No.666719

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第三十二話

ムカミさん

ギリギリ2月に間に合いました。第三十二話の投稿です。


新部隊の発足、その様子になります。

2014-02-28 01:30:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10271   閲覧ユーザー数:7030

 

一刀達が陳留に帰還してから2日後。

 

未だ太陽も顔を覗かせないような朝早い時間にも関わらず、調練場には乱れなく整列した集団の姿があった。

 

集団の前には向き合うようにして3人の人影。

 

3人は誰かが来るのを待っている様子だったが、やがて諦めたのか、その内の一人、一刀が一歩前に出て話し始めると集団に緊張が走った。

 

「皆、こんな時間から集まってもらってすまない。これまで慌ただしかったが、昨日当部隊に関わるある案件がようやく許可を得ることが出来た。

 

 そのため、これよりこの部隊の構成、特徴を説明していこうと思う」

 

ここに集まるは洛陽より来た元董卓軍およそ500人。

 

先日華琳に申し入れた通り、全員の受け入れ及び軍への参入が許可されたのであった。

 

一刀はまず構想している部隊編成を語り始める。

 

「まずこの部隊は小規模な一軍として動けるような形に持っていく。

 

 華琳様の命により俺が総指揮官ということにはなっている。だが、基本的には月と詠、この二人が指揮を執ることになるだろう」

 

ここで一同は僅かにどよめく。

 

詠は元々軍師として戦場に立ったことはある。

 

だが、月は詠の計らいでほとんど戦場に立つことは無かったのである。

 

一刀は皆の心配は理解しているが、それでもあることを確認しているため、それほど問題は無いという結論に既に達していた。

 

「皆が月の身を心配する気持ちは分かる。だが安心して欲しい。月も詠も、指揮官として動いてもらうため、基本的には戦況を俯瞰出来る後方配置となる。

 

 それに月の武についても大丈夫だろう。皆は月の特技を知っているか?」

 

突然の一刀からの質問。

 

だが誰もこれに答えることは出来なかった。

 

「まあ、皆が知らないのも無理はない。それを披露するような機会も無かったのだろうからな。ならば、今この場で覚えておけ。

 

 月の特技、それは両利きによる弓の左右交互撃ちだ。これがあるため、月が戦場に出る危険性も皆が思っているよりかなり低いだろう。

 

 馬上から馬の向きを変えずに両方向への射撃が出来ることは攻防共に優位となるからな。戦況と作戦次第では前線に出ることもあるかも知れないが」

 

思わぬ月の特技に皆驚いているが、特に弓を主に扱う兵達の驚きが強かった。

 

それは利き手の逆で扱う弓の難解さを理解しているがため。

 

故に一部の兵の、ただでさえ強い月への尊敬が更に一段跳ね上がるのは当然のことであった。

 

「しかも、この部隊の特徴を考えれば、月は或いは誰よりも強くなるかも知れないぞ?」

 

この一刀の発言には兵達のみならず月や詠までもが耳を疑った。

 

その理由は直後、明らかとなる。

 

「さて、もう一つの話、この部隊の特徴についてだが…お前達は洛陽にて自分達が宣言したことを覚えているか?」

 

ここで一刀が間を取ると兵達は周囲の者と互いに確認を取り合う。

 

たっぷり3分も経ってから一刀は話を再開する。

 

「確認は済んだだろうか?今一度ここで確認しよう。

 

 君達は如何なる不条理な条件であろうと、月の為ならば受け入れる、とそう言った。そこで、だ。

 

 部隊の戦力の大幅な強化を、引いては部隊全体の生存率を引き上げる為に、俺はとあることを華琳に提案した。それが昨日許可を得たものになる。

 

 その内容とは次の通りだ。

 

 『当部隊を”天の知識”を利用した新たな武器等を率先して訓練し、実戦投入の検証までを行う部隊とする』

 

 つまり、実験と実践を兼ね備えた実戦部隊という訳だ」

 

はたと思いつかないようなその宣言内容。

 

調練場はどよめくどころか静まり返ってしまった。

 

それでも構わず、一刀は説明し続ける。

 

「いくら実験部隊とは言っても、安全には勿論配慮する。特に、機械系の…いや、カラクリに類する物は試運転までを済ませてから皆に扱って貰うことにしているから安心してほしい。

 

 もしこれについて不満がある者がいるならば、今の内に名乗り出てくれ」

 

