No.659502

STAY HEROES! 第十四話

ケツに火が付く五秒前
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正直言って、きっかけはほんとくだらなかった。

でも、櫛江さんを怒らせてから、あまり話さない日が五日ほど続いた。

その理由を察せないがために、僕は謝っても許されなかったのだ。

単純な僕の妹と同じように、櫛江さんをどうにかしようとしていた罰かもしれない。

 

 

高台を下る緩い坂道。

ずっと先をゆく櫛江さんの後ろを追って、僕は歩いていた。

何の因果か、今日は僕らが非番にだった。

ここのところ櫛江さんとは事務的な話しかしていない。

それもトイポッズを仲介して。

だから、この時も頭に乗っかっているアーミーたちと話していた。

 

 

「学校の校門ってあんな作りになってたんだな。わかんないよ」

 

 

背歩きしながら僕は言った。

錯覚と森林を駆使して、曲がりくねった校門への道は、隠されている。

 

 

「サイショ ガタユキ カベ ヲ ノボッテタロ」

 

「見てたのか。二十メートルはあるよな、あの壁」

 

「オマエサ、バカナノ?」

 

「道が見つからないなら、切り開くだけさ」

 

 

僕はキメ顔でそう言った。

 

 

「ハア?」「ゴマカスナ」「チョットナニイッテルカワカンナイデスネ」

 

 

泣くぞ。

 

言い返す言葉に悩んでいたとき、別の声が聞こえた。

 

 

「あんな所を上ってきたんですか?」

 

 

僕は意外な声へ顔を向ける。

笑いを抑えて肩を震わす櫛江さんがそこにいた。

拍子抜けした僕に櫛江さんは長い坂道を背にして僕へ振り向いた。

櫛江さんは笑っていた。

 

 

「安形さんから『期待してない』って言われて、私はすごい落ち込みました」

 

 

厚い雨雲から差し込む夕日は、彼女のしょうがないような微笑みを照らす。

 

 

「その言葉で、私は突き放された気がして嫌だったんです。ごめんなさい」

 

 

櫛江さんは小さな頭を下げた。

恥ずかしさで顔が熱くなる。

櫛江さんがまだ年下ということを忘れ、僕は無神経に彼女の努力を虚仮にしていた。

 

 

「馬鹿な僕が無神経すぎただけだよ、その」

 

 

ごめんの言葉がつっかえる。だけどもうここで終わりにしよう。

僕は右手を彼女へ差し出そうとした。

そして謝ればもう終わりだ。

そのはずだった。

 

 

 

 

不気味なビープ音が二人の間に鳴り響いた。

呼応するように街のそこかしこでサイレン警報が唸る。

 

 

 

 

『第一種有事警報。第一種有事警報。当地域に攻撃の可能性が発生した。

住民は避難地区へ避難したのち管区軍の指示に従い行動をとれ。繰り返す第一種――』

 

 

第一種有事警報。それは、サイボットの市内蜂起を告げる警報だった。

僕は衝撃で多少我を忘れていた。

なんでこんな時に。

 

 

『第一機装教育隊員に告ぐ。これより戦闘配備用意』

 

 

無線機から教官の声が聞こえてはっとした時、すでに櫛江さんは格納庫へと走って向かっていた。

僕も急いで後を追う。

櫛江さんを呼び止めることもなく。

 

 

遅れて格納庫に駆けこむと、由常がクリーニングされた僕のインナースーツを投げてよこす。

 

「遅い」

 

そういう由常に僕は聞いた。

 

 

「何があった」

 

「市内東部の廃墟区域に踏み込んだ民兵が襲撃を受けた。死者は七名。現在民兵隊が奴らを包囲しているが、膠着状況だ」

 

 

まごついた。民兵隊がそんな行動を取っていたとは知らなかった。

教官が状況説明を始める。

 

 

「敵は廃墟区域のコンクリート工場跡に一個中隊を展開している。各機装は対装甲装備を用意せよ」

 

インナースーツのパスワードを入力しながら僕は質問した。

 

「その施設が奴らの拠点だったんですか」

 

「違う。奴らはそこを内通者との連絡使っていただけだ。戦車まで持ち込んだ奴らの巣が、市内に見つからないのはおかしいがな……

作戦開始は一七○○、各員は着装せよ。着装後に作戦内容を通達する」

 

 

