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真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ二十五

どうも!
やっとこさ投稿です。

仕事がある以上、不定期になってしまうのは仕方がないとはいえこれは……orz

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2014-02-26 21:29:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:7862   閲覧ユーザー数:5796

 

 

【 援軍要請 】

 

 

 

 

 

「一刀様」

 

 

李通の声でふと我に返った。

ここは謁見の間。眼下には仲間達。そして――夏候妙才。

 

彼女は緊張した面持ちで俺のことをじっと見ていた。

俺の知っている夏侯淵という名の少女は滅多にそういう表情を出さなかった。

 

 

李通の隣に並ぶ華琳を見る。華琳の瞳は揺れていた。目が合う。縋るような視線。これもまた、珍しかった。

 

 

「兗州か……遠路はるばるご苦労なことだ。疲れは無いか? もし疲れているなら少し休息の為の時間を作るが」

 

 

努めて公的な場で使うような声を出す。そういう話方をする。

意識してでなければ出来ないのが、太守という人の上に立つ存在に未だなり切れていないことの表れだった。

 

 

「お心遣い痛み入ります、太守殿。しかし私は役目を果たさなければ。それに、昨日はこの街の宿に泊まったので問題はありません」

 

 

視界の端に入る楓がピクリと反応した、気がした。

 

 

「そうか。ならこのまま話を進めよう」

 

「はい」

 

「すまない。申し遅れた。荊州魏興郡太守、北郷一刀だ。様付け以外なら好きに呼んでくれ。……夏侯淵殿」

 

「――!? な、なぜ私の名前を?」

 

「いや、以前この街に訪れた商人の話の中にそんな名前が出て来ていたと思ってな。違ったか?」

 

「い、いえ。その通りです」

 

 

驚き、戸惑いながらも夏侯淵は首を縦に振る。我ながらどうしようもない避け方だと思った。

 

名が同じでも、姿が同じでも。明確に違う人間であることは疑いようもない。

細かな所作以外はどこまでも、俺の知っている少女そのもの。だからこそ、その真名が呼べないのは辛いものがあった。

 

 

「では北郷一刀殿、と呼ばせていただきます」

 

「堅苦しいな。姓か名か、どちらかでいい」

 

「は、はい。では……北郷殿、と」

 

「ああ、それでいい。さて、呼び方云々はこれくらいにして本題に入ろう」

 

 

ごくり、と唾を飲み込む夏侯淵。

“夏侯淵”らしくないその様子に少しだけ笑う。そうか。この外史の夏侯淵はこういう感じなのか。

 

 

「兗州陳留郡……太守は王肱殿、だったかな」

 

「はい。私は王肱様に仕えています」

 

 

違和感。夏侯淵が曹操以外に“様”を付けるとこんなにも違和感を感じるものなのか。見れば華琳も複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 

「君は王肱殿からの使者、ということでいいんだな?」

 

「はい。我が主、王肱様は魏興郡からの援兵を求めています」

 

「援兵?」

 

 

夏侯淵の発言に、俄かに場がざわついた。

とはいえ、ざわついたのは文官の一部だけ。

 

楓、紫苑、桔梗、李通、華琳は沈黙を守っていた。

しかし眉根を寄せたり宙を見たりと、それぞれが思い思いに夏侯淵の発言について考えているようだった。

 

俺も少しだけ考える。

兗州陳留郡の太守、王肱が荊州魏興郡の太守、北郷一刀に援兵を求める。……明らかな違和感があった。

 

 

「北郷くん」

 

 

公的な場にも関わらずいつもと変わらない呼び方。楓が軍師としての顔でこちらを見ていた。そして言葉を続ける。

 

 

「この娘――」

 

「待った」

 

 

それを止めたのは他ならぬ俺。

楓の言いたいことが分かったからこその制止。

 

 

「分かってるから、今は言わないでいい」

 

「……はーい」

 

 

