No.711015

IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜

鈴の音に、君を…

2014-08-24 17:00:01 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1309   閲覧ユーザー数:1215

キーンコーンカーンコーン

 

 

「それでは今日の授業はここまでです。みなさん、劇の準備頑張ってくださいね!」

 

山田先生の元気の出る笑顔で、今日の授業が締めくくられる。スコールやオータムがこの学園に来てからは一層癒されるような気がするな。

 

「さて! 学園祭まで一週間ちょっと! どんどん進めるわよ!」

 

演劇部所属の結城さんが意気込んで、女子達がぞろぞろと教室から出て行く。

 

「一夏、俺達も行こうぜ」

 

「ああ」

 

学園祭当日が近づき、アリーナではセットの設置が進んでいて、いよいよ大詰めを迎えている。

 

役の練習の合間を縫って俺や一夏も手伝った結果だ。まあ俺は一夏よりも頑張ったがな。

 

「どうだ瑛斗? セリフ覚えられてるか?」

 

「もちろん。お前はどうなんだ」

 

「ばっちりだよ。みんなとの練習の後も、部屋でマドカと練習してるからな」

 

「ああ、その手があったか」

 

「マドカも結構ノリノリでさ、本当に楽しみみたいなんだ」

 

アリーナまで着くと俺と一夏がちょっと遅れてたのもあってか作業がもう始まっていた。

 

「おおー、改めて見るといい出来だな」

 

「後は細かいところを仕上げるだけだな」

 

一夏が感嘆して、俺もその横で頷く。なかなか高い完成度だ。

 

「みんなで作ったんだから〜当然だよ〜」

 

近くで資材を運んでいたのほほんさんが一夏の話に乗っかった。

 

「のほほんさん、そのヘルメットどうしたんだ?」

 

のほほんさんの頭は他の女子達には被っていない黄色いヘルメットで守られていた。遠目から見たら浮くな、

 

「これ〜? 気分だよ気分〜」

 

「き、気分か」

 

「あ、瑛斗! 一夏! もうすぐ練習始まるよ!」

 

シャルが俺達に手を振って呼んでくる。

 

「呼ばれてる。行こうぜ一夏」

 

「ああ。またな、のほほんさん」

 

「うぃ、またね〜」

 

のほほんさんと離れて、シャルや箒達のいるアリーナの舞台の端に移動する。

 

「あれ? マドカは? いないぞ?」

 

一夏の言う通り、他の役者のメンツは揃ってるのに、マドカだけいなかった。

 

「マドカさんなら、来てすぐに衣装係の方達と一緒に奥の方に行きましたわ」

 

「マドカが魔女役をやるにあたって作った衣装が完成して、その試着だそうだ。しばらく経つからもうすぐ出てくるのではないか?」

 

セシリアと箒がそう言ってから、カーテンで仕切られた役者の控え室から衣装担当の3人が出てきた。

 

「あっ! 織斑くん来た来た!」

 

「いいタイミングです!」

 

「マドカちゃん、織斑くんに見せてあげなよ」

 

「うん!」

 

マドカの声と一緒に、やけに高い靴音が聞こえる。

 

「じゃーん!」

 

出てきたマドカの身体はスベスベの黒光りする革製のベルトと金具だけで作られた衣装に包まれて、マドカの整ったボディラインを余すことなく強調していた。背中にはこれまた黒のマントをなびかせている。

 

素材の話はいいや。問題はその露出度。

 

半端じゃない露出度だ。革製のミニスカを履いちゃいるけど、その…アレだ。かなりギリギリだ。全身色んなところから肌色見えちゃってるし。

 

「どう!? このいかにも現代の女悪役な感じのボンテージ姿!」

 

「悪の魔女がローブ羽織ってデッカい鍋を笑いながらかき混ぜてる老婆なんて考えは、もう古いのです!」

 

「強そうで、妖艶で、そしてエロいっ!! まさしく現代の魔女!」

 

衣装担当の女子達が熱く語ってくる。

 

「ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、私はこの衣装いいと思うな」

 

マドカも案外満更でもない様子。

 

「ま、まぁ本人がいいなら…俺達は別に……なぁ?」

 

「う、うん。僕も構わないけど…」

 

視線を右に移す。

 

「な…ななな……!!」

 

顔を真っ赤にしたお兄ちゃんがいた。

 

「どうかなお兄ちゃん? 似合ってるかな?」

 

カツ、コツとヒールの音を小さく響かせながらマドカが一夏に近寄る。

 

「ままま待てマドカ! ストップ!」

 

「え?」

 

「もうちょっと隠してくれ!」

 

「え〜? なんで?」

 

「な、なんでってお前なぁ! そんな半分裸みたいな格好じゃ、俺も瑛斗も演技に集中出来ないって!」

 

「お、おいおい、俺を巻き込むなよ」

 

「そうなの瑛斗?」

 

「シャル…そんなわけないだろ」

 

「私の部下にもあのようなコスチュームを推してくるものがいるのだが、嫁、どうなのだ?」

 

「あのなぁ……」

 

俺がシャルとラウラの相手をしている間にも一夏の謎の抗議が続いていた。

 

「それに千冬姉が見たらどう思うか、考えてみろよ」

 

「お姉ちゃんが? う〜ん……………面白がる?」

 

「そうだ。きっと面白がって………そうだよなぁ…! 絶対面白がるよなぁ…!」

 

今度は頭を抱えだしたぞ。大丈夫かあいつ。

 

「でも…せっかく作ってもらったんだよ?」

 

マドカが上目遣いで一夏に訴えかける。

 

「う……」

 

そこでたじろぐあたり、一夏は優しい『お兄ちゃん』なんだろうな。

 

「け、けどそんな格好でみんなの前に出るのは、俺はどうかと思うぞ」

 

「ふっふっふ…! 織斑くんがあんだけ面白い反応してくれるとこっちとしても作った甲斐があったってもんですよ」

 

衣装担当の一人である初瀬弥子(はせやこ)さんが腕を組んで笑顔でうんうんと頷いている。自信作なようだ。

 

「あ、あの…よろしくて?」

 

「ん? どうかしましたかセシリア?」

 

二人目の衣装担当、ジェシカ・ルーナさんがセシリアの話を拾う。

 

「も、もしかして、わたくしの衣装も、あんな感じだったりは……?」

 

「大丈夫大丈夫! 弟子の衣装はあんなにぶっ飛んだものじゃないから」

 

もう一人の衣装担当の三谷ゆりかさんが笑い飛ばす。

 

「そ、そうですか。よかったですわ」

 

「それにね」

 

三谷さんはさらに続ける。

 

「はい?」

 

「マドカちゃんのあの衣装…実は着方違うの」

 

三谷さんに初瀬さんとルーナさんも頷く。

 

「本当はあれの下にインナーを着るんだけどー」

 

「マドカちゃんが気づいてなかったですし、隠すところは隠せてるから黙ってました」

 

「え…」

 

「えぇーっ!?」

 

俺の声に被せてくる形でマドカが叫んだ。

 

「そ、そうなの? 私も何だか変かなーって思った…けど………」

 

そこでマドカは話すのを止めた。

 

周囲の視線が自分に集中してたことに気づいたからだ。

 

俺やシャル達だけじゃない。

 

舞台の小道具やセットを作る作業をしていた女子達も全員が大声を出したマドカを見ていた。

 

「きゃあっ!?」

 

顔を真っ赤にしてマドカはその場にしゃがみ込む。

 

「あっ! あんまり動くと━━━━」

 

「ひうぅっ!?」

 

マドカが変な声を出しながら股を押さえて尻を上げるように倒れた。

「食い込んじゃうよ、って言おうとしたのに…」

 

「あの下に何も履いてないよね…」

 

「痛そう……」

 

「ま、マドカ…大丈夫か?」

 

ピクピクしてるマドカに心配そうに一夏が声をかける。

 

「み、見ないで! お兄ちゃんのえっち!!」

 

半泣きになりながらマドカは一夏に吠えて、見ないようにさせる。

 

「ご、ごめん…」

 

「え、瑛斗も! 見ちゃダメ!」

 

「あ、わ、悪い…」

 

とばっちりで俺もマドカに怒られた……

 

「ひどいよひどいよ。黙ってるなんて!」

 

「ごめんごめん。今度はちゃんと着せてあげるから」

 

そーっと立ち上がったマドカはプンスカ怒りながら衣装担当三人と仕切りのカーテンの向こうに消えた。

 

それから少しして、今度はちゃんとボンテージの下にインナーを着たマドカが出て来た。

 

脚は変化無かったけど、身体の方の露出は減ってた。ヘソ出し程度だ。

 

「こ、今度こそどうかな? お兄ちゃん」

 

「お、おう。それくらいなら…いいと思うぞ。うん。似合ってる」

 

一夏も了承したみたいだ。よかった。

 

「一夏め…妹であるマドカをいやらしい目で見るか……!」

 

「不潔ですわ……」

 

おおう、箒とセシリアが何やらどす黒いオーラを出してる……

 

「みんなの衣装は、もう少し待っててね。でもちゃんと本番前に練習出来るようには間に合わせるから!」

 

初瀬さんの力強い言い方に、みんな頷いたけど、一人だけ頷きかけてやめた。

 

「…ん? ちょっと待ってよ?」

 

マドカだ。

 

「もしかして今日の練習…私だけ衣装着てやるの?」

 

「「「ギク」」」

 

今ギク、って衣装担当トリオから聞こえた気がしたぞ。てか言ったよな。

 

「そ、そうだね。マドカちゃんの衣装は早めに出来たから、出来も見て欲しかったし。そそそそれにちょっとマドカちゃんの衣装はみんなよりちょっと特殊だから、な、慣れてもらいたいなーって」

 

三谷さんが両手を振りながら若干早口に説明する。

 

「もしかして、マドカで遊んだわけじゃないよな?」

 

「「「ま、まさかぁ」」」

 

一夏が疑念をぶつけると、今度は三人一緒に否定した。何か怪しい。

 

「本当か?」

 

「「「本当ですとも!」」」

 

「もう、そんなに疑っちゃダメだよお兄ちゃん」

 

そこで一夏を止めたのは、意外にもマドカだった。

 

「三人とも私の為を思ってやってくれたんだよ?」

 

「そ、そうだけど…」

 

「私は全然大丈夫だよ。この締め付けも、慣れてきたらちょっと気持ちいいし」

 

ん? なんか今さらっと危ない発言があった気がするぞ?

