No.815413

紫閃の軌跡

kelvinさん

第82話 剣聖の意味

2015-11-24 03:07:37 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2674   閲覧ユーザー数:2372

~ヘイムダル国際空港~

 

時間はほんの少し遡り……異変は空港にも及んでいた。武装した兵と人形兵器に慌てふためく近衛隊の一方で、それを着実にさばいていく“アルセイユ”を守る王室親衛隊の兵士達。そして、この艦の艦長でもあるユリア准佐がいない兵たちの指揮を執るのは、

 

「一人で当たろうとするな。確実に複数で一体ずつ仕留めろ!」

「イエス・サー!」

 

そう、お忍びで彼等に同席していた“剣聖”カシウス・ブライト中将その人であった。彼がいてくれるからこそユリア准佐はクローディア王太女の護衛に集中できている。艦長が不在という事態はあまりよろしくはないが、この辺を臨機応変に出来るのも王国軍の強みでもある。彼自身も棒術で確実に兵や兵器を無力化していく。一通り片が付いたところで通信器の着信音が鳴り、カシウス中将は通信器を手に取った。

 

「カシウス・ブライトだ。ユリア准佐か……ふむ、了解した。競馬場方面も一通り片が付いたようだ。残るはマーテル公園方面だが…」

『ええ。シオンがいる限り後れは取らないとは思いますが。』

「だが、何かしらのトラブルに巻き込まれているのは事実だろう。事態が収束するまで、警戒は怠るな。」

『ハッ、了解しました。』

 

通信器を切り、懐にしまい込んでカシウスはため息を吐いた。二年前といい、今回の事といい、どうやら“結社”がこの裏で動いているということには悩みの種は尽きない。そして、ルドガーが『蛇』絡みの人間だということを知る数少ない人物でもある。彼が余りそのことを追求しないのは、過去に自分の妻に同クラスの人物達が家にいて、襲撃の際に彼女を守ったということを自分の子ども達から聞いたからに他ならない。下手に相手するよりは落としどころを作って『利害』の妥協を行った方がマシという結論に至った。無論、自分の大切な人々や国家を脅かすようならば容赦などするつもりもないが。

 

「中将、この辺りの無力化を完了。これ以上の増援は今のところない模様です。」

「ご苦労。だが、奴等の狙いが解らない以上はこちらが油断した隙をつく可能性がある。収束が確認されるまで警戒を怠らず、負傷者はただちに手当を行え。」

「ハッ!!」

 

手短に報告の処理を済ませ、周囲に対する警戒を引き続き行うカシウスの元に、また鳴り響く通信音。カシウスはその警戒を解くことなく通信器を取った。その相手は、今まで通信が取れなかった相手でもあり、自身にとっては弟子のような存在でもある“上司”であった。

 

「こちら、カシウス・ブライト。」

『シュトレオン・フォン・アウスレーゼです。中将、無事でしたか。』

「ええ、襲撃はありましたが…事態の収束が確認できるまでは警戒せねばなりません。」

『どうやらこちらが本命だったようです。テロリストと思しき人物はエルウィン皇女とお付きであるソフィア・シュバルツァーを連れ去った模様。アルフィン皇女は何とか守れましたが、人質を連れたテロリストたちはトールズ士官学院の面々が追跡しております。……リィン・シュバルツァーといえば、お分かりですよね?』

「ああ、アイツですか。どうやら、オリヴァルト皇子も相当の変わり者を集めた様子ですな。」

『それを貴方が言いますか……』

 

向こうの襲撃もあったとはいえ何とか一段落……だが、まだ予断は許さない状況であるということはカシウスもシュトレオン王子も同意見であった。カシウスの言葉にシュトレオン王子は溜息を吐きたくなったが、踵を正すかのように言葉を続ける。

 

『で、クリスタルガーデン近くにいたはずの“二人”の気配が消えました……おそらくは、別のルートでテロリストの元に向かっているものかと。』

「……気持ちは解らないでもないところ、といったところですな。だが、悩みの種が増えてしまった以上、クローディア殿下とユリア准佐が戻り次第こちらも動かせていただきます。」

『解りました。それとは別に私の方も動きましょう……オリヴァルト殿下には申し訳ありませんが。』

「ですな。」

 

 

~ドライケルス広場~

 

A班を見届ける形でその場に残ったトワとアンゼリカ。単に噴水のギミックだけならばまだ良かったのだが、そこに姿を見せたのは十数体の“人形兵器”。これには流石のトワも困惑の表情が表に出たようだ。

 

「あれは……!?流石に数が多いぞ!!」

「あれじゃ、ここにいる人全員が……(“万が一”の時は、力を使ってでも止めないと犠牲が……!)」

 

