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真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十六話

Jack Tlamさん

拠点フェイズみたいな感じです。甘い空気一切ありません。

割と滅茶苦茶です。どうかご容赦のほどを。

2013-09-28 11:47:36 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6439   閲覧ユーザー数:4756

第十六話、『平原の日々』

 

 

―俺と朱里が平原に移動してからしばらく。桃香達は内政にひぃこら言いながらもそれをこなしていた。

 

俺達はというと、これも経験の機会であるため補助的な仕事しかせず、筆頭武官は愛紗だし、筆頭軍師は孔明だしで、ほとんど

 

居候に近い状態である。桃香からは涙目で見られたけど、「君のためだ」って言い聞かせながらきっちりとやらせていた。

 

俺と朱里はそんな日々を過ごしていた―

 

 

 

「―で、需要と供給が相互に満たしあいながら経済の連環が成るわけだ。ここまではいいかな?」

 

「うん!すごくわかりやすかった!ありがとう、ご主人様!」

 

「このくらいはできてなきゃいけなかったんだけどな。慮植先生の所で君は何を学んでいたんだ?」

 

「うっ」

 

「…まあ、能力的には優秀だと白蓮も言っていたし、今の説明で理解できたなら為政者としてもそれなりだ」

 

俺は東屋で勉強する桃香に経済学を教えていた。といっても大学でやるような本格的なのは教えられないので基礎部分だけ。

 

まあ基礎部分は義務教育の中でもやるし、その程度のことは俺でもわかる。この外史に来る前に経済学の参考書を買って勉強も

 

やったから、初めてこの世界に来た時よりはマシなはずだ。それでも、朱里にはかなわないんだけどね。

 

…しかし…ただ力を貸すと言っただけなのに『ご主人様』とは…押しつけがましいというかなんというか…

 

まだ俺達を旗印に理想のために戦いたいとでも思っているのか。別に旗印になると言った覚えはないんだけどな。

 

いつの間にかこんな調子だった。

 

『天の御遣い』に力を貸してもらえることがそんなに嬉しいのだろうか。かなり宣伝しているし。これでは客寄せパンダ状態だ。

 

他人の話をちゃんと聞いてないので、以前とは少し言い方を変えて言っておく。

 

「…ま、他人の話をちゃんと聞いていれば、自然と周りが助けてくれるさ。愛紗とか、雛里とか色々ね…」

 

「…それ、ちょっと無責任かも」

 

「なら、全部一人でやるのか?政治も、戦争も…?」

 

「あ…」

 

王が何もかも一人でやる必要は無い。それは、他者よりも秀でていればそれに越したことはないが、何も華琳みたいに全部できる

 

必要は無いのだ。いや、華琳の場合はいろいろとおかしい。彼女がまともにできないことなんてないんじゃないか…いや、恋愛には

 

不器用だったような。能力的なものもあったから気位が高かったけど、桃香がそうなる必要は無い。素直な子だし、能力もそれなり。

 

周囲の尊敬を集める存在でもある。変に飾らない方が桃香らしい。

 

人間は社会的動物である…能力が欠けていれば、誰かがそれを補ってくれる。代わりに自分もその誰かに足りないものを補えば良い。

 

王だとか庶民だとかそういうものなど関係なしに、「人間」というのはそういうものなのだ。王も庶民もそうやって一括りにできる。

 

だから、他者の言葉に耳を傾けなければならない。桃香はまだその辺りの詰めが甘いので、気を付けなければならないだろう。

 

「…俺の言いたいことは、わかるね?」

 

「…うん。わたし、お友達をたくさん作る!わたしに足りないたくさんのものを持ってて、優しくて、私の力になってくれる人を。

 

 需要と供給!その代わり、わたしもその人たちに足りない何かになるね!」

 

…味方を作るという意味では間違っては無いんだけど…君の求める優しさは…ちょっと違わないか?

 

「…お友達だけでは済まないぞ。理想を掲げて戦うなら、『敵』も増えることになる」

 

「うん、わかってる。ありがとう、ご主人様。わたしに足りないもの、ご主人様はいっぱいくれた」

 

「…そうか。桃香にとって足りない何かを与えられたなら、俺としても喜ばしいことだ」

 

桃香の成長は『計画』に必須の事象だ。それに、個人としても…彼女の成長に関われたのならそれは喜ばしいことだ。

 

かつて彼女は俺と結ばれ、最終的には母親にまでなった。あの時のことは今でも覚えている…皆にボコられた記憶もあるな。

 

いくら今は厳しい態度を取り、また朱里以外と関係を持つ気など一切ないとはいえ…

 

彼女が成長するということは『計画』など関係なしに喜ばしいことだった。

 

「えへへ…じゃあ、わたしもご主人様の『大切』にしてね」

 

…やっぱりか。もう鈍感な態度を取ってしまうほど俺は若くない。桃香は俺に好意を寄せてくれているのだろう。

 

それ自体は嬉しい。だが、それには応えられない。朱里とのこともあるし、それに…管輅の言っていたこともある。

 

もはや俺は朱里以外の誰とも関係を持ってはいけない。それは全ての滅びを招いてしまうのだ…。

 

「…了解。それじゃあな」

 

「あ、行っちゃうの?」

 

「ああ。鈴々があとで遊んでくれって言ってたのを思い出してね」

 

「そ、そうなんだ」

 

「そういうこと。じゃあな」

 

俺はさっと踵を返した。

 

…『計画』で試練を与えるべき存在であるとはわかっていても、彼女をそういう目で見ることに罪悪感を感じる自分がいる。

 

全ては外史を救い、滅びの運命に抗うため。そう決意し、かつて愛した人々を利用してでもと覚悟してはいても、やはりこの

 

罪悪感は消えてはくれない。殊に、『乙計画』が採用された場合は最も苦しむことになるであろう彼女を見ていると、凄まじい

 

苦しみが襲ってくる。ああやって講釈をしている間も、その苦しさを抑えこむのに必死だった。

 

「(…君は俺にとっても大切な存在だ…『閉じた外史』から出現した存在だとしても…君は…)」

 

共に国を作り、平和の為にと戦ってきた戦友。同時にお互い一人の人間として想い合い、結ばれた女性。

 

日々の苦楽も共にした、かけがえのない仲間の一人。

 

たとえこれから君の心をズタズタにしてしまうかもしれないとしても…大切な、仲間なんだ。

 

 

(side:桃香)

 

「…了解、だって。軽く流されちゃったな…」

 

ご主人様が平原に来てからしばらく。わたしはたびたびこうしてご主人様から教えを受けていた。

 

