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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第二十八話

ムカミさん

第二十八話の投稿です。


自分の遅筆のせいながら、2ヶ月もの間魏も面々を描いていないことに気づいてしまった今日この頃…

2013-12-22 22:36:34 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:9062   閲覧ユーザー数:6387

 

城内の廊下を歩く一刀と月。

 

一刀は今後の流れについて思考を巡らせており、暫くは2人の間に会話は無かった。

 

だが、沈黙に耐え兼ねたのか、月が一刀に問う。

 

「あの、一刀さん。恋さんに話とは一体どのような?」

 

「ん?ああ、別に複雑な内容のものじゃないよ。申し訳ないんだけれど、今回の策を実行する上で呂布さんにも一度洛陽を出てもらわないといけないから、その事を伝えようと思って、ね」

 

「恋さんも、ですか?でも恋さんは…」

 

汜水関が突破されたとの報告は月も受けており、その日にちも知っていた。

 

呂布が洛陽に到着した日にちから逆算すると、予想される出立の日はその日にちとほぼ被っていたため、月達は呂布は虎牢関での戦闘に参加していないものと考えていたのである。

 

「ちょっとした勘違いがあるみたいだけど、呂布さんは虎牢関での戦闘の初日には参加しているよ。2日目の朝方に出立したんだ」

 

「え、えぇっ?!そんな!いくら何でも…!」

 

「きっと月達にとっての誤算となる要因が2つあるね。1つは連合の総大将が袁紹であったこと。袁紹は汜水関から虎牢関までの道のりを、罠を全く警戒せずに駆け抜けた。そっちの予想より大分到達が早かったと思うよ。そして2つ目。これは俺達がほぼ不眠不休で洛陽を目指した、ということだ。馬の限界が近づいてきたら数刻休み、回復したらまた走る。馬にはちょっと無理させてしまったけれども、これで大分早く着くことが出来たんだ」

 

「そうだったんですか…」

 

聞く限りではかなり無茶な方法。

 

しかし、現実に実行し、成功させたからことも分かるため、納得せざるを得ない月であった。

 

「まあ、そんなわけで、呂布さんは虎牢関の緒戦で出てきたんだけど、ね。その時に大暴れして袁紹軍に大打撃を。さらに連合の選りすぐりの将たちを一手に担い、圧倒してみせた。ここまでのことをして、誰も顔を覚えていない、というようなことは無いだろうね」

 

「本当にすごいですね、恋さんは。私は普段の恋さんしか知らないのでとても想像出来ませんけど、きちんと自分の仕事をこなされていて…私は…」

 

月はしんみりとそう呟く。

 

だが、一刀はそんなに卑下することは無い、と返した。

 

「月は十分にやれていたよ。月は君主だ。君主という役割は極論、有能な人物を、治める地の民達を、自身に惹きつけ、安心を与えることが仕事なんだ。月はこれ以上なくその役割を果たしていたさ」

 

「でも、街を治める策は詠ちゃんが、街の治安警備は霞さんや華雄さんがみんなやってくれました。私が出来たことなんてほとんどないんですよ?」

 

「逆に考えてみたらどうかな?霞や華雄さんに内務が主となる君主が務まるのか、詠が周囲と反発することなく意見を取りまとめて施行することが出来るのか。月だからこそ出来ていた、って言えるんじゃないかな?」

 

「……」

 

「月、君はもっと自信を持つべきだと思う。君は統治者たる器を持っている。そして器を持つ者の下に集う兵は君主を中心に横の結びつきも強くなり、精強な軍となる。事実、月の軍は少数ながらも非常に強かった。全ては月、君があってこそなんだ」

 

「…はい…はい、わかりました。そうですね、もうこれ以上暗くならないようにします。それに一刀さんのお話を聞いていて気づきました。これ以上は私なんかに付いてきてくださった兵の皆さんまで否定することになりかねないですから…」

 

「うん、やっぱり月は聡明だね。言葉にせずとも分かってくれるとは」

 

「へぅ。あ、ありがとうございます」

 

不意に頭を撫でられて、月は赤面する。

 

だが、一刀は既に先に思考を飛ばしており、その様子に気づいていなかった。

 

(大丈夫。君主として、は厳しいだろうけど、別の形できっと…)

 

一刀は心中で決意を新たにし、いつの間にか止めてしまっていた歩みを再開させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び歩き出した2人はやがて城門に到達する。

 

