No.54289

さようなら、一刀? ~『絶』対にあなたといつまでも~

DTKさん

『お帰りなさい、一刀!』で、書こうか書くまいか迷って、書かなかったオチ
+華琳以外との絡みも見たい、と言う要望にお答えした形の作品です

また、前回とは違った風味になっていますので
よろしければ、その辺含めてお楽しみ下さい^^

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2009-01-25 23:58:46 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:39838   閲覧ユーザー数:22883

「ただいま、華琳!」

 

「お帰りなさい、一刀!」

 

 

 

 

 

「一っ…」

 

私は再び、一刀の腕に抱かれようと地を蹴ろうとした。

と、その私の横を二つの影が、すごい速さで通り抜ける。

 

「兄ちゃ~~ん!!」「兄様っ!」

 

季衣と流琉だ。

二人は一刀に飛び掛り、その胸にすがりついた。

 

「兄ちゃん………ばか…どこ行ってたんだよ…」

「あぁ…兄様…………おかえりなさい、兄様…」

 

そうだ。

季衣や流琉、そして私以外のみんなも、一刀を想い、その帰りを心待ちにしていたのだ…

 

(私が独り占め、というのも、器が知れるわね…)

 

私は飛び付きたいという気持ちを、少しだけ我慢した。

 

 

 

俺に勢いよく飛び付いて(タックル?)きたのは、季衣と流琉。

 

「兄ちゃん…」「兄様…」

 

その二人は今、両脇から俺に抱きついている。

あぁ……この二人も、本当に久しぶりだ…

俺は改めて、この世界に帰ってきた事を実感する。

そんな二人の頭を、俺は優しく抱きしめる。

 

「ただいま、季衣、流琉。寂しい思いさせちゃったな…」

「「う…うわぁぁ~~ん!!」」

 

それまで溜まっていたものを吐き出すかのような、叫び、涙。

俺が消えてしまったことで、幼い二人の心に、どれだけ深い傷を与えてしまったか…

 

俺は優しく、優しく二人の頭をなでる。

 

「…っく……兄、ちゃん…」

「……っすん…兄様…」

「少し落ち着いたか?」

「……うん」

「ごめんなさい兄様。私、少し取り乱してしまって…」

 

ようやく落ち着き、俺に見せた二人の顔は、涙で目を赤くし、どこか元気がない。

俺は、二人のこんな顔を見たいんじゃない…

 

「さあ、二人とも。俺に、二人の笑ってる顔を見せて」

 

俺の呼びかけに、二人は顔を合わせ、目をパチクリさせる。

そして

 

「えへへっ…うん!」

「はいっ、兄様!」

 

満開の笑顔を、咲かせてくれた。

そう。二人には、本当に笑顔が良く似合う。

華琳に会いたい、ってのは勿論だけど、二人の…みんなのこんな顔が見たくて、俺は帰ってきたんだ……

 

「…そういや二人とも、ちょっと見ないうちに、大きくなったんじゃないか?」

「へっへ~、兄ちゃん分かる?ボク、流琉よりも大きくなったし、あのちびっこなんかより、ず~~~っと大きくなったんだよ!」

「ちょっと季衣、いい加減なこと言わないで!私の方が季衣より大きいじゃない!」

「何言ってるんだよ!絶対ボクの方が大きいよ!」

「私よ!」

 

場を和ませようとして言った一言で、何やら怪しげな雲行きを見せ始める。

なんか、これもすごい久しぶりな気がするんだけど……

 

「私!」

「ボク!」

「私よっ!!」

「ボクだ!!」

「なによっ!」

「やるか~?」

 

二人が手にしたのは、巨大鉄球と巨大円盤。

って、お前らそれどこからっ!?

 

「でりゃあぁあ~~~~!!」

「てえええぇ~~~~い!!」

 

ドゴーーン

 

「ぎゃあぁぁ~~!!」

 

「やるわね、季衣!」

「流琉こそっ!」

 

季衣の巨大鉄球を、流琉が器用に巨大円盤で、いなす。

流琉の巨大円盤を、季衣が巨大鉄球の鎖の部分で、弾き飛ばす。

 

二人が振り回す危険な得物は、お約束と言うには危険すぎるほど、俺の方に向かってくる。

 

「おう、始まったか…やれやれ~やんややんや~~!」

「どっちも頑張れ~!」

 

俺がやっとの思いで帰ってきた、しんみりとした空気はどこへやら

二人のケンカ(?)に慣れきった魏の面々は、俺をそっちのけで、そちらの方へ行ってしまう……

 

俺はその光景を、ぽかんと眺めるしかなかった……

 

 

「ったく、魏の娘たちは元気ね…」

「一刀さん、お帰りなさい!」

「雪蓮さん!桃香さん!どうしてここに…!?」

 

今まで気づかなかったけど、呉と蜀の王がどうして…

 

「どうしてって…あんたの所のご主人様に引っ張り出されたのよ…」

「華琳さんに、二人がいないと一刀が戻って来れないの…、とか言って泣きつかれちゃったんですよ~」

 

その一言に、少し遠くから話を聞いていたであろう華琳が反応する。

 

「なっ……ちょっと桃香!私はそんなこと言ってないわよ!」

「えぇーー!そうだったかな~、雪蓮さん?」

「言ってない、ってことは、泣いたことは否定しないわけね、華琳?」

「そ、それは……」

 

なんか三人とも、俺が知らないうちにずいぶんと仲良くなったな。

ま、三国の王がこれなら、大陸は安泰なんだろうなぁ~…

 

「なんだ華琳、俺のために泣いてくれたのか?」

「な……泣いてなんかいないわよ、ばかっ!!」

 

華琳は肩を怒らせて、向こうの方へ行ってしまった。

 

「ははっ…ちょっとからかい過ぎたかな?」

「何言ってるんだか……まったく、あんた達が羨ましいわよ」

「?」

「本当ですよー。私たちにもいい人できないかな~」

「そうね……ふふっ、私は、一刀でもいいんだけどねぇ~?」

 

そう言うと、雪蓮さんは胸を押し付けるように、俺の腕にしがみついてきた。

 

「なっ…!!」

「どう?あなたのその天の血。私だけでなく、呉のみんなに継がせてみない?」

「わっ!雪蓮さん大胆~…」

「また新たにこの世界に来たのをきっかけに、魏の種馬から呉の種馬に宗旨替えしない?」

 

ギュッと、さらに雪蓮さんが身を寄せ、密着度が増す。

 

それもいいかな~、と言う思いがふと脳裏をよぎる。

が、視界の端のほうで、こちらを睨んでいる華琳の視線が痛いことっ!