ご主人様の講釈はわかりやすくて、どんくさいわたしでもちゃんと理解できた。

 

慮植先生の講釈がわかりにくかったってわけじゃないけど、なんだかすごく「勉強した~」っていう気分。

 

ご主人様の説明が理解できた途端、わたしの頭の中に全然入ってこなかったはずの内容が一気に入ってきて、理解できるようになった。

 

ご主人様は良い先生だよ~…わたしもいつかはあんな風に人に教えられるようになりたいなぁ…一生無理かも。くすん。

 

でも…

 

「ちょっと勇気、出したのになぁ…」

 

ご主人様は不思議な人だけど、とっても優しくて、落ち着いている人。

 

本当にいろんなことを知っていて、凄く強くて、わたしにないものをたくさん持っている。

 

民からは慕われるし、兵の皆さんからも尊敬を集めている。それはわたし達も同じ。みんな、ご主人様を尊敬してる。

 

きっと長い間頑張ってきたんだなって思う。そうじゃなきゃ、あんな風に凄い人になれるなんて思えない。最初から凄い人なんていない。

 

頑張れる人が一番凄いんだって思う。ご主人様はいろんなことを頑張ってるから凄いんだ。

 

「なのに…ちっとも、飾らないで…」

 

ご主人様は決してよくいる横暴な太守みたいに偉ぶったりしない。皆に対して平等に、親身に接してくれる。

 

一緒に警邏に出れば酒家の女将さんと世間話をしたり、鍛冶屋の店主さんと軽口をたたき合ったり。

 

広場で子供たちの遊び相手になったり、お年寄りのお家を訪ねて行って話し相手になったり。

 

お店で手が足りなくなってたらお手伝いで注文取ったりお料理したりで大忙し。席の間を飛び回るご主人様を見ているのは楽しかった。

 

服屋さんで作ってる服の意匠を考えたのもご主人様だって聞いたけど、あれ可愛かったなぁ…雛里ちゃんあたりが着たらすごく似合いそう。

 

行商人の人たちともお友達になってるし、涼州連合の馬騰さんっていう人と交流があるっていうのも聞いた。お友達なのかな…でも、

 

そうやって遠くの人とも仲良くなっているご主人様は凄いと思う。

 

わたしが目指してることをご主人様は全部体現していて、わたしの理想そのものな人。

 

…なんだろう。胸の奥がドキドキしてきちゃった。

 

この気持ちが『恋』だと気付くのに、時間はかからなかった。

 

わたし、もともとこういうことにはあまり物怖じしない性質だとは思うけど…そんなに人生経験ないし、恋愛なんてしたことない。

 

誰かが恋をしていれば、それを見抜くのは得意だったんだけど…周りの女の子はみんな奥手だったしなぁ。そういう話題にこそ事欠く

 

ことはなかったけど、実際に恋をしているのを見抜いたのは数回くらいしかない。優雨ちゃんも恋はしてなかったし。

 

だけど、こうして皆で平原にいるようになって、みんなしてご主人様に惹かれているのがわかる。

 

愛紗ちゃんはわかりやすいよね~…表には出してないけどわたしの目はごまかせないよ♪

 

鈴々ちゃんはよくわかんないなぁ…でも傍から見てると兄妹みたい。

 

朱里ちゃんや雛里ちゃんもご主人様を慕ってる。二人でそれぞれ違いがあるみたいだけど、慕ってるのは同じ。

 

朱里ちゃんはご主人様の優しいところに惹かれてるんだろうなって思う。一方の雛里ちゃんはご主人様が時々見せる強い気持ちに…って

 

感じかな。やっぱり女の子って男の人に引っ張っていってもらいたいものなんだよね♪

 

…って、うわ~…恋敵多いなぁ…みんな可愛いし自慢できるものいっぱい持ってるよね~。

 

…わたしなんて何も持ってないもん。自分で言ってて少し泣けてきたよ…はぁ。

 

でも…もうご主人様には朱里ちゃん…もとい、御前様がいる…。

 

二人の絆の深さはここしばらくずっと観察していてすぐにわかってしまった。

 

そう多くの言葉を交わしているわけじゃないけど、それはあの二人の絆がもう言葉なんてものを必要としないくらい強いからなんだ。

 

義兄妹だって聞いているけど、何も知らないわたしが見ても、あの二人はどう考えても恋人…もしかしたらそれ以上かもしれない。

 

御前様に比べたら、わたし達がご主人様と一緒にいた時間はずっと短い。

 

涿で出会ってからちょっとの間、それから平原にこうして拠点を構えてから今まで。

 

時間っていうところでは絶対に御前様にはかなわない。天の国でどんなふうに過ごしてたんだろう?興味は尽きない。

 

でも、わたしだって…

 

「はにゃ~ん…お勉強が手につかないよぉ~」

 

…わたしだって、ご主人様が好きだ。自覚してしまったらもう、否定できない。

 

わたしはそれほどまでに、あの人に惹かれていた。

 

 

(side:朱里)

 

「―ふっ!はっ!」

 

私は一人、訓練場で模擬剣を手に修行に励んでいた。

 

私の本職は軍師だけれど、こうして体を動かしていないとやっぱりなまってしまう。政務の方は心配いらないはずだ。

 

「はっ!ていっ!やあっ!」

 

気合と共に最後の一撃を繰り出す。

 

ふと横合いから拍手が聞こえ、そちらを振り返ると、愛紗さんが孔明さんと雛里ちゃんを連れてきていた。

 

「いやはや…いつ見てもお見事ですね、御前様。私でもあれほど鋭い動きができるかどうかわからない…」

 

私はここでは『御前様(ごぜんさま)』と呼ばれている。なぜそんな日本的な呼び方が出て来たのかすごく謎だ。

 

孔明さんがいるので、『朱里』という名で呼ばれても彼女の方も反応してしまう。別に今まで通り『朱里殿』でよかったのだけれど…

 

雛里ちゃんだけは、他の人がいるところでは皆と同じように呼んでくるけど、そうでない時は名前で呼んでくれている。

 

…私達は同意もしないままに神輿状態になっていた。力を貸すと言ったことが神輿になることを承諾したのと同義らしい。

 

少なくとも、桃香さん達の中では…雛里ちゃんは別としても。

 

一刀様が『客寄せパンダ』とおっしゃっていたけれど、言い得て妙だ。ちょうどシンボルが白と黒だし。

 

私達が来てからというもの、平原への移住希望者は続々と増えている。これは間違いなく私達のことが宣伝された影響だ。

 

…いつまでも思考の海に浸っていては相手に失礼だ。私は一旦考えるのをやめて愛紗さんの言葉に応じる。

 

