No.656072

恋姫異聞録175 -女舞 第三部-

絶影さん

皆様あけましておめでとうございます
今年も宜しくお願い致します

さて、ようやくUPすることが出来ました
今回の舞は、稟ちゃんの歌う【深蒼】と共にお楽しみください

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2014-01-19 23:07:11 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6239   閲覧ユーザー数:4644

眼前に広がるは、八角の陣形

どこかで見たことがある。どこかで聴いたことがある

 

魏の兵達の一部の人間にとっては、何度も繰り返し行なってきた形

隣で槍を持つ戦友達と息を合わせ、力を合わせ、速度を合わせ、心を合わせ

風の真名を持つ軍配者と雲の軍師の二人で創りあげ、舞王の舞を使い完成された二つの陣形

 

八風と玄武

 

その二つの陣形に全くと言っていい程そっくりの陣形が男達の眼前に敷かれていた

 

「やはりそうですか。象兵を使用しての特攻も、炎の壁を使って此方の目を向けたのも、わざわざ呂布程の猛将を一人此方に

放り込んできたのも、全てはこの陣形を隠すため。いいえ、前の戦で試した陣形を稼いだ時間で完成させた。そういうことでしょう、諸葛亮」

 

ひたすらに情報を集め続けていた稟は、一人呟くようにして開かれた炎の壁の先、関羽の側で指揮を取る鳳統に対して一瞥し

もはや興味は無いとばかりに前方へ、八角の陣形の中心。劉備の側に立つ諸葛亮へと視線を向けていた

 

額にはビキビキ青筋が立ち、口から吐出される息は荒く、まるで一戦交えた跡のような疲れを見せる稟

 

知らぬ者が見れば、何もしていないと言うのに、軍師であるというのに、此処まで疲れるのは異常だと言うであろう

しかし、彼女は戦が始まる前から戦い続けていいる。既に完成された陣に対する戦略を、勝利の道を見つけるために

 

「騎兵が多数いようとも城に篭もり、防衛戦をした方が明らかに有利。だが、其れをせずに城から出て王までも陣の中心に据えているのは自信の現れ

良いでしょう。何方の知が優っているのか、龍の軍師か陽の軍師か」

 

地面に倒れ、腕を切り裂かれ、得物も掌からこぼれ落ち、既に敗将となっていた霞の元では、沙和が外気を取り込み内気功へと変換し霞の傷口へと流し込んでいた

 

「血が、血が止まらないのっ」

 

「変わろう、俺の背から気を流してくれ」

 

腹には槍で貫かれた跡が残り、無常にも地面を紅く染めていた。沙和の練り上げた大量の気功ですら霞の傷口を完全に塞ぐことは出来ていなかった

 

「お姉様がっ、血がとまらないのー!」

 

「任せろ、俺とて今まで何もしていなかったわけじゃない。友と誓った約束を」

 

後方の部隊で衛生兵と共に戦に参加していた華陀は、針を患部の近くに突き刺し背から沙和の膨大な量の気を受け取りながらも平然とし

貫かれた腹に指先を入れ破損部を活性化させ結合させていく。針は、患部の滅菌をする結界、指は正に神の手と言わんばかりに細胞を結合させていった

 

「この場で証明してみせる」

 

稟の声か、華陀の声か、それとも二人の声が重なったのか解らない

 

「お、お姉様っ?!」

 

だが、耳に響くその力強き吐息を、信念のある呟きを、魂の籠もる響きを

 

「待て、まだ早いっ!」

 

霞は、決して裏切ることはない

 

「ウチの馬を持ってこい。稟のトコに行く」

 

得物を握りしめ、両足で力強く大地を踏みしめ、腹から流れ落ちる血をそのままに

 

沙和は、華陀が止めるのを他所に近くの兵に指示を出し、霞の腹に己が昭より指示を受け創りあげた布を切り裂き包帯として巻き上げていった

 

「沙和、前の動きから大蛇をやるみたいや。はよ前線に戻ったれ、ウチも頭になる」

 

「はいなのー!」

 

自然とこぼれ落ちる涙を拭い、武器を手に前へと後ろを振り向かず走りだす沙和

 

「完全に塞がっては居ない。もう一度、同じ場所に受ければ死ぬ」

 

騎馬に跨る霞に忠告をする華陀であったが、彼は悟っていた。何を言おうとも、目の前で武器を持つ将は歩みを止めたりはしないのだと

口伝えに聞いていた。彼女が学んだ者の名を。彼女の姿は、己の友人の姿と変わらぬと

 