 

「い、いや、俺は……」

「ふっ…あははははっ!」

「えっ?」

「冗談よ、冗談!」

「え、え、え?」

 

雪蓮さんは俺から手を離し、何やらおかしそうに笑う。

え、何?冗談!?

 

「えー、冗談だったんですか~?」

「当たり前でしょ。もし、私や桃香が一刀を引き抜いたりなんかしたら、それこそ、今度こそ華琳に攻め滅ぼされるわよ」

「あぁ、それもそうですね!」

 

声をあげて二人が笑う。

なんだよ、二人して俺をからかってたのかよ~

こっちの世界に戻りたての俺にとっては、ずいぶん手荒い歓迎だよ…とほほ。

 

 

 

「まっ、個人的には一刀のことは嫌いじゃないけどね」

「私も、一刀さんのこと、好きですよ」

 

えっ………?

雪蓮さんと桃香さんの、突然の告白に少し戸惑う。

 

「ま、またぁ~!じょ、冗談なんでしょう?」

 

と俺は言うが、二人の目は笑っていない。

 

「これは、冗談なんかじゃ、ないわ。もし…私が華琳より早く、あなたと出会っていれば……正直、分からないわね…」

「そうですね。もし一刀さんが華琳さんの前ではなく、私たちの前に現れていたら……今頃は愛紗ちゃんや鈴々ちゃんなんかと、一刀さんの取り合ってたところかもね?」

 

 

 

………………

…………

……

 

 

そうか……

 

もし、俺がこの世界に初めて現れたところが、華琳の前でなかったら?

もし、俺がこの世界に初めて現れたところが、桃香さんや雪蓮さんの前だったら……?

蜀や呉で、二人と、二人の仲間と共に過ごす…

そんな『世界』が、あったかもしれない……

 

いつの間にか、二人はとても強い眼差しで、俺を見つめていた。

それはとても真剣で…何かを訴えるような、あるいは、何かを期待しているような…眼差し。

 

そんな『世界』は、あるわけないのに……

まるでそんな『世界』があるかのように…まるで自分が『そこ』にいるかのように、二人と共に歩む『世界』が、目に浮かぶ。

 

もし、そんな『世界』があったら……俺は?

 

 

 

俺は…………

 

 

 

 

 

それでも、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでも俺は、華琳に出会ったから」

「「…………」」

 

そう

たとえ、俺がこの世界のどこに現れたとしても、きっと…

いや、絶対に

 

俺は華琳に出会うから

 

これが俺の今の、正直な、気持ち

 

 

………………

…………

……

 

 

「……な~に真面目に応えてるのよ、あなたは」

「そ、そうですよ!そんなこと、あるわけ、ないんですから……」

「まったく!同じ手に二度も引っかかるなんて…あ~、可笑しいっ!」

 

 

 

だって……何故かは分からないけれど

二人がとても、悲しそうな顔をしていたから…

二人が今にも、泣き出しそうな顔をしていたから……

 

だから、変に同情したり茶化しちゃいけない…そう、思ったんだ。

 

 

 

「ま、そこまで言うんだったら…あの子を、この三国の誰よりも幸せになさい。もう二度と、華琳を悲しませるようなこと、するんじゃないわよ…」

 

ポンッ、と俺の肩を叩き、手をひらひらさせ、雪蓮さんは俺を通り過ぎていく…

 

「一刀さん…華琳さんと、絶っ対に幸せになってくださいねっ!」

 

ぴょこん、と俺の前でお辞儀をし、桃香さんも俺の前から去っていった……

 

 

まったくもう、一刀ったら……

相変わらず空気が読めないと言うか何と言うか…

この私をからかうなんて、いい度胸じゃないっ……

 

まだ、季衣と流琉のじゃれあいが続く中、私が席を外しても、三人の会話は続いていた。

私はそ知らぬふりをしつつも、そちらの方を意識し続ける。

さすがに盗み聞きは王者の品格に関わるので、近づきはしなかったけど…

 

 

 

ちょっと、雪蓮!

なに一刀に抱きついてるのよっ!

一刀もデレデレしないの!!!

そりゃ……私よりも雪連の方が胸はあるかもしれないけど…

 

あぁ…またべったりとくっついちゃって……

雪蓮………一刀っ!

私はギリッと、目で一刀を射抜く。

後で覚えてなさいよ……ッ

 

 

 

な…なによ……笑ってたと思ったら、三人で真剣に見つめ合っちゃって…

まさか……二人とも一刀のことを…?

いや、そんなはずは…そもそも、あの戦いが終わった日に一刀がいなくなったんだから、二人とも一刀のことなんて、よく知っているはずはないし…

 

あ、二人がこっちに来るわ…文句の一つでも言ってやらないと…っ

 

「ちょっと、雪蓮!桃、香…?」

 

 

 

えっ…?

