No.645549

恋姫異聞録174 -女舞 第二部-

絶影さん

早く上げると言いつつ、遅くなってしまいました
ごめんなさいm(__)m

年末は時間が取れませんねなかなか
ラジオもやりたいのに、やる時間が取れず・・・

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2013-12-15 23:45:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5122   閲覧ユーザー数:4004

 

左翼で指揮を采っていた張昭こと薊は、口を開けたまま身を震わせていた

 

瞳が映すのは正面の炎の壁ではない、ましてや襲い来る蜀の兵などでもない

 

彼女の手を無意識に握らせ、その身を震わせているのは味方の陣だ

 

「な、なんと言う・・・あがぁな事が、出来るはず無い。昭様はぁ、まっこと天の使いかよ」

 

【戦場を舞い踊り、修羅を率いる舞の王】噂や誇張だと思っていた

 

いや、壮大な鼓舞だと、兵の士気を爆発的に上げる舞であると思っていた

 

確かに薊の考えは間違っていない、【少し前ならば】だ

 

戦神により、爆発的に士気を上げ意識を統一する戦場の舞

 

だが、目の前で起こっているのは鼓舞もあるが、全ての兵が昭の手足そのもの肉体そのものとなり

 

昭が率いる兵の全てが一斉に舞い踊っているようにみえるのだ

 

先頭の昭と同じ動きを、時に昭を補助する動きを、またある時は全く別の動きをして敵を抑え打ち滅ぼす

 

「気が付いたかよ穏。ありゃぁ、今は三百で済どるがぁ」

 

「はい、あれが一万の兵で出来れば、いいえ千の兵を持って行えば」

 

同じく動きが止まり、視線が中央へと釘付けになった穏に気が付いた薊が問えば

 

間延びがなくなるほど緊張した声で返ってくる様子に、護衛の兵達が喉を鳴らしていた

 

「勝てるわけ無かろうがぁ、反則もええとこじゃぁ。儂らは、こがぁな場所で足踏みしゆう場合がやないき」

 

違う焦りで薊は、前方の敵を見据えた

 

自分の挑もうとしている相手の強大さに改めて気がついたのだ

 

「条件があるとすりゃぁ、舞の訓練、戦場で舞が行える舞台、二人の軍師・・・いや黒子と言うた方がええかぁ?」

 

分析をしつつ、穏の士気に補助を入れていく。穏では視えぬ敵の動き、敵の行動を、頭に叩き込んだ情報の棚から引きずり出し

 

即座に兵を動かし炎の壁から一歩も先に進ませる事はしなかった

 

「ですが、私たちも負けませんよ~。此方には、薊様が帰って来られましたから」

 

「言うてくれるのぅ。あしだけではない穏も居る、亞莎も居る、それにのぅ。きさんも居るじゃろう、思春よぉっ!」

 

穏を見て、前線で戦う呂蒙を見て、次に炎が開けた場所に、羌族が犇めく炎の入り口に向かい叫べば

 

まるで答えるように敵の首が宙を舞う

 

敵の流す鮮血で身を朱にそめ、曲刀を携えた甘寧の姿がそこにはあった

 

「し、思春さんっ!?」

 

入り口で総崩れとなる羌族の兵達を前に、驚くのは呂蒙を含めた呉の兵全員

 

目の前の光景を信じることが出来なかったのだ

 

敵が崩れた事ではない、敵の間に潜んで居たことではない、それでも構わずに此方に剣を向ける羌族にではない

 

呉の者ならばだれでも驚く光景なのだ、挑発をされたわけでもないく誘い出されたわけでも無いというのに

 

敵が犇めき孫権の元に迫っているというのに、甘寧が孫権の側に居ないことを

 

美しく円月のように弧を描き、鮮血の雨が炎に降り注ぐ

 

恐れず、速度を殺さず、崩れ落ちた騎馬と兵が転がる上を飛び越して来る羌族の更に上を行き

 

騎馬の背に羽のように着地

 

次の瞬間には、再び朱の雨が大地を濡らす

 

