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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第三十三話

ムカミさん

第三十三話の投稿です。


自分で書いてて何ですが、真桜さん、ほんとにチートキャラですね。

2014-03-16 13:47:12 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:9875   閲覧ユーザー数:6941

 

「よぉ~っす。皆もう揃っとるか?」

 

「おはようございます、所長。もう皆揃って始めてますよ」

 

「ほうかほうか、ほんならウチも頑張ろか。今日中に完成させたんで~!」

 

ここは真桜率いる職人集団が詰める工房、通称”研究所”。

 

霞達が調練場に現れた辺りでしばらくは一刀と話せなくなるであろうことを察した真桜は、いつの間にかフェードアウトしてこちらに顔を出していた。

 

この場には大陸中から職人達が集められており、未知の技術に目を輝かせている。

 

黄巾の乱以前から諸侯の情報を一通り集め終えた黒衣隊の一部を用いて行っていた計画。

 

大陸のあちこちに散らばる腕の確かな職人達は、当初そのほとんどがその地を動こうとはしなかった。

 

だが、一刀はあらかじめ名工探しに当たる隊員に切り札を持たせていた。

 

その切り札とは、”未来の技術の断片”。

 

当然、名工たちは断片であろうとその技術に驚くことになる。

 

そこに、示した技術以外にも同等の技術が多数あること、呼びかけに応じれば十分な賃金以外にそれらの技術を好きに授けることを囁かれれば、靡かぬ者はほぼいなかった。

 

更に一刀にとって非常に運が良かったのは、真桜の存在。

 

彼女は既に有する技術がオーバーテクノロジーレベル、その上自他共に認める”発明家”である。

 

発明家は、報酬よりも自身の研究、という人物が多い。

 

ご他聞に漏れず、真桜もそういった内の1人であった。

 

技術、知識に対して貪欲である真桜は、一刀の”知識”を”技術”に昇華し、更には改良までをも常に考えている。

 

計画を始めた当初は少しでも今後の足しになれば良い、程度の考えであったのだが、真桜の存在によってこの計画は主要なものにまで格上げされたのであった。

 

そして、今現在もまた、新たな技術の顕現に尽力しているところである。

 

集められた職人を2班に分け、それぞれ異なる武器の製造に着手、どちらもあと少しで一先ずの完成といった段階まで押し上げて来ていた。

 

真桜はそれら2つに同時に掛かりつつも、どちらに置いても誰よりも先を進むという怪物振りを発揮。

 

”研究所”が発足したての頃には所長に真桜が就いたことに陰で不満を漏らしていた職人達も、今ではそんな真桜に敬意を払うに至っていたのである。

 

 

 

真桜が到着してしばらく経った時、一方の集団で歓声が上がった。

 

「所長!試作参号機、仕上がりました!」

 

「お、出来たんか!ほなら、早速試運転や!」

 

試作品完成の報にテンションを上げる真桜。

 

それは他の所員も同様で、完成の度合いを確かめるために実験場に大挙して押し寄せていた。

 

奥に的を設置して、いよいよ試射の準備は完了。

 

試射担当の所員が矢を試作機にセットして構える。

 

訪れる短い沈黙。

 

その沈黙をパシュッと軽やかな音が切り裂く。

 

試作機から放たれた矢は的に向かって真っ直ぐに宙を飛び、トスッと突き刺さった。

 

正中ではないものの、的中。

 

それを確認した途端、ワッと再び歓声が上がった。

 

「おっしゃ!完璧や!」

 

「やりましたね!所長!」

 

「皆が頑張ってくれたおかげやんか!ともかく、早いとこ一刀はんに…」

 

「もう完成させたのか。すごいな…」

 

「おおう!?いつの間に…」

 

真桜の背後から突然一刀の感嘆の声が聞こえ、真桜は飛び上がる。

 

周囲の所員もまた動揺の色を示していた。

 

「たった今だよ。あ、皆、そんなに固くならないでいいよ」

 

「し、しかしですね…」

 

「いくら知識があろうとも技術が無ければ価値など無い。俺は君達の存在によって今の立ち位置にいるようなものだ。

 

 だから普段通りにしてくれたらいいんだ。むしろ、俺達がお前を存在させてやってるんだぞ、くらいでいい」

 

「……そこまでおっしゃられるのなら、分かりました」

 

理解を示す返事をしているのに、畏まった態度が変わらない所員に苦笑しつつ、一刀は真桜に振り返って話を振る。

 

「それで、どうだ?簡易性は保てそうか?」

 

「モチのロンやで!ほれ、見てみ?弓なんて持ったことない所員が射って見事的中や!