 

「ちょっ……二人ともどうしたのよ!?」

 

私の方へ向かってくる二人。

その二人の目からは、涙が、一粒、二粒と、零れていたのだ…

 

「二人とも、何かあったの?…まさかっ、一刀に何かされたの!?」

 

そんな素振りは見えなかったけど……

しかし二人は、私の問いかけには答えず、私の前までやってきた。

雪蓮はギュッと両手を私の肩に置き、私の目を見据え

 

「華琳…あの男、捕まえて、もう二度と離すんじゃないわよ。あんないい男、そうそういないんだからね」

「え、えぇ……分かってるわ、よ…?」

「華琳さん!お二人で、絶っ対に幸せになってくださいね!さもないと私、一刀さんのこと奪いにきちゃいますからっ」

「そ、そんなことさせるものですかっ!」

 

スッと私の横に来てとんでもないことを口にする桃香に、思わず語気を強める。

そんな私の反応に、二人は微笑み合った。

その顔は、どこか寂しげに見える。

 

 

………………

…………

……

 

 

「華琳さん、私たち、そろそろ帰っていいですか?」

「え、えぇ、二人とも今日は悪かったわね……本当に、ありがとう」

「貸し、一つだからね、華琳。いつか、たっぷりと利子つけて返してもらうからね?」

「わ、分かってるわよ…何かあったら、何でも言いなさい」

「わぁ~良いんですか!?なにお願いしようかなぁ~♪」

「程々にしてちょうだいよね…桃香?」

「ど~しよっかな~?」

「ほらほら桃香。それは帰りの道中にでも考えましょ。……それじゃ華琳」

「えぇ、それじゃまた」

「失礼します、華琳さん」

 

二人は陳留の支城のほうへ去っていった。

寂しげで、どこか頼りなかった二人の顔も、最後は王の顔になっていた。

まるで何かの踏ん切りでもついた、そんな感じだった…

 

ようやく、季衣と流琉のじゃれ合いも終わったようだった……

 

 

雪蓮さんと桃香さんが去っていく。

その背中を、俺はぼんやりと眺めていた。

華琳とも一言二言交わしてたみたいだ。

何を、話してたんだろう…?

 

と、背後から、みんながわらわらとこちらへやってくる。

ようやく季衣と流琉のケンカ(まだやってたのか…)が終わったようだ。

 

みんなの中から先んじて俺の方へやってくる、見慣れた三人

 

「……隊長」

「た~いちょ!」

「隊長っ」

 

「「「隊長、お帰りなさい!!」」なの~!」

 

「凪、沙和、真桜……うん、ただいま!」

 

この世界から戻される前、一番多くの時間を過ごした三人。

三人とも、俺がいない間にずいぶんとたくましい顔つきになったな…、などと久々に隊長目線が発動する。

 

 

 

「隊長…よくぞ帰ってきてくださいました」

「凪…」

「私は隊長亡き後、隊長の後を引き継ぎ、警備隊を指揮することになりました。しかし……やはり自分は未熟者です。私は隊長のようには、出来ませんでした…」

 

いや、凪?一応死んではいないんだが、俺……

まぁ、いきなり消えちゃ…同じようなもんか

 

「その結果、治安は乱れ……多くの民が、心安らかに暮らすことが…」

「何言ってるんだよ、凪」

「え…?」

「凪は、俺の仕事を一番間近で見てたじゃないか。そんな凪が隊長になって、仕事が出来ていないわけないじゃないか」

「し、しかしっ…!」

 

そうなんだよ。三人の中で、一番真面目に仕事をこなしてた凪なんだ。

元々俺なんかより優秀な凪が隊長になって、何かが悪くなるわけないんだ。

 

「きっと、凪の理想が高すぎるんじゃないかな?」

「え……そ、それはどういう…?」

「凪は、犯罪をなくしたいんじゃないかな」

「それは…」

「でも実際問題、犯罪はなくならない。それが隊長という任に就いて、如実に見えてしまったんじゃないか?」

「――!」

「俺が隊長をやっていたときも、犯罪がなくなりはしなかった。それでも俺は、なるべく犯罪が起こらないように、そして起こってもすぐに沈静できるように…何かあっても、俺たち警備隊がいるんだぞ、ってことをみんなに分かってもらえるように……そんな本郷隊を目指してたんだ」

「隊長…」

「凪は少し真面目すぎるから…目の前の犯罪がなくならない事実に悲観し、俺がいた頃はもっと良かった、と錯覚してしまったんだよ」

 

俺は凪に近づき、ポンと凪の頭に手を置き、軽くなでてやる。

 

「俺には見なくても分かる。凪は立派に仕事をこなしてるよ。だからもっと肩の力を抜いて、自信を持って…なっ!」

「た、隊長……っ!」

 

感極まった凪が俺に抱きつこうとした、その時…

 

「凪ちゃんだけズルイの~!!」

「せやせや、ぶーぶー!!」

 

と、大声で沙和と真桜がカットインしてきた。

 

「わっ!……と、お前ら、か…っ」

「隊長~、もしかして~……」

「ウチらんこと、忘れてたわけやないやろな…?」

「バ、バカ言え!俺がお前らを忘れるわけ……ないだろ?」

 

ちょっとあったけど…

 

「あ、あ~!何なの、その間はなんなの~!?」

「ええねんええねん、沙和。所詮ウチらは、隊長に目もかけてもらえんダメ部下やねん…」

 

い、いかん…!

頑張って築き上げた信頼が、こっちに戻ってきて早々、揺らいでしまう!?

何とか……何とかしなければ…っ!