魏の舞王に眼を奪われていた呉の兵達の眼は、赤く鈴の音が響く剣舞に釘付けとなっていた

 

【美しい】

 

兵達の心に恐怖、敵の圧力、炎の壁の全てが消し去り、只々湧き上がる熱と声が溢れだす

 

「綺麗・・・」

 

見惚れてしまいつい口に出た言葉、そして手が止まる呂蒙

 

「てぇ止まっちょるぞ小娘ぇっ!」

 

「は、はいぃっ!!」

 

「きぃ抜くなぁ、死にたいかぁ!?」

 

ビクリと身体を跳ね上げる呂蒙に、騎上で小さく微笑んだ甘寧は、背を向けて敵の中へと単騎で潜り込む

 

「いいですよ~。騎兵の中に単騎で入るなど普通は愚策ですけど、速さのある思春ちゃんなら犇めく騎兵は棒立ちの木偶も同然」

 

「成長やっちゅうな、まっこと挫折は人を大きくする」

 

「本当にうれしそうですね~」

 

「娘の成長を喜ばぬ親がおるかぁ、しょうえい女になった」

 

本当に成長した、良い女になったと顔を綻ばせ、薊は、甘寧に鼓舞された全兵に改めて指示を飛ばす

 

「向こうもそうじゃぁ。親離れはぁ、はやとっくにしゆうがじゃ。そうじゃろう未来の王よ!」

 

雄々しくなった一人目の娘の姿に何かを確信し、叫ぶ薊

 

遠くはなれた右翼では、雪崩れ込む騎兵を抑える会陽と祭

 

通したのは僅かな間だけ。小さく鶴翼の陣を敷、開けた炎の壁の入り口をすっぽりと囲む呉の兵達

 

「会陽、私の前から決して離れるな。祭、引き続いて駱駝騎兵で撹乱を。冥琳、機を読み兵の進退を。出来るな?」

 

前に出ることはなく、敵の圧力に一歩も退かず。恐れなど一つも見せず、冷静に

 

少し前では見ることなど出来はしなかった。危機に陥る姉の元へ駆けより、二人で迷当を相手に無茶をしていたところだろう

 

「クックックッ。あーっはっはっはっ!承知した、王よ!我が身、我が魂は王の望むがままに!」

 

だが、今は違う。王の意味を知り、嫌気を抑え、ただ血気に速る心を臥薪嘗胆の言葉のままに耐え忍ぶ

 

「嬉しいではないか、儂が王の剣に、王の盾に命ぜられた。さあ来い蜀の餓鬼共、鉄脊蛇矛の錆にしてくれるわ!」

 

小柄な肉体に刻まれた数多の傷が浮き上がるほど筋肉が収縮と膨張繰り返す

 

パンプアップと呼ばれる筋肉と血液の流動。同時に会陽の顔は赤鬼のように朱に染まり、白髪は溢れる氣で舞い上がり天を突く

 

迫る騎兵を一刀の元に両断し、蓮華に近づく敵を切り捨てる

 

「チィッ!単騎デカカルナ、複数デ襲エ!」

 

中央で腕を組み、剣を鞘に収めたままの蓮華こそがこの陣の要と感じた羌族の兵達は、一斉に襲いかかるが、前に立ちふさがるは呉の鬼神

 

一振りで騎兵二人を馬ごと撫で斬りにするが、大振りの一撃に羌族の兵は此処ぞとばかりに一直線に槍を突き出した

 

「モラッタ!」

 

振りぬき、隙だらけになった会陽への直突き。防ぐように差し出した右腕に突きさる穂先に微笑む羌族の兵

 

「クックックッ、ハハハハハハハッ!!」

 

だが、会陽の大笑いと共に兵の顔は凍りつく。何故ならば、穂先がほんの少しだけ突きさり、そこから先に押しこむことは出来ないのだ

 

「どうした、その程度が、その程度が羌族の騎兵術だと言うのか!温過ぎるわ!!」

 

踏みしめ、前に進む会陽に馬ごと押し返されていく騎兵。馬までもが怯え、嘶いた時

 

