No.652003

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第二十九話

ムカミさん

第二十九話の投稿です。

皆さん、明けましておめでとうございます。
三が日には…と思いつつ、結局今日まで書ききれない遅さに涙、涙…

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2014-01-05 17:27:44 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:9180   閲覧ユーザー数:6716

 

伝令の報告を受け、集団の足を進める一刀達。

 

伝令兵の様子から予想される被害の大きさを考え、逸る気持ちを抑えながらの前進となっていた。

 

進むこと数刻、前方に帰還部隊のものと思われる砂塵を確認する。

 

「あれか!……どうも様子がおかしいな」

 

「……それに、少ないわ…私が虎牢関に配置した兵は少なくともあの3倍はあったはずよ!それに、汜水関の兵もいたはず…」

 

「一刀さん!急ぎましょう!」

 

「ああ!」

 

遠目から見ても明らかにふらついていることがわかる部隊。

 

しかも、詠の見立てが正しければ、明らかにその数が足りないと来ている。

 

そこにただならぬものを感じた一同は歩を早め、一秒でも早い合流を図る。

 

やがて合流した一刀達の目に飛び込んできたのは…

 

ほとんどの者が一様に目を赤く充血させ、その下に大きな隈を作り、ボロボロに疲れきった、高順と陳宮が率いる恋の部隊ただ一つだけ、であった。

 

「ねねちゃん!梅ちゃん!」

 

「ちょっと、あんた達大丈夫なの?!一体何があったの?!」

 

「うぅ…月殿…詠殿……ただ今…きか、ん…」

 

そこまで話したところで、陳宮はばったりと倒れてしまう。

 

突然のことに驚きながらも詠が慌てて駆け寄る。

 

「ねね!ちょっと、しっかりしなさい!ねね!!」

 

必死の形相で陳宮に語りかける詠。

 

だが、陳宮からの返事は無く…

 

「……んみゅぅ…」

 

「んなっ?!」

 

寝息だけが返ってくるだけだった。

 

一刀もまた馬から降りて近づき、詠の後ろから陳宮の様子を覗いて声を掛ける。

 

「見事に熟睡だな。どれだけ疲れて…あ~、いや…当然の反応だと思うぞ?」

 

「う、うるさいわよっ!」

 

勘違いで大騒ぎしてしまったからか、首まで真っ赤にして怒鳴る詠。

 

その一方では月が高順に問いかけていた。

 

「梅ちゃん、何があったの?」

 

「……皆、ボロボロ。霞もいない」

 

「董卓様…呂布様…申し訳ございません…申し訳ございません!!」

 

高順は軽いパニックに陥ってしまっているのか、ひたすら謝るばかりで満足な情報が得られない。

 

見れば部隊の他の兵もとっくに限界を越えてしまっているようで、ここで下手に止まってしまうとよくないだろうと予想できる。

 

そこで一刀は陳宮を抱え上げると月とその後ろの集団、そして帰還部隊に視線を回しながら言い放った。

 

「ひとまず進路を曲げよう。君達も、今は疑問が多々あるかも知れないが、今は従って欲しい」

 

言って、一刀は月と陳宮を白馬に乗せ、自身は手綱を引いて歩き出す。

 

高順を含めた帰還部隊はもう思考する気力も無いのか、素直に従って来るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

洛陽と虎牢関の直線上から十二分に離れた地点まで来ると一刀は足を止める。

 

「ここまで離れれば大丈夫だろう。月、詠。ひとまずここで野営をしよう」

 

「そうね。洛陽からの者達は野営の準備を!虎牢関から帰還した者達は休んでていいわ」

 

この言葉に帰還部隊の者達は張り詰めていた緊張を解き、その場に崩れ落ちるように座り込む。

 

中にはそのまますぐに寝入ってしまう者もいた。

 

野営の準備も終わって落ち着くと、早速詠が高順に質問を投げかける。

 

「さ、梅。何があったか話してちょうだい」

 

「はい……あれは呂布様が虎牢関を発たれた次の日でした――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日前、虎牢関城壁。

