No.625058

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十七話

Jack Tlamさん

いよいよ第二章も今回で終了です。

雛里がキレる、鈴々が成長する、桃香と愛紗の駄目っぷりが際立つ、

『計画』が大きく動く…などの盛り沢山な内容でお送りします(?)

2013-10-04 15:07:20 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6997   閲覧ユーザー数:5040

第十七話、『始動する大計』

 

 

―平原に来てそれなりだなと思い始めた頃のある日。俺は桃香と雛里と連れだって茶店に赴いていた。

 

これは雛里の提案だった。平原に来てからというもの、桃香達は俺達…つまり『天の御遣い』の存在を喧伝することによって

 

平原国の発展を加速させてきた。それについての指摘を雛里はたびたびしてきたのだが、なぜかいつも躱され、それが重なり…

 

ついに怒り心頭気味の雛里から「一緒についてきてほしい」と頼まれたのだった―

 

 

 

「―平原もすごく賑わってきたよね~。これもご主人様達のおかげだね♪」

 

相変わらず気楽な桃香。それに対し、俺は平静を装い、雛里は鋭い眼でじっと桃香を見ている。

 

とんがり帽子のつばに隠れてしまっているためなのか、桃香は雛里の厳しい視線に気づいていない。

 

いや、それが厳しい視線だと思ってすらいないということかもしれない。

 

…確かに、俺達の虚名が平原の民の安寧につながっているというのは事実だ。それ自体は一つの事実として否定はしない。

 

だが、桃香は白蓮とは違い、最初から威力のある俺達の虚名を喧伝することでそれを実現せしめている。

 

民の安寧が実現することそれ自体は良いことなのだが、そこに彼女自身の努力がない。努力していないとは言わないが。

 

ここは『計画』のために一言くらい言ってやらなくてはと思って雛里の提案に乗ったのだ。

 

もちろん、朱里は承諾済みである。

 

「…桃香様」

 

「うん?なあに、雛里ちゃん?」

 

ひどく冷静な口調の雛里と、対照的に明るい口調の桃香。雛里は俺の方をちらと見てから視線を戻し、話し始めた。

 

「…なぜ、平原が賑わっているかお分かりですか?」

 

「え?それはみんなで頑張ったのと、ご主人様達のおかげだよ♪」

 

…少しカチンときた。雛里が話している手前もあるので黙ってはいるが、これが一対一だったら叱るところだ。

 

「…では、お訊ねしたいのですが…一刀さんたちがいらっしゃらなかったら、平原はここまで急速に発展しましたか?」

 

「えっ…雛里ちゃん、なんでそんなこと言うの?ご主人様達がいてくれるから、みんな安心して暮らせるんだよ?」

 

「それはわかります。でも、一刀さんたちは『喧伝していい』なんて一言も仰ってはいないんですよ…?」

 

厳しい口調の雛里。普段の気弱な彼女からは考えられない姿だが、こうした二面性はこれまでにも見てきた。

 

軍師としての彼女はある意味、桂花よりもプライドが高い。「自分達の力でやること」に一番こだわっているのは彼女だ。

 

そして桂花と違って無口な分、内に燃え盛る炎はずっと強いのである。

 

「…私たちだけでやるべきだったとは思いませんか?」

 

「雛里ちゃん…どうしたの?今日の雛里ちゃん、なんだか怖いよ?」

 

「…質問にお答え願えませんか?」

 

「う~…ご主人様ぁ…」

 

あくまで冷たく言葉を紡ぎ続ける雛里に対し、涙目になって俺を見てくる桃香。今は雛里の番なので俺はそれを無視する。

 

「一刀さんに助けを求めるのはおやめください、桃香様。ご自分で、お考えになるべきことです」

 

「…雛里ちゃん、どうしてご主人様を名前で呼んでるの?

 

 鈴々ちゃんは前から『お兄ちゃん』って呼んでるからわかるけど…雛里ちゃん、普段はわたし達と同じように呼んでるよね?」

 

「話を逸らさないでください」

 

論点をすり替えにかかる桃香にピシャリと言い放つ雛里。彼女には朱里と違って『計画』の制約が無い分、現段階でも遠慮は無い。

 

桃香は涙目のまま俺と雛里をかわるがわる見ている。

 

どう答えていいのかがわからないというよりは、なぜ雛里がこういう態度を取っているのかわからないという様子だ。

 

気持ちはわからないわけではない。傍から見たら今の雛里は突如として豹変したようにしか見えないからだ。

 

一方の雛里はといえばじっと桃香を見つめている…いや、これは睨んでいる。

 

もう話を逸らすことを許さないという雰囲気だ。

 

「ご主人様、どうして雛里ちゃんこんな怒ってるの?」

 

桃香は雛里の視線から…あるいは問いから逃げるように俺に話を振ろうとした。

 

その次の瞬間だった。

 

「…桃香様、無視をしないでいただけますか?」

 

雛里の冷たい声と共に、桃香の顔に巨大な何かが肉薄する。見ると、雛里の手には『巨大な巻物』があった。

 

…どこからそれを出したんだ?

 

「ひ、雛里ちゃん…!?」

 

さすがに桃香もこれにはそう返すのが精いっぱいだったようだ。心なしか肩が震えているように見える。

 

『巨大な巻物』は打撃用途にも使えるほど強固な巻物だ。それを桃香に突き付けるというのは即ち、武器を突きつけるのと同じ。

 

はっきり言えば、家臣が主君に対してやってはいけない行動の中でも最悪の部類に入る行動であった。

 

しかし、この場合は雛里というよりは桃香が悪い。なんども問いをはぐらかそうとする彼女の態度は、主君のそれではないのだ。

 

「…私は、本気です」

 

こちらも少し震えている…それが怒りのためなのか、緊張のためなのか…両方だろうな。無理にこんな態度を作っている感じだ。

 

朱里が雛里にどの程度の情報を与えているかはわかっているが、雛里が一体どこまで気付いているのか正確にはわからない。

 

