No.576204

魔法少女大戦 8話 冥夜

羅月さん

この辺りは私の掲げる『自己犠牲』がこれ以上無く体現された場面だと思ってます。

2013-05-14 07:02:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:474   閲覧ユーザー数:417

 8話 冥夜

 

 『今まで……どこに行ってたんだよ!!!??』

 「うるさい……」

 

 月の光だけが静かに揺れる闇夜の静寂の中。誰も居ない廃ビルの屋上で、鳴は泣いていた。

 ずっと傍に居た。ずっと近くで見守っていた。それでも、彼女は恭の前に現れる事が出来なかった。自分は周囲の人々にとっての透明人間だという事が分かってからは、誰にも会いたくなかったから。

 無視される事の辛さは想像を絶する。それが相手に悪気のない事だとしても、鳴にはそれが耐えられなかった。ましてや、恭の前に現れて彼に無視されたらと思うと、鳴はどうしても彼に会えないでいたのだ。

 己の無力さを歯噛みして悔しがる。恭が熱中症と思わしき症状で倒れた時も、あれは鳴が戦っている敵の仕業であった。鳥籠の魔女による魔女の口づけ、人間がそれを受ければ精神を病むか肉体を侵され魔女の結界に閉じ込められ、魔女に捕食されてしまう。多くの人間を見捨てて鳴は恭を結界から助け出したが、恭が目を覚ます前に誰かに彼を預けたかった。通りかかった璃音に、名は不本意ながら恭を任せたのだ。

 まるで人魚姫みたいじゃないか。鳴は喜劇じみた自分の行動を反芻し咽ぶ。到底笑う気にはなれなかった。最愛の人を助けても感謝すらされない、そして彼は別の人間に感謝を告げるのだ。

 鳴は璃音が嫌いだった。彼女のようにまっすぐに恭に向かっていきたかった。そして今、自分が居た場所に居るのは璃音なのだ。

 この町の魔女を倒して、鳴は別の世界へと旅立ってしまいたかった。あの魔女を、家族を皆殺しにした魔女に復讐を果たすまでは死ぬわけにはいかない。

 首にかけた宝玉を月にかざす。これが完全に濁ってしまう前に魔女を倒してしまわなければ、恐らく自分は魔女に勝てない。完全に濁った時の事は九兵衛から聞いている訳ではないが、この宝玉の純度と自分の力が直結していることぐらい戦っていれば分かる。完全に濁れば戦えなくなるか、それでなくとも異能の大半を消失してしまうだろう。

 一人でも負けるわけにはいかなかった。恭の人生を、自分の所為で崩してしまうわけにはいかない。

 

 どれほど嬉しかっただろう。彼が自分を呼んでくれた事が。誰にも存在を知覚されなかった自分が、この世で一番大切な相手に存在を認めてもらえた事が。涙を堪えるので精いっぱいだった。抱きつきたくなる腕を抑えるために必死だった。

 

 彼が自分の事を覚えてくれた、護ってくれると言ってくれた。それさえあれば十分だ。この町を自分は護るのだ、最愛の人を護れるなら護りぬいてそのまま逝っても構わない。

 

 鳴は拳を握りしめた。もう、時間は長くない。

 

 混沌の冥夜。闇は静かに蠢く。

 

 次の日、空は蒼一つない曇天。金曜の恭は水曜の自宅療養以上にうなだれていた。妹が作ってくれたギガうまな弁当も味気を感じる事が出来ず(でも一応食べる事が出来た辺り素晴らしい)、一通り平らげた恭は机に突っ伏してうんうん唸っていた。非常に異様な光景に違いない。ただでさえ友達が少ない彼の周りに誰かが寄りつく事など皆無だった。

 出された宿題も全部手をつけておらず全ての教科で大なり小なりこっぴどく怒られた。意識も不明瞭で、友人もいらいらしっ放しだった。まともに周囲の情報が入ってこない。

 それでありながら昨日の光景が何度も何度も頭に呼び起され、恭は発狂してしまいそうだった。自分は振られたのか、もしあそこで詰め寄ったらどうしていただろう。

 結局、自分に足りなかったのは覚悟なのだろう。どんなに迷惑をかけても、ずっと傍に居てずっと護り続ける覚悟があれば彼女の手を引いたはずだ。恭は深々と沈み込む。机が柔らかければめり込んでいきそうだ。

 その時だ。

 