たった今まで度肝を抜かれてはいたものの、それで怖気づくような者はここに集まった中にはいなかった。

 

むしろ、”天の武器”に並々ならぬ興味を抱いてすらいたのだった。

 

「……どうやら、皆覚悟を持っていると見てよさそうだな。

 

 さて、予定ではここでもう1人紹介したかったんだが…」

 

ふと一刀が調練場の入口に視線を向ける。

 

そこからは1人の人影がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「ふぁ~……こんな朝早うに起きたんはひっさしぶりやわ…

 

 お~、おはようさん、一刀はん。月っちに詠もおはようさん。

 

 …って、あれ?もしかしてウチ、遅れた?」

 

「おはよう、真桜。そして大遅刻だ。また夜まで発明か?」

 

大きなあくびを伴って現れたのは、発明を得意とする真桜。

 

なお、先日の軍議の翌日に、既に新たに陣営に加わった者達は皆真名を交換し終えていた。

 

真桜は一刀の指摘を受けると罰の悪そうな顔をして謝る。

 

「あちゃ~、やっぱし遅刻か。えろうすんません。おっしゃる通り、発明の没頭してたらいつの間にかお月さんが顔出しとってんよ。

 

 あ~、せやせや。例のアレ、もうちょいで出来そうなんやけど…」

 

「ちょっと待った、真桜。その話は失敗作でも実物を見ながらの方が捗る。それに今はそれよりも先にする話がある」

 

「お~、せやな。えっと、ウチは何すればええん?」

 

「ちょっとだけ挨拶をしてくれたらそれで構わない。

 

 皆、丁度紹介しようと思っていた人物が到着した。

 

 知っている者もいるかも知れないが、改めて紹介しておこう。将軍格の1人、李典だ。

 

 彼女は発明を得意としている。当部隊の武器も彼女に作ってもらうことになる。これからは皆との関わりも格段に増えるだろう。

 

 今後、武器を扱う上で不明な点があれば、俺か彼女の指示を仰ぐようにしてくれ」

 

「ん~、挨拶言われてもなぁ…

 

 とりあえず、ウチが李典や。ウチとしては将軍格よりも発明家の方が肩書きとして気に入っとるんやけどな。

 

 あんたらが使うことになる武器、兵器はホンマに新しいもんや。一刀はんの言った通り、基本的にウチが作ってるんやけど、ほとんどが一刀はんの知識に准えて再現してるくらいのもんや。

 

 正直なところ、ウチも使い方を完全に理解してるとは言えんけど、まあ、製作者としての責任はきっちり果たすさかい、何でも聞いたってや」

 

真桜は突然の振りに僅かに戸惑ったが、最低限のことはきちんと伝えていた。

 

集う兵達もまた、その姿を目に焼き付けている。

 

少々軽いところのある真桜だが、それでも肩書きの効果なのか、真剣に耳を傾けていたのだった。

 

今回の集まりの主な目的は、真桜の紹介を持ってほとんどが終わっていた。

 

会を締めるために再び一刀が前に出る。

 

「これで当部隊の構成と特徴についての説明は終わりだ。が、一つだけ、注意して貰いたいことがある。

 

 明日よりの通常訓練においても、また新たな武器が完成してからの新たな訓練においても。その内容は一切を他言無用の事とする。

 

 連合であれだけ近くで闘っていたんだ。恐らく諸葛亮や周瑜辺りには我々の陣営の戦力は細かく分析されているだろう。

 

 彼女達のような天賦の才を持つ者を出し抜くには相応の特異性が必要となってくる。この部隊はそれにピッタリだ。

 

 なので、時が来るまではこの部隊の機密性を維持したい、というわけだ。どうか、そこを守って欲しい。

 

 もし、まだ何か分からないことがあれば、今聞いてしまってくれ」

 

互いに確認し合う者、目を瞑って復唱する者、様々な反応を示しているが、不明点を挙げる者は現れない。

 

全員が納得を示した空気を感じ取って、一刀は最後の通達を行い締めを宣言する。

 

「それではこれにて終了としよう。先程も言った通り、明日より調練を開始する。

 

 尚、新しい武器に関しては現在真桜を中心として鋭意制作中だ。出来上がって調整を済ませ次第皆にも試してもらうので、そのつもりでいてくれ」

 

『はっ!』

 

綺麗に揃った返答をもってこの日の集会は終了した。

 

兵達は各々調練場を去って行く。

 

この時、調練場の周囲の高所、至るところに一連の様子を観察する瞳があった。

 