 

 

「いいのいいの……どうせ沙和なんて、なの~……」

「あ…あぁ~~、沙和!その服良く似合ってるな~!この、上下の組み合わせが、何とも言えんな!!」

「分かる?分かるの!?やっぱり、さすが隊長なの!この服はねっ……」

 

地面にのの字を書かんばかりに不機嫌だった沙和は、服を褒められた途端、上機嫌になり、延々と服のうんちくを語り始めた。

これで沙和は大丈夫だ。あとは………

 

 

「ウチなんて…ウチなんてなぁ~?どうせウチは乳がデカいだけの、ただの騒がしい女としか思われてないねん…」

 

いったい、どこから取り出したのか

真桜は螺旋槍の先っぽを使い、器用に地面にのの字を書いている。

 

「お…おぉ~~、真桜!その螺旋槍、少し見ないうちに、回転力が上がったんじゃないか!?それに、意匠もちょっと変ったような?」

「分かる?分かるか!?やっぱり、さすが隊長や!この螺旋槍はなっ……」

 

実際にのの字を書くくらい不機嫌だった真桜も、自慢の螺旋槍を褒められた途端、上機嫌になり、これまた延々と絡繰うんちくを語り始めた。

 

うん、さすが俺。

この二人、いや、三人のことは誰よりも理解しているつもりだ。

時間で言えば華琳より、長い時間を過ごしてきたんだから…

 

 

「そう言えば、二人は今何やってるんだ?」

「沙和はね、新兵の訓練を任されてるの~」

「ウチは呉の方に出張って、技術屋や」

「そっか……二人とも、頑張ってるんだな…」

 

世の中が平和になった今、色々な人の能力が、きっと戦ってるときよりも必要なんだ。

沙和や真桜、それに凪。

みんなの個性ある能力が、この平和を支えているんだな…

 

 

 

 

「た・い・ちょ・う!」

「ん?どうした、沙和」

「えへへ~……沙和たち、隊長がいなくなった後も頑張ってたの」

「そうみたいだな」

「だから…ご褒美が欲しいの!」

「はぁ!?ご褒美って……」

 

まったく…俺がせっかく感慨に浸っているところに、何を言い出すかと思えば…

 

「まぁ、いいよ…俺にどうにかなる範囲ならな。で、何が良いんだ?」

「それは~~……ねぇ~~?」

「隊長!そないなこと、うら若き乙女に言わせるもんや……」

「抱いてください」

「――ぶっ!」

「って言うんかいっ!!」

 

ペシッと、真桜が裏拳でツッコミを入れる。

いや、この光景も非常に懐かしくて良いんだが……

 

「あ、いえ違うんです!そう言う抱いて欲しいではなく、いえ、そう言う意味で隊長が捉えたのでしたら、私はそれでも構わないのですが……っ!」

「凪っ、凪落ち着き!はい、どうどう……」

「ふー……ふー……」

 

いや、凪も乗っかるなよ…

 

「あのね隊長。凪ちゃん、隊長がいなくなってからは毎日のように、寂しいよ~って泣いていたの」

「沙和っ!そのことは隊長にはっ……」

「凪……」

 

そうか……凪もそんなにも、俺のことを想っててくれたのか…

 

「まぁ、それを言うたら…ウチらも、そんなに変わるわけやないんやけどな」

「真桜?」

「私たちはみんな、隊長がいなくて寂しくて、枕を涙で濡らしながら、今まで頑張ってきたの。いつか、隊長が帰ってきてくれると信じて…」

「沙和……」

「ですから……隊長がいない間の私たちの努力を、どうか隊長に、労っていただきたい……っ」

「今は、優しき抱きしめてくれるだけでいいの」

「せやから、なっ……隊長」

「お前ら……」

 

俺は三人の言うとおり、一人ずつ、優しく、優しく

謝罪と感謝を込めて、心も包むように、優しく抱きしめる…

 

「…隊、長」

「隊長…♪」

「隊長~…」

 

「凪、沙和、真桜。寂しい思いさせて悪かったな。でももうどこへも行ったりしないから、安心してくれよな!」

「「「はいっ!」」なのっ!」

 

三人とも、飛び切りの笑顔の花を咲かせてくれた。

うん。これでこそ、この三人だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠目に、一刀が凪の頭をなでているのが見える。

ちょっと……私のときより長いんじゃない?

一刀……っ!!

…あ、沙和と真桜が止めに入ったわ。

いいわよ、二人ともっ

 

 

な、なに三人を優しく抱きしめてるのよっ…

ちょ、ちょっと良い雰囲気じゃないのよ…

一刀~……っっ!!

 

 

 

 

 

しゅる、しゅるしゅる……

 

「ん?」

 

どこからか、糸が擦れるような音が聞こえた。

やけに、殺気をはらんでいるんだが……

 

 

「…か~ずと♪」

「うわっ!」

 

いきなり後ろから誰かに飛びつかれる。

まぁ、魏広しと言えど、こんなことをする人は多くはない。

 

「久しぶりだな、霞」

「なんや反応うっすいなぁ~…そんなんじゃあかんで、一刀!」

「そんなことないって。すごい久しぶりだったんで、感慨に浸ってただけだよ」

「なんや一刀、ウチにまた会えて嬉しんか?」

「当たり前だろ。また霞に会えて嬉しいよ」

「一刀~!そう言う正直なところ、めっちゃ好っきゃで~♪」

 

霞がギュッと顔を寄せて抱きついてくる。

こういうノリも、懐かしいことの一つだ。

 

 

「ふんっ!女を侍らせて、汚い顔を緩ませて……相変わらずのようね、北郷一刀!」

 

むっ、この容赦ない罵詈雑言は……

 

「よう、桂花か。元気してたか?」

「ふんっ…別にあなたには関係のないことでしょ?」

「そうか、それじゃあな」

 

俺は霞の方に向きなおる。

 

「で、霞は最近はどうしてるんだ?」

「ウチ?ウチはなぁ…」

「ってちょっと!何で私に対してはそれだけなのよ!もっと何かあるでしょう!?」

 

スルーされた桂花が、憤慨している。

 

「て言っても、しつこく聞いたら、何か答えが返ってくるのか?」

「何で私が、あんたなんかの質問に答えなきゃならないのよ」

「だろ?というわけで、それじゃ」

「ぐっ…!なんか、とてつもなく屈辱的だわ……不愉快よっ!!」

 

ぎゃーぎゃーと文句を言う桂花は放っておいて、もう一度霞に向き直る。

 

「で、どうなのよ、霞」

「せやね~…最近は大きな戦があるわけやないから、ウチはほとんど開店休業中っちゅーやつや。閉店ガラガラってな」

「…………」

「ん?どないしたん?」

「いや、別に……」

 

知ってるわけ、ないもんな?