 

伝令を通して陳宮に急遽呼び出され、陳宮が導き出した連合軍の策を聞かされた霞、華雄、高順。

 

だが悲しいかな、董卓軍にはこれに対して取れる策が実質的に無い状態なのであった。

 

結果、対応策はそれぞれが率いる3つの軍を2刻刻みで回すこととなった。

 

「ほんじゃ、さっきも言った通りまずはウチの部隊がやるわ」

 

「ああ、頼んだぞ、張遼」

 

「ご武運を、張遼様」

 

陳宮の決めた分担に従い、霞が引き続き迎撃の為に戻っていく。

 

そうなると必然、その間の華雄と高順は休憩が仕事となる。

 

だがこの休憩、簡単に見えて意外に難しい仕事となってしまっていた。

 

まず第一に熟睡は出来ない。

 

また同じく完全に気を緩めるようなこともあってはならない。

 

状況次第では対応に当たっている部隊のみならず、休憩中の部隊の駆り出しも十分以上に有りうる。

 

結局、休憩とは名ばかりの仮眠まがいのことしか出来ないのであった。

 

2刻戦い4刻休み、再び2刻戦い4刻休む。

 

董卓軍はほとんど気を抜くことが出来ないまま徒らに体力と精神力を消費していく。

 

とは言っても彼女達は鍛え抜かれた軍人。

 

初日は慣れない防衛法に多少戸惑いながらも特に危なげな事になることも無かった。

 

だが、連合のこの作戦は2日目からその効果の程をまざまざと見せつけ始めた。

 

まず最初にへたばり始めたのは参入間もない若い兵士達。

 

彼らは未だ優秀な兵としての体力を作りきれておらず、若さだけではこの事態を乗り越えることは出来なかったのだった。

 

次にダウンしたのが熟達の兵士達。

 

彼らは年月を掛けて兵士としての確かな腕を磨き上げていた。

 

しかし、どれだけ鍛えようとも体力には限界と言うものがある。

 

今回の事態はこの限界値を簡単に越えるものだった。

 

そしてこれが更なる悪循環を引き起こす。

 

部隊の疲弊が溜まれば溜まる程、迅速性が失われ、精彩を欠くようになる。

 

そうなれば必然、危うい事態が発生する。

 

危うい事態が発生したらば、休憩中の部隊を駆り出してでも阻止せねばならない。

 

この負のループが繰り返される内に部隊の休憩時間は有って無い様なものとなり、常に気を張り詰めなければならなくなる。

 

しかも、部隊がこの有様になれば率いる将の負担も格段に増す。

 

常人離れした頑強さを誇る霞や華雄ですら、2日経ち3日過ぎる頃にはヘロヘロになってしまっていたのであった。

 

 

 

「スマンな、梅。助かったわ」

 

「いえ、お気になさらず。それよりも、さすがにそろそろ…」

 

「ああ、ちぃとマズい状況になってもうたなぁ…」

 

現在防衛に当たっているのは霞の部隊。

 

城門が抜かれかけた際に救援として高順の部隊が駆け付け、丁度一段落ついたところであった。

 

2人が憂慮していること。それは今この時も眼下に広がる光景にある。

 

「あいつら、ここにきて数増やしてきよったしな」

 

董卓軍の疲労がピークに達していることは傍から見ても一目瞭然。

 

連合軍はここが勝負時と見たのだろう、策を多少いじり一部隊毎の人数を増してきていた。

 

その結果、この日は朝から常時連合の兵が城門に張り付いているような状態になってしまっていたのである。

 

「兵達も最早限界です。このままでは…」

 

「ジリ貧なんは確かやな。やけども、ここらで何か新しい手ぇ打ってくるやろな…」

 

連合の本陣の方角を睨みながらそう言う霞。

 

同じくその考えに至った人物が関内にもう一人いた。

 

そして間もなく、その人物からの伝令が届く。

 

「張遼様、高順殿。陳宮様がお呼びです。至急集まるように、と」

 