 

「…そうか。マドカがそう言うなら、わかった」

 

一夏、スルーなのか?

 

「うん! それじゃあ、今日の練習も張り切っていこー!」

 

マドカの号令で、練習が始まった。

 

しかし、これがなかなか大変なわけで…。

 

「あ、あなた……彼らを行かせてはどうでしょう?」

 

「篠ノ之さん! 『あなた』のところ、もうちょっと声出して!」

 

箒はいつも王様役の一夏を呼ぶ時声が小さくなる。

 

「ど、努力する…」

 

「頑張ろうぜ、箒」

 

相方である王様役の一夏が箒を励ます。

 

「う、うむ……だが、お前のことを、役とは言え……」

 

「ん?」

 

「な、何でもない。続けよう。コホン。あ……あにゃた」

 

「箒、噛んだぞ?」

 

「う、うううっ!」

 

一夏が指摘すると箒はまた顔を赤くしてしまうのだった。

 

「ああ、勇者さま。このままでは私は魔女の儀式の生贄になってしまいます。早く助けに来て」

 

「ボーデヴィッヒさんは棒読み気味だから、もう少し感情込めてみて!」

 

「か、感情か…やってみる」

 

ラウラはセリフは一言一句完璧に覚えてるんだが、何というか、ぎこちない。

 

「魔女様、どうかこのわたくしに魔法の使い方を教えてくださいませんか? 何でもします。どんな雑用でもします。ですからどうか、どうかわたくしに魔法の使い方を………やはり少し低姿勢過ぎではないでしょうか?」

 

「まあまあ、セリフだから。演技だから」

 

セシリアはいつもの高貴なプライドが邪魔をして、上手いことセリフにノれないでいる。

 

「ねぇねぇ、僕の役ってさ」

 

「うん? 勇者のお供役?」

 

「それってさ…女の子の設定とかには…出来ないかな?」

 

「う〜ん……無理かな。男設定で話進むところあるし、他キャラのセリフにも関わってきちゃうし」

 

「そ、そっかぁー…あ、あはは」

 

セリフはバッチリなシャルは何でか知らんけどお供の性別を変更しようと結城さんに交渉を試みていた。

 

「シャル?」

 

「え、瑛斗は? お供は女の子と男の子どっちがいい?」

 

「え…別にどっちでも大丈夫だけど、脚本だと男なんじゃないのか?」

 

「そ、そうだけどさ……うぅ〜」

 

「?」

 

しかし、そんな中。

 

「おーほっほっほ! なんと愚かな勇者とその仲間! 身の程を教えてあげるわ!」

 

「いいねマドカちゃん! 雰囲気出てるよ!」

 

マドカがえらく演技が上手い。前までは制服や体操着で練習してたけど、衣装を着てるからか、迫力が違う。

 

「凄いねマドカちゃん! ううん、マドカ様!」

 

「あの純真無垢なマドカちゃんがあんな格好して…キュンキュンしちゃう!」

 

「踏まれたいっ! 蔑まれたいっ! 罵られたいぃぃっ!」

 

作業を終えてギャラリーに転じていた女子達からも賞賛(?)の声が上がる。若干名が息を荒くしているけど。

 

それから、2時間みっちり練習して、今日の練習はお開きとなった。

 

「今日はこれくらいにしようか。みんな、よくなって来てるよ。この調子で本番も頑張ろうね!」

 

結城さんの締めの言葉に、何だか演劇部に入ったみたいな気分だぜ。

 

「それじゃあ、お疲れ様!」

 

お疲れ様でしたー、ってみんなで言ってから、一息つく。

 

「ふぅ…少し汗をかいてしまいましたわ」

 

「私もだ。ここのアリーナのシャワーを使うとしよう。マドカ、シャルロット、ラウラ。お前達はどうだ?」

 

「うん。僕も行くよ」

 

「私も行こう」

 

「私も私も! 着替えもあるから、お兄ちゃんは先に戻っててもいいけど、どうする?」

 

「そうだな。瑛斗、先に戻ってようぜ」

 

「OK。じゃあ、みんな後でな」

 

役者の女子達と別れてアリーナから出ると、秋の涼しい風が吹き抜けた。

 

「はぁー…スコール達がバカやらないでくれてると、平和でいいぜ」

 

寮への道を歩きながら嘆息する。今日はスコールもオータムも見かけはしたがちょっかいをかけてくるような事はなかった。それが俺個人としては結構嬉しい。

 

「そう言えば女子達が、瑛斗が新任の先生とよく話してるって噂してたな」

 

「マジで?」

 

「ああ。それに、スコール先生も巻紙先生も女子達に人気高くて、お姉様呼びしてる生徒もいるぞ」

 

「あー…まぁ、それは俺も見た。スコールはわからないでもないけど、オータムにまであの呼び方してるの見るとどうかと思う」

 

「でもさ、チヨリちゃんやスコール先生が言ってたみたいに、お前を狙ってくる人が来たことって、まだないよな」

 

「そんなこと起きて欲しかないけどな」

 

苦笑混じりに言ってから、寮のすぐ近くまで来たところで見慣れたツインテールが揺れたのを見た。

 

鈴だ。

 

鈴が寮の前で待ち構えていた。

 

「あれ? 鈴じゃないか。どうしたんだ? 誰か待ってるのか?」

 

「…ええ。待ってたわ。アンタ達二人をね」

 

そこにいつものような活発な様子は無い。何か思い詰めたような顔つきだ。

 

「俺達に何か用か?」

 

頷いた鈴の瞳が、いつになく憂いを帯びていた。

 

「一夏、瑛斗、ちょっと…付き合ってくれる?」

 

 

「……それで、まさか二組の学園祭の出し物の備品の買い出しに付き合わされるとはな」

 

「結構シリアスな感じだったから、何かと思ったぜ…」

 

アタシの後ろを歩く一夏と瑛斗がげんなりしてる。

 

「しょうがないでしょ? こんな大荷物、女の子一人に運べるワケないじゃない。」

 

「…鈴、お前もしかしてクラスに友達いないのか?」

 

「何言ってんのよ。そんなわけないでしょ」

 

「テーブルクロスに紙テープにその他雑貨が諸々……別に今日じゃないとダメって品は無さそうだけど?」

 

瑛斗が袋の中身を見ながら言ってくる。そろそろ話してもいい頃ね。

 

「そうよ。確かに買い出しはついで。本当の目的は別なの」

 

「なんだ? まだ何か買うのか?」

 

一夏のおどけた口調に、アタシは首を横に振った。

 

「実は…思い出した事があるの」

 

「思い出した? 何を?」

 

「アタシが…誘拐された時の事」

 

「それって…夏休みの時のか?」

 

「うん……」

 

「……聞かせてくれ」

 

瑛斗の表情に険しさが見えた。きっと、亡国機業がらみだと思ったのね。

 

「アタシが一夏の家から帰る途中で攫われて、あの桐野第一研究所に監禁された時……布で顔を隠してた女の人が、父さんの名前を言ってたの」

 

「おじさんを?」

 

「確か、離婚したっていう…? それで、何て?」

 

「うん……父さんとの、約束って言ってたわ…」

 

「約束…? もしかして…」

 

一夏が顎に手を当てて何か考えだした。

 

「何か思い当たることがあるのか?」

 

「瑛斗が俺達に追いつく前に、千冬姉が鈴の誘拐について少し話したんだ。その時千冬姉は、鈴を誘拐したやつの交渉相手は鈴を誘拐されると個人的に困る人間だって言って…もしかするとその交渉相手っていうのは、おじさんなんじゃないか?」

 

「アタシも、そう考えたわ。でも、わからないのよ。そう繋がる理由が…」

 

「千冬さんから俺も話だけは聞いてる。その女は亡国機業だってことを否定しなかったんだろ? でも、一夏の考えの通りだとして、亡国機業と鈴の親父さんとの関係がわからない。それに、何を要求したのかもな」