不満そうでは無いにしても、少しだけ拗ねたような表情を浮かべる楓。

年齢的には紫苑や桔梗に近い彼女がそんな子供っぽい表情を浮かべることに苦笑する。

 

あ、いや。案外、紫苑と桔梗もそんな表情するときあるな。もちろん華琳も。

 

 

「援兵、ね……」

 

 

考える素振りを見せた俺を見ながら、どこか不安げな表情を見せる夏侯淵。

 

 

「やはり無理か……」

 

 

そんな呟きが耳に入る。

その表情と声色が心に刺さるというのもあったが、同時に感じたのはやはり違和感だった。

 

考えるを素振りを解き、口元に当てていた手を軽く宙に振る。

 

 

「無理かどうか、詳細を聞かなくては分からないな。夏侯淵殿」

 

「え?」

 

 

なぜそこで戸惑いの表情になるのか。今俺が語ったことは当たり前のことだというのに。

 

 

「詳細だよ。なぜ王肱殿は援兵を求めているのか。なぜ君を使者に遣わしたのか。この際、詳細という固い表現は止めにしよう。俺はそれらの理由が知りたい。全てはそれからだ」

 

「――」

 

 

眼を見開く夏侯淵。

だからなんでそんな表情をするんだか。

 

まるで俺が口にした当たり前の言葉に天啓でも受けたみたいじゃないか。……いや、まさかな。

 

 

「吉利。黄忠」

 

「「はい」」

 

 

突然の呼び掛けにも動じず応えてくれる二人。

というのは少し誇張した。少なくとも華琳に関しては。華琳は紫苑よりも返事が一瞬だけ遅れていた。

 

 

「場所を変える」

 

 

その一言で全てを察した二人は命を受けたことの返事として俺に一礼し、無駄の無い動きで謁見の間を後にした。立ち上がり、そこまで広くもない謁見の間を見渡す。

 

 

「使者殿との話は俺と他何人かで進める。皆、各自の仕事に戻ってくれ」

 

 

一拍の間があり、文官達と楓。そして桔梗が一礼し謁見の間を出て行った。残されたのは俺と夏侯淵だけ。

 

 

足早に上段から降りる。やはり地位が高いっぽい場所は苦手だった。

 

そして夏侯淵と向き合う。

容姿は俺の知っている夏侯淵とまったく同じ。思うところは多々ある。だが今は

 

 

「ほ、北郷殿? これは一体……」

 

 

目を白黒させている使者の少女をエスコートするべきだろう。そう思い、先刻よりも雰囲気を和らげて軽く笑い掛けた。

 

 

「堅苦しいのは苦手でね。実は俺、こういうの嫌いなんだ」

 

「は、はあ」

 

「まあそういうことだからさ。それじゃあ行こうか、夏侯淵」

 

 

俺は謁見の間の扉――つまりはこの堅苦しい空間からの出口を指し示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

……何故、こんなことになっているのだろうか。

 

 

「あ、楓。それ俺が確保しといた菓子だぞ」

 

「まあまあ、いいじゃないいいじゃない。減るもんじゃなし」

 

「いや現在進行形で減ってってるけどな」

 

「意地汚いわよ、楓」

 

「そういう華琳だって同じもの食べてるじゃん」

 

「私のは個人的に確保していたものよ。ほら、名前だって書いてある」

 

「流石はお嬢様。包装紙に『吉利』と書いておくとは流石ですね」

 

「ふふ、華琳の名前が書いてあるものを食べたら後が怖いものね」

 

「言ってくれるわね、紫苑。……まあいいわ。璃々も食べる?」

 

「うん! ありがとう、華琳お姉ちゃん」

 

「ええ、どういたしまして。お茶は李通から貰ってね」

 

「はい、璃々ちゃん。口に合うよう、苦みを抑えておきました」

 

「相変わらず李通殿はそつがないな」

 

「いえ、厳顔様。これもまた、私の役目ですので」

 

「華琳様! お茶が入りました!」

 

