No.549472

四法の足跡・秘典 ~四法の夢~ 第二話 絶望を越えて

VieMachineさん

紹介
『ごめん・・・あと・・・ありがとう。』
山間の村での小さな出来事。自分の半身を失った青年は『彼』に出会う。
思いつめる青年に少女が告げた叫びが、失われた心と希望を取り戻す。

2013-02-28 00:10:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:253   閲覧ユーザー数:253

 四法世界は混乱を極めた。誰かが混沌を世界に呼び込み、大量の獣や精霊が異形の者としてあふれた。そんな時代の話。

 

 俺は幻獣だ。本来『忘れられし神』に使えるべき獣。でも友人との約束でここに残っている。この 世界の最後の幻獣として・・・

 俺、この世界ではシュリルフェン・トゥラームと名乗っている、は旅の万屋で、薬草から魔動法の かかった武器まで何でも取り扱う敏腕商人だ。

 連れの少女はノエル・イリハート。召喚士で唯一、俺を呼ぶことが出来る少女だ。彼女は 俺の司る言葉を知っている。

 今,俺たちは山間の小さな村に来ている。こういう所では俺のような行商人がどうしても 必要である。だから待遇はかなり良い。道端に商品を並べる必要もなく、村の空き家を店 舗として借りることもできる。

 

「フェイデンの秘石が欲しい。」

 

 青年は店番をしていたノエルにそういった。そんなこと言ったって幼い少女に通じるわけ がないだろう。俺はそう思い、店先に姿を現した。ノエルが黙って場所を譲る。

 

「フェイデンの秘石はない。」

「しかし!」

 

 青年は俺の言葉に店前ののぼりを指していた。

『何でもそろう。薬草から魔動法のかかった剣までシュリルの店超特価割引中』

 改めて見るまでもない。その文句は自分で書いたのだから。

 

「ないものはしょうがないだろう。しかし、青年。フェイデンの秘石とは穏やかでないな 。」

 

 フェイデンの秘石は魔動法によって作られる。その効果は『意思ある者の意思を操る』と いうものだ。その石の力は強く幻獣である俺ですら抗うことは出来ない。

 

「よかったら訳を聞かせてもらおう・・・青年。名は何という。」

「僕はイレン・クラウディス。精霊使いだ。」

 

 ノエルの眉が僅かにしかめられた。名前が良くない意味なのだ。しかし、これは風習であ るから仕方ない。子供に悪い意味の名をつけることによってその悪い事を防ぐというもの で、特に四法使いの家系では多く用いられる風習だ。だが、幼いころはその名に引かれて悪 影響を与えることがある。成長するに連れてその名の呪縛を断ち切り、魔除けの力を見つ け出していくのだ。もちろん、その過程において自らの名にトラウマを持ってしまう子供 も少なくない。ノエルもその口で、自らの名に負い目をもっていた。だから、彼の名を聞 いて顔をしかめているのだろう。

 見たところ彼がその名、『迷い』に引きずられている様子はない。

 

「5年前の事だ・・・」

 

 青年の話を聞く。イレンは5年前、自分の盟友であった風の精霊シルフを異形の者にしてしまったらしい。

 世界の性質を見分ける精霊使いである彼はその例にもれず、世界の状態を見極め万が一に でも精霊を混沌に触れさせないよう注意をしていたようだ。

 

「でも僕はファイを・・・」

 

 イレンはある日、異形の者に襲われた。そこで風の精霊シルフを呼び出してしまったそう だ。異形の者の回りにはたいてい混沌が取り巻いている。よほど強い意思力で獣や精霊を 力づけてやらねば容易に混沌は伝染する。

 

「僕はファイに力を与えつづけてやることが出来なかった。僕は異形の者から逃げること だけを考えていた。僕は・・・ファイを自分の身代わりにしたんだ!」

 

イレンは慟哭した。

 

「僕は異形の者からあわてて逃げた。僕の盟友からも・・・。それ以来、風の声は聞こえ ない。ファイだけじゃない他のシルフの声さえ・・・僕には届かない。」

 

 それでフェイデンの秘石が欲しいのか・・・フェイデンの秘石はその力を発揮する瞬間、 使用者と目標の心をつなぐ。イレンはその瞬間が欲しいのだ。

 俺は彼に言ってやった。

 

「杖を・・・貸してやろう。その杖に触れる者の心をつなぐ杖だ。」

 

 イレンは驚愕の表情で俺を見た。半ば諦めていたのかもしれない。

 

「ただし、触れる者のみだ。風の狂精にそれを突きつけることが出来なければだめだ。そ れでもいいか。」

 

 イレンは喜んだ。それはそうだ、諦めかけた目的を果たすことが出来るのだから。

 