だが、そのことにほとんどの者が気付かないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

兵達のほとんどが掃けた調練場。

 

一刀、月、詠、真桜の4人は未だにそこに残って今後についての細かい打ち合わせに入っていた。

 

そこに近づいてくる4人の人影。

 

それにいち早く気付いた一刀は笑みを浮かべて声を掛けた。

 

「や、おはよう。来てくれたんだね、春蘭、秋蘭、菖蒲さん、霞」

 

「お~、おはようさん、一刀。何て言っても月っちの晴れ舞台やしな。

 

 しかも今日まで皆ドタバタしとって全然会えんかったやろ?そりゃ、ウチも折角の月っちの姿、拝んどきたいやん」

 

「あ、ありがとうございます、霞さん」

 

「あんたは相変わらずなのね、霞。でもまぁ、それでこそ安心するわ」

 

真っ先に返答を返してくる霞。

 

その顔には溢れ出る喜びがありありと浮かんでいた。

 

なんだかんだ言っても、やはり霞にとっては月は大切な主であることがよく分かる。

 

霞が月達と掛け合いを始めると、秋蘭もまた一刀の挨拶に答える。

 

「遂に一刀が将軍相応の地位に就くことに決めたんだ。そして今日はそれが正式に決定する日。

 

 ずっとお前の側にいたんだ。色々とこの目に焼き付けておきたい心情は分かるだろう?」

 

ともすればらしくないと思える程に秋蘭は饒舌になっている。

 

対して春蘭は何を話していいのか迷っているようにも見えた。

 

「う~ん…春蘭にしても秋蘭にしてもいつも輝かしいばかりに活躍してるじゃないか。

 

 俺にはちょっと分かり兼ねるかなぁ…

 

 でも、素直に嬉しいよ。ありがとうな、秋蘭。勿論、春蘭も」

 

「なに、当然のことさ」

 

「あ、ああ!秋蘭の言う通りだな!」

 

ニコリと2人に笑いかける一刀。

 

秋蘭はいつもと少し様子が違うのかと思いきや、返事の様子を見る限りそうでもなかった。

 

というよりも、春蘭の違和感が強すぎて気になるほどではない、と言うべきか。

 

春蘭は秋蘭に同調するように返事をしてはいるものの、その頬は赤く染まり、視線もどこか落ち着かない。

 

一刀はどうしたのか聞こうとも思ったのだが、秋蘭を見れば、そんな春蘭を見て何やら嬉しそうにしていた。

 

その様子から深刻な事にはなっていないと判断し、最後に声を掛けてきた菖蒲に対応する。

 

「将の就任、おめでとうございます、一刀さん。あの、ところで…」

 

菖蒲はキョロキョロと何かを探すように視線を巡らせる。

 

おおよそを悟って一刀はそれに答えた。

 

「ああ、恋は今いないよ。というよりも、来てないと言った方がいいかな」

 

「あ、そうなのですか。ですが、恋さんもこの部隊に配属なのでは?」

 

「お~、せやせや。一刀、恋はどないしたん?」

 

菖蒲の質問を聞いていたのか、横合いから霞も参加してくる。

 

一刀は一瞬どうしようか迷ったが、隠すことでも無いか、と正直に答えることにした。

 

「実は、恋には軍事を強制しない、って約束してるんだよ。洛陽を出る時にね。

 

 だから、部隊の説明は軽くしたけれど、来いとは言ってない。ただ、選択肢を増やしてあげただけさ」

 

「選択肢、ですか?」

 

「ああ。武に長けているからと言って、必ず武官に就かなければならないということは無い。

 

 それこそ、街の飯店で給仕の職を頑張ることにしても、それは本人の自由なんだ。流琉とかがそうだったろ?」

 

「なるほど。確かにそうですね」

 

実例を交えて一刀は説明する。

 

「恋は今まで随分と辛い道を歩いてきたそうなんだ。せめて、今からでも自由に生きて欲しい、と、そう思ったんだ」

 

「一刀も知っとったんか、恋の生い立ち。天下の飛将軍とか呼ばれとる姿からは想像も出来んかったんちゃうか?」

 

「…出過ぎた杭は打たれない、なんて言うけど、そんなことは無い。人間の自尊心と嫉妬は計り知れるものじゃない。

 

 出過ぎた杭はね…往々にして”折られる”んだよ…」

 

妙に実感の篭った一刀の返答。

 

