No.551790

中二病でもコミケに行きたい!

年末に書いていたクロスオーバー作品。全2話。

http://www.tinami.com/view/551790  中二病でもコミケに行きたい!

3月5日、新しく出帆した株式会社玄錐社(げんすいしゃ) http://gensuisha.co.jp/  

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2013-03-06 00:44:43 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1774   閲覧ユーザー数:1691

中二病でもコミケに行きたい! 

 

 

 

邪王真眼二代目@コミケの存在をこのチャットで知ったよ~:今日はね~。快適なお昼寝をサポートする枕を紹介するね~

 

千葉の堕天聖黒猫@冬コミでは本を出すわ:そ、そう。何か貴方、以前とキャラ変わってない? 妙に軽くなったというか明るくなったというか……。

 

邪王真眼二代目@コミケの存在を最近知ったよ~:前と全く同じだよ~。闇の炎に抱かれて消えろ~♪ ホラっ邪王真眼だよ~♪

 

レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌@コミケ行ってみたかとぉ:文字からも軽さが伝わってくるのじゃ……おまえ、転生したのか?

 

邪王真眼二代目@コミケの存在をこのチャットで知ったよ~:それでね~男の人の腕枕で寝るとね~とっても気持ちが良いんだよ~ww

 

千葉の堕天聖黒猫@冬コミでは本を出すわ:だ、男性の腕枕ですって!? なっ、何てハレンチな!

 

邪王真眼二代目@コミケの存在をこのチャットで知ったよ~:黒猫ちゃんも、レイシスちゃんも腕枕の体験ある~? とっても気持ち良いんだよ~♪

 

レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌@コミケ行ってみたかとぉ:うちは沢山あるんじゃあ! あんちゃんに何度もしてもらっちょる。男の腕枕の達人とはうちのことじゃあ

 

千葉の堕天聖黒猫@冬コミでは本を出すわ:わっ、私だって漆黒というラブラブな彼氏がいるもの。腕枕ぐらいされまくりに決まっているわよ!

 

邪王真眼二代目@コミケの存在をこのチャットで知ったよ~:へぇ~。みんな腕枕経験豊富なんだね~。私ももっともっと勇太くんと親密になって腕枕してもらおっと~♪

 

千葉の堕天聖黒猫@冬コミでは本を出すわ:そっ、それは良かったわね

 

邪王真眼二代目@コミケの存在をこのチャットで知ったよ~:腕枕談義をしたらなんだか眠くなっちゃったよぉ~。そんなわけでもう寝るね~♪

 

レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌@コミケ行ってみたかとぉ:まだ8時前なのじゃ

 

邪王真眼二代目@コミケの存在をこのチャットで知ったよ~:もう真夜中だよね~。それじゃあコミケに参加できるように色々頑張ってみるね~。お休み~~♪

 

邪王真眼二代目@コミケの存在をこのチャットで知ったよ~さんが退出しました

 

千葉の堕天聖黒猫@冬コミでは本を出すわ:ねえ、レイシス卿

 

レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌@コミケ行ってみたかとぉ:なんじゃ?

 

千葉の堕天聖黒猫@冬コミでは本を出すわ:邪王真眼に何があったのかしらね? 夏までの彼女とまるで別人だわ

 

レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌@コミケ行ってみたかとぉ:我が魔眼をもってしても見通せぬことはある。天界の干渉かも知れぬ

 

千葉の堕天聖黒猫@冬コミでは本を出すわ:邪王真眼がコミケに来るようなら直接事情を問い質してみることにするわ

 

レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌@コミケ行ってみたかとぉ:うちもコミケに行けるようにあんちゃんにお願いしてみるのじゃ

 

 

 

 

 

1 極東魔術昼寝結社の夏の冬合宿

 

 冬休み直前の12月20日の放課後。

 俺たちは2学期の終わりを記念して“極東魔術昼寝結社の夏”部室内でささやかなパーティーを開いていた。

 宴もたけなわとなり、みんながマッタリモードに突入した所で部長である六花が立ち上がってメンバーたちの顔を見回した。

「極東魔術昼寝結社の夏で冬休みの合宿に行こうと思うの。どうかなあ?」

 色々あって眼帯を外して中二病卒業を宣言した小鳥遊六花(たかなし りっか)は少し申し訳なさそうな声と瞳で冬合宿を提案してきた。

 

「勇太くんはどう思う?」

 六花は俺へと意見を振ってきた。副部長として意見を述べろということか。ちなみに六花は眼帯を外すようになってから俺を“勇太くん”とくん付けで呼ぶようになっている。

 より正確には、俺と付き合い始めた頃からそう呼ぶようになっているのだが……現状俺と六花の関係はどうなっているのかよく分からない。付き合っているのか別れたのかも極めて曖昧。俺たちには夏から今までの間に色々あったから。

 凸守と丹生谷とくみん先輩は俺が六花に振られたのだと熱く語る。もう復縁はありえないので他の女の子と交際した方が良いと自分自身を指差しながら。

六花は六花で現状俺と付き合っているともいないとも言わない。無言を貫いている。

 そんな六花の態度に俺もどうしても踏み込んで聞けない。俺たちが恋人同士かハッキリ確かめることもできず、デートにも誘えない。ヘタレっぷりを全開にしている。

 更には賛成多数をもって俺と六花は別れたという公式見解が部内で民主的に可決されてしまう始末。

 六花との関係は改めてきちんと答えを出したいと思う。俺が彼女をたくさん傷付けて迷わせたのは確かなのだし。それはさておいて──

 

「合宿をするのは良いんじゃないか。うん、楽しそうだ」

 夏休みの合宿を思い出しながら笑顔で答える。

あの時はみんなで六花の実家に遊びに行った。けれど、実家に居辛くて六花は初日の夜に勝手に帰ってしまい、俺も六花が心配で付いていった。

 みんなは六花と俺の行動を笑って許してくれた。けれど、六花があの時のことを済まないと思っているのは態度からも明白だった。

 多分、この提案は夏の罪滅ぼしも兼ねたものに違いなかった。なら、俺としては乗るのが当然だった。黙って帰る六花に付いていった俺も同罪なのだから。

「うん♪ ありがとう」

 六花はとても嬉しそうに頷いた。どうやら俺の返事は正解だったようだ。

 

「合宿に行くのはいいんだけど、学校の許可って今から降りるの? もう冬休みに入るんだけど」

 手を挙げて質問したのはクラス委員長も務めるみんなのお母さん丹生谷森夏(にぶたに しんか)だった。

「あっ。そう言えば……ナナちゃんに何の相談もしてない」

 六花が思い出したようにハッとした表情で口に手を当てた。

「それじゃあ、学校の許可をもらって正式な合宿というのはちょっと無理よね」

「あうぅううううぅ」

 六花が泣きそうな表情で俯く。六花に部長は向いていない。というか、長い間一般人との交流を絶ってきた六花はお役所業務にあまり向いていなかった。

 そんな六花の頭を慰めるように丹生谷は撫で始めた。とても優しい指つきで。

「まあでも、高校生が仲の良い友達同士で泊りがけで遊びに行くのなら問題ないわよ」

「あっ」

 六花が顔を上げて丹生谷の顔を見る。優しい表情が六花を照らしていた。

「それにうちの部活は何か特別な活動をしているわけじゃない。顧問の引率の必要性はなし。だったら、大人がいない方が気楽でいいわ」

 丹生谷はそっと六花のおでこに手を当てる。

「今回は部のみんなで旅行に行くって感じで楽しみましょう」

「うん」

 コクッと頷いてみせる六花。

 同い年なのに、母と娘のように見えるから本当に不思議な光景だった。でも、とても温かい心休まる場面。魔術結社に平穏が戻った証と言える光景だった。

「あっ。でも、学校からの許可がないと援助金が下りない」

 六花が再びハッとする。お金の問題は確かに大事だった。

「う~ん。全額自費ってのはちょっと痛いけど、その分近場にすれば出費は抑えられるし」

 主婦的感覚に長けた丹生谷の意見は的を射ていた。遠くに行くだけが旅行ではない。

 だが、そんな俺たちの意見集約を吹き飛ばす笑いを奏でた少女がいた。

 