この状況下で躊躇えばさらに危険な状況になるのは明白。“奥の手”を使うことも考えざるを得ないと考えたトワの窮地を救ったのは……突如爆発した一体の人形兵器を背後にするかのように、トワたちに近づく一人の青年の姿。そして、彼が右手に握るのは苛烈な破壊力を想像させるであろう一振りの大剣。

 

「どうやら、間一髪だったようだね。けがはないかい?」

「あ、はい!」

「これは、リューノレンス侯爵閣下。ありがとうございます。」

「誰かと思えばアンゼリカ嬢じゃないか。立ち振る舞いはともかくとして、ますます君の父に似て来たね。」

「フフ、褒め言葉として受け取っておきます。」

「も、もうアンちゃんてば……えと、ありがとうございます!」

「お気になさらず。」

 

ヴァンダール家当主:リューノレンス・ヴァンダールその人であった。そして二人に怪我がないことを確認すると、二人を背にして剣を持っていない左手の掌を相手に見せるようにして構えた。

 

「各員、二人一組(ツーマンセル)で人形兵器を各個撃破せよ!帝国を傷つけるものに情け容赦は一切かけるな!」

「「イエス・コマンダー!!」」

「こ、これは…!」

「成程、第七機甲師団の精鋭たち、ということですか。」

「察しが良くて助かる。君たちは逃げ遅れた市民誘導に専念してくれ。厄介事は…こちらで引き受けるよ。」

 

そう、これがオリヴァルト皇子の打った“布石”だ。彼らが市民を巻き込む可能性込みで皇族を狙うことも考慮し、ドライケルス広場に第七機甲師団の精鋭たちを伏兵にして潜ませたのだ。それがうまく機能したことには話を聞いて承諾したリューノレンス自身も苦笑を浮かべたのは言うまでもない。

 

 

~帝都ヘイムダル 地下墓地~

 

一方その頃、エルウィン皇女ソフィアを連れ去ったテロリストらを追ったリィンらA班がたどり着いたのは地下の墓地の様な場所。まるでその場所の事を知っているかのように笑みを浮かべるギデオン…彼の持つ笛でそこにあった骨が一つの生き物の形に組みあがる。そこにきちんとした外見が加われば紛れもなく“魔物”と言わんばかりの風貌であった。だが、リィンに恐れはない……この実習で積み上げて来たものを発揮すれば、打ち倒せない敵ではないのだと。結果は言わずもがな、

 

「な、なあっ!?」

「……チャンス」

 

魔物を圧倒するリィンらに慌てふためくギデオン。その隙を掴んと動いたのはフィー。彼等に向かって目晦ましを投げつける。

 

「なにっ!?」

「隙ありっ!!」

「しまっ……!?」

 

ギデオンがフィーの動きに気を取られたのが運の尽き……その一瞬の隙をリィンは見逃さずにギデオンの懐に飛び込み、彼の笛だけを狙い破壊に成功する。残るは人質となっているエルウィン皇女とソフィアであったが、フィーはほんのわずかに発せられた気配を読み取り、飛び退く。それを見計らったかのように人質を抱えているテロリストたちを強襲したのは、彼等が良く知る二人であった。

 

「はあっ!」

「そぉら!!」

「「があっ!?」」

 

怯んだ隙に二人を奪還し、リィンらの後ろに跳躍する形で二人を確保したのはクリスタルガーデン前で別れたアスベルとルドガーその当人であった。

 

「アスベル!?それにルドガーまで!?」

「どうやら別ルートでここまで来たみたいだね。それなら教えてくれてもいいのに。」

「敵を騙すには味方から、という言葉があるだろ?それを実行したのさ。」

「やれやれ、君達という奴は何処まで非常識なんだか……」

 

そう、二人は怪盗B絡みの時に帝都中の地下水路をある程度調べ上げ、ガーデンから地下墓地までの“使われていないルート”を調べ上げたのだ。そもそも隠形に関してはトップクラスの彼等に証拠を残すことなどないのだが。ともあれ、人質を奪還したことで形勢自体はこちらに分がある。マキアスとエリオット、念のためにラウラが二人の様子を見守り、残る五人がテロリストと対峙……すると、そこに姿を見せたのは法剣を振るう女性―――<S>とガトリング砲を操る男性―――<V>、さらには全身ほぼ黒づくめにフルフェイスの仮面をかぶった男性―――<C>の姿であった。

 

「同志<S>、<V>……それに、<C>。それほどまでに私だけでは不安だったのか?」

「悪いわね。でも、ここで失う訳にはいかないもの。」

「ああ、ソイツについては同感だ。にしても、ここに“西風の妖精”がいるたぁ、驚きだが。」

『策に関しては信用している。だが、事の経過には必ず不確定の要素が紛れ込むもの。―――そこにいる“Ⅶ組”の連中のようにな。』

「ぼ、ぼくたちの事まで……」

 

