No.682722

船乗りの唄

ごぶさたしております。
現在、賞投稿の原稿に係りっきりであるため、STAYHEROES!の執筆がストップしてます。すいません。
なのでその代りといっちゃなんですが、昔書いたSF短編を載せようかと。
六月には戻ってきますのでよろしくお願いします。

続きを表示

2014-04-30 08:30:23 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:451   閲覧ユーザー数:451

機械の身体を持つ隊長を先頭にして、一個小隊のロボット達が宇宙開拓艦の残骸を探索する。

この隊のだれもが非生命だった。副官が隊長へ思念を送ってくる。

 

「有機生物では耐えられない量の汚染物質を検知しました。おおかた、この開拓艦は光速航行中に超新星爆発の残骸を透過したんでしょう」

 

すでに遺跡と化した五千万年前の人類の開拓艦に、わざわざ彼らの小隊が派遣された理由。

それは、彼らの始祖が生まれた惑星を同定させるための調査が、クアッドコアを中心としてここ数万年進められているからであった。

隊長が小隊員に下命した。

 

「もうじきこの開拓艦遺跡はグリーゼ8星系の恒星へ突入する。それまでに航海データを抽出しろ」

 

始祖惑星の在処は、人類が宇宙の隅々に進出した後滅び、隊長たちのような『存在』にとって代わるという数千万年の経路を辿るうちに見失ってしまった。隊長たちは、小隊の先遣分隊が待つ艦橋へと二脚を進める。

 

艦橋は半球状の構造で、真っ暗だった。もっとも、その防衛機構は全く効果が無かったように見える。艦橋の中心に当たる司令席に、一つだけ朽ち果てた遺体が横たわっていた。遺体自体はもうすっかり分解されてしまい、残された分厚い宇宙服だけが天頂を仰いでいる。その脇に、黒い立方体を発見した隊長は隊員に問いただす。

 

「なんだこれは」

「それも調べました。恐らく人類の輸送機器でしょうね」

 

鞄を持ち上げた隊長はそれを開けようとして、引っ掛かりに気づく。鍵がついていた……それも単なるアラビア数字の四けたからなる回転錠。ただ鍵には透視防止のコーティングが貼られ、暗証番号は分からない。数ミリ秒の長考ののち隊長は他の隊員に問いただした。

 

「中身の状態と正体について分かっているか」

「はい。透視したところ驚くべきことに、中身はほぼ当時のまま保存されているようです。もっともそれの正体は記憶層も持っていない原始的なシリコン形成の電子回路です。恐らく時刻や予定を知らせる玩具でしょう」

 

六次元平面と素粒子階梯回路で構成された概念頭脳を持つ彼らにとって、鞄の中にある電子回路は非文明惑星に生息するアメーバとさほど変わらないものだった。

隊員の一人が両手の反物質メーザーを展開させながら発言する。

 

「メーザーで抉じ開けますか、中身は期待できそうにありませんが」

「いや、中身に不可逆的破損が生じる。これは手動で開けねばならん」

 

しかし汚染されきった鞄を持ち帰るわけにもいかない。隊長は決心し副官へ命令する。

 

「お前は遺跡のデータベースを探ってくれ。この鞄を開ける仕事は私がやる、なぜかこれに強い興味があるんだ」

「了解しました」

 

これまでの遺跡の状態から見て、おそらくデータベースも損傷しているはずだった。

しかし副官は文句ひとつなくほかの隊員を従えて艦橋を去った。

それから、一人きりになった隊長は異常なほど長いこと――数十秒ほど――考え込んだ。

力ずくで開けることもできただろう。それが最適な解であることを彼は承知していた。

だが、その行為は鞄の持ち主を侮辱することである気がして隊長はあえて行わなかった。

彼は証拠を探すために、艦橋を見渡す。

暗闇の中には朽ち果てたコンソールと空の座席があるだけだった。

駄目か。

最後に、この鞄の持ち主であるだろう遺体を一瞥した彼は、宇宙服の隙間に挟まれていたプラスチック紙を見つけてはっとした。

今にも崩れそうな四つ折りの紙を、隊長は細心の注意を払って抜き取った。

 

 

 

 

『だれでもいい、この手紙を見つけたならば手紙と鞄を妻に渡してほしい』

 

だれでもいい。

訴えに従い、彼は内容を確かめるべく折り目を開いた。

数百万年前に消失した手書き技術によってしたためられた手紙。

それは送り主に届けられることになかった遺書だった。

そこには、こう記されていた。

 

 

『僕はもう君と生きて会うことはできないようだ。

この鞄の中にある思い出の品だけが君との思い出を繋いでくれた。

冷凍睡眠を強いてまで、僕は君を縛り付けてしまった。すまない。

最後に、八月十二日の君の誕生日を祝って。心から君を愛している』

 

 

「0812」

 

 

無意識に隊長は数字の羅列を言葉に変えた。

そして夢中で回転錠の数字を、0812に合わせた。

 

鍵がカタリ、と音を立てる。

 

五千万年もの間封印されていた鍵は解放された。

封入されていた保存気体が噴き出すと、カバンの中身は姿を現した。

艦橋と同じ半球形の玩具。半球の外面にはいくつもの穴が開けられていた。

それはなぜか妖しく隊長の視線を釘づけにさせる。

震えるマニピュレータで、隊長は機械の電源らしきボタンを押し込めた。

淡く美しい青い光が、広がった。

 

暗闇のドームに、星々のホログラムが映し出された。

南十字星と北斗七星が、北極星を中心として緩やかに踊る。

 

 

ある惑星の冬の星座を鏡写しにした、プラネタリウムの青く優しい光が隊長を包み込む。隊長は星座を知らない。だが、その星々の配置からこの素晴らしい景色の在処を特定することは可能だった。

 

機械の身体と概念頭脳で動く彼――ロボットの直系子孫にあたる非生命――の『心』に、火が燈る。

究極の目的を達成した高揚感にか、人類が残した愛の形が魅せた輝きにか、それは彼自身にもわからない。

彼は短く叫んだ。

叫び。それは彼が今まで一度も発したことのない感情の発露だった。

 

 

テラ(地球) の在処を見つけたぞ!」

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択