No.803602

「VB BOX」

蓮城美月さん

ベジブルの季節ネタ、パラレル作品。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 100P / \200
http://www.dlsite.com/girls/work/=/product_id/RJ161569.html

2015-09-22 08:26:09 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3711   閲覧ユーザー数:3711

◆CONTENT◆

 

アールグレイと恋心

ある令嬢の淑やかな遊戯

ターフコースの対決

栄光のウイニングラン

一富士二鷹三野菜?

一年の計は

天より高く

七草の効能

青春グラフィティ

向日葵の咲く庭で

サマーバケーション

線香花火

じょいふる?

千歳飴と記念写真

結婚記念日

温泉へ行こう

Brilliant Snow

 

アールグレイと恋心

 

青い風がそよぐ草原を抜けると、なだらかな丘陵地が広がる。一帯を見渡すように建っているのは、この地を治める貴族の屋敷。民は少数ながら集団としての能力が優れるサイヤ一族の邸宅だ。由緒ある家柄で代々系統を存続させてきたが、近年は安泰というわけでもない。近隣でフリーザ一族という貴族が勢力を拡大し、緊張感を強いられる状況が続く。

表面上、彼らは品格の皮をかぶり、上流階級としての栄華を極めているが、裏ではあらゆる手段を用いて他の貴族を潰し、その財産や地位を奪っていた。サイヤ一族は友好的な態度を保つことで彼らの魔手から逃れているが、気まぐれなフリーザ一族のことだ、いつどんな計略を謀るか分かったものではない。彼らがこちらを好ましく思っていないことは明白であるものの、爵位では向こうが格上のため、表立った反抗は難しかった。

わずかな油断も許されない環境において現当主では対応しきれないことから、父親よりも有能な一人息子のベジータが実務を担っている。生まれつきの天才で、どんなことでも他者より劣ることはなく、不穏な情勢を的確な判断で乗り切ってきた。

フリーザ一族につけ込まれない見事な仕事ぶりだが、問題がひとつ。次期当主として一族の血統を維持する立場であるベジータは、いまだ独身。そろそろ身を固めるべき適齢期だが、本人にその気がなく、周囲の者が心配して見合いを勧めても「興味はない」の一点張りだった。

当人とすれば、自身の結婚などより大事なことがある。この家がフリーザ一族に潰されないことのほうがよほど重要だ。ベジータは父親の手腕もそれなりに認めてはいるが、同時に甘さも見抜いていた。人のよさを利用して出し抜かれ、今の地位から蹴落とされてはたまらない。

一族の運命を一人で背負うベジータは切迫感に駆られ、日夜仕事に没頭する。一瞬たりとも気を抜けない現状、多忙で休む暇もなくストレスを蓄積していった。不興を露にするベジータの態度を目の当たりにした使用人たちは怯え、部屋に近づこうとする者もいなくなってしまう。執事のナッパはこの事態に困窮するが、これといった解決策も浮かばず、もとよりベジータは他人の進言を聞き入れる性分ではない。澱んだ空気が邸内に漂い、すべてが停滞したような日々が続いていた。

ところが、ある日突然転機は訪れる。ベジータの前に一人のメイドが現れた。新しく屋敷に雇われたブルマという名のメイドは、周りの制止も聞かず、だれも近寄ろうとしないベジータの担当を買って出る。わざわざ面倒で困難な仕事を選んだ理由を問われた彼女の、理由は簡潔だった。

「だって、だれかがやらなくちゃいけないことでしょう」

きっぱり言い切ったブルマは、機敏に仕事をこなしていく。怖いもの知らずで、そこらの男よりも度胸が据わっていると言えるだろう。ずっとメイドたちが遠巻きにしていたため、行き届いていなかった部屋の掃除から、身の回りの世話までそつなく職務を果たしていた。

突如現れたメイドに日常のペースを崩されたベジータは反発するが、ブルマは意に介さず、どんな粗暴な言動も平然と受け流す。泣くことも逃げ出すこともせず、至って普通の対応。ベジータの置かれている状況を理解すると、メイドとしての域を越えた発言をするようになってきた。