「死んだらアンタの神の手ちゅうので生き返らせてくれや。期待しとる」

 

軽い冗談を言い残し、風のようにその場から消えた霞

華陀は、まったくと呟き頭を掻くと、衛生兵を引き連れ再び戦場へと走りだした

 

「来ましたか霞」

 

「応、ちぃと遅くなってもうたか?」

 

「いいえ、丁度良い。華陀が向かうのも、真桜が沙和を残すのも予測通り」

 

「ウチが来るのも予測通りか。ほんなら次は、どう動いたほうがエエんや兄弟」

 

満身創痍のまま口から漏れた言葉は、稟にとって最も予想外の言葉だったのだろう。珍しく眼を丸くし、一瞬ではあったが口が開いていた

霞は、稟にそんな表情をさせたことが嬉しかったのか、ケラケラと笑い激痛が走る腹を抑えていた

 

「まったく、赤壁から帰ってから変ですよ霞」

 

「変なんは稟の方や。気ぃ回しすぎやし、変に悪役になってみたり。さっきのも下手すりゃウチの事、見捨てたみたいに思われるで」

 

呆れたように掌を天秤のようにする霞

 

前線に居た昭達は理解できる。自分に構っていては、敵に押されて後方ごとなぎ倒される

だからこそ、後方に位置する稟達が霞を回収し、衛生兵を回す役目があるはずであるが、全く意にも介さず華琳の進むままに軍を進めた

ヘタをすれば、兵達からの反感や不安が湧き溢れ士気に係るというのにだ

 

「では、霞は何故そう思わないのですか?貴女を見ることもなく軍を進めたこの私を」

 

「そら信じとるからや。稟がウチらを信じとるように。そんなこと一つも言わんから皆しらんけど、魏の将の中で一番にウチらを信用しとるんは稟や」

 

そう、信じているからこそ振り向かない。必ず助けに来ると華陀や衛生兵を信じていたから

絶対の信頼を全ての将兵に向けているからこそ、霞は立ち上がるのだ何度でも

自分が来ると信じている人間が居る。傷つき倒れようとも、必ず駆けつけると心の底からそう思っている

 

だからこそ、霞は稟の思いを絶対に裏切ることはしない

 

「兵も知らんうちにそう感じとる。誰一人として稟の言葉を疑ったりせん」

 

「それも、昭殿から学んだことですか?」

 

赤壁の少し前、昭を一人敵軍に潜り込ませた事を思い出す。あの時と似た言葉が霞の口から溢れ、今度は頬を少し紅く染めていた

 

「照れとる。初めて見たわ、普段からそうしとったらエエのに。変に角立つような事いわんと」

 

「茶化さないでください、そういう人間が一人は居ないと組織は成り立たないのですよ。それよりも、頼みましたよ。風ヘの伝令は既に放ってあります」

 

くつくつと笑い其れを了解の合図に、身体を少しだけかがめて得物を握った拳を稟に向ければ、頬を染めたままの稟は霞に目も向けず拳だけを軽く握って当てていた

 

馬の腹に足を当て走りだす霞に、稟は一度だけ大きく溜息を吐くと、後方から追いついた張三姉妹の乗る井蘭車に駆け上がって敵陣の全貌をその眼に焼き付けていた

 

「一馬と霞が居ない、代わりは出来る?」

 

「一馬の代わりは何とか、しかしながら霞様の代わりまで務める事は我等三人でも」

 

「ならば、この無徒が務めましょう詠様」

 

前で血河を作り出す昭達の一団の中で、頭脳である詠は陣を作り出すのに頭を回し続けていた

この状況で、一番有効かつ安全な陣形は一つしか無い。だが、其れを作るには将が足りない

 

左翼と右翼は呉により食い止められ、中央が突き抜けているが、どう見ても正面で待ち受ける陣形の真正面からぶつかざるえない形

つまりは、この形は仕組まれた形なのだ。象兵も炎も爆薬も、全てはこの道を通らせ戦をするため

 

嵌められたとも言えるこの状況を打破するには、自分達が創りあげた陣をこの場で築くしか無い

ならば、この際、防御としてこの場に残る無徒と統亞達を使うしか無いと考えた時だ

 

「稟、この状況を本当に読めているの?どう見ても、大掛かりに誘い込まれたように見える。華琳を進めたのは失策じゃ」

 