あまりの生々しさに、場には思い空気が漂い始める。が、幸いなことにそれは長くは続かなかった。

 

「ワン!」

 

重い沈黙を破ったのは人ではなく犬、首元に紅いスカーフを巻いたセキトであった。

 

一刀は屈み込み、鳴き声と共に駆けてきたセキトを抱きとめる。

 

「おっと。おはよう、セキト。君が来たってことは…」

 

「……おはよ」

 

調練場の入口からは眠そうに目を擦りながら、しかし確かな足取りで恋が歩いてきていた。

 

「おはよう、恋。今日は…」

 

「丁度良いやん!今な、恋の話しとってん。恋はこれからどうするつもりなん?」

 

一刀の挨拶の途中に割り込む形で霞が恋に問う。

 

突然のことではあったが、ほぼ全員が気になっていたのか、その答えに傾注する。

 

だが、あまり答えを強要したくないと考えた一刀が霞を止めようとした。

 

「待ってくれ、霞。あまり急かすのは」

 

「……決めてきた」

 

「良くな…え?」

 

恋の短いその返答に一刀は瞬時呆然とする。

 

往々にして恋には選択肢と呼べるものがほとんど無かったはずである。

 

そんな彼女が恐らく始めて得た、完全に自由な選択肢。

 

それを2日や3日程度で簡単に決めてしまうことは出来ない、とそう思っていた。

 

ところが、恋の言葉は真実のようで、いつもの独特の間を持って恋がその決意を語り始めた。

 

「……恋、いっぱい考えた。一刀が、月が言ってくれたこと。

 

 ……でも恋は、今まで闘うことしかしてこなかった…だから、詠やねねみたいなお仕事は出来ない。

 

 ……でも一刀や月の役に立ちたいって、そう思った。だから、恋もここで闘う」

 

恋なりに精一杯頑張って伝えようとしてくれているのだが、喋り慣れてないからか、どうも理論が飛んでしまって結論が浮いた感じになってしまう。

 

そこで、一刀は間を自分なりに解釈しつつ、疑問を恋に投げかけた。

 

「恋、別に今すぐ出来ることから仕事を選ばなければいけないわけじゃないよ?

 

 文官の仕事に就きたいんだったら適任を手配するし、庶民の職に就きたいんだったら俺が出来る限り手助けもする。

 

 もう恋は自由なんだ。本当にやりたいことをやればいい」

 

それに対して恋はフルフルと頭を横に振る。

 

「……恋は今まで闘うことが好きじゃなかった。でも、家族を守らないといけないから闘ってた。

 

 ……でも、いっぱい考えてるうちに、気付いた。月の為に闘うのは、そんなに嫌じゃなかった。

 

 ……今も、同じ。恋は一刀や月の役に立ちたい。だから…恋は恋の意志で闘う」

 

語りきり、恋は一刀を真っ直ぐに見つめる。

 

その瞳に濁りは感じられない。

 

「…はは。俺がこんなことせずとも、恋の心の氷は月がとっくに溶かしてたんだな」

 

ポツリと呟く一刀。

 

改めて月の人徳を知ったのだった。

 

一刀もまた恋の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、確認を取る。

 

「昨日軽く説明したと思うけど、この部隊は特殊な部隊だ。場合によってはひっきりなしに戦場に駆り出される可能性もある。

 

 それでも恋は闘うことを選択するのか?」

 

「……ん」

 

「華琳様の下で武官に就く以上、後戻りは出来ないだろう。それでも構わないか?」

 

「……ん」

 

「そうか…分かった。恋、改めて歓迎するよ。これからもよろしく」

 

「……ん、頑張る」

 

恋の決意は固かったようで、躊躇うことなく頷いた。

 

直後、月が、詠が、霞が、喜びも顕に寄ってくる。

 

この瞬間、どの陣営に知られる事もなくひっそりと飛将軍が復活を遂げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、恋さん。一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

 

皆がある程度落ち着いたタイミングを見計らい、菖蒲が恋に問う。

 

「……何?」

 

「虎牢関でおっしゃっていた事なんですが、一刀さんが強いけれど弱い、というのはどういうことなのでしょう?」

 

「……?そのまんま。一刀は強い。けど、弱い」

 

「えっと、ですから、そこを詳しく教えて頂きたいのですが…」

 

恋の返答に困惑する菖蒲。絶妙に会話が噛み合わず、話が進まない。

 

そして更に、この話題には当然の如く、他の武官も食いついてくる。

 

「なんや、面白そうな話やな!詳しく聞かせてぇや!」

 

「そういえば、霞は知らないのだったな。簡潔に教えてやろう。

 

 霞も我々が虎牢関で恋と対峙したことは知っているだろう?

