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真恋姫無双幻夢伝 第五章5話『期待と悲鳴』

蓮華とアキラによる黄祖討伐戦が始まります。

2014-11-22 08:37:16 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1767   閲覧ユーザー数:1615

   真恋姫無双 幻夢伝 第五章 5話 『期待と悲鳴』

 

 

 数日かけて江夏に辿りついた呉の船団に、銅鑼の音が鳴り響く。日はすでに中天を越えていた。

 

「攻撃、開始!」

 

 孫権の号令と共に、大きな船が波を切って江夏の港へと突き進む。城郭の中でも比較的防御力が弱い港から兵士を上陸させて、江夏城の内部へと入り込むことが今回の作戦である。この戦法は、長江の支配権を確立させてきた孫家の常とう手段だ。

 ところが、そう簡単にはいかなかった。

 

「周泰さま!船底から浸水!」

「なにごとですか?!」

「おそらく、川底に杭が」

 

 明命が甲板から目を凝らして川を覗くと、無数の尖った杭が設置されていた。多くの兵士を乗せたために重くなった船は水に深く沈むため、この杭に突き刺さってしまうだろう。この船ではこれ以上進めない。

 先陣を任された明命は、すぐに作戦を変えた。

 

「大きな船は下がってください!小舟の用意を!」

 

 すぐに船の内部から、小舟がいくつも運ばれてきた。そして水の上に浮かべると、10名足らずの兵士と矢除けの盾が乗せられる。これなら杭には引っかからない。

 命令を下していた明命もその小舟に乗り込んだ。

 

「すすめー!!」

 

 100近くの小舟が波間をぬって進んで行く。

 ところが、またしても黄祖の方が上手であった。明命が見たのは、小舟に乗り込むことを待っていたかのように、タイミング良く降り注がれる無数の矢であった。盾で守られる兵士の数はわずかであり、多くの兵士が次々と倒され、川へと沈んでいく。

 その上、運良く河岸の傍まで来ることが出来たとしても、彼らを火炎瓶が歓迎した。明命の見つめる先で、火にまかれた兵士が川に飛び込み、矢の餌食になっていった。

 

「こ、これはダメです!引け!」

 

 ここまで狙い撃ちにされた原因は、黄祖の兵の配置が素晴らしさと、彼が築いた防衛線の堅固さにある。今まで感じたことのない手ごわさに、明命は作戦の立て直しの必要性を感じた。

 ところが、大船に戻って蓮華の本船に報告した彼女を待っていたのは、叱責だった。孫権の船に掲げられた旗の意味を兵士が読み解いて、明命に知らせる。

 

「孫権さまより連絡!『トツゲキセヨ』」

「なっ!?」

「さらに連絡!『メイレイ イハンハ ユルサヌ』」

「そ、そんな」

 

 蓮華の判断に愕然とする明命であったが、実直な彼女は再び兵士たちを集めた。

 

「命令に従います。再度、突撃部隊の編成を」

 

 明命の命令に元気よく返事をして、一目散に兵士たちは走る。しかし彼らの顔には、かなりの不安が現れていることを、彼女は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

「戦局はどうだ」

「かなり厳しいようですね。未だに、一人の兵士も港に上陸できていないようです」

 

 音々音の報告に、アキラは顔をしかめる。

 蓮華から情報は回ってこないと踏んでいたアキラ達は、中型船を前線に配置させて連絡を取っていた。戦闘が始まって、もう一刻(2時間)が経つというのに、戦局は悪化の一途をたどっている。作戦は明白に失敗だ。

 

「どうしますか?」

「……無駄だと思うが、孫権に信号を送ってくれ。『テッタイヲ テイアンスル』と」

「分かったのです」

 

 音々音が連絡員に指示を出し、孫策に教えてもらった呉の手旗信号の方法を使って、孫権の船に合図を送った。

 しかし、何の反応も無かった。

 

「無視、か」

「うーむ、困ったものです。だいたい、おまえが変なことを言うからです!」

「仕方ないだろう!どうせ、こうなることは目に見えていた」

 

 だが、ここで手をこまねいては、敗北へまっしぐらだ。アキラは音々音に伝える。

 

「ねね。あと半刻(一時間)経っても戦局が変わらない場合には、行動を開始する。恋と沙和にも伝えてくれ」

「……分かったのです」

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から一刻半(三時間)が経つ。蓮華の本船では、亜莎の泣くような声が響いていた。

 

「お願いします!一度、撤退を!」

 