「遅なったな詠。やるんやろ、風」

 

「はいー、傷の方は大丈夫ですかー?」

 

「かすり傷や、此処は頼んだでウチの副将」

 

現れた霞は、驚く詠を他所に無徒と互いの武器を打つけて風のように前線へと騎馬を疾走らせていた

 

「ちょっと、風?!」

 

「稟ちゃんから伝令が来ました。問題は無いでしょう」

 

「・・・そうね、あったとしてもやってもらうしか無いわ。向こうだって此方だって命がけなんだから」

 

再び決意を固めた詠は、霞の無事を見て稟に対する信が再び回復したのか、後ろを見ずに前を向く

 

「いくわよ、統亞、苑路、梁、三人は一馬の代わりをなさい。昭、後方の井蘭車に。無徒は、三人と共に井蘭車の護衛を」

 

「ではでは~移動型八陣【大蛇】を発動」

 

 

華琳の率いる魏の兵は、華琳を残し更に前方に加速し雲兵と一つに混ざり合い井蘭車を中心に八つの蛇行陣を創りあげ正面の敵陣へと襲いかかる

 

八つの陣の先頭には、秋蘭、凪、真桜、沙和、霞、流琉、季衣が蛇の頭として戦場を駆ける

 

その姿は八岐の大蛇。叢雲を中央に八つの頭を持ち、剣である華琳は尾に座する

 

 

 

 

「コレが大蛇。成る程、玄武の尾は蛇。となれば、蛇を向けた攻撃型の陣形と言うわけね」

 

「兵を八つに分けるなんて、話は聞いて居たけれどこれじゃ一つ一つの陣形が弱くなるんじゃ」

 

「いいえ、これは舞王殿の眼を使った陣形。故に、この形は変幻自在。先頭に槍兵、中央に弓兵、背後に騎兵。一見、理に沿わぬ布陣ではあるけれど

敵の動きに合わせ、距離が在れば弓兵が前に突出し、次に槍兵が道を開き、騎兵が中を食い荒らす。近距離ならば、槍兵が敵と当たり盾になりつつ

弓兵が援護を、騎兵は横に回り込み敵を横撃する。更には、接敵した瞬間、兵を動かし八風陣と玄武陣に変換するのでしょう」

 

水鏡の語る通り、大蛇とは、蛇行陣にて敵の弓撃の的を絞らせず、八方から敵陣へと襲いかかる超攻撃型の陣形

三位一体の兵科がめまぐるしく入れ替わり、近距離、中距離、遠距離とどの位置からも敵を攻撃しつつ敵の攻撃をかいくぐり

敵陣へと喰らい付く王佐の眼を頼りとした陣形

 

「更には、八つの陣の将が一人、必ず先頭に立っている。敵陣へ決壊した堰から流れ出る濁流のように、己の身を顧みず進めるのはその御蔭」

 

「敵の動きを見切り、逃げれば大蛇で追い詰め、押されれば玄武で耐え、接敵すれば八風で削る。本当に・・・」

 

本当にそんな事が出来るのだろうか、そう口にしそうになった所で桂花は口を閉じた

可能なのだ、可能であるからこそ走りだした兵を止めず、華琳は走る足を歩みに変えたのだ

 

「これぞ三位一体型の陣形。全ては、舞王殿の眼に頼った戦いかたではあるけれど、悪い陣形ではないわ。なにより・・・」

 

「なにより、変化に強く敵の動きを読むから不測の事態にも対抗できる」

 

井蘭車に駆け上った昭は、眼を見開き己の中に敵兵の思考を写し取る

 

張三姉妹の乗る井蘭車よりも少し低く、移動型の櫓のような井蘭車に出来た舞台で、背後から聞こえる三姉妹の歌

彼女たちが鍛えた楽隊の奏でる音楽、戦場に響く慟哭と武器の囀りに合わせ

 

水鏡の言葉をそのまま証明するかのように、昭は足を強く強く踏み鳴らした

 

「序幕 八塩折之酒(やしおりのさけ)」

 

表現するは、酒樽へと頭を突き刺すようにして酒を飲み干す大蛇の姿

 

手にする二つの鉄刀【桜】が火花を散らし、打ち鳴らされる銅鑼に合わせ大口を開けて酒樽を飲み干す蛇

 

人間一人の身体、たかが知れている人一人の大きさ

 