エリオットの驚きも無理はない話。とはいえ、形式上はこれで3回も“Ⅶ組”に止められているのは事実であり、彼等が敵視しても何ら不思議ではないと言った感じだ。…少なくとも、アスベルとルドガー、それにセリカにしてみればの話だが。

 

『人質は既に返した。これ以上の長居は無用……それで』

「そう問屋が卸すと思うか?」

『!?』

 

何かを言おうとしてスイッチを取り出した瞬間、アスベルが太刀を振るってそのスイッチだけを綺麗に破壊した。これには他ならぬ<C>も驚きを露わにした。何故ならば、アスベルはここにいる面々の中では“元々外国の人間”に他ならないからだ。

 

『ほう…流石は“紫炎の剣聖”と呼ばれるだけの事はある……だが、何故我らに刃を向ける?今回の事に関しては、貴公とは何ら関係ないと思われるが?』

「……阿呆だろ、お前は。」

『何?』

「確かに帝国自体の事柄に関わる気は真っ平ない。リベールに対して害を為すつもりがないなら、放っておく選択肢もあったぐらいだ。……だがな」

 

彼の言葉と共に、彼を包む闘気。その闘気はリィンやラウラ、フィーやセリカ、ルドガーのみならず…エリオットやマキアスも感じ取れるほどの威圧となっていた。その根底にあるのは……

 

―――“大切な友人を危ない目に遭わせた罪”

 

身分の違いとはいえ、アルノール家とは良き関係を築いている。それはオリビエのみならず、セドリックやアルフィン、エルウィンも同じことだ。その決意も込めた覇気は、彼に一つの可能性を新たに生み出す。

 

「俺の友人をこのような危ない目に遭わせたこともそうだが、おまえらのやったことはリベール王国に対して喧嘩を売ったも同義。……お前らの背後関係なんて知ったことではないが、トールズ士官学院特科クラス<Ⅶ組>“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト、貴様らを国家転覆未遂の罪で逮捕させてもらう。」

『ほう……その威勢が虚勢ではないことを見せてもらおう。』

「同志<C>、手伝うわね。」

「てつだうぜ、<C>の旦那。こいつはアンタ一人で手には負えねぇだろうよ。<G>の旦那は先に離脱しろ。」

「……済まない、同志たちよ。ここは任せる。」

 

「アスベル!?まさか一人で戦う気なんじゃ……」

「加勢する気ならやめておけ」

「ルドガー!?どうして……」

「あの三人は相当の手練れ……それは解ってる。ま、万が一の場合は助っ人にはいるさ。」

「……ルドガーも結構サドだよね。」

「それを言うなや。」

 

アスベル対組織幹部三人……だが、アスベルの実力を知っているルドガーとフィーからすれば、これ自体戦いになるのかすら疑わしいレベル……という評価しか下せなかった。その意味はこの戦いの後に彼ら以外が知ることとなる。

 

『≪帝国解放戦線≫……それが我らの名だ。そして私の名は<C>、それだけ覚えていてもらおうか。』

「私は<S>、よろしくねカワイイ少年さん。」

「俺は<V>。“西風の妖精”ですら手を引いた実力、見せてもらおうか!」

 

戦いが始まった途端に放たれるのは<V>のガトリングの銃弾。まさしく正確無比と言わんばかりの狙いではあるのだが、彼にしてみれば“止まっている”のと同義。無論、それを難なく躱す。その着地地点を見計らうかのように飛んでくるのは<S>の振るった法剣の刃。初見であればこの刃の軌道を見切ったりするのは難しい。だが、アスベルにしてみればそれは“良く見知ったもの”と同じなのだが。

 

「!?躱した!?」

『ほう、ならばこれはどうだ!!』

 

躱した後を隙と言わんばかりに狙ってくるのはダブルセイバーを振るう<C>。だが、アスベルには“この武器”の使い手との戦闘経験がある。無論、“流水”の基礎中の基礎である“流舞”でこれをいなす。

 

「……正直、これは凄いな。」

「ああ、俺もこれにはびっくりだ。」

「私でもあそこまで見切れない。……かなりの鍛錬と努力を積んできた証拠、だね。」

 

ルドガーも転生前に少しだけ聞いた話だが、とある剣術をものにするために莫大な時間を割いてきた…と。

その基礎があったからこそ、というのもあるのだが…それよりも凄いのは彼の発している闘気そのものであった。

 

(『動』と『静』の力を同時に使ってやがる……本来ならば安定はしないのだが、アイツはそれを無意識的にやってのけてる。やれやれ、これは俺も負けてられねえな。)

 