「ゲッフッフッフッフ。じゃなくておっほっほっほっほ」

 途中で笑い方を変えてお嬢さま笑いを奏でた小柄でロングヘアの少女。

「お金のことなら心配要りませんわ、丹生谷先輩」

 ツインテールを解いて邪気眼系中二病からお嬢さまキャラへとジョブチェンジを遂げた凸守早苗(でこもり さなえ)だった。

「凸守家の所有するリムジンで、みなさんをどこであろうとご招待するからですわ」

 最近判明したのだが、凸守は正真正銘のお嬢さまだった。家は超大金持ちで映画に出て来る金持ちが乗っているような超高級車を何台も所有している。

 出会った頃は妄想癖をこじらさせた重度の邪気眼系中二病患者だとばかり思っていた。けれど、大金持ちのお嬢さまというステータスを付け加えたことで随分見方が変わった気がする。

 学年トップの成績を修めているのも優秀な家庭教師が何人もついているのだろうなあと勝手に納得してみたり。

 また、邪気眼系中二病に走ったのも、お嬢さまゆえの堅苦しさから解放されたかったからじゃないか。そんな気さえしてくる。

 そんな凸守のお嬢さまキャラを引き出してしまったのは、やっぱり俺が彼女を傷つけたからなんだが……。ああ。また罪悪感。

 

「でも、みんなを招待したんじゃアンタに悪いんじゃ?」

「お世話になっている先輩方をご招待できるのなら、凸守にとっても幸せですわ♪」

 微妙な表情を浮かべる丹生谷。良識おかんキャラとして凸守におんぶにだっこは納得できないのだろう。

一方で凸守はバックに百合の花でも咲き誇りそうな爽やかな笑みを浮かべている。

「……凸守の笑顔が俺を苦しめる」

 俺は今、自分がしでかしたことの裁きを受けている気分だ。お嬢さま凸守は見ていて心臓が痛くなる。

 いや、可愛いのは認める。凶暴でもないし親切だし先輩は立てるし良いこと尽くめだ。にも関わらず、俺の脳は焼け焦げてしまいそうな程の違和感を訴える。

 以前の凸守の姿を知っているがゆえに……今の彼女は全くの別存在にしか見えなかった。

 お嬢様形態も邪気眼中二形態と同じ様にキャラを作っているのか。それともこっちは素に近いのか。

 俺には分からない。けれど、以前の生意気邪気眼小動物の方が接する時に気楽だったのは確かだった。今の凸守は肩が凝る。

 そして、凸守をこんな風に変えてしまったのは俺が彼女を責めたからだということが心に引っかかっていた。

「……それに、ここでみなさんに気前の良い所を見せれば富樫先輩の好感度アップは間違いなしですわ」

「……アンタ、何気なく黒いことを考えているのね」

「……魚心あれば水心あり。商売の基本ですわ、丹生谷先輩♪」

「……邪気眼中二病の頃の方がまだ性根が綺麗だった気がするわ」

「……いい女に秘密は付き物です♪」

 凸守と丹生谷はひそひそ話で何かを語り合っている。俺の方を見ながら。アイツら、一体何を企んでいるんだ?

「早苗ちゃん。本当に良いの? ご迷惑じゃないかな?」

 六花が心配そうに答える。今まで凸守と呼び捨てていた少女を早苗ちゃんと呼び始めたことでそれもまた違和感を覚える。

 でも、そんな俺の葛藤を凸守は特に感じていないようだった。散々泣いて吹っ切ったという所だろうか。

「はい。富樫先輩をモノにするこんな千載一遇のチャンス……ではなく尊敬する小鳥遊先輩の為ですから喜んで申し出させていただきました♪」

 思わず見惚れてしまういい笑顔。

「早苗……ちゃんっ!」

 凸守の言動に感動して抱きつく六花。

 その感動的なはずの光景を俺はまともに評価することはできなかった。すごい胡散臭いものを感じていた。

「何ていうか……信じちゃダメな笑顔だわね」

 丹生谷も凸守に白い瞳を向けている。

「……けれど、あの子も富樫くん奪還の為に本気ってわけね。面白いわ。私も乗ってやろうじゃないの」

 そしてとても悪い、というかドSな瞳を凸守へと向けていた。

 

「早苗ちゃんのおかげで遠くまでお出掛けできるようになったけど。どこに行こうか?」

 六花が次の段階へと話を進める。行き先を決める番となったのだけど……。

「六花はどこか候補ないのか?」

「全然考えて来なかったよぉ」

 シュンと落ち込む六花。言いだしっぺにして無計画。何とも彼女らしい展開だった。

「勇太くんはどこか良い場所はない?」

「冬休みってことは、年末か年始に行って面白い場所にしたいよな」

「富樫くんには具体的には具体的な行き先があるの?」

「特にないんだよなあ。寒さにはあまり強くないから、あんまり寒い地域にはいきたくないけど」

 俺も六花同様に無策であることが判明する。部長と副部長がこんな感じで情けない限り。

「誰か良い案のある人は?」

 六花が部活メンバーを見回しながら尋ねる。

「う~ん。急に言われてもなかなか行きたい場所って思い浮かばないわよね」

「凸守も同じですわ」

 2人の女子も困ったように顔を見合わせている。

 考えてみれば、ここにいる連中は中二病というかコミュ力不足で友達とろくに出かけたこともないような連中だ。

 友達と旅行なんて慣れているはずがなかった。残念の集まりなのだ。

 どうするのかみんなが途方に暮れた時だった。

 

「邪王真眼は告げている。我の同胞との邂逅の為に東方に旅立てと~」

 昼寝していた五月七日(つゆり)くみん先輩が立ち上がって俺と六花を指差した。

「く、くみん先輩? 一体、何を言って?」

 俺にはくみん先輩の言葉の意味が分からない。そもそも、くみん先輩の今のキャラ作り設定が理解できない。

 何しろ六花の後を勝手に継ぎ、眼帯付けて2代目邪王真眼を継承してしまったのだから。

 学園祭を前後しての六花と凸守の変化も激しい。でも2人は一般人っぽく振舞おうと、周囲の人々との軋轢をなくそうと努力している。

 一方でくみん先輩の場合、六花たちとは真逆の邪気眼系中二病へのジョブチェンジを果たした。

 強い無理をしながら一般人として振舞おうとしている六花に対する警鐘であるらしい。だが、よりによって自ら邪王真眼を名乗る必要もないだろうに。

 もっともくみん先輩の場合、邪王真眼を名乗ろうが体から溢れる癒し系オーラは変わらない。なので、痛い感じはほとんどなく、みんな笑って対応してくれる。

 そういう意味ではとてもお得なキャラであることは間違いなかった。

「あの、くみん先輩。同胞を求めて東方にってどういうことですか?」

 六花が困った表情を見せながら質問する。多分今、六花の中ではかつての自分がこんな風に見えていたのかと苦悶を抱いているに違いなかった。

 先輩の意図は、六花を邪気眼寄りにしてストレスを感じさせない生き方をさせることなのだろう。けれど、今の先輩の姿は完全に逆効果だ。

 俺や丹生谷が六花や凸守の中二病ぶりを見て軽く死にたくなった経験に似ていると思う。

 そんな複雑な思いを抱いている六花に対して先輩は自信満々に指を突きつけた。

 