会陽は、突き刺さった槍を筋肉で締め付け、掴む兵ごと迫る後続に投げ飛ばす

 

「祭、今だ!」

 

「御意」

 

投げ飛ばされ、体勢を崩す騎兵の後続に火薬持ちの兵を見た蓮華は、即座に指示を飛ばし

 

祭は、魏の兵より手渡された雷電瓶付きの矢を放つ

 

同時に冥琳は、兵を爆風に巻き込まれぬよう退がらせ、即座に戻る波のように兵を元の位置へと戻していた

 

「嬉しいのぉ、祭よ!儂は、この時をどれほど待ち望んで居たことかっ!!」

 

「ああ、我等には王が二人も居られる。三人目の王も揃えば、立ち向かう所、敵は無い」

 

「おお!小蓮様も居られれば、儂らが死すとも呉は永久(とわ)に不滅!」

 

大爆発を眺め、くしゃくしゃに顔を歪め鬼が泣く。突き刺さった場所は筋肉によって傷口が塞がり、血は大地に落ちることもない

 

落ちるのは、流れる歓喜の雫だけ

 

「早ければ等と言うつもりは無い、これが天の采配なのだろう。魏との戦が無ければ、この喜びは得られなかった」

 

「我主は、王の事だけでは無かろう」

 

「そうだ、冥琳の心と英霊の魂を救った新たな弟子の為にも、負ける訳には行かん!」

 

背後に美羽の気配を感じたのだろう、祭は先程から朱に染まった殺気と氣を垂れ流しているのだ

 

【これより先には一歩たりとも行かせはせぬ。通りたくば、我が屍を越えてゆけ】

 

まるで、多くの死んでいった呉の兵達が乗り移ったかのように、強大な圧力を見せる祭

 

敵の眼には、構える矢が万の穂先に映る。魂が刃に、意志が鋼に、忠義が二つを固く鍛えあげる

 

蓮華の前に立つのは何処までも熱い紅の旗

 

孫呉の旗そのもの

 

冥琳の瞳は映す。孫呉の朱旗は、側に立つ蓮華が居るからこそ。彼女の王たる覚悟が二人に将としての力を与えているのだと

 

 

 

 

 

 

「もう、蓮華さまは庇護の元から放たれた。お前を繋ぐ軛は無い、存分に暴れるが良い。お前は自由だ」

 

風を切り裂き、大地を抉る迷当の大斧

 

身を捩り、不規則な動きで的を絞らせず蜂の一刺しのように隙を突く雪蓮の攻撃

 

「鋭イ動キダ。ダガ、捕ラエラレナイ程デハナイ」

 

速さ、鋭さ、攻撃力。どれを取っても一級品であるが、迷当に追えぬ動きでは無かった

 

虚を混ぜ、此方の隙を作りそこを鋭く突き崩す。天性の勘で察知し、隙を目敏く見つけているのを迷当は逆に利用する

 

「ククッ、コレデドウダ」

 

右、左に動く雪蓮に対し、ワザと重心を右に寄らせる。大きくでは気付かれる。刺そう為、僅かに右に

 

そして、勘を狂わせぬ為に一撃をもらう覚悟で隙を作る。だが、その一撃は腕、足、戦闘に支障のない箇所を貫かせる

 

目の前で雪蓮は、迷当の思惑通り重心の乗った右側を剣で軽く叩き、急激に剣を引いて戻し逆から返して横突きへと変化させた

 

「腕ハクレテヤロウ。ダガ、貴様ノ命ハモラッタ」

 

左腕を盾に、雪蓮の一撃を受け入れるようにして身を捩り、斧を振り上げた瞬間だ

 

迷当の眼に映ったのは、口角を釣り上げ飢えた獣のようにカパっと口を空ける雪蓮の姿

 

「笑ッ!?」

 

次に目の前で人とはかけ離れた動きをする獣が映る

 

剣が当たる寸前に手を放し、迷当の振り上げた右肘を右拳で叩き、振りぬき捻れた身体を無理やり戻して右肘を迷当の顎へ

 