 

(父さんと、亡国機業の関係……か)

 

アタシが立ち止まって、そのすぐ後に一夏達も止まった。

 

「……アタシね…心のどこかで父さんが家を出て行った理由が何なのかずっと考えてたの」

 

「鈴……」

 

「そう言えば、ちゃんと話してなかったわね。離婚した時のこと…」

 

アタシは、あまり話したくなかった。けど、話さなくちゃいけないと思った。

 

「いきなりだったわ。前の日までいつも通りで、笑い合ったりしてたのに…その日になって突然、父さんが出て行くって……母さんも…止めなくて………」

 

話すにつれて、胸が締め付けられるようで、自分の足元が滲んで見えた。

 

「鈴…辛いなら話さなくていいよ」

 

「無理すんな。お前の伝えたいことは、わかったからさ」

 

「うん……ご、ごめんね。暗い話題話しちゃって。でも、話しておきたかったの…」

 

「気にするなって。鈴、話してくれてありがとう」

 

一夏が頭を撫でてくれた。その動作が、いつか父さんがしてくれたみたいで、安心した。

 

「うん…」

 

涙を拭って顔を上げる。

 

「…ありがと。もう大丈夫」

 

「さ、それじゃあ早く帰ろうぜ。山田先生にどやされるからの千冬姉の鉄拳制裁なんてのは勘弁だ」

 

「そ、そうね! 早く帰りま━━━━」

 

視界の端に映ったすれ違った人の姿に、時間が止まったみたいな気がした。

 

「え……?」

 

「鈴? どうした?」

 

(嘘…そんなはずない……)

 

そう思った。でも、アタシの直感が叫んでる。

 

「ごっ、ごめん! これ、持ってて!」

 

「えっ!? お、おい鈴!?」

 

一夏に荷物を押し付けるようにして、見えた人影を追う。

 

(気のせいかもしれない……でも!)

 

追いかけた背中が建物と建物の間の路地に入っていく。ここで見失ったら、きっともう見つけられない。

 

だから━━━━━━━━!

 

「父さんっ!!」

 

「…………………」

 

立ち止まって、振り向いたその人は、間違いなくアタシの父さん、凰翔龍(ふぁん・しょうろん)だった。

 

「鈴音……? 鈴なのか?」

 

「〜〜〜〜〜っ…! 父さんっ!!」

 

いても立ってもいられなくなって、アタシは父さんの胸に飛び込んだ。

 

「会いたかった! ずっと、ずっと会いたかった…!」

 

「鈴…大きくなって……! 元気そうじゃないか」

 

アタシのことを見ていたのは、少しシワが増えていたけど、アタシが何度も見てきた父さんの笑顔だった。

 

「すれ違った時に、もしかしたらって思って…!」

 

「お前が綺麗になっていて、気がつかなかったよ……」

 

話したいこと、聞きたいこと、いろんな言葉が口をついて溢れ出す。

 

「あのね父さん、アタシ中国の代表候補生になったの! それで、一夏ともまた会えて、それで━━━━」

 

「鈴!」

 

「いきなり走り出すから見失うとこだったぞ」

 

そこに少し遅れて一夏と瑛斗が来た。

 

「…ん? え、お、おじさん!?」

 

面識があった一夏はすぐに父さんに気づいた。

 

「やあ、一夏くん。君も立派になったな」

 

「おじさん…? ああ! この人が鈴の親父さんか!」

 

瑛斗が手を打つ。

 

「初めまして、桐野瑛斗です。って知ってるか」

 

「……ああ。知ってるよ。テレビのニュースに出ていたからね」

 

「しっかし驚いた。噂をすればなんとやらってか」

 

瑛斗の言葉に便乗してアタシは父さんに問いかけた。

 

「父さん、どうして日本に?」

 

「仕事でな。今は世界中を回ってるんだ。鈴、母さんは……元気か?」

 

「元気よ! この間も電話で話したもの!」

 

「そうか。それは…よかった」

 

ふいに、触れていた父さんの手が離れた。

 

「父さん?」

 

「鈴、悪いけど父さんそろそろ行かなくちゃいけないんだ…」

 

「えっ…?」

 

「これから、人に会うんだ」

 

「ま、待って! せっかく…せっかく会えたのに!」

 

「すまない…俺は、お前や母さんと一緒にいたらいけないんだよ」

 

父さんがツインテールを優しく撫でてくる。あの時と、同じように…。

 

「いや…違うな。結局俺はお前を危険な目に合わせてしまった……」

 

自嘲するように父さんが笑って、アタシから手を離す。

 

「じゃあな…また会えて嬉しかった。一夏くんや、友達を大切にするんだぞ」

 

そして、アタシに背中を見せて、歩き出して━━━━

 

「待って!!!」

 

アタシは路地に反響するくらいの声で叫んだ。

 

「また…また置いて行くの!?」

 

「鈴…」

 

「あの時みたいに何も言わないで…またいなくなっちゃうの!?」

 

拳を震わせて、父さんに訴えた。

 

「どうして何も話してくれなかったの!? アタシと母さんを置いて行って、父さんは何とも思わなかったの!? 父さんには……アタシの声は届かないの!?」

 

言葉と涙が溢れ出して止まらない。

 

「嫌だよ…! 行かないで…! 行かないでよぉ…!」

 

子どもみたいに、アタシは泣きじゃくる。みっともないことだとわかってる。でも、あの時言えなかった分まで、アタシは泣き続けた。

 

「………おじさん、そんなに急いでるんですか?」

 

「そうじゃないけどね……」

 

「だったら、鈴と今すぐ離れることないでしょ?」

 

「一夏……」

 

一夏が父さんを止めてくれる。

 

「一夏の言う通りだ。もう少し一緒にいてあげてもいいじゃないですか。鈴は、あんたに会いたがってたんですよ?」

 

瑛斗も一夏と同じように父さんを引き止めてくれた。

 

「しかし……」

 

「何を悩むことがあるんじゃ。この馬鹿もんが」

 

聞いたことの無い声も続いた。

 

「………?」

 

父さんの背後から聞こえてきた声の主を探すために、身体を横に動かす。

 

12歳くらいの女の子が、両手を腰に当てて、眉を立てていた。

 

「あ…!?」

 

「え…!?」

 

「な…!?」

 

一夏に瑛斗、父さんまで驚いたみたいに目を見開いている。

 

「誰?」

 

「チヨリちゃん!?」

 

瑛斗が名前を呼んだ。多分、この子の名前だ。

 

「最近よく会うのぉ瑛斗。また会ったな、織斑一夏や」

 

そこでアタシは思い出した。始業式の日に、瑛斗達が会いに行ったっていう人、その人の名前もチヨリだったことに。

 

「あの子が…チヨリ?」

 

「いかにも。ワシがチヨリじゃ。よろしくの。凰鈴音。それじゃ…翔龍」

 

チヨリは父さんのことまで知っているみたい。

 

「お前との集合場所に向かう途中で、大声が聞こえたと思ったら…一人娘を泣かせておったとはの」

 

「す、すみません…しかし━━━━」

 

「しかしもカカシもあるか! 離れ離れだった一人娘を蔑ろにするような父親でどうする!」

 

「はい…」

 

諭された父さんは気まずそうに背中を丸めた。

 

「お、おい…チヨリちゃんよ」

 

「ん? なんじゃ瑛斗」

 

「親父さんが会う人って…まさか……」

 

「さっきも言ったじゃろうに。ワシじゃよワシ」

 

「それってつまり…おじさんは……!」

 

一夏が言おうとしたら、チヨリが止めた。

 

「ここではなんじゃ。翔龍、子ども達も連れて行くぞ。詳しい話はそれからじゃ」

 

「ですが…」

 

「今さら何も話さず帰すわけにはいかんじゃろ。それに、いつかは話さなくてはならんかったんじゃ」

 

「……わかりました。鈴、一夏くん達も、一緒に来てくれ」

 

アタシ達は父さんとチヨリに連れられて、路地を出た。

 

 

鈴、一夏、瑛斗の三人をチヨリと翔龍が連れ立ったのは、鈴達が翔龍と出会った路地から少し歩いたマンションの一室だった。

 

「おじさん、ここに住んでるんですか?」

 

「まあ、ね」

 

「翔龍は日本にいるうちはここで生活しとるんじゃよ」

 

確かに、部屋の中には必要最低限のものだけが揃っていた。

 

「父さん、いつからこっちに来てたの?」

 

「一週間ほど前からだ。チヨリ様が手配をしてくださった」

 

「チヨリ様…か。チヨリちゃんと知り合いってことは、親父さんは、亡国機業と関係があるんだな?」

 

問いかけた瑛斗にチヨリが頷く。

 

「そうじゃ」

 

「それじゃあ、話を聞かせてもらいたいんだけど」

 

「まあそう急くでない。ものには順序というもんがあるじゃろう? それを話す前に……」

 

「話す前に、何だよ?」

 

「飯を食おう」

 

「飯?」

 

チヨリの突拍子も無い発言に瑛斗目を丸くする。

 

「ワシの目的は翔龍の料理を食べることでもあるんじゃよ。バーでの飯も美味いが、たまには趣向を変えたくての。せっかくじゃ。お前さん達も食べていくがよい。翔龍、作れるか?」