「ありがとう、焔耶。……今一瞬貴女の指が、しかも意図的に入っていたように見えたけれど、ありがたく頂くわ」

 

「はっはっは、焔耶よ。華琳に認めてもらうには李通殿並みの能力を身に着けなくてはならないらしいぞ」

 

「星。それは無理な話だろう。この粗忽者にはな」

 

「ふ、桔梗。弟子の可能性を師が潰してどうするのだ。もしかしたら、ということも有り得るだろう?」

 

「本気か?」

 

「いいや。……んっ、ぷはぁ」

 

「おーい。一応今仕事中ですよー。上司の前で酒飲んでいいと思ってんのかー」

 

「主よ。何を勘違いしているのかは知りませぬが、これは水です。少し味の付いた」

 

「嘘吐け」

 

 

……本当に、何故こんなことになっているのだろう。

 

北郷殿に促され、謁見の間を出た私は別の部屋に通された。

別の部屋と言っても、通された部屋は完全な屋内では無く、寧ろ大きな東屋といった風情だった。

 

軍議の間の柱と屋根を残し、壁を取り去ったような具合の部屋。改めて考えてみると部屋という表現を使うのが正しいのかどうか分からない。

 

ともかくこの場所のことも含めて、私は正直なところどうしようもない状態にあった。

 

目の前では北郷殿と荀攸殿、厳顔殿と他数人がちょっとした騒ぎを繰り広げている。

紫色の髪を二つに縛っている小さな女の子がチラチラと私の方を見ているのは気付いているが、敢えて気付かない振りをした。済まない。今の私にそんな余裕は無いんだ。本当に済まない。

 

しかしこの女の子は厳顔殿の隣に座る女性の娘か何かだろうか。髪色を含め、似ているところが多々見受けられるということはそういうことなのだろう。母親がこうも美しいなら将来はきっと――

 

 

「夏侯淵?」

 

「は、はい」

 

 

隣。上座の椅子に腰掛けている北郷殿に名を呼ばれ、内心驚きながらも返事をする。

 

そんな私の姿を滑稽にでも思ったのか、彼はクスリと笑みを浮かべた。なんとなく、人を釣るような笑顔だった。

 

 

「騒がしくて悪いな。割といつものことだから、あまり気にしないでくれ」

 

「これがいつも、ですか?」

 

「まあね。少し五月蠅い気もするけど、静か過ぎたり堅過ぎたりするよりかはよっぽどいい」

 

「は、はあ……」

 

 

曖昧な返事を返す。謁見の間での振る舞いの違いから少しだけ話し難さを感じ、目を逸らす。その先には、艶やかな黒髪の美しい女性がいた。

 

確か名は、吉利殿。

謁見の間での様子を見るに、どうやら重臣と言える立場のようだった。

 

 

「一応、紹介しとくよ。彼女は吉利。その隣が黄忠で、更にその隣が厳顔」

 

「よろしくね、夏侯淵」

 

 

吉利殿に微笑みかけられる。黄忠殿と厳顔殿には黙したまま軽く礼をされた。北郷殿の紹介は続く。

 

 

「そこのカッコいいのが李通。そっちの白いのが趙雲で、ブラックジャ――もとい髪の毛が逆立ってるのが魏延。んで、人のお菓子を取った意地汚いのが荀攸。最後に、黄忠の娘の璃々だ」

 

「格好が良い、ですか。恐縮です、一刀様」

 

「白いのという紹介のされ方は心外ですな、主よ」

 

「お館。今なんて言い掛けたんだ?」

 

「引っ張るね、北郷君。案外、根に持つ人なのかな」

 

「えっと、初めまして。璃々です」

 

 

 

続々と紹介される面々に少なからず気圧される。

特に吉利殿、黄忠殿、厳顔殿は言わずもがな。趙雲殿や李通殿からもそれと似たようなものを感じた。

 

 

唯一、微笑ましく思ったのは最後にぺこりと礼をした女の子。黄忠殿の娘、璃々。

歳に似合わずしっかりした娘だと思った。自分がこの歳の頃はここまでしっかりしていただろうか――

 