身体が戻ると同時に放した剣を左手で捕まえ、更に身体を戻して衝撃で視界が歪む迷当の首を一刀の下、横薙ぎで切り裂いた

 

旋のような風が舞ったようにしか視えぬ雪蓮の動き

 

地面には迷当の首が転がり落ち、羌族の騎兵達は、空に叫ぶ紅の獣の前で恐怖に塗りつぶされていった

 

【戦闘狂】

 

後ろに後継者が、己を超える王が現れ雪蓮は己の本質を顕にした

 

唯の将。いや、唯の兵となり、雪蓮は己の唸り声と敵の悲鳴を混ぜあわせ、炎の壁の先へと突き進む

 

「雪蓮、コレを持っていけっ!」

 

冥琳から投げられたのは、柄に再び肉厚で鉄板のような刃を着けられた古錠刀

 

迷当との戦いでボロボロになった剣を前へ、騎兵へと投げ飛ばし、投げられた古錠刀を空中で手に取り怯え戸惑う羌族の兵を切り捨てる

 

「ガアアアアアアアアアアッ!!!」

 

解き放たれた獣が野を駆け抜ける。剣と言う名の牙を持つ獣は、炎を背に切り裂き、貪り、刃に血を吸わせ人を肉塊へと変えていく

 

騎馬と騎馬が隙間無く列を成す陣に一人、古錠刀の切っ先を地に掠め、一陣の風を纏い

 

一筋の線を描き、迎え撃つように放たれる槍衾を乱暴に振り払う

 

裂け、砕け、舞い散る槍の欠片

 

降り注ぐ鉄片と木っ端を浴びて、獣は笑う、笑う

 

怯えは心を喰らう、恐怖は心を喰らう、放たれた獣は人を喰らう

 

覆いかぶさるように敵に襲いかかり、一振りで鎧ごと叩き潰す

 

断つのではない、斬るのではない、圧し斬るのだ

 

「・・・魏には、叔父様たち二人だけじゃなくて、叔父様のお友達まで殺された事になっちゃった」

 

雪蓮と蒲公英の瞳が交差した時、蒲公英は小さく呟いた

 

憤る心を落ち着けるように、次にゆっくり息を吐き出し、握りしめる三叉槍の切っ先を目の前の周泰から天へと向ける

 

「我らが盟友、迷当は討たれた。一度退く、だが逃げるわけではない。直ぐにこの怒りこの恨みを刃に乗せ、呉の者共に味あわせてやるのだ!」

 

次に地面を穂先で二度叩き、怒りを皆に伝える素振りを見せて周泰をその場に置き去りに、兵に矢を放たせ後方へと走りだす

 

「逃すかぁぁっ!!」

 

地を駆ける獣。地面を足で叩き、削り、獅子のように飛びかかる

 

迎え撃つは、統制を取り戻した羌族の兵

 

厚く壁のように己の身体を盾に蒲公英が退く時間を、仲間が退く時間を作り上げていた

 

「邪魔だっ!」

 

騎馬を寄せ、道を無くし、雪蓮の古錠刀の的になろうとも男達は、己の身を捨て盾となる

切り裂き、叩き伏せ、血の雨を降らせようとも兵達は、まるで王を護るかのように見を投げ出し壁となる

 

地面を叩いたのは格好や見栄ではない。たった二つ地面を叩いただけで、乱れた統制を整え兵に冷静さを取り戻して見せたのだ

 

「明命を戻せ。会陽、道を切り開くのだ」

 

姉、雪蓮の足が鈍る直前、蓮華は即座に動く。細められた慧眼は、敵の動きを敏感に察知し将兵へ

 

「賜り申した。我が魂魄は王の振るいし一振りの剣、我が三魂七魄は王への供物。呉王の旅路、この程普が案内仕る!」

 

心の奥底から歓喜の雄叫びを上げ、会陽は己の得物を振り回し前へと駆ける

一振りの蛇矛に己の全てを載せて、前へ前へと突き進む。その姿はまるで凪のよう

 