「魔都より連なる大海のゲート。年に2度のサバト。闇の眷属たちが集いし狂乱の宴。我の同胞を求めるのにこれ以上相応しい舞台はない」

「えっと、それはどういうことでしょうか?」

「みんなで冬コミに参加しようってことだよ~♪」

 素に戻ったくみん先輩はとても画期的過ぎて涙が出る提案をしてくれたのだった。

 

 

2 冬コミにおけるごく一般的な光景

 

 2012年12月31日大晦日。午前7時半。国際展示場駅前。

「遂に、わたしもこちら側の人間になってしまいましたね。はぁ~」

 大きなため息を吐いて自分の心境を表します。

「俺はそういう変化もアリだと思うぞ」

 隣に立つお兄さんはわたしの頭にそっと手を置き楽しげに返事してくださいました。

「お兄さんはオタク万歳と叫んじゃう人ですか? 反社会的な人間は嫌いですよ」

「俺の考え方はオタクでも構わない、だよ。あやせの人生の幅が広がるのは良いことだと思うぞ」

 お兄さんは私のおでこに乗せた手を左右に動かして頭を撫でます。完全に子ども扱いです。でも──

「嬉しいと思ってしまうわたしがいるんですよね」

 大好きな男性に触れてもらえると心が透き通っていく感じです。最高の気分です。

「やっぱり気分は盛り上がるよな。なんたって今回の冬コミはいよいよあやせが漫画家としてデビュー。漫画家あやせたん初陣だもんな」

 お兄さんは楽しそうに語りかけてきます。そしてお兄さんの言うとおりでした。

「そうですね。今日はわたしの初陣です。言い換えると、あの去年の夏の日からの集大成が今日なのかも知れませんね」

 

 思い返すのは中2の夏休みの出来事。

 あの日、夏コミに参加して同人誌を買い込んだ桐乃をわたしは猛然と非難し、一方的に絶縁を宣言しました。

 今思えば狭量で独善的な見解で桐乃を酷く傷つけてしまいました。わたしは最低でした。

「桐乃に……今日のわたしの姿を見てもらいたかったんですけどね」

 今この場にいない親友のことを思い出しながら感慨深く語ります。

「実は桐乃のヤツ、今回もまた今朝急に風邪を引いてしまったんだ。窓ガラスが強風か雪かなんかで割れて寒風にやられたらしくてな。それで今日は来られなくなった」

「……計画通り、ですね」

「何か言ったか?」

「いえ、何でもありません。桐乃の身を案じただけです」

 まったく、桐乃は一見完璧な女の子ですが、大事な所で抜けている所が直っていません。

 天井裏や床、扉は強化して備えたようですが、真正面から窓を割ってくる可能性を失念するなんて甘すぎです。兵法は搦め手ばかりとは限らないのですよ。

 いえ、何でもありません。

 桐乃の身体の具合と乙女としての危機意識の欠如を心配に思っているだけです。

 あんな備えでお兄さんとわたしの冬コミデートを邪魔できると本気で思っていたのでしょうか。いえ、本当に何でもありません。

「そんな訳で、売り子は俺とあやせの2人きりになってしまったわけだが……頑張ろうな」

「はいっ♪」

 お兄さんに元気よく返事をしてみせます。

 以前のお兄さんだったら、わたしと2人きりで行動することに対して『嫌、だよな?』と消極的な伺いを立てていました。

 わたしに嫌われていると思い込んでいたからです。でも、今のお兄さんは違います。わたしと一緒に行動することをごく自然に捉えてくれています。

 これって……2人が親密になったってことじゃないかと思います♪

 まだわたしとお兄さんは恋人同士でも何でもないのですが。

「……わたしは少しずつお兄さんに近付けていると思って良いんですよね」

「何か言ったか?」

 首を捻るお兄さん。この鈍感さんがわたしのことをどこまで意識してくれているのかはまだよく分かりません。

 でも、今はこうして1歩1歩着実に進んでいるのを確かめられることが嬉しいです。

 ライバルにして漫画の師である黒猫さんには負けられません。

 

「そう言えばお兄さん。今日のファッションについてわたし、まだ一言もいただいていないのですが?」

 一方、お兄さんは相も変わらず女の子が欲しい一言を述べてくれません。そういう所、もうちょっと改善して欲しいです。

「いや、その件についてなんだがな……」

 お兄さんはちょっと渋い表情を見せます。

「去年……いや、前回の冬コミ(あやせたん冬コミへ行く参照)の時はファッション性重視で如何にも寒そうな格好だった。実際、俺もあやせも凍死しかけたからな。それに比べれば今回は防寒対策バッチリだ」

「はい」

 前回の瀕死体験を元に今回はバッチリ温かい格好で来ました。

「でもな、今のあやせを見ていると……ハラショーとかグラスノシチ、ペレストロイカ。そんな単語ばっかり浮かんで来るんだ」

「まあ、今回のわたしのコンセプトはシベリヤの冬を渡るなのであながち間違ってはいないのですが……」

 お兄さんの表情はあまり優れません。

「あの……評価は?」

「勇猛果敢なコサックの兵士を連想するな」

「う……っ」

 お兄さんから厳しい評価を下されました。

 確かに今の私は分厚い茶のコートにズボン、ロングブーツ。頭には長い帽子と漫画に出てくるロシアな人々の格好をしています。

 でも、仕方ないのです。

 天が荒ぶるコミケでは冬はマイナス50度まで下がるのですから。その寒さに耐えるにはこれぐらいの装備が必要となります。

「会場内では着替えてちゃんと可愛い服も持ってきているから良いんです」

「それはつまり、あやせたんは今日コスプレも披露してくれる。そう思って良いんだな?」

 やたら嬉しそうなお兄さん。目もちょっとエッチです。

「わたしも、自分の本が何もせずに売れると思うほど自惚れてはいません。だから……」

「まあ、あやせがどんなコスプレを披露してくれるかは会場に着いてからのお楽しみにしておくさ」

「はい。そうしてくださいね♪」

 お兄さんの手をそっと握ります。そして手を繋いだまま2人で駅舎を出ました。

 

 

「相変わらず……東京とは思えない壮絶な風景ですよね」

 駅を1歩出れば白銀の世界。というか、猛吹雪でほとんど視界が効きません。

 目を凝らして周囲をジッと眺めていると、見えてくるのは極寒の夜を越せなかった徹夜組の人々の冷たくなった体。ブルドーザーがそれらを無造作にかき集め海へと運んでいきます。冬コミではごく一般的に見られる光景です。

「徹夜はダメだと何度言えばコイツらは分かるんだ。徹夜は周辺住民への迷惑だけでなく、自分の命を危険に曝す行為だと何度言えば分かるんだ。冬コミは寒いんだ!」

「徹夜は絶対にダメですね」

 今年もまた多くの人がコミケで命を散らしたことを口惜しく思いながら進みます。

 