 蓮華の執務室の中で、彼女は平身低頭する。波に揺れ動く部屋の中で、思春は目をつぶって黙って立っており、蓮華もただ座って、彼女を見ているだけだった。

 冥琳に育てられてきた彼女は、自分の作戦で兵士が失われていくことに恐怖を覚えた訳では無い。軍師は自国の兵士を最も殺す人物だ。それは心の芯まで浸透させられた、冥琳の教えである。

 その一方で、軍師は自分の作戦に責任を持て、とも教えられている。亜莎は自分の作戦のミスを認め、改めて勝利に導く作戦を立てようとしていた。

 しかし蓮華はかたくなにそれを拒んだ。

 

「亜莎、もっと自信を持ちなさい。軍師のあなたがそんな弱気では、兵士に不安が走るでしょう」

「蓮華さま、この作戦は失敗です!このまま攻めても、兵士と時間を浪費するだけです!一度退いて、立て直しましょう」

「思春、亜莎を連れ出して。頭を冷やさせなさい」

 

 表情のない言葉で命じる。蓮華さま!蓮華さま!と呼びかける亜莎は、思春に連れ出されていった。

 一人ポツンと残った。時間だけが刻々と過ぎていく。この間にも、何人の兵士が死んでいくのであろうか。思わず、祈りたくなる。

 蓮華は、この密閉された空間で、小さな悲鳴を上げた。

 

「…一体…どうすればいいの……」

 

 突然、部屋の扉が開いた。思春が飛び込んでくる。

 

「蓮華さま!この船に乗り込んできます!」

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 船内の兵士を引きつれて思春が戻ってきた甲板では、味方の兵士が幾人も打ち倒されていた。血は流れていない。甲板を見渡してみると、味方であるはずの恋や沙和が、その襲撃者たちの指揮をしている。

 その甲板の中央では、一人だけ残った亜莎が大男に立ち向かっていた。

 

「悪いな」

「ああ!」

 

 アキラは彼女の剣を払い、その体に当て身を食らわせる。そうして気を失った彼女を抱きとめ、他の兵士と同じように甲板へと並べた。見事な戦い方である。

 

「絶対に殺すなよ!気を失わせるだけだ!」

 

 はい!と大きく返事をした沙和は、内心、舌を巻いていた。

 

(隊長、カッコいいの!)

 

 練習場では何度も戦ったことがあり、自分たちよりも強いことはすでに知っている。でも実際にアキラ自身が剣を振るって戦うところを見るのは、初めての経験だった。武人としても知られている亜莎を相手に、易々と気絶させてしまった彼の戦う姿は、まるで演舞のようである。

 だが、相手はそんなことを気にする余裕はない。この光景を見て怒りに火がついた思春は剣を抜いて、アキラに向かっていく。

 

「李靖!!」

「甘寧か」

 

 キンッと、アキラの胸元で音が鳴った。

 思春が心臓を一突きにしようとした刃を、アキラは鞘を盾に防いだのであった。しかし、彼女は尚も剣に体重をかけて、アキラの剣ごと貫かんとしている。

 

「聞け!」

 

 お互いの荒い息がかかるほどの近さで、アキラは殺気立つ彼女に問いかけた。

 

「お前だって分かるだろう!?一度退かなければ、無駄に兵士を失うことを!」

「くっ!」

 

 聞きたくないと言わんばかりに、思春は後ろに下がって距離を取った。アキラは再度、語りかける。

 

「蓮華を説得してくれないか?我々としては、この作戦を放棄してくれれば、それで良い」

「黙れ!お前に、蓮華さまの何が分かる!」

 

 また飛び掛ろうとした思春の側頭部に、強烈な衝撃が走った。彼女は崩れ落ちる。アキラが横を見ると、弓を携えた恋がそこにいた。彼女が思春に模擬矢を放ったのであった。

 アキラは倒れた思春に駆け寄って、その息を確かめる。

 

「……大丈夫…?」

「ああ、気絶しただけだ。ありがとう、助かった」

 

 アキラがクシャクシャと恋の頭を撫でる。彼女はくすぐったそうに眼を細めた。

 

「隊長!」

 

 沙和と部下たちが駆け寄ってきた。

 

「これで全員なの。この船は制圧しました!」

「よし!お前たちはこの甲板を守っていてくれ。俺が蓮華を連れ出すまで、ここを死守せよ」

「はいなの!」

 

 船の中に入ろうとするアキラは、それについて来ようとする恋の存在に気が付いた。

 

「恋。ここで待っていてくれ」

「……いいの?…中は……危険…」

「大丈夫さ」

 