であると言うのにもかかわらず、昭の身体は巨大な蛇の顎を兵達に魅せる

 

巨大な蛇に飲み干される小さな酒樽。煽るようにして飲み干した蛇は、酔が回ったのか首を大きく左右に振り回し始めた

 

「これが舞王の本気の舞。私にも見える。巨大な蛇のアギトが・・・」

 

動きの変わる魏の兵達に視線を移した蓮華達が見たものは、櫓の上で酔に任せ乱暴にその長い首を荒々しく振り回す蛇の姿

 

下を見れば、昭の動きに合わせ詠と風が指示を飛ばし八首の蛇が大きく蛇行し、前方の八角の陣から放たれる矢の雨を回避する姿

 

「第二幕 天羽々斬(あまのはばきり)」

 

劉備の元へと近づく魏の兵に反応した蒲公英が、一度退いた騎兵を横から再度突撃させれば、昭は地面にバタリと倒れこみ

突然、起き上がり、尾を傷つけられたのか起き上がり牙に見立てた刀で火花を散らし、荒ぶる蛇は尾を振り回し暴れまわる

 

同じく、騎兵に対して槍兵が前へと飛び出し馬防柵のように地面に石突を着いて構えれば、馬は本能から騎手の命令に背き八首の間へと逃げこんでいく

 

「アレクサンドロスの戦法。馬などの大型で賢き獣は、尖ったモノに対して敏感に反応し必ず避けようとする。森ならばそれは良き判断となりうるのでしょうけれど

此処は戦場。縦に長く密集した部隊に飛び込む騎馬は居らず、蛇の腹に飛び込むだけ」

 

間の空白地帯に飛び込んだかと思えば、中間に座する弓兵が弓を放ち、騎兵は一斉に腰の剣を投げつけ始めた

 

「使えぬでしょう、破裂する竹筒は。此方の矢が恐ろしくて恐ろしくて」

 

瞳に映り込む騎兵の恐怖を他人ごと、本の中の物語を見ているかのように口にし、飛び散り地面を染める血にすら興味を示さぬ水鏡は

唯ひたすらに、血煙の先に出来上がった陣を見詰め、羽扇で宙にふわふわと何かを描いていた

 

「舞が早過ぎるっ!?僕達の指揮じゃ間に合わない!!」

 

「はいはーい!鳳ちゃんにおっまかせー!!二つは私が見るよ、もう二つは上の稟が、一人二つの陣を担当ってことでヨロシクー!」

 

「護りに私も入ります。魏国警備隊、隊長代理、李通参りますっ!!」

 

流石に風と詠の二人を持ってしても、昭の動きについてこれず、追いついた鳳が援護へ入る

 

そんな中、後方の張三姉妹の眼に映るのは、巨大な八首の蛇が身体を震わせ鱗を辺に撒き散らし、次々と敵騎兵が殺されていく光景

普段の舞など比べ物にならない。理由は、明白。仲間を家族を傷つけられた怒りと憎悪

 

全身を支配するドス黒くマグマのような熱が振り出す腕に、踏み込む足先に、その四肢から溢れるほどに感じられるのだ

 

何よりも、彼の表現力を高め落雷の如き音を足で奏でさせるのは、背後に居る娘たちの存在

 

「がっ・・・う、うぅ・・・」

 

一瞬、眼を奪われ兵と昭の一体となった動きに巨大で凶悪な蛇を魅せられ、恐怖で声が止まりそうになった時

 

「雲が何重にも立ちのぼる、雲が湧き出集まる名の叢雲から、日輪を包むが如く、雲が立ちのぼる。秋の空に、幾重にも重なる雲のように」

 

姉と妹の前に立ち、圧倒的な表現力と呑み込まれそうになる幻の蛇に互角の表現力と魂を乗せた歌声で相殺する地和

 

舞から発せられる殺意と狂気に身が焼かれながらも、一歩もさがること無く声のみで立ち向かっていた

 

 

 

「陣は成りました。一度退き、崩れた兵を八陣の中で立て直し再度敵と当たる準備を」

 

「そんなことをさせると思うのか」

 

前線では、背後に出来上がる陣を見た鳳統は、前で剣を交える関羽に後退の指示を送るが

 

「逃げろ雛里っ!」

 

「遅いっ!」

 

振り向いた鳳統の眼に映ったのは、大剣を振り上げる闘気の塊

紅く鋭い眼光を携えたソレは、瞬きをする間すら与えず掲げた紅に光る剣を振り下ろした

 