だが、少なくとも、俺達がこの平原に来てはいても、まだ桃香達の主人になるつもりはないということ、そして喧伝されていることを

 

これまで何度か言っている自身はともかくとして、俺達が黙っているのは桃香に自分で気付いてほしいからそうしているということに

 

気付いているのは確実だ。だがいつまでも気付かないというか考えようともしない桃香に遂にしびれを切らしたようだ。

 

「…お答えください、桃香様」

 

その声は、もうすぐ夕飯時を迎えるため店仕舞いが近い、俺たち以外に客のいない茶店に響いた。

 

 

「ひ、雛里ちゃん…どうしたの?一体何があったの?なんでそんなに怒ってるの?」

 

…事情を知っている者の目からしたらこれほど白々しい台詞は無い。本人が気づけていないだけならともかく、考えもしないという

 

状態は最悪だ。「考えても気付けない」のと「考えもしないで気付かない」のは全く別の事なのである。

 

雛里とてまだ『巨大な巻物』を持ち出すだけの余裕は持っている。孔明もそうだが、軍師であっても護身用の短刀くらいは持っている。

 

それを持ち出すのは今の状態よりまずい。武器ではないものでこうしているあたり、まだ雛里は冷静さを失っていない。

 

「ご主人様、一体どうして…?どうして雛里ちゃんは、こんな怒ってるの?」

 

まだ答えようとしない桃香。傍らの雛里から小さく、ギリ、という音が聞こえた…歯軋りだ。

 

…そろそろ口を出すべきか。

 

「…雛里、少しいいか?」

 

「…はい。どうぞ、一刀さん」

 

『巨大な巻物』を桃香に突き付けたまま、先ほどよりも少し落ち着いた口調で答える雛里。同意を得られたので俺も口を開く。

 

「…桃香、君はまず雛里の質問に答えるべきだ。君は雛里の問いをはぐらかそうとしている…君は彼女の主君なんだろう?」

 

「ご主人様は、雛里ちゃんがどうしてこんなに怒ってるのか知ってるの?」

 

「…君の口から次に出るのが雛里の質問に対する答えでないなら、俺と朱里は平原を離れる」

 

「えっ…!?」

 

「俺も本気だ。雛里のやっている事には確かに問題がある。俺と違って雛里は君の家臣だ。だが、それだけ彼女は本気なんだよ」

 

「…」

 

「答えろ、劉玄徳」

 

敢えて真名では呼ばなかった。それでは甘いと感じたからだ。対外的に呼ばれる名で呼べば、俺達の本気も伝わるだろう。

 

…ここで彼女が答えなければ、計画を早めるつもりで。多少時間は狂うが、そこは折り合いを付けられるように作ってある。

 

ややあって、桃香が口を開いた。

 

「…わたしは、まだ何もできない…ご主人様達がいなければ、平原はここまで発展しなかった…

 

 わたしの力でやらなきゃいけないことだったとも思うけど…でも…ご主人様達の持ってる力があれば…」

 

「…一刀さんたちがいなければ、桃香様の理想は実現できないものなのですか?」

 

「えっ…?」

 

「一刀さんたちは『天の御遣い』…私たちとは違う世界の人です。いずれは…別れることになるでしょう」

 

「…!?」

 

「…別れの日が訪れた時、桃香様の理想はそこで終わってしまうんですか?」

 

…雛里…君は…

 

「目をそむけないでください、桃香様。あなたはそういう人たちを神輿として担ぎ上げているんです…。

 

 担ぎ上げるべき神輿が無くなれば、たとえこのまま桃香様の理想を実現したとして…それはいずれ霧散してしまうでしょう。

 

 一刀さん達が本当に天へと帰ってしまうのかはわかりませんが…どちらにせよ、今のままでははっきり言って桃香様の仰る

 

 理想は夢のまた夢…言ってしまえば、愚かな妄言に過ぎないのです…」

 

白蓮が乗り移ったかと思うくらい厳しい意見を述べる雛里。

 

しかし、白蓮とは違って桃香より下の立場である彼女がこう言うとなれば、それは全く別の意味を持ってくることになる。

 

家臣の信頼を失った主君…今は雛里一人だけとはいえ、それは桃香が今まさに重大な岐路に立たされているということを意味するのだ。

 

雛里はまだ桃香への信頼を失ってはいない。だからこその糾弾なのである。

 

「雛里ちゃん…」

 

桃香も戸惑っている。だがそれはもう雛里の態度に対する戸惑いだけではないだろう…俺達がいなくなるということへの戸惑いがある。

 

「…今まで何度か申し上げてきましたが…一刀さんたちはそれを了承する云々の前に、桃香様から打診すらされていません…

 

 旗印になるべきは桃香様なのであって、一刀さんたちではないんです。あまり身勝手なことをやっていらっしゃると…本当に愛想を

 

 尽かされてしまいますよ…?」

 

俺達では言うことができないことでも、雛里なら言える。まだすべてを知らないとはいえ、彼女は俺達の『計画』に気付いている。

 

その一端しか知らなくても、それだけ知っていれば、頭脳明晰な雛里には十分その後の展開が推測できるのであろう。

 

桃香が気付いて自分を変えることで得られる「その後」、そしてそうでない場合の「その後」も…。

 

「…でも、愛紗ちゃんたちも『ご主人様』って呼んでるよ?鈴々ちゃんはともかく…」

 

自分だけではないとでも言いたげな桃香。誰がどう見ても言い逃れである。君が言いださなければ誰がそう呼ぼうというのか。

 

「それは桃香様が言いだしたことです…止めなかった愛紗さん達も悪いですが、一番の原因は桃香様です。言い逃れしないでください。

 

 私がなぜ今一刀さんを名前で呼んでいるかと言えば、元はと言えば愛紗さんにその事で怒られてしまい、朱里ちゃんからもいろいろと

 

 小言を言われてしまったので、公私を使い分けているというだけです。本当はいつも名前で呼ぶべきなのですが…」

 

「なら、愛紗ちゃんに言ってみたら?ちゃんと話せばわかってくれるはずだよ?」

 