でもガラガラって、シャッター音のはずなんだけど……

……あれか!閉店直前は客がいなくて店内はガラガラだって、そういうことか!

うん、そうに違いない…

 

「何が開店休業よ。仕事もせずに、昼間っから飲んだくれじゃないの」

「言われた仕事はやってるから、ええんやも~ん」

「やらなきゃいけないことは山積みなのよ!?何か自分で仕事を探すとかないの?」

「せやかて、ウチの隊は騎馬隊やから、何が出来るっちゅーわけでも……」

 

霞と桂花がここぞとばかりに言い合いをしている。

ここぞが何故、今、俺の前なのかは、不思議でしょうがないけど……

これ以上続けられても、かなわないな…

 

「大体あなたはねっ……」

「まま、桂花もその辺で、な?」

 

俺は霞と桂花の間に割って入り、桂花の方を向く。

 

「何よ、あんたは黙ってて!」

「まぁまぁ、霞も別に悪気があるとかそう言うことじゃないと思うんだよ。だから、桂花が指示を出してあげるとか、やるべき仕事が見つかれば、きっと一騎当千の働きをしてくれるはずだから、さ?」

 

とにかく霞の弁明をする。

かつ、霞にもやる気はあるというアピールをし、桂花の怒りを静める。

 

「だからさ、ここは一つ穏便に……」

「一刀……ウチのためにこないに必死に……か~ずと~~♪!!」

「うおっ!」

 

完全に背中を向けていた霞からの奇襲……もとい飛びつき

バランスを崩した俺は……

 

「う、うわあぁぁ~~!」

「ちょ、ちょっと……きゃあぁぁ~~!!」

 

霞の体を支えきれず、桂花を押し倒す形で倒れた。

 

「いゃああぁ~~!!ちょっと……っ、離れなさいよ!」

「それは俺じゃなくて、霞に言ってくれ!」

「か~ずとー…んふふ~♪」

 

その霞はといえば、俺の背中に頬擦りをしていて、どいてくれる気配はない。

 

「ひゃっ!ちょっとあんた、どこ触ってるのよ!!妊娠しちゃうじゃないっ!!」

「悪いっ…つーか、触りたくて触ったわけじゃないって!」

「何ですって!?それはどういう意味よ!!」

「意味なんてねーーー!!」

「か~ず~と~♪」

「いい加減にしろー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っ!

霞ったら、いきなり一刀に抱きつくなんて…

そういうのは…私だけの、あれなのに…

 

 

ち、ちょっ!霞はともかく、桂花までなに!?

三人であんなに密着して抱き合っちゃったりなんかして……

桂花……ついでに霞も、閨で可愛がってあげようかしら…っ

一刀も一刀よ!ったく……

 

 

 

 

しゅる…しゅる…

 

「ん?」

 

また、糸か何かが擦れる音が…

心なしか、さっきよりも細くなっている気がするんだが…?

 

 

「どうもー、お兄さん」

「一刀殿、お久しぶりです」

 

擦り寄る霞を引き剥がし、あきれた桂花がいつの間にかいなくなったとき、二人はやってきた。

 

「おっ、風に稟か!元気してたか?」

「おかげさまでー元気してますよ~?」

「えぇ、私も息災です」

 

二人とも、相変わらずなようだ。

 

「それで二人とも、今はどうしてるんだ?」

「私は、蜀の学校で教鞭を取っています」

「学校!?学校なんてできたのか?」

「えぇ…企画発案は桃香さまをはじめとした蜀の方ですが『学校』と命名したのは華琳さまだそうです」

 

そうか…やっぱり、華琳が教えたんだな。

 

「で、どう学校は?」

「えぇ、今まで大陸には私塾はありましたが、多くの人を集め、公的に広く知識を深めようという考えがなかったので、非常に新鮮です」

「そっか……」

「それに私は教える立場ですが、学ぶ意欲のある者は、時に私の気付かない考えを持ち込み、私自身も非常に勉強になります」

「なるほど、ね」

 

本来、学校って言うところはそういう所なんだろうけど……

そういうのが見る影もない学校にいただけに、ちょっと自分が情けないかも…

 

「で、風は最近はどうなの?」

「…………ぐぅ」

「「寝るなっ!」」

 

俺と稟のダブル突っ込み!

 

「おぉっ!あまりにお二人の話が長いので、思わず眠ってしまいましたっ」

 

いや…そんなに長かったか?

 

「私はお兄さんのいた頃と、そんなに変わりはないですよ」

「そうなのか?」

「はい~。お仕事をサボってお昼寝したり、お仕事をテキトーに切り上げて猫と戯れたり、それから…」

「いや、仕事はちゃんとやれよ…」

「……ぐー」

「だから寝るな!」

「おおっ!あまりに都合が悪いので、寝て逃げてしまいましたっ」

 

そう言うことは口にするなよ…

 

「あぁもう…ほら風、よだれが出てるってば…」

 

俺はポケットからハンカチを取り出し、拭いてやる。

 

「おおっ!お兄さん、いいのです。自分で出来るのですよ~」

「いいってば、ほら、動かないで」

 

俺は動く風の顔を少し押さえて、風の口元を拭く。

風の顔がすぐ目の前にある。

 

「ところでお兄さん?この体勢は、若干の誤解を呼びそうなのですが…」

「え?そんなことないだろう」

「いえ~、その証拠にほら~」

 

と、後ろを指差す風。

そこには……

 

「稟ーーー!!!」

 

鼻血を出して倒れている稟がいた。

 

「一刀殿が……そんな、いきなり風に……いえ、そんなそれ以上は…っ」

 

そんな自分以外のこれだけで!?