目の前で戦っている親友兼好敵手の成長……これにはルドガーも内心苦笑を零し、更なる成長のために努力を課さねばならないと思いつつ、それに付随する苦労ごとをどうしても想像してしまった。そして繰り広げられているアスベルと『帝国解放戦線』三人との戦い……膠着状態を破るために、アスベルが手を打つ。

 

―――六の型“蛟竜”が参式……『九頭竜』

 

放たれるは以前実技テストで見せたものとは比べ物にならないほどの破壊力を秘めた高密度の刃。無論、三人とて実力者なのでそれを躱すが、その一瞬を作るのがアスベルの意図。彼が狙うは近中遠距離の連携を崩すことその真っ先の狙いはただ一人。

 

「なっ!?」

「遅い―――『六道砂塵掌』」

「ぐああっ!?」

「<V>!?」

『成程、先程のは連携を崩すための大技ということか…!!』

 

八の型“無手”、そして“泰斗流”の技巧を組み合わせた相手の内側を“打ち貫く”技。いかに相手が屈強と言えども、死角から一撃必殺の技を食らえばただでは済まない。そして、先程放った九頭竜の刃は“まだ活きている”ということを。そう、彼はああ言ったが、ここからが六の型の到達点―――彼だけの『極式』が放たれる。彼の覇気に呼応するかのように太刀に集う闘気の刃。そして、強き決意を持ってアスベルはその名を呼ぶ。

 

―――刃の檻を以て、汝らを圧倒せしめん……六の型極式―――『天照(あまてらす)

 

「え―――」

『なっ―――』

 

彼がその太刀を振るった瞬間、巻き起こる閃光。それは一瞬であったが……その閃光がまるで一分ぐらい続いたような感覚をリィン達は感じた。そして、その光が収まると……そこに映った光景は、先程と変わらぬ覇気を纏うアスベルと、膝をついて粗く呼吸をする<C>と<S>、そして床に横たわって息をする<V>の姿であった。先程の技はリィンですら見たことのない技……アスベルの極式の一端ということに他ならない。

 

「な、何て野郎だ……」

「あたしの法剣ですらいとも簡単に躱すだなんて……!」

『……』

 

無理はないことだ。アスベル自身帝国での活動を極力抑えていたから、彼等がそのことを知らぬのも道理はない。“剣聖”と言う名自体は安くはない…それを証明した結果となった。ともあれ身柄を確保しようとした瞬間、殺気を感じたアスベルが飛び退き、そこに刺さるは一本のナイフ。たかがナイフならば弾き落とすことも容易だが、あれはおそらく……そう考えたアスベルの目の前に姿を現した“奇妙”という人物―――“怪盗紳士”ブルブランその人であった。

 

「ほう、音も立てずに投げたつもりだったようだが、気付くとはな。」

「何を言う……半分試していたようなものだっただろうに。で、お前がここにいるということはソイツらを庇い立てするのか?」

「フフッ、彼等には“花火”を打ち上げる仕事があるのでね。ここで退場されても困るというだけなのだよ。彼等の描く“美”もまた一興―――それでは、失礼させていただこう。“Ⅶ組”の諸君、またの邂逅を楽しみにしているよ。」

 

そう言って飛び散る薔薇の花びら。その花びらの嵐が止んだ頃にはブルブランと『帝国解放戦線』の幹部三人の姿も完全に姿を消していた。近くに気配がないことを確認すると、覇気をしまい込んで太刀を鞘に納めた。彼位の実力者ならば押し問答なく切り伏せていても問題はなかったはず……それを疑問に思いつつ、ルドガーはアスベルに近づいた。

 

「お疲れさん。にしても、“手心加える”なんて珍しいな?」

「余計な手を加えると厄介なことにしかならなかったからな……さっきのだって“本気の九歩手前”で止めてたわけだし。」

「ま、そりゃそうだわな。」

 

本来ならば出てくるはずの無い“怪盗紳士”がここに来たということ。“緋水”辺りが出て来たとしても素直に退かせるつもりではいた。いや、“緋水”の性格上と言うか感情的にこちらへ攻撃を向けるであろうことは想像に容易く、彼女が出てこなかったのはある意味正解だったのかもしれない……そう言った意味でブルブランが出て来たことに感謝する羽目になろうとは思わなかった。

 

この後、鉄道憲兵隊とサラ教官が遅れて合流し、今回の騒動はひとまず幕を下ろすこととなった。

 

……ただ、今回の事態はこの後もいろいろ尾を引くことになるのは明々白々ということに、アスベルはため息を吐きたくなった。

 

 

戦闘シーン入れようとしたのですが……結構前場面の描写多くて大幅カットする羽目になっちゃいましたorz

あと、第四章ですが……もうちょっと続きます。どうしてもやんなきゃいけないイベントが未消化なのでw


 
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