「…私は朱里ちゃんほど愛紗さんに信用されていませんから。これまで厳しい態度を取ってきたせいでしょうか…」

 

…それは初耳だが、愛紗がそんな態度を取る理由はわかる。厳しい態度のこともあるだろうが、雛里の俺達の呼び方が主な理由だろう。

 

理由さえわかっていれば愛紗とて話のわからない人間ではない。

 

ただ、愛紗は愛紗で俺達を自身が仕えるべき存在として見ている節があり、故に名前で呼ぶという「対等に近い」関係のままにあると

 

言える雛里に対して怒ってしまったのだろう。

 

桃香も言葉遣いこそこれまで通りだが、それでも『ご主人様』と呼んでいるし…

 

そう言った意味で、愛紗から見れば雛里が桃香よりも上の立場に立っているように見えてしまったのかもしれない。

 

あの子はそういう所にはかなり拘る方だし思い込みも激しいので、それに沿わない雛里に我慢がならなかったのだろう。

 

なんだかんだで桃香を甘やかしがちだからな、愛紗も。諫言こそしているが、結局最後は甘やかしてしまうので、雛里のように徹底して

 

厳しい態度を取る者に対しては理不尽な不快感を抱いてしまうのかもしれない。桃香を否定する相手にはすぐ刃を向けるし…。

 

 

「…ご主人様はわたし達を引っ張って行ってはくれないの?ご主人様の理想はわたしの理想と同じじゃないの?」

 

「…君と全く同じだとは一言も言っていない。人にはそれぞれ違う理想があるんだよ。それをしっかり認めるんだ。

 

 それに、ここの主は君だろう。俺と朱里は今でもただの食客のつもりだ。なぜ神輿にされたのか、理由はわかるが納得はできないな。

 

 言ったよな?『ちゃんと人の話を聞いていれば周りが力を貸してくれる』と。だが君のやっていることはその真逆どころの話じゃない。

 

 話を聞かないどころか、話すことすらしなかったよな?それが君のやり方なのか?」

 

「…」

 

「…俺達を喧伝するのはもうやめろ。君がやらなければ、意味が無いんだ」

 

「…いなくならないよね?わたし達を置いていなくなったりしないよね?」

 

「…それには答えないでおこう」

 

いずれ去ることは決まっている。今はそれをはっきりと断言するときでもないと思い敢えて言うこともしなかったが…。

 

今後の成長のために、ここできついのを一発お見舞いしてやるべきだろうな。その方がよほど親切だろう…。

 

「俺達が平原にいるというのは随分と広まってしまったから今さら消しようもない。だが、今後俺と朱里を君達の主君であるかのような

 

 呼び方で呼ぶことはせめて禁止にしておく。さもなくば、俺と朱里は平原を離れるぞ」

 

「そんな…」

 

「…それと、仕事以外での会話も一切禁止だ。俺達が良いと言うまで、手続き上必要な会話以外は駄目だ。良いな?」

 

「…皆同じなの?」

 

「ちゃんとわかってた雛里は別だ。鈴々には俺から言って聞かせる。あの子は聡明だから君よりか話は簡単だろう。

 

 他の二人には君の口から話せ。そもそも許してもいないことなんだ、そこはちゃんとしてもらいたいな」

 

「雛里ちゃん、どうして教えてくれなかったの…?」

 

「…本気で仰っているのですか?」

 

「え?」

 

「…いつも、私が申し上げても『ご主人様はご主人様だよ』と聞く耳を持たなかったのは桃香様です…。

 

 挙句愛紗さんには怒られるし、朱里ちゃんにも…一刀さん達の言い分は露程も気にしていなかったのに…。

 

 それに先ほど『今まで何度か申し上げてきた』と私は申し上げましたけど…それも聞いてませんでしたか?」

 

雛里の静かな怒りに桃香の顔が強張る。ようやく気付いたらしい。自分がこれまで仲間の諫言に耳を貸さなかった事を。

 

しかも、その理由はあまりにも身勝手なものでしかなかったことにようやく気付いたのだろう。

 

おまけにさっき雛里が言った事すら覚えていないとは…言い逃れ、あるいは正当化に必死だったか?

 

愛紗の名前を持ち出したのも、愛紗ではなく雛里を翻意させるための方便だったのかもしれない。邪推だけど。

 

「…今までごめんなさい…先に帰ってます…」

 

そう言って桃香は席を立つと、茶店を出て行った。これ以上話すことも無かったので別に引き止めもしなかったが…。

 

「…あぅぅ…」

 

緊張が一気に抜けたのか、きっちり背筋を立てていた雛里が完全に脱力して椅子に背を預けてしまう。

 

俺は慌てて彼女の手の『巨大な巻物』を支え、ゆっくりとそれから雛里の指を剥がし、傍らに立てかけた。

 

「…雛里、大丈夫?」

 

「…大丈夫じゃないでしゅ…こんな風に怒ったの、初めてなんでしゅから…」

 

「すまないな、君にばかり負担を掛けてしまって…」

 

「…いいんです…私が自分に課した役目なんです…」

 

…俺はこんな気弱な少女にそこまでの負担を掛けてしまっていたのか。こと軍事に関しては朱里以上の才能を持つ辣腕家である雛里とて、

 

その他の部分ではごく普通の…年齢的に考えればまだまだ未成熟な少女なのである。ことに対人関係については引っ込み思案になりがちで、

 

同じく引っ込み思案と言える朱里よりもその性質は強いのだ。

 

「諫言のつもりが単なる愚痴になってしまいました…」

 

「…気持ちはわかる。それに、あんまり持って回った言い回しで言うよりはより直接的な表現を使った方が相手への印象は強い」

 

まして相手は桃香だ。あの子の場合、直接的な表現で言ってしまった方がより効果的だ。

 

「…一刀さん、ごめんなさい。こんなことにお付き合いさせてしまって…」

 

「いいさ。どうせ俺も言いたいことがあったんだ」

 

これまでも言ってきたんだけど、穏やかな言い方だったせいか聞く耳を持ってくれなかったからな。

 

「…自分の理想を語れば力を貸してもらえるなんて言うのは大間違いだからな。桃香の場合はその傾向が極端に強い」

 

「…朱里さんから伺った話でだいたいは推測できていましたが…もしかして…」

 

「雛里?」

 

「…一刀さん、『他者を信頼する』というのはどういうことなのでしょうか?」

 

…藪から棒、とでも表現すべき問いだった。信頼という言葉の概念は知っていても、それをどう捉えるかは人それぞれだ。

 

「…信じて頼ること…それが『信頼』だ。だが、それは相手の在り様を認めてこそ成り立つ概念なんだよ…」

 

…雛里は何に気付いた?