何気に妄想力もアップしてるしっ!!

 

「ちーん!……ほら稟ちゃん、行きますよ。向こうでお首トントンしましょうねー」

「ふがふが……」

 

風は稟を引きずって、少し遠くへ行く。

結構この辺り、小石より大きい石もあるんだけどな……

 

「何だったんだ…?」

 

俺の周りには稟が残した血だまりと、最後に風が鼻をかんだハンカチが残されていた……

 

 

 

 

 

 

 

一刀ったら…そんな風にまで手を出して…っ!

あの男は、どこまで見境がないのよ…!

 

 

 

しゅる…ピンッ

 

「?」

 

まただよ…

今度はなんか糸が張り詰めた音のようだったけど…?

 

 

「こらー!一刀!!」

 

ポカッ

 

「いてっ!な、何すんだよ!」

 

いきなり後ろから後頭部を殴られる。

 

「華琳さまに挨拶が済んだら、真っ先に私たちのところに来るのが筋ってもんでしょ!」

 

理不尽(?)なことを大声で叫ぶのは、地和。

 

「一刀、久しぶりだね♪」

「お久しぶり、一刀さん」

 

その後ろからは、姉の天和、妹の人和がやってくる。

俺はその二人に向かって挨拶をする。

 

「二人とも本当に久しぶりだな。元気してたか?」

「ちょっと!何で二人なのよっ!!」

「いや、地和はさっきので元気だって分かったし…」

「何ですってーー!!」

「うん、私たちは元気満点だったよっ♪」

「えぇ、巡業も非常に順調よ」

「そりゃ~良かった」

「無視すんな~!!」

 

地和を無視しつつ、俺がいなかった時間を二人と埋めあう。

 

「大陸が平和になったんだから、三人で色んなところに行けるようになったんだろ?」

「えぇ、呉は勿論、一刀さんがいたときには行けなかった蜀も、今や一大巡業地よ」

「うんうんっ!蜀の人たちも、お姉ちゃんの魅力でめろめろなんだからっ」

「そうそう、蜀はノリのいい子が多いわよね」

 

お、抗議は諦めて地和も会話に参加してきたか。

 

「たんぽぽって娘とか、美以って娘なんか、後ろの方にいてもすごい声で応援してくれるのよ!男たちの熱い声援も良いけど、同じ年くらいの女の子の応援って言うのも、やっぱり嬉しいのよね」

「応援団の会員も、以前はほとんどが男性だったけど、今では女性、主に私たちと同世代の女の子の比率が、かなり上がってきてるらしいわ」

「この前の揮毫会でも小さい女の子に、大きくなったらてんほーちゃんみたいになりたいです!、って言われたんだよ~」

「へぇ~…」

 

なるほど。アイドルグループが男性のみならず、同世代の女の子の憧れであるのは、今も昔も変わらないらしい。

これも大陸が平和になり、より多くの人が娯楽に興じられるようになった賜物だろう。

 

「華琳さまのおかげで、とうとう私たち、大陸一の歌い手になれたんだよ~♪」

「もう大陸のどこを探しても、ちぃたちのこと知らない人なんかいないんだからねっ」

「いつだったか、あまりにも騒ぎが大きくなりすぎて、私たちの移動に二個師団が護衛に付いたこともあったわね…」

「いっ!?」

 

どうやら、大陸一の歌い手の名は伊達ではない……というか異常だろ、おいっ…!

 

「ふふんっ!どうよ一刀、すごいでしょ!?」

「あぁ、まぁ、すごいな」

「何よ、歯切れの悪い……あんたは大陸一の歌い手を抱いたことある男なのよ!」

「ちょ……何を言い出すんだよっ、地和!」

「そうだよね~。私たちにあ~んなことや、こ~んなことをした人は、一刀だけなんだよ~」

「そうね。三国にまたがる色男とは、まさに一刀さんのことかもね?」

「人和まで…ちょっとやめてくれよ…」

 

そりゃ、まぁ、大陸一のアイドルたちを抱いたことがあるってのは、嬉しいことだけどさ…

 

「んっふっふ~照れちゃって、か~わいい一刀♪」

「久々に……どう?」

 

照れる俺を尻目に、天和と地和が両側から擦り寄ってくる。

 

「お、おいっ!二人ともやめろってばっ」

「あら、大陸一の美女たちに囲まれるのはお嫌、一刀さん?」

「だから、人和まで……」

「一刀が私たちにこんなことされてると知ったら、大陸中の男たちに殺されちゃうかもね~♪」

「いっ!!?」

「そうね~。前みたいに瓦版にでも載ったら……一刀、この大陸じゃ生きていけないわよ?」

「お、おい…」

 

洒落にならないぞ、それは…

しかし今や、数え役萬☆姉妹は、二個師団が付かなければ収拾が付かなくなるくらいのアイドルだ。

あながち、大げさな表現とも言えない……

背筋に冷たいものが走る……

 

「はいはい、姉さんたち、その辺にしておきましょう」

「はーい」

「分かったわよ」

 

…た、助かった~~~

相変わらず、張三姉妹の中では、末女の発言が一番強いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今や大陸では知らないもののいない、大陸一の歌い手となった彼女たち…

それに囲まれて楽しそうに会話なんて……一刀ったら…まただらしなく顔を崩しちゃって、もう!

 

 

 

なっ……天和と地和が一刀に抱きつく…

一刀、いったい今日何人の女の抱きつかれたのかしら…?