しかし、凪と決定的に違うのは、恐ろしく長い蛇矛で広範囲に敵を切り裂き、望んで敵の武器をその身に受け止る姿

 

騎兵の突撃ですら押し返し、笑いながら赤ら顔の小柄な鬼が喜と共に敵の慟哭を切り裂いていく

 

冷静さを取り戻した敵に対し、雪蓮と会陽、そして後方から矢を放ち殺気を放つ祭をもって再び恐怖を植え付け初めていた

 

「二度叩くだけで兵の士気を戻したか。なぜ、あのような事が出来るか分かるか?」

 

「い、いいえわかりません。私には、とても出来ませんから」

 

全体を指揮しながら、蓮華の命によって戻った周泰は、周喩の問に自信なく答えるしか出来なかった

 

「その言葉が全てだ」

 

「私の言葉ですか?」

 

「自信だよ。支柱たる羌族の王が討たれたというのにも関わらず、絶対の自信を持って仲間を支える。動揺し恐怖に駆られ冷静さを

失い、支えをなくした者達は、側で導く強力な自信と自負心の在る者に従ったのさ」

 

「自信・・・」そう呟く周泰の眼は、自然と立ち去った蒲公英の方では無く、己の王である蓮華へと向けられていた

 

「そうだ、お前が今、眼を向けた相手、蓮華様にも感じるだろう。絶対の自信と自負心を。人は、少なからず自信の在る人間についていく

その人物が誇り高いならば尚更だ。王の自覚を持った今の蓮華様が恐怖を取り除く。兵に勇を与える。将に力を与える」

 

証拠を見せようとばかりにゆっくりと指先を前に向ける周喩

 

指し示す先には、敵兵を薙ぎ払う雪蓮と会陽、雪崩のように付き従い敵を飲み込まんばかりの勢いを持って炎と爆炎に微塵の恐れも見せぬ兵達の姿

 

「少し前まであの不思議な爆発に怖がっていたのに・・・」

 

驚き、兵達と将の熱気に当てられた周泰が周喩を見上げた時だ、周喩の口元には柔らかな笑が浮かび、その瞳は

 

「儂の前から失せろ、さすれば許す。失せぬのならば・・・」

 

朱の殺気、万の穂先を一つの鏃から撃ち放つ呉の宿将、黄蓋こと祭の雄々しき姿

 

「覚悟を決めよ!」

 

鋭く研ぎ澄まされた刃のような瞳から放たれる眼光に射抜かれ、士気を取り戻したはずの羌族の兵達は、四肢を槍で貫かれたように硬直してしまう

 

極限まで集中を高めた祭の放つ矢は、正確無比に敵兵の備える火薬を刺し貫いていく

 

仲間に被害が及ばぬように、騎兵が駱駝騎兵で混乱するように、絶妙な位置を保持しながら流麗に

 

歳を重ね培われた経験と勘、積み重ねられた武が解き放たれていた

 

「祭殿の枷となっていたのは私だな。薊様の仰るとおり、焦る事は無かったのだ。ただ、信じて見守れば良かった

私の身体が朽ちる前に等と、唯の思いあがりだ」

 

「そ、そんな事はありませんっ!冥琳様が誰よりも呉を想っていたことを、皆のことを大切に想っていたことを

私は、私達は誰よりも知っていますっ!」

 

「明命・・・」

 

「ご病気を隠されていた事も、皆を死地に向かわせなければならなかった事も。選ぶ道がそれしか無かった事も知っています

祭様が、冥琳様の気持ちを一番に理解していて。私達は、何も出来なくて。だから、だから責めて冥琳様の命を忠実にこなそうって」

 

武器を握る手に落ちる雫。何度も何度も手で拭い、それでも溢れだし止まらぬ涙を細く美しい指先が優しく掬い、拭っていた

 

 

 

 

 

「私は、私はっ、戦う事しか出来ません。一生懸命、言われた事を守ることしか出来ません。自信も自分に持てません

でも、負けたくないっ!もう負けたく無いんです!今度は、私が冥琳様を護るんですっ!!」

 