 そしてアキラは力強く言うのだった。

 

「蓮華を、助け出してくる」

 

 

 

 

 

 

 一人だけ執務室に残った蓮華は迷っていた。

 

『様子を見てきます。ここで待っていてください』

 

と、思春に言われたが、それからずいぶんと時間が経った。彼女が帰ってこない以上、様子を見に行った方が良いのではないか。しかし思春や亜莎もいる中、自分が出て行ったら逆に迷惑になるのではないかと、不安もある。まさか、彼女たちが負けることはあるまい。でも、万が一ということもある。蓮華の考えは堂々巡りをしていた。

 その時、部屋の扉が開いた。蓮華が期待の眼差しで、そちらを振り向いた。

 その扉が開いた暗がりから出てきたのは、陣の後方にいるはずのアキラであった。

 

「あ、あなたは?!」

 

 蓮華は意外な人物の登場に驚く。一方で、険しい表情のアキラは、カッカッカッと早い足取りで近づき、突如として彼女の胸ぐらを握り上げた。

 突然の出来事にドギマギする彼女に向かって、アキラは顔を近づけて怒鳴った。

 

「今すぐ撤退命令を出せ!早く!」

 

 アキラの言葉を飲み込めずに、目を丸くする。しかし理解すると、蓮華の目尻が一気につり上がった。

 

「………」

 

 ところが、睨むだけで何も言わない。次の瞬間には、彼女の目から大粒の涙が零れ落ちてきた。

 

「…私に……なにを望んでいるのよ…」

 

 やはり、こういうことであったか、とアキラは理解した。

 君主など、人のリーダーたる人物は皆、孤独だ。相談する相手もいない。誰かに話を持ちかけたとしても、自分のプレッシャーを理解していない人とは話がかみ合わない。いつも一人だけで判断せざるを得ない。そして常に下の者からは期待されている存在だ。

 その中でも、蓮華の立場は特殊である。特別な軍事的才能を持ち合わせている姉とは違い、際立った才能は持ち合わせていない。しかし天真爛漫な雪蓮よりも、温厚な彼女を好む老臣は多く、彼らは彼女に雪蓮のようなリーダーシップを発揮してほしいと期待する。さらには、雪蓮自身も彼女に重責を担うことを期待している。

―期待されている。上からも、下からも。―

 それを跳ね返すだけのふてぶてしさも、才能も持ち合わせていない彼女の心は、どんどん擦り減っていく。前に進むしかない。退いたら失望させてしまう。この時の彼女の心には、この思いだけが渦巻いていた。

 彼女は嘆く。

 

「私は…姉さまのように、完璧じゃないと…いけないのよ!……期待される存在なの…」

「………」

「……呉の期待に…未来に…応えないといけない。私はもう、失望させたくない!!」

 

 彼女のか細い声に、その胸ぐらをつかむ力が弱まっていく。間違えることが出来ない責任感が四六時中、体にまとわりついてくる。彼女の気持ちは痛いほど分かった。

 彼女の目から悲しみが流れ出すたびに、彼女の声はますます小さくなっていく。

 

「…これ以上……私に、何を望むっていうのよ…もう、放っておいて……」

 

 するとアキラは、胸ぐらをつかんでいた手を放すと、蓮華の肩を力強く持った。

 

「俺がいるだろう!」

 

 涙目で見つめる蓮華に、アキラは語る。

 

「俺がいる。甘寧たちも、雪蓮だって、お前の周りにいる。お前は一人じゃない」

 

 そう言ったアキラは、ふわりと抱きしめた。

 

「あっ」

 

 優しい温もりが、彼女を包み込む。彼女の体にたまっていた“何か”が、溶け出していく。

 

「お前は雪蓮にはなれない」

 

 アキラは言う。

 

「でも、お前には人の意見に耳を貸す力がある。それに人は引き寄せられる。雪蓮がお前の10倍もの才能を持っていたとしても、その代わりに多くの人を集めればいい。周りにいる人は必ず助けてくれる。いつか、お前に集められた人々が、雪蓮の上にお前を押し上げてくれる」

 

 抱きしめる力が強くなる。だけど、痛くない。心地が良い。

 蓮華はおそるおそる尋ねる。

 

「あ、あなたも」

「うん?」

「あなたも……助けてくれる…?」

「ああ、絶対に助ける。心配するな」

 

 また、蓮華の目から涙があふれてきた。でも、この涙は冷たくない。

 

「さあ、やり直そう。俺を信じろ」

 

 アキラの胸の中で、蓮華はコクリと頷いた。

 


 
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