No.564960

スカーレットナックル 第五話

三振王さん

スカーレットナックル第五話です。引き続きリョナ要素がちょっとあります。

2013-04-10 23:32:47 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:734   閲覧ユーザー数:732

朝日市月広町……日本有数の夜の街としてしられるこの繁華街に片隅に、“手塚診療所”という病院があり、ユウキ達は地下闘技場での混乱の後そこに逃げ込んでいた。

 

「取り敢えず、あいつらはもう追ってこない筈だ。お疲れさん」

「ああ……」

 

 診療室にクロと共に連れてこられたアツシは、手塚からある質問を受ける。

 

「アンタの相方が使っていた技、どうやって覚えた?」

「師匠の修業の最中、あの人に覚えろって言われて色々やったら出来たんだよ。コツ覚えたら結構簡単にできる」

「アンタも出来るのかい?」

 

 アツシはコクンと頷く。それを見た手塚は頭痛を感じ頭を抱えた。

 

「はぁ……アンタ達が使うあの技はね。“神突”っていうの」

「神突……?」

「私も聞いただけなんだけどね、あの技は無闇に使っていい技じゃない。気弾発射するなんて人として反則だし、世界中の危ない奴等に付け狙われるよ。色んな目的でね」

 

 アツシは手塚の話を聞いているうちに、自分達の師匠がニヘラと笑みを浮かべる姿を思い浮かべ、顔に青筋を立てる。

 

「あの野郎、そんな危ない技を通信教育感覚で身に付けさせやがって……!」

「まあそれで身に着けるアンタ達も大概だけどな。さて……これからどうするんだい?」

「それはユウキが戻って来てから考える」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 一方、気絶したままのブラッディレオンは診療室のベッドに寝かされ、いつものパーカーに着替えたユウキはそれに付き添っていた。そして……。

 

(あああ~! ホント何やってんだ俺は~!!!)

 

 戦いが終わって落ち着いて今までの自分の行動を見つめ直し、激しい自己嫌悪に陥っていた。

 

(何であんなに熱くなっちゃったんだろ!? 師匠に禁止されていたあの技まで使って……! あああああああ! 女の子をこんなにボロボロにしてー!!!)

 

 彼女の眠るベッドの横で、座っていた椅子から転げ落ち床でのた打ち回るユウキ。

 

(あれ? そう言えばこの子全然起きないな……まさか打ち所が悪かった!?)

 

 ふと、中々起きないブラッディレオンの事が気になり、彼女の寝顔を覗き込む。彼女は素顔を晒したまますうすうと寝息を立てていた。

 

(そう言えばリングロープに頭ぶつけて死んだボクサーがいるんだよな……どうしよう、この子が一生起き上がれない体になったらああああああああ!!!?)

 

 頭を抱えて心の中で叫ぶユウキ、今の彼はどう転んでもマイナス思考に陥いるだろう。だがその時だった。

 

「2.8――――!!!」

 

 突然ブラッディレオンがギュンと起き上がり、顔を覗き込んでいたユウキの顔面に頭突きをかました。

 

「ガバフッ!!?」

 

 突然の奇襲に床で顔を押えながら悶絶するユウキ。

 

「フォール返しましたー! よおし反撃……あれ!? 宍戸さんは!!? アジャさんはどこへ!!?」

 

 一方ブラッディレオンはどうやら夢の中で誰かと戦っていたのか、ぶつけた額からシューと煙を上げながらグルグルと診療室を見渡していた。

 

「よ、よかった、何ともないみたいで……ブフッ!?」

 

 ベッドによじ登ったユウキは、ボロボロのままのリングコスチュームを着ていて上半身ほぼ裸のブラッディレオンを見て、再び鼻血を噴きだした。

 

「おっとすみません、お見苦しいものを……」

 

 そう言って毛布で自分の上半身を隠すブラッディレオン。そしてユウキは鼻にテッシュを詰めて止血しながら彼女に問いかける。

 

「は、裸見ちゃったのに怒らないんだね?」

「プロレスラーにこういう事故は付き物ですから!!!!」

 

 そう言って笑顔で親指をぐっと立てるブラッディレオン。その時……ユウキは彼女の両目を見てある事に気が付く。彼女の右目は日本人特有の黒い瞳なのだが、左目は欧米人のように蒼い輝きを放っていた。

 

「あれ? 君オッドアイなんだ、珍しいね」

「へっ……!?」

 

 ブラッディレオンは自分の顔をベタベタさわり、自分が今仮面を付けておらず素顔の状態だという事にようやく気が付いた。そして……。

 

「あ、危なぁーい!!!」

 

 両腕で自分の顔面をガバッと覆い隠す。その拍子で上半身を隠していた毛布がハラリと舞い落ちた。

再び目の前に晒される彼女の裸を見て、ポンと鼻栓が飛ぶと共に再び鼻血を噴きだすユウキ。

 

「ブフゥッ!!? 何してんの!? 何をしているの!!?」

「かかかかか顔! ていうか目! 見ないでください!」

「いやいやいやいや!? その前に体隠そうよ!?」

「目を見られるぐらいだったら全裸で街歩いたほうがマシです!!!」

「どういう価値観!?」

 

 互いにパニックになっている両者、そしてブラッディレオンは片腕で顔を隠しながら、もう片方の手で何かを探していた。

 

「えーっと……あ、もうこれでいいや。大丈夫ですよー」

 

 そして顔を真っ赤にしながら後ろを向いているユウキに呼びかける。ユウキが振り向くとそこには……。

 

「すみません、とんだ失態を……」

 

 パーティーグッズによくある馬の頭の被り物をしているブラッディレオンがいた。上半身は掌で大事な所を隠している状態であり、色気なんてゴミ箱に投棄したが如くその絵面は見た者を何とも言えない気持ちにさせる。

 

「てか何でそんなものがここに……あ」

 

 ユウキはふと、彼女のすぐ横に牛乳瓶の底の様なレンズのメガネを発見し、自分のパーカーと共に手渡す。

 

「探していたのはコレ? あとこれ着て……このままじゃ血が足りなくなる」

「あ、ありがとうございます」

 

 ブラッディレオンは被り物を取りメガネを掛けて、それからユウキの着ていた白いパーカーに袖を通した。

 

「ようやく落ち着いた……何であそこまで素顔見られるのが嫌なの? やっぱりプロレスラーだから?」

「いえ、その……それもあるんですけど、私ハーフなんですよ、お母さんがアメリカ人で……それでよくこの目の事で苛められていて……」

「ああ、それなんか解る……」

 