 

 し・か・も、や!秋蘭様並の飛距離まで出せとんで、こいつ!」

 

「そうか。なら、”クロスボウ”の再現はこれにて完了、だな」

 

「はいな♪」

 

真桜はその上機嫌が声音にまで滲みだしていた。

 

一刀が研究所員に取り急ぎの開発を以来した2つの内の一つ。

 

それが”クロスボウ”なのであった。

 

一応、この時代にもそれに似た兵器、”弩”が存在している。

 

だがこの弩、かなり大掛かりなものであるために城壁に設置するなど、使いどころが限定されている上、弦を引き絞るのに相当な筋力が要請されるものであった。

 

そこで一刀は多少なり知っている未来のクロスボウの構造を真桜達に教え、真桜と相談しながら開発し遂にこの時代での再現を果たしたのである。

 

「にしても、ホンマに完成するとはな~。単純に弩を小さくしただけと違て威力も増す構造になっとるんやもんな。

 

 これが天の国の武器やねんな~」

 

「いや、このクロスボウは百年以上も前に戦場からは姿を消したものなんだ。もっと扱いやすく、強力な兵器が次々と開発されるようになったからね」

 

「なんやて?!」

 

「とは言っても、それまでの間、何百年も主戦力として使われ続けた歴史を持つ優秀な兵器であることに違いは無い。

 

 それにごく最近まではその消音性の高さから一部ではよく使われていたという話もあるくらいだ。

 

 しかもこれは今現在の大陸の技術水準を間違いなく大きく超えている。十分にすごいものだよ」

 

真桜の耳には一刀の説明の半分も届いていなかった。

 

真桜は確かに大陸一と言っていい程の技術力を有している。

 

そして真桜自身もまたそこに自負がある。

 

そんな真桜が大陸トップクラスの職人集団の腕と頭脳を借りて、日数をかけてやっとの思いで完成させた新兵器。

 

それが天の国では既に廃れた武器だと言うのだから、果たして天の国の主要武器とは如何なるものなのか。

 

その途方も無い技術力の差に一時呆然としてしまったのであった。

 

やがて我を取り戻した真桜は思い出したように一刀に話しかける。

 

「は~、やっぱり天の国っちゅうんはウチらなんかじゃ計り知れへんねんなぁ。

 

 それはそうと、一刀はん。この武器、折角やしウチらで名前付けへん?」

 

「ん?ああ、いいんじゃないかな。

 

 クロスボウってのはこの基本機構を持つ武器の総称な訳だし」

 

「おお、さすが一刀はん。話が分かるわぁ」

 

「それで?こんな話を振ってくるってことは何か候補があるんだろう?」

 

真桜はニヤリと口の端を歪め、如何にも妙案だろうと言わんばかりの調子で話す。

 

「ふっふっふ…完っ璧な名前やで~?

 

 聞いたところによると、一刀はん、新たな牙紋旗作るって話やん?その紋様が丸の中に十字って聞いてピンと来たんや!

 

 十文字を掲げる天の御遣いが齎した空を翔ける武器…ズバリ!ウチが考えたこの武器の名前は!

 

 

 

 『天翔十字ほ…」

 

 

 

「ストーーーーーップ!!いや違う、止めろ、真桜!!それ以上はいけない!!」

 

「は?何でなん?」

 

「理由はちょっと説明出来ないんだが…とにかくその名前だけは使ってはいけない!」

 

「わ、わかった…」

 

一刀の余りの剣幕に若干引き気味の真桜。

 

だが、これは理由も分からないのでは仕様がないことではある。

 

(何でこんなピンポイントに某聖帝の技名なんて持ってこれるんだよ……)

 

一方で一刀は色んな意味で内心穏やかでは無くなっていたのだった。

 

「ん~…せやったら…ちと単純やけど一刀はんの牙紋旗とこの武器の見た目から『十文字』、とか?」

 

「ああ、それなら問題無いな」

 

「よっしゃ!ほんならこの新兵器の名前は『十文字』に決定や!」

 