一六三〇。

傾いた天気は、雨を降らせていた。

格納庫の大扉が開く。

警告サイレンを背にして、騎馬のイヅラホシと軽装甲車が水飛沫の中から現れる。

重装のイヅラホシは竜巻丸にまたがり、隊員の搭乗した装甲車を先導する。

イヅラホシが、僕へ向けられた視線があることを知らせる。

校舎に身を寄せた多くの避難民と、兵装を整えて滑走路に立つガルダだ。

ガルダと敬礼を交わす。

彼女は振り戻り、エンジン音を唸らせて雨空へと飛び立っていった。

人々の願いをその背中に背負って。

 

 

 

廃墟区画は崩れ落ちた工場施設が林立する無人地帯だった。

放棄された区画ながら、川沿いの要所に位置するため要塞の内側に位置する。

土砂降りの中、奴らが占拠した工場跡を民兵の増援と機装隊が取り囲んでいた。

ゴーグルの倍率を上げると、そこはすでに小さな要塞と化していた。

瓦礫の間を、機装たちは膝立ちで進む。

遥か空高くには、哨戒を行う空軍機と援護爆撃を担うガルダがいるはずだ。

敵の反応は、前方二百メートルのコンクリート施設跡に集中していた。

隊列が穀物サイロ跡を通り過ぎようとしたときだった。

途中で僕の足は、ひとりでに止まった。

 

 

「どうした、安形。怖気るな前進しろ」

 

 

それに気づいたファントムが、いらついたような声で呼びかけてくる。

怖気づいたわけでは決してなかった。

直観に似た感覚が危機を知らせた。

そんな不確かなものよりはっきりとイヅラホシは、視線を感知した。

内部回線に、うわついた声で僕は報告した。

 

 

「敵がいる。どこかにいる」

 

声に動揺を見せず、ファントムは答えた。

 

「レーダに敵影は見当たらないぞ。カンとでも言うのか」

 

しかし、最大出力を解放したケーティのレーダーアビリティが、脅威を検出する。

 

「前方150mのサイロ内へ、複数の隠ぺいされた熱源を感知しました」

 

と言うケーティから各機のゴーグルへ、レーダーの検出結果が共有される。

ケーティの言葉で、緊張の糸が張り詰める。

ガルダが言う。

 

『待ち伏せだ。工場跡はデコイだ』

 

「サイロへ掃討射撃を行います、よろしいですか」

 

というケーティの提案に、教官は決定を下す。

 

『伏兵の件を民兵にも伝えた。許可する』

 

ガトリングカノンの電源をアクティブに切り替え、僕は瓦礫から飛び出た。

その時、敵の照準が全てこちらへ向けられたことが分かった。

 

 

「撃ち方はじめ!」

 

 

ケーティの命令が届くや否や、イヅラホシの装甲に無数の銃弾が浴びせかけられる。

敵のサイボーグ数十体が擬装を解き、頭を上げて機関砲を撃ってている。怖気る事はない。

厚さ30メートルの鋼鉄と同強度の装甲が射抜けるものか。

僕は躊躇なく引き金を降ろす。

サイロが徹甲榴弾の雨でたちまち崩れ始める。

間髪入れずファントムが赤い煙幕手榴弾をサイロへと投擲した。

回線で慌ただしく情報が交わされる。

 

『HQより各位へ、攻撃開始 遮蔽を利用して接近、敵陣地を制圧しろ』

 

『こちら町谷。民兵隊、これより掃討を開始する、over』

 

『こちらPS11目標を確認! 援護爆撃を開始する!』

 

「隊各位、重機関砲と迫撃砲を狙い制圧射撃! 歩兵の浸透を支援せよ! 」

 

ケーティのレーダー情報がゴーグルに映る。

ケーティの声は、頭上からのサイレン音と混じりあう。

紅い煙幕を標として、ダイブブレーキを開きガルダが急降下した。

70度の直滑降から機首を上げたガルダが頭上をかすめ飛んでゆく。

水滴と交じり合い、ロケット弾の雨がサイロへ降る。

派手な爆炎が建材を砕き、陣地から舐めつくすような劫火が噴き出した。

ケーティのグレネードパニッシャーが煙幕弾を射出する。

イヅラホシにロケット弾が直撃しても、僕は足を止めずに前進する。

一歩ずつ、脅威を排除するために。

煙幕に紛れて、民兵たちがすり抜けてゆく。

 

