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真恋姫無双幻夢伝 第五章6話『ゆびきり』

黄祖討伐戦が続きます。今回はアキラと蓮華の会話がメインです。
(注)オリジナルキャラクターが出てきますが、今回だけのキャラです。

2014-11-24 08:30:06 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1880   閲覧ユーザー数:1708

   真恋姫無双 幻夢伝 第五章 6話 『ゆびきり』

 

 

 太陽は遠い山の影へと沈んだ。巨大な長江の水は暗く染まり、河岸には小さな明かりがちらほらと点在するばかり。古来より多くの人を飲み干してきた彼の水面に、黄色い月がうっすらと映える。それを見つめる、兵士たちの息は白い。

 江夏から十数キロ離れた場所に辿りついた呉の船団は、その場に夜営することを決定し、すぐさま岸に陣を築いた。完全に敗北したことで、兵士たちの士気は低い。しかし死傷者は1000名ほどで、戦力的にはまだ十分に戦える。

 築陣が終わった頃、蓮華は作戦を立て直すために、本陣へ諸将を招いた。そこへ向かう中にはアキラと音々音の姿もある。

 本陣の天幕の入り口をくぐったアキラは、多数の目がこちらを向いていることに気が付いた。一様に敵意をむき出しにしている。

 

(わお、おっかねえな)

 

 不敵に鼻で笑ったアキラが、怯えて彼の陰に隠れる音々音と共に、一番端の席に着く。その姿に頭にきた一人の武将が立ち上がり、アキラに罵声を浴びせようとした。

 

「ゴホン!」

 

 わざとらしい咳払いの音がした方を見ると、鋭い眼光でその武将を睨む蓮華がいた。黙って着席させる。そして、全員の顔を見渡した彼女は、会議を始めた。

 

「皆の者、集まってもらえて何よりです。知っての通り、我々の作戦は失敗しました。明日からの戦いに備えて、再び作戦を立て直す必要があります」

 

と、ここで蓮華は一度、話を区切った。少しの間、静寂が訪れる。右隣に座る亜莎が言葉を繋ごうか迷ったが、やがて意を決した蓮華が再び口を開いた。

 

「……だが、その前に、一言謝らせてもらいたい。今日は私の判断力不足で、皆に迷惑をかけました。ごめんなさい」

「れ、蓮華さま?!」

 

 頭を下げる蓮華の姿に、隣に座っていた思春だけでは無く、ここにいる武将全員が驚いた。アキラや音々音も目を丸くする。権威の象徴である大将が、ここまで深々と頭を下げて謝ったのは見たことがない。

 

「しかし」

 

 と言って蓮華は頭を上げ、それぞれの目を見る。

 

「私たちは黄祖に勝たねばならない。でも、私自身に戦いの経験が不足しているのは確か。そこで、改めて歴戦の武将である皆の意見が欲しい。なんでもいい。私への批判でも構わない。どうか力を貸してほしい」

 

 かつて、ここまで言った大将が存在しただろうか。しかもプライドが高い蓮華の発言である。彼女の輝く瞳に、誰よりも熱い闘志が感じ取れ、そして誰もがそれに魅せられた。

 雪蓮とは異なる、人を率いる力が彼女にはあった。

 

「よろしいでしょうか」

 

 蓮華の願いどおり、彼女に意見しようと、一人の武将が手を挙げた。彼女の名は蒋欽、字は公奕。周泰以上に実直な性格の持ち主で、甘寧と同様に水軍の一翼を担う将である。亜莎と同じぐらいの低い身長だが、短い赤髪の下には、鋭い眼光が光る。

 

「公奕。遠慮はいらないわ。続けて」

「はい。昔、私は江夏に出入りしていたことがあります。その際に、大きな商船が入港していたことを見ました」

「それは、江夏のどこ?!」

「本日攻めた所よりも、上流寄りの場所です。私見ですが、そこには船進行防止の杭は設置されてはいないのでは」

「しかし」

 

 と発言したのは、先ほどアキラに罵声を浴びせようとした武将である。彼女は賀斉、字を公苗という。派手好きで、今日も金細工を施した鎧を着ていた。金色の髪留めでまとめた黒い髪が揺れる。

 

「先ほどの戦闘中、我々の部隊は迂回路を見つけようと、上流まで偵察していたが、そちらの方が守りは固そうだったぞ。我々としても、断念せざるを得なかった」

「なるほど。でも、そこまで守備が強固であったなら、蒋欽殿の言う通り、そちらに穴がありそうです」

「亜莎。そうは言っても、その守備をどうにかしないことには、突破できません」

 