「また根をつめて仕事してるわね。ちょっとは休憩しなさいよ。無理を続けてると、いつか身体を壊すって、何度言ったらわかるのよ」

「メイドの分際で、主の仕事に口を出すな。貴族社会は、おまえが考えているような気楽なものじゃない」

「フリーザとかいう、タチの悪い貴族のことなら知ってるわ。だけどね、ティータイムくらい休む時間を作りなさいよ」

「たかがメイドに指図される筋合いはない」

ブルマがベジータ付きのメイドになってから、口論は日常茶飯事。当初、他の使用人たちは不安そうに様子を眺めていたけれど、どうあってもベジータの迫力に屈しないブルマに畏敬の念を抱くようになった。今ではそれが、二人にとってコミュニケーションの形なのだと認識している。

「いくらあんたでも倒れちゃうわよ」

「雇い主に向かって『あんた』だと?」

「あんたじゃなければ、貴族のお坊っちゃんとでも呼べばいいわけ?」

「言葉遣いには気をつけるんだな。いつでもクビにしてやる」

「解雇するならどうぞ。だけど、あんたに対する態度を変える気は毛頭ないから」

「なんだと」

「貴族だろうが庶民だろうが、そんなこと関係ない。あんたとあたしは同じ人間。対等な存在だから。言いたいことは遠慮なく言わせてもらうわ」

「――――…」

「あたしはあたし。どんな権力者にだって、あたしは変えられない」

まっすぐ宣言したブルマに、ベジータは返す言葉が見つからず舌打ちした。否定したい気持ちはあるものの、どこか心の片隅で認めざるを得ない胸中が、悔しさとも怒りとも違う、複雑な感情を混在させる。メイドであるにも関わらず、自分に対してこの物言いはなんだ。

改めて考えると、そのような立場で従属しない人間は初めてだった。長年使えているナッパでさえ、ベジータが一喝すれば肝を冷やしながら従うのに、ブルマはそうじゃない。どんなに怒鳴ろうが威圧しようが、意思を翻すことがない。自分の考えを信じ、一度決めたことは最後まで貫く。

それは言うだけなら簡単だが、実行するのはとても難しいことだ。己が決めたこと、その意思を最初から最後まで遂げることができる人間など、妥協して楽なほうへ逃げることが蔓延している世界で、そうそういるものではない。

「大体、あんたが倒れちゃったら、この家はどうなるのよ。守りたいから頑張ってるんでしょう。なのに、自分が真っ先に倒れたら意味ないわ」

的を射た事実を指摘され、ベジータは閉口した。一族の中で己の才は抜きん出ていて、優秀さはだれもが認めるところ。だから他の者はあてにできない、頼れずに一人ですべてを抱えこむことになった。自分より愚かであろうとも、血縁をフリーザのような存在に潰されるのは望まない。己にとって認めたくない種類の感情なのだとしても、それが真実。

その真意を見抜くメイドの言葉が、頑なな殻を打ち破る。ここまで真摯に、自身と向かい合う者など今までにいなかった。ベジータの中で、ブルマというメイドの存在が一線を画している。自分が不利な状況下で権力を振りかざしてブルマを解雇すれば、それはフリーザのやり方と同じだし、なにより自分が負けた気がして…。

「……おまえが淹れる紅茶なら、飲んでやってもいい」

プライドの高いベジータにとって、それが最大限の譲歩を示す言葉だった。

 

その日以降、ベジータのスケジュールにティータイムと称する休息時間が加わり、一日に二度はブルマの淹れた紅茶を飲むようになった。これまでは休む暇なくフル活動していた脳細胞も、ブランクを挟むことで作業速度も上がり、効率的に仕事が進む。すべてが円滑に回り始めたことによってベジータの精神も安定し、邸内も以前より明るい雰囲気で和気藹々としていた。