「あいよ、了解。ちょっと行ってくるわ。ここは頼むで」

 

「はっ!」

 

近くにいた部隊長にその場を任せ、すぐに霞は高順を伴って陳宮の下へと向かった。

 

霞が陳宮の下に就いた時には華雄は既に待機していた。

 

「スマン、待たせてもうたか?」

 

「いうほど待ってはいないのです。それよりもさっさと始めてしまうのです」

 

言葉だけを聞けば毅然としているようだが、陳宮もまた既に限界が来ている。

 

それを示すように、当人はまっすぐに立っているつもりなのだろうが、明らかに上半身がふらついていた。

 

しかし、だからといって連合が手を緩めてくれる筈もない。

 

個々の状態如何に関わらず軍議は始まる。

 

「霞殿も華雄殿も梅も気づいているとは思うのですが、我が軍はもう限界なのです。結局有効な策は思いつくことが出来なかったのです…」

 

瞬間陳宮の顔に影が差す。

 

軍師としての責を全う出来なかったと感じているのだろう。

 

だがそれも一瞬、次の瞬間には表情を戻し、話を続ける。

 

「ねねはこれ以上の抗戦は難しいと判断したのです。ですので今日、段階を踏んで撤退していくつもりなのです」

 

「あんま日数稼げんかったけど、ま、しゃあないわな」

 

「悔しいが、確かにその通りだ…」

 

霞はともかく華雄もが反対意見を述べる事なく同意する。

 

普段の猪突猛進ぶりが見られないのは疲れからか成長したのか。

 

普段であればそこに驚いたのかも知れないが、思考能力が落ちに落ちているこの状況故、すんなりと軍議は進んでいく。

 

「次の交代時にまず霞殿の部隊の半数を。次の交代時に華雄殿の部隊を半数。さらに次で梅の部隊の半数。まずは3段階に分けて半数を帰還させ、その後は残存全部隊で防衛に当たるのです。

 

 そこからは断続的に少数ずつ帰還させ、残存部隊の数がさらに半分になった時点で残った矢を全て斉射、隙を作って一気に帰還、といった流れを考えているのです」

 

「ふむ…ええんちゃうか?ちと梅の部隊に負担が掛かりそうやけどな」

 

「私は策を考えるような事は出来ん。陳宮の指示に従おう」

 

「私にも異論はありません。ねねちゃんの策を信じます」

 

「ありがとうなのです。それでは…」

 

「き、緊急事態!陳宮様!張遼様!華雄様!高順殿!至急ご確認の上、御指示を!!」

 

兵士の報告が終わるか終わらないかの内から既に走り出している霞と華雄。

 

陳宮と高順も兵に答えつつ、2人を追って城壁へと出た。

 

「ちょっ……なんやねん、これ…」

 

「これはマズイな…」

 

「くっ…!完全に先を越されてしまったのです…!」

 

「呂布様……」

 

城壁へと出た4人の眼下に広がっていた光景。

 

それは先程まで漫然とした様子で関を攻めていた袁家の軍では無く、気勢を上げて攻め上げてくる曹軍、劉軍、孫軍の大部隊であった。

 

一部の将は負傷しているようだが、それがマイナスポイントになってはいない。

 

ある者は指示に専念することで部隊の動きの精度を上げている。

 

またある者は負傷を押して前に出ることで部隊の士気を上げている。

 

だが、そんな中でも曹軍の幾つかの部隊の動きがとりわけ激しいものであった。

 

その様子から、どのような形であれ、防衛戦がこの日に終わることが容易に想定出来た。

 

「……最早ここまでなのです…しかし、これは全軍で迎え撃っても耐えられるようなものでは…何か、何か策があるはずです…考えろ…考えろなのです………!」

 

城壁についた両手の間に頭を沈ませて思案に暮れる陳宮。

 

しかし、そう簡単にはこの状況を打開するような策など思いつくものでは無い。

 

可能な限り頭を高速回転させるも、良策どころか取り敢えずの対応策すらも考えつかない。

 