 明命はそう言って、亜莎を嗜めた。十二分な兵士が籠る江夏の守備の穴を見つけ出すことは難しく、その後も様々な意見が出たが、どれも決定打に欠けていた。

 煮詰まる会議。その時、音々音が手を挙げた。

 

「1つ、いいですか」

 

 全員の視線が集まる。長引く会議の疲れもあってか、先ほどのような憎々しく睨む視線は少なくなった。

 しかし、その中にはまだ明白に敵視してくる者もおり、当然、賀斉もその一人であった。彼女はドンと机を叩いて立ち上がると、アキラたちを指さして怒りを露わにする。

 

「貴様ら、誰が話してもいいと言った!ここは呉の本陣だ。先ほど、あれほどのことをしながら、なぜここにいるのだ?!貴様に、ここにいる資格など、微塵も無いわ!」

 

 賀斉の言葉に呉の諸将は頷きかける。だが、またしてもそれを止めたのは、蓮華だった。

 

「公苗。止めなさい」

「しかし、孫権さま!」

「彼らは呉の恩人です。手段は手荒だったかもしれないが、そのおかげで私は敗軍の将とならずに済みました。それを皆にも分かって欲しい」

「そうは言いましても!」

「それに!今は黄祖に勝つことが重要!そのためなら、どんな意見でも聞きたい」

 

 強い口調で主張する蓮華の気迫に、賀斉は押し黙った。まだ火種は燻ったままだが、今は時間が惜しい。蓮華は音々音の方を見て、彼女の意見を促した。

 

「そ、それでは、続けます」

 

 この雰囲気に緊張しながらも、音々音はしっかりと話を続けた。

 

「先に結論を申し上げますと、まずは陸の方から攻めるべきです」

「なに?!」

 

 諸将に衝撃が走る。先ほどまでは呉の海軍力をどのように活かすかが主題だったために、それはまったく新しい発想である。

 ところが、彼らの多くはそれを見当違いだと考える。今まで黙って聞いていた思春もその一人であった。

 

「ばかばかしい。己の有利な分野で戦うのが、戦闘の基本だ。それを放棄する意味が分からん」

「ねねは『まずは』と言ったはずです。これは陽動なのです」

「陽動?」

 

 蓮華が首を傾げる。その疑問を解消しようと、アキラも話に加わった。

 

「黄祖は守勢の達人だ。だが、気をまわし過ぎるところもあるようだ。そうだな、ねね?」

「その通りです。先ほど、偵察に向かわせたところ、夕食の支度をする煙の本数が、港では昨日よりも増えていました。その一方で、陸地の正門付近から上がる煙の本数は減っていたのです」

「なるほど、黄祖は正門から港へと兵士を動かしたのね。今日の攻撃で港は完全に守れたのだから、これは黄祖の臆病な性格の表れと言いたいのかしら」

「そうだ。そこで、今度はその守りが薄くなった正門を攻める。そうすれば、黄祖は驚いて港から兵士を過剰に移動させるだろう。その隙を、水軍で突く」

 

 手を口に当てて考える蓮華は、隣の亜莎を見た。彼女は自分の意見を述べる。

 

「いい作戦だと思います。結局のところ、港の守備を薄くするしか、勝つ見込みはありません。試してみる価値はあると考えます」

「そうね。この作戦で行きましょう。じゃあ、正門を攻めるのは」

「俺らだけでいい」

 

 再び、諸将が驚く。賀斉が彼らを代表するように、嘲笑を交えてアキラに意見した。

 

「はっ!貴様らの兵は2000程度だろう。その程度では陽動にすらならんぞ」

「そうかな?こちらには名高き呂布もいるし、指揮は俺だ。相手を引きつけることなど、わけないさ。それに、そっちの得意分野は水軍だが、こちらは陸の方だ。お互い、得意な分野で戦おうじゃないか」

 

 アキラの言葉に、フンと賀斉は鼻を鳴らす。やってみろと言わんばかりだ。

 自信たっぷりなアキラに何か言おうとする者はこれ以上現れず、蓮華は静かになった会議全体を見回した。

 

「では、この作戦で行きましょう。呉軍の配置はこちらから連絡します。では、解散!」

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、アキラの陣に訪れる者がいた。

 

「……君主自ら、何をしているのだ」

「あれ、甘寧じゃないか。何か用か?」

 

 思春にそう言ったアキラは、ただ今、野外に設置した鉄板と網を使った料理の最中だった。

 お好み焼きに近い小麦粉の練り物や色とりどりの野菜が、鉄板の上でジュージューと音を立てて作られ、その上から特製のソースがかけられて、また一段と香ばしい匂いを辺りに飛ばしていた。網の上では、アキラの十八番であるヤキトリが炙られており、肉汁がぽたぽたと落ちるたびに、火の勢いが増す。よくよく見ると、炭火で焼かれているのが、またなんとも食欲を誘う。炭火によってヤキトリがさらに甘さを増していく。