貴女の存在が私に力を与える。貴女が後ろで見ていてくれるから前へ進むことが出来る

 

「自信を持つことが必要なら、今此処で持ってみせます。自負が必要なら、今此処で誇りを持ってみせます。何時までも、何も出来無い私で居たくありません」

 

王ではない、だが自分には、自分達にとっては、誰よりも大切で力を与えてくれる人

貴女が私達の自信そのもの。貴女こそが私達の誇りそのもの

 

握る野太刀に力がこもる。氣が溢れだす。拭った指先が二度と温もりを失わぬよう、全ての責任を、全ての痛みを、一人で背負わせる事が無いように

 

「私は、上手く話す事は出来ません。だから、私の想いを」」

 

今度こそ自分達は、新たな王と共に優しき呉の都督に勝利を捧げるのだと周泰は、武器を掲げ兵を鼓舞する

 

「負けません。絶対に、絶対に勝ちます。勝たなくちゃいけないんです

私達は、今度こそ冥琳様の描く未来を手に入れるんです。だから、力を貸してくださいっ!」

 

周泰の素直で飾りのない言葉、心からの叫びに兵達は武器を重ねた

 

彼女の言葉に対する応えであるのだろう、言葉なき言葉

 

静かで苛烈な祭たちとは対局にある姿

 

だが、兵達の纏う空気は重く堅牢な城塞のように、王を護る強固な意志と覚悟を持つ近衛兵と化す

 

「ご命令を、私達は、冥琳様の手足となりこの戦を勝利へと導きます」

 

穂先を軽く下へ向け、一斉に敵陣へと前傾姿勢を取る兵達

 

冥琳の側より前へ進み、蓮華の前へと歩みだせば、兵達は声を上げず無言で回りを囲み固め始めていた

 

周泰率いる兵達の背に冥琳は、兵達が周泰の分身のように見えていた

 

一声、ただ一声発すれば、兵達は己の身を戦火へと投じるであろう

 

先に散っていた男達と同様。望む場所で死を与えられず、それでも未来の為に身を捧げた男達のように

 

周瑜の瞳に、孫権の瞳に映るのは、兵達の言葉、兵達の証明

 

黄泉路への尖兵となった者達は、決して都督を批難していない。呉王を恨んでなど居ない

 

全てを知って、全てを理解し、全て望んで己の身を捧げたのだと

 

祭が背負う男達のように、今眼前の男達は咆える

 

我等は、孫呉の旗である。一人ひとりが天高く掲げ朱に染められた、誇りと先人達の魂を継承せし者なりと

 

「構えよ、呉が何故、孫呉と讃えられるのか、羌族の騎兵に思い知らせるがいい」

 

兵達の心根を読み取ったのか蓮華は、ここで初めて剣を抜き取り一歩前へと踏み出した

 

「我が護るべきは民の安寧、我が誇りは民の幸福、私は呉の民への尊敬と感謝を此処に、共に進もう家族を護るため、勝利を我等に」

 

姉、雪蓮から教えられた事。己が何者かを知り、己が何を護るかを知り、己の道を知る

 

自負とは、己を知ってこそ生まれるのだ。故に、蓮華は王としての道を知る

 

「だからこそ、だからこそ俺達は応えなきゃならないっ!」

 

「王の言葉に、王の心に、王の誇りに、俺達は応えなきゃならないんだっ!!」

 

踏み出した一歩と同時に兵達が声を上げ己を一つの塊とするかのように身を寄せて、騎兵を寄せ付けぬ馬防柵へと変えていく

前へ進んでは、槍の石突を地面に突き刺し迫る騎兵へと突き立てて行く

 

一人、また一人と騎兵の圧力に押され、斬り倒されようとも一歩も退くことはない

 

引けば無くしてしまう、何もかも

 

家族も、国も、王も、安寧も、幸福も、誇りも

 

そして、心も

 

「負けても、私達は生き残るかもしれない。蜀の統治のもとで静かな暮らしを送れるかもしれない。でも、私達は、もう決めたんです

魏と共に生きていこうと。私達の心に応えてくれた、私達の心を救ってくれた魏と共に」

 