 ユウキは彼女の心情を理解し、ウンウンと頷く……が、話には続きがあった。

 

「それで、仕返しにといじめっ子達をプロレス技で徹底的にボコボコにしたら、先生にものすごく怒られて……それがトラウマになってこの両目を他の人に見せるのが苦手になっちゃって……」

「と思ったら斜め上の理由だった!!? んーでも勿体無いな、すごく綺麗な目をしているのに……」

「へっ!!?」

 

 ユウキはお世辞でもなんでもなく、思ったことを素直に口にしただけだった。しかしその言葉を聞いたブラッディレオンはボンッという爆発音と共に顔を真っ赤に染め上げた。

 

「そ、そんな事言ったの家族以外では貴方が初めてです……」

「家族と言えば……どうして君、あんな場所で戦っていたの? 家族も心配しているだろうに……」

 

 するとブラッディレオンは表情に暗い影を落としながら答える。

 

「わ、私その……実はお父さんの仇を探しているんです」

「お父さんの……!?」

 

 予想外の理由にユウキは驚く。そしてブラッディレオンは話を続ける。

 

「私のお父さん、その……プロレスラーだったんです。すっごく強い……でも3年前のある日、私の目の前で道場破りの人に負けちゃったんです。その時の怪我が元でプロレスどころか歩けない体になっちゃって……」

「……じゃあ君は、お父さんの仇の為に?」

 

 ユウキの質問に対し、ブラッディレオンは首を横に振った。

 

「いいえ、それに似た事かもしれないですけど……私はお父さんを倒した人を探し出して、プロレスラーは強いんだって証明したいんです。プロレスラーは……お父さんの強さは嘘じゃないんだって娘である私が証明しようと思ったんです」

「あそこで戦っていたのはどうして?」

「福澤さんが、お父さんを倒した人を知っていると言っていたから……それにああいう所ならお父さんを倒した人が現れるかなと思ったんです。結局何の手がかりも得られなかったけど……」

 

 すると、ブラッディレオンは突然目から大粒の涙をこぼし始めた。

 

「え!? ちょ!? どうしたの!?」

「駄目だなぁ私……お母さんにも黙って飛び出して、ずっと戦い続けたのに……結局何も手掛かりが掴めなかったし、負けちゃうし……これじゃお父さんに顔向けできないよ……」

 

 ユウキはそんな彼女を見て、ただただオロオロするしかなかった。

 

(やっぱあの技使ったのは反則だったな……)

 

 自分の先程の戦い方を死ぬほど後悔するユウキ。そんな彼を見て、ブラッディレオンは鼻をすすりながら拳をギュッと握り締める。

 

「こうなったら鍛え直しです! もっともっと強くなって、誰にも負けないぐらいにならないと! うん!」

「……負けず嫌いなんだね。君は……」

 

 ユウキは負けず嫌いで前向きなブラッディレオンを見て、先程とは逆に笑みを零していた。その時……。

 

「もううるさいなあ……誰か来てるの?」

 

 ユウキ達のいる診療室に突然チェリー型の髪留めで黒い髪を後頭部にまとめている、ピンクのワンピース姿の5歳ぐらいの女の子が現れた。よく見ると手塚に似ている。

 

「女の子?」

「あ、一葉ちゃん……」

「あれ? お姉ちゃん帰ってきて……どうしたの!? 泣いているの!?」

 

 少女はブラッディレオンと知り合いなのか、彼女が泣いているのを見て驚いていた。

 

「あ、だ、大丈夫、ちょっとこのお兄ちゃんに負けちゃって……」

 

 すると一葉と呼ばれた少女は、ユウキに駆け寄り持っていた魔法のステッキらしきおもちゃで彼をボカボカと叩き始めた。

 

「うわ~ん! お姉ちゃんの仇~!」

「ちょ!? 痛っ!? 意外と痛っ!? おもちゃのステッキ痛っ!?」

「ちょ、ちょっとやめて一葉ちゃん! レフェリー! 止めてレフェリー!!」

 

 

 5歳ぐらいの幼女が泣きながら少年をおもちゃでベシベシ叩き、傍にいる少女が涙を拭いながら混乱のあまり意味不明の言葉を口走り慌てふためいている……そんな混沌渦巻く光景が診療室の中で繰り広げられていた。

 

「「うるせー! 近所迷惑だ!!」」

「あだっ!?」

「はにゃ!?」

 

 その混沌に終止符を打ったのは、騒ぎを聞きつけたアツシと手塚だった。アツシはユウキの脳天をガンッと踵で踏みつけ、手塚は分厚い医学書の角をブラッディレオンの脳天に叩きこんだ。

 うううと呻きながら攻撃された場所を押えて痛がるユウキとブラッディレオン。そしてアツシ達の後ろにいたクロは、診療室の状態を見て一言呟いた。

 

 

「なんだコレ?」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「じゃあこの一葉ちゃんって手塚さんの娘なんですか?」

 

 数分後、気持ちを落ち着けたユウキは、ブラッディレオンの膝の上にちょこんと座っている一葉を見つつ手塚に問いかける。

 

「ああ、私のたった一人の家族さ」

「そして私のファン一号です! 二号はめぐみさん!」

「えへへー」

 

 ブラッディレオンに頭を撫でられご機嫌な一葉。そんな彼女を見て手塚もふふっと微笑んだ。それを見たクロは不思議そうに頭を傾げた。

 

「随分仲がいいんスねアンタ達、どういったご関係で?」

「実は私……以前悪い男に嵌められて多額の借金を背負っちゃったのさ。それであの福澤に一葉を売られそうになったんだ。それを助けてくれたのがミキさ、ミキは一度チャンピオンになって賞金を得たんだけどな……その賞金すべてを一葉を助ける為に使っちゃったのさ」

「えー、だってめぐみさんと一葉ちゃんには色々お世話になってますし……」

 

 自分の事情があるにも関わらずそう言い切るブラッディレオンを見て。アツシはハァっと辞め息をつく。

 

「お前……バカだなぁ。嫌いじゃないけど」

「えへへー、よく言われます」

「でも本当にゴメン……君に怪我負わせちゃって……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるユウキ、それを見てブラッディレオンは首を横に振り、彼の手をギュッと握ってニコッと笑ってみせた。

 

「いいんです! 貴方との勝負……すっごくすっごく燃えました!! 今回は私負けちゃいましたけど……お互いもっともっと強くなっていつかまた戦いましょう! そしてあの必殺技を攻略してみせます!!」