「ご謙遜を。愛紗さんは凄く強いですよ」

 

「はわわ~…軍師の方があんな動きをするなんて…」

 

「あわわ…すごいでしゅ…」

 

…自分の口癖を他人が使っているということにひどく違和感を感じる。まして目の前にいるのは過去の私そのままの姿をした孔明さんだ。

 

違和感は本当にひどかった。そんなことを考えていると、愛紗さんが再び口を開く。

 

「…御前様、一つ手合わせ願えないでしょうか?」

 

…突然の申し出。しかし鈴々ちゃんとの仕合を見ていた愛紗さんなら当然そんな言葉が出てくると思っていた。私は一呼吸おいて問う。

 

「…なぜですか?」

 

「…私にはそれなりの力があると思っていました。そして、己の武に誇りを持ち、戦ってきました。しかし、ご主人様やあなたと出会い、

 

 私の力は何と弱々しいことかと思ったのです。私もあなたのように、ご主人様の隣で戦いたい。あの方に背中を預けられるほどの武を

 

 持ちたい。桃香様は言わずもがな、我らの玉であるあの方を守るためにも強くなりたい。

 

 そう思っていても、どれほど鍛錬しようともあなた方は私のはるか上を行く…それが悔しいのです」

 

「…そうですか」

 

やっぱり…愛紗さんも桃香さんと同じように…一刀様に惹かれている。あの人は非情になるなんてことそうそう出来ない人だから、

 

そんな優しさと強さを併せ持つ一刀様に惹かれる気持ちは、同じ女としてわからないわけじゃないけど…

 

「あなたにはあなたの強さがあるでしょう?それを否定してはいけませんよ。私達とあなたは違うのですから」

 

「それでもです…果たして今の私で桃香様の理想を守り抜くことができるのか、あるいはどのような理想を持てばあなた方のような武を

 

 身に付けることができるのか…それを知りたいのです。ご主人様と手合わせした時、私は確信しました。あの方自身が凄いのだと。

 

 『天の御遣い』だからではない、あの方自身の力なのだと」

 

「…」

 

私はどう答えるべきか迷った。思案していると、愛紗さんがまた口を開く。

 

「…私は桃香様と出会う以前、ただ懲悪の為に武を振るう武侠でした。しかし桃香様と出会い、あの方の素晴らしい理想を伺い、そして

 

 その理想を守り実現するための剣となって戦うという指針が生まれたのです。理想も無く生きていた私に、希望の光を

 

 与えてくださったのがあの方なのです。だから、あの方の理想の為に、少しでも強くなりたいのです」

 

…私が口にするべき言葉は決まった。あまり多くを言ってはならない。ただ最低限の言葉で「気付かせる」。

 

「愛紗さん。誰かの理想に共鳴して戦うというのは良いとしても、今のあなたの考えでは、いつまでも強くなれませんよ」

 

「…どういうことです?」

 

「…私の言葉で気付かないようなら、今は無理ですね。いずれ気付いた時こそ、あなたが強くなる時。それを忘れないでください」

 

「…わかりました。そのお言葉、しかとこの胸にとめておきます」

 

愛紗さんは顔をしかめたけれど、何か感じるところがあったのか、私の言葉を受け止めて考えてくれるようだ。まあ良い結果と言える。

 

でも、今の愛紗さんでは…まだ足りない。気付いたとしても、愛紗さんは拘ってしまって結果的に変わる機会を見失うかもしれない。

 

けれどなにがしかの改善は見込めるはず。『始まりの外史』からの長い付き合いだ、そこはしっかりと信頼している。

 

…そういえば、仕合を申し込まれていたっけ。話が大分逸れたかな…って、私が原因だった。

 

「…では、仕合を始めましょうか。青龍偃月刀は…持って来ていますね」

 

元々の話題である仕合を始めるために、私と愛紗さんは訓練場の中央辺りに移動する。孔明さんと雛里ちゃんは離れて観戦するみたいだ。

 

「はい。御前様の得物は…剣を二振、ですか。ですがそれで鈴々を完全に圧倒してみせたのですから油断はしませぬ」

 

愛紗さんが青龍偃月刀を構える。私もそれに応え、両手に剣を握って自然体の構えを取る。

 

「当然です。では、参りましょうか…」

 

私は闘気を解放し、両腕に気を流し込む。愛紗さんの剛撃をまともに受けるのは身体を鍛えた今でもちょっと気が引ける。

 

「承知!せやああああーーーーーーーっ!!」

 

「たあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

私の模擬剣と愛紗さんの青龍偃月刀が、私たちの他には誰もいない訓練場に響く、激しい剣戟の狂想曲を奏でた。

 

 

(side:雛里)

 

「すごかったね、雛里ちゃん~」

 

「うん…すごかったね、朱里ちゃん…」

 

私たちは朱里さんと愛紗さんの模擬戦を観戦した後、東屋で座って話し込んでいた。

 

偶然通りかかった一刀さんによれば、先ほどまで桃香様がここでお勉強をなさっていたそうで、一刀さんは講釈をしていらしたそうだ。

 

私たちは少し一刀さんと話した後、用事があるという一刀さんを見送り、それからこうして東屋で話している。

 

「軍師としても凄くて、武官としても愛紗さんが勝てないくらい強い…ご主人様も凄いけど、御前様も凄いよね」

 

「うん…灯里(あかり)ちゃんも戦える子だったけど、それでも…」

 

朱里さんの動きを見たのは初めてだったけど…あんな動きができるなんて、すごいなんてものじゃない。

 

そして軍略や政治でも凄まじいとなれば、もうあれ以上に完成された人なんていないんじゃないかと思う。

 

私たちの同門には剣の腕にも秀でた灯里ちゃんがいたけど…それでもあれは『秀でている』とかそんな表現じゃ間に合わない。

 

「私たち、自分たちの力を役に立てられたらって思って水鏡先生の所を出て来たわけだけど…正直、自信失くしそうだよ~…」

 

うなだれる朱里ちゃん。確かに、あんな風に『完璧』とも言える人を見ていたらそんな風に思ってしまうかもしれない。

 

自信を無くしがちなのは私も同じだけど…でも、そういう自信の失くし方はちょっと違うと思う。だから私は少し強い口調で言葉を紡ぐ。

 

「…そう考えちゃだめだと思う。御前様、ちゃんと私たちのそれぞれの得意分野を見抜いてた。皆がそれぞれなんだって。

 

 御前様は確かに何でもできちゃう凄い人だけど、だからって私たちが腐っちゃ駄目だよ」

 

「雛里ちゃん…」

 