再びワッと周囲が涌く。

 

一刀のお墨付きも得て、名前も決まり、ようやく研究所初の一大プロジェクトが完遂したことに喜びを爆発させたのであった。

 

「よし、それじゃ素材を調達出来次第、量産を開始してくれ!最低数は新設部隊の隊員分!将の分は考えなくていいが月には2つ、用意しておいてくれ!」

 

『おうっ!』

 

「おっしゃ、ほんならウチはもう一つの方を頑張ろかな」

 

「すまんな、真桜。頼む」

 

「任せとき!」

 

こうして後々多大なる成果を上げ続ける”研究所”、その第一歩なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀は『十文字』を用いた新しい兵運用、それに合わせた訓練、そういったものを思案しつつ大通りを歩いていた。

 

そこに横合いから声が掛けられる。

 

「ちょっと…って、待ちなさい!あんたよ、あんた!」

 

「え?あ、零さん」

 

「何よ?無視する気だったの?!」

 

思案に耽っていたために危うくスルーしてしまうところだったことに憤慨する零。

 

完全に自分に落ち度があるため、一刀は申し訳なく思う。

 

「すいません、零さん。考え事をしていたもので。どうかされましたか?」

 

「少し話があるの。今、ちょっといいかしら?」

 

そう言って見つめてくる零の瞳に冗談の色は見えない。

 

取り急ぎの用件は粗方終えているため、一刀は零に応じることにした。

 

一先ずで立てていたこの日の予定を脳裏で順繰りに整理しながら零に返事をする。

 

「ええ、構いませんよ。場所はどうしましょうか?」

 

「そうね…出来れば誰にも聞かれたくないから、四阿にでも行きましょうか」

 

「分かりました」

 

そして先導するように歩き出した零に従い、一刀は四阿へと向かった。

 

 

 

 

 

「さて、まずはあなたに礼を言っておくわ。あなたのおかげで初めて軍師らしい成果を挙げることが出来たのだし」

 

「いえ、私自身確たる証拠も無かったわけですし、上手くいったようで何よりです」

 

一刀は零の述べる礼に対し謙遜で返す。

 

その返答を聞き、零は何やら難しい顔をしていた。

 

「……あんたの正体を知ってしまったからか、なんかしっくりこないわね」

 

「と、言いますと?」

 

「私は軍事系の文官とは言え、文官である以上政策にも関わるわ。当然、『北郷』の名も耳にしたし目にもした。そういうことよ」

 

「は、はぁ…」

 

「あ~っ、もうっ!あんた、相当鈍いの?!”文官”が”北郷”を知ったって言ってるのよ?当然、その力量を認めざるを得ないでしょう!」

 

突然怒り出す零。

 

その様子に一刀は面食らっていた。

 

確かに以前から”北郷”の名で献策は行っていたのだが、一刀にとっては所詮未来において周知の事実を断片的に記しているに過ぎない。

 

この時代において、その考えが非常に新しいものであることは理解していたが、まさか零ほどの文官までもがそこまで感心する程だとは考えていなかったのである。

 

爆発してしまった零はすぐに冷静さを取り戻すと、恥ずかしくなったのか少し顔を赤くして続きを述べる。

 

「そ、そういう訳だから、あんた、私への話し方も菖蒲と同じようになさい」

 

「……では、俺もなるべく普段通りに。こんな感じでいいかな、零さん?」

 

「ええ。この方がしっくりくるわ」

 

特に拒否する理由も無いので一刀は零の提案を受け入れる。

 

そして返された返事に零は満足そうに頷いていた。

 

「それで?話っていうのは?」

 

「ああ、そうだったわね」

 

問われ、零は表情を引き締め直す。

 

「虎牢関の時からずっとあんたに聞きたいことがあったのよ。あんた、どうして私の問題を解決出来たの?」

 

「………………」

 

半分以上は予測出来ていた質問。

 

だが、予測は出来ていてもこれにどう答えたものか、一刀はその答えを出せていなかった。

 

そのために、短くない時間沈黙が場を支配する。

 

やがて一定の答えを自らの中で出し、一刀は閉ざしていた口を開く。

 

「……”晋”国…この名前に聞き覚えは?」

 

「な!?ど、どこでその名前を?!や、やはりあんたは読心の妖術を?!」

 