が、そこでどちらも思わず歩みを止めてしまう。

 

その理由は2人の視線の先にあった。

 

「賈駆様!どうか詳しい説明を!!」

 

「あの者の策を取るより他は無いのですか?!」

 

「我らは皆、董卓様の御為に!とうに覚悟は決めております!」

 

「あ~っ、もうっ!!だから、ちょっと落ち着きなさいと言っているでしょう?!」

 

城門には多数の兵が群がり、詠と押し問答を繰り広げていたのである。

 

しかも、どうやら城門の外にもまだまだ兵がいるようなのだ。

 

「遠目で見てもすごい数だな…彼らは月に軍の?」

 

「は、はい、そうです。その中でも、親衛隊に身を置いている方がほとんどのようです」

 

「そうか…」

 

(これも偏に月の人望あってこそ、だな。まさかこれほどのものだったとは…董仲穎、性質こそ違えど、ともすれば曹孟徳にも匹敵するほどの器の持ち主、か)

 

一刀はたった今目の当たりにした光景に、月の評価を新たにする。

 

月の器。

 

それは劉備のそれとは似て非なるもの。

 

だが、確かにどこか重なるところがある。

 

またいつか、その辺りを検討してみるか、と考えつつ、一刀は詠に近づき、声を掛ける。

 

「詠、ちょっと状況を説明してもらえるかな?」

 

「え?あ、一刀?!あんた、もう出歩いて大丈夫なの?!」

 

「ああ。華佗の腕は相当なものだったからね。それよりも、この状況は?」

 

「そ、そう…って、そうよ!一刀!あんたが細かい説明してないからこうなってんのよ!」

 

腕がいい、というだけでは到底流しきれない華佗の技術に多少引いてしまう詠であったが、すぐに現状への憤りが勝る。

 

一刀は、すまなかった、と一言詠に謝ってから群がる兵達と向き合う。

 

と、先頭にいた一際声の大きい兵が叫んだ。

 

「お前は天の御遣いと名乗っていた男か?董卓様を懐柔して何を企んでいる?!」

 

途端、いくらかの兵から同じ様な声が上がる。

 

それに対して、一刀が切り出すタイミングを図っていると、それよりも早く詠に我慢の限界が来てしまったようであった。

 

「あんた達ねぇ…いい加減にしなさいよ!月がどんな気持ちでこの事を決めたと…!」

 

「待った。確かにこれは俺の説明不足が招いた事態だ。俺に任せてくれ」

 

「……分かったわよ…」

 

幾つかの意味が込められた一刀の瞳に見つめられ、詠はそれを察したのか引き下がる。

 

それを確認してから、一刀は改めて兵達に向き直って話し始めた。

 

「まず一つ聞きたい。何故俺が董卓を懐柔したと考えた?」

 

「董卓様は我等一般兵にまでお優しい方だ!そんなお方が我等を見捨てるようなことをなされるはずがない!」

 

再び幾らかの兵から賛同の声が上がる。

 

確かに自分が伝えたかった情報が伝わり切っていなかったことに反省しつつ、一刀はそれに応えていく。

 

「なるほど、君達の主張は分かった。だが、それは大きな誤解だ。そうだな…少し問答しようか。先程、覚悟は決まっている、と聞こえたけれども、それはどういった覚悟かな?」

 

「そんなものは決まっている!董卓様の為に命を捧げる覚悟のことだ!」

 

「だろうね。その言い分や先程の内容から察するに、君達には連合に対し、徹底抗戦する覚悟がある、と。そう取ってもいいのかな?」

 

「当たり前だ!我等は董卓様の親衛隊!全ては董卓様の御為に!」

 

「ならば、仮に君達の言う通り、連合と一戦交えたとしよう。再度言うが、董卓軍に勝ち目は無い。これはこの軍の最高の頭脳たる詠も同意見だ。となると、だ。戦に駆り出された兵士達はどうなる?」

 

「そ、それは…いや!董卓様の為ならば…!」

 

「それを月が喜ぶとでも?」

 

「うっ…」

 

「君達は月の本当の優しさを理解していない。月がこの策を選択した理由はまさに今言ったことにある。結末が変わらないのであれば、自身の名誉よりも数多の兵の命を取る、と。ここで抗戦を唱えるのはそんな月の優しさを無碍にすることになる。詠が怒った理由もそこにあるね」

 

「董卓様…」

 