 

 そこで一刀と切り結んだ直後に恋が言ったんだ。『お前は強い、けれども弱い』とな」

 

「ほぉ~。なんやこう、謎かけみたいやな」

 

「私も気づいてはいなかったが、恋と闘っていた時の一刀は確かに私よりも強いと感じたぞ。

 

 私も秋蘭も、そこにいた他の誰も恋には全く歯が立たなかった。

 

 それを考えれば、一刀は十分”強い”のでは無いのか?」

 

先程まで非常に挙動不審であった春蘭も、こと武に関しては冷静になれるのか、非常に真面目な雰囲気になっている。

 

皆が口々に話し出し、場がカオスな様相を呈し始める。

 

だが、肝心の恋が何を問い返されたのか理解していなかった。

 

そうなれば当然、一刀に話の矛先が向く。

 

一刀には無言の圧力を掛けられてまで隠し通そうとする気など更々なく、少し肩を竦めると菖蒲の質問に対する回答を語り始めた。

 

「恋が言っているのは単純なことだよ。技術を織り込んだ”戦闘”においては、俺もそう簡単には遅れを取るつもりは無い。

 

 けれど、単純な膂力で言えば、きっとこの中の誰よりも劣っていると思うよ」

 

『え、えぇっ!?』

 

突然の一刀の激白に皆は驚きを隠せない。

 

連合以前から一刀の実力を知っていた菖蒲は特に驚き、弾かれたように反論する。

 

「で、ですが!一刀さんはいつも私の剣を受けきって、弾いてすらいたではないですか?!

 

 それで膂力が無いなどと言われても…」

 

「実感してみれば分かるよ。菖蒲さん、腕相撲は知ってるかな?」

 

「腕、ずもう?」

 

知らない様子を見せる菖蒲に軽く説明し、簡易な台を見繕って一刀は菖蒲と組む。

 

「本来ならこれにも技術があって、単なる力比べじゃないらしいんだけど、あいにく俺はそこまで詳しくなくてね。

 

 まあ、今言った最低限の決まりごとさえ守れば力比べには十分だろう。

 

 それじゃあ、菖蒲さん、3つ数えたらいくよ。1、2の、3!」

 

掛け声と共に一刀の腕に力が入る。

 

だがどうだろう、菖蒲の手の側には動こうとはしない。

 

それどころか、明らかに一刀が菖蒲に負けている。

 

一刀は手の甲が着きそうになってから僅かに耐える気配を見せたものの、奇跡の挽回とは相成らず、そのままあっさりと負けてしまった。

 

これには周囲も、組んでいた菖蒲自身も驚きを隠せない。

 

一方で、一刀は涼しい顔をして先ほどの説明の続きを始めた。

 

「と、まあこんな具合だ。実は恋に即座にバレた時は内心結構焦ったもんだったよ。

 

 天下に轟く武に洞察力も加わっちゃ、お手上げだ、ってね」

 

一刀は両脇で手の平を天に向け、少しおどけた調子で言う。

 

「ちょっと待ってくれ、一刀。今のを見る限り、確かに一刀の膂力がそれほどでも無い事は理解した。

 

 ならば一刀はどうやって姉者や菖蒲の剣や斧を受けていたというんだ?」

 

「さっきもチラと言ったけど、そこで使うのが技術だよ、秋蘭。

 

 俺が春蘭や菖蒲さんと正面切って剣を交えたところで、力負けして押し切られるのが関の山。

 

 だから、剣をぶつける角度を少しずつずらしてやってるんだ。俺の力は最大限に伝えられ、けれども相手の力は多くが無駄になるように。

 

 この辺りは何百年、いや、一族が成立する以前から剣の技術はあるわけだから、もっと長いか。それ程にも渡る先人たちの研鑽の結果だね」

 

「それが未来の…いや、天の武の正体、という訳か…」

 

「うん、そういうこと。

 

 纏めると、恋の言った『強いけど弱い』。これは、”戦闘”として見た時の能力と単純な”膂力”として見た時の能力のことを言ってたんだよ」

 

説明を受けて皆はようやく得心がいったようであった。約一名、本当に理解したのか怪しい者がいたことは割愛する。

 