屋敷内のほとんどがこの変化を喜んだが、執事のナッパだけは違った。ブルマとのティータイムは、ベジータにとって心の安らぎを得られる時間。それはベジータ個人にとってはいいことかもしれない。しかし、サイヤ一族という貴族の次期当主にとっては、必ずしも望ましいことでなく。むしろ悪い影響を与えかねないと危惧していた。

自己を理解してくれる人間の存在は、無意識に安心感を生み出すものだ。孤独に苛まれて心身を削られるほど追いつめられるよりは、認めてくれるだれかに心を預けるほうが精神衛生上は好ましい。けれど、それはある種の依存や執着につながる。孤高の立場でカリスマ性を維持してきた人物が他人の存在に頼ってしまうと、価値が暴落して、本人も腑抜けてしまうのではないかと。

(…取り返しがつかなくなる前に、あのお嬢ちゃんをなんとかしないと)

万が一、この状況がフリーザ側に伝わってしまったら…。これまでベジータが彼らに対抗できたのは、手腕や能力もさることながら、プライベート面での醜聞がひとつもなかったからだ。メイドとの恋愛沙汰など、貴族にとって名誉に傷がつくようなもの。そんなことでフリーザ一族に弱みを握られては、とてもじゃないが負けてしまう。

こうなったら、無理にでも上流貴族の令嬢との結婚を推し進めようとナッパは思った。家柄が良ければ、顔も性格も二の次だ。あの嬢ちゃんは顔と身体はいいが、ただのメイド。貴族に釣り合う家柄じゃない。長年使えてきたベジータが初めて異性に興味を持ったことには驚いたし、できれば叶えてやりたいとは思うが、フリーザとの敵対関係が厳しい現在、それは至難なこと。貴族にとって大事なものは家名の存続なのだ。

「……またか、ナッパ」

「そんな露骨に嫌な顔をしないで、せめて写真くらい」

ナッパが持ち出した山のような見合い写真に、ベジータはうんざりといった表情。このところ、毎日同じ話を聞かされているため、腹立ちを通り過ぎて呆れの域に入っている。

「そんなものに目を通す暇などない。時間の無駄だ」

即座に一蹴されるが、ナッパも容易には引き下がらない。

「貴族の次期当主が、結婚もせずにいられるはずないだろう。どうせいつか、どこかの貴族の娘と結婚する羽目になるんだからな」

「オレは家の格を上げるために、くだらない真似をするつもりはない」

「だったら、どこのだれと結婚する気だ。貴族の結婚相手は貴族しかいない。それとも、他にだれか、結婚したい相手でもいるのか?」

鋭い追及にベジータは瞬時言葉に詰まるが、いつものポーカーフェイスに戻って否定した。

「…いるはずないだろう」

 

(あれは本気だな、ベジータのやつ)

先刻のやり取りを思い返しながら、ナッパは広い邸内を歩いていた。ベジータの問題は当人だけの問題ではないから頭が痛い。当主に話をしてみても、息子の能力を信頼してすべてを任せている父親は、ベジータの判断を否定することも、見合いを強制することもなかった。

「まったく、面倒なことになってきたぜ」

サイヤ一族の末路を憂いながら呟くナッパ。すると、近くから「なにがだ?」と問いかける声。振り返ると、馬小屋番のラディッツがひょっこり姿を見せた。正門から反対側にあるこの小路は、馬小屋と林につながっている。