「いいや、違うよ、零さん。これもまた天の知識故。ついでに言えば、”晋”を知っているのだから当然…」

 

「私の野望も知っている、ってことかしら?」

 

一刀の言葉を先取りして零が発言する。

 

そこにはまだ驚きが残っているものの、鋭い視線を飛ばしてくる零の姿があった。

 

ある種の威嚇行為なのだろうが、一刀は全く意に介することなく静かに頷いて言葉を続ける。

 

「この事を俺が知っていること。それが大前提になるんだ。今から説明しよう、俺が知っている”司馬仲達”の物語、その概要を…」

 

そう前置いて語りだした一刀の話。

 

それは正史における”仲達”の活躍に他ならない。

 

零も一刀の口から語られる、余りにも不思議な活躍譚に口を挟む事も忘れて聞き入っていた。

 

そして、一刀がその話を終えた時には、零は得も言えぬ奇妙な感覚に襲われていた。

 

それはまるで、本来あるはずだった自分の姿、その欠片を強制的に垣間見せられたような嫌な感覚、そして自分が為すであろう功績を前倒しにして褒め称えられたような心地よい感覚、それらの混同。

 

だが、零はその奇妙な感覚に完全に身を委ねるようなことはしない。

 

一刀の話の中にどうしても引っ掛かる部分があったからである。

 

知を武器とするべき文官にあって、そのような確かな違和感を放置して己の感情に溺れるようでは高みなど到底目指すことは出来ない。

 

零が自身の気持ちを整理し、すかさず一刀に質問を投じるのは至極当然と言えた。

 

「なるほど、確かに興味深い話ではあったわ。けれども、どうしても理解が追いつかない点があったわね。

 

 あなたの話す人物、途中からそのほとんどに聞き覚えが無いわ」

 

「そうだろうね。なんせ、零さんにはまだ話してないことがあるんだから。

 

 ……零さん、これから話すことは他言無用でお願い出来ますか?」

 

「内容によるわね。黙っていることが魏にとって不利益となるようであれば、漏らすことも吝かではないわ」

 

連合での戦を経て、今や魏の重臣たる零からすればそれは当然のことだろう。

 

加えて一刀が不安に思う点は、未来の知識の利用価値、その捉え方であった。

 

未来の知識は扱い方次第で毒にも薬にもなる。

 

凡夫を天才のように見せることも出来れば、天才を凡夫に変えてしまうこともあるだろう。

 

事実、一刀は華琳達から稀代の政策家のように扱われているが、実物大の一刀の聖フランチェスカ学園における成績はせいぜい中の上。

 

このようになっているのは一刀が未来の知識を効果的に用いているからに他ならない。

 

更に、一刀はこの大陸に来てからもう随分と経っているが、それでも利用している未来の知識は両手で数えられる程。

 

別に一刀が出し渋っているというわけでは無い。単純に技術が、物質が、知識が足りていないのである。

 

1000年以上という時の隔たりはそれほどまでに大きいのだ。

 

それを考えると、いくら零と言えどおいそれと未来に関する情報を話すわけにはいかない。

 

そこで一刀は零を試すことに決める。

 

「……零さん。もし、貴女が項羽もしくは劉邦だったとして、目の前に只の庶民がいたとすればどうする?」

 

「いきなり何を言い出すの?意図が掴めないわ」

 

「それも含めて、後で説明するよ」

 

「……そうね、それが才ある者なのであれば登用するし、そうでなければ見向きもしないわ。

 

 でも、こんなことは誰に聞いても答えは変わらないのではないかしら?」

 

「その庶民が今この時代から現れた者、つまりあなたから見て500年程先までの歴史を知っているとしても?」

 

一刀のその言葉を聞いて零は黙り込む。

 

依然として零は一刀の意図を掴もうとしているようだが、意識的に表情を消している一刀からは何も読み取ることが出来ない。

 

仕方なくといった様子で暫し考え込み、そして問いに答えた。

 

「…例え未来を知っていようが、その者に才が無いと判断すれば登用することは無いわ」

 

「未来の知識を持っているのに?」

 

「どんなものを持っていようが、才が無ければ有効に扱うことなど出来はしないわ。

 

 それに、才無き者がそんなことを騙ったとして、その知識が正しいとも限らない。誤った知識を利用しようとして大火傷を負うような馬鹿なマネはしたくないわ」

 