「……わかった! ええっと……ブラッディレオンさん?」

 

 その笑顔を見たユウキの心から後ろめたさが消える。そして握手を交わそうとするが彼女を何と呼べばいいか解らず、恐らくリングネームであろうブラッディレオンの方で呼んだ。

 すると彼女は差し出されたユウキの手を両手で掴みながら、自分の本名を名乗った。

 

「私、五十嵐未希って言います! “未”来に“希”望って書きます!」

「……俺は望月憂樹って言います。いつかまた戦おう。五十嵐さん」

「はいユウキさん! 私達は好敵手と書いてライバルです!!」

 

 両者固い握手を交わして再戦を誓い合う。その時……その様子を見ていたアツシがんっんっと咳払いをした。

 

「で、これからどうする俺達? 結局福澤からは情報を聞き出せなかったよな」

「あ、すっかり忘れていた」

 

 そう言って呆けた声を出すユウキに、ブラッディレオンことミキは問いかける。

 

「? 福澤さんに何か聞きたかったんですか?」

「うん、俺達師匠を倒した“隻眼の虎”って男を探しに来たんだけど、結局うやむやになっちゃったなぁ……」

「もう霧雨市に帰るか?」

 

 そんなユウキ達のやり取りの中に手塚が割って入ってくる。

 

「隻眼の虎? お前ら加藤のこと探してたの?」

「「は?」」

 

 手塚の意外すぎる言葉に、ユウキとアツシは間抜けな声をあげる。

 

「手塚さん!? 何か知っているんですか!?」

「私の診療所の患者の中に、加藤虎鉄っていう義賊まがいのことをしている“隻眼の虎”の異名を持つ男が通っているんだよ。痔の治療で」

「「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!?」」

 

 予想外の場所から出た情報に、ユウキとアツシはへなへなと脱力する。

 

「先に言えよ!!」

「無茶言うな! 聞かなかったお前が悪い!」

「俺達……何の為にあんな危ない目に遭ってまで戦って……」

 

 ユウキはハアッと溜息をついた後、手塚にその加藤という男の居場所を聞く。

 

「手塚さん、今その人はどこに?」

「ラジオ塔大通り公園の近くの廃ビル。そこがアイツらのアジトだ」

「よし……そこに行ってみるか」

 

 そう言ってアツシとユウキはアジトに向かおうと立ち上がり、それにクロも付いて行こうとする。

 

「お供しますぜアニキ!」

 

 が、手塚に首根っこ掴まれて持ち上げられてしまう。

 

「アホ、子供はもう寝る時間だ、こんな時間に出歩いたら補導されるぞ、という訳で私は大人としてアンタを止める」

「わーん放せー! ちくしょー大人って汚ねえや!!」

「生きていればお前もその汚い大人になるんだよ」

 

 一方、去ろうとするユウキに対し、ミキは拳をギュッと握って見送った。

 

「ユウキさん! いつかまた、絶対に会いましょうね!」

「うん、わかった……!」

 

 そしてユウキ達はクロを手塚に預け、隻眼の虎がいるアジトに向かって行った……。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユウキ達が去った数分後、手塚はふうっと溜息をついて近くにあった椅子に腰かけ、近くにあったテレビの電源を付ける。

 

「まったく、とんでもない坊や達だ」

「お師匠さんの仇でしたっけ? 討てるといいですね……ってあれ?」

 

 その時、ミキは自分の着ているパーカーのポケットにカードのような物が入っている事に気付く。

 

「これって……ああー!!?」

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

 突然大声を出すミキに驚く一葉。するとミキは突然ベッドから降りた。

 

「このパーカーユウキさんに帰すの忘れていました! ちょっと行ってきます!」

「あ、こら待て!」

「すぐ戻ります!!」

 

 そう言ってミキは手塚の制止も聞かずに診療所を飛び出して行った。

 

「あのバカ、着替えもせずに……やれやれ」

「つーかアレ喰らってもうあれだけ動けるんスかあの姐さん? パねえ……」

 

 何気ないミキの頑丈さと回復力を目の当たりにして呆れるクロ。

 その時、診療所の裏口からピンポーンと呼び鈴が鳴る。

 

「ああん? こんな時間に客か、まったく……」

 

 手塚は面倒臭そうに裏口に向かう。一方診療室に取り残された一葉はふあああと欠伸をした。

 

「ふいい……眠い……」

「ほれほれ、子供はもう寝る時間ッス」

「ぶー、アナタも子供じゃない」

 

 子ども扱いされて頬を膨らませる一葉。

 その時、クロの視界にテレビの画面が映る。テレビはどうやら臨時ニュースをやっていた。

 

『臨時ニュースを申し上げます、先程午前3時ごろ、朝日市国道23号線で暴力団関係者を護送していたパトカーが襲われ……』

「ありゃ、この近くッスね」

『乗っていた暴力団組員、福澤幸雄容疑者と大山猛警部の首の無い遺体が発見され、警察は乗っていたパトカーの運転手の目撃情報を元に犯人の捜索を……』

 

 その時、ガシャンというガラスの割れる音と共に、手塚の悲鳴が診療室まで聞こえてきた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「ハックション!!」

「パーカーあの女にやったのか……3月の夜にTシャツだけってアホか」

「し、仕方ないじゃん……」

 

 手塚が教えてくれた廃ビルに向かうユウキとアツシ、するとアツシは歩きながらユウキにミキの事について話し始めた。

 

「あのミキって女…… “レオ五十嵐”の娘だな」

「え!? あのプロレスラーの!?」

 

 レオ五十嵐……20年ほど前から日本のプロレス界で活躍する人気プロレスラーであり、よくテレビのバラエティ番組やドラマにも出演するのでユウキも知っている人物だった。

 

「確かアメリカ修業中に出会った米国人女子レスラーと恋に落ちて結婚して、娘がいるってテレビで紹介されて見たことがある。それがあいつか……」

「五十嵐さん、結構有名人だったんだ。ていうかサラブレットだね」

「三年前に道場破りに再起不能にされたってニュースを聞いたが……その時五十嵐に対するバッシングも多かったな。“プロレスラーはリングの外じゃ弱いんだ”ってな」

 

 ユウキはテレビで見たときのレオ五十嵐の豪快な素振りを思い出し、ミキの苦悩ぶりを伺って肩を落とす。

 

(お父さんがそんな風に言われて……五十嵐さんも辛いだろうな。だからあんなに強さに拘っていたのか)

 