知恵熱でも出しそうなほどに悩む陳宮を横目に、霞が何事かを決意したように3人を振り向いた。

 

「……ウチがあいつら引きつけといたるさかい、あんたらは今すぐ逃げぇ…」

 

「なっ!?張遼様!それは一体!?」

 

「こんな状態でまともにぶつかれるわけがないやろ?ウチの部隊がこん中で一番足がある。せやからウチが出ていって、あいつら翻弄したるって言っとるんや」

 

「ですが霞殿…」

 

「ねね、さすがにもう時間ないで。今この時に良策が無いんやったら、どうしようもないやろ?大丈夫や。あんたらが逃げ切る時間くらいしっかり稼いだる!」

 

霞の発言に焦る陳宮と高順。

 

だが、霞は既に覚悟を決めた眼をしており、ほとんど有無を言わせず陳宮達を言いくるめた。

 

霞の言っていることがなまじ的を射ているため、陳宮はそれ以上何も言えなくなる。

 

「ほれ!早よ行って部隊纏めて来ぃ!」

 

霞のこの一言に押されるようにして兵達のところへと2人は向かう。

 

華雄はその一部始終を無言で見つめていたかと思うと、2人が去った後に霞に告げた。

 

「私も残るぞ、張遼。董卓様の為のこの命だ。我が命を掛けて僅かな時でも長く連合を足止めしてみせよう」

 

「華雄……ここで残ることが何を意味するんか…」

 

「勿論分かっている。全て理解した上だ」

 

「そうか…なら、もう何も言わん。一緒に暴れたろうやないか!」

 

「ああ!」

 

瞳に覚悟の炎を煌々と燃やした2人の武人は、秒を追う事に激化する戦場を見下ろしながら互いの拳を打ち付け合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

四半刻とせず、門前には霞と華雄の部隊、そのほとんどが揃っていた。

 

洛陽に家族を残している者には上官権限で帰還を命じたのだが、それでもなお、董卓軍を、洛陽を守るため、兵達が深く信頼する将軍に付いて行く決意をした者が多くいたのである。

 

「ほんじゃ、ねね、梅。月っちのこと、頼むで。きっと一刀が何とかしてくれてるはずや。恋もおる。あんたらは振り返らずに走り切るんや。ええな?」

 

「陳宮、高順。董卓様を任せたぞ。ここは私達が食い止めて見せよう」

 

真っ直ぐ見つめてくる霞と華雄の視線を受け止めきれず、顔を俯かせてしまう陳宮と高順。

 

だが、意を決したように高順が頭を上げる。

 

「張遼様、華雄様。ご武運を…」

 

「おう。あんがとさん」

 

何とか言葉を絞り出した高順に霞は笑顔で答える。

 

やがて陳宮も顔を上げ、霞達を見返す。

 

「ねね達は先に行って待っているのです……ですから…霞殿、華雄殿。無事に帰って来て下さいなのです」

 

「陳宮よ。我等を誰だと思っている?董卓様の下で天下に名を馳せた猛将と神速の異名を持つ将だぞ?案ずるな。すぐに追いつくさ」

 

珍しい華雄の相手を気遣う発言。

 

だが、それはこれ以上なくこの場に相応しいものでもあった。

 

それ故、陳宮の胸にその言葉がストンと落ちる。

 

「霞殿、華雄殿…武運を祈っているのです……帰還部隊に告ぐのです!張遼将軍と華雄将軍が打って出るのに合わせて我等は後門から洛陽に向けて発つのです!」

 

『はっ!』

 

「張遼隊!ウチらは今から打って出んで!敵は数に物言わすしかでけん連合や!大陸に轟くウチら自慢の足回り、とくとあいつ等に見せつけたれや!!」

 

『応っ!!』

 

「華雄隊!我等も張遼隊に続いて打って出るぞ!董卓様の御為に鍛えに鍛えた我等が武、今こそその全てをぶつけてやれ!」

 