 

「姿勢を低くしろ! 俺に続け!」

 

「第二分隊! 前進! 橋梁より重機装に援護射撃! 急げ!」

 

 

イヅラホシから展開された電磁壁が、彼らを銃弾から守る。

崩れ落ちるサイロから二脚戦車が現れた。

奴らの照準は真っ先にケーティへと向けられる。

姿を消したファントムが叫ぶ。

 

「指揮官を守れ、 サイボーグどもを吹き飛ばしてやる」

 

「ケーティより、二脚戦車の反応を新たに11方向より確認。警戒せよ」

 

ケーティのレーダーが、隊の眼となり目標を絶えず追跡してくれる。

僕は真っ先に射線に割り込んで、兵装コンテナを展開する。

イヅラホシは榴弾砲を弾き、コンテナから無数のロケットを解き放った。

二脚戦車はロケット弾に耐えた。が。

 

「喰らえ! 玩具の缶詰が!」

 

裏を取ったファントムのロケットランチャーが、その背部に徹甲弾を突き刺した。

不意打ちに失敗した二脚戦車は、敢え無く砲火の嵐に砕け散った。

 

「ケーティよりガルダへ。サイロ屋上に機関砲確認、機銃掃射を求む」

 

『roger』

 

激しい銃火の応酬が繰り広げられるうちに、民兵と機装隊に逆挟撃を喰らったサイボットたちは、みるみるうちに撃破されてゆく。

 

十数分後、サイロ跡からの攻撃は止んだ。

瓦礫にもたれかかるいくつかのサイボーグへ歩み寄り、イヅラホシは呼びかける。

 

「降伏しろ」

 

彼らの応答は銃火だった。

再び、イヅラホシのガトリング砲は唸る。

なぜだ。なぜそこまで自分を犠牲にできる。

 

 

 

降り注ぐ雨はますます勢いを増していた。

雷の音と銃声がときたま聞こえる。

隊員は集結し、司令部の指揮を待つ。

上空越しにガルダが言った。

 

『clear 地表に敵はいないな』

 

ケーティも教官に連絡する。

 

「サイロは片付きました。レーダーアビリティとトイポッズの索敵も敵影を感知していません」

 

『よし、潜んでいる残兵の掃討にかかれ。一体たりとも逃すな』

 

ケーティは教官の命令に戸惑っていた。

いきり立つファントムは弾倉を交換しながらケーティに言う。

 

「行くべきだ。神はどうだか知らないが、俺は敵に慈悲なんぞを見せる気はない」

 

「……そうですね、レーダーを進展します」

 

その時、イヅラホシはケーティとは別の気配を感知していた。

僕は無意識の中で呟いた。

 

「いや、まだ敵がいる」

 

ファントムが怪訝そうにこちらを見た。

それと同時に、音響センサの計器が鈍い反応を映す。

捉えた音源は段々と音量を増し、近づいてくる。

 

「砲撃か」

 

そう言ってファントムは再び銃を構え、姿を消す。

違う。この反応は地表ではない。

これは。

 

「この音響は地下からです!」

 

ケーティが叫んだと同時に。

豪雨に打たれる瓦礫が、異様に盛り上がった。

大きな山は、すぐに弾けた。

それは、地面を砕いて至近距離に現れた。

八本の足を持ち、腹に長い鉄骨のようなものを抱えた蜘蛛。

その高さは10mを優に超えている。

足元に、黒い艶光を放つ屈強なサイボーグを従えていた。

これは。

 

 

「多脚戦車だ!伏せろオ!」

 

 

ファントムが叫ぶや否や、多脚戦車が抱える鉄骨の先端が瞬いた。

カメラのフラッシュのような光。

光から産まれた火球は、凄まじい爆風と熱線を辺り一面にまき散らした。

激しい揺すぶりに、僕の脳幹は混乱し意識は飛びかけた。

僕が顔を上げた時、目の前には。

燃え盛るケーティがあった。

 

「ケーティ」

 

彼女の装甲は、熱で溶けて青白い火を噴いていた。

追いうちで、頭の中が真っ白に染まる。

急いでファントムが、ケーティを肩で担ぎ廃墟へと身を隠す。情けないことに、僕はそれを腰から転んだまま見つめていた。

ファントムはケーティの火災を鎮火し、心臓マッサージを試みている。

 