「仕事はどうした、ラディッツ」

「いや、それが…」

この時間ならば、馬小屋でやるべき仕事はあるはずだ。その疑問に対し、ラディッツは困った顔で口ごもった。

「なんだ。はっきり言え」

ナッパの詰問姿勢に、気まずそうな面持ちで口火を切る。

「実は…さっきベジータ、様が馬小屋にいきなり現れてさ」

「ベジータが?」

「その…だれにも言うなって口止めされたんだけど、あのブルマっていうメイドと二人で、遠乗りに出ちまったんだよ」

「なんだと」

目を見開いたナッパの迫力に、ラディッツは顔を引きつらせた。

「や、やっぱりヤバイよな?」

「当たり前だ!」

「だよな…。どうしたらいいんだ、オレ。息抜きしたいからって、仕方なく馬を用意したけど…」

「問題なのは、遠乗りに出たことじゃない」

「へっ?」

ベジータの指示で馬を小屋から出したラディッツは責任を気にしていたが、ナッパが気がかりに思っているのはお忍び外出の件ではない。

「……困ったことになったな」

「どういうことだ?」

「ベジータが、あのお嬢ちゃんを気に入ってる」

「ええっ! そうなのか?」

「メイドだぞ、メイド。どこの馬の骨かもわからん女だというのに」

「そりゃあ…」

馬小屋番という仕事上、邸内の事情には明るくないラディッツは曖昧に頷く。

「遊びの相手としてならかまわんが、どうやらベジータは本気らしい。女に免疫のない分、一度はまるとどっぷり浸かって抜け出せなくなるんだろうぜ。こんなことになるんだったら、もっと若い頃にいろいろ教えておくんだった」

ナッパは後悔するものの、あとの祭りだ。ベジータは他人の指図で意思を曲げることなどない。

「とにかく結婚となれば、相手の家柄がなによりも大事だ。どの貴族にとってもそうだし、まして今のような状況なら」

「だったら、どうすればいいんだよ。下手したらフリーザ一族に…」

「それはオレが一番危惧していることだ。絶対にこの話をもらしちゃいけねえ。だが、ベジータとあのメイドの関係は、屋敷で働いている使用人なら全員知ってる。いつ、その噂がフリーザたちの耳に入ってもおかしくない。一番の解決策は、お嬢ちゃんがメイドをやめて出て行ってくれることだが…おそらく無理だな。とんでもなく根性が据わってるから、脅し透かしは一切効かない」

すでにブルマ本人と直接話をしているナッパは、実感のこもった口調でぼやく。ベジータに近づいても無駄だ、あいつは上流貴族の令嬢と結婚するんだ。明確に「おまえの存在は邪魔だ」と警告したけれど、ブルマは毅然と反論した。

『それはベジータ本人の意思なの? 違うのなら、あたしは出て行く気はないわ。だって、あいつの気持ちが一番大事でしょう。周囲がどう判断しようと、堅苦しい貴族の生活の息抜きになるなら、あたしは――――』

そう言明したとき、ブルマ自身も気づいてしまう。当事者が自覚のないままだったら、選べる手段は他にもあったけれど…。結果的に、ナッパは余計なことを言ってしまったのかもしれない。

「だけど、やめさせようとしても、ベジータがやめさせないんじゃないのか?」

ラディッツが当たり前の正論を放つと、ナッパは一睨み。

「なっ、なんだよ?」

「…ラディッツ。おまえ、あのお嬢ちゃんをかどわかせ」

「はあ!?」

突拍子もない指示にラディッツは唖然とした。

「こうなっちまった以上、もう実力行使しかないだろ」

「そんなの無理だって」

「無理じゃねえ。この家の運命がかかってるんだ、無理でもやれ」

「無茶いうなよ…」

「非力な女一人、どうにでもなるだろ。さらって、どこかへ置き去りにしろ」

「そんなことしたらあとが怖いぜ。ベジータからどんな目に遭わされるか」

「女がなにも言わずに消えちまえば、なんとでも言い訳はできる。とにかくやるんだ」

ブルマの拉致を指示するナッパは、自らの言を取り下げる気配が微塵もなく、一方的に無理難題を強いられるラディッツは困りきってしまう。

「犯罪なんか関わりたくねえよ。人に頼まず、自分でやればいいだろう」

「オレはこの家の執事だぞ。立場ってものがある」

「馬小屋番のオレなら、どうなってもいいっていうのかよ。オレにだって生活があるんだぜ。もしバレたら、クビになるに決まってる!」

「そうなったら、次の働き口の斡旋くらいはしてやるから」

ナッパに言いくるめられ、ラディッツは渋々その件を引き受けることになった。

 