関羽の脳裏には、疑問と焦り、そしていかんともしがたい力量の差がよぎっていた

 

剣を合わせた時には、それほどの力の差を感じることは無かった

己の心も見定めるべき道も、主の進むべき道も全て決まり、迷うことはなく

 

昔のように軽い刃ではなくなっていたはず。己の得物も新たに、更なる力が己の中からふつふつと湧き上がっていた

 

二度、三度と刀を振り、眼前の将に打ち負けるどころか打ち返すことすらしていた

 

欠ける刃など、技量でどうにでも出来る。固く、眼前の将の手にする武器に打ち負けぬだけの強さがある

 

そう、そう確信していたはずだ。はずだったのだ

 

「そんなっ!?」

 

振り下ろされた大剣は、盾のようにして構えた関羽の生まれ変わった新たな偃月刀を切断し鳳統の身体から離れた左腕が中を舞う

 

鳳統の騎乗していた馬を両断し、地面に深い爪痕を残すのにとどまらず、春蘭の手にする剣は跳ね上がり崩れ落ちる鳳統の首へと向かい牙を向いた

 

変わったのは、王が前に出てから。消え入りそうな意識の中で呟いたのは鳳統

 

一合、二合と王が前に踏み出した瞬間から、春蘭の動きが見違えるように変化していた

 

まるで、王の背に背負うもの全てが等しく彼女の背に移ったかのように、軽く踏みしめた一歩ですら地が鳴り響くような重さが見えた

 

振るう剣ですら元ある重さが倍以上になったかのように、一撃一撃を受けるたびに関羽は歯を噛み締め、眉間にしわを寄せていた

 

「雛里っ!避けろっ!!」

 

関羽の声が響く中、鳳統の眼に映るのは、巨大な蛇が大口を開けて春蘭を飲み込もうと迫り来る様子

 

それは、将が抜けていた八首の一つが春蘭の後方に到着する様子であった

 

愛紗さんは、己をいれて三人。夏侯惇さんは、あんなに沢山。まるで王のよう・・・

 

心の奥で呟きながら鳳統は、己の首に迫る刃を虚ろな眼で見つめていた

 

「ちぃ、また貴様か」

 

「翆!」

 

兵達が武器を構え速度を落とさず春蘭の元へと近づく中、跳ね上がる大剣の腹を槍で突き入れ気を失う鳳統を抱きかかえる翆

 

「遅いから迎えに来た。退け、愛紗。朱里の創りだした陣で迎え撃つ。元々、このための時間稼ぎだったんだからな」

 

「しかしっ!」

 

「その武器じゃ戦えないだろ。雛里を死なせたいのか?」

 

翆の参上に春蘭は追撃をせずに、だが一歩足りとも退がらず剣を構え直した

 

「冷静だよな、心の中ではアタシらを八つ裂きにしたいくらいに怒ってるんだろ?」

 

「・・・」

 

「聞くまでも無いって事か、だよな。雛里を連れて早く行け、アタシも直ぐに追いつく」

 

言葉を交わそうとするのは時間を稼いでいるから、仲間を逃がすために少しでも此方の気を削ぐためだと理解する春蘭であったが

翆の技量を一瞬で見切ったのだろう、己と同等かそれ以上であると

 

隙がなく、鳳統を手当し抱え自陣へ戻ろうとする関羽へ殺気を向けられない。気をそらせば瞬時に構えた槍の穂先が喉元に襲いかかる

どう動いても、翆を倒さねば関羽を斬るどころか前に進むことすら出来無い

 

「アタシに遠慮してるのか?それとも、アタシの槍が怖いのか?」

 

「例え義妹であろうとも、一度、敵となれば討つことに何の躊躇いがあろうか」

 

「じゃあ来いよ。どっちが上か決めようじゃないか」

 

安い挑発。春蘭の眼に映るのは、口を開けて待つ罠。むやみに飛び出せば機先を制し、槍で一突きにされる

何故ならば、既に腰を落として身体を捻り、捻転させ迎え撃つ準備が整っているからだ

 

「ああ、決めようか」

 

春蘭の呟き。それと同時に、翆の耳に届いた別の声。鉛のようにとても重い声なのに、何処か穏やかで柔らかい戦場では聞くことの出来ぬ声

 

「終幕 八稚女(やをとめ)」

 

八稚女との言葉で完成されるは、八俣遠呂知

 