 更に進むと視界の隅、階段の上に微かに逆三角形型の大きな建物が見え始めました。

「後少し歩けばビッグサイトですね」

「そうだな」

 気温はマイナス50度、猛吹雪。でも、お兄さんと手を繋いで歩いているおかげで心からぽっかぽかです♪

「ムムムっ! ここに我らが怨敵リア充カップルがおるなりっ! みなの衆。ここに集いて、拙者と共に雪だまをぶつけ……ぎっ、ぎゃぁあああああああぁっ!!」

 集まってきた男たちは一斉に氷柱に頭を突き刺されて次々と絶命していきました。

 そして突風に吹き上げられて海上へと飛ばされていってしまいました。やはり冬コミではごく一般的に見られる光景でした。

「コミケにおいて他人への迷惑行為は死を招くのだと何故分からないんだ。何故自分の体を大切にできない!?」

 お兄さんが悔しそうに嘆きます。

「人間は……なかなか賢くはなれない生き物なのかも知れませんね」

 生きていた痕跡を全て風に飛ばされてしまった人々の死を悼みながら意見を述べます。

 コミケとはやはり、ルールを守りマナーを重視してこそ楽しく体験することができるイベントなのだと思います。それを今日改めて肌で感じたのでした。

 

「あっ、あんちゃん! このままじゃ並び列に辿り着く前にうちは凍え死んでしまうのじゃあ」

「ちょっと、小鷹っ! アンタ、男でしょう? この状況を何とかしなさいよ!」

「無茶を言うなあっ! 俺だって寒くて死にそうなんだよ。ここ東京だろ? 何でマイナス何十度の世界になってるんだよ!?」

「あにき……ながいあいだお世話になりました。さむさにまけたこのみの不甲斐なさをおゆるしください」

「死ぬな、幸村ぁ~~っ!!」

 吹雪の中から声がします。どうやらあちらのパーティーは冬コミ初心者のようで、装備がなっていないみたいです。

「助けに……行くか?」

「はいっ」

 義を見てせざるは勇なきなりと言います。

 女の子が多いようですし、放っておくわけにはいきません。

 わたしとお兄さんは寒さにやられそうなパーティーを救いに向かったのでした。

 

 

3 羽瀬川小鳩の戦い

 

「あんちゃん。うちが東京に行きたいって言ったら、許してくれるじゃろうか?」

 羽瀬川小鳩(はせがわ こばと)は愛らしい碧眼の顔を歪めながら隣人部部室の前に立っていた。

「急に行きたいって言ってもあんちゃんは許可してくれんに決まっちょる。なら……」

 許可を勝ち取る為の手段を頭の中で思い描く。小鳩の表情が更に歪んだ。

「アレを利用するのは気が進まんのじゃが……いたしかたないのじゃ」

 大きく息を吸い込んで空気と共に気合を入れると部室の中へと入っていく。

「クックックックック。悠久の時を生きる、吸血鬼の真祖レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌が降臨してやったぞ。ありがたく思うが良い」

 邪気眼系中二病患者らしくポーズを取りながら登場を部員たちに告げる。

「ムムム。うんこ吸血鬼めっ! 悪い奴はわたしがやっつけてやるのだ!」

 最初に反応を示したのは幼女銀髪シスター高山(たかやま)マリアだった。いつものように小鳩に噛み付いてきた。

その次に反応したのはメイド服姿の美少女。

「あにきの妹君。こんにちはです」

 楠幸村(くすのき ゆきむら)は無表情のまま小鳩に向かって深く頭を下げる。

「うん」

 ショートカットの残念クールビューティー三日月夜空(みかづき よぞら)は文庫本から目を離さずに短く返事だけをよこした。

「グヘヘヘヘヘ。魔法瓶の本体と蓋というのもなかなかイケるものですね。俺の熱いものでお前を満たしてやるよ。熱い迸りはいつまでも冷めやらなくて…ユニバ~~ス!!」

 一方で残念天才科学者志熊理科(しぐま りか)は幼児向けアニメに出てくるお弁当シーンで水筒を見ながら悦に浸っている。

ヘッドフォンを付けてテレビに齧り付いているので小鳩の存在に気付いていない。

 部室にいるのは小鳩も含めてこの5名。後の2名は部室にいない。そのことが小鳩を不機嫌にさせた。

 

「あんちゃんとアレはどうしたんじゃ?」

 幸村に欠けている2人の部員の行方を尋ねる。

「あにきと星奈のあねごは掃除当番で遅れるそうです」

「そっか……」

 ガッカリしながら返事をする。肝心の2人がいないのではここに来たのは空振りになってしまう。

 さて、どうしようかと頭を巡らせている時だった。

「小鳩ちゃん(゚∀゚)キタァアアアアアアアアアァっ!!」

 鼓膜を破るのではないかと心配になるぐらい大きな声で自分の名を呼ぶ金髪碧眼巨乳少女が部室内に入って来た。

「うるさいぞ、肉。永遠に息を止めてこの部室から出て行ってはくれまいか?」

 夜空が本から目を離さずに来訪者の死を願う。

 けれど、青い蝶蝶型の髪飾りをブロンドのロングヘアにつけた少女は気にしない。瞳を輝かせながら小鳩の元へとスキップしてくる。そして小鳩の小柄な体を力いっぱい抱きしめてきた。

「小鳩ちゃん。(*´Д`)ハァハァ」

 どう聞いてもアウトな声を出しながら小鳩に頬ずりする柏崎星奈(かしわざき せな)。

「うううぅ~」

 普段ならすぐに振りほどく。けれど今日の小鳩は必死に耐えている。

 この後のことを考えると星奈の機嫌を取っておくことの方が上策だと判断した。

「振り払われない? これは、遂にあたしの愛が小鳩ちゃんに届いたということなのかしら!」

「………………ううぅっ」

 瞳をランランに輝かせながら勝手なことをほざく星奈。けれど、今は耐え難きを耐えなければいけないと心に誓いながら好きにさせる。

 それから5分。飽きることなく抱き続ける星奈に耐えた成果がようやく実を結ぶ時がきた。

 

「うっす」

 小鳩の兄である羽瀬川小鷹(はせがわ こだか)が部室内に入って来た。

 とても不機嫌な顔をしながら。

「あんちゃん」

 兄の様子がいつもと違うことが気になりつつも、小鳩は作戦を決行することにする。

「小鳩……来ていたのか」

 兄の表情が自分を見て更に不機嫌になったことに更に嫌な予感が高まる。けれど今更止まるわけにはいかない。

「小鳩ちゃんマジ天使っ♪ ハァハァ(*´д`*)ハァハァ」

 その為にこんな変態に好きにさせていたのだから。

「あんちゃんに願い事があるんじゃ」

 星奈を背中に張り付かせたまま小鳩は兄の元へと近づく。

「お願い?」

 小鷹が白い瞳で聞き返す。まるで夜空が星奈を見るような瞳で。

 兄にそんな瞳を向けられることが悲しい。けれど、盟友である邪王真眼のことを思えばここで引き下がるわけにはいかなかった。

 

「うち。年末に東京に行ってコミケに参加したいんじゃ」

 小鳩は自身の望みを兄に告げた。

 小鷹は妹に甘い。もしかしたらすんなり受け入れられるのではないか。そんな風にも考える。けれど──

「東京? コミケ? 却下だ。却下」

 小鷹は妹の望みを冷たい瞳で切り捨てた。

「ダメなのけ?」

 恐る恐る食い下がってみる。兄の瞳がより一層冷たさを湛えた。

「小鳩……今度の期末試験……休み中に補習。だってな?」

「そっ、それは……っ」

 小鳩の体がガタガタと震え出す。

「小鳩の担任の先生から言われたぞ。おうちでちゃんと勉強させてくださいってな」

「きっ、期末試験の時はたまたま満月で闇の眷属の本領を発揮できなかったのじゃ……」

 小声で反論してみる。勿論小鳩自身もそんな言い訳が通じるとは思っていない。

「冬休みは家でしっかり勉強しないとな」

「ヒィイイイイイィっ!?」

 久々に本気で怒っている兄の顔を見て思わず悲鳴が上がってしまう。

 兄との直接交渉にこれ以上譲歩の余地があるとは思えない。それぐらい今回の期末試験は点数が酷かった。

 