「策が無ければ、月は己が身を投げ出してでもそれを成し遂げんがごとき勢いで語ってくれた。だが、先も語った通り、月を見捨てるような選択肢は無い。だからこそのこの策なんだ。お願いだ。理解してはもらえないだろうか?」

 

順を追って語っていく一刀に、次第兵達は静まり始め、一刀が語り終えた頃には口を開いている者は誰もいなかった。

 

その場を包む短くも長い沈黙。

 

その静寂を破ったのは、どこかから微かに聞こえてきた啜り泣きの声だった。

 

涙の理由は推して知るべし、感化されて泣く者も徐々に増え出す。

 

やがて、ポツポツと理解を示す声がそこかしこから上がり始めた。

 

それがある程度にまで広まった段階で、一刀が再び口を開いた。

 

「確かに君達から見たら、いきなり現れた他人が好き勝手に言っているようなものだ。俺の言い分を理解しろとは言わない。だがせめて、月の優しさを、その心を、理解して欲しい」

 

その一言は、既に傾きかけていた情勢を決定的なものにした。

 

一刀の斜め後ろで月が心配そうな表情を浮かべ続けていたことも大きな要因となっているだろう。

 

集った兵士は遂に、皆策に理解を示してくれたのだった。

 

「ふぅ。さて、それじゃあ…」

 

無事説得を終えて一息吐き、次の行動に移ろうとした一刀であったが、兵達の次なる行動は完全に想定外のものだった。

 

「頼みがある!私は親衛隊に入った時に、董卓様に全てを捧げることを誓った。その気持ちは今も変わらぬ。だからこそ!私も連れて行って欲しい!さっきの今でこんなことを言うのは虫がいいことも分かっている。だが、董卓様をお守り申し上げることが今の私の全てなのだ!」

 

一人の兵士の懇願の叫びが種火となり、その場にいたほぼ全員にその魂の火が燃え広がる。

 

皆が口々に月に付いて行きたいと叫び出し、収拾がつく気配が無い。

 

さすがにこの事態には月や詠も驚いて固まってしまっていた。

 

予想外の事態に驚いたものの、ある意味でこれはチャンスかも知れない、と一刀は思い直す。

 

(これは、上手くすると”あの計画”の具体的なビジョンまで見えてくるかもしれない…)

 

ならば、と一刀は早速その場の兵達の意志の強さを図りにかかる。

 

「あまり具体的なことは言えないが、これから俺はとある諸侯の下へと帰還する。そこで月を匿うつもりだ。場合によってはそのままで終わる、ということもあるだろう。それでも付いてくると言うのか?」

 

「当然だ!董卓様が隠居なされるのであれば、私はたとえそこが寂れた村であろうとも、衛士となりてお守り通そう!」

 

「ならば、もし月を含む部隊の存続が認められたとして、その条件が理不尽な要求であったとしたらどうする?」

 

「それが董卓様をお守りすることに繋がるというのであれば、甘んじて受け入れよう!」

 

主に答えるのは先頭の兵士ではあるが、反応を見る限りでは概ね全ての兵が同意見のようであった。

 

強い。

 

まさにその一言。

 

これだけ強固な信頼を築き上げられる者はまずいないだろう。

 

それこそ後に大陸の覇を争うことになる3人くらいのものか。

 

だが、月は、この少女は既にそれだけのことを成し遂げてしまっていたのであった。

 

(月さえ協力してくれるのであれば、本当にいけるかも知れない。あとはアイツ次第だが…いや、これを考えるのは戻ってからでも遅くないか…)

 

飛んでいこうとした思考を今は抑え、一刀は兵達に告げるのだった。

 

「今俺が言った事、これらは十分に可能性のあることだ。それでも、と言うのであれば仕方がない。但し、これだけは守ってもらう。1つ、現董卓軍を示す防具の類はここで放棄すること。1つ、少なくとも道中は俺の指示に従うこと。これを守れるのであれば同行を許可しよう」

 

一刀の言が終わるや否や、あちこちから歓声が上がる。

 

その様子を見るだけでもどれほどに月が慕われているのかが図り知れよう。

 

「これだけの大所帯になってしまうと、少々策を変更しないとな。この場にいる者達に告ぐ!洛陽出立は明朝とする!それまでに必要最低限の物だけを持ち、街の城門前に集合しておいてくれ!」

 

それだけを伝え、一刀は宮内へと戻ろうとする。

 