 そして、その火の周りでは、恋が一心不乱に口をもぐもぐと動かし、音々音が彼女のために食べ物を取っていた。一方で、恋の隣で座る沙和は、複雑な顔で食べ物を口に運んでいる。

 

「お前も食べるか?ほら」

「いや、遠慮しておく」

 

 晩飯をまだ食べていなかった思春は、正直、口の中に唾が溜まってしょうがなかった。

 その一因に、目の前で美味しそうに食べる彼女たちの姿がある。

 

「早く焼くのです!恋殿が待っているではありませんか!」

「……沙和…食べないの……?」

「食べる!…けど、これ食べたら、絶対に太るの……」

「じゃあ、恋殿に差し上げるのです!」

「でも、おいしそうだもん!……うう、凪ちゃんや真桜ちゃんはいいなあ。凪ちゃんは全然太らないし、真桜ちゃんは全部胸にいっちゃうし……」

 

 三人の会話に、思春は率直な感想を述べる。

 

「明日は合戦というのに、のんきな連中だ」

「ずっとしかめ面なあんたよりはマシさ。それで、用件は?俺と世間話をしたくて来たのか?」

 

 アキラの冗談に、冷たい視線を投げる。無視して本題に入った。

 

「蓮華さまの使者として参った。話がしたいとおっしゃられている」

「ああ、別に構わないが、本人は?」

「急に押しかけるのはまずいと、ご配慮なされた。これから半刻後に、ここにいらっしゃる」

「そいつはご丁寧に」

 

 これだけ言って帰ろうとする思春の背中に、料理用のへらを持ったアキラは声をかけた。こんな形だが、詫びを入れるためだ。

 

「今日はすまなかったな」

 

 思春はクルリと振り返る。その眼は鋭かったが、アキラはなんとなしに寂しさをそこに感じた。

 

「正直、腹は立っている。だが、それはお前に対してではない。結局、お前に頼るしか蓮華さまを止めることが出来なかった、私たちの不甲斐無さにだ」

 

と、吐き捨てるように言った後、今度はアキラの目をまっすぐ見ながら、こう言うのだった。

 

「蓮華さまを頼む。口惜しいが、私ではどうすることも出来ない苦悩を、あの方は抱えておられる。今日、お前と一緒に甲板に出てこられた蓮華さまは、すっきりした表情をなさっていた。あんなお顔を見たのは初めてだ。蓮華さまの傍にいるべきなのは、お前なのだろう」

 

 そのまま行こうとする思春を、アキラは止めた。そして彼女に焼けたばかりのヤキトリを数本、丁寧に笹の葉で包んだものを渡しながら、こう慰める。

 

「弱気になるなよ。説教のつもりではないが、人にはそれぞれ役割ってものがある。四六時中、孫権を守っているお前を代わりは、どこを探したって見つからないさ。これでも食って、元気出せ。明日はお互い頑張ろうじゃないか」

 

 彼女はその言葉に少し驚き、そして軽く笑った。

 

「ふっ。お前に慰められるとは、不愉快な気分だ。では、お連れしてくる」

 

 思春は自分たちの陣地へと帰って行った。その道中でほお張ったヤキトリの味に「うまい」と思わず言葉をもらしたことは、秘密である。

 

 

 

 

 

 

 それから半刻後に、蓮華が姿を現した。アキラはきちんとテントの中に二つの椅子と机を設置して、その机の上にはお茶も準備していた。机の隣には火鉢があり、それが唯一の光源となっている。

 テントの中へ一人で入ってくる蓮華に、アキラは少しばかり驚いた。

 

「あれ、甘寧は?」

「あなたと二人で話がしたいと言ったら、今は外しています」

「そうか」

 

 立ち話もなんだからと、アキラは火鉢の前の席へといざなった。ところが、蓮華は急に丁寧に頭を下げて、感謝の意を表すのだった。

 

「今日はあなたのおかげで助かりました。本当にありがとうございます」

「よせよせ。俺は勝ちたい一心で、あんなことをしたのさ。つまるところ、自分の利益を考えた結果だ」

「でも」

「そういう話は全部、終わってからにしよう。どれだけ感謝されても、勝たないと意味がない」

 

 そっけなく言うものの、恥ずかしそうに頭を掻く彼に、蓮華は思わず顔をほころばせる。彼の人柄のおかげか、彼女の口調もくだけたものになる。

 

「李靖という男は、もっと冷徹な性格の持ち主だと思っていたわ」

「それって、褒めている?うちの部下からすれば、その方が良いと思うがね」

 