「分かった。僕は必ずもう一度ファイと話をする。」

 

 そういう青年の顔を曇らせるようなことを俺は言わなければならない。それが決まりだ。

 

「ただ・・・貸賃としてお前の夢をもらう。」

 

 ノエルが驚いたように俺を見た。数年前、同じ言葉を俺はノエルに言っている。

 

「夢?どう言うことかわからない。」

 

 イレンはノエルの表情に気づかず、数年前のノエルと同じように聞き返してきた。俺は同 じように説明してやった。

 

「そう夢だ。夢と名のつくものをどれか一つ。それはお前が昼間森で見た白昼夢かもしれ ないし、お前にまとわりつく夢魔かもしれない。迷ってもいい、イレン。良い夢も悪い夢 もあるだろうが夢は日々の想いだ。良く考えろ。」

 

 イレンは長くは考えなかった。

 

「百万の夢よりも今の僕には一瞬の現実のほうが重要だ。」

 

 彼の頭は縦に振られた。

 それを合図に俺は店の片隅にいつのまにか置いてあった黒い杖をノエルに持って来るよう 指示した。

 

「必ず返してくれよ。大切なものだ。」

 

 俺の言葉にイレンは頷いた。

 

「夜になったらファイに会いに行く。」

 

 イレンは自分の望みをかなえてくれる漆黒の杖をしっかりと握りしめていた。でも俺はひ とつだけ危惧があった。その決意の現れともとれる行為は、あることを暗示していた。ノ エルのときもそうだったが、彼がそうならないことを祈ることだけしか俺には出来ない。

 

「ノエルを連れていくといい。良い相談相手になるだろう。」

 

 何もできない代わりに俺は一応は忠告しておくことにした。

 

「お前は全て自分の考えでどうにかなると思ってないか。他人と話すことは逃げることだ と勘違いしていないか。お前一人では受け止めきれない事実もこの世には有るかもしれな いのに・・・」

「だが・・・危険だ。」

「今のお前のほうがよっぽど危険だ。」

 

 もし精霊の心がお前の想像もつかないようなものだったら、お前は壊れてしまうだろう。 俺はそうは口にしなかった。不安だけを煽るばかりの無益なものだからだ。

 イレンはしぶしぶノエルを連れていくことを約束した。

 

「ごめん・・・こんなことに付き合わせて・・・。」

「こんなことと言うほど軽いことでもないわ。」

 

青年の小さな呟きに少女がボソッと答えた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ちょっとその杖を貸してよ。」

 

ノエルはそう言うと青年から杖を受け取った。少女は知っているのだ。

 

(ねえ。シュリル、シュリルなんでしょ。)

 

そう、俺は今杖となっている。

 

(なんで私を同行させたの?)

(なんでだろうな。自分で考えろよ。)

 

ノエルの言葉に俺はそう答えた。だって少女には自分の役割が分かるはずなのだから。時 が来れば・・・

 

(お前はお前が思ったとおりにすればいい。)

 

ノエルは少々不満のようだったが青年に杖を返した。今度はイレンの思いが流れ込んでく る。

 

(許してくれ・・・ファイ。僕を許してくれ、君が正気を取り戻すためなら僕は死んだっていい・・・)

 

 俺はため息をついた。大丈夫だろうか。イレンは思い詰めている。無理もない、精霊使いにとっての盟友とは 自分の半身のようなものだ。ノエルよ、彼の心を癒してやってくれ、もしもの時は・・・

 

「行こうか・・・」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 風は狂っていた。

 イレンがやって来ても、風は落ち着きはしなかった。

 夜の街道にイレンとノエルは立っている。イレンが一歩前に出る。手には夜に溶けている 漆黒の杖が握られていた。

 

「風の精シルフよ。僕の歌を聞いて・・・ファイ!!僕だよ!わからないのか!!!」

 

 精霊使いは歌で精霊と話をする。しかし彼の呼びかけに異形の者となった精霊は答えてい ない。

 

「うっ!」

 

 イレンの肩が裂けた。異形の者が通り過ぎたのだ。

 イレンは杖を構え我武者羅に振り回す。素早い異形の者に狙って当たるわけがないの だ。しょうがない。

 傷はどんどん増えていく、しかし異形の者にその杖の先は当たらない。

 

「お願いだ!僕の声に答えてくれぇ!!ファイィィィ!!!」

 

 イレンは杖を突き出した。異形の者がそれをはじく・・・しかし、触れたことには変わり がない。俺はイレンに向かって精霊の心を流してやった。

 

「なっ・・・あ・・あ・・・・・」

 

 青年は動きを止めた。異形の者が通りすぎまたひとつ彼に傷をつくった。

 

「僕を殺したいのか・・・。」

 

 青年の手から杖がこぼれ落ちた。青年には再び傷痕が刻まれる。

 杖はノエルの手に握られた。

 

(何があったの?)