 そうこうしているうちに、二人は手塚の言っていた大通り公園の廃ビルのすぐ傍に到着する。

 ビルの入り口には、黒い覆面を被った男が二人見張りに付いていた。よく見ると右側の男の額に34、左側の男に35と刺繍が施されている。

 

「どうやらアレっぽいな」

「だね、中にいるのかな……」

 

 その時、ユウキは緊張のあまりぶるっと身震いする。

 

「緊張しているのか?」

「アツシだって……足ガクガク震えているじゃん」

「まあな…あの師匠を倒すぐらいだ。きっととんでもない強さだろうな」

 

 二人はそのまま深呼吸して震えを止め、互いに見つめ合い、頷きあう。

 

「でもここまで来たんだ……やるしかない」

「だね」

 

 そして二人は廃ビルの前へ歩き出し、見張りの男二人に話し掛けた。

 

「すみません、ちょっといいですかー」

「ああん? なんだお前ら?」

 

 声を掛けてきたユウキに対し、34の覆面の男は不機嫌そうな声を出す。アツシは意に介さず会話を繋げる。

 

「俺達は加藤虎鉄……隻眼の虎に会いたいんだ。この中にいるか?」

「今ボスはじゃんけんに負けて買い出し中だ! 今はいない!」

「行かせるなよ!? 顔立ててやれよ!」

 

 思わずツッコミを入れるアツシ、その時……もう一人の35の覆面の男が相方に話し掛けてきた。

 

「おい、こいつらもしかしてサツの回し者かもしれないぞ! ボスの異名を知っているし!」

「む!? 確かに!」

(あ、この流れ……)

 

 二人のやり取りを見てこれから起こる事を察知するユウキとアツシ。そして覆面の男達はそれぞれ警棒を取り出した。

 

「すまんがこの場所の事は忘れてもらうぞ!」

「やっぱり……」

「こうなるか」

 

 ユウキとアツシははぁっと溜息をつき、そのまま身構えた。

 

 

 

 STAGE5「ラジオ塔大通り公園」

 

 

 

 10秒後、地面には二人の覆面の男が倒れていた。

 

「「ゴフッ……」」

「案外早く片付いたな」

「取り敢えず中に入ってみようか?」

 

 とユウキ達がビルの中に入ろうとした矢先、そのビルの中からぞろぞろと覆面の男達がざっと50人ほど出てきた。

 

「34号!? 35号!! どうしたんだお前達!?」

「お前らかこいつらをやったのは!?」

 

 覆面の集団は一斉にユウキ達に敵意を向け、戦闘態勢を取る。

 

「……一度にエンカウントし過ぎだろコレ」

「どうする? この人数相手にこの場所は狭すぎる。おまけに地面はコンクリートだ」

 

 アツシはふと、道路を挟んだ先にある大通り公園を見る。

 

「取り敢えずあそこまで行くぞ。芝生だし」

「オッケー!」

 

 そして二人は覆面の集団に背を向けて、大通り公園へ駈け出した。

 

「ああ!? コラ待て!」

「34号と35号の仇ぃ!」

 

 その後を覆面の男達の集団も追いかけていく。

 そして大通り公園にやって来たユウキとアツシ、そして覆面の集団。

 

「何アレ? テレビ?」

「すげー集団だなー」

 

 その様子を大通り公園にいたカップルや酔っ払いやランニング中のお兄さんやホームレスのおじいさん等が物珍しそうに遠目で眺めている。そんな状況に意を介さず覆面の集団はユウキ達に襲い掛かって来た。

 

「うおおおおお! 喰らええええ!!」

「おっと!」

 

 ユウキは67の覆面の男の突き出される警棒を、体を右に捻って左手で掴む。そして空いた右手の手刀を男の頭に叩き込む。

 

「あふぇ」

 

 尻を突き出す形で地面に伏せる67の覆面。そしてその屍を超えて他の覆面の男達が襲い掛かってくる。ユウキはそれを次々と左右のジャブで倒していく。

 

 一方アツシは高く飛び上がり、近くにいた覆面の男を123とリズムよく踏み、飛んで近くの覆面をまた123と踏んでいく。

 

「はっはっはっは! クズ共踏んづけて残機増やし放題!」

「いやああああ! ドSが空を飛んでいるうううう!!」

 

 レトロゲーの雑魚の如く覆面の男達を倒していくアツシ。その光景を見た他の覆面の男達の何人かは戦意を喪失して逃げ出していく。

 そして半数程減らしたその時……。

 

「何を逃げ出しているか! この軟弱者!」

「「「げふううう!!?」」」

 

 突然逃げ出した覆面の男達が何者かに蹴り飛ばされた。

 

「ん? 何?」

「隻眼の虎か?」

 

 ユウキとアツシは戦いながら声がした方角を見る。そこには……。

 

「ふん! 何の騒ぎかと思えば……お前達こんなガキ二人に何手古摺っているアル!」

 

 額に3と刺繍された、口元が開いた虎の覆面(丸い猫耳付き)を被り後頭部から垂れる黒い長髪を夜の風でサラサラと靡かせている、赤いミニスカチャイナ服を着た16歳程の少女が現れた。語尾から推測するに恐らく中国人であろう。

 

「3号様!」

「3号様が来た!」

「また女か……隻眼の虎を出せ」

 

 ふてぶてしい態度のアツシに対し、3号と呼ばれた少女はフンと鼻を鳴らして身構える。

 

「フン! 言葉遣いのなってない男アル! ダーリンが出るまでも無いアル! 二人纏めて私の中国拳法で叩き潰してやるアル!」

「チッ、やるぞユウキ……ユウキ?」

 

 その時、アツシは自分の隣にいたユウキが、滝のような汗を流しながらガタガタと震えている事に気付いた。

 

「あばばばばばばば、女の人……!」

 

 ユウキは3号を目の前にして悪癖を再発させてしまったのだ。

 

「え!? 何お前さっきので女の苦手意識克服したんじゃなかったの!!?」

「さ、さっきのはその、戦っていくうちにハイになってそれどころじゃなかったから……!」

「ええー……何だよソレー……」

 

 アツシは思わずカクンと頭を垂れた。そうこうしているうちに3号が二人に向かって飛び蹴りを放ってきた。

 

「何をゴチャゴチャと話しているアルかー!」

「ぐえっ!」

「ユウキ!」

 

 飛び蹴りはユウキの胸元を直撃し、アツシは吹き飛ばされた彼を救援しに行こうとするが他の覆面の男達に行く手を阻まれる。

 