そう…私は戦術で、朱里ちゃんは政や戦略で。私たちは自分の持てるすべてを活かせばいい。

 

新しいものを獲得するのはそれからだと朱里さんに教えていただいた。

 

私たちは到底あの人のように剣を握って戦うなんてできない。それは愛紗さんや鈴々ちゃんの役目。

 

なら、彼女達が、そして兵の皆さんが効果的に戦い、勝利を得るための策を献じるのが私たち軍師の役目。

 

それがお互いに噛み合ってこそ、最高の組織だから。私たちは私たちにできることを精一杯にやればいいんだ。

 

「…だから、頑張ろう?私たちは私たちなんだよ?」

 

「…うん、そうだね、雛里ちゃん。二人で頑張ろう!」

 

「うん…!」

 

…よかった。朱里ちゃん、ちゃんと自信を取り戻してくれたみたい。

 

 

 

「―孔明さん、雛里さん」

 

 

 

ふと聞こえた声に振り返ると、そこには朱里さんがいらしていた。愛紗さんの姿は見えない。あのまま鍛錬を続けてるんだ。

 

鈴々ちゃんも一刀さんたちが平原にいらっしゃってからというもの、すごく頑張っている。

 

愛紗さんと模擬戦を繰り広げているのを見たのは二度や三度では済まない。

 

守るべき人たちが自分達よりも強いっていうのは、武人にとっては複雑なんだって言ってた。

 

そんなことを考えていると、朱里さんが手に持ったお盆からお茶とお菓子を卓の上に並べてくれた。

 

それを見た朱里ちゃんが慌てて席を立とうとする。

 

「ご、御前様!?そういうことは私が…!」

 

「良いのです。私がこうしたいと思ったからこうしているのですから」

 

穏やかな口調で朱里ちゃんを制する朱里さん。

 

相変わらず仮面の奥に隠された表情は見えないけど、あの時に見たような厳しい表情じゃない、穏やかな表情だった。

 

「これは私の手製です。久しぶりに作ったので少しあれかもしれませんが、どうぞ」

 

「はわわ!あ、ありがとうございましゅ」

 

「ありがとうございます…いただきます」

 

朱里さんのお手製だというお菓子を食べてみる…すごくおいしい。灯里ちゃんもお菓子作りが得意だったけど、それに匹敵するかも。

 

そういえば、朱里さんは天界では一刀さんと二人暮らしで、お料理もされていたとか。昔からお料理が好きだったということなので、

 

ますます親しみがわいてきた。私も朱里ちゃんもお料理が好きだし。

 

…なんだろう。朱里ちゃんにも感じたことのないような強い親しみを、私は朱里さんに感じている。お菓子の味も…なんだか懐かしい。

 

ずっと昔に食べたことがあるような味だった。朱里さんに感じた懐かしさと関係あるのかな…。

 

「…御前様」

 

「はい、なんですか?」

 

ふと隣の朱里ちゃんから発せられた声に、思考の海に浸りかけていた私の意識が引き戻される。朱里ちゃんは真剣そのものと言った

 

表情で朱里さんに話しかけていた。朱里さんの方はといえば、やっぱり仮面の奥から真剣な視線を朱里ちゃんに向けている。

 

「御前様は何故、軍略や政治に関する知識、そしてあれほどの武力を身に付けられたのですか?」

 

「…なぜそのようなことを?」

 

「純粋な疑問なのですが…はっきりとお答えいただけずとも良いんです、どうかお教え願えないでしょうか?」

 

…それは、私も知りたかった。どうしてそんなに強くなられたのだろう?断片的な情報から推測はできるけど、やっぱり本人の口から

 

直接お伺いしないとわからないところも多い。それに、この機会に朱里さんの戦う理由をちゃんとお伺いしておきたかった。

 

朱里さんがちらと私の方を見たので、私は頷く。

 

「…わかりました。では、お話ししましょう。参考になるかはわかりませんが…」

 

朱里さんは大きく息をつくと、静かにお話をはじめられた。

 

 

「…元々私は私塾で幼少の頃から様々な事を学んでいました。でも、世は乱世となり…その状況下で、私は一刀様が治める地を

 

 目指して旅をし、一刀様と出会い、あの方の軍師として生涯を捧げる決意をしました。それからというものあの方と共に

 

 数多の戦火の中を歩み、生きてきました。元は私どころか一刀様も、あのように武に優れた方ではなかったのです」

 

この人は一体どのくらい生きているんだろう…私たちとそう変わらない年頃のはずなのに。

 

「ただ、必死でした。未来の為に必死に戦いました。力強い仲間も徐々に増えていきました。また戦いを繰り返す中で、

 

 元は敵だった者、謀略によって敵同士にされた味方…そういったものを取り込み、私たちの勢力は巨大化していきました」

 

「はわわ…すごいです…」

 

「は~…」

 

凄い戦いを経験していらっしゃるんだ、この人は…それなら、軍師として私たちの上を行くのは当然のこと。

 

そこで朱里さんは一度言葉を切られてしまった。心なしか、湯呑みを持つ手が震えていらっしゃるように見える。

 

「御前様…?」

 

私はそれが気になってつい声が出てしまったけど、朱里さんは何事も無かったかのようにお話を続けられた。

 

だけど、次に朱里さんの口から語られた内容は、驚くべき内容だった。

 

「…ですが、その全ては無に帰しました。挙句私と一刀様は引き離され、互いの記憶さえも失い、戦場で敵として対峙したことさえ

 

 ありました。私達はそうして長らく引き離されてしまったのです。それを知った時、私は己の運命のあまりの残酷さを呪いました。

 

 それでも私たちは再び結び付けられ、そして共に戦いを離れたのです」

 

「「…」」

 

言葉が出なかった。一刀さんと朱里さんの絆の強さは、そういうことがあったからなんだ…。

 

私と朱里ちゃんもそれに負けないくらい絆が強いという自信はある。でも、引き離されたばかりか敵として対峙するなんてこと、

 

私には考えられない…。

 

「…そして、私と一刀様はもう互いを失わないように、そして互いを守れるようにと、力をつけるため修行を続けました。

 

 その結果が今の私であり、一刀様なのです。かつては戦う力を持たなかった私達は、そうして高め合ってきました」

 

そうか…誰も初めから強い人なんていない。一刀さんも、朱里さんも、最初から戦う力なんて持っていなかった。

 

様々な経験を積んで、悲しいことも辛いこともたくさん見てきて…それで、もう絶対に離れたくないからって強くなった…。

 

『天の御遣い』だからとかそんな理由じゃない。

 

この人たちは『人』として強いし、凄いんだ。あの時私が感じた得体の知れない覚悟も、そこから来ているのかもしれない。

 