「小鳩ちゃん。冬コミに参加したいの?」

 背中から甘ったるいような作為を感じさせるような声が聞こえてきた。

 小鳩は大きく深呼吸する。

「うちは……どうしてもコミケに参加したいんじゃ」

 発動せぬままに過ごしたかったもう一つの作戦を発動させることにする。

「それじゃあ、あたしが小鳩ちゃんを冬コミにご招待してあげるわ♪」

 小鳩の背中がビクッと震える。

 待ち望んでいた、けれど危険すぎる展開が開かれ始めた。

「あのな、星奈」

 小鷹が不満を隠さない声で星奈へと詰め寄る。けれど、星奈は小鳩に抱きついたまま1歩も引かない。

「成績に悪影響が及ばないように冬休みの間、小鳩ちゃんの勉強は学年成績ぶっちぎりトップのこのあたしが見るわ。小鳩ちゃんが1人で勉強するよりずっと効率いいんじゃないかしら?」

「お前は教え方が下手だろうが」

「小鳩ちゃんになら懇切丁寧に教える自信があるわ(;´Д`)ハァハァ」

 小鳩の全身がまたビクッと大きく震える。

「勿論柏崎家に泊まり込みで24時間生活までしっかりサポートするわ」

「それはやり過ぎだろう」

「なら、小鷹も一緒に泊まりに来ればいいじゃない。前みたいにうちで寝ていけば良いわ」

「あのなあ……」

 呆れ声を出す小鷹。けれど、小鳩にとっては、兄と星奈の会話を聞いて部の他のメンバーたちが一斉に表情を厳しくしたことの方が怖かった。

 小鷹は気づいていないようだが、部の女性メンバーは全員が小鷹に好意を抱いている。その小鷹が以前星奈の家に泊まったとあっては平然としていられるわけがない。

 しかもまた宿泊を誘うなんて黙っていられるはずがなかった。

「おいっ! 小だ……」

「泊まりは却下。朝夕に小鳩は俺がお迎えする」

 夜空が不満の声をあげようとした時だった。先手を打って小鷹が現実的な妥協案を出す。

「う~ん」

 小鳩を抱きしめたまま頭を捻る星奈。

「なら、あたしが毎日小鷹の家に行くわ。小鷹にはそうねえ……小鳩ちゃんの勉強を見てあげるお礼に昼食と夕食をご馳走してもらおうかしら」

「…………妹が世話になる」

 小鷹は星奈に向かって頭を下げた。交渉成立の瞬間。

 

「それじゃあ、うちはコミケに行って良いのけ?」

 もう1度恐る恐る尋ねる。

「学校も年の瀬と三が日ぐらいはさすがに補修もしないだろう。その間なら、まあ旅行に行っても問題ないだろう」

 小鷹は重々しく頷いてみせた。

「じゃあ、あたしが泊まりがけで小鳩ちゃんを東京にエスコートしていいのね♪ ハァハァ(*´д`*)ハァハァ」

 背中から聞こえてくる星奈の鼻息がとても荒い。

 貞操の危機を感じる。けれど、さっきから巨乳を押し付けてきてイライラさせてくれるこの少女を頼らなければネット上の盟友を救えない。

 だから、グっと堪えて先に進むことを決意する。

「お願い……します……」

 振り返って正面から抱きつかれる姿勢を取りながら星奈に向かって頭を下げる。

「小鳩ちゃんにお願いされちゃったぁ~~~~♪ 小鳩ちゃんはあたしの嫁~~♪」

 より一層強く小鳩を抱きしめながらユニバースな表情を浮かべる星奈。

「……小鳩の世話を星奈だけに任せるわけにはいかない。俺も一緒に行くさ」

「小鷹があたしと一緒に旅行?」

 しばし呆然とする星奈。そして──

「そっ、それは、あわよくばあたしを羽瀬川星奈に仕立てあげようってことなのね! なんて悪党。でも、それが良いわっ! 小鷹も連れて行ってあげるわよ!」

 星奈はユニバースを超えるスーパーユニバース状態に突入。彼女の小鷹への想いは知っているだけに小鳩としては腹立たしい。けれど、甘受しなければならない。

それに、星奈と2人きりで旅行などしたら自分がどう弄ばれるかわからない。兄の存在は心強かった。

 そんな小鳩にとって更に心強い援軍が部内から現れた。

「肉が小鷹と旅行だと? そんな羨まし……けしからんことが認められるわけがないだろう。隣人部にあらぬ汚名が付けられぬ為に私もその旅行に乗るぞ」

「理科は小鷹先輩と星奈先輩と小鳩さんの3Pに加えてもらえればそれで結構です。独り占めなんて高望みはしませんのでお供させてください」

「あにきのお世話をするのが……わたくしのやくめですので」

「お兄ちゃんが行くのならわたしも当然行くのだ~♪」

「って、何でアンタたちまでも付いてくることになるのよっ!?」

 部員たちの突然の参加申し出に目を白黒させる星奈。

「じゃあ、冬休みはみんなで東京に行ってコミケに参加することが合宿ってことで決まりだな」

 小鷹が代わりにその申し出を受諾してしまう。

「せっかく小鳩ちゃんと小鷹……両手に花状態の旅行ができると思ったのにぃ~~っ!」

 絶叫する星奈。

 こうして隣人部の面々は年末を東京で過ごすことになった。

 

 

 

12月31日大晦日 午前8時。東京ベイ有明ワシントンホテルロビー。

 星奈が金と権力にものを言わせてビッグサイトに最も近いホテルの部屋を強引に借りて宿泊した隣人部一行はロビー前に集合していた。

「昨夜は怖かったんじゃあ」

 黒ゴスロリ衣装に身を包んだ小鳩は胸に手を当てて鼓動を鎮めようと目を瞑っている。

 昨夜の部屋割りは、図ったかのように星奈と同室を宛がわれた。今日この日の為にと思い、冬休みの家庭教師中に星奈がベタベタ触ってくるのは耐えた。

 でも、同じ部屋で寝るのは耐えられなかった。小鳩は身代わりを立てて電気を消した後にマリアとこっそり入れ替わった。

 神の力が宿るベッドだと説明したら幼女シスターはあっさり部屋割りを変えてくれた。

 そして小鳩は見てしまった。

『小鳩ちゃ~~ん♪ ペロペロペロ(^ω^)ペロペロペロペロ(^ω^)ペテロペロ♪』

 ぐっすりと眠り込んでいるマリアの頬を猛然とペロペロして舐め回す星奈の姿を。マリアの顔があっという間に涎でベトベトになっていく様を。

『何で小鷹はあたしを襲いに来ないのかしら? あたしのこと、お嫁さんにしたいと思わないの?』

 しかもマリアを舐め続けながら夜這いがないことに不満を述べていた。その傍若無人ぶりに恐れを抱き呆れつつ小鳩はそっと扉を閉めてマリアの部屋へと向かったのだった。

 