「なるほど…」

 

返答から考えるに、このような突拍子も無い問いであっても、零は自分の中に明確な基準を設けていて、それに基づいて判断している。

 

であれば、話しても大丈夫だろう。

 

最終的に一刀はそう判断した。

 

「何故俺が零さんの野望を知っているのか、先の話に出てきた、未だ名も聞かぬ人物達は誰なのか、更には何故俺が零さんの問題を解決できたのか。

 

 これらの答えの大元は実に簡単なものだ。それは…俺が未来から来た、ということに起因している」

 

「はい?未来?あんたは天の国から来たのでしょう?」

 

「便宜上それで通してるんだけど、実際は未来からなんだ。但し、どうも辿る歴史に多少の違いがあるようだけどね」

 

「…………」

 

この告白にはやはり黙りこんでしまう。

 

だが、零はフリーズしたわけでは無かった。

 

一刀の語った事実から新たに推測出来るこの先の内容に頭を高速回転させていた。

 

華琳に登用されて以来、既にこれまでで何度も仰天させられてきた。

 

色々と真実を知った今、改めて思い返せばその悉くに一刀が関わっていたのだ。

 

今更、天の国が実は未来でした、と告白されたくらいでは零はフリーズする程驚くことは無くなっていたのである。

 

「俺のいた時代では、今の大陸の情勢は一つの物語として広く親しまれている。

 

 その物語の一節、それが先程の話。但し、本来のものとは数十年ズレてしまっている。つまり…」

 

「あんたの知る”歴史”とやらでは私はもっとずっと後に登場するはずだった、ということかしら?」

 

再び一刀の言葉を先取りする零。

 

だが今度の零はまるで自身の推測が正しいか、採点を待つ生徒のような感じもどこかに見受けられた。

 

ここまでの話からほぼ間違い無いと考えてはいても、やはり突拍子も無いことには変わらないため、不安が大きいようだ。

 

そんな零の心情を知ってか知らずか、一刀は首肯をもって零に答え、先を続ける。

 

「このズレの存在、それが問題を解決するに至った2つの鍵の内の第一の鍵。

 

 そして第二の鍵、これは菖蒲さんから相談を受けてあの場を設けてもらうまでは全くと言っていいほどに気づいていなかったある法則だ」

 

「法則…」

 

「もしかしたら零さんも薄々感づいていたんじゃないかな?

 

 どういうわけか、零さんはその名を轟かせようとする度に不幸が降りかかってきていた。それも不注意などという話ではない。

 

 まるで大いなる意志が零さんを押し込めようとしているかのように…」

 

「それは…確かに感じていたわ。だけど、そんなことは…」

 

「ああ、本来であれば考えにくい、というより考えられない事だね。でも、俺はその可能性を考えてある仮説を立てた。そして、零さんの作戦が上手くいったということは、その仮説は概ね間違ってはいないんだろう」

 

知らず緊張していた零は思わず喉を鳴らす。

 

先を促すその視線に応え、一刀は核心の説明に入った。

 

「俺が立てた仮説とは、大まかな歴史の流れが変えられてしまわないように、世界の自浄力とでもいうべき力が働いている、というものだ。

 

 そこで俺は零さんにああいった策を授けた、というわけだ」

 

「……大まかな歴史、つまり私が活躍する時期は本来であればまだ来ていないはずだから、私に悉く不幸が降りかかるっていうの?」

 

「ああ、残念ながらそのようだ。ただ、今現在でもその力が強く働いているのかどうかは分からない。

 

 なにせ、俺自身、随分と好き勝手に動いているが、まず何も干渉を受けていないのだからな。

 

 その辺りは今後要観察ってところかな」

 

「そう……未だに信じ難いのだけれど、実際に効果が出ているんだものね。こればかりはあんたの言うことをまんま信じるしかなさそうね。

 

 だけど…今日の話でもう一つ、別の疑問が湧いて出てきたわ」

 

「もう一つの?」

 

一体何に疑問を持ったのか、トンと見当がつかず、一刀は首を傾げる。

 

そんな一刀を真っ直ぐに見つめて、零は切り出した。

 

「あんた、どうして私が謀反を企てていると知っていてここまで協力してくれたのかしら?まさか、あんたも謀反を考えている、というわけではないのでしょう?」

 