八俣遠呂知は、贄である八稚女、八人の将に導かれ、敵陣へと突き進む

 

声と共に、将が抜けていた八首の一つが春蘭の後方に到着し、翆は、前方の櫓で鬼気迫る形相で八首の蛇を表現し舞い踊る義兄と視線が交差した

 

「っ!なんて殺気を・・・この前とは段違いだ!」

 

前の戦で体験した遠当て。それが遥かに遠い距離で己の身体にぶつけられ、蛇の眼光で竦む餌のようにほんの僅かだけ身体が鈍る

 

ほんの一瞬、されどその一瞬は、眼前の猛将が振るう剣速に対し永劫とも言える程に長い時

 

「------------------------っ!!」

 

猿叫とも鉄を切り裂く音とも言える轟音が春蘭の口から発せられ、振り下ろされる大剣

 

大気を切り裂き、人を肉塊へと変え、巨像ですら木偶のように吹き飛ばす一撃

 

「ひゅっ」

 

迫る紅刃、強張る身体に対し翆は、息を小さく吐き出し身体を弛緩させ、まるで宙に舞う羽毛のように半身だけを捻り躱す

 

抉られる地面、飛び散る土石、それですら近くの兵の身体を傷つける・・・が

 

捻りと同時に槍の穂先を地面に突き刺し、土石と同じ速度で反動を利用し横へ飛ぶ

 

「な、んだと!?」

 

更に地面から抜き取った穂先を横薙ぎに、前のめりになった春蘭を狙い白刃が襲いかかる

 

「ちいぃっ!妙な動きをっ!!」

 

間一髪、顔を逸らして刃を避けるが、頬には一筋の紅い傷を残していた

 

「危険だ、貴様は此処で私が討つ!」

 

槍を構え、此方に穂先を向ける翆に対し、春蘭は、異常なまでの警戒を示し剣を深く構えるが

 

翆は、対照的に春蘭の構えを見て一つ二つと兎のように後方に軽く飛び跳ね、間合いを遠ざけると自陣へと馬に跨り退がっていく

 

鮮やかとしか言いようのない逃げ。此方の注意を完全に自分に向け、攻撃と防御、退避の三つを全てこなしてみせたのだ

 

追いかける素振りさえすることが出来なかった春蘭は、歯の根を噛み締め大剣の柄を握りしめた

 

「・・・・・・はーっ」

 

追撃をと逸る心を鎮めるように、大きく息を吐き出した春蘭は、表情を戻し剣を前方に敷かれる陣へと向けた

 

「我に続け、華琳様の道は我らが切り開く。友を信じよ、仲間を信じよ、我が弟と軍師達を信じよ」

 

兵達と合流した春蘭は、兵達の速度を下げぬよう前へと走りだす

 

「我等を信じる華琳様を信じよ。我等は、王の剣。我等は王の誇り」

 

魏武の大剣たる春蘭の言葉に兵は咆え、先頭に立つ春蘭と共に走り続ける。背後の兵達も春蘭と心を同じく同化させていく

 

今は、耐えよう。しかし、次に見えるときは、必ず我らが剣を馬家の喉元に深く突き刺す

 

例え残り一人となろうとも、王に仇なす者は、我らが誅殺する

 

我らが王を狙うと言う事は、我等の家族を我等の愛するものを狙う事と心得よと

 

異様な雰囲気を醸し出す敵陣に微塵の恐怖も見せず、兵達は前へ前へと突き進む。己の望む明日を手に入れるために

 

 

 

 

 

 

「鳥翔陣にて敵を迎え撃ちます。後方、遊撃部隊の陣である却月陣の指揮は、扁風ちゃんに」

 

中軍に座する諸葛亮が指示を出せば、笛が大きく鳴り響き伝令が軍旗を持って中央に集まり指令を受け、再び陣へと戻っていく

 

劉備方の八陣がゆっくりと動き出し、八角から菱型のような形に変化し始め、まるで羽を開いて飛翔する雀のような形へと形成されていく

 

銅鑼の音と共に歩数を勧め、兵達全員が一糸乱れぬ動きで武器を構え

 

「護!護!護!護!護!護!護!護!」

 

と何度も叫び、弓兵は、迫る敵軍に対して弓を構え、騎兵は、司令官の口火が切られるのを闘気を無理矢理に抑えこみ待ち続ける

 

「お待たせ、朱里ちゃん」

 