…だから、あの時…桃香様に対してあそこまで厳しい態度を取ったのは。辛い思いをしているお二人だから、そんな問いが…

 

「…でも、結局はこうして戦いから離れられないでいる…なぜでしょうね。運命はまた私達を戦いの中に放り込んでいきました。

 

 此度のことは覚悟の上のこと、呪わしくは思いませんが…ただ、悲しいですね。再びこの手を血の海に浸さねばならぬのですから」

 

「―っ!?」

 

「血の海」なんていうぜんぜん穏やかじゃない言葉に背筋が寒くなった。

 

朱里さんの表情は相変わらず穏やかだったけれど、そこには深い深い悲しみと…『戦い』そのものへの憎悪があった。

 

「…そうまでして御前様が戦う理由は、なんですか…?」

 

朱里ちゃんが再び疑問を口にする。朱里さんは椅子を引き、立ち上がりながら朱里ちゃんの疑問に答える。

 

「…全ては、『救うため』です…それ以上でもそれ以下でもありません。理想のために戦うなど、もう私達にはできないのです…」

 

その言葉を最後に、朱里さんは東屋を立ち去っていった。

 

「…雛里ちゃん」

 

「どうしたの、朱里ちゃん?」

 

「すごいよね…御前様。ご主人様と強い絆で結ばれていて。それであんなに強い覚悟を持っていらっしゃって。

 

 でも、すごく悲しそうだった。辛くて苦しい現実に絶望したまま、戦っていらっしゃるように思えたの。

 

 だからね、雛里ちゃん。私たちはお二人のためにも、桃香様の理想を実現させなくちゃいけないと思うの。

 

 御前様のことはとっても尊敬しているし、ご主人様のことはお慕いしているし…ね?」

 

…ああ、そうだった。朱里ちゃんは…桃香様の理想に心酔してしまっているんだ…でも、慕っている、って…そうなんだ。

 

「…うん。朱里ちゃん、ごめんね?私、ちょっと一人で考えたいことがあるの」

 

「考えたいこと?」

 

「うん…」

 

私には…そんなことできない。お二人の覚悟を知る私には、甘いだけの理想に心酔するなんてできるはずもない。

 

もちろん、朱里さんのことは凄く尊敬してるし、一刀さんのことは…私も、あの方に惹かれている。経験はないけど、わかっちゃう。

 

でもそれは、朱里ちゃんが言っているのとは全く違う根源から来る感情だと思う。

 

「…わかったよ。じゃあ、私はお部屋に戻るね?」

 

「…うん。ごめんね?」

 

「ううん、いいの。それじゃあね、雛里ちゃん」

 

そう言って朱里ちゃんは立ち上がると、東屋を立ち去った。残った私は独り思考の海に沈む。

 

「(…理想のためには戦えない…一刀さんたちは理想を追い求める人間が起こす戦いの真実を知っている…だからあんなこと…

 

  あの時、一刀さんは仰っていた。『理想を追う者に、希望に満ち溢れた明日など来ない』と…そして朱里さんもまた…

 

  『再びこの手を血の海に浸さなければならない』と。それはかつて理想の為に多くの命を奪ってしまったから…だと考えられます。

 

  桃香様は『明日への希望を皆のために作っていきたい』と仰っていた。でも、その前は…)」

 

…桃香様は、犠牲になった義勇兵の方々の話が出たとき、『辛くてもそれを受け止めなければ人を助けるなんてできない』って

 

仰っていた…何かが引っかかる。一刀さんが仰ったことも…何かが引っかかる。

 

兵の死は受け止められる。でも、もし愛紗さん達が死んだら、桃香様はそれを受け止められないだろうって仰っていた…。

 

それは何を意味するのだろうか。何か答えを掴みかけているはずなのに、それを得るために考えるほど、それが遠ざかる。

 

私は物凄い違和感に心を支配されてしまっていた。私は何が引っかかっているんだろう?難しく考えすぎなのかな?

 

「なんだろう…この違和感…すごく気持ち悪い…」

 

行きつく先が見えない思考の海に浸りながら、私はその『行きつく先が見えない』という事実に恐ろしさを感じていた。

 

…私が考えているよりもずっと、桃香様に関する問題は…根が深いのかもしれない。今はまだわからないことも多いけど…。

 

朱里さんがあれほど桃香様についての情報をくれたのは、私に何かしてほしいからじゃないかな…だとすると。

 

「…私が果たすべき使命は…」

 

まだ答えは出ない。でも、一刀さんたちは桃香様絡みで何かを考えている。それだけはわかった。

 

 

(side:愛紗)

 

「…ふう」

 

私は御前様との仕合の後、独り訓練場で鍛錬を続けていた。

 

…まあ、見事に負けてしまった。まるで歯が立たぬ。

 

幾合も打ち合ったが、それは私の技量が御前様に迫っていたからではなく、御前様が私に合わせていたというだけ。

 

実力では未だ雲泥の差があり、御前様が本気を出されたが最後、私では一合とて打ち合えまい…。

 

御前様は私よりも体格が小さく、腕も細い。それでいながら私の剛撃を難なく受け止め、体術も織り交ぜながら私を攻めた。

 

あの方の流れるような連撃は仕合に夢中になっていた私も一瞬目を奪われるほど美しく、また凶悪なまでに鋭かった。

 

朱里や雛里とそう変わらない体格の御前様がああも戦えるというのは…鈴々と御前様の仕合を見た今でもまだ信じられなかった。

 

「…どのようにしたら、ああも強くなれるのだろうな」

 

愛用の青龍偃月刀を見やる。こいつとも随分長い付き合いだ…私とてまだ二十歳にもならぬ若輩者、そう長く生きているわけではない。

 

だが、ずっと昔からこいつと共に数多の戦場を駆け抜けて来たかのような、そんな気がするのだ。

 

懐かしい感情といえば、やはり長い付き合いの桃香様や鈴々、涿で出会ったご主人様や御前様、そして星。冀州での戦いで現れた雛里…

 

なぜか朱里を除いてこの全員に懐かしい感情を抱いたのだ。まるで何年もの時を共に生き、戦場を駆け抜けた無二の戦友たちのように。

 

そのようなことは有り得ぬ、とは考えてはいても、否定はし切れない。ご主人様はそれを『(えにし)』と仰っていたが、なるほど、

 

確かにこうして集った面々はそれぞれ別の場所で生きていた者たちだ。幽州にて起った桃香様、荊州の水鏡塾に学んでいた雛里と朱里、

 

私と同郷の鈴々、各地を渡り歩いていた星、そして天より舞い降りたご主人様と御前様。思えばなんと不思議なことか。

 

星は白蓮殿の所に残ることを選んだようだが、我が盟友として盃を交わした仲だ、ここに集っていると考えて差し支えなかろう。

 

…いや、私はこの状況ができあがることを知っていた?ご主人様がなぜ強いのかを知っている?