その一刀に慌てた様子で詠が質問をぶつけてきた。

 

「ちょ、ちょっと一刀!あんなこと言っちゃって良かったの?!」

 

「ああ、問題無い。むしろ予想外に好転したと言えるかも知れない程さ」

 

「好転?どういうことよ?」

 

「悪いが、今はまだ…それよりも、俺は今から呂布さんのところに行くつもりだが、月と詠はどうする?」

 

あからさまにはぐらかされた詠は不満そうな顔を隠そうともしていなかったが、これ以上追及したところで無駄だと悟る。

 

詠と同じく駆け寄ってきていた月もまた不思議そうな顔をしていたが、こちらはどうやら詠ほどに追及するつもりは無いようだった。

 

「私は一刀さんに付いていきます。恋さんにも謝りたいですし…」

 

「ボクは残っている書類整理を急ぐわ。出立が明日になったみたいだし、ね」

 

月に続いて切り出した詠は、その言葉の最後にわざと含みを持たせる。

 

それに反応するのは勿論一刀であった。

 

「うっ…いや、本当にすまない。綱渡りが過ぎる計画なのは俺も分かっているつもりだ。落ち着いたら、どんな叱責でも受けるよ」

 

申し訳なく項垂れる一刀。

 

だが、詠が更なる追討ちをかけるようなことは無かった。

 

「分かってるならいいわよ。全部自分の手柄だ~、って浮かれて物も見えてないようだったら百発くらいは殴っていたけどね。でも、どんなに綱渡りであっても、月を助ける道が見えたことは事実よ。だから、その……アリガト…」

 

「えっと。ごめん、最後、聞き取れなかったんだけど…」

 

「な、何でもないわよっ!そ、それじゃっ!!」

 

頬を赤らめ、慌ててかけ去っていく詠。

 

だが、一刀はそんな詠の様子に目を白黒させるばかりだった。

 

「ふふっ…」

 

その後ろでは、月が親友の見たことの無い姿に優しい微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月と連れ立って訪れた呂布の屋敷。

 

そこでは呂布が犬や猫に囲まれて昼寝の真っ最中であった。

 

無垢と言えるその寝顔に、一刀は余計に呂布の本質が分からなくなる。

 

戦場において他を寄せ付けぬ、比類なき武を振るう鬼神の如き姿。

 

野生の動物に警戒心を抱かせることなく側に寄って来させ、共に寝入ってしまう無垢なる子供のような姿。

 

まるで対極にあるようだが、どちらもその目で1人の人間から確認している。

 

呂布は天性の武才を武器に戦場に生きる生粋の武人と考えていた。

 

ところが、実際に対峙し剣を交え、虎牢関で呂布と話し、洛陽まで行動を共にするその過程で、その予想がまるっきり間違っていることに気がついた。

 

もし予想通りに戦場に生きる者なのだとすれば、そういった者が押し並べて持っているはずの戦闘を心から楽しむ様子が見受けられないことが違和感を与えた。

 

その後も全くと言っていいほどに戦闘に執着を示さない呂布。

 

そして今、この姿を見てその本質を一刀は知りたくなったのであった。

 

「んん……ふぁ~……?」

 

近づく2人の気配に反応したのか、呂布が起き上がり問い掛ける視線を送ってきた。

 

一刀はある程度まで近づいたところで足を止め、話し始める。

 

「ごめんね、起こしちゃって。ちょっと話があってね」

 

呂布は言葉を発することなく、先を促すように一刀を見続けている。

 

どう切り出したものか僅かに迷っていたものの、今後の話をするにあたって呂布の本質を最低限でも理解しているべきだ、と考える。

 

「話の前に、呂布さん、君に一つ聞きたい。君は何故戦場に出る?」

 

非常に曖昧な質問。

 

だが、一刀は呂布がこれにどう答えるのかが知りたかった。

 

そして、その答えは。

 

「……守るため」

 

こちらもまた非常に曖昧、だが同時にこれ以上なくシンプルな答え。

 

「守る…というと、月を?」

 

「……それも」

 

「…なるほど」

 

呂布は返答と共に僅かに視線を周囲に振っていた。

 

家族と称していた周囲の動物たち、そして同じように好いているのであろう月。

 

もしかすればそれらに加えて家族の住む洛陽の街や屋敷。

 

そういった自身の周囲、手の届く範囲の大切なものを守る。

 

ただただその想いだけで危険極まる戦場に身を投じていたようである。

 