「HQ! こちらPS23、前線指揮官重体! 呼吸途絶心拍衰弱! 敵多脚戦車はレーザードライバーを持っています!」

 

教官は、抑揚の無い声で答える。

 

『お前らの装備じゃ無理だ。ケーティを連れて司令部まで後退しろ、私がエレクトラで前線に出る』

 

「無茶だ! エレクトラの実戦機動にあんたの身体は10秒と持ちません」

 

『馬鹿言え吉岡。1300トンの化けもんを殺すにはエレクトラが要る』

 

車輪や履帯を棄て機械脚を手に入れたことで、重量の限界を超えた超重戦車。それが、多脚戦車だった。

化け物は砲弾の嵐に全く動じず、まず民兵へ光を焚き続ける。

そのたびに生まれる巨大な火球が、兵士たちを文字通り蒸発させていった。

戦車の対空レールガンがガルダに向かって火を噴いた。

ガルダの燃料槽から煙が噴き出す。

 

 

『 mayday bingo cargo!』

 

高度を下げていくガルダから、切迫した通信が入る。

ファントムが必死に退避のハンドサインを送りながらガルダに言った。

 

「ガルダ! 一旦退け!」

 

『何言ってんだ!』

 

「空軍基地からサーモバリック爆弾を分捕ってこい! あれでしか奴を止められない!」

 

『……roger!』

 

直角上昇に近い機動をとったガルダは、雲の縫い目へと消えてゆく。

僕はやっと我に返る。

動転して斬馬刀へ手をかけた時、ファントムはイヅラホシの足を払って物陰へと押し込めた。

ケーティを背負うファントムはささやくように言う。

 

 

「多脚戦車の格闘能力はレーザーより苛烈だ、櫛江はなんとか持ち直したが虫の息だ、俺たちになす術はない」

 

「じゃあ……」

 

じゃあどうすればいい。破壊される防衛線を見て、黙っていることしかできないのか?

混乱が拡大してゆく。

逃げ惑う民兵は隊列を成していない。

このただ中で、黒い機装だけは冷静だった。

 

「教官、ガルダにサーモバリック爆弾を使用させるために空軍と連絡を取ってもらえますか。 ……まだそんなことを言ってるのか。あんたは傷痍の元予備役でしょう。 

ガルダの爆撃に任せてあんたは後方指揮に専念しろ。 ガキだと? ふざけるな死線はもう破り飽きてる」

 

 

ファントムは教官との通信を切って、イヅラホシの襟首を掴んだ。

 

 

「俺が櫛江を後方救護部へ送ってまた戻ってくる、絶対にお前らを俺の前で死なせやしない。だからお前は俺とガルダが戻るまであの化け物を引き付けろ」

 

狼狽しきっている僕に向かい、ファントムは頭突きを食わらせた。

ゴーグルの奥にある鋭い双眸と、視線がかち合う。

 

「誰かに救ってもらえると考えるな。今、ここで、できることをやるんだ」

 

闘士の眼が、僕を射抜く。

そのあと由常の瞳が一瞬笑った。

 

 

「上手くいけば飯代はチャラにしてやる。行けっ正征! 俺たちにしか未来は救えない!」

 

「……応!」

 

出力を最大にして、僕は障壁を乗り越えて、多脚戦車の護衛サイボット達と対峙した。

浴びせかけられる銃弾に怯む暇はない。

形勢を覆したサイボークは、合言葉を叫び散らしてこちらに迫りきている。

 

『旧人に死を!』

 

『歪んだ歴史に鉄拳を!』

 

怨念の籠る異国語の叫び声。

その意味が何故か分かってしまう。

望まずこの地に流れ着いた、兵士と宇宙飛行士のなれの果て。

彼らの望む未来は、絶望と自棄でどす黒く、澱みきっている。

何かを成すために、自分の命を犠牲にして人の命まで奪っていいのか?