 『……さ……い……』耳にノイズが入る。校内放送だろうか。だが、誰も気付いている様子は無い。音は次第に大きく、そして明瞭になっていく。

 

 『私の声が聞こえる方いませんか!!!!? お願いします、力を貸して下さい!!!!! 屋上で待ってます、お願いです!!! 私のk』

 

 全て聞き終わる前に、彼は本能的に走り出していた。先程までの無気力はどこへやら。その足は最短距離を通って屋上を目指す。

 屋上に出るための鍵は何者かによって叩き壊されていた。これを彼女がやったかと思うと末恐ろしいが、余計な事を考えるより先に恭はその扉を開く。

 そこには、九兵衛の姿があった。目を閉じ、両手を組んで必死に祈っている。彼女は来訪者の気配を察知して目を開き、心底落胆した。

 

 「ああ、きょうちゃんか……」

 「一つ訊きたい。こんな事が出来るなら何でもっと早くやらなかったんだ?」

 

 もっともな意見だった。素質のある人間にのみ届くような力があるなら、それを使えばそもそも転校してくる必要すら無かっただろう。

 

 「使いたくなかったんだよ。これをやると人間だけじゃない、魔女にもボクの居場所がバレるからね」

 

 あと、こんなに資質のある人間が居ないとは思って無かったよ……と皮肉を最大限に込めて彼女は言葉を吐き捨てた。その姿には品行方正な大和撫子の面影は無く、そのギャップに女性の怖さを恭は垣間見た。

 

 「正直、きょうちゃんに用は無いんだよ。騎士の契約はボクと鳴の両方の承認がないと締結されないんだ。どんなにボクがきょうちゃんを使い捨てたいと言っても、鳴が賛同しないと無理なんだ」

 「……………」

 「……全く、人間の雄って言うのはわけがわからないよ。気が遠くなるほど長い時間を経験して、雌の思考は大体分かって来たんだけど」

 

 ボクはきょうちゃん達が言う所の宇宙人だからね、地球の知的生命体とは違うんだよ……そう付けたして、彼女は白いツインテールをかきあげた。正直その辺りも恭は詳しく訊きたかったが、今は関係のない話だ。

 

 「俺は……木村さんを助けたいんだ」

 「どうしてだい?」

 「好きだからだよ。文句あるか?」

 「助けようとすれば鳴は悲しむよ。きょうちゃんはそれを鳴に求めるの?」

 「それは……それでも良い、木村さんが居ない世界で生きていたくなんかない」

 

 生きて痛くとも、生きていたい。恭の目はまっすぐに九兵衛を見つめている。

 

 「人間っていうのはそう言う事ばっかり……一応言っておくけど、契約したらきょうちゃんの日常は失われる。家族も友達も失うし、魔女を倒せばこの町から別の世界に飛ばされる。もう二度と、普通の生活に戻る事は出来ないんだよ。それが嫌だから、鳴はきょうちゃんと契約したがらないんだと思うんだけどね」

 「……そう、なのか? 俺はてっきり、本気で好きでも無い人間とずっと一緒に居るなんてありえないとかそういうもんだとばっかり」

 「ああもうイライラさせてくれるなぁ!! ……ふう、感情なんて本当にただの疾患だよ。分かってるんだ、魔法少女の人口と比較して騎士の絶対数が圧倒的に少ない理由くらい。一生一緒に居る相手だから適当な相手をなんて選べない、かと言って誰かの為に全てを捨てて魔法少女になれる人間が最愛の人間を絶望の運命に導くなんて出来やしない。皮肉な物だよね、どうしてこんなシステムが構築されたのやら」

 

 九兵衛はやれやれと嘆息する。恭は彼女の言葉を頭の中で逡巡させていた。彼女の言葉全てが正しいわけではないだろう、だが考えてみれば木村鳴はそう言う女の子だったはずだ。自分よりも他人の幸せを優先する。そしてそれを相手に悟らせない。だから彼女の周りに居る人達はいつだって幸せで、その幸せを自分の事のように感じる事の出来る、それが木村鳴と言う女の子だ。

 そんな彼女だから、自分は好きになったのに。彼女の想いを否定する事は、自分が描く彼女を否定する事じゃないか……恭は拳を握る。わなわなと震える指先を抑えるためだった。

 

