No.69994

call your name <another pieces 星と猫>

京 司さん

まさかの三夜連続投稿。

……自分でも信じられません。


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2009-04-22 21:53:40 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:8103   閲覧ユーザー数:5617

 先ほどの腑抜けた表情とはうって変わって、将としての覇気に満ちた姿で先頭を駆ける張遼。

 

 

 

 主、将、部下――仲間の為に身を汚すことも侮蔑を浴びることも厭わず、それどころか命まで差し出そうとした副官。今は殿を務めながら、周囲への警戒や一行全体の歩調に気を配っている。

 

 

 

 あの戦乱の中、これほどの絆を築き、育てた天の御遣い――北郷一刀という『男』に、いまさらながら興味がわいてしまった。

 一命を懸けて仕えられる主、忌憚なく意見を交し合える仲間たち。

『将』としての自分――武を極めんとするものとしては、これ以上ないほどに恵まれていると言えるだろう。

 武を志し、生涯を捧げると決め、生きてきた。そのことに関する後悔は微塵もない。

 でも。

 それでも。

 どこか、物足りなさを感じる自分がいた。

 風流を愛で、杯を傾け――そんな風に過ごしているときふと、心に差す影。

 それが何だったのか、今気付くことができた。

 

 

 

 ――ああ、私は

 

 ――『女』としての自分

 

 ――『愛される』ということを望んでいたのか――

 

 

 

 例えば愛紗なら、「軟弱な!」と一笑に付すか、顔を真っ赤に染めて「そ、そんなものは必要ない!」と狼狽した(可愛らしい)顔を見せてくれるに違いない。

 そう想像すると、少し口元が緩んだ。

 人によっては、歪んだ、と取るかもしれないが。

「趙雲さん。どうかされましたか?」

 

 思わず表情が緩んだところへ声をかけてきたのは、ちょうど隣に並んでいた呉の武将、周泰だった。

 幼い顔立ちに小柄な身体と、一見子供のようにも見えてしまう外見だが、背に負った長大な剣とその立ち居振る舞いを見れば、決して気を緩めることの出来ない相手だと推して知れる。

 とはいえ、今朗らかに語りかけてくれる彼女からは、剣呑な空気はまったく感じられない。あくまで私を気遣って声をかけてきただけのようだ。

 ……いや。このわずかな表情の変化を鋭く感じ取るあたり、流石は呉の将と言うべきか。

 

「趙雲さん?」

 

 黙ったままの私へ、再度気遣うような言葉がかけられる。

 

「ああ、すまない。少し考え事をしていてな」

「なんだ、そうだったんですかー。どこか悪くしたのかと思っちゃいましたよ」

「いやいや、そんなことはない。ただ、思うところがあってな」

「そうですねー。御遣いとか種馬とか、そんな噂だけじゃ判断できない人だったみたいですし」

 

 その言葉を聞いた瞬間、反射的に手に力が篭った。背筋が、伸びる。

 

「そんなに身構えないでくださいよー。……きっと、趙雲さんだけじゃないと思いますよ。そういう風に思ってる人。わたしも、そうですから」

 

 にこりと、まったく邪気のない笑みを向けてくる周泰。

 明るさに釣られるように、強張っていた身体から力が抜けた。

 

「ふうぅ……心臓に悪いな、お主は」

「えへへー」

 

 また、笑う。

 まったく。こう笑われては腹も立たぬ。

 

「でも、みなさんがそう思うの、わかる気がします」

「ほう?」

 

 一息ついたと思ったら、今度は向こうから話を振ってきた。

 手綱を繰り隣の馬に速度を合わせながら、耳を傾ける。

 

「だって、もういなくなったんですよね? その、天の御遣いさんって。なのに、張遼さんも、副官さんも、その人のことを忘れられないでいる……って言い方だと、失礼になっちゃいますかねー」

「ふむ。だが、言いたいことはわかるつもりだ。何かを持っている――肩書きだけの男ではなかったようだな。皆が興味を持つのも、当然と言えるかもしれん」

 

 

 

 ――その『男』ならば、私の『女』としての部分も満たしてくれたかもしれんな――

 

 

 

「何という名前だったかな、その天の御遣いとやらは」

「えっと、確か……

 

 

 

 北郷、一刀、って名前だったと思います――


 
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