『おおおおおぉぉぉぉっ!!』

 

各部隊、それぞれ士気を上げ、今出来る万全の態勢を整え終える。

 

そして、霞が城壁上を仰いで指示を飛ばす。

 

「弓隊!斉射!!」

 

『応っ!』

 

残弾数を気にしない弓の斉射。

 

これで僅かながら連合を怯ませ、押し返し、吶喊の為にスペースを作った。

 

直後、虎牢関に響き渡る程の声量で霞と華雄の声が轟く。

 

『行くぞ(で)!突撃ーーーーーー!!!!』

 

『おおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!』

 

同時に反対では部隊にだけ届くように絞った声量で高順が指示を飛ばす。

 

「我等も行きます!張遼様の指示通りに、振り返らず!真っ直ぐに!洛陽を目指します!」

 

『はっ!』

 

 

 

 

 

かくして、虎牢関から董卓軍が全てはけたのであった。

 

高順と陳宮は霞の言い付けを忠実に守り、出せる全力で以て振り返ることなく平原を走り抜けた。

 

虎牢関前の喧騒は瞬く間に遠ざかり、後に残るのは馬や兵が地を踏みしめる音のみ。

 

溜まりに溜まった疲労や眠気すら押しのける程に込み上げてくる感情に思わず顔を歪めそうになるが、部下の手前何とかそれは堪えてひた走る。

 

伝令を一人先行させてはいたものの、何かに急かされるように走り続けたこの部隊は、ほとんど伝令に追い縋るように平原を走り抜け、一刀達との合流に至ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――これが我々虎牢関の部隊に起こった全てです……申し訳ありません、董卓様。私では張遼様、華雄様をお止めすることが出来ませんでした…」

 

全てを語り終ると、己の無力さに耐え兼ねて俯いてしまう高順。

 

そんな彼女に月は優しく声を掛ける。

 

「今回のこと、その全ての責任は私にあります。だから梅ちゃん。そんなに気に病まないで。梅ちゃんが無事に帰ってきてくれた。今はそれがとても嬉しいですから」

 

「董卓様……あり、がとう、ございます…うぅっ…」

 

月に柔らかく抱きしめられ、暖かい言葉を掛けられ、高順は感極まって嗚咽を漏らす。

 

暫く啜り泣く声が聞こえていたが、やがて鳴き声は寝息へと変わっていった。

 

「お疲れ様です、梅ちゃん…」

 

高順の髪を撫でつつそう漏らした月の顔は、とても慈愛に満ちたものであった。

 

 

 

すっかり寝入ってしまった高順を抱き上げて陳宮の隣に寝かせると、一刀は詠と話し合いを始めた。

 

「予想よりも連合の動きが大分早いみたいだな。もう少し進路をいじった方がいいか?」

 

「いいえ、このままで大丈夫だと思うわ。いくら連合の動きがいいと言っても、いいえ、だからこそ、かしら、虎牢関を抜いたのにわざわざ曲げた進路を取るとは思えないわ。それこそ一直線に洛陽へと向かうでしょう。私達は既に直線上から大分外れた所にいるのだから、見つかることはないはずよ」

 

「ふむ…だといいんだが、な」

 

「万全を期して我が軍の元間蝶の者を常に警戒に当たらせておくわ」

 

「なら大丈夫か。俺も出来る限り警戒網に加わるようにしよう。それから洛陽に置ける連合の動きについてなんだが…」

 

詠は言われずとも分かっているとでも言いたげに頷き、一刀の言葉が終わる前に口を開く。

 

「屋敷に火を放つ為の者以外に2名、腕利きを忍ばせておくわ。連合がどう出るか、これからの為に必要になってくるんでしょう?」

 

「ああ、そうなんだ。ありがとう、詠。なら、取り敢えずの所はこの位か。残る問題はあの子達の説得、か」

 

言って一刀は苦笑を浮かべつつ陳宮と高順の方を見やる。

 

だが詠は事も無げにこう言い放ったのだった。

 