「「「3号様の邪魔はさせん!」」」

「だあああああ! 邪魔だ雑魚!」

 

 一方ユウキは胸元を押え咳き込みながら、次々繰り出される3号の攻撃を掻い潜って行く。

 

「待って待って待って待って!!」

「チッ! すばしっこいアル! 22号! 23号!」

「「アイアイサー!!」」

 

 その時、22の覆面の男と23の覆面の男が、左右からユウキの腕を捕えて動きを封じる。ユウキは3号の攻撃を避けるのが精一杯で左右の注意が疎かになっていたのだ。

 

「あ! しまっ……!」

「好機! チョイヤー!」

 

 3号は動けないユウキの腹部に強烈な掌打を見舞う。ユウキはげはっと喉から込み上げてくる物を抑えながら地面にうつ伏せで倒れる。

 

「ガフッ!」

「さあ……トドメアル!」

 

 そう言って3号は自分の踵をユウキの頭に振り降ろそうと右足を大きく振り上げた。

 

 

 

 

 

「待ちなさい!!!」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 その時、どこからともなく声がして、周りの人間は動きを止めて辺りを見回す。

 

「誰アルか私の戦いの邪魔をするのは!?」

「あ! 3号様あそこ!」

 

 その時、44の覆面の男が電灯の方を指さす。電灯の上には何者かが腕を組んで立っていた。

 その者の姿を見たユウキは、ダメージの残る腹部を抑えながら驚いた、

 

「い、五十嵐さん!?」

「はあ!!?」

「あ、ユウキさーん、意外と早い再会でしたねー」

 

 アツシもまた戦いながら電灯の方を見る。電灯の上には壊れた部分をテープで補修したマスクを掛け、黄色いリボンで結んだシアンのポニーテールを夜風に靡かせた、破られた白いリングコスチュームの上に白いパーカー着た格好のミキが立っていた。

 

「3号様! あの女地下闘技場のチャンピオンのブラッディレオンです!」

 

 ふと、ミキの姿を見た14の刺繍が入った覆面の男が叫ぶ。恐らくあの地下闘技場に入ったことがあるのだろう。

 そんな彼に対し、ミキは右手人差し指をチッチと横に振って否定する。

 

「闇に落ちしダークヒロイン、ブラッディレオンは……そこにいるユウキさんとの死闘の末、その儚い命を散らしました」

「な゛!!?」

 

 何故か勝手に殺人犯にさせられるユウキ。ミキの説明は尚も続く。

 

「しかし正義の心に目覚めたブラッディレオンは医療の女神メ・グーミの手により正義のスーパーヒロインとして蘇ったのです!!」

「なんだその無駄に壮大な設定、聖闘士か何かか?」

 

 冷静にツッコミを入れるアツシ。ミキの説明は尚も続く。

 

「今の私は……正義のスーパーヒロイン! ホワイティィィィレオン!!」

 

 電灯の上で決めポーズ付きの名乗りを上げる。そんな彼女に対し周りの覆面の男達やギャラリー達はクスクス笑いながら携帯で写真を撮っていた。

 

「ユウキさんを倒すのは私です! とうっ!」

 

 ミキは気にすることなくそのまま飛びあがり、くるくる回転しながら地面に着地しようとしていた。それを見たユウキは大声で叫ぶ。

 

「ああ五十嵐さん!!?

 

 

 

下噴水!!」

 

 

 

 次の瞬間、バッシャーンという激しい音と共にミキは噴水の池に着水した。

 

「い、五十嵐さん!? 大丈夫!?」

 

 ユウキは慌ててミキの方に駆け寄る。一方の彼女はと言うと、噴水の水で体をビチャビチャに濡らしながら這い上がって来た。

 

「うえええ~……ちょっと水飲んじゃいました……」

「一体何しに来たの!?」

「あ、そうそう……このパーカー返しに来たんでした」

 

 そう言ってミキはパーカーのチャックを降ろす。しかし胸の谷間が見えた時点で、ユウキがガッと彼女の肩を掴んで動きを止める。

 

「五十嵐さん……下は?」

「あ、着替えるの忘れていました」

 

 するとある程度敵を片付けたアツシもミキの元に寄ってきて、呆れた様子で首を横に振った。

 

「馬鹿なのか? お前は馬鹿なのか? うん馬鹿なんだろうな」

「馬鹿じゃありません! プロレスバカです!!!」

 

 拳をギュッと握り締めて主張するミキ。そして覆面男だらけの周りを見てウンウンと頷く。

 

「それにしても大ピンチみたいですね。お手伝いしますよ!」

「え? それは助かるけど……大丈夫? 相手武器とか持っているよ?」

「反則技や凶器攻撃! すべて受け切ってそこから逆転するのがプロレスです!!」

 

 鼻をふんすと鳴らして戦闘態勢を取るミキ。その後ろでアツシはユウキに小声で耳打ちする。

 

(おい、どうすんだよコイツ?)

(もうやる気っぽいし止めても無駄だと思う……)

「じゃあ私があのチャイナさんと戦い、ユウキさんとメガネさんは周りの戦闘員さんと戦う。ブックはこんな感じで行きましょう!」

 

 そうこうしているうちに作戦まで立てるミキ。それにつられてユウキとアツシも構える。

 

「あはは……じゃあそれで(そう言えば中ボスが途中でプレイヤーキャラになるゲームあったな……戦国なんとか2001だっけ?)」

「つーかメガネさん言うな!」

 

 一方、3号率いる覆面の集団も仕切り直しと言わんばかりに戦闘態勢に入る。

 

「ふん! 一人増えようと構わんアル! 皆の者ゆけー!」

「「「おおー!!」」」

 

 一斉に襲い掛かる覆面の男達。

 

「「はあああああ!!!」」

 

対してユウキとアツシはそれぞれパンチとキックの連撃で先頭の6人を蹴散らしていく。

 

「とう!!」

「「「ほげぇ!?」」」

 

 そんな彼らの頭上をミキは飛び越え、後続の覆面の男達をボディプレスで一気に三人なぎ倒す。覆面の男達の集団の中で孤立する形になるミキ。

 

「今アル! 袋叩きにするアル!」

「うおおおおお!! パフパフさせろぉー!」

 

 一部不穏な言葉を口走りながら襲い掛かる覆面の男達、対してミキは自分が打ち倒した3人の内、29の刺繍が入った覆面の男の両足を両腕で抱え上げる。

 

「でやあああああああ!!!」

「「「うぎゃああああああ!!!」」」

 