「コミケというのは存外に多くの人間が集まるイベントらしいな」

 夜空がげっそりとした表情で部活メンバーの顔を見回す。

「何でも今日1日で10万人を超える人があの会場に入るらしいです」

 理科が青ざめた表情で呼応する。

「10万以上っ!? 私は今日、このホテルから1歩も外に出ないぞっ!」

「理科もそんな多くの人を見たらリアルユニバースな世界に飛び立ってしまう自信があります」

 夜空と理科は首を横に激しく振りながら不参加を表明する。人混みが苦手な2人にとって歩く隙間もないほど人が押し寄せるコミケは悪夢のイベントに違いなかった。

「にゃっはっはっはっは。情けないのだ、うんこ夜空は~。その点、わたしは人が多くても気にしない強い子だからコミケに参加することも何でもないのだ~♪」

「お前の場合、情操教育に悪いから、コミケ行きは却下だ」

「3日目は成人男性向けの同人誌が多く販売されますからねぇ。10歳のマリアさんは行かないのが無難でしょうね」

 夜空と理科はマリアを引き止める。

「エッチなのぼりとかも多いらしいからな。マリアはそっちで預かっていてくれ」

「ええ~それじゃあ面白くないのだ」

「マリアにはまだ早い。代わりに2人に他の所に連れて行ってもらえ」

 小鷹はマリアを夜空たちに託すことにした。

 

「で、開場は10時からなんだろ? まだ2時間あるのにもう出ないとダメなのか?」

 小鷹が星奈へと顔を向けて尋ねる。

「何も分かってないのね、小鷹は」

 人差し指を左右に揺らしてチッチッチと舌を鳴らしながら星奈が偉ぶる。

「コミケの入場時は長蛇の列と相場が決まっているの。なら、良い位置を確保して入場する為には予め並んでおく必要があるのよ」

「でも、その列って始発に乗ってやって来る人が多いそうですから、今から並んでも遅いのでは?」

 理科が控えめに手を挙げて意見を述べる。

「…………と、とにかく早い時間帯に並んでおけばそれだけ早く会場入りすることができるわ。さあ、出発するわよ!」

 にわか知識しか持っていないことを披露した星奈は再び偉そうにふんぞり返った。

 小鳩をはじめとする隣人部は白い瞳で彼女を見たが、それ以上追及することはなかった。

 

 小鳩、小鷹、星奈、幸村の4人は夜空、理科、マリアに見送られながらホテルの外に出る。そして──

「なっ、何なのよぉ~~っ!? この東京とは思えない天変地異な猛吹雪は~~っ!?」

 出発して10秒もしない内に猛吹雪によって遭難することになった。

「クックックック。コミケと言えば、天が荒ぶり夏は50度以上、冬はマイナス50度以下になるのが常識。この程度の寒さ、闇の眷属である我には何ら……クッチュン!」

 震える一行。東京なので大丈夫だろうと思い十分な防寒対策を準備してこなかった。

 体が一気に芯から冷えていく。

 更に絶望的な光景が小鳩たちの気を重くした。

「大金を出してヤプオクでゲットしたサークルチケットを使ってさっそく入場する……ぎやぁああああああああぁっ!?」

「ダミーサークルは最高でござ……ぎやぁああああああああぁっ!?」

 嬉しそうに悪事を口にしていた男たちの脳に氷柱が命中。絶命した男たちは強風に飛ばされ海へと運ばれていった。

「コミケでズルをすると死しか待っていないって都市伝説は本当だったのね」

 星奈が顔を青ざめ唇を紫に変色させながら目の前の壮絶な光景に絶句する。

「やはりコミケは人を超えたイベントなのじゃあ」

 小鳩は兄に必死にしがみつきながら神々の裁きに恐怖していた。

 

 出発して3分後には現在位置を完全に見失い、小鳩たちはいよいよ死を意識始めた。

「あんちゃん……うち、もうダメたい」

 体の一番小さな小鳩は特にダメージが大きい。急激に睡魔が襲ってきている。

 そんな時だった。

「あの、良かったらわたしの予備のカイロを使ってください」

 勇猛果敢なコサック兵のような服装をした美少女に話しかけられたのは。

「天使……?」

 服装はコサックでも小鳩の瞳にはその美少女が天使が降臨したように感じられた。

 

 

 

 

4 新垣あやせの初陣

 

「会場内も寒い。けど、外よりは全然マシなんじゃ~」

 隣に座る小鳩ちゃんが大きく安堵の息を漏らします。

 彼女に声を掛けるのが手遅れにならなくて本当に良かったです。

「防寒グッズは色々と用意していますからどんどん使って温まってくださいね」

「うん。……ありがとう」

 俯いて顔を赤くしながらお礼を述べる小鳩ちゃん。

 本当、可愛らしいです。ブリジットちゃんにそっくりです。

 しかもこの可愛らしさでわたしとは1歳しか違わないというのだからまた驚きです。

「イベントが開始になったら、お友達の所を訪ねて頂いて構いませんので、それまでわたしとサークルスペースの準備をお願いします」

「分かったのじゃ」

 コクっと頷く小鳩ちゃん。

 彼女には桐乃の代わりのサークル要員として会場入りしてもらいました。わたしがお誘いしたのです。

 

『うちは蛇王真眼の真実を確かめんとならんのじゃ。ホテルに帰るなんてできん』

 

 強い瞳で小鳩ちゃんはお兄さんである小鷹さんに訴えていました。

 でも、ゴスロリ衣装でコートも着ていない彼女があの極寒の地で数時間も耐えられる訳がありません。

 だから、その解決策を先に会場入りすることにわたしは求めたのでした。

 

『小鳩ちゃ~ん。あたしも後で合流するからちゃんといい子でいるのよ~』

『お前はあんちゃんから離れろ!』

 

 小鳩ちゃんが小鷹お兄さんの彼女であるらしい柏崎さんというグラマラスな美人にキツイ瞳を送っているのが印象的でした。

 

「ご近所のサークルに挨拶終わったぞ」

 お兄さんがわたしたちのスペースへと戻ってきました。

 手には何冊もの同人誌を抱えています。ご挨拶の交換で何冊かいただいたようです。

 何かこうして本を手に入れると同人作家になったって感じがします。

「お疲れ様でした」

「挨拶回りはマネージャーのバイトで慣れてるからな。それに俺に装飾レイアウトの才能はないから適材適所だよ」

 お兄さんとのちょっとしたやり取りに嬉しさを感じます。

 これって、お兄さんが外で仕事をしてわたしが家の中の守る。古式ゆかしい夫婦像って感じがしてちょっとトキメキを覚えてしまいます。

「…………おかえり」

 人見知りな小鳩ちゃんは半分わたしの後ろに隠れながらお兄さんを出迎えます。

 子供がいる3人家族の家庭。いいじゃないですか。これ♪

 島中の特に注目を集めるわけでもない配置というのがわたしたちの未来の慎ましやかな暮らしを暗示しているようでまたいいです♪

 

「で、あやせ」

「何でしょうか?」

 お兄さんがジッとわたしの体を覗き込んできます。でもそれはエッチな瞳ではなく、よく分からないと言った感じの瞳でした。

「そのRPGにでも出てきそうな女戦士のコスプレは一体何なんだ?」

 青い半袖のスカート部分の前が割れた服。濃青のミニスカート。胸当てプレート。確かにRPGの女戦士の初期装備のような服装。それもそのはず。

「ああ。これはですね……」

 お兄さんは元ネタが分かっていないようなので説明しようと思ったその時でした。

「SAOのサチ、じゃ」

 代わりに答えたのは小鳩ちゃんの方でした。

 小鳩ちゃんはわたしのコスプレの元ネタをちゃんと理解していました。

「SAO? サチ?」

「SAOというのはMMOを扱った大人気のアニメ作品のことで、サチというのはその作品に出てくる女の子キャラですね。主人公のキリトのことを想いながらも途中で非業の死を遂げてしまう薄幸なキャラなのですが、健気で可愛くて、そして声優が早見沙織さんで超がつく美声なんです♪」