「あら、それは割と簡単だと思うわ。その2人はちょっとしたコツさえ掴めば、簡単に説得出来てしまうわよ?」

 

この時こそ一刀は、一体何を言い出すのか、と訝しんだのだが、翌日、それが事実であったことを思い知らされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、目が覚めて状況を再認識した陳宮と高順は案の定一刀に食ってかかっていた。

 

「なんでお前がここにいるのですか?!月殿に何しやがったなのです!」

 

「こんな僅かな軍勢で洛陽を離れられているなんて…董卓様を唆したというのはどうやら本当のようですね!」

 

先程から一時が万事この状態である。

 

さすがの一刀も辟易としてきた頃、2人が起きたとの報告を受けた時からどこかへ行っていた詠が戻ってきた。

 

「あんたでもやっぱりこの2人の相手はどうしようも無かったみたいね」

 

戻ってくるなり溜息を吐く詠に一刀は苦笑を返す。

 

「どうにもこうにも、こっちが喋る隙が無いもんで…」

 

「言ったでしょ?この2人の相手はコツがいるって」

 

言って詠は横に避けて背後にいる人物に注目を向ける。

 

そこには何をするでもでも無く恋が立っているだけであった。

 

「コツ、って…恋が?」

 

「そ。恋がコツ」

 

一体どういうことなのか、と頭を捻る一刀をよそに、今の会話を聞いて陳宮と高順がヒートアップしてしまっていた。

 

『き、貴様!恋殿(呂布様)の真名を呼び捨てるなど、何てことを!!』

 

見事に声を重ねる2人の剣幕に若干体を引いてしまう一刀。

 

その後ろから詠が語りかける。

 

「あ~、はいはい。ちょっと黙りなさい、2人とも。恋、こいつらにちょっと言ってやってくれない?」

 

「……ん」

 

恋は一つ頷くと2人の前に進み出る。

 

そしていつもの恋独特の溜めの後に一言呟いた。

 

「……一刀は大丈夫」

 

普通であれば説得どころか、何が?と聞き返すようなものであるが、2人には何かが確かに伝わったようである。

 

「で、ですが恋殿、ねねにはとても…」

 

「何故この男を信用なさるのですか、呂布様?」

 

それまでの勢いはどこへやら、急にしおらしくなる2人。

 

それでも弱々しい反論をしてくるが、恋の次なる一言にバッサリと切って捨てられた。

 

「……恋にはわかる。一刀、いい人。月も助けてくれた」

 

「だ、だとしても!」

 

「……ねね」

 

「う、うぅ……わ、分かったのです。恋殿がそこまで言うのでしたら…」

 

恋に諭され、陳宮は渋々ながら納得を示す。

 

その一方で高順は最後の抵抗にかかる。

 

「……呂布様。無礼を失礼します。しかし、この男は我等が軍に負けるような弱い者。しかも董卓様や賈駆様をこのように連れ出すような非常な者です。呂布様が何か勘違いをなされているのでは?」

 

「……一刀は強い。それに優しい」

 

恋は首を振って否定を示した後、二言だけ反論する。

 

そこで高順が更に何か言おうとする前に詠が割って入った。

 

「ちょっと待ちなさい。梅、今恋が言ったことを実際に目の当たりにすれば、あんたも納得するんじゃない?」

 

「それは…確かにそうですが」

 

「なら話は早いわ。一刀。あんた恋と仕合いなさい」

 

「えぇ?!」

 

「それが手っ取り早いからよ。恋もいいかしら?」

 

「……ん」

 

驚く一刀をよそに詠は主に恋を対象として話し続ける。

 

自らは蚊帳の外のままトントン拍子に話は進み、結局一刀の強さというものを仕合で示せ、と決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四半刻後、野営地から少し離れた平原で一刀は恋と対峙していた。

 

その周りには何故か人、人、人。

 

月に恋の部隊の兵ばかりでなく、洛陽より付いて来ている兵達もそのほとんどがこの仕合を見に来ていた。

 