 

「…いえ、いいんです…変なことを訊いてしまってごめんなさい…」

 

「え?あ、ああ…いいよ」

 

何に気付いたのかまでは推し量れないが、『信頼関係』に関係する何かだというのはわかった。

 

とりあえず、沈んでしまった雛里を慰めようと、雛里の頭を撫でる…自分でもごく自然に手が伸びてしまったが、断じて変な意味は無い。

 

「あわわ…」

 

「…君ばかりには背負わせない。だから、無理はしないでくれ…」

 

「…はい」

 

…雛里自身、桃香の態度には納得していないだろう。最初から納得して劉備軍に加わったわけではないのだ、それは当然と言える。

 

知ってしまったが故の苦悩というものがある。「無知は罪」とはよく言ったものだが、「無知は幸福」という考え方も、確かにあるのだ。

 

「知らぬが仏」、とも言える。何も知らないうちは脳内お花畑でも心は咎めないものだ…それにしたって桃香はある種異常だけど。

 

その後俺達は連れだって茶店を出、桃香が二人に話せる時間を作れるよう、わざとゆっくり歩いて城に帰った。

 

 

帰って真っ先に待っていたのは怒る愛紗だった。桃香や孔明も一緒にいるが、朱里の姿は見えなかった。鈴々もいない。

 

「雛里!お前、桃香様に何か恨みでもあるのか!」

 

…おいおい。そういう結論が出るのかよ。

 

「…恨みなんてありません…ただ、私は桃香様のやっていらっしゃることに納得ができなかっただけです…」

 

「どこに納得がいかないというのだ!ご主人様達を我らの主として奉ずることに、疑問を差し挟む余地などあるのか!?」

 

「…桃香様はなんとおっしゃられたのですか?」

 

「私はお前に訊いているのだ!」

 

完全に頭に血が上っている愛紗。これは桃香があの時の会話の内容を歪曲したか、愛紗が誤解したか…どちらかだろうな。

 

「…落ち着け、愛紗」

 

「ご主人様もご主人様です!その場にいらっしゃったというのに、何故雛里をお叱りにならなかったのですか!?」

 

まったく…この子にも困ったもんだ。

 

「…いつ、俺が君達の主人になったというんだ?俺は『力を貸そう』と言っただけで、君達の主人になるなどと言った覚えはない。

 

 まして、神輿にされるなんてのは承諾した覚えがないどころか、打診された覚えもない。君達が勝手に祭り上げただけだろう…?

 

 それをわかっていて度々指摘していた雛里の諫言を無視していたのは桃香だ。雛里が責められるべき要素なんて欠片も無いよ」

 

「ですが!」

 

「君が反論できるのか?桃香が勝手に言い出したことを止めもせず、むしろ助長した君が?」

 

「な…!」

 

「…相手の意志をまるで無視した態度だよ、それは。雛里がこうまでして桃香に諫言したということの意味を、よく考えるべきだ。

 

 その諫言の内容もね。桃香、君は愛紗や孔明に何と言った?」

 

「…」

 

桃香は悲しそうな表情をして沈黙していたが、ややあって口を開いた。

 

「…言われた以上のことは言ってないよ」

 

「…本当か?俺達は『気』の応用で相手が嘘をついているかどうか位は見抜けるぞ」

 

「本当だよ…それは信じてほしいよ…」

 

…嘘は言っていないようだ。だが、この通称『ウソ発見「気」』は、嘘を本当だと信じ込んで憚らない類いの人種には通用しない。

 

だから俺は最後の保険を呼び出す。

 

「…朱里、いるか」

 

「―ここに」

 

陰からスゥと現れた朱里に、俺と雛里を除いた三人が驚く。そりゃ驚くよね…雛里が驚かなかったのは意外だけど。

 

「御前様!?いつからそこに?」

 

「つい先ほどです」

 

愛紗の問いにこともなげに答える朱里。一方の朱里は俺が問うまでもなく俺が知りたかった答えを持って来てくれた。

 

「一刀様、少なくとも桃香さんの言っていることは事実です」

 

「御前様…聞いていらしたのですか?」

 

「聞こえたんですよ、たまたま。故郷では地獄耳で有名でしてね…」

 

嫣然と微笑みながら愛紗の問いに答える朱里。しかし、その笑みに穏やかさなど欠片も無い。

 

「一刀様と雛里さんが話す内容は事前に承諾済みでしたから。それにしても愛紗さん、あまりにも理不尽ではないですか?

 

 私達がここで神輿として祭り上げられることをいつ承諾しましたか?それ以前に、それを私達に話してくれましたか…?