長く反りのある野太刀を手に、雪蓮、祭、会陽の前衛を突破した騎兵を残らず切り捨てていく周泰

 

「心だけは、もう無くさぬよう。蜂のように、誇りをもち魏と共に生きよう」

 

少しだけ下がっていた周瑜は、兵達に導かれるように周泰の言葉に引かれるように、孫権の少し前へと足を進めた

 

両翼で呉の兵達の動きが変わり始めた事に中央で華琳と共に進む桂花は、前方で突き進む雲兵達と同じ圧力と強さを見ていた

 

「あれが呉の真の統率力。孫呉って言うのも飾りじゃ無かったのね」

 

赤壁でこの統率力が発揮されていればどうなったのかと考えた桂花は、背筋に冷たいものが流れ落ちた

 

「確かに、今目の前でなされている動きが前の戦で行われていれば、容易に勝利を手にする事は出来なかったでしょうね

でも、貴女の感じている圧力は、目の前で兵を率いる二人の王とは全くの別物よ」

 

走る桂花をあざ笑うかのように水鏡は、騎兵の後ろで羽扇を手に見下ろしていた

 

「アンタ、華琳さまがご自分で走られているっていうのにっ!」

 

「ふふっ、此方の方が何かと見通せるのよ。孫子にあるように、敵より高い位置を取るのは状況を把握する意味もありますからね」

 

「流矢にでも当たって落ちれば良いのよ」

 

無礼は承知の上、王に捧げる勝利のためならばと理由は解っていても、憎まれ口を叩いてしまう桂花の性格を見抜いて居るのか

水鏡は、眼を細めると騎馬を操る兵に指示を出す

 

「うわっ、ちょ、ちょっとっ!!」

 

「兵達と比べ、我等の力が劣ることは理解しているはず。無礼と言うならば、戦功にて償うと言うのはどうかしら」

 

槍を持ち、騎馬から下りた兵は、華琳の率いる列に溶けこむようにして入り込み、水鏡は並走する桂花の手を掴んで引き上げた

 

「わ、わたしは、華琳さまと共に走っ・・・はぁ、はぁっ」

 

息切れしながら抗議の声を上げる桂花をまるで弟子を見るかのように優しく前に載せて後ろから抱きしめるように手綱を掴む水鏡

 

「先程、私が驚いたこと、そして貴女が感じた事の齟齬を説明しましょう」

 

「はぁ?」

 

「恐らく、何度も舞王殿が兵を舞で纏め上げる様子を見て肌で感じているからこそ慣れてしまっているのでしょうね」

 

素っ頓狂な声を上げる桂花をよそに、羽扇を目の前で暴れ狂う雲兵達を指し、次に両翼の呉の兵を指した

 

「私が生徒達に教えていたのは、正に目の前で行われて居ることをいかにして成すか。戦に置いて、最も重要で有るのは統率

兵を思うがままに、手足のように動かす事が出来るかよ」

 

「そんなの基本中の基本じゃない。兵法書にだって書いてあることよ。適材適所を見極め、兵を一斉に乱れること無く動かすなんて

でも、それは理想。実際は、単純でも簡単でも無いわ」

 

「ええ、ですから目の前で起こっていること事態が私の眼には、あり得ない事に映るのよ」

 

水鏡の言葉に、再び視線を自分達の兵や呉の兵に向けるが、桂花にとっては何も不思議には映らなかった

今まで何度も繰り返し鍛え上げた兵、幾度と無く向かった戦場、そこに鼓舞である昭の舞

 

更には、今まで前へ出る事を控えていた華琳の進軍、重く威厳の有る言葉

 

全てを合わせて考えれば兵達の動きや行動に何の疑問もない。無論、それは呉にも言えることだ

 

「人は、常にある物事を【あたりまえ】と捕らえてしまう。水が河を流れることも、緑が芽吹き木々が育ち、森を作り出すことも」

 

「何が言いたいのよ。わたしが見落としているとでも言いたいの?」

 