やはり月が信用を置いているとは言っても怪しい者には変わりがない故、自身の眼で確かめたいということなのだろう。

 

予想以上に大事になってしまったことに内心溜息を吐きつつも、一刀は恋に話しかける。

 

「仕合形式はさっき詠が決めた通り、有効打を先に一発入れた方の勝ち、ってことで」

 

「……ん」

 

「それじゃあ…詠」

 

「ええ。準備はいいわね?……始め!」

 

合図と同時にどちらかが飛び出す…かと思いきや、周囲の予想を裏切って随分と静かな立ち上がりとなる。

 

一刀は先の戦いから恋は開始と同時に飛び込んでくると見ていた。

 

そこで前回使えなかったカウンター技での早期決着を目論んでいたのだが、恋は方天画戟を構えるだけで飛び込んで来ない。

 

数分間、互いに相手の動き出しを待つ形になるがどちらも動く気配を見せない。

 

(恋には特定の型は無いのか?相手によって変えている、というわけでも無いようだし…とにかく、このままじゃ埒があかない。一度攻めてみるか…)

 

一刀が意識を守りから攻めに転じたその瞬間、恋もまた態勢を変えた。

 

仕合の展開は静から一転、動へと急激に変化する。

 

手始めに一刀は突きを主体として、手数重視の攻めを見せる。

 

対する恋は焦った様子も無く全ての攻撃を叩き落としていく。

 

そして一刀の手数の回転がほんの僅かに落ちた瞬間、恋が逃さず重い一撃をもって反撃を繰り出してくる。

 

「っ!」

 

自身でも気付かなかったような攻撃の隙間に反撃を入れられた一刀は、危ういながらもなんとか恋の攻撃を避ける。

 

だが、少々無理な避け方をしたせいで態勢を崩してしまった。

 

そうなると当然、そこからは攻守が逆転する。

 

相変わらず喰らえば一撃必倒の威力を込めた恋の攻撃。

 

回転がそこまで早くは無いため、一刀は落ち着いて一つずつ丁寧に捌いていく。

 

十合分ほど受け流した時点で大きく恋の戟を弾き、一刀は距離を取る。

 

「二番煎じになるけど…これでいかせてもらう」

 

言いつつ一刀は刀を鞘に納める。

 

恋も二度見たそれが何を意味するかは分かっていた。

 

「……それは、もう通じない」

 

2人の間に漂う空気が僅かに変わったものの、恋は迷うことなく距離を詰めてくる。

 

一刀は迫る恋の圧力に怯むことなく必要な脱力を為し、間合いを測る。

 

そして恋が間合いに一歩踏み込んだ瞬間。

 

キンッ!と甲高い音が一つ。

 

さらに恋がもう一歩踏み込むと。

 

ガギンッ!と今度は鈍い音が響く。

 

まさに一瞬と言える合間の攻防に、集まった兵士達は度肝を抜かれる。

 

見れば、いつの間にやら鞘から抜刀して恋と切り結んでいる一刀。

 

その恋の表情を見て、兵達に更なる驚愕が走る。

 

なんと、一刀の攻撃を受けた恋がはっきりと驚いた表情を作っていたのであった。

 

だがそれも束の間、恋は戟を大きく振るって一刀を弾く。

 

今度こそ恋はその場で戟を構えて一刀の観察に回った。

 

「痛ぅ…これでも無理か…」

 

「……今のは驚いた。でも一刀、まだ何か隠してる。何で使わない?」

 

「…まだ、ね。使えないんだ。修行が足りてないみたいでね」

 

恋への警戒を絶やすことなくそう答える一刀。

 

恋もそれ以上何か言うこともなかった。

 

「さて。もう結果は見えてるんだけど…やってしまおうか」

 

「……ん」

 

再びどちらからともなく踏み込んで剣戟を交わし始めた。

 

 

 

結局その後、およそ20合程で一刀がジリ貧となって押し負ける結果となった。

 

だが、決着が着いたその瞬間、僅かの沈黙を挟んで大歓声が上がる。

 