その日の夜、仕事が終わった頃合を見計らって、ラディッツはブルマを呼び出した。昼間、ベジータが馬小屋に忘れ物をしたから取りに来てほしいと言えば、ブルマは邸内を抜け出して来る。見事に釣れたターゲットを前にして、ラディッツは浮き足立っていた。誘拐なんて真似をするのはもちろん初めてで、できればやりたくない。だれだって好んで犯罪者になどなりたくないだろう。

「それで、ベジータの忘れ物って?」

馬小屋を興味深そうに見回していたブルマが、用件を思い出して訊く。

「あ、ああ。…あれ? どこに置いたんだっけ」

忘れ物を探す風を装いながら、ラディッツはこの先どうするか考えていた。なにしろ、女一人を誘拐して運ばなければいけないのだ。ひとつ手順を間違っただけでも失敗する可能性がある。

「あ、あんたさ」

「なに?」

重すぎる任務と沈黙に耐えられず、ブルマに話しかけるラディッツ。

「あの、その…いい女だな」

「ありがとう。よく言われるわ」

苦し紛れに呟いたお世辞を、本人は真顔で受け取った。これはたしかに大物だ。間違っても普通じゃない性格だと実感する。

「どうして、こんなところでメイドなんかやってるんだ?」

「どうしてって?」

「いや、その…あんたみたいな器量だったら、他にも働き口はあるだろ」

「面白そうだったから」

「は?」

予想外の回答に、ラディッツは目を丸くした。

「貴族の屋敷のメイドなんて、普通じゃないことがありそうじゃない? それに、こういう大きな屋敷の中を一度見てみたかったのよ」

「そんな理由で?」

「仲間たちとの暮らしは楽しいけど、なにか刺激が足りなかった。ちょうどボーイフレンドとケンカしたこともあって、村を離れたかったし。まるきり違う世界を見てみたいと思ったのよ」

ブルマの語った理由に、ラディッツは分からなくもないと納得しつつあった。

(いやいや。それで頷いてたらダメだろう、オレ)

改めて、自分がやらなければならないことを自身に言い聞かせる。

「なに一人でブツブツ言ってるの?」

「な、なんでもない」

背中に冷や汗をかきながら取り繕うけれど、不審な態度が隠し切れない。

(できればオレも犯罪なんかしたくねえし…)

どうにかして拉致しなくていい方法をラディッツは模索した。

「あんたさ、正直なところ、坊っちゃんのことはどう思ってるんだ?」

その問いに沈黙したブルマだが、小さな息をもらすと口を開く。ラディッツには昼間ベジータと二人で出かけたところを目撃されているから、話してもいいと思ったらしい。

「最初はね、嫌なやつだと思ってたわ。メイドを道具みたいに扱うんだもん。だけど、ベジータの置かれている状況を知っていくうちに、そうならざるを得なかった理由も分かったし、本当の人柄も知ったから。今は…いいところもあるって思う。人間として嫌いじゃないわ」

(人間として、ねえ)