 

 いずれも、否定的な答えしか得られないでしょうね」

 

「お言葉ですが、御前様…桃香様の理想を叶えるために、あなた方の力が必要なのです。そして、私達が奉ずるべきは桃香様と、

 

 世の平和の為に天から遣わされたというあなた方なのです。そこはどうか…」

 

…愛紗も愛紗で拘るな…なまじ桃香のような気楽な考えではないので性質が悪いよ。あくまで真面目な意見だからな。

 

「…私達だって、人間なんです…あなた方と同じく、今ここに生きる人間なんです…それ以上でも、以下でもありません…

 

 あなた方の気持ちはわかりますが…私達の意志を、無視しないでください」

 

そう言って、朱里は再びどこかに姿を消した。俺は桃香達に振り返り、改めて直接言うことにした。

 

「今後、俺と朱里を君達の主人であるかのように呼ぶことはするな。また、仕事上の手続きで必要な会話以外は一切しない。

 

 それと、俺達がいるという風評はもう取り消しようもないが、今後は決して喧伝するな。呼び方は以前のように名前で呼ぶのなら

 

 構わない。だが、これを破ったなら俺と朱里は平原を離れることにする」

 

「…はい…」

 

「それと、これは自惚れだとは承知の上だが…俺は人に好かれやすい体質だというのは自覚している。

 

 だけど、朱里以外と関係を持つ気は一切ない。懸想されても、それには応えられない。それは本当にごめん…」

 

「「「…」」」

 

まとめて振るということに罪悪感を感じないわけではなかったが、この際はっきり言っておかないといけないとも思って言った。

 

本当は一人一人を個別に呼んで言わなきゃいけないんだけどね…そこは申し訳なく思う。

 

「…天に帰られるというのは本当なんですか…?」

 

孔明が不安げに訊いてくる。雛里から彼女もまた俺に好意を寄せてくれていることは聞いて知っているが、そうでなくても滲み出る

 

雰囲気でなんとなくそうだろうとはわかっていた。かつての朱里と全く同じ姿をした別人に好意を寄せられるというのも奇妙な感覚だ。

 

「…さて、ね。実の所俺達もわからないから、答えようがないかな」

 

それだけ告げて、雛里を連れて謁見の間を出る。途中で自分の部屋に帰る雛里と別れ、俺は鈴々を探しに行った。

 

 

 

―結論から言うと、鈴々の説得は上手くいった。曰く「我儘言っちゃってごめんなさい」とのことだった。

 

桃香達とは違って、鈴々は俺達の事を兄貴分或いは姉貴分として慕っているだけであり、「主人」という意識は薄かったようだが、

 

順序立てて説明してやると、そこに「打診と承諾」という本来あるべき手続きが存在しないことにはすぐに気付き、謝ってくれた。

 

それも、非常に真摯な態度で。なので、桃香達のような対処はしないことにした。

 

鈴々が素直で聡明な子で本当に良かった。願わくば、その純粋さを持ったまま成長してほしいものだ。

 

 

―忍者兵から「時が来た」との報告があった。そう…後漢王朝第十二代皇帝…つまり霊帝の死である。

 

その報を聞いた時、ついに来たかと全身が震えた。いよいよ計画が大きく動くときが来たのだ。

 

事の経緯についての詳細は忍者兵が既に「正確な」情報を得ているため、真相は既に俺と朱里の知る所となっている。

 

そして俺がその情報を手にしてから三週間あまり経過した頃、袁紹と曹操の連名による反董卓連合の檄文が発せられた―

 

 

 

「―ふむ、なるほどな。桃香、君はこれをどう判断する?」

 

経緯まで懇切丁寧に説明された長ったらしい檄文にざっと目を通してから桃香に問う。

 

当然のように、桃香は憤りと共に答えてくる。

 

「当然、参戦だよ!その董卓っていう人、都に住んでる人たちに物凄い重税を掛けてるって噂を聞くし!そんな悪い人を天子様の傍に

 

 置いておくなんて言語道断!さっさと退場してもらわないと!」

 

桃香の言葉に同調するように、愛紗と鈴々も異口同音に唱える。

 

「桃香様の仰る通り。力無き民に代わり、暴悪な為政者に正義の鉄槌を下さねばなりません」

 

「悪い奴は、鈴々がぶっ飛ばしてやるのだ!ちょちょいのぷーでお星さまなのだ!」

 

檄文の内容に憤懣やるかたない様子で捲し立てる桃園三姉妹。激情に任せた発言が目立つ。

 

…まあ、噂だけ聞いていればそう判断してしまうのも無理からぬことではあるのだが。

 

一方で、朱里を除く軍師勢…つまり雛里と孔明は桃園三姉妹とは対照的に首を傾げている素振りを見せていた。

 

「…桃香様や愛紗さんたちの仰ることも尤もだとは思うのですが…」

 

そう発言したのは雛里だった。愛紗の眉間にみるみる皺が寄る。この間の一件以来、愛紗の雛里に対する態度はさらにきついものに

 

なってきていた。桃香も注意はしたのだが、愛紗は頑なに雛里へのきつい態度を崩さなかった。

 

「雛里、お前は反対だとでも言うのか…?」

 

まるで脅すかのような口調。檄文のこともあって気が立っているのはわかるが、もう少し穏やかに言えばいいだろうに。

 

「愛紗、もうすこし穏やかに言った方がいい。今の君はまるで雛里を脅迫しているようだ」

 

「しかし!」

 

「しかしもお菓子もないだろう。明らかに君に非がある」

 

「…」

 

「さて、雛里。君の意見を言うと良い」

 

任せていると愛紗あたりが脅しをかけまくりそうなので、俺が議事進行役を務める。

 

「…あの、私はただ、檄文の内容が気になっているというだけで…」

 

「雛里ちゃんも?実は私もそうなの」

 

孔明が雛里に同意する。今度は孔明に愛紗の矛先が向きそうになるが、俺の隣にいた朱里が睨み、牽制した。

 

「雛里ちゃん、朱里ちゃん、それってどういうこと?」

 

「敵対勢力について書かれているとはいえ、あまりに一方的すぎるかと…」

 

「董卓さんは悪い奴。だから皆で倒そう…そういうわかりやすいことばかり書かれていますけど…この手紙は、そんな単純なもの

 

 じゃないと思うんです…」

 

こちらは冷静に考えられているな…軍師が感情的になったら終わりだけどね。軍師はあくまでも理性的に判断しなければならない。

 

桃香の問いに孔明が答え、雛里が続く。そのまま息をつがず、雛里が続ける。

 

「これは諸侯の権力争い。董卓さんは、経緯はどうあれ結果的には抜け駆けして朝廷を手中に収めたことになるので、

 