そして。これを納得すれば、

 

「なあなあ、一刀。それ、ウチにも教えてくれへん?」

 

「わ、私にもお願いします、一刀さん!」

 

当然、武人として、このような反応になる。

 

だが、さすがの一刀もこれには困ったような表情を醸す。

 

「う~ん…実はこれ、かなり体得が難しいものなんだ。主な理由は、この技術は人を選ぶから。

 

 この技術の体得には大きく2つの条件があってね、1つは精密な身体操作。こっちは鍛錬次第でなんとかなるだろう。

 

 けど、もう一つの条件、これが厳しい。その内容が、並外れた洞察力、あるいはそれに匹敵する戦闘勘。

 

 その能力が予測と呼べる程までに昇華されていないと精密な動きは出来ないからだ。

 

 かくいう俺も、まだまだ完全では無い。常人よりは早く相手の動きを読める自身はあるけど、予測とまではいかない。

 

 霞との対峙は非常に短いものでしかなかったけど、それでもこの陣営で可能性があるとすれば、恋だけだと思う」

 

「うへぇ、聞いてるだけで疲れそうやな。それやったらウチは今のまんま気楽に闘う方がええかも」

 

「一刀さんの一族の奥義のようなもの、ということなのですね…分かりました」

 

武官の中にあって頭を使う部類である2人にはその大変さがすぐに理解出来たのだろう。

 

思ったよりもあっさりと引き下がってくれたのであった。

 

「それにしても、一刀。華琳様の下に参じる以前から私達と同じ鍛錬を行っていたのに、どうして膂力が伸びなかったのだ?」

 

「む?確かにそうだな。しかも、外周回りでは私よりも良い成績の時もあったではないか。

 

 まさか、一刀、実はサボっていたのか…?」

 

メラっと春蘭の背後に炎が立ち上るイメージを抱く。

 

どうも感情のコントロールが利きにくいのか、今日の春蘭は感情の振れ幅が大きい気がする。

 

その様子に少々戸惑うも、一刀はずっと考えていた疑問でもあるその事実について話す。

 

「いや、俺の膂力の伸びはごく普通だ。むしろ、春蘭や秋蘭の膂力の伸び方が異常だったんだ。

 

 俺も膂力を、そして速度を得るために、効果的な鍛え方を覚えている限りで実践していたんだけど…」

 

そこで一刀が俄かに春蘭の腕を取った。

 

突然のことに春蘭は思わずフリーズしてしまう。

 

ところが一刀は真剣な様子で春蘭の二の腕の観察を続けており、それに気づかない。

 

「…うん。やっぱり、この腕でどうやればあんな膂力が生まれるのか、甚だ疑問だ。だが、兵士の方は普通だし…

 

 ……ひょっとして、歴史に名を残す者は特別…?いや、でもこんな世界なんだ、有りうるかも知れない…」

 

ブツブツと呟きながら思考の海に沈む一刀。

 

やがて、徐々に我を取り戻し始めた春蘭は、全身をプルプルと震わせ始める。

 

「か…との…」

 

「え?」

 

そこでようやく一刀は春蘭の様子に気づく。が、時すでに遅し。

 

次の瞬間には春蘭の激烈な拳が一刀の鳩尾に入っていた。

 

「一刀の…バカ野郎~~~!!」

 

顔を真っ赤にしたまま、春蘭は叫びながら調練場を出て行ってしまう。

 

「な、何で…」

 

「ふふ。照れ隠しする姉者も可愛いなぁ…」

 

「そ、その照れ隠し、とやらの、被害は甚大だよ…」

 

「か、一刀さん、大丈夫ですか?」

 

「あっはっはっは!やっぱええわ、あんたら最っ高やで!」

 

「はぁ…まさかこれからずっとこんな騒がしいんじゃないでしょうね?」

 

「それは…恐らく大丈夫だと思います、よ?詠さん」

 

「ちょ!疑問形なの?!」

 

倒れ伏す一刀と恍惚の表情を浮かべる秋蘭。

 

心配そうに一刀の側にしゃがむ月とバカ笑いする霞。

 

溜息と共にボヤく詠と曖昧な返答でお茶を濁す菖蒲。

 

そんなカオスでありながらも賑やかな面々を見つめる恋の顔には、実に穏やかな、自然と溢れた笑みが浮かんでいたのだった。

 

「ワン!」

 

「……うん、皆いい人。恋、頑張る」

 


 
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