違う。違うはずだ。

ガトリングの銃口を憎悪の塊へと振り向ける。

イヅラホシの制圧射撃で、サイボットの突撃速度は鈍った。

だが、多脚戦車はイヅラホシを無視して別方向へと突進している。

奴の目標は……ケーティだ。

ケーティの、『首』。

レーザーは、一キロ先を行くケーティとファントムを吹き飛ばす。

 

「櫛江さん」

 

まだ、仲直りしてないじゃないか。

生きて、また櫛江さんに会って話をしたい。

あの続きを。学校を下るあの坂で言いかけた言葉の先を伝えたい。

ファントムはなんとか立ち直り、必死に回避機動を取る。

彼らの未来を助けられるのは僕だけだ。

 

「彼女に触るな!」

 

二人を庇うように、イヅラホシは近づいてくる多脚戦車へとガトリングを撃ち続けた。

ガトリング砲の過熱は限界に達し、砲身が紅く染まる。

胡乱げに、戦車のレーザードライバーがイヅラホシへ向けられる。

イヅラホシはレーザーを真正面から受け止めた。

ガトリング砲は手から滑り落ち、外装は剥がれ落ちる。それでもイヅラホシは立ち続けている。

が、多脚戦車は脅威を排除したと考えたようだった。

脚を止めて、ファントムが背負うケーティを狙い砲撃を続行する。

ファントムはありったけの機動で逃げ回るが、照準はだんだん狭まってゆく。

雨と銃火を浴びるイヅラホシの神経網で、一つの扉がこじ開けられようとしていた。

 

 

アンドレイの言う条件ってのはこういうことかはわからない。

それでも僕は闘う理由をみつけた。

未来は無限に枝分かれてゆく。その中で正しいと思える選択肢を守りたいから、ヒーローは闘う。

僕は普通の、平穏な未来に生きたい。そこにサイボットが居たっていいんだ。思い思いに生きていればいい。

だけども、誰かが愚かな未来しか信じないならば、たとえ、身が朽ち果て剣が折れようとも立ち続けないといけない。

ヒーローなら、死ぬことなく在り続けなければならないんだ。

パイロットの神経網に駆けまわる興奮物質が、アビリティデバイスの鍵を抉じ開けた。

 

 

 

      New key word ―――― BREAK

 

 

 

キーワードがゴーグルに瞬いた。

悪魔の誘惑だったのだろう。

僕は、その誘いに乗った。

 

 

「BREAK」

 

 

表示は暗転し、紅い横文字を吐き出し始める。

 

 

 

 

          [STANDBY]

 

 

        From  T-30 Ιmodel

 

 

          Dear my Hero

 

 

 

     ――― DEAD MAN SYSTEM ―――

 

               ACTIVEs

 

 

 

異常な電圧負荷が機体のアクチュエータと人工筋にかかり、機体はオーバーヒートを起こす。

イヅラホシの装甲の各部から排気イジェクターが突き出し、2000度以上の放熱を撒き散らし始めた。

機体のハニカムパッドと複合装甲は、偽りの外装を押しのけて展開し、マスクは割れて異形の狼面へと変貌してゆく。

イヅラホシという殻からT30の本当の姿が現れた。

産まれたT30はまず、僕の自我を溶かそうとした。

T30に眠る、電子の胞芽が僕の神経網で繁殖しだす。

眠気に似た強烈な没入感と、精神が解体されてゆく恐慌と鈍痛が肉体に襲いかかる。

違う、僕は生きたいんだ。こいつは、僕が死なない限り未来を守れないとでもいうのか。

とうとう、プログラムがパイロットのニューロンにインストールされ、その自我を完全にシステムの支配下に置いた。

そうして、一つの死体が戦場に産み落とされた。

 

 

 

 

僕の意識は肉体から切り離され、T30に閉じ込められた。

勝手に前進しだす自分の肉体。それは決して狂っているのでも暴走しているのでもない。

彼は、冷徹なまでに一つの使命を果たそうとしている。敵を見定め、殺す。

 

デッドマンは、能動的に動かない。五感がない。

デッドマンは、敵の発する脳波に感応して働く。

デッドマンは、敵の恐怖から弱点を感知し、敵意を先読みして攻撃を必ず回避する。

パイロットの脳幹が過熱と負荷で焼き切れるまでは。

 

姿を変えたT30に思わず多脚戦車の砲脳が、照準越しの敵意を向けた。

だが、引き金を引いても引いても、光速のレーザードライバーはデッドマンに絶対当たらない。

光速が生まれる前に、照準の方向をデッドマンは知っている。

掠めるレーザーに構うことなく、T30は戦車へと肉薄する。

七本の脚とプラズマカノンの砲撃もかわし、T30は多脚戦車の胴体に張り付いた。

しばらく、T30と敵を振り落そうとする戦車の攻防が続く。

鋼鉄の爪を手掛かりに、T30は目標へと少しずつ近づいてゆく。

T30は、脳たちが最も恐れる死に方を知っている。

 