肝心の質問には、主語を変えてごまかした。さすがに立場はわきまえているようだ。異性として好きだとは言わなかった。

「あんたも知ってると思うけど、坊っちゃんには貴族の令嬢との見合い話がある」

「知ってる。ベジータから聞いた」

「そうなると、あんたみたいな女がいると困るんだよ」

「結婚の障害になるって?」

「まあ、そういうこと。遊びと割り切って付き合うならいいけど」

「なにそれ。あたしは愛人扱い!?」

どうにか会話で解決しようと試みたラディッツだが、まるで逆効果だった。

「い、いや。だから、その…」

「冗談じゃないわよ」

「だからさ、今のうちに出て行ったほうが傷も浅くて済むんじゃ?」

「そんなこと言われたら、意地でもここにいるわ。絶対出て行かない!」

「それじゃ困るんだって…」

「だれが困るの?」

「…この家が。というより、オレが」

誘拐犯になるか、ならないかの瀬戸際なのだ。困らないはずがない。率直に語ったラディッツにブルマは肩をすくめる。

「ベジータ本人がそう言ったのなら、すぐに出て行ってあげる。でも、あんたの意思では応じられない。他者の都合や思惑では動かないわ、あたし」

「………だよな」

きっぱり拒否され、うなだれるラディッツ。こうなると実力行使しかないのか。諦念が脳内を漂っていると、ひとつの声が介入してきた。

「なに、モタモタしてやがる」

「ナッパ! いたならもっと早く出て来いよ。そのほうが話が早い」

「なんだ、そういうこと。グルだったのね」

扉から姿を見せたナッパは、馬小屋内へ歩いてくる。

「ベジータがあまりにも入れ込んでるから、危険だと思ったのさ。貴族の家柄を守るのは、執事として当然の役割だ」

「だからあたしを追い出そうって?」

「今出て行くなら、いくらでも手切れ金を出してやるぞ」

「お断り! お金なんか欲しくないもの」

突っぱねたブルマに、ナッパは首を横に振った。

「こっちが下手に出ている間に頷けばいいものを…。おい、ラディッツ」

「ちくしょう、仕方ねえな」

ナッパが顎で指示すると、ラディッツがブルマの細い腕を捕まえる。こうなった以上、実力行使しか道はなくなった。

「ちょっと。なにする気よ?」

「お嬢ちゃんの聞き分けが悪いからだ」

「暴れるなよ。オレだって乱暴なことはしたくねえんだからよ」

「あたしをどうするつもり?」

「命までは取りはしねえ。ただ、どこか遠くへ消えてもらうだけだ」

「あんたたちの思いどおりになんか…!」

「痛てぇ! かみつきやがった、この女!」

「しっかり捕まえて、さっさと気絶させろ」

「やだ、だれか…。ベジータ、助けて!」

ブルマが必死で助けを求めると、直後に馬小屋の扉が吹き飛んだ。もつれ合う三人は同時にそちらへ視線を注ぐ。

「……きさまら、なにをしている?」

静かな怒りを燃やすベジータが、抑揚のない声で問いかけた。

「ベジータ!」

「なんでここに!?」

「やべえ!」

ラディッツの腕力が緩んだ瞬間、ブルマは捕らわれの身から脱出し、ベジータのもとまで駆け寄る。二人は一瞬だけ抱き合った。

「説明してもらおうか?」

ブルマを自分の背後に置き、ベジータは糾問する。

「だれの差し金でこんな真似をした? 親父か?」

「いや、オレの判断だ」

当主である父親の関与を疑う息子に、ナッパは首謀を告白した。

「そうなんだ。オレはナッパに頼まれただけで…」

ラディッツが保身の言い訳をするが、それはあえなくスルーされる。

「ブルマをどうするつもりだった?」

「この家から追い出して、どこか遠くへ置き去りにしようと」

「なぜだ」

「わかっているはずだ、ベジータ。このお嬢ちゃんが来てからというもの、らしくもなく甘くなっちまった。隙があれば、いつ敵につけ込まれるかわかったものじゃない。あのろくでなしのフリーザ一族に、家名を潰されてもいいのかよ」

「そんなことはさせるものか」

「だったら、この女を切り捨てろ。ためにならない」

「オレのためになるかどうか、そんなことはオレが決める。口出しは許さん」

執事として信念を持って、仕える相手の意に染まぬことを主張するナッパ。あくまで自分の意思を貫き、ブルマを手放すことを受け容れないベジータ。張りつめた空気にラディッツは逃げ出したくなるが、そうは問屋が許さなかった。一歩間違えばブルマ誘拐の実行犯、ベジータが見逃してくれるはずはない。鋭利な視線が「そこから動くな」と告げている。