春蘭や秋蘭、あるいは関羽のように飛びぬけて忠誠心が高いと言うわけでは無い。

 

霞や華雄、張飛のように戦好きというわけでも無い。

 

呂布の本質、それは自身とその周囲の平穏を望む心、なのかも知れない。

 

不器用が故にただ戦うことでしかそれを発揮することが出来ない。

 

そう考えると不思議としっくりくる場面がいくつもあるのだった。

 

(もしそうであるのならば…)

 

一刀はある考えに至り、それを踏まえて洛陽出立の話を切り出した。

 

「呂布さん。ちょっと早くなってしまったんだけど、策通り俺達は明日洛陽を出立する。ただ、策が策だけに、申し訳ないんだけど呂布さんも一時的でいいから洛陽を離れてもらいたいんだ」

 

「ごめんなさい、恋さん。私のせいでこんなことになってしまって…」

 

「…月のせいじゃない」

 

月の謝罪に対し、呂布にしては珍しくタイムラグ無しで首を横に振って否定の意を示す。

 

そんな細かいやりとりを挟みつつも話は進んでいく。

 

「呂布さん、もし行くあてが無ければ、一緒に来ないかい?」

 

「…………お前も、恋の力が欲しい?」

 

「え?」

 

一刀は呂布の返事の意図が掴めず、困惑する。

 

しかし、呂布はただただ感情の読めない瞳で一刀を見つめるだけ。

 

その疑問を晴らしたのは問いかけた呂布本人ではなく、月であった。

 

「あの、一刀さん。実は恋さんは私のところに来るまでは傭兵のような事をしていたらしいんです。どの方も恋さんの武を欲していたみたいでして。でも、恋さんの余りにも突出した武を知ると…」

 

「…地位を脅かされることを嫌った主に切られたか、場合によっては命を狙われた、か?」

 

「はい…」

 

「そうか……まだまだ若いその身空でそんなに権力者のエゴに振り回されれば、トラウマにもなる、か…」

 

「え、えご?とらうま?」

 

「あ、ごめん。口に出しちゃってたか。気にしないでくれ」

 

「は、はぁ…」

 

あまりにもあまりな呂布の境遇を聞いて、一刀の心には同情と怒りの入り混じった感情が渦巻いていた。

 

それと同時に、一刀はあることを決めたのだった。

 

「呂布さん。君が一緒に来てくれたとしても、戦うことを強制はしないと約束するよ。ただ、流石に無職というわけにはいかないから、何かしらの仕事はしてもらうことになるだろうけど、ね」

 

「……」

 

「俺には君を利用しようという気は無い。理不尽に振り回される者の気持ちは痛いほどに分かるから…だから、俺は純粋に同行を誘いたい。って言っても信じてはもらえないかな?」

 

僅かにも視線を逸らすことなく呂布は一刀を見つめ続ける。

 

一刀もまた、呂布には言葉を尽くすよりも瞳で語る方が有効だろうと考え、これ以上の余計な言葉を紡ぐことなく見つめ返す。

 

月は言葉を挟むに挟めず、不安げな面持ちで事の成り行きを見守っていた。

 

その場に降りた沈黙は数分か、あるいはたった数秒のことかも知れない。

 

「……お前、変」

 

「え?」

 

ポツリと呂布が呟く。

 

ただ呟いただけで特に意味は無いのか、そう思いかけた一刀だったが、続く言葉が呂布の口からポツポツと出始めた。

 

「……でも、分かる。お前、いい奴…セキトも、懐いた。セキトは悪いやつには懐かない…それに、お前の眼、嘘ついてない」

 

「それは、信じてくれる、ってことでいいのかな?」

 

「……ん」

 

一刀の問いかけに呂布は確かに首肯する。

 

それと同時に場に満ちていた妙な緊迫感も消失した。

 

「良かった。ありがとう、呂布さん」

 

自身の気持ちがきちんと通じたことに安堵し、一刀は笑みを浮かべる。

 

すると、呂布から思わぬ言葉が飛び出した。

 

「……恋」

 

「え?」

 

「……真名。恋」

 

「えっと、真名を預けてくれるの?」

 

「……ん」

 

首肯。

 

どうやら呂布、いや、恋は一刀の瞳からどこまで読んだのか、何かしら琴線に触れる物があったようである。

 

勿論、拒否をする理由は無い。

 