 

「お、おいおいチヨリちゃん、俺達は別にご馳走になりに来たってわけじゃあ………」

 

「おじさんの料理か! 俺久しぶり食べたい!」

 

「一夏!? お前空気読ん━━━━!」

 

「鈴も、食べたいだろ?」

 

一夏は一歩分後ろに立っていた鈴に顔を向ける。

 

「…うん。もう何年も食べてないし、父さんの作ったご飯食べたい、かも」

 

鈴も僅かながら笑みを浮かべて一夏に答えた。

 

「よし、じゃあ三人分じゃな」

 

「ちょっと待て! 俺は食べないなんて言ってない! 親父さん! 俺も食べたいです!」

 

「はは…わかってるよ」

 

翔龍が台所に向かったのと同時に、瑛斗の携帯に着信が入った。

 

「げ…」

 

「どうした?」

 

「シャルからだ。そう言や俺達みんなに何も言わないで学園出たんだよな」

 

「た、確かに言われてみれば……」

 

言ったそばから一夏の携帯にも着信が。

 

「マドカからか…」

 

「出るしかないな。ちょっと出てくる」

 

「俺も」

 

リビングを出て玄関の近くに来た瑛斗と一夏は意を決して同時に通話ボタンを押した。

 

「「も、もしもし…」」

 

『瑛斗! 今どこにいるの!?』

 

『お兄ちゃん! 今どこにいるの!?』

 

「「じ、実は、鈴に連れ出されてな…」」

 

『一夏と一緒に?』

 

「ああ。そしたら鈴の親父さんに会ったんだ。そこにチヨリちゃんも来てさ、今鈴の親父さんの仮住まいのマンションにいるんだ」

 

『瑛斗と一緒に?』

 

「ああ。それでおじさん…鈴のお父さんに会ってな。それにチヨリちゃんにも会ったんだ。今おじさんの仮住まいのマンションにいる」

 

『なるほど…』

 

『鈴のお父さん…』

 

「「それで、夕飯ご馳走になって来るから」」

 

『『それはいいよ。それで、帰ってはくるよね?』』

 

「「そ、そりゃもちろん」」

 

『『うん、わかった。気をつけて帰ってきてね?』』

 

「「お、おう」」

 

そして同時に電話を切り、

 

「「ふぅ…」」

 

同時にどっと息を吐いた。

 

「シャルロット…何て?」

 

「多分、お前のマドカからの電話と全く同じだ…」

 

「ああ、何回か返事がシンクロしてたもんな」

 

「ふっふっふ…!」

 

チヨリが僅かに開けた扉の隙間から顔を覗かせてニヤついていた。

 

「な、なんだよチヨリちゃん?」

 

「いや、傍から見ればなかなか面白い光景じゃと思っての」

 

「さいですか…」

 

瑛斗と一夏がリビングへ戻ると、鈴がテーブルの椅子に座って、翔龍の料理をする姿を見ていた。その姿を、忘れないように、焼き付けるように。

 

「……瑛斗、鈴には…」

 

鈴の胸の内を去来する思いを察した一夏は、瑛斗に耳打ちをする。瑛斗も最後まで聞かずとも一夏の言いたい事がわかっていた。

 

「わかってる。野暮な真似はしねぇよ。チヨリちゃんも、な?」

 

「わかっとるわかっとる」

 

三人は鈴の邪魔をしないよう静かに料理が出来るのを待った。

 

しばらくして、テーブルの上には翔龍の作った様々な中華料理が並べられた。

 

「わぁ〜、どの料理もあの頃と同じで美味そうだ!」

 

「これが親父さんの料理か。じゃ早速…」

 

「いただきますじゃ!」

 

一夏、瑛斗、チヨリは各々箸を動かして料理を頬張った。

 

「……うん! 美味い! 翔龍の料理は極上じゃな。流石は店を営んでいただけのことはある」

 

「中学時代に食べた時よりも美味く感じるぜ!」

 

「鈴の作る中華も絶品だけど、親父さんのもかなり美味いな!」

 

「それは、ありがとう」

 

翔龍は瑛斗達の賛辞の言葉に素直に礼を言った。

 

「………………」

 

しかし、鈴だけは違っていた。料理を口に運んだまま、停止したように動かない。

 

「り、鈴? 大丈夫か?」

 

「ひょっとして、口に合わんのかの?」

 

「美味しい……すっごく美味しいわよ…アタシなんか敵わないくらいに…! ただ…嬉しくて……!」

 

ポロポロとまた涙を零す鈴に、チヨリは一瞬ぽかんとしてから隣の瑛斗に囁いた。

 

「その…なんじゃ、涙脆い娘っ子なんじゃな」

 

「いつもはこんな風じゃないんだけどな。親父さんに会えて、色々と思うところがあるんだろ」

 

「そういうことか」

 

「それでさチヨリちゃん…」

 

「なんじゃ」

 

「後でちゃんと話してくれよ。亡国機業が関係してるなら、俺は知らなきゃいけない義務があるんだ」

 

「…わかっておるわい。お前もいてくれて、ワシも手間が省けたというもんじゃ」

 

「手間…?」

 

「気にするな。今は目の前に出ているこの馳走に舌鼓を打とうではないか」

 

チヨリは再び料理の盛られた皿に箸を向かわせる。

 

「ほら、鈴も涙拭けよ。せっかくのおじさんの料理がしょっぱくなっちゃうぞ?」

 

「うん…」

 

一夏が鈴にハンカチを手渡し、涙を拭わせる。

 

「さ、食べようぜ。早くしないとおじさんの料理無くなるぞ?」

 

「気をつけろよ。チヨリちゃんは結構食べるぜ?」

 

「む、瑛斗、失礼なことを言うでないわ」

 

「その失礼なやつにイギリスで飯を奢らせたのはどこの誰さ」

 

そんな話をしながらの食事の中では笑い声もあがったが、翔龍は台所から動かず、自分の作った料理を食べる四人を見守るのだった。

 

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

「…ふぅ、堪能したわい」

 

食後のお茶を啜り、一息ついたチヨリ。

 

「美味かったな、おじさんの料理」

 

「当然よ。父さんが作ったんだから!」

 

鈴も元気を取り戻して、まるで自分のことのように胸を張った。

 

「………………」

 

打って変わって難しい表情をしていたのは瑛斗だった。

 

「じゃあ、いよいよ本題ってわけか」

 

「……そのようじゃな」

 

湯呑みを置いたチヨリも見た目と不釣り合いな程の鋭い光をその目に宿した。

 

「鈴音のお嬢ちゃん、覚悟はよいな?」

 

「鈴でいいわ。それと、覚悟も出来てる」

 

「わかった。まずは翔龍のことを話さねばなるまい。翔龍は運び屋じゃった」

 

「運び屋? 何を運んでたんだ?」

 

「無論お前じゃ。瑛斗」

 

「は?」

 

「こやつは、お前が眠っていたコールドスリープマシンを運んで世界中を回っておったんじゃよ」

 

「え……!?」

 

困惑する瑛斗をよそにチヨリはとうとうと語り出した。

 

「当時翔龍はその手の世界では少しは名の通った運び屋じゃった。亡国機業とは関係など無かったんじゃが…どこで知ったのか、繁継はそんな翔龍に桐野第一研究所まで部品を運ばせたりしておったんじゃよ」

 

「俺の父親が…」

 

瑛斗が翔龍の顔を見ると、翔龍は否定することなく頷き、チヨリにその真剣な目を向けた。

 

「チヨリ様、俺に話させてください」

 

「しかしの…お前に話させるのは……」

 

「俺が話さなくてはいけないんです」

 

「…わかった。好きにせい」

 

「ありがとうございます」

 

そしてチヨリに変わり翔龍自身が語り部になった。

 

「…俺があの人と知り合ったきっかけは、中国の企業から頼まれ機材を運ぶ依頼だった。中国にいる俺にわざわざ日本まで運ばせて、しかも報酬もそれまでに見たことのない高額なもの。俺は麻薬なんかは運ばない主義だったから怪しいと思った。日本へ機材を届けた時にあの人に何を造っているのか聞いたんだ。そしたらあの人は俺を誰もいない研究所の外れに連れ出して、そこで教えてくれたよ。コールドスリープマシンを造っているとね。それから何度か同じような依頼が来て、その度にあの人には声をかけてもらった。とにかく、不思議な人で、でも、人を惹きつける何かを持ってた。俺が料理を作ったこともあったっけな。絶賛してくれて、店を始めるきっかけになったのもあの人の言葉だ。瑛斗くん、君は覚えていないかもしれないが、俺は君とも一度会ってるんだよ」

 

「そう…なんですか……」

 

「だけど、六回目の部品を運んでから、依頼は来なくなった。どういうことか、わかるだろう?」

 

繁継が死んだのだと、瑛斗だけでなく一夏と鈴も理解した。

 

「それからしばらく経ったころだ。俺はチヨリ様の遣いだという者が俺の前に現れた」

 

「その遣いってもしかして…更識ですか?」

 