 

 俺はノエルにも同じ感情を流してやった。人間の入る隙間もない憎悪をだ。でもこれは彼の盟友の本当の心ではない。混沌とはそういう物だ。もしあらがえず、流されれば絶望とあきらめと憎しみを生み出す。

 ノエルは小さ く呟いた。

 

「可哀相・・・誰もが・・・。」

 

 俺はノエルに伝えてやった。

 

(ならば祈ってやれ。イレンはまだ、彼の目的を果たしてはいない。祈ってやれ。俺の、 シュリルフェン・トゥラームの真の名が彼に届くように。彼が壁を乗り越えられるように !)

 

 ノエルは杖を強くつかんだ。そのままイレンの側に走りより、彼の手を開かせると再び強 く杖を握らせた。

 

「イレン・クラウディス!貴方は何のためにここにいるの!」

「ファイの願いを叶えてやるため・・・僕はここで死ぬんだ。」

「違うでしょ!貴方は何をしにここに来たの。救ってやるためじゃなかったの。あの哀れ な精霊を!貴方の言葉を伝えてあげてよ。何のための杖なの。この杖は貴方を絶望させる ための杖じゃない。貴方の望みをかなえるための杖なのよ!貴方と風の精霊とのあいだの 高い壁を貫く力なのよ!!」

 

 ノエルの叫びはイレンに伝わったのか。分からない。

 

「シュリルフェン・トゥラーム。彼に貴方の力を!!困難に打ち勝つ力を!」

「困難に打ち勝つ力?」

 

 イレンが呟く。そうだ。それが俺の力。俺の真の名。

 諦めるなイレン。死して楽になろうとするな。理解できないものから逃げるな。絶望する な。

 

「召喚。幻獣ユニティプア。克服への願望を糧として。」

 

 ノエルの叫びと、イレンが再び異形の者へ杖を突き刺したのは同時だった。

 彼の願いは達せられた。俺は確かに風の精霊に彼の言葉を送った。短くしかし大切なその一言を。

 

『ごめん・・・あと・・・ありがとう。』

 

 俺は俺の姿をした。黒い馬の体に長い角。黒い杖は黒い幻獣となった。

 異形の者は動きを止めていた。俺はその哀れな精霊に角を刺した。再び正しい心を持ち 青年と話せるように。法を定め取り戻すユニコーンの角の力。

 

「夢を・・・貰いにきた。」

 

 イレンは呟く。彼は新たに何かを知ったようだった。

 

「シュリルフェン・トゥラーム・・・やっぱり僕には、夢より今が大切だったんだ。」

「そうか・・・よかったな。」

 

 俺はイレンの額に口で触れた。夢を食べ混沌に戻す貘の力。

 

「絶望と死は人間の墓地だ。それは信念の崩壊と幻滅によってもたらされる。イレン。お 前はそれを振り切ることが出来たのだから、再び捕らわれてはいけない。俺のシュリルフ ェン・トゥラームの真の名を忘れるな。」

 

 青年は目的を果たした。俺には彼が盟友の風に包まれている姿が見えるようだった。それ は美しく透明な夢・・・。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ねえシュリル。どんな夢を食べたの?」

 

 あれから数日が過ぎ、俺たちは街道を歩いている。

 

「ねえ・・・」

「ノエル。人の夢を探っては駄目だ。この夢は彼だけのものなんだから。」

 

 俺は、その言葉を聞き不満げな少女の体を背負い上げた。

 

「偉かったな、ノエル。」

「えっ・・・」

「だから今回のこと。」

 

 ノエルは俺の言葉に顔を赤く染めた。ユニコーンの血が・・・やばい?

 

「ただ私は・・・あの時はああするのが・・・正しいかな・・・って思っただけで。」

 

 我が友、フェルディ・アードよ。人間はかくも成長するものなのだな。俺も変わっていくのだろうか・・・無限の時を生きていく俺だが・・・

 ノエルを見ながら思う。この愛すべき世界を救えるのなら、確かに命も惜しくないかもしれない。

 おっとイレンからもらった夢に影響されたかな?

 

「ノエル。お前いま何歳だ。」

「んっ12歳」

「そっか。」

 

 この子も成長していくのだろう。いろいろな困難を乗り越えて。

 俺も成長するに違いない。この子と一緒なら・・・。

 

「イレンからもらった夢は、あの時彼が感じたそのまま死んでもいいという幻だ。夢死と いう名のね。」

 

第二話 Over the despair / Fin

 


 
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