 

「…なんだ、この幻想は…」

 

頭の中に浮かんでは消える幻想。そこにはご主人様がいる。

 

鈴々がいて、朱里がいて、星がいる。見覚えのない者も多く浮かんでくる。

 

やがて桃香様や雛里、白蓮殿や顔良までも浮かんでくる。

 

そして数多くの見慣れぬ…互いに笑い合っているところを見ると、仲間なのだろう…それらが浮かんでくる。

 

これは未来の姿なのか?私はいつの間に占い師になった?いや、それ以前に…

 

「…なぜ『御前様がいらっしゃらない』のだ?」

 

しばらく幻想が浮かぶにまかせていたが、それが疑問だった。

 

御前様の素顔は知らぬ。名は知っている。朱里…なぜだろう、御前様ではない朱里には感じなかった懐かしさを感じる。

 

まるでつい最近まで一緒に戦っていて、別れてさほど年月も経っていないかのような、そんな気がするのだ。

 

「これは一体何なのだ…」

 

ご主人様がいらっしゃるのはわかる。そして桃香様はじめ他の者…私が知る限りの人間がそこにいることは理解できるのだ。

 

だが、何故…御前様だけが居られない?

 

他の者は全員いて、何故あの方だけがいないのだ?これは未来の姿ではないのか?

 

一体なんだというのだ。これが「過去」だとしても、こうして戦い始めてから初めて出会った者たちなのだ。「過去」なわけがない。

 

鈴々に限っては昔から一緒だから別としても…だとすると、これは…

 

「…私の、夢か?」

 

…そうだ。そう考えれば納得がいく。

 

私は桃香様と姉妹の契りを結び、朱里や雛里と出会い、ご主人様や御前様に忠義を誓い、戦う決意を定めた。

 

きっと戦いの中で多くの仲間たちと…おそらく今の幻想に出て来た者たちと出会い、共に戦い、そして理想を実現することになるのだ。

 

今の幻想は、そんな私の夢が具現化したものなのであろう。皆で笑い合っているその光景は、とても幸せな光景だった。

 

だが…一つわからないことがある。それは、御前様の存在だ。

 

今の幻想が私の夢であったなら、御前様もそこにいらっしゃらなければおかしいはずなのに。何故かあの方だけおられない…

 

…まさか!?

 

「…私が…ご主人様に…懸想している、からなのか…?」

 

だとすればなんたる不忠。なんたる不義。なんと醜い夢であることか。常にご主人様のお傍におられる御前様だけがいらっしゃらぬ夢など。

 

私がご主人様に懸想していることは最早否定のしようもあるまい。あの方は文武両道、そしてお優しい…民も兵も、皆一様にあの方を慕い、

 

あの方も皆と触れ合うことを楽しんでおられるようだ。この平原の城下もあの方がいらっしゃってからというものますます活気づいている。

 

そんな方に懸想するなど畏れ多い…だが、それでもこの想いは否定しきれぬ。私はあの方に懸想している。

 

だが、御前様が幻想の中におられないのが、私のその想いに端を発するものだとすれば?

 

「…私は、なんという不忠者だ…!」

 

私はご主人様と御前様に忠義を誓った身。そしてあのお二方の絆は我ら姉妹のそれと同じくらい…或いはそれ以上に強いのがわかる。

 

あのお二方ほど似合いの夫婦はおるまい。桃香様もあの方に懸想されておられるようだが…おそらくご主人様は桃香様の想いに応える

 

おつもりはないだろう…そのくらいの機微はわかる。

 

そして、私が見た幻想の中に御前様だけがいないというのは…完全な、嫉妬だ。

 

「…申し訳ありませぬ、ご主人様、御前様…どうかこの不忠者をお許しください…」

 

既に訓練場には誰もいない。私一人と…しいて言えば、苦楽を共にしてきた我が半身・青龍偃月刀くらいだ。

 

それでも、私はあのお二人に謝らずにはいられなかった。

 

…恋が悪いものだとは聞いたことが無い。恋などしたことも無いのだから、良し悪しなど他者から聞いたことでしか判断はつかぬ。

 

だが、今の私がご主人様に懸想して、幻想の中でとはいえ御前様の存在を消してしまうなど…横恋慕よりなおタチが悪いではないか。

 

「―っ!はぁあああーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

気合と共に青龍偃月刀を振るい、目の前の幻想を振り払う。

 

今の私には、ただ無心に鍛錬を続けることでしか、それを振り払う方策を見いだせなかった。

 

 

(side:鈴々)

 

「―じゃあ、お兄ちゃんはずっと戦ってたのだ?」

 

「ああ…終わってからは一年以上、戦いから離れていたけどね。俺の住んでいる国では戦争なんてないし」

 

「にゃ?戦争が無いならどこで戦ってたのだ?」

 

「ちょっと俺の国からは遠い国。そこでは沢山の仲間と…敵がいた」

 

「へー」

 

鈴々はお兄ちゃんに遊んでもらった後、お兄ちゃんの昔の話を聞いているのだ。とってもすごい話なのだ。

 

『丈八蛇矛』を握って、戦い始めてから長いけど、お兄ちゃんはきっと鈴々よりずっと長く戦い続けていると思うのだ。だからあんなに

 

強いし、兵を指揮するのも上手いのだ。鈴々も強さには自信があるのだ。でも、経験はまだ浅いからきっとまだまだなのだ。

 

だから、お兄ちゃんの話を聞いて、少しでも強くなれるようにお勉強するのだ。強くなるためなら、頑張るのだ。

 

「お兄ちゃん、家族は?」

 

「ああ、俺の家族は…じいちゃんばあちゃんに親父とお袋、それから妹が一人いる。朱里も今は俺の義妹だけどね」

 

「鈴々たちと似ているのだなー。涿郡の桃園でお姉ちゃんとも姉妹になったけど、愛紗とは昔からずっと姉妹なのだ」

 

「二人は同郷なんだっけな」

 

「うん。鈴々は愛紗と一緒に強くなったのだ。…父様と母様は…戦のせいで…」

 

…いつもは気にしないようにしてるけど、やっぱり辛くなっちゃうのだ。愛紗も大切な人を亡くしたって言ってた。

 

…でも、それはきっとお兄ちゃんも同じなのだ。

 

「…お兄ちゃんは、どうして強くなったのだ?」

 