 それに対する諸侯の嫉妬が、このような形で顕れたと見るべきです」

 

「…う~…そんなに難しく考えなくちゃならない事なのかなぁ。

 

 今、董卓さんに苦しめられている人がいるっていうだけで充分だと思うんだけど」

 

「桃香様…それはあくまで噂でしかないんです…それをいちいち真に受けていたら、世間に踊らされるだけです…」

 

厳しい意見を述べる雛里。隣で孔明がコクコク頷いているところを見ると、彼女も雛里の意見には同意のようだ。

 

「私たちはもはや流浪の義勇軍ではなく、一つの地域を支配する候ですからね…もしも事実がこの檄文の通りであれば、桃香様の

 

 仰ることも尤もなのですが…」

 

「…既に漢王朝崩壊の兆しが見えている以上、先の事を見据えて動かなければなりません…そうでなければ、私たちのような

 

 弱小勢力は巨大な濁流に飲み込まれてしまいます…そうなれば全てが水泡に帰すことになります。一刀さんはどう思われますか?」

 

「…ふむ。理想を実現するためにも、それを客観的に鑑み、現実的な考えをしなければならない。そういうことだ」

 

「理想は大切なものです。ですが、自分の理想に目が眩んでしまっていては、足元が見えなくなり…転んでしまうでしょう。

 

 太陽はいつだって蒼天にあるのです。その光を浴びながら、地に足を付けて歩むことこそ、何にも増して肝要なのです」

 

雛里に話を振られたので、俺が為さねばならないことを語り、朱里がかく在るべきを語る。

 

一方の桃園三姉妹は…難しい顔をしている鈴々はともかく、桃香と愛紗は不満そうだ。

 

「…皆が言いたいことはわかるけど…でも、じゃあわたし達は参戦しない方がいいってこと?そんなの…イヤだよ」

 

「…たとえ確たる証拠が無いにしても、苦しむ民がいるかもしれないのなら、私はその人々を助けに行きたい…」

 

「…気持ちはわかるけどね…情報が無いんじゃ行動のしようもない。調査隊を派遣するか?うちの連中は優秀だぞ?」

 

どういうわけか、檄文には『現在は調査中だが、予断は許されない。調査の期間と各諸侯の準備の期間を含め、連合の集結は

 

三ヶ月後とする。慎重に準備を進められたし』との一文があった他、『物見が一切帰ってこない』ということも記されていた。

 

つまり、これは諸侯が情報収集に動くことを牽制するための物だ。明命がいる孫策軍はともかく…他の諸侯にそんな隠密兵が

 

いるという情報はない。つまり、情報操作は容易いのだ。孫策軍も知ったうえで何も言わずに参加するだろうし。

 

そして、諸侯にダメージを効率的に与えるためには情報など与えない方が良いというのもある。さすが華琳だ、抜け目がない。

 

麗羽も上手く丸め込まれたな…あそこには軍師さえいないし。美羽の方は疑うこともしないだろうしな。七乃はわかってても

 

美羽に言わないと思うけど。

 

 

そんなことを考えていると、桃香の鋭い声が飛んできた。

 

「ダメ!そんな物見の人たちも帰ってこれないようなところに調査隊を送るなんてできない!」

 

「…『そんなところ』に君は兵を連れていくつもりか?どれほどの被害が出るかわからないんだぞ?」

 

「…犠牲になる人たちのことを思うとすごく辛いけど…辛くてもそれを受け止めなければ、人を助けるなんてできないよ。

 

 それに、深読みし過ぎて、愛紗ちゃんの言うように今、現実に困っている人がいるかもしれないっていう本質を見失っちゃ駄目。

 

 わたし達が今まで何を思って、どうしたくて戦ってきたのかを考えれば、思い悩む必要なんてない」

 

…それはかつての俺と同じ考え方のようでいて実は違う。自分の言い分を正当化するための言い訳に過ぎない部分の方が多い。

 

「それに、私はあなた達と約束しました。他者への無条件の信頼を。だから、曹操さんと袁紹さんの連名で出されたこの檄文を信じます」

 

…ああ、それが君の選択か。同じ選択をするにしても、そこに至る道は他にあるだろうに。

 

無駄だとわかってはいても、俺は敢えて問いを重ねる。それがほんの一縷の望み…それも完全な私情であることは承知の上で。

 

「…董卓のことは信じてやらないのか?」

 

「何を仰るのです!皆を苦しめる人でなしなど信じるに足りません!」

 

「…愛紗、俺は桃香に訊いてるんだ。君は少し黙っていてくれ。桃香、君は董卓のことは信じてやらないのか?」

 

「私も愛紗ちゃんと同じです。そんな人は絶対に信じられないよ!」

 

「…調査隊の連中が行くのはだめで、兵を連れて行くのは良いのか?」

 

「他の人たちが物見を送っても帰ってこないっていうじゃない。今さらそんなところに行って死んじゃったら、調査隊の人たちは

 

 浮かばれないよ。だから、わたし達は今ある情報を信じて行くしかないんだよ」

 

…それなら、俺達が取るべき道は決まったな。

 

「…そうか。なら、しっかり準備をしておくことだ。集結期限は三ヶ月後に設定されているから、兵糧を買い求めてしっかりと

 

 準備をするんだ。『転ばぬ先の杖』と言うからな。もう食料にも困るような義勇軍じゃないんだ、そこはしっかりやるといい」

 

「うん!」

 

とりあえず、アドバイスはしておく。まさかここでもどこかにパラサイトさせるわけにもいかないしな。幸い時間もあるし、

 

しっかりと準備をしておくようにアドバイスするのは別に計画に支障を来すようなことではない。兵の士気が下がっては生き延びる

 

確率が下がってしまう。そういうことを踏まえてのものだ。

 

「我が青龍刀は弱き者を守るためのもの。圧政に苦しむ民がいるかもしれないのなら、この目で真実を確かめ、正義の刃を振るいたい…」

 