「そっか、ありがとう。俺のことも一刀、と気軽に呼んで貰えると嬉しい」

 

「……分かった。一刀も。普通でいい」

 

「普通?って言うと?」

 

「……言葉」

 

「ああ、なるほど、了解」

 

「……ん」

 

呂布もまた満足したのか、首肯の後に微笑む。

 

そんな2人を黙って見守っていた月は、安心したようにほぅっと息を吐いていた。

 

「それじゃあ、恋。さっきも言ったけれど、明日に出立することになった。荷物の準備とか大丈夫かな?」

 

「……恋は、荷物無い。これだけ」

 

言って、恋はどこに置いてあったのか、方天画戟を手に掲げていた。

 

「そっか、なら大丈」

 

「それと、セキト達」

 

「夫…え?」

 

一刀は一瞬恋が何を言ったのか理解が遅れる。

 

だが、その意味にすぐに気づいた。

 

「そう言えば、家族って言ってたね。ん~、でも…今回は長旅になる。犬はまだしも、猫がそれに耐えられるかどうか…」

 

「……どれくらい?」

 

「迂回しつつ向かわないといけないから…長く見積もって7日位は…」

 

「……大丈夫?」

 

恋が周囲の動物に問いかける。

 

すると驚いたことに、言葉を理解しているかのように返事のような鳴き声が上がる。

 

「……大丈夫だって」

 

「……そっか」

 

(いやいやいやいや!何で動物との意思疎通を完璧にこなしちゃってんの?!…………”氣”なんてものがあるくらいなんだし、もしかしてこれくらいは普通だったりするのか?…いや、でも…)

 

何度、これ以上は驚かない、と心の中で誓ったとしても、”常識”の埒外の事象には生理現象として驚愕せざるを得ないのが人間である。

 

一刀もまた、たった今なされた恋とセキトその他の動物とのやり取りに驚きを禁じ得ず、様々な憶測が頭の中を駆け巡る。

 

だが、結局、この世界ならあり得るのかも知れない、と無難な答えに辿りついたのだった。

 

「…取り敢えず、大丈夫なのなら動物達も連れて行っていいよ。ただ…月、禁軍を除いた月の軍だけの備蓄はどんな状況?」

 

「えっと…詳細は詠ちゃんじゃないと分からないですけど、それなりの量はあると思います」

 

「それじゃあ、そこから付いてくることになった人数分、そうだな、500人くらいと仮定して、十日分位の糧食を提供してもらう余裕はあるかな?」

 

「一人当たりの量を抑えれば、恐らく大丈夫だと思いますけど…」

 

「そうか…となると、恋の家族に関しても十分な量の餌は確保出来ないだろうから…」

 

「……大丈夫。恋が猪でも何でも捕まえる」

 

「何が起こるか分からないし、その必要も出てくるだろうな。細かいところは詠任せになってしまうか……スマン、詠」

 

詠に更なる負担をかけることになり、申し訳無くなる。

 

だが、兎にも角にも恋への用事は済ませた。

 

残る一刀のすべきことは後一つ。

 

それを済ませる為に一刀は再び宮殿へと足を向ける。

 

「それじゃ、恋。出立は明朝。街の城門の所にお願い」

 

「……ん」

 

恋は一つ頷くとセキト達と再び昼寝の態勢に入った。

 

「それでは、恋さん。また明日に」

 

そんな恋を微笑ましく見やりながら、月も一刀を追って宮殿へと足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻って早々に詠を探し出し、3人でとある部屋へと向かう。

 

太陽は既に大分傾き、空は赤く染め上げられていた。

 

「まだいてくれるといいけど…」

 

「その心配は必要ないと思うわ。今までを考えると、さすがにまだのはずよ」

 

「それに、今日は少なくとも一度席を離れられてるので、まだしばらくかかるものと思われます」

 

「とにかく。話す内容はさっき言ってた3つだけでいいのかしら?まだ忘れてたりしてないでしょうね?」

 

「それは無いよ。工程順に何度も確認したからね」

 

会話を交わしつつ廊下を進み、やがて目的の扉に辿り着く。

 

そこで一刀がノックをしようと拳を作って持ち上げるも、月が先に扉を開いた。

 

「陛下、今お時間少しよろしいでしょうか?」

 

「む?仲穎に、文和と北郷か。構わんが、何用じゃ?」

 

「お忙しいところすみません、陛下。実は3つ程報告とお願いがありまして」

 