 

側面装甲のわずかな間隙。

その奥に、燃料庫がある。

 

 

多脚戦車が最も恐れていた弱点に、T30の斬馬刀が突き刺さった。

爆発は、張りめぐらされた換気パイプから車内の隅々へと炎渦を撒き散らした。

あれだけ強固だった多脚戦車は、炎に包まれ崩れ落ちた。

砲脳が放った慙愧の脳波と共鳴し、破壊された多脚戦車からレーザードライバーを引きちぎりT30は雄叫びを上げる。

これで終わらない。

 

 

さらなる戦慄と怒りを感知したT30は、レーザードライバーをサイボーグの方陣形へと乱射した。

盾にされた作業用義体は消し飛んだが、中央で温存されていた戦闘義体たちはT30へと押し寄せる。

 

 

 

 

戦闘義体を纏う精鋭兵の抵抗は、苛烈だった。

敵が突き立てた振動剣ブレードはイヅラホシの排熱で溶ける。

直射されたレーザーが、サイボーグたちの上半身を蒸発させる。

それでも彼らは激しい抵抗をやめず、食らいかかってくる。

T30は少しずつ確実に追い込まれてゆく。

 

 

そうして、たったの一騎が数十分をかけて奮闘した後残されたのは、何体かの戦闘義体と臨界を迎えようとするT30のみだった。

活動限界を超えてT30は両膝を突いた。

すでにパイロットの脳波が弱まり、心筋が麻痺しだしていた。

その時、T30を取り囲む義体の奥から、全身をバイオレッドに染めた義体が現れる。

ぬめりのある鋼鉄の裸体。小さな頭蓋へはめ込まれた不釣り合いに大きい義眼は、どこか遠い世界を見つめていた。

全ての発端、この動乱の首魁。

それがサイボットの指揮官、ジェイクだった。

 

 

『やあ。ジェイクをお探しで? それは結構』

 

 

T30はジェイクの弱点をすぐ見つけ出した。

頭部の電脳、胸部コア、腹部の生命維持装置、背面の電子生成槽、四肢にくまなく巡る疑似神経網と人工血液動脈。

ジェイクには装甲がなされていない。

最後の出力を、レーザー砲へと振り向けて死体は引き金を引く。

T30の認識にエラーが起きる。

上半身に照準したはずのレーザーカノンはジェイクの身体をすり抜けた。

弱点を射抜いた、にも拘らずジェイクは活きている。

T30の動揺を見て取ったジェイクは高笑いを始めた。

 

『この義体は、あらゆる物理力を通過する。普通の弾じゃあ俺は死なんよ』

 

ジェイクは警戒の仕草の全くないまま、T30を見下ろすほどにまで近づいてきた。

そして奴はT30の頸部をぞんざいに掴む。

 

『デッドマンシステムか。旧人の限界はこんなものだろうよ』

 

イヅラホシの頸部装甲を割りながら、紅いサイボーグは嗤う。

その言葉に、憤怒が入り混じっていた。

 

『クシェネルの娘はどこだ。エリスシステムの介在しない戦場こそ、小娘の『首』を迎える絶好の機会でね』

 

T30は答えない。

装甲とハニカムパッドを食い破り、ジェイクの爪がじわりとパイロットの喉元へ侵入する。

もはや、T30はどうすることも出来なかった。

 

『へっ、記憶に強固なプロテクトが敷いてある。それほどまでに小娘が大事というか。

お前は弱き者だな。このままでは強き者による正義の秩序に愛されない。

だが、見込みはありそうだ……そうだな、お前も義体強化を受ければいい。

お前に始末させた不忠のロジェスキーの変わりになる』

 

ジェイクの爪先から伸びるチューブが、パイロットの皮膚を裂いて肉の中へと食い込んでゆく。

T30が占拠している神経網を再び書き換えるために。

 

『動じることはない。義体を手に入れれば、デッドマンシステムに殺されたお前の自我は我々と同化するのだから。

そのための応急処置だよ。ようこそ正しき世界へ。お前は正義の一元的価値に奉仕し――』

 

「止めろおおおおおおお!」

 