「いいか。今度ブルマに危害を加えようとしてみろ。馬の餌にしてやるぞ」

「や、やらねえよ! オレは二度と…絶対に」

ラディッツが馬の顔色を見ながら平謝りする隣で、ナッパは嘆息する。

「……ベジータ。考えを改める気は?」

「ない」

「一瞬の気の迷いで、人生どころか累々の運命も台無しにしていいのか?」

「台無しになどするものか。オレがなにも失わないために、この女が必要なんだ」

「…相当の入れ込みようだな。お嬢ちゃんよ、どうやってベジータをたらし込んだ?」

「あたしは…っ!」

「オレはこの女が淹れた紅茶しか飲まない。そういうことだ」

反論しようとしたブルマを遮り、ベジータは強い口調で説いた。

「ベジータ…」

「おまえは黙ってオレのそばにいればいい。オレの生きざまを一番近い場所で見ていろ」

「…いいわ。あんたといると退屈しないから。それに、なんだか放っておけない気もするしね」

「おい、ベジータ。勝手に話を進めてる場合か。身分の差ってものを考えろ」

とても重要な問題をあっさり決定している二人に対し、ナッパは現実的な指摘。

「身分の差だと? そんなくだらないことがそれほど大事か」

「貴族社会においては、悪しき慣習と言われようが、絶つことのできないものだろう」

「なら捨ててやる。女を捨てなければ保てない爵位なんぞに執着はない。親父にだって、なにも言わせるものか。オレはオレの思うように生きる。古い伝統や慣習に縛られるのは御免だ」

「なにを言い出すんだ、ベジータ」

「だったら、ブルマのことを認めろ」

「それは無理な相談だ。女か爵位か、どちらかしか選べない」

「オレとしてはどっちも手に入れられるのが望ましいが」

「そんな勝手、通るはずもないだろうが!」

「そうか。それなら仕方ない。駆け落ちでもするか」

「ふざけるなよ、ベジータ!」

「オレは本気だ」

挑発するような駆け引き、長年の主従関係で蓄積された信頼も相手への熟知も。すべてこの一瞬に集約されている。結果、根負けしたのはナッパだった。

「………駆け落ちなんて、戯曲のような真似は勘弁してくれ」

「ということは、容認するんだな? ブルマのことを」

「由緒ある貴族の次期当主がメイドなんかと…後悔しますぜ?」

「フン」

ナッパの捨て台詞を鼻で一蹴したベジータ。翌日には現当主である父親の了解を得て、ブルマとの結婚を決める。メイドとの恋愛沙汰が貴族としての致命的なダメージになり、フリーザ一族が攻勢をかけてくると思われたけれど…。だれにも予想できない展開が待っていた。

ナメックという小さな村で最も強い勇者を決める大会が開かれた際、カカロットという庶民が貴賓席で見物していたフリーザをぶっ飛ばしたという。大恥をかかされた挙句、貴族の権威も失墜した彼らは爵位を剥奪され、地の果てへ追いやられることになった。

「そのカカロットって、あたしの友達よ」

「というか、親父が連れて出て行ったオレの弟だよ!」

ブルマとラディッツがフリーザを倒した英雄の正体に驚く。しかし、そのおかげでこの国の貴族や民はフリーザの呪縛から解き放たれた。これでだれもが心置きなく自由に生きられる。

ベジータはブルマと結婚し、トランクスという立派な跡継ぎが生まれて、サイヤ一族は末永く平和に暮らしました。

 

Brilliant Snow

 

二月上旬、まだ寒さが残る季節。ベジータとブルマは北東エリアにある豪雪地帯へやってきた。

「どうしてオレがこんなところに…」

「もう来ちゃったんだから、今さらよ」

すっかり根雪となって、優に一メートルを超える降雪量。修行目的以外でこんな場所に出向くはずもないベジータのぼやきを、ブルマは一蹴する。

「雪以外、なにもないぞ」

「当たり前じゃない。この風景を求めてここへ来たんだから」

乾燥した気候に属する西の都では、真冬であろうと雪が降ることはない。粉雪すら目にする機会もないが、雪は都会の交通網に打撃を与えることを考えれば、不便と引き換えにしてまで雪を欲することもないだろうけれど。テレビで真っ白な銀世界を見てしまうと、どうしても我慢できない。雪のある場所へ行こうと、抗うベジータを強引に引っ張り出した。