「ああ。あやせは早見沙織の大ファンだからな。納得の選択だ」

 お兄さんは納得という風に首を縦に振ってくれました。

 大好きな超美声声優早見沙織さんの演じるキャラクターのコスプレをして気合を入れたいと思います。

 

「……コスプレが被ってビックリです」

 3人でスペースの準備を進めていると、慎ましやかな美声が正面から聞こえてきました。

 同人誌をダンボール箱から取り出す作業を止めて顔を上げると、ピンク色の髪をした無表情でわたしと同じ服装の女性が立っているのが見えました。

「サークル『シナプス』のイカ☆ロス先生っ」

 イカ☆ロス先生はわたしを同人の道へと引き入れてくれた恩人でもあり、超大手BLサークル『シナプス』の主です。

 加えて顔も綺麗でスタイルも抜群で背中に生えている2枚の大きな翼は人目を引くのに十分です。

 そんなすごい女性がわたしのサークルにやって来たので周囲のサークルの方もざわめきはじめました。

「お、大物じゃあ。闇通信世界でもその名を広く知られている超大物が降臨したのじゃあ~」

 小鳩ちゃんも綺麗な青い瞳を大きく見開いて驚いています。

 わたしは去年の冬コミで初めてイカ☆ロス先生のことを知ったのですが、やっぱり超が付く有名人だったのですね。

そう言えばわたしは去年の冬コミに中学3年で参加して、何故今年の冬コミも中学3年生として参加しているのでしょうか?

……気にしたら負けですね。

 

「えっと、どうしてわたしがサークル出場していることをご存知なのでしょうか? ご迷惑かなと思ってお知らせしませんでしたのに」

 わたしと先生の間には確かに去年の冬にちょっとした縁ができました。でも、それはほんのちょっとしたものでした。

同人作家としてこれからスタートを切ろうとしているだけのわたしが、超大手として長年活躍しているイカ☆ロス先生に偉そうに自分を紹介なんてできません。

だから今回の冬コミにサークル参加することは伝えていませんでした。

「……盟友黒猫さんからあやせさんがサークル参加することを聞いてやってきました」

 先生は変わらぬ無表情で答えました。

「黒猫さんから、ですか?」

 意外な連絡ルートでした。

「……黒猫? もしかすると……堕天聖黒猫のこと?」

 小鳩ちゃんも黒猫さんの名前を聞いて反応を見せました。もしかすると2人は知り合いなのかも知れません。小鳩ちゃんも真っ黒いゴスロリ衣装で黒猫さんと同系統の服ですし。

「イカ☆ロス先生は黒猫さんのことをご存知なのですか?」

「……はい。わたしは黒猫さんの大ファンですから」

 先生は小脇に抱えていた本をわたしに見せてくれました。

 赤と黒の何ともホラーチック漂わせるマスケラ本の表紙のその本の下部には『神聖黒猫騎士団(ブラックナイツ・ノヴァ)』の文字が。

これ、黒猫さんのサークルの名前です。

「……先ほどご挨拶に伺って新刊を交換させてもらいました」

 ほんのちょっと嬉しそうな先生。

「……黒猫さんの作品は人間の暗い裏側とそこに身を置く者の苦悩と正面から向き合っています。一般受けはしませんが、私は大好きです。とても人間らしくて」

 黒猫さんの本を抱きかかえながら誇らしげに語るイカ☆ロス先生。

「そうですね。黒猫さんは自分にしか描けないものをとことん追究して描いている。そんなあの人の作品はわたしも大好きです」

 先生に頷いて返します。

 創作の際にわたしが師と仰いでいるのは黒猫さんです。

 桐乃に依拠した方が、きっとたくさん売れるキャッチーなものは書けるのではないかとは思います。桐乃はアタリを嗅ぎ分ける能力に長けています。

 でも、わたしにとって創作というのはそういうものではなくて。

上手く説明できませんが、イカ☆ロス先生や黒猫さんに圧倒されたから。憧れたから自分も足を踏み込んでみたいと思った世界なわけで。

 

「……では、あやせさんの作品も見せていただけますか?」

 イカ☆ロス先生が自分の新刊をそっと差し出しながらわたしに尋ねてきました。

「えっ?」

 その突然の申し出に驚くしかありません。

「……金のオーラを放つ未来の同人界の神の原石の処女作。私に見せていただけますか?」

「えっと。あっ、はい……」

 先生の言葉に混乱しながら同人誌を1冊ダンボール箱から取り出してお渡しします。

「……これは私の新刊です。『桜井智樹の肉便器天国in空美学園』マスターが学校内で肉便器として扱われ、男子教員と男子生徒の性処理道具となる桜井智樹総受け本です。今回は学校内というシチュエーションにこだわってみました」

「あっ、ありがとうございます」

 恐る恐る本を受け取ります。

「何で女ってのは、ホモ本が好きなんだ?」

 漆黒のコスプレをしたお兄さんが眉をヒクヒクさせながら先生の本を眺めています。

 表紙にはヘヴン状態の恍惚の表情を浮かべている裸の少年が描かれています。

「……ホモの嫌いな女の子はいませんから仕方ありません」

 サラッとすごいことを述べる先生。

 わたしは、同性愛は別に好きではないのですが。

 とはいえ、せっかく頂いたのに見ないわけにはいきません。

 早速ページを開いてみることにします。

 

『フム。智樹よ。催した。早速肉便器として働いてもらうぞ』

『ちょっと守形先輩っ!? 今は体育の授業中。俺は長距離走の最中なんっすよ』

『智樹の揺れる尻に欲情した。走ったままで構わないので性欲処理させろ。拒否権は認めない』

『そんな無茶苦茶なぁ~~っ! へっ、へっ、ヘヴ~~~~ンっ!!』

 

「すっ、すごいっ! とっても面白いです!」

 イカ☆ロス先生の漫画を見た瞬間に、わたしは自分の背筋をゾクゾクとした感覚が走ったのでした。

 興味のないホモ漫画なのに、ストーリーはぶっ飛んでいるのに。わたしはあっという間に漫画の世界に引き込まれていったのでした。

「これが……同人界の女王の実力。女王の漫画」

 描く側になってから更によく分かるようになりました。先生の漫画家としての実力がどれほどすごいものであるかを。

 わたしの漫画とは天と地ほどの違いがある圧倒的な完成度。そして面白さ。

 これなら、冬コミに参加する腐の付く女性たちが┌(┌^o^)┐と化してBL本をかき集めたくなってしまうのも納得です。

 こんなすごい人がいる世界で果たしてわたしはやっていけるのでしょうか?

 すごく、不安になってきました。

 

「……あやせさんの本。恋する女の子の気持ちが正面から描かれていて、とても素敵です」

 わたしが不安に駆られていると、本を読み終えた先生がニッコリと笑いかけてくれました。

「あっ、ありがとうございます……」

 でも、あまりにもすごい同人誌を見せられてしまったわたしにはその言葉を文字通りに受け取ることができませんでした。

「……技術は一生懸命描き続けていれば誰でも後から付いてきます。同人誌で最も大事なのは、伝えたい想いと正面から向き合い作品として完成させて世に送り出すことです。言い換えれば100%の愛情投入でしょうか」

 先生は優しく教えてくれました。

「……どんなに技術がすごくても、伝えたいものがないなら、100%の力を出し切れていないのなら。それは寂しい同人誌だと私は思います」

「先生……っ」

 先生の言葉に胸が詰まります。

「……オタク嫌いの主人公の女の子が、趣味のことで親友と喧嘩をして、その親友にオタク趣味を吹き込んだお兄さんのことを最初は憎んでいるのだけど、段々と心惹かれていって最後には大好きだと自覚する。その心情の変化がとても感情移入できて素晴らしいです」

