夕暮れの海岸。防波堤の上。黒いワンピースにサンダル履き。前髪ぱっつん、おかっぱスタイルの黒髪。左目を覆うようなガーゼの眼帯。白いポーチを肩に提げ、左手は腰に、右手は花束を握って、それを肩に担ぐ形――サングラスをかけた大男が、よくショットガンでやっているようなスタイルだ――で、仁王立ちしていた。
彼女の背後、防波堤の下には道路が一本。それを挟んだ対岸には、かつて人が生活をしていたなれの果てが、山脈を作っていた。その隣には、鉄くずとほぼ同義といってもいい状態の車が、積み木のように積み上げられている。今もなお、その山脈は拡大を続けており、ユンボがその山脈の上を走っている。
彼女はただ、海を見つめていた。寄せては防波堤に当たり、砕け散って、そしてまた沖へと引いていく。地球上にこのような状態で存在しはじめてから、何度この行程を繰り返したのだろうか。気が遠くなるほど繰り返された、その動きを、彼女はただ見つめていた。
海は、どこまでも続いている。海は、果てしなく続いている。海はただ、そこに在り続ける。まるであの日が、嘘だったかのよう。二万人に近い人の命を、それ以上の人の生活を、思い出を、歴史を奪い去っていったそれと同じ物が、今彼女の目の前に広がっている。この、穏やかに、今もなお、有史以前から、延々と繰り返し続けられた動きを、ただ繰り返しているだけの海。到底、信じられるはずもなかった。
けれど、事実なのだ。そうでなければ、今この後ろにある山脈は見えなくて、その後ろにある、特徴的な屋根の文化センターが見えるはずなのだから。鉄くず同然の車の積み木が、こんなところで積まれているわけがないのだ。そう、これが現実。覚めて欲しい悪い夢。けれど、これは現実なのだ。
潮風が、彼女の髪を弄び始めた頃。おもむろに持っていた花束を足下に置き、肩に提げてたポーチから、缶コーヒーを一つ、取り出した。口を開け、一口飲む。が、あまりにも勢いよく飲み過ぎて、一口分が口の中に入ったところで、むせてしまう。元々、彼女はコーヒーが好きではないのかもしれない。ひとしきり咳き込んだ後、何を思ったか、彼女はその中身の入った缶コーヒーを、思いっきり海へと投げ捨てた。それから、足下に置いてあった花束を拾い上げ、もう一度、先ほどと同じポーズをした後、これもまた、思いっきり海へと放り投げた。
清々したような顔。どこかすっきりとした顔。してやったり、といった顔。それから彼女は、どこかのCMを見て、これをやろうと思いついたのか、大きく息を吸い込んだ。そして、両手を口の周りへ、メガホンのように添える。
「馬鹿野郎!」
心の底からの罵倒。そして、少女自身の叫び。そして、自分自身に対しての叫び。人々の命、生活を飲み込んでいった海は、そんな少女の叫びさえも、飲み込んでいった。海は、決して逃げない。ありとあらゆる物を、嫌な顔一つせず飲み込んでいく。
どれほどそのままの姿勢でいたのだろう。ようやく少女は、安心したように、その場へとへたりこんだ。そして、笑った。息が切れるまで。周りを気にする事もなく。思うさま、笑い続けた。余りに笑いすぎて、軽い過呼吸の症状に襲われたほどだった。
切れた息を整えて、ようやく彼女は立ち上がった。ぴょん、と軽い身のこなしで防波堤を飛び降りて、家路を歩き始めた。
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夜中に何らかの事情で(恐らく夢ですが)飛び起きてしまい、眠れなくなってしまったが為に作られた、ちょっとした短編です。ふとノスタルジーな気持ちになったのと、それから個人的な恨み辛みがあったりなかったり。