どうにも抜けないノックの習慣に内心苦笑いを浮かべながら、一刀はそう切り出した。

 

部屋にいた劉協と劉弁は政務を中断し、話を聞く態勢に入る。

 

3人もまた勧められるままに部屋に入った。

 

それぞれがそれぞれの位置に着くや、一刀が早速報告を始める。

 

「先程の今ですが、事態に変化が御座いまして、我等の出立は明朝ということになりました。ほとんど事前連絡も無しの形になってしまい、申し訳ありません」

 

「む、そうか…いや、良い。仕方のないことじゃ。して、それが報告とすると、願いとは何じゃ?」

 

「それについてですが、董卓軍はそのほとんどの兵をこの地に残していくことになります。その者達を禁軍、或いは洛陽の警備部隊として籍を置いてやって欲しいのです」

 

「それならば問題は無い。仲穎の軍の精強さは朕達もよく知っておる。むしろありがたいくらいじゃ」

 

「でもそうなると…今までは詠ちゃんが禁軍含めて全ての指揮を取ってくれていたでしょう?私達だけで大丈夫かしら…」

 

劉弁がふと感じた疑問を口にする。

 

これに答えたのは詠であった。

 

「そこはご安心下さい、劉弁様。文官筆頭として李儒に、武官筆頭として李傕と郭汜にそれぞれ事務ごと引き継ぎをして置きました。今と少々形式が変わるかも知れませんが、あの3人であれば問題無いでしょう。恐らく、陛下の負担は今とほとんど変わらないかと」

 

「あらあら。それなら大丈夫ね」

 

「うむ。さすが文和と言ったところじゃな。それで、3つ目は何じゃ?」

 

「はい。これは不躾なお願いになるのですが、董卓軍の備蓄から幾許かの糧食を頂戴してもよろしいでしょうか?」

 

「全部持っていくので無ければ、それも構わん。元々仲穎の物なのだしの」

 

「ご協力頂き、ありがとうございます、陛下」

 

何ともトントン拍子に進む話し合いに、事前に身構えていた一刀は肩透かしを喰らった気分になる。

 

だが、それも悪いことではなく、むしろ前向きに捉えるようにする。

 

(これで早急に済ますべき事は終わり、だな。後は細々したことが少しだけ、か)

 

月と詠が劉協、劉弁に政務のことで逆質問を受けている間、一刀は頭の中で予定を練り直す。

 

そして、4人の話し合いが終わった頃を見計らい、一刀は辞する旨を伝える。

 

「それでは、陛下。我等はそろそろ…」

 

「待て!北郷、主は少し残ってくれぬか?」

 

「私ですか?はぁ、構いませんが…」

 

「ごめんなさいね、北郷さん。月ちゃんに詠ちゃんも。協がどうしても聞きたいことがある、って言うものだから」

 

「ちょ、ちょっと!お姉ちゃん!?」

 

まさか暴露されると思っていなかったのか、劉協は非常に慌て、口調も本来のものに戻ってしまっている。

 

月達はその様子に内容が気にはなるものの、臣下としての立場故、そのまま部屋を辞することにした。

 

「それでは陛下。お騒がせしました」

 

挨拶の後、扉が軽い音を立てて閉まる。

 

それと同時に劉協が改めて一刀に向き直った。

 

「北郷。主のおった天の国について、色々と教えて欲しい」

 

「へ?」

 

予想外の内容に頭に疑問符を浮かべる一刀。

 

何故月と詠を部屋から出したのか、と考えるものの、2人の顔を見てすぐにその理由がわかった。

 

劉協、劉弁とも子供の様な澄んだ瞳に満面の好奇心を湛えて一刀を見つめていたのである。

 

(皇帝という地位に就いているとは言え、まだまだ幼い、ってことなんだな。未知を探求したいが臣下にはその姿を見せられない、と…)

 

一刀は微笑ましいと言えるその様子に笑みを浮かべてから、2人に語り始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

まだ太陽が完全に顔を出しているわけでないにも関わらず、城門前にはおよそ500人の兵、そして一刀、月、詠、恋とその家族たる動物達の姿があった。

 

誰に言われるともなく整列し、言葉を待つ兵の姿は、確かに精鋭たる所以が分かるというもの。

 

ある程度の時が経ち、兵がほぼ出揃ったと覚しき時点で一刀が出立する旨を伝えようとしたその時、街の奥から人影が4つ、大きな影が2つ近づいてきた。

 