「そう。十六代目更識楯無と名乗っていたよ。そしてその更識楯無は俺にあるものを運んで欲しいと依頼してきた」

 

「それが…俺か」

 

「驚いたよ。その荷物が君の入ったコールドスリープマシンだと知ったときは。もう引退を考えていた俺は、出会ったばかりの母さんと共にコールドスリープマシンを指定された場所へ運び続けた。それこそ世界中だ。そして、ISが広まり始めたころに、アメリカをゴールに依頼は終わった」

 

(ゴール…。それじゃあ、俺はそこから宇宙に…)

 

「中国へ戻り、運び屋を休業して幼い鈴を育てながら、貯めていた報酬金で家族三人でひっそりと暮らしていたんだ。しかし、そうもしていられない状況になってしまったんだ」

 

「何があったんです?」

 

「その時住んでいた家の付近で、俺のことを探す怪しい風貌の男がいたと隣近所の住民から聞いた。あまりにも怪しいからと、みんな詳しいことは答えないでくれたそうだ。俺は直感したよ。ここにいては危険だとね。どこか遠くへ越そうと動き出した時、また彼女が…更識楯無が現れた。最後の仕事の依頼を持って」

 

翔龍は話に一拍置くように台所の壁に身体を預けた。

 

「仕事の内容は、空になったコールドスリープマシンを、今のIS学園がある場所まで運ぶこと。更識楯無は俺が狙われていることを教えてくれた。その時鈴は十一歳。お前や母さんを危険な目に遭わせるわけにはいかなかった俺は、仕事の報酬の代わりに日本に住む為の援助を約束させた。日本は『更識』の拠点だ。チヨリ様がいることもわかっていたし、何より、ISのおかげで日本は世界中から注目されていた。日本にいれば俺を追う連中のことを誤魔化せると考えて、俺は母さんと鈴を連れて日本へ行くことにした。鈴は覚えてないか? 日本に引っ越す時、俺が母さんやお前とは別行動だったことを」

 

「あ……うん、手続きがどうこうって言って、父さんはアタシと母さんを先に日本に行かせたわね」

 

「それが、俺の最後の仕事のスタートだ。建設中のIS学園に、コールドスリープマシンを置いてから鈴と母さんの待つ新居に行ったんだ」

 

「それが、おじさん達が日本に来た理由か…」

 

「そこからは一夏くん、君が知るように、中華料理屋を営んでいた俺達だ。今度こそ静かに暮らそうとしたよ」

 

「ま、待って!」

 

鈴が椅子から立ち上がり、翔龍に言及した。

 

「なら、どうしてまた中国へ戻るなんて……離婚なんてしたの!?」

 

鈴が一番聞きたかったのは一家離散の理由である。自然と声も大きくなった。

 

翔龍は僅かに首を横に振り、天井へ遠い眼差しを投げた。

 

「俺の考えが甘かったんだ…。確かに始めのうちは何事も無く、穏やかな日々だった。しかし俺を狙っていたのは亡国機業を乗っ取った連中と知ってからは、この平穏が崩れるのが怖くてたまらなかった。だから母さんと相談して縁を切るような形でお前達の元から離れた。そうすれば、狙われるのは俺だけで済むからな…」

 

「じゃあ…離婚したのはアタシと母さんを守るためだって…父さんはそう言いたいの?」

 

「鈴…」

 

「やっぱり納得いかない。母さんと相談した時…アタシの気持ちを考えてくれたの? 平穏が崩れるのが怖かった? 崩したのは父さんじゃない!!」

 

「鈴! そんな言い方━━━━!」

 

「いいんだ一夏くん。鈴の言う通りだ。お前を守るためと言っておきながら、俺はお前にとって大切なものを奪ってしまった…」

 

翔龍は台所から出て鈴の前に跪いた。

 

「父さん…?」

 

「鈴…俺を殴れ」

 

「え…」

 

「お前の痛みのほんの少しでもいい。それを、俺にも分けてくれ」

 

「おじさん、鈴はそんなことをしたいわけじゃ…」

 

一夏は翔龍を止めようとした。

 

「………わかったわ」

 

しかし、鈴は右腕を振り上げた。その右腕は、甲龍の赤い装甲に包まれている。

 

「鈴!?」

 

「俺らとは違うんだ! 親父さん死んじまうぞ!?」

 

「これが……アタシの…っ!」

 

一夏と瑛斗の制止も聞かず、鈴の拳が翔龍に迫り━━━━

 

 

ドンッ!!

 

 

拳が当たるより前に、チヨリが湯呑みの底をテーブルに打ちつけた。

 

「…!?」

 

鈴も突然の音に腕を止める。

 

「まあ…待て」

 

チヨリが、低く、しかし怒気を孕んだ声を発した。

 

「鈴や」

 

「な、何よ」

 

「お前さん、本当にその拳で殴るつもりだったのか?」

 

「そ…そうよ! 父さんが殴れって言うから━━━━!」

 

「ならば、なぜ震えておる」

 

「…!」

 

部分展開を解除して、腕を下ろす。

 

「やりたくないのなら最初からやらなければよい。そして…お前もじゃ翔龍。自分で傷つけたと言っておいて、更にその傷を抉るような真似をさせて、何とするか」

 

「申し訳…ありません……」

 

翔龍もチヨリの叱責に頭を下げるしかない。

 

「や…やるな、チヨリちゃん。鈴と親父さんを止めるなんて」

 

瑛斗は垂れた汗を拭い、唾を飲んだ。

 

「年長者としての威厳を見せたまでじゃ。それにワシはただ飯を食いに来たわけではないんじゃ」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「翔龍から相談を受けてな。それが翔龍が日本に来た理由でもある。鈴、お前、つい最近誘拐されたじゃろ?」

 

「…よく覚えてはないけど……そうみたい」

 

「お前さんが攫われたのと同じ頃に、翔龍は妙な若い男と会ったそうじゃ。そいつは翔龍の過去を知っていると言ってきて、映像を見せてきたらしい。その映像にはお前さんがどこかに監禁されている姿が映っていたんじゃと」

 

「それって……!」

 

「桐野第一研究所か!」

 

「やっぱり、交渉相手は親父さん…!」

 

跪いたまま、翔龍はチヨリから話題を引き継ぐ。

 

「そいつは取り引きを持ちかけてきた。娘を解放して欲しいならコールドスリープマシンの在り処を教えろ、と。ワケがわからなかった。俺が最後に運んだ時にはあのマシンはスクラップ同然だったんだから…」

 

「それで……父さんはどうしたの?」

 

「教えたさ……教えるしかない…! お前の命は、何にも代えられないじゃないか…!」

 

翔龍は呻くように答えた。その声には押さえ込んでいた想いが滲んでいる。

 

「父さん…」

 

翔龍の手が鈴の肩を掴む。鈴が少し痛みを感じる位に、強く、強く。その目に涙さえ浮かべて。

 

「一人で放浪する中、お前や母さんを思わない日なんて無かった! 何度戻りたいと思ったかわからない! でも…出来なかったんだ……! なのに俺は…結局お前の身を危険に晒してしまった…!! あまつさえ、その数時間後にIS学園に大量のミサイルが発射されたと聞いて…!」

 

「………………」

 

「ごめんな…鈴……!」

 

「…………一つだけ、教えて。父さんは、アタシや母さんのこと好き? 愛してる?」

 

「愛してる…! 世界中の、何よりも…!」

 

「…それが聞けたら…今は十分よ」

 

鈴の声音は、穏やかだった。

 

「鈴…ありがとう……!!」

 

「うん」

 

哀哭する翔龍を鈴が抱きしめる光景に、一夏と瑛斗は安堵の息を吐き、チヨリは何も言わずに何度も頷いた。

 

そして、瑛斗、一夏、鈴に、帰らなければいかない時間が来た。

 

上昇してくるエレベーターを待ちつつ、見送りに来た翔龍やチヨリと言葉を交わす。

 

「チヨリちゃんはいいのか? 俺達と一緒に行かなくて」

 

「スコールとオータムが迎えに来ることになっとる。心配無用じゃ」

 

「俺的にはその人選心配だけどな」

 

「父さん…また、会いに来てもいい?」

 

「ああ。しばらくはここに留まることにするから、歓迎するよ」

 

「ワシもまだお前の料理が食べたいぞ、翔龍」

 

「チヨリ様もこの通りだしな」

 

「そっか…あ、そ、そうだ! これ!」

 

鈴が取り出したのは学園祭の招待状だった。

 

「来週、IS学園で学園祭をやるの! これその招待状! これがあれば一般人でも入れるのよ!」

 

「それを…俺に?」

 

「母さんは都合がつかなくて、去年は貰ったまんま捨てちゃって…でも、父さんはまだここにいるんでしょ? だったら━━━━」

 

そこで止まってしまった。受け取ってくれないのではないかと一抹の不安を感じてしまったからだ。

 

「…ダメ…かな……」

 

「……いや、行くよ。必ずな」

 

翔龍は自分から手を伸ばして招待状を受け取った。

 

「父さん…! うん! 待ってる!」

 

「ほうほう! 学園祭! いかにも青春じゃのぉ! さぞ楽しいのじゃろうな! ワシも行けるかの?」

 