「…鈴々もお姉ちゃんに賛成なのだ!」

 

愛紗は一も二もなく賛成の意を示し、何かを考えていたらしい鈴々は一拍遅れて答えた。

 

「私も、元はと言えば苦しむ人々の為にと起ちあがった身です…色々なことがあるでしょうが、お任せください」

 

何かあっても自分に任せてほしいと申し出る孔明。こちらも賛成らしい。

 

一方の雛里はと言えば…

 

「…」

 

その顔に表情は浮かんでいない。だが、大きな瞳は悲しげに揺れていた。

 

「(…雛里…)」

 

おそらく彼女はわかっているのだろう。俺が調査隊を出すことを提案したということの意味を。

 

そして、桃香がそこでどう答えるべきだったのかも、わかっていると思う。俺達がこの後どうするのかも…。

 

「それに、わたし達には『天の御遣い』が二人も付いてるんだから。何があっても、きっと大丈夫だよ♪」

 

そんな、桃香の気楽な声が、雛里の悲しげな雰囲気とまったくミスマッチだった。

 

…何が大丈夫なのか丸一日かけて聞き出したいところだが…戦力的な意味合いだけではあるまい。ここに来てからというもの、盗賊が

 

出た時に俺や朱里が対応に赴こうとすると雛里を除く皆で止めにかかって来たし…。

 

「はい。我らには天が付いてくれています。董卓軍など何するものぞ。我が槍で打ち倒して見せましょう」

 

「この上ない味方ですからね♪」

 

愛紗がそれに同意し、孔明も続く。まるで反省の意が見られないような気がするのは気のせいだろうか。

 

一方、鈴々は難しい顔をしながら静かに口を開く。

 

「…お姉ちゃん、愛紗、朱里。そんなんじゃダメなのだ」

 

「鈴々?いまさら反対だとでも?」

 

「そうじゃないのだ。董卓ってやつをぶっ飛ばすのは賛成なんだけど、お兄ちゃんたちが付いてるからって息巻いちゃ駄目なのだ。

 

 そのことで、みんなお兄ちゃんに怒られたでしょ?なのに、同じことを繰り返すつもりなのだ?」

 

…鈴々…この短い間に随分と成長したな…これは鈴々が正しい。これで反論するなら、それは愚かということになる。

 

「それは…!」

 

「愛紗、そこで言い返すこと自体がダメなのだ。鈴々だってお兄ちゃんたちに鈴々たちの主人になってほしいけど、お兄ちゃんたちは

 

 まだ『いいよ』って鈴々たちに言ってくれてないんだから、お兄ちゃんたちのことをそうやって持ち上げるのはいけないことなのだ。

 

 それとも、愛紗はお兄ちゃんたちの気持ちなんて関係ないっていうのか!?」

 

「鈴々…」

 

「駄目って言われたことを繰り返すのは、馬鹿のやることなのだ」

 

そう言って腕を組んで胸をそらし、愛紗を睨みつける鈴々。普段の天真爛漫さは感じられない。しっかりと理を以て愛紗たちに

 

自分の意見を述べている。これには俺も朱里も舌を巻いた。まさかここまで成長するとは思ってもみなかった。ちゃんと鈴々にも

 

わかるように噛み砕いて説明をしたつもりだが、そこからここまで昇華するとは。本当に聡い子だ。

 

 

「…一刀さんは、反対なの?すごく難しい顔をしてるけど…」

 

ふと聞こえた桃香の声に振り返る。

 

「…いや、是非もない。俺も戦暮らしが長いからな、どうも物思いにふける癖が染み付いていてね…。

 

 俺と朱里は連合の参加について賛成はできない。そもそも、俺達は君達の主人じゃないんだ。君達で決めろ」

 

そう…あくまで判断するのは桃香だ。過剰に干渉することはできない。

 

だから俺は改めて「主人ではない」と繰り返した上で、「君達で決めろ」と言ったのだ。そこでどういう選択が為されるかは、

 

良くも悪くも桃香次第なのだ。

 

…賽の目は、もう出てしまったんだけどな。

 

「…うん…みんな、わたし達はこの反董卓連合に参加します。三ヶ月後の集結期限に間に合うように準備を進めようね」

 

「はっ」

 

「わかったのだ!」

 

「はい!」

 

「…」

 

雛里は相変わらず黙ったままだ。もう自分が何を言ったところで、桃香が既に決断を下したこと、覆しようもないのだろう。

 

この日の軍議はその場で解散となった。

 

 

 

―その夜、俺と朱里は城壁に来ていた。計画の分岐点にあるこの時に、どちらに進むかを決めるためだ。

 

「…朱里、この状況をどう見る?」

 

「…主君の第一の責務は国と民の保全。その延長から来る参戦決定であればまだ考慮の余地はあったのですが、桃香さんはあまりに

 

 理想を追い過ぎますし、愛紗さんもそれを諌めようとしません。孔明さんは冷静に判断していたようですが、何かあった時には

 

 自分に任せてほしいと結局は止めることも無く賛成しています」

 

「鈴々も賛成は賛成だが…あの子は予想以上に成長してくれたな」

 

「はい。それは素晴らしい成果と言えるでしょう。その点、鈴々ちゃんは連合への参加そのものは反対していませんが、私達を

 

 旗印として掲げることには反対していましたし…」

 

「ああ。ちゃんと説明すればあの子は素直だからちゃんと受け止めてくれると思ってた」

 

鈴々の成長は嬉しい誤算だった。暗い選択を迫られている今の俺達にとって、それは救いになっていた。素直な子だから、今後も

 

戦いの中で成長していってくれるだろう。それは期待していいことだろうな。

 

桃香も素直は素直なのだが、割と自分の考えに沿わない言葉は聞き流してしまうか、拒絶するかのどちらかだ。あの後、愛紗に

 

『どうして一刀さん達はわたし達のご主人様になってくれないんだろう?どうして…?』

 

などと言っていたのを、朱里が物陰で聞いていた。

 

そういったところは、鈴々はしっかりしている。これでは二人の義姉の立つ瀬が無いな…。

 