一人で行ってくればいいだろう、と突っぱねたベジータだが、「あたしが雪山で遭難したら、重力室をメンテする人間がいなくなるわよ」という脅し文句で押し切られる。

「それに、一人で白銀の世界へ行ってなにが楽しいのよ。空しくて淋しいだけじゃない。二人で行くことに意味があるの」

戦闘民族の男には理解しがたい論理によって、雪体験ツアーに付き合わされる羽目になってしまった。到着してみると、そこは静かな雪原。だれの足跡もついていない真っ白な世界。一歩足を踏み出すたび、自身の体重によってやわらかい新雪が数センチ沈む。体験したことのない不思議な感触が足裏を通して伝わってきた。

「すごく綺麗」

山の木々も、麓に見える集落すらも、自然の装飾によって雪色。他の色が存在しない、ある意味で異質な空間だ。ブルマは嬉しそうにはしゃぎ、真っ白なキャンパスに足跡をつけては、ふかふかした表層雪へのダイブを繰り返す。修行で極地にある氷河の厳しい極寒を体験しているベジータにとっては、こんな寒さは鍛錬にもならないし、足場の悪さも重力ほどの過酷さはなかった。

「これだけの雪を独り占めできちゃうなんて、最高」

「…単なる水の結晶だろ」

「ねえ。せっかくだから、かまくら作らない?」

ベジータの現実的な言葉は、夢見た銀世界に浸っているブルマには届かない。

「かまくらだと?」

「雪の洞のこと。雪をアーチ状に盛り上げて、中に空間を作るの」

一方的に話を進めるブルマは、身振り手振りでかまくらの概要を説明する。

「そんなもの」

「ちょっと待ってて。道具を持ってくるから」

拒否する姿勢などまるで目もくれず、ブルマは踵を返した。着陸してそのままのジェットフライヤーからシャベルを持ってきて、何のためらいもなくベジータに差し出す。

「はい、ベジータ」

「なんだ、これは?」

「見てわからない? シャベルだけど」

「だからどうしてこんなものを」

「話の流れ的に、理解できるわよね?」

「………オレが作るのか?」

「そうよ」

ブルマは平然と頷いた。

「だって、あたしは非力な女であんたは男。しかも体力が取り柄の」

堂々と言い切られて反論の余地もない。諦めの胸中でシャベルを受け取った。優れた運動能力を有する男にとって、こんな作業は朝飯前。三十分後には、小高く盛られた雪の洞穴が完成する。

「すごい、上出来じゃない」

かまくらの出来映えに、ブルマは感嘆の声をもらした。ブルマも待っている時間を利用して、雪だるまを完成させている。

「冷えたでしょ。お茶にしましょう」

ブルマが放り投げたカプセルからティーセットが現れた。二人はかまくらに入り、紅茶で身体を温める。厚い雪の層に覆われた、二人が身を寄せ合う小さな空間。

そこから目の前に広がるのは、空から落ちてくる雪と果てまで純白の景色。まるでダイヤモンドのようにキラキラと輝いていた。周辺は白一色に染められて、雪が静かにゆっくり降り積もる。世界に二人しかいないような、静謐な空気が流れていた。

「あったかい」

ティーカップから溶け出す湯気と、口からもれる白い息。凍えるような氷点下の気温だけれど、二人でいれば寒くない。

「わかった?」

「なにが?」

主語のない問いかけに、ベジータは首を傾げる。

「二人でここへ来た理由」

一人では意味がないと言った理由を、理解したのかと訊いていた。

「…かまくらを作らせるためじゃないのか?」

ロマンチックの欠片もない回答に、ブルマは微笑む。

「二人でいれば、どんな場所でもあったかいってこと」

思わず目をそらしたベジータの、反応を可愛いと思ったブルマは、隣のたくましい身体に遠慮なく寄りかかった。

 


 
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