 

「さて早速だけど本題に入ろうかな」

 

 

再び自分の思考に沈み掛けた私を、北郷殿の声が掬い上げた。

見れば北郷殿は卓に肘を付き、気怠そうにしていた。さっきまで謁見の間で太守然としていた様子とはまるで違う。

 

 

「一刀。もっとシャンとしなさい」

 

 

吉利殿が何故か北郷殿を嗜める。

 

 

「シャンとしろって言われてもな。知ってるだろ、華琳。俺は――」

 

「『――こういうのは苦手なんだ』でしょう。それは分かっているけれど、相手は援軍を求めに来た使者。あなたは太守としての対応をしなくてはいけないのよ」

 

「いやあ、華琳はお堅いねえ。ま、それも北郷君を立派な王様にしたいからか。うんうん、なんだか母親みたいだね」

 

「楓。殺されたい?」

 

「いやいやいや! 今の冗談だからね! ね!?」

 

「いいから。始めるぞ」

 

 

吉利殿と荀攸殿の掛け合いを溜息交じりに諌めながら、北郷殿はこちらを見た。穏やかながらも鋭さの混じった視線が私を射抜いた。今更ながらに気付く。ここは私にとって敵地にも等しい場所だと。自分以外に、心から頼れる人はいないのだと。

 

その事実に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「夏侯淵殿。取り敢えず聞きたいことが幾つかあるんだが、いいかな?」

 

「は」

 

 

短い返事を返す。北郷殿の表情は変わらない。しかし、微かに笑われた気がした。

 

 

「まず聞きたい。王肱殿は『魏興郡太守、北郷一刀に援軍を求めている』――これは真実かな?」

 

 

言葉に詰まった。遠回しのように聞こえて、真正面からの問い。悟られている。間違いなく。

 

 

「北郷君も気付いてたんだ」

 

「そりゃあな。じゃなきゃ止めないよ」

 

 

荀攸殿と北郷殿との短い会話。

その内容は、先刻の謁見の間でのことだろう。

 

 

「というか気付かない方がおかしい。兗州陳留郡の太守が荊州魏興郡の太守へ援兵を求める。……明らかに不自然だ。州単位で言えばお隣さんだけどな。郡単位で言えば間にはいくつかの郡がある。荊州南陽には袁術がいるし、わざわざこの魏興郡に援兵を求める理由が無い。いくらなんでも手間が掛かり過ぎている」

 

「それを差し引いての所縁があれば話は別だろうがな。そんな話は聞かんし、何よりそういう話がもしあったなら夏侯淵殿が真っ先にそれを口にしているだろう」

 

「そうね。一刀さんと王肱殿の間に所縁があるとも思えないし、どう考えても不自然だわ」

 

「そうなるとおかしなことがひとつあるわ。何故、貴女はわざわざ『魏興郡太守、北郷一刀に援軍を求めている』なんていう虚言を口にしたのかしら。何となく事情は察するけれど、出来れば貴女の口から聞きたいわね。夏侯淵」

 

 

北郷殿、厳顔殿、黄忠殿、そして吉利殿が言葉を紡ぐ。

その全ては理路整然としていて無駄が無い。だが糾弾するような言葉の割に、表情は真摯だった。

 

暫しの沈黙の後、息を吸い込む。言わねばならない、気がした。

 

 

「申し訳、ありません」

 

 

まずは謝る。頭を下げて。

 

 

「別に謝罪は求めていないわよ。……話してみなさい」

 

 

不自然に優しい声色。吉利殿の声。それに背を押されて口が自ずと開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なるほど」」

 

 

北郷殿と吉利殿の声が重なった。

席に着く一同も、納得ないし理解した様子で頷いてくれる。虚言を口にしたことについて糾弾する者が一人もいないというのが不思議と言えば不思議だった。

 

 

「周囲に位置する州や郡に援兵を頼んだものの、黄巾の対応やその他の理由で軒並み断られた、か」

 