 ミキはそのまま29の覆面の男をジャイアントスイングで振り回し、襲い来る他の覆面の男達を蹴散らしていく。

 

「そおい!!」

「「うぎゃん!!」」

 

 そして最後に残った9の刺繍が入った覆面の男に向かって、抱えていた29の覆面の男を遠心力を使って思いっきり投げつける。29の覆面の男は9の覆面の男から頭突きを喰らう形で吹き飛ばされた。

 その様子をユウキとアツシは他の覆面の男達の相手をしながら見ていた。

 

「うわー、普通にストリートファイトで戦えるね、プロレス」

「アイツの技の応用のし方が上手いんだろ」

 

 そしてその様子を後ろから見ていた3号は、突然高く飛び上がりミキに向かって飛び蹴りを放った。

 

「ホアッチョー!!!」

「ぬん!!」

 

 ミキはそれを両腕で防ぎ、そのまま押し返した。

 

「アナタ……中々良いデザインのマスクをしていますね? どうです? 私と一緒にプロレスで最強を目指しませんか?」

 

 熱き闘志を滾らせながら勧誘するミキ。対して3号は鼻で笑ってあしらった。

 

「プロレスぅ? あんな汗臭い八百長ダンス、ダッサくてやってられないアル!」

「!!!」

 

 次の瞬間、ミキの片眉がくいっと吊り上る。

 

「……アナタ、今プロレスをバカにしましたね?」

「い、五十嵐さん?」

「どうしたプロレスバカ?」

 

 さっきまでと雰囲気が変わったミキを見て、他の覆面の男達と戦いながら戸惑うユウキとアツシ。するとミキはニッコリ笑いつつも額に青筋を浮かべながら、手をギュッギュと握りポキポキと鳴らし始めた。

 

「いいでしょう……ならば私が教えてあげます! プロレスの強さ楽しさ恐ろしさ! そして……素晴らしさ!!」

 

 そしてミキは腕を組んだまま、目をビカーンと光らせて鼻をフンスと鳴らして気合いを入れる。

 

「まずは好きなように攻撃してきなさい! 私は避けません!!」

「え!? ちょ!?」

 

 とんでもない事を言い出すミキに、13の刺繍が入った覆面の男を出足払いで転ばせながら戸惑うユウキ。一方3号は腰を低く落として構えた。

 

「ふん! ではお言葉に甘えてアル!! ホアタタタタタタタタタタタ!!!」

 

 3号はそのままミキとの距離を一気に詰め、彼女の体に拳の連打を浴びせる。しかし攻撃を受けているミキは微動たりしない。

 

「ふっ……効きません! グフッ!」

「おい今グフッ! つったろ? 効いてるだろ? 血吐いてるだろ?」

 

 地面に倒れた39の刺繍が入った覆面の男の顔面をグリグリ踏みながらツッコむアツシ。そんな彼の言葉を無視して、ミキは口元を拭いながら笑ってみせた。

 

「効きません! レスラーですから!」

「こ、こいつ底抜けのアホアル……!」

 

 ミキの頑丈さと精神力の強さに恐れおののく3号は攻撃の手を緩めてしまう。その隙をミキは逃さず彼女の右腕を左手で掴んだ。

 

(う、動けん!? なんて力アル!?)

「今度は私の番です!」

 

 ミキはそのまま3号の後ろに回り込み、彼女の体を両腕でガッチリホールドする。

 

「そぉい!!」

「ふぎゃ!?」

 

 そのままブリッジする形で、ジャーマンスープレックスで綺麗な弧を描きながら3号を芝生の地面に叩きつける。

 

「次!!」

 

ミキはそのまま自分の体勢を裏返し、3号を逆さにしたまま立ち上がりつつ持ち上げる。そして彼女を軽くポンと上空へ投げる。そのままタイミングよく彼女の両股をそれぞれ掴み、首を自分の首でフックする。3号の足がきれいなハの字を描いて朝日市の夜空の下に晒される。

「ふんぬっ!」

「いやあああああああん! 見ないでアルウウウウ!!」

 

 逆さのまま股が豪快に開く体勢になって、股関節と背骨の痛さより恥ずかしさが勝る3号、ちなみに白いパンツの後ろには猫の刺繍が施されていた。

 

「キン肉バ「いやあれはラ・マテマティカだ! 関節痛めつけるタイプだ!」

 

 55号と58号がユウキとアツシにボコられながら解説する。そしてミキは3号の体を自分の目の前にスルッと落とし、腰辺りをガチッと両腕でホールドし、両膝で頭を挟み込む。

 

「フィニッシュ!!」

 

 ホールドしたまま小さくジャンプして腰から地面に着地し、ボコォンと3号の脳天を芝生に叩きつける。綺麗なパイルドライバーが決まった。

 

「ほげえええええ!!?」

 

 悲鳴をあげてそのまま地面にうつ伏せで倒れる3号。それを確認したミキはゆっくり立ち上がり、3号を見下ろしながら右拳を高々と上げて勝ち誇った。

 

「プロレスをバカにする者は……プロレス技で泣く!」

(よかった俺と戦っている時にプロレスバカにしなくて……)

 

 ユウキは3号の惨状を見て心底自分じゃなくて良かったと戦慄しながら、最後に残った41号をサブマリンアッパーで仕留めた。

 

「こっちは終わったぞプロレスバカ」

「わーい、私達の勝ちですー!」

 

 そう言ってもうツッコむ気力の失せたアツシの手を高々と上げるミキ。一方ユウキは本来の目的を思い出し、その辺に倒れている覆面の男達のうち一人に話し掛ける。

 

「あの……俺達加藤さん探しているんで連絡とってもらえ……」

 

「な、なんじゃこりゃああああああ!!?」

 

 その時、ユウキ達のいる大通り公園に沢山の買い物袋を持った、紺色の縞模様のスーツにパンチパーマ。そして右目に大きな傷を負った男が現れた。

 

「あ、それっぽい人来ましたよ?」

「アンタが加藤虎鉄か?」

「いかにも! だがちょっと待てい!」

 

 自分を加藤だと認めた男は、近くに倒れていた3号を抱きかかえる。

 

「どうしたんだ3ごおおおおおおお!!! 一体どうしたんだああああああ!!?」

「だ、ダーリン……わたしもう駄目アル……オマタ大衆の面前に晒されてしまったヨ……お嫁さんに行けない体にされてしまったアル……」

「え!? ちょ!? 何だってええええええ!!?」

 

 加藤は3号とユウキ達を高速で交互に見ながら彼女の体を揺さぶる。

 