背後の指揮を任せる鳳統の到着。しかし、諸葛亮が見た彼女の姿は、諸葛亮の知る姿とは違っていた

 

「大丈夫、まだ持つよ。ううん、戦が終わるまでは、持たせてみせる」

 

鳳統を連れてきたうつむく関羽に対し、何故だ、何故時間を稼ぐだけの役割でこうなったと罵りを口にしそうになったが

 

「いけるんだね?」

 

「はい、お役に立って見せます。桃香様の望む世界こそが、私達の望んだ世界」

 

「うん、じゃあ行こう。一緒に、私達の望む世界を創りに」

 

諸葛亮の肩を優しく掴む劉備に止められ、、鳳統と同じ視線の高さに身体を屈め、次に頭を垂れる姿に言葉を飲み込んでいた

誰もが必死なのだ。前へ出れば死ぬこともあり得る。返って来ない魏延と厳顔も同じなのだ

 

敵に囚われているのか、それともとどめを刺され戦死しているかもしれない

 

だが、そんな事は当前であり、それを阻止出来なかった事は、軍師の責任なのだ

将を責めるべきではない。将は、課せられた任務に対し、誠実に遂行したに過ぎない

関羽程の将で在れば、それは尚更であり、己に責任を感じているのは当然なのだ

 

理解をしている雛里は、唇を青く染、身体を震わせ、失われた腕から流れ落ちる血液に凍えそうになりながら

気丈にも瞳を曇らせはしない。真っ直ぐ、再び壊れてしまいそうな友の心を、諸葛亮の心を支えようとしていた

 

「誰か武器を、私はまだ戦える」

 

「偃月刀の代わりになるような物は・・・」

 

鳳統の心に応えねばと再び武器をと兵に向かい、確認を取るが彼女の持っていた偃月刀と同等のものなど此処には無い。有るのは量産品の槍だけだ

 

「コイツを使え、俺の役目は此れで終わりだ。クソババアどもが五月蠅えから来たが、軍場に何ぞくるもんじゃねえな」

 

兵の一人に紛れ込んでいたのは、劉備の持つ神刀を鍛え直し、関羽の新たな偃月刀を作った蒲元

 

投げ渡されたのは、光り輝く偃月刀。透き通る刃を持ち、ダマスカス鋼で作られた物よりも軽く、粘りがある

 

「そいつはダマスカスに金剛石を合わせた偃月刀だ。これが最後だぜ、これ以上のモンは作り出せねえ。俺様の挟持の塊だ、そいつで負けたら承知しねえ」

 

髪など使わない、神秘に頼ることをしない、古より伝えられし技術と積み重ねられた経験のみで作られた蒲元の作品

 

金剛石とダマスカス鋼を掛けあわせた人の作りし最高の鋼。つまりはアダマントである

 

「そいつはな、【征服されない(金剛石)】って意味と【愛する(アダマント)】って意味を持つ。テメェの真名にピッタリだ。今度は、征服されんなよ

テメェの愛ってやつで姉妹を守ってやりな」

 

兜を放り投げ、手に持つ槍すら近くの兵に押し付けると、左翼で此方を見ていた黄忠に舌を出して馬鹿にするとさっさと戦場から逃げ去っていた

 

「私の愛で・・・」

 

三人の髪を使った偃月刀は、二つに切断され最早使い物にはならない。来られた時、関羽は、まるで自分の考えや心を両断された思いであった

だからであろうか、手にした偃月刀に何の意味も見いだせずにいた

 

「大丈夫。さっきまでは、三人だけの絆で向かっていたから勝てなかった」

 

腕をなくした鳳統は、うつむく関羽の偃月刀を握る手に自分の手を重ねた

 

「今度は、私達も一緒に。桃香様の愛する皆を、愛紗さんも同様に愛してください」

 

鳳統の言葉に、何か気が付いたのか、関羽は再び武器を手に劉備の前に盾のようになり身体を置いた

 

「そうだな、三人だけで戦って居るのでは無い。桃香様を思うがあまり、視野が狭くなっていた。私が背負うのは、蜀の全てだ」

 

征服されぬ愛と言う名の偃月刀を手に、関羽は前へと走りだす。三つ目の偃月刀と共に

 

「雛里ちゃん・・・」

 

「それじゃあ始めよ、【奇門遁甲陣】」

 

静かに頷く諸葛亮。発動するは、諸葛孔明と鳳統が生み出しし八陣

 