「しかも詳細を聞くまでも無く、ね。そんなことだろうとは思っていたけれど」

 

「融通の利かない奴らだな。困っている郡があるなら手を貸してやればいいものを」

 

「言いたいことは分かるけど、焔耶。今は少し黙っていなさい」

 

「は、はいっ」

 

 

吉利殿の諌めに、魏延殿が少しだけ焦った様子で返事をした。

こう見ると北郷殿と吉利殿。どちらが太守なのかが分からなくなってくる。いや、北郷殿が太守らしからないというわけではないのだが。

 

 

「その、そういうわけで虚言を吐いてしまった次第です。申し訳ありませんでした」

 

 

北郷殿を含め、一同に頭を下げて謝罪する。

 

 

「まあ――」

 

 

沈黙の後、北郷殿が私のそれに対して口火を切った。

 

 

「夏侯淵にとっては仕えている主だろうけど、はっきり言うぞ。そもそも君が受けた命令がおかしいんだよ」

 

「『どこの誰からでもいいからとにかく援軍を呼んで来い』――舐めているのかしらね」

 

「少なくとも、一介の太守が出す命令とは思えませんな」

 

 

どんどん下がっていく王肱殿への評価。

まがりなりにも臣下だというのに、私は反論することが出来なかった。

 

 

「褒められたことではないけど、夏侯淵が取った方策は間違っていなかったんじゃないか?」

 

「“とにかく援軍を下さい”なんて言うよりも名指しで“援軍を求めに来た”と言った方が聞こえはいいものね」

 

 

本当に何故こういう風に肯定的な捉え方をされているのかが分からない。

 

もちろん完全に肯定的な捉え方でないことは分かる。皮肉では無いにしても、言葉の端々から伝わってくる無言の圧力というか、それに似たようなものを感じるのだ。事実を事実として捉え、それに対する自分たちなりの評価をしているだけ――とでも言えばいいのだろうか。そうだとしてもこの人達は少しばかり特殊だと思えた。

 

 

「はいはーい。ちょっと話が脱線してるよー」

 

 

気怠けに頬杖を付く荀攸殿が間延びした声を上げる。その様子に反して、指摘は的確だった。というか私が一番に気付くべきことだろうに。

 

 

「ああ、悪い。ええと……そうだ」

 

 

少し考え込んでいた北郷殿は何かを思い出したような仕草で軽く手を叩き、私に目を向ける。

 

 

「援軍を求めているっていうのは事実なんだよな?」

 

「はい」

 

「じゃあ次の段階に話を進めよう。“なんで”援軍を求めてるんだ?」

 

「まあ言わなくとも分かるがな。大方、黄巾党絡みだろうて」

 

 

北郷殿の問いに、厳顔殿が推測を重ねた。その言葉に私は首を横に振る。

 

 

「確かに黄巾党もそれなりの頻度で領内に現れる為、問題にはなっているのですが……」

 

「ですが?」

 

 

黄忠殿の、疑問交じりの声。

あくまでその装いから付けた渾名のようなものだったので言うのを少し躊躇った。

しかしそれを言えば黄巾党もそうだろう――と、無理矢理に納得をして一度は閉ざした口を開く。

 

 

「『黒山賊』――という賊の名をご存知でしょうか」

 

 

兗州陳留郡にて、黄巾党と同じくらい問題になっている賊の名を、口にした。

 

 

 

 

 

 

吉利殿を含め、その場にいる一同が首を傾げた。

それはそうだろう。黄巾党が跋扈する世の中。他の賊の名など一般的では無い。それがただ一郡の中で起こっていることなら尚更だ。

 

そう思っていた私の耳に

 

 

「黒山賊か。そういや確か兗州だったな、あれは。……でも待てよ、確かあれは東郡――」

 

 

北郷殿の小さな呟きが届いた。後半はほとんど聞こえなかったがそれでも驚き、勢いよく顔を向ける。

 