瞬間、皆の間に緊張が走るものの、その影が劉協と劉弁、そして侍女2人とそれぞれが引いている馬2頭だと分かると動揺が走る。

 

「へ、陛下?!何故このようなお時間に…」

 

「他ならぬ仲穎の出立じゃからの。見送りと餞別を届けに来たのじゃ」

 

劉協はそう言うと侍女に指示を出し、一刀達の下まで馬を連れて行かせる。

 

一刀は改めてその馬を見つめ、驚愕に目を見開いた。

 

「こ、これは、汗血馬…赤兎馬か?それに、こっちは…」

 

「ほう、さすが一刀、と言ったところじゃな。その通り、そ奴の名は赤兎馬じゃ。西涼で生まれたという優秀な馬なのじゃが…」

 

劉協がそこまで話したところで、赤兎馬が突如暴れだす。

 

侍女が何とか抑えようとするもののかなり厳しいらしく、振り回されそうだと感じた一刀が手伝ってどうにか落ち着かせることが出来た。

 

「…見ての通り、気性が荒くての。朕達では誰も満足に乗れんのじゃ。一刀ならもしや、と思ったのじゃが…」

 

「いや、これはさすがに俺でも…」

 

厳しいよ、と言おうとした所で、一刀の横からスッと出て行く人影が1つ。

 

その人物、恋は一刀が止める間もなく赤兎馬に躊躇なく手を伸ばす。

 

「……お前、寂しいの?」

 

すると驚いたことに、赤兎馬は伸ばされた恋の手を拒むことなく受け入れ、肯定を示すかのように一啼きする。

 

周囲が固唾を飲んで見守る中、恋は赤兎馬を優しく撫で始めた。

 

そして、振り返って言い放つ。

 

「……この子、寂しいだけ。だから、恋が家族になる」

 

「…さすがは奉先、じゃな」

 

「…本当に、ね」

 

恋が瞬時に赤兎馬を手懐けたことに驚きを隠せない劉協と一刀。

 

だが、劉弁の促しが入り、劉協が説明を再開する。

 

「ほら、協。こっちの子も」

 

「おお、そうじゃった。こっちの白い馬は数年前に生まれたそうでの。聞けば、一刀が大陸に来た年と同じなのだそうじゃ。つい最近贈られた馬で名もまだ無いのじゃが、これも何かの縁じゃ。それに一刀のその服とよく合うと思っての」

 

「白馬、か。アルビノ…じゃないな。瞳が青い。となると、本物の白馬なのか…ありがとう、協。大切にするよ」

 

「うむ!」

 

劉協は一刀の礼に満面の笑みを浮かべる。

 

その直前辺りから周囲が非常にどよめいていたが、一刀はあえて気づかない振りを通す。

 

そのまま一刀が白馬の、恋が赤兎馬の横につき、固まってしまっている月と詠をそれぞれ背に乗せた後に自分達も馬にまたがった。

 

「それじゃあ、協、弁。またいつか、会える日まで」

 

「うむ。達者での、一刀」

 

「頑張って下さい、一刀さん。お元気で」

 

笑みを交わし合った後、緩やかに進みだす一刀。

 

それに恋が続き、兵達もまた突然石化が解除されたかのように慌ただしく後を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

劉協、劉弁の姿が街の奥に消えた所で、ようやく月と詠の石化が解ける。

 

そして、詠が一刀に食ってかかろうとした時であった。

 

前方、虎牢関への直線路から一人の伝令が走ってくる。

 

「あれは…昨日出した伝令じゃないか?いくら何でも早すぎるが…」

 

「…何かあったのかしら」

 

暫し集団の足を止め、伝令を待つ。

 

伝令兵は駆け込んでくると同時に、息せき切って話しだした。

 

「ほ、報告します!虎牢関は既に陥落!直に残存部隊が到着致します!」

 

「そう…分かったわ。ご苦労だったわね」

 

「既に、か。どんな策を用いたのか分からないけど、かなり早いな…」

 

「ええ。とにかく、部隊と合流しましょう」

 

「ああ」

 

一刀達は詠の意見に同意を示す。

 

一度部隊と合流した後、進路をずらして洛陽から離れることを想定しながら集団を進めるのであった。

 

 

 

 

 

この後、合流した残存部隊の状態、そこから聞いた虎牢関での戦いの結果に驚愕を覚えることは今はまだ知らない…

 


 
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