八風、玄武を参考に、石兵八陣に応用し力を試した、その名を奇門遁甲陣

 

天覆陣 地載陣 風揚陣 雲垂陣 龍飛陣 虎翼陣 蛇蟠陣 鳥翔陣 の八つからなる変幻自在、千変にして万化の陣形

 

臥竜と呼ばれし諸葛亮と鳳雛と呼ばれし鳳統、二人が手を取り、天を飛翔する龍と鳳凰に成る

 

一直線に襲い来る八首の蛇に対し、敷かれた陣は、鳥翔陣と名付けられた陣

 

「矢を放ってください、鳥に喰らいつき次第、陣を蛇蟠陣に変化」

 

「後方、却月陣は、左右から押してくる呉の兵に対応を、二度矢を放った後に銅鑼を鳴らし、伝令を中軍に」

 

劉備の前後に立つ二人の軍師を中心に、八角形の陣形は美しくまるで群舞を見ているかのように鮮やかに動き出す

 

呉の将兵が異変にざわつく中、遠くにて敵陣の動く様を見ていた水鏡は、口元が笑に変わっていた

 

「あの娘の言は、有る意味正しいわ。言葉少なく、将兵が行動し、機を見て命を下す。その言葉は、天帝の如き威厳と重みを持つ」

 

表情が変化する水鏡に、華琳は少しだけ眉を動かした。あれほどに他人に興味なく、己の死にすら無関心である水鏡が解りやすいほどに口元を笑に変えていたのだ

 

「確かに、何度も語られる劉備殿の言葉は、薄く重さが無い。民と同等ならば、尚更に」

 

回してたい羽扇をゆっくりと下げて、遠くに見える鳳凰と龍の輝きに水鏡は、己の見立ては間違いでは無かったと歓喜し

同時に、二人の間に立つ劉備に対し、水鏡は白帝子の変化した蛇を斬った高祖 劉邦を見出していた

 

「薄き紙も幾重にも重ねれば天を突く、風とて幾度も撫でれば山を消す。軽き言葉なれど、それは同じ。幾重にも重ね、幾度も耳を撫でれば

その言は天帝の言に等しき重さを持つ」

 

己の教えが忠実に、絵空事で有るかのような己の考えが現実に、二人の教え子と頂く王がそれを成している事に

試みの成功した狂人のように、浮世離れしたはずの心が耐えられず口元に笑を作らせていた

 

「呉ではなく、魏の将兵と同様に高い士気、高い意識、責任の薄れなど見せず、全体が一つの生物。私の考えは間違えでは無かった」

 

何故、蜀の兵が魏と同じ様相を見せるのか?国としての考えも、責任のもたせ方も違う

 

であるというのに、何故そうなるのか

 

それは、劉備が民と同等位に落ちたからこそ出来る事

 

言葉を重ね、皆に期待し、全ての民を信じる事から生まれる結束

 

現代でいうピグマリオン効果を用いた心理教育

 

更に、将を用いて兵を少数で纏め責任をもたせ結束を高め

 

リンゲルマン効果を無くす事に重点を置き、韓遂の語っていたような洗脳に近い集団心理の誘導を行っていたから出来る業

 

「あの陣が貴女の考えを反映したモノだと言いたいのかしら?」

 

「御意、何度も訴え続けた言葉は、民衆の奥底に楔のように突きさります。兵を自在に操ることが出来るならば、描いた戦図は絵空事ではなくなります」

 

そう、昭が率いる雲の兵を見た時の事を言っているのだ。兵を率いるに大事なことは、統率

 

軍師の思うがままに、何一つ乱れを見せず象棋のように動かせるならば、戦は決め事のように勝利へと導くことが出来る

 

「面白いわね。昭のように兵を一つの生き物としたか。劉備、貴女の力は、やはり昭を王にした時と同じのようね」

 

護衛であるはずの流琉と季衣が側に居ないと言うのに、華琳は変わらず歩を進め、心配する桂花を他所に敵陣へと突き進んでいく

 

「だが、心根は、彼に及ばないわ。私が此処でそれを証明してあげる。高祖 劉邦のように龍(蛇)を切り捨てるのはこの私よ」

 

握る大鎌は、優雅に弧を描き、前方で剣を持ち矢が放たれる敵陣へと畏れること無く突き進む八人の将の背を見ながら

華琳は、口角を釣り上げ冷たく凍えるような殺気を纏っていた

 

 


 
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