「あぁ、なるほど…」

 

確かに零の言う通りではある。普通であれば一刀の行為は逆賊と捉えられても文句は言えない。

 

一刀にもきちんとした理由はあるものの、それをはっきりと零に言ってもいいものか、悩んでしまう。

 

(だが、もう色々と白状したようなものだ。隠すのも今更か…)

 

結論に至ればそこからの行動はすぐであった。

 

「気を悪くするかも知れないけど、その理由は話しておこうか。

 

 まず、第一の理由、これは完全に独断だが、零さんが謀反を起こすとしてももっと後、それこそ大陸平定の直前だと考えていたから。

 

 だったら、零さんの高い能力は有効に活用させてもらわないと損なだけだしね。

 

 そして第二の理由、それは零さんがいざ謀反を起こさんとしたところで、事前に抑えこむ自信があったから。

 

 最後は…これはどっちかと言うと後付けに近いかな。能力を妥当に評価されない辛さは分かっているつもりだ。そこから零さんを救ってあげたかった」

 

「……私を簡単に抑えこめるという点についてはちょっと思う所があるのだけど、そう、そういうことだったのね」

 

「加えて言うならば、零さんは子供の頃から妥当な評価を受けることが出来なかった。それはこの軍に属してからもほとんど変わらない。

 

 個人的には、妥当な評価を受けられないと考えは極端に走りがちになると思ってるんだ。一つは全てを諦める道。そして他方は、全てを従えて無理矢理にでも認めさせる道。

 

 もし零さんも鬱屈した感情が積もっていって、結果考えたのが自身での大陸平定、その為の謀反を企てたんじゃないか、って思ってね。

 

 だったら、その原因を取り除く、つまり妥当な評価を受けられるようになれば、或いは謀反の考えは捨ててくれんじゃないか、と思ったこともある」

 

滔々と澱みなく話し続ける一刀。

 

その言葉が重なるほどに零の中には言いようの無い暖かいものが溢れてきていた。

 

フライングの知識があったとはいえ、一刀は零のことを実績を持たない時から高く評価していたことがよく伝わっていたからである。

 

そして同時に空恐ろしいとも感じていた。

 

もし、一刀とここまで深く関わることなく謀反に思い至っていたら、どうなってしまっていたのか。

 

元々一刀の言った通り、零の心中には既に謀反の意志はほとんど残ってはいなかった。

 

その僅かに残っていた痼りもこの感情の前に全て吹っ飛んでいったのだった。

 

「……ふぅ、あんたはほんと、怖いくらいに何でもお見通しみたいね。

 

 ええ、あんたの言う通り私はもう謀反を起こそうとは考えていないわ。あんたのおかげでね。

 

 だから、その…あ、改めて礼を言うわ。ありがとう…か、一刀」

 

「あはは。零さんに何気に名前を呼ばれるのは初めてになるんだね。

 

 いや、気にしないでいいよ。俺は俺の考えに基づいて行動しただけなんだからさ。

 

 とにかく、これからはよろしくね、零さん」

 

「ええ、こちらこそ。ふふ、一つ興味事がなくなったかと思えば、今度はあんたに興味が湧いてきたわ」

 

「天下の大軍師、司馬仲達殿に興味を持って頂けるとは、恐悦至極」

 

一刀はおどけたように恭しく一礼をする。

 

零もまた笑みを浮かべながらの対応。

 

「それじゃあ、今日のところはこれで失礼するわ。あんたのことはいつか、我が知で丸裸にしてあげるわ。楽しみに待ってなさい」

 

楽しげな笑い声を響かせ、零は四阿を去って行った。

 

 

 

 

 

1人残った一刀は内心安堵していた。

 

(零さんが謀反の考えを捨ててくれたことは本当みたいだな。これは朗報だ。これで内輪もかなり固まってきた。後は……)

 

一刀は考えを巡らせ続ける。一日でも早く大陸の平定を成し遂げるために。

 

一刀を突き動かすその裏にはとある未来の事実がある。未来を話した誰にも未だ語らない、いや、語ることのできない事実が。

 

(ここまででも歴史は細かいながらも大分変わってしまっている。これからどうなるか……)

 

不安を孕んだまま、しかし解決法が見つかるわけもないのであった。

 


 
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