チヨリは翔龍の持つ招待状に目を輝かせた。

 

「残念だけど、招待状で呼べるのは一人だけなの」

 

「なんじゃとっ!? な、ならば早速偽造の準備を…」

 

「おいおいチヨリちゃん、そんなことしなくても俺のをやるよ」

 

瑛斗がかがんで偽装工作に走ろうとしたチヨリに自分の招待状を渡した。

 

「おお! ありがとうじゃ!」

 

「瑛斗、いいのか?」

 

「エリナさんもエリスさんも連絡が付かないんだ。なら他に必要としてる人に渡すのが一番だ」

 

エレベーターが瑛斗達のいる階に来て、その扉を開けた。

 

「おじさん、ごちそうさまでした」

 

「親父さん、料理美味かったです」

 

エレベーターに乗り込み、別れの挨拶代わりに食事の礼を言う一夏と瑛斗。

 

「またね、父さん」

 

「ああ…またな」

 

「またの! 皆の衆!」

 

扉の閉まる直前に三人が見たのは、微笑む翔龍と笑顔で手を振るチヨリだった。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

帰路、瑛斗達は無言だった。

 

いや、正しく言うなら、無言の鈴が前を歩き、その後ろにいた瑛斗と一夏が変に緊張して話せないでいた。

 

「え、瑛斗…話しかけろよ」

 

沈黙に耐えかねた一夏が瑛斗に催促をする。

 

「い、いやここは付き合いの長いお前が話しかけてやるべきだろ…」

 

しかし瑛斗も一夏にその役目を押しつける…もとい、譲ろうとした。

 

「そんなこと言ったって何て切り出せばいいか……」

 

「何コソコソ話してんのよ」

 

鈴の方から声をかけてきた。

 

「い、いや?」

 

「べ、別に何でもないぞ?」

 

二人揃って誤魔化す。

 

「ふーん? まあいいわ。…今日は一緒に来てくれてありがと」

 

鈴は唐突に二人に礼を言った。

 

「父さんと会った時、アタシだけだったらきっと引き止められなかったわ」

 

こちらを見ず歩き続ける鈴に、瑛斗は胸の内に募らせていた鈴やその家族への罪悪感を、言葉にして吐き出した。

 

「……鈴、お前の家族をバラバラにした原因は俺だ。恨み言の一つや二つ…それこそ、殴ってくれても━━━━」

 

「そしたら過去が変わるの?」

 

想像以上に早い返事に虚を突かれた瑛斗は目を丸くした。

 

「いや…そうじゃ…ないけど……」

 

「でしょ? それにアンタは眠ってただけじゃない。父さんはどうかわからないけど…父さんに会えた。アタシはそれで満足してる。アンタを恨むようなことなんて、何も無いわ」

 

「鈴………」

 

「行きましょ。もう最終門限まであんまり時間も無いわ」

 

少しだけ歩くスピードを上げた鈴。

 

「…強いな。お前の幼馴染は」

 

「ああ。鈴は俺達が思うよりも、ずっと強いんだ」

 

その小さくも頼もしい背中を追いかけて、二人はIS学園へと戻るのだった。

 

 

「ただいま!」

 

「ん、おかえりー」

 

寮の自室に帰ってきたアタシは、ベッドの上で雑誌を読んでるティナに迎えてもらった。

 

「悪いわね。鈴、わざわざ買い出しさせちゃって」

 

ティナは雑誌を閉じてアタシが置いた荷物を見た。

 

「いいわ。ちょうどいい荷物持ちも連れてったし」

 

「聞いたわよ? 織斑くんと桐野くんの二人も同行させたんでしょ? 鈴も逞しいわね」

 

そんなことを言ってティナは笑って、それからアタシの顔をじっと見た。

 

「ティナ?」

 

「鈴…何か、いいことあったんだ」

 

「え?」

 

「顔がすっきりしてるじゃない。最近の鈴、時々暗い顔してたからちょっと心配してたのよ。出てく時だってなんだか沈んでたし」

 

そう言えば、最近は父さんのことを考えたりして、ちょっと沈んでたんだっけ。それでティナにまで心配をかけてたのね。

 

「…うん。いいことあった。とってもいいことよ」

 

「そう。その様子だと、もう平気みたいね。学園祭はしっかりやるのよ?」

 

「任せといて! 大事な人も来るし、必ず成功させてみせるわ!」

 

(楽しみにしててね、父さん)

 

 

「お帰り。お兄ちゃん」

 

寮の自分の部屋に戻って来た俺は、ルームメイトで妹のマドカに出迎えられた。

 

「た、ただいま」

 

「門限までかなりギリギリだったね」

 

「まあな」

 

寮の前に仁王立ちしてた千冬姉に『門限まで残り2分で帰ってくるとは、なかなか度胸が据わっているな?』って、若干怒られたのは内緒にしとこう。

 

それより気になるのが…。

 

「ま、マドカ?」

 

「何?」

 

「…怒ってる?」

 

マドカの顔つきが、若干不機嫌なように見える。声もちょっと突き放すような感じだ。やっぱり、何も言わなかったのはマズかったかな…

 

「ふーん。怒ってるってわかるんだ?」

 

やっぱり怒ってるのか…。

 

「そりゃねぇ、待ってても待っててもお兄ちゃんが帰って来ないから心配した妹の気持ちも汲んで欲しいよね」

 

「わ、悪い…お土産も買えてないんだ」

 

「そ、そういうのじゃないの! お、お土産とか、そういうのはいらないから、その代わりお兄ちゃんに私のお願いを聞いてもらいたいのっ!」

 

「お、お願い?」

 

「そう。お願い」

 

「ど、どんな?」

 

「えっとね…」

 

「お、おう」

 

どんな無茶を要求してくるのかとハラハラしながら次のマドカの言葉を待つ。

 

「こ、今度の学園祭、一緒に見て回ってよ」

 

「なんだそんなことか」

 

「え?」

 

「お安い御用だ。って言うか、俺もそうしようと思ってたんだよ」

 

よかった。どんなぶっ飛んだお願いされるかと思ったじゃないか。

 

「そ…そうなんだ。わぁい…嬉しいなぁ」

 

喜ぶ声を出す割に、マドカは何だか釈然としていない。

 

「ちょっと、勇気出したのに……」

 

「え? 勇気が何だって?」

 

「こっちの話! そ、それと、やっぱりお願いもう一つ追加!」

 

「追加!?」

 

そんなレストランの注文みたいなシステムなのか!?

 

マドカは俺のベッドを指差した。

 

「こ、今夜は、お兄ちゃんは私と一緒のベッドで寝ること!」

 

「ええっ!?」

 

「なんでそっちはそんなリアクションなの!?」

 

「一緒に寝るって…お前、またか?」

 

マドカは学園の寮生活が再開してからというもの、時たま夜に一緒に寝ることをねだってくる。ちなみに箒達は幸いまだそれを知らない。

 

「いいでしょ? お兄ちゃんと一緒に寝るとぐっすり眠れるの! お兄ちゃんも朝まであったかいお布団で眠れるんだからWinWinだよ!」

 

「わ、わかったわかった。それで機嫌直してくれるなら一緒に寝てやるよ」

 

「本当!?」

 

「じ…自分で言っただろ? 何で驚くんだよ?」

 

「そ、そうだった…。よ、よーし! シャワーを浴びてきていいわよ!」

 

急に劇でやる魔女のセリフの調子でシャワーを浴びる許可をくれた。まあ許可も何も無いけどな。

 

「じゃ、じゃあ、浴びてくるか」

 

「うん! ………やった」

 

脱衣所に行く途中で、マドカの小さなガッツポーズが見えた。

 

 

「おかえり、瑛斗」

 

「帰ったか、嫁」

 

「お帰りなさい…」

 

「あ、ああ…ただいま」

 

部屋に戻った俺はシャルとラウラと簪に出迎えられた。

 

「って、待て待て。お前ら当たり前のように俺の部屋にいるんだ。いや、答えなくてもわかるぞ。楯無さんだな? 楯無さんから鍵もらったんだな?」

 

「「「正解」」」

 

三人のぴったりな答えをもらった。

 

「瑛斗が鈴のお父さんとチヨリちゃんに会ったって聞いたからさ」

 

「何かまた新しいことがわかったのか気になってな」

 

「わ、私も…そう……」

 

「それで、何かわかったの?」

 

「鈴の親父さんの料理はかなり美味い」

 

「もう、そうじゃないよ。僕らが言いたいのは……」

 

「わかってる。鈴の親父さんは、亡国機業と…俺の父親と関係を持ってた」

 

「やはりか…」

 

「でも、俺を恨むようなことは言わなかったよ。それに鈴も気にしないって言ってくれた。親父さんが学園祭に来てくれるのを、純粋に喜んでた」

 

「そうなんだ…」

 

「……俺って、いろんな人に生かされるんだな」

 

俺の父親や母親、所長。俺の脳裏にいろんな人の顔が浮かんでは消えた。

 

「きっと…たくさんの人が、瑛斗には生きていてほしいって、思ったんだよ…」

 

「簪の言う通りだ。お前は様々な人々になくてはならない存在になっている」

 

「…そうかな」

 

「少なくとも、私はそうだ」

 