「だ、ダーリン、死ぬ前に一言言っておきたい事があるアル……」

「傷は浅いぞおおおおお!! しっかりしろおおおお!!!」

「すみません、いつまで続くんですかこの寸劇?」

 

 ユウキのツッコミを無視して会話を続ける加藤と3号。

 そして3号は虫の息のまま加藤に囁いた。

 

「ダーリン……私ダーリンの事が……す……好…………

 

 

 

 

 

プロレスラブぐふぅ!!!」

 

 その言葉を最後に、3号はそのままコテンと息絶えた。

 

「3号!? 3号おおおおおおおおお!!!!」

「「洗脳されてる!!?」」

「いやー、彼女もプロレスの素晴らしさを解ってくれましたか!」

 

 ミキのプロレス技地獄の洗脳の効果にユウキとアツシは戦慄する。一方ミキは満足そうにウンウンと頷いていた。

 すると加藤は怒り心頭と言った様子で目に滝のような涙を流しながら、猫柄の可愛らしいネクタイを外し始めた。

 

「野郎! よくも俺の掛替えのない仲間達を! この義賊集団“虎鉄と愉快な仲間達”のリーダー! 隻眼の虎こと加藤虎鉄が相手になってやらあ!!!」

「もっとマシなチーム名は無かったのかよ……」

 

 頭痛がしてきて目頭を押さえるアツシ、その時……。

 

「「セイヤッ!!」」

「おっと!!?」

 

 突然背後から二人分のハンマーブローが振り降ろされ、ユウキ達3人はそれを前転で回避した。

 彼らの後ろには1の刺繍を施された覆面を被った白人の大男と、2の刺繍が施された覆面を被った黒人の大男が居た。二人共白いTシャツに工事用の作業ズボンという格好だ。

 

「カトウサーン、ワタシタチノブンモノコシテオイテクダサーイ」

「ヒトリジメハユルサヘンデ!!」

「まだ残っていたか……!」

 

 アツシは冷や汗を拭いながらユウキに話し掛けた。

 

「俺が隻眼の虎の相手をする。お前はプロレスバカと一緒にあの外人二人頼んだ」

「大丈夫……? あの人師匠を倒すぐらいだからきっと……」

 

 心配するユウキに対し、アツシはふっと笑ってみせた。

 

「そう思うなら早く片付けて手伝ってくれ。何秒持つかわからないからな」

「……わかった」

 

 二人は心の内で悲壮な決意をしながら、それぞれ自分の相手に向かって行く。

 

「ほう? 俺の相手はお前か、言っておくが俺はこの町の暴力団の抗争を一人で片付けたほどの男だぞ?」

「……一つ聞きたいことがある。師匠を倒したのはおまえでいいんだな?」

「師匠? ふふん……そんなものいちいち覚えていられるか! 俺は滅茶苦茶強いからな! 逃げるなら今の内だぞ!」

 

 加藤は自慢げにふふんと鼻を鳴らしながら、対峙したアツシに言い放つ。対してアツシは静かに目を閉じながら精神を統一し始める。

 

「ああ、だろうな。だから俺も……」

 

 次の瞬間、アツシの右足から大量の電気が放出され、ドゥンと地面に衝撃が放たれ辺りがビリビリと揺れる。

 

「最初から全開で行く」

「え!? ちょ!? 何それ!?」

 

 アツシの放つオーラに明らかに動揺する加藤。そしてアツシは彼に向かって高く飛び上がった。

 

 一方ユウキはミキと共に大男二人と対峙していた。

 

「昨日の敵は今日の味方! タッグマッチですねユウキさん! 私初体験ですよ!」

「ああ、早くアツシを手伝いに行こう」

 

 気合い十分といった様子のミキとは対照的に、ユウキは至極真面目な様子で拳を握って構えていた。

 

「フッフッフ、カルクヒネッテアゲマスヨー!」

「ネエチャンメッチャオッパイデカイヤン!」

 

 まずは大男達が先に襲い掛かり、白人の1号の方はユウキへ、黒人の2号の方はミキの方へ向かって行った。

 

「ハッ!!」

「せえっの!!」

 

 対してユウキは右ストレート、ミキはドロップキックで迎撃し、相手の動きを止めた後連撃を放つ。

 

「ヌフン! イタイデスヨ!!」

 

 1号はユウキに向かって反撃のパンチを何発か放つが、彼のフットワークを駆使した立ち合いで当てることが出来なかった。

 

「てええええい!!」

 

 一方ミキはフィニッシュとして2号に背を向けて駆け出し、近くにあった電灯に駆け上った後高く飛び上がり、フライングボディプレスを2号に繰り出す。

 

「オウ! メッチャヤワライカヤン!!」

「あれ!?」

 

 しかし攻撃は2号によって抱きとめられ、そのままボディスラムを受け地面に叩きつけられる。

 

「はにゃ!!」

「五十嵐さん!!」

「トドメイクデ!!」

 

 2号はそのままストンピングでミキを踏みつけようとするが、彼女はゴロゴロ転がりながら次々来る足の裏を避けていく。

 

「うーん、私体重軽いからこうやって返されることが多いんですよねー」

「ゼエゼエ……ナニコレゼンゼンアタラヘン!!?」

 

 転がりながら悩むミキに対し、ユウキは1号に手首固めを極めながら話し掛ける。

 

「じゃあぶつける部分を変えてみたら? 体重を分散させるんじゃなくて1点に集める感じで」

「イデデデデ!」

「お!? それ貰います!!」

 

 ミキは飛び起きると再び電燈に駆け上り飛翔し、今度は両膝を2号の顔面に直撃させる。

 

「ヘプシッ!!?」

 

 2号はそのまま鼻血を噴きだしながら地面にズシンと倒れて昏倒する。

 

 

「ノオオオオオ!!!? ブラザアアアアアア!!?」

「おお! コレいい! これイイですよ!」

 

 今までに感じた事のない手応えを感じて鼻息荒げに興奮するミキ。すると2号をやられた怒りで1号がユウキの技を力任せに外した。

 

「ウオオオオ! オマエラユルシマセーン!!」

「ユウキさんお背中お借りします!」

「うわっと!?」

 

 ミキはそのままユウキの背中を踏み台に高く飛び上がり、1号の頭を太ももで挟んだ。

 

「ホガッ!?」

「ユウキさん!」

「うん!」

 

 ユウキはがら空きになった1号の腹部に右正拳突きを叩きこむ。

 

「グムゥ!?」

 

 腹部のダメージで体を前に折り曲げる1号。

 