 「……お願いだ、木村さんに会わせてくれ」

 「どうするつもりだい?」

 「話がしたい。そして、木村さんを護りたい。彼女がそれを否定してもいい、俺は……」

 「残念だけどきけないね。生憎ボクはこの町が滅んだ所で何も感じない。鳴が契約したがらないならそれでもいいんだ。まあ、鳴は死ぬしこの町も滅ぶだろうけど。ボクも一応鳴の事は大好きなんだけどね、それはそれでしょうがないじゃないか」

 

 九兵衛は少女のそれとは思えないアクロバティックな動きでバック転をやってのけ、屋上のタンクの上に飛び乗る。そしてそのまま後方にバック転し、地面へと落下していった。漫画やアニメでしか見た事のない光景だったが、彼女なら恐らく大丈夫だろうと思えた。五限からはまた何食わぬ顔で授業に出てくれるだろう。

 恭は一気に体力を消耗している事に気が付き、気が付いた頃にはよろめき倒れていた。特に清掃もされず雨が降れば無抵抗のままさらされるその床に口づけを強いられ、舌に感じるおぞましい味わいに眩暈がする。

 ふらふらと立ち上がり、校舎へ戻る扉に手をかけた。立てつけの悪い扉は入る時には全く気付かなかったが開けるのに相当な力を要した。

 扉を開けて中に入り、階段を降りようとする。すると、恭は急に怖気を感じた。

 

 「真田くん……」

 「うわっぁあっ!!!! ……な、なんだ……璃音か」

 「真田くん、鳴ちゃんの事覚えてるん?」

 「……………」

 

 生気のない顔で璃音が後ろに立っている。恭は返事をしなかった。それが明確な肯定のサインであったが。璃音も九兵衛が言う所の『素質のある者』だったわけだ。彼女の顔は青ざめている。しかし恭の沈黙が、その頬に桃色の温もりを取り戻させた。

 

 「好きなんか、鳴ちゃんが」

 「……ああ」

 「いやや……いややいやや、真田くん、行かんといてぇ……」

 

 璃音は恭に抱きつく。それを恭は振り払えない。璃音の細い身体が恭の背中に密着する。

 

 「なんでや、なんでなん……鳴ちゃんは、もう居ないんやで……」

 「……ごめん。でも、俺は木村さん以外に考えられないんだ」

 「……や……」

 「何だっt」「嫌なんや!!」

 

 璃音は恭の身体の向きを変えさせ、向き合わせる。そして恭が振りほどこうとする前に、唇を重ねた。生温かいどろりとした何かが口の中に流れ込んでくる。恭は神経が焼けつくような感覚に襲われたが、意識を失う前に反射的に彼女を突き飛ばす事が出来た。

 

 「っ!!! ……ごめん……」

 「いやや、何処へも行かんで、うちの傍に居てや……」

 

 璃音は焦っていたのだ。恭と鳴の仲を知っていた彼女は、いつしか恭も消えてしまう事に。そして鳴が居なくなり自分だけが鳴の記憶を持っていると思っていた璃音はこのチャンスに乗じて恭を奪ってしまおうとした。しかしそう簡単にはいかず、鳴の事を未だに覚えていた恭が璃音を受け入れるはずがなかった。

 璃音は妬ましかったのだ。どんなに頭が良くても運動が出来ても部活の腕を磨いても可愛くなっても、恭は璃音を選ぶ事は無い。考えの範疇にすら入らない。焦って焦って、この一週間本気で璃音は恭を落とそうとした。しかし彼女は恭の中には入れなかった。

 恭は初めて気が付いた、璃音が嫌いだと。理由は分からないが、それ故にタチが悪い。前世の因縁か磁極のNとSのようなものか分からないが、彼は決して璃音を受け入れられない。そのような感情を恭は理解できなかったから、彼は璃音を拒絶できなかったのだ。

 博愛は結局のところ、誰かを幸せにする事は出来ないのである。全てを愛するのは全てを愛さないのと同じだから。全てを愛し抜く事など出来るわけがないから、その愛は所詮薄っぺらいものになってしまう。

 恭は無言で階段を降りて行った。狭い通路に少女の嗚咽だけがいつまでも共鳴し続ける。

 

 恭は誰よりも屑だった。その自覚があった。自分は誰も幸せに出来ないと感じていた。だが、それでいいのだ。

 誰も幸せに出来ないのなら、誰の幸せも気にする必要は無い。ただ自分の求めるままに、恭は鳴の面影を探す。


 
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