お兄ちゃんは少し考えてから、腰の刀を抜いて見せてくれる。いつもお兄ちゃんが使ってるのとは違うやつなのだ。いつものは

 

お兄ちゃんの国の刀って言ってたけど、今見せてくれている刀は兵の皆が使っているようなものに似ているのだ。

 

「これは『古錠刀』。俺がかつての戦友であり、主でもある人から別れる前に預かった刀だよ」

 

「立派な刀なのだ~…その戦友っていう人、死んじゃったの?」

 

「いや、今でも元気にしているはずだ。元々はその人の母親が使っていた刀らしくてね。俺がこれに相応しいって言ってくれた」

 

…ってことは、これってすごい刀なのだな。

 

「そこで、俺は…これを俺に預けてくれた戦友の姉…彼女もかけがえのない戦友であり、主だった…彼女は暴走した敵将の部下が放った

 

 毒矢で命を落としてしまった。俺はその時思ったんだよ。強くなろうって。大切な人達を失わないためにね」

 

「…お兄ちゃんも、鈴々と同じなのだ」

 

「同じ?」

 

「うん…」

 

お兄ちゃんは強くなった理由を教えてくれたのだ。だから、鈴々もお兄ちゃんに教えるのだ。

 

「…鈴々はね、家族を亡くしちゃったのだ。でも、愛紗がいてくれたから大丈夫だったのだ。それで、二人で一緒に悪を懲らしめるために

 

 戦ってたのだ。そのうちに桃香お姉ちゃんと出会って、桃香お姉ちゃんの理想を聞いて、それを実現したいと思ったのだ。お姉ちゃんの

 

 理想が実現すれば、鈴々みたいに独りぼっちになっちゃう子がこれ以上増えなくて済むのだ」

 

「鈴々…」

 

「…でも、ほんとはね…お姉ちゃんの理想なんて、鈴々にはどうでもいいことなのだ」

 

「え?」

 

「鈴々は…お姉ちゃんや愛紗と…ずっと一緒にいたいだけなのだ。また家族を亡くしちゃうなんて嫌なのだ。だから、強くなるのだ」

 

口の中が苦いのだ。鈴々は好き嫌いしないけど、この苦さは食べ物の苦さじゃないのだ。つらい時に出ちゃう苦さなのだ。

 

なんとか飲み込もうと頑張ってたら、お兄ちゃんの声が聞こえた。

 

「…鈴々は…強いな」

 

「んにゃ?」

 

「…鈴々。お前は必ず強くなる。理想ってのはね…心の拠り所にはなるけど、戦う理由としては弱いんだよ。でも鈴々はそれだけじゃない。

 

 鈴々は家族を守りたいから、戦ってるんだろ?桃香や愛紗はもちろん、そして孔明や雛里も…そうだよな?」

 

「お兄ちゃんの言う通りなのだ。朱里も雛里も、お兄ちゃんや朱里お姉ちゃんも、みんな大切な家族なのだ。

 

 鈴々だけじゃ守れないかもしれないけど…それでも、頑張るのだ!」

 

「…そうか…そうだよな。鈴々は本当に強いよ…その心のまま強くなるんだ。そうすれば、鈴々は誰よりも強くなれるさ」

 

「あ…にゃはは♪」

 

お兄ちゃんが頭を撫でてくれたのだ。撫でられてたらなんか心に引っかかったから、お兄ちゃんに訊いてみるのだ。

 

「…ねえ、お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「お兄ちゃん、鈴々と昔どこかで会ってるのだ?」

 

「…いきなりなんだよ。涿で出会ったのが初めてだろ」

 

「うん、そうなんだけど…

 

 なんか、お兄ちゃんや朱里お姉ちゃんを見てると引っかかるのだ。愛紗ともずうっと昔から一緒だった気がするの。

 

 お姉ちゃんとも長いけど、お姉ちゃんと会うよりもずっと昔から…お兄ちゃん…これ、なんなのだ?」

 

「…俺にもよくわからない。俺もそんな気がする時がある。だから不安がるな、鈴々。大丈夫だよ」

 

「…わかったのだ。お兄ちゃんがそう言うならそうすることにするのだ。ごめんね?よくわかんないこと聞いちゃったのだ」

 

「いや、いいよ」

 

そう言ってお兄ちゃんはまた鈴々の頭を撫でてくれる。しばらく撫でてくれて、お兄ちゃんは立ち上がった。

 

「そろそろ行くな?朱里と一緒に夕飯の支度をしなくちゃいけないからな。楽しみにしてろよ?」

 

「うん!楽しみにしてるのだ!」

 

厨房の方に行くお兄ちゃんに手を振って…せっかく蛇矛もあるんだから…鍛錬でもするのだ♪

 

 

(side:一刀)

 

「…鈴々は、大丈夫そうだな…」

 

あの子はきっと強くなれる。あの子の戦う理由を聞いて、俺はそう確信した。

 

『家族のため』…これ以上に強い『戦う理由』があるだろうか。家族を亡くしている鈴々だからこそ、それが物凄い重みを持っている。

 

どんな人間でも家族のためなら戦えるだろう…でも、あの子のそれは他の人間が言うのとは全く重みが違う。大切なものを失くしている

 

鈴々は、普段はそれを頭の隅っこに追いやって考えないようにしているようだけど、今こうして守るべき大切なものがあるということ、

 

そして自分には戦う力があるということ。それを考えれば、あの子はきっと大切なものを守るために戦うことを選ぶだろう。

 

鈴々は聡明だ。大雑把だけど純粋で、それだけにあの子の言葉は真理を突くものが多い。

 

理想を守るために戦うのも良い。それがその人にとって大切なものであれば、それは守るに値するものなのだろうから。

 

しかし、鈴々がいみじくも指摘したように、理想というものは戦う理由にはなるし、心の拠り所にもなるが、理想に実体はないのだ。

 

故にその姿はそれを抱くものの心によって容易に変容してしまう。変わってしまえば心の拠り所にはならなくなるかもしれない。

 

一方、鈴々が言う『家族』というものには実体がある。その姿は互いが生きて愛し合う限り…永遠に変わらない。心の拠り所として、

 

戦う理由としてこれ以上のものはないのだ。

 

「…ごめんな、鈴々…もしかしたら、結果的にはお前を裏切ってしまうことになるかもしれない…」

 

罪悪感が鎌首をもたげる。桃香や愛紗にも感じたことが無いほどの罪悪感だ。

 

それは相手が鈴々だからかもしれない。純真無垢で疑うことを知らないあの子を騙しているように思えるからかもしれない。

 