それは兵達が両者を讃えるものであった。

 

「あの呂布様に対抗出来る人間がいるとは…どうやら御遣いは、いや、御遣い様は本物のようだ!」

 

「実は俺、半信半疑で昨日徹夜であいつを見張ってたんだ。そしたらあいつ、董卓様達がお休みになられている天幕の前に不寝番で詰めてたんだ。それも休むような仕草は取っていても警戒は全く緩めていなかった。それを見て俺は思ったよ。あの人は本当に董卓様を救おうとしてくれているんだ、って」

 

「マジか…今の仕合も呂布様は手を抜いてなんか無かったしな。……よし!俺は御遣いを信用するぞ!」

 

兵達が口々に今の仕合から感じた事を話し合っている。

 

そんな中、詠が高順を連れて近づいてきた。

 

そして高順を一刀と恋の前に押し出す。

 

だが、先の一幕からか、話しづらそうにしている高順を見て、まず一刀が声を掛けてあげた。

 

「どうだったかな?それなりの武は持っていることを証明出来たと思ってるんだけど」

 

「は、はい…確かに拝見致しました。その武の高さにもう疑問はありません」

 

「恋が言ってた優しさに関しては、さっき聞かせた話で大体伝わったかしら?」

 

「はい、そちらも承知しています。北郷殿、申し訳ありませんでした!董卓様と呂布様が信を置かれている方を疑うなど、臣下として本来あってはならぬこと。なんなりと罰を」

 

「いや、罰なんてないよ。急なことは俺も十分分かっているから。信用してくれるだけで十分さ」

 

深々と頭を下げる高順に対して一刀は気にするなと軽く手を振る。

 

だが、高順はそれだけは出来ないとばかりに顔を上げて身を乗り出さんばかりの勢いで話しだした。

 

「いえ、そういうわけには!ならば、せめて我が反省と信頼の証として我が真名を預けさせて下さい!」

 

「いや、でも…」

 

どうすれば?と視線を詠に向けるも、詠は溜息含みに一言だけ発する。

 

「梅は忠義を第一の信条としているのよ。しかも恋が絡むとこれ以上なく頑なになる。諦めなさい」

 

詠や高順の様子から、もうどうしようもないか、と一刀は諦めることにした。

 

「…分かった。それじゃあ真名を預からせて貰うよ、梅。ついでに罰というよりも命令を一つ追加しようか」

 

「はい、なんなりと」

 

「俺のことは一刀と呼ぶこと。いいね?」

 

「ですが、それでは…」

 

「梅が信念を通したいように、俺も信念を通したい。それだけのことさ」

 

「…はい、分かりました。以後、よろしくお願いします、一刀殿」

 

「うん、よろしく、梅」

 

これで一件落着か、と伸びをする一刀。

 

そこに締めとばかりに恋が呟いた。

 

「……ねねも」

 

「うえぇ!?れ、恋殿?!」

 

「……ねねは恋の家族。一刀も、もう恋の家族。家族は仲良く」

 

「うぅ…分かったのです…北郷!ねねの真名は音々音なのです!くれてやるから精々有り難がれなのです!」

 

「ははっ、了解。えっと、ねね、でいいのかな?ねねも俺のことは一刀と呼んでくれ」

 

「…仕方が無いからそう呼んでやるのです」

 

梅よりも強情なんじゃなかろうか、と内心で苦笑する一刀。

 

だが、これで正真正銘の一件落着である。

 

それを見届けた詠が兵達に声を掛ける。

 

「ほら、あんた達!そろそろ出発するわよ!駆け足!」

 

『はっ!』

 

 

 

 

 

この日、一刀が董卓軍からの信用を得た結果、部隊の連携、行動速度が増すこととなった。

 

されど、急ぐこともなくかと言って遅いというわけでも無い速度で遠回りに陳留を目指す一行。

 

数日後、一行に追いついた洛陽に残していた数名の兵から、連合の様子の報告を受けるその時まで、その速度を維持して移動していくのであった。

 


 
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