ラウラは腰に手をあてて胸を張った。

 

「お前は、私の嫁だからな」

 

「ラウラ…」

 

「瑛斗、僕もだよ!」

 

「私も瑛斗のこと、だっ、大事な人だと、思ってる!」

 

「…ありがとな。お前達も、俺にとっては大事な人だよ」

 

「誰か一人を言わないあたり、瑛斗らしいね」

 

「まったくだ」

 

「瑛斗らしい…」

 

急に三人は苦笑した。

 

「俺らしい?」

 

「何、こっちの話だ。気にするな。それで話は変わるが、瑛斗」

 

「何だ?」

 

「今度の学園祭、誰かと一緒に回る約束などはしてまいな?」

 

「別にしてないけど…」

 

「ぼ、僕達と一緒に見て回らない?」

 

「三人一緒にか?」

 

「そ、そうじゃなくって、順番こで」

 

「劇が始まるまでの時間はフリーだからな。お前が来る前に三人で相談していたのだ」

 

「シャルロットとラウラは…部活動もあるし、私も、クラスでやることがあるから……時間を分配して、回ろうって、話した」

 

「そう言えば簪のクラスは何するんだ?」

 

「…ないしょ、だよ」

 

「気になるな……まあいいぜ。俺は三人と順番に回ってけばいいんだな?」

 

「私が、最初…」

 

「簪の次は私だ」

 

「最後に僕だよ?」

 

「簪、ラウラ、シャルの順番か。わかった」

 

それから、少し話をして、シャル達は帰っていった。俺は部屋で一人になる。

 

「…………………」

 

(俺が、かけがえのない存在になってる……か)

 

携帯を取り出して、行方不明になっているエリナさんに電話をかけた。

 

もちろん、どれだけ待っても応答はない。

 

(エリナさん……どこにいるんだ…)

 

諦めて電話を切って、携帯をベッドに投げる。

 

(いや…この際どこにいるかなんていい。無事でいてくれれば、それで……)

 

「まったく…何も出来ない自分が歯がゆいな」

 

嫌な気持ちを洗い流そうと、俺はシャワールームに向かった。

 

 

「…こっちに到着して早々に通信してくるなんて、あなた、意外と束縛するタイプ?」

 

小型の投影型ディスプレイに映る人物に少しうんざりしたような声をぶつけるのは、ミステリアス・レイディ2号機を盗み、絶賛逃走中のエミーリヤ・アバルキンだ。

 

シャワー上がりで、バスローブを羽織り、髪はほんのり湿っている。

 

『やだなー、大切にするタイプって言ってよ』

 

そんな返事をするのは、前社長を亡き者にし、大企業エレクリット・カンパニーと亡国機業を乗っ取った青年、クラウン・リーパー。

 

その飄々とした物言いも、エミーリヤはうっとおしく感じていた。

 

「それで、何の用?」

 

『こちらが用意した隠れ家の使い心地はどうかなと思ってね…って言うか着いたよね?。確か、計画は一週間後のフェスティバル当日だと記憶してるけど』

 

「あなた、私のバスローブ姿が目に入んないワケ?」

 

『お! それじゃあ、無事に到着したわけだね。よかったよかった』

 

エミーリヤがいるのはクラウンが用意させた隠れ家。隠れ家と言っても質素なものではなく、それこそ高級ホテルのスイートルームのような場所である。

 

『彼女も一緒かい?』

 

「ええ。もちろんよ」

 

彼女とは、エリナである。エリナはエリスを人質に取られ、エミーリヤへの服従を余儀無くされていた。

 

「自分の会社の社員…しかも技術開発局の局長をこんな風に扱って、あなたの会社もなかなかブラックね」

 

『彼女は俺と君との信頼関係を保つ為の重要な役割を担っているんだよ』

 

「信頼関係ねぇ…それで、見返りは何なの?」

 

ミステリアス・レイディ2号機の奪取の成功は、全てクラウンが裏から糸を引いていたから出来たようなものであり、エミーリヤの計画はクラウンがサポートをしている。つまりエミーリヤはクラウンの言葉を無下には出来ないのだ。故にこうして彼が用意したこの隠れ家にいるのである。

 

「そりゃあ、私の計画の援助をしてくれたことは感謝してるわよ。でも、こんなことが明るみに出たら、あなたも無事じゃ済まないんじゃないの?」

 

『その辺は大丈夫。それに前にも言ったろう? 俺の目的は君の目的に『ついで』を足してもらうようなことだけだよ』

 

クラウンの答えは、以前聞いた時と同じものだった。

 

「あっそ。そっちは彼女がやってくれるわ。それに、別にあなたの目的が何だろうと私には関係無い」

 

『知ってるよ。十七代目更識楯無を、倒したいんだろう?』

 

「違うわ。この手で殺してやるのよ」

 

『…そうか。まあ、どちらでもいいさ。では、そんな君にプレゼントだ』

 

クラウンがエミーリヤのISに送ったのは情報ファイル。

 

「何よこれ」

 

『見てみるといい』

 

エミーリヤはファイルを早速開き、内容に目を通す。

 

「…! へぇ……面白いじゃない。これは使えるわねぇ」

 

エミーリヤの口元が、喜悦に歪んだ。

 

『喜んでくれて何より。苦労して集めた甲斐があったよ』

 

「こんな情報集められるなんて……あなた、本当に何者よ?」

 

「俺かい? 俺はね…」

 

問われたクラウンは一層笑みを浮かべて、こう答えた。

 

 

『この世と言う舞台で踊る、道化師(クラウン)だよ』

 

 

「……………………」

 

エミーリヤがフリーズした。

 

「……………あれ? 決めたんだけど? もしもーし? 反応くださーい?」

 

「それ…格好いいとか思って言ってる? かなり寒いわよ」

 

引き気味のエミーリヤにクラウンは顔を引きつらせる。

 

『て、手厳しいなぁ…そろそろ切るよ。あ! 最後に一つだけ』

 

「何よ」

 

『ナイスバディの女性二人のシャワーシーン…最高でした! ごちそうさまです! あっ、また鼻血が……!』

 

クラウンが真剣な顔つきからとびっきりの笑顔を見せ、鼻から血を流したところで一方的に通信が切られた

 

「………? なっ!?」

 

投影機をテーブルに投げてシャワールームに駆け足で急行し、エミーリヤはカメラらしき何かを探した。しかしそんなものは何処にも見当たらない。

 

「いや……そこか!」

 

エミーリヤはナノマシン・アクアでシャワールームの鏡の中央に穴を開けた。薄い鏡に開いた穴から、カメラレンズが覗いた。盗撮されていたのだ。

 

「こ、これだから男ってのは…!!」

 

ナノマシン・アクアで小型カメラを粉砕して、シャワールームから出る。

 

「……………………」

 

エミーリヤに背を向けるようにソファに座り、バスローブを羽織ったエリナを視界に捉えて、背後から静かに抱きつく。

 

「…私達が二人でシャワー浴びてるとこ、彼に見られちゃってたみたい」

 

「…………………」

 

耳元で囁いても、エリナはエミーリヤを見ようとせずに目を伏せる。

 

「まぁただんまり。シャワールームではあんなに可愛い声を聞かせてくれたのに…」

 

エリナの羽織るバスローブの隙間へ手を伸ばし、指を這わせる。

 

「くぅ…!」

 

「そうそう。あなたはとっても可愛いんだから……。心配しないで。私、あいつ以外は誰も殺さないって決めてるの。あなたが可愛いままでいてくれれば、あなたの大切な彼女も、ちゃんと解放するわ」

 

「や…」

 

「?」

 

「約束よ…。エリスは…エリスだけは…必ず…!」

 

瞳に涙を溜めて懇願するエリナに、エミーリヤは身体を震わせたさせた。

 

「ふふ…ふふふ…! いい! いいわ! あなたのその目! ゾクゾクしちゃう!」

 

エミーリヤはエリナを立ち上がらせて、ベッドに押し倒す。

 

「普段のあなたも可愛いけれど、ベッドの上のあなたはもっと可愛い…」

 

横たわるエリナの上にエミーリヤは覆いかぶさる。

 

「燃えてきちゃったわ…。シャワールームでの続き…しましょう?」

 

「い、いや…!」

 

(エリス…瑛斗……!)

 

「今夜も可愛がってあ・げ・る…」

 

(助けて…!)

