結局、劉備軍の中心はあの男なのだろう。

 

信念を貫く心の強さと、それを実現する腕っ節を持った男だ。

自然と惹かれるのだろう。

しかし、今あの場にその男は見当たらない。

それに、あの男を守る、劉備軍が最も名を馳せた理由である、あの蒼炎の獅子が居ない。

 

……本当にそうか?

あの恐るべき武力を持つ者は、あの蒼き炎で一個部隊ならば問題なく殲滅出来る。

どこかに潜んでいるのではないか?

もし伏兵として配置されていたとして、あの時見せた大蛇……いや、もはや龍のような気弾を撃たれればひとたまりもない。

ここに来てあの橋が非常に厄介だ。

もし敵の引き際に、橋の上であの気弾を撃たれればごっそりと兵は減らされる。

 

それに加え、呂布に張遼、そして趙雲、張飛、馬超。

どれもが一線級のちからを持つ武将達だ。

翻ってこちらは姉と自分、そしてまだ成長途上である許緒に典韋だ。

 

早計すぎたのではないか?

劉備を攻めると決めたのはこちらが圧倒的な兵力を持っていたからだ。

平地での総力戦ならばあの獅子が居たとしても、その圧倒的な兵数で圧殺出来たかもしれない。

しかし今は違う。

先行部隊として連れてきた兵数は逃げる劉備に追いつく速度を保てるぎりぎりの数だ。

もし相手に隠された援軍が居たら、数さえも覆される可能性がある。

もしやこれは、相手が張った罠なのではないか?

 

「……姉者。どうも既に私達は奴らの術中に嵌ってしまっているようだぞ」

 

「なに?」

 

「あの場での戦いが厄介だ。罠かもしれんし、ハッタリかもしれん」

 

「ハッタリに決まっている!」

 

「ならばあの場に、あの蒼炎の者が居ない理由は先へ進む劉備を守るためか?

 それともどこかに伏兵として潜み、我らに不意打ちを食らわせるためか?

 後者だとしたら、被害は甚大どころではない、下手をすれば華琳様が到着する前に我らは壊滅する」

 

「ぬぅ……だが、敵は目の前なのだぞ!」

 

「そう、だから我らは術中に嵌っているのだ。この迷いが不安となり兵たちに伝播してみろ。

 目の前にはあの猛者達、だというのにいつ来るかもわからぬ獅子に怯えながら戦うのでは士気は下がる一方だ」

 

「私が蹴散らしてみせる!」

 

「その意気は買うがな。もし我らが何も出来ずにここで朽ちれば、華琳様の覇道は遠のくぞ」

 

「失敗ばかりを考えては先へ進めんぞ秋蘭!」

 

「私もあまりこういう話はしたくない、だが今回ばかりは警戒しすぎてダメという事はないだろう」

 

敵の数がこちらよりも少なかったとしても、あの将の数は厄介だ。

劣勢の状態で一騎打ちなどには応じないだろう。

もし二対一にでもなり、将を討ち取られでもすればそれこそ士気が下がってしまう。

勇気と無謀は違う。

勇猛果敢と猪突猛進は違う。

これはどちらになる?

 

「もう少し、戦いやすい場所なら良かったのだがな……」

 

秋蘭は既に、星の狙った通りの思考に陥ってしまっていた。

あからさまに将の数が少なければそれは単なる時間稼ぎだと見破られる。

逆に多すぎれば決戦と認識され、相手は本隊が来るまで何とか足止めをしようと食らいついてくるだろう。

しかしこうしてある程度、しかし腕の確かな者を集め、その境界線を曖昧にする。

そして兵力では圧倒的に不利ではあるが、劉備軍には凪と翠達西涼軍という目眩ましに最適な切り札がある。

その2つで敵の迷いを引き出すという目論見は見事に成功した。

 

「ふふ、やはりこの将の数相手には兵数では上回っていても躊躇するようだな」

 

「橋の上じゃ大軍も展開できんし、かなり効いとるみたいやなぁ」

 

「全然攻めてこないのだ」

 

「…………」

 

「まぁ、僅かな時間稼ぎにしかならんだろうがな。奴らは誇り高き曹操軍、敵に背を向けるなどという事はせんだろう。

 だが一度でも不安が頭を過ぎれば、それは確信を得るまでずっと燻り続ける。そしてそれは士気に直結する」

 

「それに、その僅かな時間も重要なんやろ?」

 

「ああ、そうだ。それに、このまま怖気づいてもらっては困る」

 

そういう星は口元こそいつものように微笑を浮かべているが、その目は明らかな怒りを妊んでいた。

 

「星、怒ってるのか?」

 

鈴々がそう問うも、星はそれに答えず、

 

「悪いが、一発くらいは殴らせてもらわねばな」

 

微笑を浮かべながら、そう言った。

 

「お、おお、何か星が怒ってるのって珍しいな」

 

 

 

 

 

 

 

二の足を踏んでいた秋蘭達だったが、己の役目を果たすために決断したようだった。

 

「仕方がない。姉者、攻めるぞ」

 

「おう!」

 

「念の為に伝令を飛ばしておく。この戦いはあまりに不確定要素が多すぎる」

 

「よくわからんが、任せる。私は只、華琳様の為に奴らを突破し、劉備の頸を上げるまでだ」

 

「……ふ、やはり姉者は頼もしいな」

 

兵数ではこちらが有利だが、相手は将が、それも一線級の者が多すぎる。

正直、不安要素だらけだ。

だというのに、こうして微塵も尻込みする素振りを見せない胆力は頼もしい。

 

「今、兵の数はこちらが圧倒的に上回っているのだ。ここで怖気づいているようでは華琳様の傍にいる資格はないな」

 

「よし、全軍抜刀せよ!」

 

『応!』

 

「奴らの血でもって、曹孟徳の覇道を美しく染め上げるのだ!全軍、突撃せよ!」

 

ついに、長坂橋での戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

書いてて思いました。

あれ、劉備軍強くね?と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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