「積み重ねた練兵、幾度と無く足を向けた戦場。本当にそれだけで、全ての兵が完全にあのような動きを見せると思うのかしら?」

 

両翼は炎の壁を突破し、前方では長蛇の陣を八つ形成し始める風と詠

 

そんな中、桂花は水鏡の言葉に何かを感じたのか、再び兵達に今度はじっくりと視線を向けていた

 

「私が生徒に教えていたことは、集団心理というもの。集団で事を成す場合、どのようにすれば集団の思考を操作出来るか

操作して、戦に政にどのように活用するかを教えていたわ」

 

同じように、全体の動きを見ながら水鏡は、火炎の壁を通り抜けた先に見える前方の陣を

魏と呉の精兵を待ち受ける、蜀の軍師が創りだした新たな陣形を見て口元を僅かに笑に変えた

 

「集団で事を起こす時、必ず個人の発揮する力が疎かになってしまうの。人の心と言うのは実に脆く、曖昧でいい加減なもの

【力を合わせて】等という言葉は、見方を変えれば【適当に手を抜いて】と同じような意味でしか無いのよ」

 

水鏡が口にしたのは、リンゲルマン効果。集団で何かをする時、個人の努力が少なくなり社会的手抜きをしてしまう事

それは、生死が飛び交う戦場ですら同じ。後方にいれば居るほど、前線で戦う人間とは覚悟や想い、緊張、士気全てが違ってしまう

 

「人数が多ければ多いほど、傍観者としての意識が大きくなってしまう。個々の責任が薄れ、己がやらずともと言う心理が働いてしまう

まるで激流の底が穏やかな流れであるように。御覧なさい、呉の兵達を。次に、我等魏の兵達を」

 

注意深く視線を這わせた桂花の瞳に映ったものは、呉の兵の後方が僅かながら炎と爆炎に怯えを見せていること

士気が前方と後方でよく見なければわからぬ程ではあるが、差が有ることだ

 

であると言うのにも関わらず、自分達が率いる魏の兵士達は、全体が一つの塊であるように

一つの生き物で有るかのように士気や緊張、覚悟が同じであると言うこと

 

怯えなど一つも見せることはない、まるで一人ひとりが此処で倒れれば魏が滅びると言わんばかりの思いを熱と共に持っている

 

「異常なのよ。知らぬ者から見ればね。でも、貴女たちの作り上げた街を思えば、後方に来ている魏の民を見ればそれは異常ではない

【あたりまえ】なの。流れる河のように、自然と群生する木々のように」

 

「そういう事。魏の兵じゃなくても、魏の民であっても戦に出れば同じよ。魏と言う国は厳しい、でも努力すれば必ず報われる国

一人ひとりが己の生に責任を持っている。一人ひとりが国を支えていると言う意識がある。他のどの国とも違う。これが、華琳さまの作り上げた国よ」

 

「ええ、故に個々の責任が薄れる事はない。傍観者という意識がない。その姿は国と言う名の獣」

 

「でも、それが何だって言うの?悪いことなんて無い、それどころか兵の力を充分に発揮できる。文字通り力を合わせて戦う事ができるじゃない」

 

己の驚きを自分に説明しただけか、唯の時間の無駄、其れよりも敵の陣の攻略をと口にする桂花

 

「私は、先程も言った通り生徒達にそれを教えてきた」

 

「だから、それが何だって・・・」

 

何かに気がついた桂花は、口元を引き結び前を向いた。水鏡の言わんとすることが理解出来たのだ

 

「貴女達が【あたりまえ】だと思ってしまっているようですから。今から剣を交えるのは、きっと初めての相手、自分達と同じ、国と言う名の獣よ」

 

眼前に待ち受ける八角形の巨大な陣形。そこから感じる異様な雰囲気

 

桂花が常に感じて来たものと全く同様のもの。威圧感、士気、兵達の熱気

 

自分達が誇る魏の兵。一人ひとり覚悟と責任を持ち、誰一人として退くことを知らぬ精兵

 

全く同様の部隊が目の前で、劉備を中心として陣を敷、静かに此方を待ち受けていた

 


 
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