 イカ☆ロス先生がとても楽しそうに目を細めました。

「えっ? その物語って……」

 まだわたしの作品を見てもらっていないお兄さんが驚きの声を上げます。

「……あやせさんはとても素敵な恋をしているのでしょうね」

「はっ、はい」

 顔が真っ赤になります。恥ずかしくて先生の顔をまともに見ることができません。

 だけど、わたしがお兄さんに恋をしているのは事実で、それを否定する気には到底なれなくて。

 

「……さて、そろそろ時間なので私は自分のサークルに戻ります」

 真っ赤になって俯いたままのわたしにイカ☆ロス先生は声を掛けました。

「あっ。はい。わざわざお越しいただいてありがとうございました」

 顔を上げて先生にお礼を述べます。

 見れば周辺のサークルの方たちがとても羨ましそうな表情でわたしを見ているのが視界の隅に見えました。

 みんな先生と縁を作りたくて。でも恐れ多くて近寄れない感じで取り巻いています。

「……あやせさんとシャッター前で軒を並べてサークル参加できる日を楽しみにしています」

 イカ☆ロス先生が背中を向けて去ろうとするその時でした。

「1つ、教えて欲しいんよ」

 声を発したのは小鳩ちゃんでした。

「……何でしょうか?」

 先生が再び振り返ります。

「さっき言うとった黒猫っていう女が、この会場のどこにいるのか教えて欲しいんよ」

 小鳩ちゃんはグっと拳を握りしめて強い決意をその綺麗な瞳に宿していました。

 

 

 

5.羽瀬川小鳩の決意

 

「うう。堕天聖黒猫のスペースは一体どこなんじゃ~?」

 午前11時50分。あやせのサークルスペース『ラブリーエンジェル』を出た小鳩はひとりで黒猫のサークル『神聖黒猫騎士団(ブラックナイツ・ノヴァ)』のスペースを探していた。

 けれど、館内は広大で人は多く、スペース場所をメモしたものの、肝心の自分の位置がよく分からない。

 加えて黒猫のスペースは西館にあり、10分ほど歩いて移動しなければならない。

 コミケ初心者の小鳩にとっては辛い移動だった。

「西館というのは一体どこのことなんじゃ~~っ!」

 上を見上げて所々に表記されている案内を頼りに移動する。けれど、訪れたことのない場所での移動は小鳩の心を不安にさせるのだった。

「やっぱりあやせの所に戻って……いかんたい! これはうちの問題。邪王真眼を救うんはうちの仕事たいっ!」

 自分に喝を入れ直して進む。

 長蛇の列に沿って移動しながら西館を目指し、ようやく大きく開けた場所まで辿り着いた。

 巨大なゲートの奥には大量のテーブルが配置されているのが見える。

 西館のサークルスペースにたどり着いたのは間違いなかった。

 

「やっと……辿り着いたのじゃあ~」

 小鳩から大きなため息が漏れ出た。

 けれど、ゲートの奥にはまた巨大な空間に何百何千というテーブルが見える。

 その中からたった1つのサークルを探すのは小鳩にとって至難の業に思えた。

「う~~」

 思わず弱音が漏れてしまう。

 と、ゲートの前で唸っている時だった。

 

「おおっ。黒猫氏ではありませんか? 売り場はどうされたのですか?」

 背後から突如声を掛けられた。

「へっ? 黒猫?」

 知らない声だったので恐る恐る振り返ってみる。

 すると、180cmほどもありそうな大女が小鳩を見下ろしていた。その大きさに小鳩は恐怖する。けれど、もっと恐ろしかったのは──

「その身長と胸でシリカのコスをするのは無理があるんじゃい」

 赤い外套に黒いミニスカートと黒いニーソックス。更に肩には小型の龍をマフラー代わりに巻いている。

 SAOのシリカのコスプレをしているのに間違いなかった。

 けれど、そのシリカはロリキャラであり、大人の色気と身長を全面に出しているこの大女には似合っているとはとても言えなかった。

「はっはっはっは。これは手厳しいですな」

 大声を上げて笑ってみせる大女。

「ところで、黒猫氏と声も姿形もそっくりな貴方は一体どちら様でござるか?」

「いや、勝手に声を掛けてきたのはお前の方なんじゃ」

 小鳩は大女を白い目で睨む。

 大女は小鳩の指摘を受けて姿勢を正した。

 

「これは申し遅れました。拙者は沙織・バジーナと申します。以降、お見知りおきを」

 明らかに年下である小鳩に向かって丁寧に頭を下げる沙織。

 その態度に人との付き合いが得意でない小鳩としても無碍な振る舞いを続けるわけにはいかない。

「クククク。我は悠久の時を生きる吸血鬼の真祖レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌じゃ」

 オタクの巣窟なので中二的に自己紹介しても誰にも咎められないことに少し安心する。

「それで、レイシス氏は入口付近で立ち往生してどうなさったのでござるか? お仲間とはぐれたとか?」

 沙織は心配そうな声色で小鳩を見ている。

「はぐれたのではなく、闇の眷属の仲間を探しちょるんよ」

 人の良さそうな沙織の言葉に正直に事態を口にする。

「仲間、でござるか?」

「さっき、黒猫って口にしちょったけど、それってもしかして、千葉の堕天聖黒猫のこと?」

「おおっ! レイシス氏は黒猫氏をご存知でござるか。いやあ、邪気眼系中二病同士、やはり通じておったのですな」

 ちょっと失礼なことを言いながらも嬉しそうな表情を見せる沙織。

「我はその黒猫を探しておる。どこにおるか知っておるか?」

「ああ、黒猫氏なら──」

 沙織はゲートの奥を指差した。

「このゲートを潜ってまっすぐ進んで突き当たったら右の方にひたすら歩いていってくだされ。今回の黒猫氏は角配置されているので、労せずに探し出せると思いますぞ」

「おおっ。ありがとうなのじゃ」

 小鳩は沙織に向かって頭を下げた。

「お役に立てたようで何より。それでは拙者はこれより友人に頼まれた本を集めに東館に行ってくるであります」

 敬礼して見せる沙織。

「シリカはそんな風に敬礼したりせんのじゃ」

「ふ~む。意外性のシリカを狙ったのでござったが、敬礼は違和感が強いですかな?」

「そんなデカいシリカがいる時点で違和感はMAXなのじゃ」

 小鳩はクスッと笑った。

「ようやく笑ってくれもうしたな。拙者もシリカのコスプレをした甲斐があったというものでござる」

「……ありがとう」

 小声で沙織に再び礼を述べる。

 西館に移動するまでの疲労が吹き飛んだ思いだった。

「それではレイシス氏。縁があったらまたお会いしましょう」

「うん」

 力強く頷く。

 小鳩が短時間でこれだけ人に懐いたのは珍しいことだった。

「それではバイバイキ~ンでござるよ~」

 沙織は手を振りながら小鳩の元を離れていく。

「シリカはそんな挨拶……しはせんのじゃ」

 手を振って見送る小鳩。再び笑っている自分に気付く。

「まことコミケとはけったいな空間じゃ」

 小鳩は表情を引き締め直す。

 

「このゲートの先に堕天聖黒猫がおる。そして、黒猫の元におれば邪王真眼にも会えるはず。そうすれば……奴の身に何が起きたのかも分かるはずなんじゃ!」

 

 小鳩は両の拳に力を込めた。両手の指が真っ赤に染まっていく。

「ヨシっ! 行ったるんじゃい!」

 少女は友の異変の謎を知るべく、そしてその異変を解消すべく西館ホール内へと突入していったのだった。

 

 

 つづく

 

 


 
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