私の香りなんか、これっぽっちも残って、いないわよ、ね!

 

「一刀……ッッ!!」

 

 

 

 

 

ツ、ツーー……

 

「まただ」

 

また変な音がする…

糸のようなものが、今にも千切れそうな音

そんな感じの音なんだけど……?

 

 

「おいっ、北郷!!」

 

張三姉妹が俺から少し離れると、いきなり春蘭の大音声が響く。

 

「な、なんだよ春蘭…」

「どうしたもこうしたもあるかっ!」

 

元から意味の分からないことがあったが、今は全く分からない。

怒っているのか。ただ単に機嫌が悪いだけなのか…

 

「……久しいな、北郷」

「秋蘭…あぁ、本当に久しぶりだ、秋蘭」

 

本当に懐かしい顔…

俺が華琳に拾われたときからずっと一緒だった、春蘭と秋蘭。

 

「こら、北郷!!」

 

感慨に浸ろうとするも、春蘭の大声で現実に引き戻される。

 

「だから…春蘭、何なんだよ一体」

「だから、その……なんだ!」

「?」

「つまりだな北郷。姉者は華琳さまの次に早く北郷のもとに馳せたかったのだが、なかなか一歩目が出ず、色んな娘にデレデレしている北郷を見て、かなり不機嫌になっている、というわけさ」

「しゅ、秋蘭!?」

「なるほど……そういうことか…」

 

春蘭も可愛いところあるじゃないか。

 

「ち、違うぞ北郷!私は断じてそんなことはっ…」

「ま、かく言う私も、似たようなものだがな」

「な、なんだとっ!?」

「何だ姉者。自分が好いた男がために、体が上手く動かなかったり、嫉妬したりするのは当然のことではないか…」

「いや、まぁ、そうなんだが……」

「本当に会いたかったぞ…一刀」

「う、うん…」

 

秋蘭にしては珍しく、直截な物言いに、言葉が詰まる。

 

「ところで、姉者」

「お、おぅ……?」

「姉者も、一刀に何か言うことがあるんじゃないのか?」

「う、うぅ……」

 

春蘭は顔を赤らめ、モジモジしながら、口にしたいことを出来ていないようだ。

 

「ほら、姉者」

「う…お、北ご……か、一、刀…」

「うん?」

「お、おおおお、お、おかおか…おかえりな……」

 

さい、と続いたであろう言葉は、春蘭の口からは出ず…

 

「わぁぁぁぁ~~!!おのれ北郷!私の心をこのようにかき乱しおって!!」

「ぐぶっ」

 

スルリと俺の背後に回った春蘭は、俺の首に腕を回し、ガッチリとそれを締め付ける。

 

「おいっ…春蘭……首は、首はマズイって……」

 

暴走している春蘭に手加減できるはずもなく、その腕は万力のように俺の首を締め付ける…

 

「北郷ー!北郷ーー!!北郷ーーー!!!」

「おち…落ちる……って…」

 

あ、さっきこっちの世界に来たときのような光が…

 

「姉者、姉者!その辺にしておけ」

「お、おう……?」

「帰ってきて早々、一刀に逝かれるのも寝覚めが悪いからな…」

「そ、そうだな…」

 

春蘭の腕から解放され、どさりと地面に落ちる俺。

あー……脳に酸素が足りてないって、酸素が……

 

 

 

「一刀、一刀!……ふむ、意識が戻らんな」

「わ、私はそんなに強く締めてはいないぞ!」

「…………」

「な、なんだその目は秋蘭?」

「いや…」

 

あ……なんか頭に柔らかな感触が…

 

「お、おい秋蘭…そんな、北郷を膝に…」

「こうする他あるまい……さて、どうしたものか…」

「そうだ!いっその事、頬を叩き続ければ、目を覚ますであろう!」

 

なんか、意識の遠くの方で、物騒なことを言われている気が……

 

「姉者」

「お、おぅ?」

「それはいかん」

「そ、そうか……」

「恐らく、一刀が意識を失っているのは、姉者が首を絞めたため、空気を吸うことが出来なかったからだろう」

「な…なるほど?」

「ふむ……ここは華佗とか言う医者に教わった、人工呼吸とやらを試してみるか…」

「じんこうこきゅう?一体なんだそれは?」

「ああ、意識を失った者を治すために、治癒を施す者が、口から直接息を吹き込む手法だ」

「口から直接……ってまさかっ!!」

「ああ、形から言えば口付けのようなものになるな。まぁ、純粋な医療行為なのだが……」

「そ、それはいかん!!!」

 

 

 

 

 

春蘭の大音声に、周りのみんなも異変に気付く。

さっき一刀が春蘭に何かされ、その体をがくりと落としていた。

ちょっと、大丈夫なんでしょうね……?

わらわらと、春蘭と秋蘭、一刀の周りに集まる。

わ、私も、そろそろ行かないと、いけないかしら、ね?

 

 

 

 

「どうしたんですか……たっ、隊長!?」

「いったい、何があったんです?」

「ああ、説明するとだな……」

 

………………

…………

……

 

「……というわけなのだ」

「それじゃ、その人工呼吸ってのをしないと、隊長の意識はもどらんわけですね?」

「まぁ、戻らんと言うわけもなかろうが、この場にいつまでもいるわけにはいかんからな」

「そですねー」

「だから、私が人工呼吸をだな……」

「秋蘭さまだけずるいのー!私もするのー!!」

「あ、せやったらウチも」

「ウチもウチも!」

「貴様ら!これは遊びではないのだぞ!!」

「まぁ、原因を作ったのは姉者なんだが…」

「う、うむ……」

「まあ良かろう。手順を簡単に説明するから、希望者で代わる代わるするとしよう」

「「「応っ!!!」」」

 

 

 

私がそろそろと、みんなの輪に近づくと、何やらキャイキャイと騒がしい。

私は手近にいた桂花を捕まえる。

 