「ふんにゅ!!」

 

 ミキはその勢いを利用して、体重を掛けたフランケンシュタイナーで1号の巨体を背中から地面に叩きつけた。

 

「ゴヘッ!」

 

 1号はそのまま気絶し、ミキはすっと立ち上がりユウキとハイタッチした。

 

「やったぁ! やりましたよユウキさん! 見事なツープラトンです!!」

「あははは……そうだね。それよりアツシを手伝わないと」

 

 ユウキは少し焦りながら加藤と戦っているアツシの方を見る。

 

 

 

「はああああ!!」

「ひんっ!?」

 

 一方アツシは右足に雷のオーラを纏わせながら次々と蹴りを繰り出し、加藤はそれを必死に避ける。

 

「な、なんだよその足!? 反則じゃね!!?」

「おい! もっと本気を出せ……! 師匠を倒した時みたいに!!」

「ひょええええええ!!!」

 

 アツシの回し蹴りを加藤は身を屈めて回避する。対してアツシはその足を加藤の真上で止めてそのまま踵落としの要領で振り降ろした。

 

「どへぇ!?」

 

 加藤は後転してその攻撃を回避した。振り降ろされた踵はそのまま轟音と共に地面を抉った。

 

「ちょ、ちょっと待て話を……!!」

「うおおおおおおお!!」

 

 アツシは飛び上がり今度は胴回し蹴りの要領で反対の足を振り降ろした。加藤はそれを再び後転で回避する。そんな作業を3回ほど繰り返した。

 

「ち、畜生! これでも喰らえ!」

 

 いい加減業を煮やした加藤は、胴回し蹴りから着地したアツシに向かって正拳突きを繰り出す……が、その腕はアツシの左足の太ももとふくらはぎで器用に挟まれる。

 

「ハァ!!」

 

 そしてそのままの体勢でアツシは飛び上がり、空いていた右足の膝を加藤の顔面に叩きこむ。

 

「どべっ!?」

 

 強烈な一撃を受けて怯む加藤。アツシはそのまま加藤を放し、右足にさらに雷のオーラを纏わせる。

 

「これでっ!!!」

 

 アツシはその右足でハイキックを繰り出す。アツシの足は美しい銀色の軌跡を描きながら、加藤の左側頭部に綺麗に命中した。

 

「ごへええええええええ!!!」

 

 加藤はそのまま右にグルングルンと側転するような形で吹き飛ばされ、そのまま近くにあったゴミ箱に激突した。

 

「えっ……? 勝った?」

 

 技を放ったアツシ自身は、加藤に勝ったことに困惑していた。そんな彼の元にユウキが駆け寄ってくる。

 

「や……やったじゃんアツシ! 師匠の仇が討てたよ!」

「……いや、ちょっと待て」

 

 アツシは何を思ったのか、ゴミ箱の中身を纏いながらノビている加藤の元に駆け寄り、彼の胸倉を掴んで抱き起した。

 

「おい、お前本当に隻眼の虎か?」

「そ、そうですよ!?」

 

 加藤は先程の自信満々な態度とは打って変わって、必死に媚び諂う口調でぶんぶんと頭を縦に振った。

 

「数年前、ここで起こった暴力団同士の抗争を一人で鎮圧したって言うのは?」

「そ、それはその……ちょっと盛っちゃったっていうか……アレやったの実は俺じゃなくて通りすがりの武闘家なんです」

「え!?」

 

 話を聞いていたユウキも信じられないと言った様子で驚いていた。そして加藤の話は続く。

 

「そ、その時俺は抗争していた熊田組ってほうに所属していて、抗争の最中鬼のように強いその武闘家に遭遇して三戸部組の組員共々ボコボコにされたんだよ……で、その武闘家さっさとどっかに行っちゃったから手柄独り占めしたんだ。まあそれがバレて破門にされて今は泥棒まがいの事しているんだけど……」

「じゃあその武闘家が師匠を倒した男……?」

 

 ユウキは頭を混がらせながらあれこれ推測する。すると……アツシは加藤を放り投げて天を仰いだ。

 

「しまった……! 何でもっと早く気付かなかったんだ!!!」

「え? どうしたんですかメガネさん?」

 

 突然のアツシの行動に戸惑うミキ。するとアツシはユウキの両肩を掴んで話し始めた。

 

「よく聞けユウキ! 俺達は嵌められたんだ!」

「嵌められた……? あ!!」

 

 するとユウキも何かに気付いたのか、アツシと一緒に天を仰いだ。

 

「なんてこった……! ちょっと考えれば解る事だったのに……!」

「い、一体どうしたんですかお二人共?」

 

 ミキの質問に対し、ユウキは頭をガリガリ掻きながら答えようとした。

 

「ごめん五十嵐さん、俺達は……」

 

「み、皆……」

 

 その時、彼らの元にボロボロの手塚が現れた。頭からは血を垂れ流し、右腕からは切り傷が付いている。

 

「!? 手塚さん!? どうしたんですかその怪我!?」

 

 ミキは慌てて手塚の元に駆け寄り彼女を抱きとめる。そしてすぐにユウキ達も駆け寄って来た。

 

「おいどうしたヤブ医者!? 何があった!?」

「し、診療所に刀持った男が現れて、一葉と坊やを連れ去った……!」

「クロと一葉ちゃんが!?」

 

 そして手塚はユウキに1枚のメモを渡した。メモにはとある場所を示す地図が描かれていた。

 

「その男はアンタたち二人を指名していた……その地図に描かれている場所に来いってさ……!」

「俺達に……?」

 

 ユウキは手渡されたメモをぎゅっと握り、アツシとミキの方を向く。

 

「とにかく今はこっちを優先しよう。クロ達を助けないと!」

 

 対してアツシとミキは無言のままコクンと頷いた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 同時刻、朝日駅前のバス停、そこに一人の髭面の男が立っていた。

 

「さあて、あいつら今頃どうしているかな……」

 

 男はニヤニヤ笑いながら、ユウキ達がいる方向に導かれるように歩き出した。

 

 

 

 

 

 NEXT STAGE「朝日観覧車前」

もしかして:戦国伝承2001

 

 やったねミキちゃん! 中ボスからPCに昇格だよ!

という訳で次回で最終回となります。果たしてラスボスは誰になるのかー?

 

 ちなみにこの作品の舞台になっている朝日市は札幌市がモデルになっています。近くに住んでいる人はどこがモデルになっているのか探してみると楽しいかもしれませんね。

 

 

 


 
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