初めて出会った『始まりの外史』からずっと、あの子の戦う理由は変わっていない。

 

愛紗は変わってしまったかもしれない…桃香の理想に依存し過ぎている。しかし鈴々は何も変わっていないのだ。

 

愛ゆえに戦う者の強さを、俺はよく知っているつもりだ。

 

「…雪蓮、君もそうだったな…君もまた、家族の為に…」

 

愛と共に乱世を駆け抜けた小覇王の姿が浮かんでくる。彼女もまた天下にさほどの興味はもっておらず、ただ国を守るために戦っていた。

 

いや、家族を守るため…あの小覇王にとっては国民全員が家族。

 

だからあれほどまでに強かった。国への愛、民への愛に根差した強さは、その最期の時まで崩されなかった。

 

暇があれば(というかサボって)畑仕事を手伝ったり、お年寄りの話し相手をしたり、一緒になってバカ騒ぎしたりして。

 

誰よりも強く民を愛していたと言っていい。だからこそ、鈴々の『戦う理由』というものが雪蓮の姿に重なるのだ。

 

家族を何よりも大事にし、それを守るために戦う鈴々は、きっとどこまでも強くなる。

 

『愛』とは原初の感情。全ての感情の根源。生命を生み育てる最上の力。

 

それが戦う理由となったなら、その戦士はまさしく無双となるのだ。五常の内に含まれる『義』の比ではない。

 

「…だけど、あの問いは…間違いないな…」

 

鈴々は『大超越者』…あれは確実に記憶が戻り始めている。今ははっきりしないようだが、いずれは完全に取り戻すだろう。

 

…『計画』のせいになどできない。もしもその時が来た時、鈴々を悲しませるのは俺なのだ。それはなにも鈴々だけではない。

 

雛里…彼女はおそらく俺達の行動の裏にあるものに気付き始めている。意図的に与えた情報もあるが、それでもそれだけで『計画』に

 

勘づくとはさすがだ。『鳳雛』と呼ばれた彼女は、もしかしたら間もなく成長して飛び立つ日が来るのかもしれない。

 

愛紗…彼女も徐々に記憶が戻り始めているようだ。それに、桃香と同じように俺に好意を寄せてくれているのがわかる。外史の突端を

 

担った彼女のことだ、おそらくもう間もなく記憶は完全に戻ることになる…それは鈴々にも言えるのだが。

 

「…もしもその時が来たら…許せ、鈴々…雛里…愛紗…」

 

あまりの悔しさに歯を思い切り食いしばってしまう。少し、口の中に血の味がする。

 

…その時が来なければ、彼女達は悲しまなくて済む。

 

だが、俺達はそれを防ぐことをしてはならない。あくまでこちらからの干渉は最低限に止めなければならない。

 

なんというジレンマだろう。その時が来ないようにと願っているのに、その時が来ることを阻止することはできないのだ。

 

だが、賽は既に投げられてしまった。それが卓に落ち、目が出るまではどうしようもないのだ。空中の賽をはじくわけにもいかない。

 

「…悔いるのは、すべてが終わってからでいい…だが、悔いるようなことはしたくないというのが人の常。俺達はそれに逆らった時点で、

 

 もう二度と戻れない道を歩み始めた。誰に許されずとも、俺達は決して膝を折ったりはしない。ここからが正念場だ…賽の目の行方を

 

 握るのは桃香………だがそれは、彼女だけに背負わせるべき責任ではない…そして全ては、俺達が受けるべき咎だ…ふっ、欺瞞だな。

 

 だが、たとえ俺達の為すことが『間違い』だとしても、『良き終わり』に辿り着くためには…間違いも犯さなければならない時がある。

 

 必要なら、あえて間違いも犯そう…今はせめて祈らせてくれ。『その時』が来ないことを…」

 

俺はしばらくそこで立ち止まり、心に整理を付けてから、朱里がいる厨房に向かって再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―時は、確実に迫ってきている―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

皆さんこんにちは、Jack Tlamです。

 

今回は拠点フェイズみたいになりました。どこに甘い雰囲気があるんだよっていうツッコミは無しの方向でお願いします。

 

各人物の視点からいろいろ書いて見ましたが…孔明除き。いずれ出番を作ってあげたいところですが、彼女はこの外史において作りだされた

 

朱里の代役でしかないので、今後も出番があるかどうかは…

 

 

ちょっと押しつけがましい恋心を抱く桃香は、原作でもそうなんですが恋愛関係のことには異様に鋭いです。

 

殊に孔明と雛里がそれぞれ一刀に好意を寄せているのを見抜いたうえで、どこに好意を抱いているのかまで見抜いてしまっているのは

 

なんだか別人みたいな名推理です。ほぼドンピシャと言っても過言ではありません。

 

この手の話題になると桃香は鋭いので、それを表現してみました。

 

 

桃香のモノローグにもある通り、一刀は相変わらず庶民目線で民と交流しています。

 

途中から「君主のやることじゃねぇよ」っていうツッコミが入りますが、そこは一刀クオリティということでご容赦を。

 

型破りこそ彼の持ち味です。雪蓮っていう良い前例が彼にとっての『前回』にいますからね。

 

 

ちなみに服屋に作らせているのはエプロンドレスとかその類いです。

 

彼はロ○ないしある程度背の低い子にはこういうのを着せたがるんです。

 

月とか詠とか、華琳もそうですね。亞莎もそうか。雛里も着たら似合いそうですね。

 

もはや一刀の正義と化してます。別にギャグで持ち出したわけではありません。彼のポリシーです(ぇ

 

朱里も持ってますよ?自作ですけどww(←何)

 

 

雛里はだんだん一刀達の『計画』に気付きつつあります。彼女の一刀達への呼び方が地の文と台詞部分で一定しないのは、使い分けです。

 

他の人(つまり一刀達以外の人)がいるときは『ご主人様』、『御前様』と呼び、そうでないときは名前で呼んでます。

 

もうなんだかこんなに落ち着いた雛里は雛里じゃないとか言われそうですけど…

 

 

愛紗はまたなんかよくわからない不器用さを発揮していますが、同時に記憶がちょっとずつ戻ってきています。

 

鈴々にしても同じですね。『超越者』関連の設定については中幕(2)で。

 

 

鈴々の戦う理由についてはほとんどこじつけですが…彼女は天涯孤独の身の上なので、そういう理由で戦っていてもいいかなと。

 

理想なんて二の次、本当はみんなと一緒にいたいだけ…なんだか二人の義姉よりよっぽど鈴々の方が立派ですね。

 

 

次回で第二章は終了です。

 

はてさて、どうなる?

 

 

 

ではでは。


 
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