「桂花。みなは一体、何をしているわけ?」

「華琳さま!?え、えぇ……北郷が倒れたらしく、みなでその…気付けのようなものを…」

「気付け?」

 

首をかしげながら輪の中心を見ると、そこには代わる代わるみなに口付けをされる、一刀の姿があった……

 

 

 

「………ん…あれ?俺、どうして」

 

急激に流れこむ酸素で血の巡りが戻り、俺は意識を取り戻す。

なにやら、唇にいい感触が何度したりもしたな……

 

「あ~~~!一刀なんで起きちゃうの!次、お姉ちゃんの番だったのにぃ~」

 

気付くと目の前には天和の顔があった。

 

「はっ、何?何の話?」

「いいもんっ、起きてようが眠ってようが関係ないもんね~」

 

と言い放ち、天和は俺に飛び掛り、俺の唇を奪う。

 

「ん、んーーーーー!!」

「ん…ちゅっ……ぷはーー!ごちそうさま、一刀♪」

「な、なっ……」

 

え?何で俺目覚めて早々、唇を奪われてるわけ?

っていうかそもそも、何で俺倒れてたんだっけ?

 

「いや、すまんな一刀…」

「秋蘭…?」

「ほら、姉者も」

「うぅ…………すまん、北郷…」

 

そうだ、思い出した!

俺、春蘭に首を絞められて、それで……

 

「姉者のせいで一刀が気絶してしまったので、みなで人工呼吸を施していたのだ」

「はっ?人工呼吸!?」

「あぁ、順番を決めてしていたのだが…ちょうど天和のところで、お前が起きてしまってな…」

 

なるほど、それでこういうことになったわけか…

 

「ん、ま、まぁあんま気にしてないから、春蘭もそんなに気にするな、なっ?」

「北郷…」

「それにほら!そのおかげで、人工呼吸って言う役得も味わえたわけだし……」

「ふっ……まったく、一刀らしいと言えば、一刀らしいな…」

「違いない」

「そう言うなって!あはは、はははは……」

 

 

 

 

みなに代わる代わる口付けされ、目が覚めてからも天和と口付けを交わした、一刀……

私以外の人と口付けをして、へらへらしている、一刀…………

 

もう……許さないんだからっ!!!

 

 

 

 

 

ブッチン!

 

「ん?な、なんだ、今の音は?」

「音?何のことだ?」

「いや、今プチンって…」

 

先ほどから事あるごとに聞こえてきた糸の音だろうか?

何やら切れたようだが……

 

「………一刀?」

 

背後から浴びせられたドスの利いたこの声は、この場にいるはずであろう、誰の声とも似つかなかった。

俺は恐る恐る振り向いてみる…

するとそこにいたのは……

 

 

「か、りん?」

 

そこには、見えるはずのない黒いオーラをまとった華琳がいた。

 

「え~~…っと、華琳さん?何か私めに御用でしょうか?」

 

思わず敬語になる俺。

そんな華琳の瞳は、どこか少し黒く澱んでて…

 

「一刀………そういえば私たち、確か約束、してたわよね?」

「う、ん?」

 

稀に見る……本当に稀に見る、華琳の殺気むき出しの闘気が俺の射抜く…

……な、なんのことだろう?

さっきした約束のことかな?

 

「えーと……さっきの、ずっと一緒だ、ってやつか?」

 

もしかして、しばらく(と言っても少しだが)構ってあげなかったから、拗ねてるとか?

そりゃ、俺だって華琳と少しでも長くいたいけど、他の娘たちとだって、再会を喜び合ってもいいんじゃないか、な?

 

「あれは、だな……」

「ねぇ、一刀言ったわよね?もし私を裏切って私の前からいなくなったら、あなたの首を即刻刎ねるって…」

「……へっ?」

 

俺の頭は一瞬真っ白になる……

ちょっ!確かに言ったけどさ!今その話ですか!?

ほら、さっきのでチャラって事には……

 

「約定どおり、この私が手ずから、あなたの首を刎ねてあげましょう……」

「ちょっ……ちょっと待ってくれ、華琳!」

「いいえ、待たないわ」

「ちょ、ちょっとでいいから、俺の話を聞い……」

「聞く耳持ちません!!」

 

ヤバイ、どうしよう……

こうなった華琳は、俺じゃ止められない…

誰か、救いの手を………

 

「そうですよ華琳さま!やはり約束を違えるような醜い男は、即刻死刑にすべきです!」

「桂花っ!てめっ!」

「春蘭。『絶』を、ここへ」

「は…はっ!こちらに…」

「春蘭まで!?」

 

そうだ、秋蘭ならっ!……と、秋蘭と目が合う。

が、その首は黙って横に振られるだけだった…

 

ヤバイ…

この世界に来ていきなり、生命の大ピンチだよ…

どうする俺?どうするよ!?

 

…………ここは

 

 

 

「逃げろーーー!!」

「あ、こら待ちなさい、一刀ーーー!!!」

「許してくれ~~~~!!」

「絶対に許すもんですか~~~~!!!!」

 

 

「あ~あ」

「相変わらず、女心が分からないお人だ…」

「台無しなの~」

「ま、あれも一刀らしくて良いのではないか?」

「違いないっ」

 

「「「あはははははははっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏王・曹孟徳こと華琳

 

彼女が成し遂げた三国並立体制は、長きに渡り、大陸に平和と安寧をもたらした

 

 

 

蒼天の世を築きし、誇り高き王・華琳

 

その指には、常に木彫りの指輪が…

 

そしてその傍らには、彼女と同じ指輪を持つ、異国から訪れし白き太陽が、常に輝いていたという

 

いつまでも、いつまでも……

 

 

 

「待ちなっさ~~~~~い………… 一刀!」

 

 


 
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