 

「北郷殿。ご存知なのですか?」

 

「まあ……名前だけは。その、風の噂で」

 

 

あらぬ方向を見て、言い難そうに北郷殿はそう言った。

辛うじて視界に入っている吉利殿の口元が小さく『馬鹿……』と動いた気がしたが気のせいだろう。

 

 

「そ、そうですか。では黒山賊がどういった賊なのかはご存知ですか?」

 

「いや、それは知らない。出来れば詳しく説明してくれると助かる」

 

「というよりも、説明してもらわなくてはならないでしょうな。話の流れ上、我らに援軍を求めに来た原因は黄巾党では無くその黒山賊とやらにありそうだ」

 

 

趙雲殿が的確に物事を捉えて、一言呟く。その言葉に頷き、一同が私の方を向いた。説明を求めて。

 

 

「黒山賊は数百の規模からなる山賊の一団です。陳留の山間を――」

 

「数百?」

 

 

北郷殿の意外そうな声に台詞を遮られた。

 

 

「北郷殿、何か?」

 

「あ、いいや。ごめん、続けてくれ」

 

 

話の腰を折って悪かった、と謝られる。少し気になったが、取り敢えず説明を続けよう。

 

 

「陳留の山間を活動拠点にしている黒山賊達は村で略奪をし、その対応の為に送った兵達を襲撃することを繰り返しています。もちろん黄巾党のような大軍ではありません。ですが黄巾党には無い統率力が黒山賊達にはあるようで」

 

「つまり、討伐が容易ではないということなのね」

 

「はい」

 

 

黄忠殿の言葉に頷いた。

身内の恥をさらしているようなものだったが、援軍を頼むためにはある程度の恥は覚悟しなければならないだろう。……王肱殿はそんなこと、御免こうむると思うが。

 

 

「その討伐には夏侯淵も?」

 

「……はい。しかし力及ばず」

 

 

その時のことを思い出し、自然と表情が歪んだ。北郷殿は真剣な表情で顎に手を当てる。

 

 

「夏侯淵が手間取るほどの賊か。想像以上に厄介そうだな」

 

「そうね。……夏侯淵。将軍として、黒山賊と戦った感想を聞かせてもらえないかしら。どんな些細な事でも、それが主観でしかなくとも構わないわ」

 

「そうだねー。主観っていう凝り固まった個人のものだからこそ、それに対する違和感にも繋がるし。うん、私も聞いてみたいな。華琳の提案に賛成」

 

 

吉利殿の提案に荀攸殿が賛成し、他の方々も同じく頷く。

だが、取り敢えず。私には言いたいことがあった。これは流石に聞き捨てならない間違えだ。

 

私の発言を待つ一同の前で、手を上げる。質問や提案がある人のように。この場合、質問や提案では無く、訂正だが。

 

 

 

「その、申し訳ないのですが――」

 

 

 

本当に申し訳ない。もしかするとこの方々は

 

 

 

 

 

「――私は、将軍では無いのですが」

 

 

 

 

 

私のような若輩を栄えある将軍だと思ってくれていたのだろうか。

 

 

 

 

『…………………………………』

 

 

 

 

沈黙の後

 

 

 

 

「「はあっ!?」」

 

 

 

 

北郷殿と吉利殿の驚愕した声が、重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<あとがき>

 

 

 

今回はいつもよりちょっと短めでした。

 

夏侯淵がこの郡に来た理由。王肱という太守の障り。黒山賊という黄巾党とはまた違う賊の出現。そして夏侯淵自身の驚愕の事実。

 

 

この物語は原作と違った立ち位置を主軸に置き、人生で知り合う主や仲間によってこうも人は変わる――そんなコンセプトの元、制作しています。今後どういう展開が一刀や華琳を待っているのか、お楽しみいただければと思います。

 

 

……気長にね。

 

 

 

というかもう片方も書かないとなー。白蓮さんが不憫で仕方ねえ。

 

 

 

 

 

 


 
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