 詠や華雄が叱ってくる姿を思い出しながら、再度、座るようにと促す。ようやく彼女は腰を下ろした。

 息が白い。厚めの防寒着を羽織る二人は、お茶の暖かさに身を癒す。火鉢の中の赤い炭火を見つめ、しばらく何も言わない時間が過ぎた。

 そして蓮華は、突然、ぽつりとこんなことを言うのだった。

 

「怖かった」

 

 アキラはその顔を見る。赤く照らされた彼女は、自分の軌跡を思い出しながら、ゆっくりと語り続ける。

 

「幼い頃に母が亡くなった後、私たちは呉の人々の希望そのものになった。呉を再興するために、私たちは育てられたのよ。どこに居ようと私を見る、期待に満ちた目があった。昔からその目に怯え続けていたわ。すごく怖かった」

 

 まじめ過ぎる彼女には辛かっただろうと、アキラは想像してみる。幼い頃の彼女は、人々の笑みの奥にも何かを感じていたはずだ。

 

「雪蓮には相談できなかったのか」

「出来ないわよ。君主である姉様の方が重責を担っていることは分かっていたもの。それに、下にもまだいるから、妹の手本とならないといけないとも考えていたわ」

「そうか……」

 

 相談すれば、姉は何とかしてくれるだろう。それも、彼女が相談できなかった理由に違いない。

 

「今は、怖くないのか」

「怖いわ。でも、大丈夫よ。さっきの会議で、私は初めて彼女たちの顔を見つめたのよ。自分にはこんなにも仲間がいることに、ようやく気が付いたわ。バカな話よね」

「そんなことはないさ。それに気が付かずに、一生を終えていくやつもいる。自分のことは全て自分でしないといけないと考えて、結局、なにも出来ずじまいになるやつが、大勢いる」

「あやうく、そういう人になるところだったわ……」

 

 火の勢いが弱まる。アキラは傍らに置いていた炭を、そこに継ぎ足していく。

 

「ねえ」

 

と、蓮華がアキラに尋ねる。優しい目で、彼を見つめる。

 

「あなたの幼い頃は、どうだったの」

「俺か?そうだな……」

 

 腕を組んだアキラは、こちらの世界での幼少期を思い出す。

 

「確かに、俺も期待されていたかな。一人息子だったし」

「お父さまは、どういう方?」

「物腰やわらかくて、誠実な人だった。汝南の豪族として、太守や朝廷の使者と上手く渡りあって、民や他の豪族からの信頼も厚い、理想的な領主だった。俺も、そうなりたかった」

 

 そう語りながら、ふと寂しい目になったことを、蓮華は見逃さなかった。

 

「……亡くなられた時は、悲しかったでしょう」

「悲しい、というよりも、大変だったな。ちょうどその頃、十常侍が権勢を発揮し始めていて、要求される賄賂の桁が変わった。必死に対応しようとしても、こちらを若造と甘く見られてしまう。そのくせ、下の者からは父親と同じように、上手くあしらってくれることを期待してくる。その板挟みで、とても辛かった」

 

 それが、あの蜂起につながったのだろうと蓮華は察した。彼は、後悔している。彼の言葉の節々から、それが確かに伝わってきた。

 

「今も、辛いのかしら?」

「今は違う。俺にも仲間が出来た。頼れる仲間が」

 

 そう言ってほほ笑む彼の眼は、どこまでも澄んでいる。自分と同じ辛さを味わい、そして克服した彼に、彼女は親愛と尊敬を同時に感じていた。

 

「私も」

「うん?」

「その仲間に加われるかしら。あなたの傍にいてもいい?」

 

 彼は正直に伝える。

 

「俺は汝南の君主で、君は孫家の姫だ。ずっと傍にいることは難しい。でも」

「でも?」

「助けが欲しかったら、いつでも駆けつける。約束する」

 

 ニコリと蓮華が笑った。火鉢以外からくる暖かさが、体に滲みてくる。

 

「ゆびきり、してくれる?」

 

 彼女がその細い小指を立てた。アキラは黙って、それに自分の小指を絡める。

 小指と小指、その小さなつながりから、お互いのぬくもりが伝わる。

 

「蓮華って、呼んでくれるかしら」

「ああ、蓮華、俺のこともアキラと呼んでくれ」

 

 二人の顔が赤く照らされる。彼らの影が、テントの幕に映し出される。

 

「アキラ、約束よ。私を守って。私も、あなたを守るわ」

 

 冬の透き通った空気が世界を包む。見上げれば吸い込まれそうになる星空の下で、彼と彼女の小指は優しく、そしてしっかりと、いつまでも結ばれる。

 


 
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