ジェイクの死角から、刀を振りかぶったファントムがとびかかる。

由常の復讐の怨念が、ジェイクの背中へと浴びせかけられる。

だが、音速で振りぬかれたジェイクの裏拳が、ファントムのゴーグルを粉々に砕いた。

つかぬ間に、鋭い回し蹴りがファントムの顎に入り、ファントムは瓦礫を砕きながら地面を転げまわる。

機装といえども、白兵戦用に研がれたジェイクの義体には勝てない。

割れたゴーグルから由常がジェイクを睨み付ける。

ジェイクは、言った。

 

『ああ、僕は反道徳的な君を知っている。知っているよ、『Yan・Youchang准尉』。あの時の悪あがきは面白くなかった。……またぼくを邪魔する気だなああああああ!』

 

ジェイクの狂乱に反応し、T30が息を吹き返す。

仲間に向けられた怒りにも、僕の身体は立ち向かった。

T30の徒手空拳がジェイクの身体をすり抜ける。

しかし、唯一通過しなかったジェイクの爪が微かに砕けた。

 

 

『この死にぞこないめが。タイムアウトだ、もうお前は死ぬしかない』

 

 

間合いを取ったジェイクが言葉を吐き、指を鳴らした。

 

 

『娘の『首』、大脳がなければあの天の標も手に入らん。兵を引かせる、『要望』と『物資補給』の戦術的目的は達した』

 

至近距離からの直射だった。

煙幕弾とチャフ弾が、通常の榴弾と共に地面へ突き刺さる。

敵の砲撃で辺り一面が煙で覆われ、電子装備はエラーを起こす。

その靄からジェイクの声だけが聞こえる。

 

 

『エリスシステムとマスドライバーを譲らないというなら、小娘が『理解』してくれるまでこの街を焼き払おうじゃないか。正義と道徳のために』

 

 

敵は煙にかき消されるように気配を失っていく。

が、まだT30は血に飢えていた。

照準は敵を求め、怯えきった民兵隊の将兵たちを見つけた。

すべての敵を殺しつくすことが、デッドマンの使命。

T30はその時、急降下のサイレン音に気づかなかった。

デッドマンに視力も聴力もない。そして、その機体はT30に敵意を持っていなかった。

 

 

「目え覚ませ!」

 

 

ガルダの叫び声と共に、トーキックがT30の背中に突き刺さった。

その一撃が、機体とパイロットを繋ぐ疑似神経網を遮断させた。

 

ほとんど墜落するように着陸したガルダが目に映る。

やっと、今まで麻痺していた感覚が自分の意識に戻ってくる。

そう、戻ってきた苦しみ。

全身の神経と繊維組織、内臓が、熱と機動で砕かれきった苦痛。

僕は痛みのあまり半狂乱で叫んだ。

耐えられない。だれかいっそ殺してくれ。

デッドマンシステムの負荷が、僕の体を文字通り破壊していた。

うつ伏せだった僕を誰かが抱き起すと、急にまた身体の感覚が遠のいた。

ヘルメットを取った鳴浜は、僕へモルヒネを投与した。

僕のマスクを取って、彼女は狼狽した。

 

「ああ、ひどい。顔が血で……」

 

由常の声も聞こえた。

 

「軍医! 早くしやがれ!」

 

気管に血の塊が詰まり、僕は自らの血液で溺死しかける。

鳴浜は僕の口へと齧り付いて、僕の喉に溜まった血を吸い取ろうと試みた。

 

幻影が見えた。

空を目指し次々に打ち出されるロケットの群れ、宇宙に浮かぶ直径数万メートルの人工植民地、そして些細な出来事から狂っていった社会。

 

僕の意識は深みに堕ちてゆく。

初陣後の眠りよりも、廃港での失神よりも、もっともっと奥の奥へと。

機械に踊らされ、血まみれになり、生を望みながらも、ヒーローは死んだ。

 

 

 

 

死亡告知書 

 

本籍 四国管区讃岐地域三豊郡詫間村大浜二八一番

 

東海管区第一機装教育隊 故海兵軍曹 安形征正

 

右は After Crisis 89年四月十八日午後六時二○分遠州市中央区に於いて名誉の戦死せられましたから此処にご通知いたします

 

追贈 海兵隊 名誉功労章三号特一級  二階級特進

 

登記者 安形正春殿 宛

 

遺族年金に関しましては、別紙「遺族年金受給手続書」をよくご覧になり―――――

 

 

 


 
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