「桃香が愛紗に言っていたことを鑑みるに、どうしても俺達を神輿に据えたいようだな、桃香は…」

 

「そうですね。その理由を推察…邪推となりますが、私達はあの人の理想の実現の為に起きる戦いの際の『正当化の手段』として

 

 神輿に祭り上げられているのでは…と思うのです」

 

「…それは意外と的を射ているかもしれないぞ。俺達の力が必要だというのも事実だろうが…。

 

 正義を名乗るなら、『天の御遣い』と呼ばれる俺達を神輿にすれば、その主張に相当な説得力を持たせられることになるからな。

 

 今の俺達には確かな実績もあるし」

 

実際、それも理由のうちの一つだろう。逆に言えば、『天の御遣い』の利用価値など、そのくらいしかないのだから。

 

「愛紗さんも…桃香さんのことを諌めたりはしませんでしたね。あれは果たして忠義と呼べるのでしょうか…?」

 

「…違うな。『忠義』と『盲信』は本来別物だ。愛紗はその二つを混同してしまっているからそうなる」

 

「そうですね。多少諌めたりはしているようですが、桃香さんの理想に関係する事なら一も二もなく賛成しているようにしか見えません。

 

 加えて、ちゃんと諫言して組織が道を踏み外さないように心を砕いている雛里ちゃんに対してあの態度ですよ…」

 

「もう忠義とかそういうレベルじゃなくて、完全な依存だよな…」

 

愛紗は『始まりの外史』では自立心が強く、自ら強い信念と理想を持って戦っていた。しかし『閉じた輪廻の外史』に至ってからは?

 

…桃香の理想の為にと、真摯に頑張っていたことは認める。だが、それは忠義ではなく、盲信なのである。本当の忠義を貫くなら、

 

時として主をその手で殴りつけてでも諌めたり、覚悟を問うべきなのであって、ただ諾々と従う姿は、盲信する愚者のそれに過ぎない。

 

「…こんな時代だ。縋れるものには何でも縋りたいだろうけど…」

 

「それとこれとはわけが違うでしょう…」

 

そうだ。理想を掲げて戦うのなら、自らがそういう存在にならなければならない。責めるべき点も多くあるが、雪蓮や華琳は俺をそういう

 

目で見ようとはしていなかった。少なくとも、こうまであからさまに「縋りついてます!」という態度は見せていない。利用価値に対して

 

冷徹ではあったが、彼女達は俺をあくまで「一人の仲間」あるいは「一人の部下」として遇していた。

 

だが、桃香のやっていることはそれとは違う。自分の理想の実現を掲げておきながら、その旗印に俺達を据えようと考えているのだ。それは

 

彼女の理想を信じてついてきてくれる兵や民への、そして己の理想そのものに対しての裏切りではないか。あまりに無責任である。

 

すべてを一人でやれとは言わない。だが、理想を掲げた主君として戦いの真実を知り、真に民の希望を背負える存在になってほしい。

 

そしてそれが果たされた時、彼女は『外史の後継者』の資格を得ることになるだろう。

 

だが、俺達がここにいては、彼女達は口ではどうとでも言えるが、俺達の存在に縋ってしまうだろう…だから。

 

「…朱里。忍者兵に命じて涼州の馬騰に連絡を取ってくれ」

 

俺の言葉に、朱里はゆっくりと仮面を外した。綺麗に整ったその顔は、たとえようもない苦渋に満ちていた。

 

「…はい。とうとう、この時が来たのですね…」

 

静かに、月を眺めながらそう口にする朱里の姿は、悲嘆に暮れているようにも、決意に満ちているようにも見えた。

 

「…ああ。すべては『救うため』だ…そのために…」

 

俺も朱里に倣い、月を見上げる。その光は夜を照らしながらも、青白く、超然とした冷徹さがあった。

 

俺達もまた、超然と歩まなければならないのかもしれない。人の身にありながら外史の輪廻の真実を知り、そして滅びを防ぐため戦うなら。

 

今は、敢えて間違いを犯す。すべては『良き終わり』を迎えるために。そのために。

 

「現時点をもって『計画』は第三段階に移行。採択計画は―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―『乙計画(セカンドプラン)』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

皆さんこんにちは。Jack Tlamです。

 

今回はなんとキレるひなりんと反董卓連合の檄文、そしてそれに対する桃香達の判断、いよいよ動きだす『計画』の行方について

 

描きました。

 

正直、滅茶苦茶だと思っています。なんか投稿するたびにそんな感じがして心が咎める…

 

 

鈴々が予想外の成長を見せてくれました。

 

ちゃんと説明してあげれば余計なことを考えない分すぐに理解してくれる子だと思うので、こういう感じにしました。

 

しっかり者になりつつある鈴々。愛紗の立場が無い…

 

 

雛里もいよいよもって内面の誇り高さが前面に出て来た感じ…というか、中の人の影響でも受けましたか…?

 

なんだか陣営内で冷遇されている感じになってしまいましたが、桃香教状態ですからね…そこはある意味仕方ないでしょう。

 

『巨大な巻物』が打撃に使えるというのは勝手な解釈です。朱里の『大きな大きな本』が堅そうな印象を受けたので。

 

 

そして、そんな雛里の気持ちも知らずに身をかわし続けようとする桃香。もうこの時点で決めさせても良かったのですが、

 

あくまで反董卓連合の檄文が来るまでは、ということでその時点では決めさせませんでした。

 

 

愛紗もダメだな…星の重要性がよくわかります。必要とあらば主君に対して呼び捨ててでも覚悟を問うことができる彼女は、本当に

 

重要なポジションにあるんですよね。

 

 

今回で第二章『乱世の足音』は終了です。

 

第一章『最後の旅の始まり』からここまでお付き合いいただきありがとうございました。

 

次回はここまでの人物紹介とほかにちょっと何か…と考えています。

 

その次からは第三章『決別の道』が始まります。

 

 

果たして、どうなる…

 

 

ではでは。


 
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