 

エリナは一筋の涙を流して、真っ白なシーツを握りしめた。

 

 

楯&ラ「インフィニット・ストラトス〜G-soul〜ラジオ!」

 

シャ&簪「「りゃ、略して!」」

 

楯&ラ&シャ&簪「「「「ラジオISG!」」」」

 

楯「よい子のみんなこんばんは。おねーさんこと、更識楯無よ♡」

 

ラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

シャ「ま、また、僕達だけで始まったね」

 

簪「しかも、今度はお姉ちゃんまで…」

 

楯「うふふ、前回は簪ちゃん達だけでやったって聞いて、おねーさんも来ちゃった」

 

簪「来ちゃったって……瑛斗と一夏は?」

 

ラ「思いの外私達の進行が好評だったようでな。今回も引き続き私達で番組を取り仕切ることになったのだ」

 

シャ「それで二人はお休みなんだ。一応主人公なのにね」

 

簪「不憫…」

 

楯「おねーさんが来たことで一層華があるわね。みんなで頑張りましょ!ラウラちゃん、最初の質問よろしく!」

 

ラ「了解した。グラムサイト2さんからの質問。楯無さんに質問です。もし簪が姉で自分が妹だったらどんな姉妹になってたと思いますか?」

 

楯「あら、いきなり私への質問ね。簪ちゃんが私のお姉ちゃんだったらかー…。きっと、いろんな意味で仲のいい姉妹だったかもしれないわね」

 

簪「いろんな…意味……?」

 

楯「簪ちゃんはどう思う? 簪ちゃんが私のお姉ちゃんだったら」

 

簪「え……う、うぅん…ちょっと、想像出来ない…かな……」

 

楯「え〜? 簪ちゃんは私にお姉ちゃんって呼ばれたくないの?」

 

簪「う、うん……だって…」

 

楯「だって?」

 

簪「わ、私は、お姉ちゃんの妹が、いい…から…私のお姉ちゃんの、お姉ちゃんが、好き、だから」

 

楯「か、簪ちゃん…」

 

簪「………///」

 

楯「やんもう簪ちゃんったら! 可愛いこと言ってくれちゃって!」

 

簪「お、お姉ちゃん…!? 急にっ、抱きつかないで…!」

 

楯「ふふ、私も簪ちゃんのお姉ちゃんでよかったわ!」

 

簪「わかった…わかったからぁ…!」

 

シャ「た、楯無さん、まだ収録中ですよ?」

 

楯「あっ、ご、ごめんなさい…。妹のあまりの可愛さに我を失ったわ」

 

簪「お姉ちゃん…」

 

楯「ら、ラウラちゃん! 次の質問にいきましょっか!」

 

ラ「次の質問もグラムサイト2さんからです。瑛斗ラバーズに質問です。温泉宿で一泊のチケットが当たったら温泉宿で瑛斗とどう過ごしたいですか?」

 

シャ「瑛斗と温泉宿で一泊!?」

 

簪「シャルロット、落ち着いて…。質問の例え話だよ……」

 

シャ「そ、そっか。質問だよね」

 

ラ「いや、ただの質問と侮ってはいかん」

 

シャ「ラウラ?」

 

ラ「瑛斗との温泉旅行…そこでの行動はそれからの関係の進展の重要なポイントだ」

 

シャ「じゃ、じゃあラウラはどんなことするの?」

 

ラ「秘密だ。シャルロットでも教えることは出来ん」

 

シャ「えー、ラウラのケチー」

 

簪「そう言うシャルロットは…決めてるの?」

 

シャ「え、ぼ、僕は……ダメ! やっぱり僕も秘密!」

 

簪「な、なら、私も…秘密」

 

楯「ふっふっふ、三人とも甘いわね」

 

簪「お姉ちゃん?」

 

楯「あなた達が考えてるようなことでは瑛斗くんは落ちないわ。二人っきりの温泉旅行でやることって言ったら一つよ」

 

ラ「それは、何です?」

 

楯「ズバリ、混浴よ!」

 

ラ&シャ&簪「「「混浴!?」」」

 

楯「一糸纏わぬ裸で、背中合わせに湯船に浸かる…! そうすれば互いの関係は一段階アップすること間違い無しよ!」

 

ラ「な、なるほど…! しかし、混浴のシステムをとっていない温泉宿であった場合はどうすれば!?」

 

楯「そんなの決まってるわ! 瑛斗くんが入ってるところに突撃して、無理矢理にでも混浴にするのよ!」

 

簪「何としてでも、混浴にさせたいんだね…」

 

楯「あ、他のお客さんがいたりしたらこの作戦使えないけどね。実行するなら早めに入ることをおすすめするわ」

 

簪「謎のレクチャー…」

 

楯「機会が来たら実践してみてね? じゃあ次の質問!」

 

ラ「楯無さんに質問です!誰か一人に本名を教えるとしたら誰に教えますか?」

 

楯「あら、またおねーさんへの質問」

 

シャ「そう言えば、楯無さんって、本名じゃないんですよね?」

 

楯「そうよ。本名は別にあるわ。でもね、それを教えられるのは大切な人にだけなのよ?」

 

ラ「簪は知っているのか?」

 

簪「うん…知ってる。でも、話しちゃいけない。お姉ちゃんが、自分で誰かに教えなきゃ」

 

楯「そうね。私の口から言わなくちゃ意味ないものね。もし私以外の誰かが私の本当の名前を言ったりしたら……」

 

シャ「い、言ったりしたら?」

 

楯「更識の力を使って全力でその人の存在を抹消しにかかったり…!」

 

シャ「ひ、ひえぇ…!?」

 

楯「なーんてね、冗談よ。まず知る方法が無いわ」

 

シャ「そ、そうですか…ほっ」

 

簪「お姉ちゃん…あんまり、おどかさない」

 

楯「はーい、ごめんなさい。でも、今のところ教えるような人はいないなー」

 

ラ「何か基準があったりするのですか?」

 

楯「私がこの人になら教えてもいいな…って思えた人ね」

 

ラ「それはつまり?」

 

楯「私が、好きになった人ってことよ」

 

ラ「好意を寄せる者にしか教えられないということですか…」

 

楯「なんだか素敵でしょ? どんな人かしらね」

 

シャ「もしかしたら、もう実は決めてたり?」

 

楯「ふふ、なーいしょ☆ さぁラウラちゃん、次の質問よ」

 

ラ「カイザムさんからの質問。山田先生に質問です!! ブッチャケな質問ですが、教師の間で飲み会する時に最初にお酒で脱落する人が出て来るのにどれ位時間がかかりますか? 織斑先生に質問です!! 千冬先生の好きなお酒のオツマミはなんですか?」

 

楯「山田先生と織斑先生への質問ね。それじゃあ今日のゲストよ!」

 

真「こんばんは。山田真耶です」

 

シャ「あれ? 織斑先生は?」

 

真「織斑先生はちょっと都合がつかないので、今日は私だけ呼ばれました」

 

楯「じゃあ、早速質問の方に。やっぱり飲み会とかには参加しますよね?」

 

真「はい。大人の大切なコミュニケーションの場ですから、出るようにはしてます」

 

楯「先生が言うと、ちょっと嘘に聞こえるから不思議ですね」

 

真「そ、そうですか?」

 

楯「多分他の三人も言わないだけでそう思ってますよ」

 

真「えっ!?」

 

シャ「そ、そんなことないですよ。ね、ねぇラウラ、簪ちゃん」

 

ラ「そ、そうだな。うむ、その通りだ」

 

簪「思ってません。微塵も。これっぽっちも」

 

真「うぅ、目を見て言ってくださいよぅ…」

 

楯「で、その飲み会でどれくらいでダウンする人が出てきます?」

 

真「そうですねぇ…早くても2時間とかそれくらいです」

 

楯「山田先生はどうですか? 早めに酔いつぶれたりしちゃうんですか?」

 

真「私こう見えてお酒それなりに強いんですよ」

 

シャ「え、意外!」

 

真「二次会ならまだ全然平気ですよ。三次会はやったことが流石に…」

 

楯「意外な発見だったわ」

 

真「人は見かけによらないってことですよ。それじゃあ織斑先生についての質問にいきますね」

 

ラ「山田先生がお答えになるのですか?」

 

真「私は何度も織斑先生とお酒の席をご一緒してますから、好きなおつまみ程度ならわかりますよ。織斑先生は━━━━」

 

千「山田先生、ここにいたか。ちょっと込み入った話がある」

 

真「え? お、織斑先生? いつからここに? と言うかなんで首根っこ掴んで引きずるんです!? 織斑先生!? 聞いてください織斑せんせぇ〜!」

 

ラ「いきなり教官が現れて、山田先生を連行してしまった…」

 

シャ「どっちかって言うと、余計なことを言う前に連れて帰ったって感じだね」

 

簪「お姉ちゃん…どうするの?」

 

楯「そうね。尺ももう無いみたいだから、エンディングにしましょうか」

 

流れ始める本家ISのエンディング

 

楯「いやー、楽しかったわね」

 

シャ「結局瑛斗達の出番なかったですけどね」

 

簪「やっぱり、不憫…」

 

楯「だいじょぶだいじょぶ! たまにはこういうのも乙ってもんでしょ?」

 

ラ「たまにならいいのですけどね」

 

楯「うふふ、さて、そろそろお時間ね。それじゃあ!」

 

ラ&シャ&簪「「「みなさん!」」」

 

楯&ラ&シャ&簪「「「「さようならー!」」」」

 

 

後書き

 

悪の女キャラはボンテージって、相場が決まってるでしょ!!

 

…すいません、心の声が出てしまいました。

 

というわけで、新キャラは鈴の父親でした。

 

眠り続ける瑛斗を守る為に彼もまた、亡国機業に振り回された一人なのです。

 

次回からはいよいよ学園祭が始まります!

 

様々な人達が様々な思いを込めて臨む学園祭。

 

そこに暗雲が立ち込めます。

 

次回もお楽しみに!


 
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