No.540569

道化師、信頼に応える

火力で圧倒した炎の精と、鮮やかな技で相手を鎮めた銀の刃。その二人を見て、道化師は意気込むのだった。

2013-02-05 23:51:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:332   閲覧ユーザー数:305

 試合が始まると、愛梨は赤青黄緑白の五色の弾丸を全方向にばら撒き始めた。

 その密度はかなりものもがあり、日頃から積み重ねてきた特訓が生かされていた。

 それを見て、藍は動き回ることよりも確実に避ける戦法をとり、藍色の弾丸で愛梨を狙い打つ。

 その弾丸を、愛梨は踊るような動きをしながら避けていく。

 

「キャハハ☆ 取り出したるは五つの玉♪ 色鮮やかな玉の舞をご賞味あれ♪」

 

 愛梨はそういうと、手にしたステッキを五つの玉に変化させた。

 その大きさはいつもジャグリングに用いていた大きさではなく、バスケットボールくらいの大きさのものだった。

 それらの玉は、愛梨の周りを取り囲むようにぐるぐると回っていた。

 

「行っくよ~♪ それっ♪」

 

 愛梨が号令を掛けると、五つの玉は一斉に散らばっていった。

 散らばった方向はバラバラであり、藍に向かって飛んでいったものは一つもなかった。

 

「いったい何を……っ!?」

 

 藍が疑問に思った瞬間、頭上を後ろから赤い玉が通り過ぎていった。それは、先ほど見当違いの方向に飛んでいったはずのものだった。

 藍が愛梨の五色の弾丸を避けながら周囲を見回すと、先ほど散らばっていった玉が縦横無尽に走り回っているのが見えた。

 よく見ると、玉はある程度進むと見えない壁のようなものに当たって跳ね返ってきていた。しかも、跳ね返ったと同時に数が増えていく。

 

「そういうことか……!」

 

 藍は現状を把握すると動き出した。

 玉は自分を狙っているわけではなく、ただ動き回っているだけである。

 しかし、時間が経つにつれて四方八方から複雑な弾道で攻撃を受けることになるのである。

 つまり、早く対処しないと何も出来ないうちにやられてしまうのである。

 それを理解した藍は、愛梨に近づいて密度の高い弾幕で集中砲火を掛けた。

 

「うわわわっ、危ない危ない♪」

 

 愛梨は藍の攻撃をすれすれで躱していく。

 分裂していく玉と跳ね返るための障壁の制御に集中しているためか、愛梨は普通の妖力弾を撃ってこない。

 そこに付け込んで、藍は一気にたたみかけようとする。

 

「当たれ!!」

「そう簡単にはやられないよ♪」

 

 藍の猛攻を滑らかな動作で避けていく愛梨。そのおどけた口調とは裏腹に、額には若干汗がにじんでいた。

 藍色の弾丸は愛梨のうぐいす色の髪や、トランプの柄の入った黄色いスカートを次々と掠めていく。

 接近された状態での高密度の弾幕は、日頃から将志達と訓練を行っている愛梨をもってしても避けきるのは難しいのだ。

 それでも愛梨はまるで踊るような、相手を魅了するほど鮮やかに攻撃を躱していく。

 

「くっ……」

 

 その一方で、藍の方も次第に厳しくなってきた。

 広場の中を縦横無尽に飛び交っていた五色の玉は今やその数を増やし、四方八方から嵐の様に藍に襲い掛かっていた。

 藍はそれを躱していくうちにだんだんと愛梨から引き離されていく。戦況はだんだんと愛梨に有利な方向へと変わり始めていた。

 

「……焦ってはだめだな」

 

 藍は周囲を見回しながら、焦ることなく冷静に状況を判断する。

 飛び交う玉の数が増えるということは、その分だけ制御も難しくなるということである。

 つまり、避けることに割いていた意識をその分制御に回さなくてはならないということである。

 藍は攻撃の手を止め、避けることに集中することにした。

 

「……そこだ!」

「ひゃあ」

 

 藍は目の前に道が開いたと思った瞬間、一気に踏み込んで愛梨に接近した。

 愛梨は思わず飛びのくと同時に、飛び交っていた大量の玉を消して藍に反撃する。

 

「おっと」

 

 藍はそれを回避しながら愛梨から距離をとった。

 すると、愛梨は笑顔で藍に拍手を送っていた。

 

「すごいな~♪ あの状態から巻き返されるとは思ってなかったよ♪」

「でも、まだ勝負が決着したわけじゃないだろう?」

「キャハハ☆ そうだね♪ それじゃあ、次行くよ♪」

 

 愛梨はそういうと五つの玉を手元に戻し、今度は二つの箱に変化させた。

 箱は赤青の二色があり、その大きさは人が入れるほどの大きさであった。

 愛梨はその中の赤い箱の前に来た。

 

「さあて、次はちょっとした魔術に挑戦するよ♪ 瞬き厳禁、不思議な現象をご覧あれ♪」

 

 愛梨はそういうと赤い箱の中に入った。

 それと同時に、藍の周囲が真っ暗になった。

 

「なっ!?」

 

 藍は突然の事態に眼を見開く。

 冷静になって周りに手を伸ばすと、周囲は何やら四角い空間になっているのが分かった。

 藍が状況を分かりかねていると、その空間を形成していた赤い壁が外側に向けて倒れていった。

 

「……っ!?」

 

 その瞬間、藍は凍りついた。何故なら、全方位に凄まじい密度の弾幕が設置されていたからだ。

 その向こう側に、青い箱が置いてあるのが見えた。

 

「じゃ~ん♪ 成功♪」

 

 その青い箱の中から愛梨が出てきた瞬間、藍に向かって一斉に弾幕が迫ってきた。

 藍は中心にいる自分に向かって殺到するその弾幕を必死に避ける。

 そして全てを避けきったとき、愛梨は再び赤い箱の前に浮かんでいた。

 

「もう一度行くよ~♪」

 

 愛梨が再び箱の中に入ると、藍の視界もまた闇に染まる。そして壁が倒れると、大量の弾幕と共に青い箱が現れた。

 その中から愛梨が出てくると、弾幕は再び藍に向かって殺到する。

 

「……よし」

 

 藍は愛梨の技を冷静に分析し、対策を立てた。

 その目の前で、愛梨は三度赤い箱の中に入り、藍も暗闇の中に入る。

 そして目の前の壁が倒れ始めた。

 

「……それっ!」

 

 藍は一気に前進し、まだ止まっている弾幕の中をすり抜ける。

 そして、一気に青い箱の前に到着した。

 

「やあっ!」

「うきゃあ」

 

 愛梨は青い箱から出てくると、突然目の前に現れた藍に驚いた。

 それと同時に、藍は愛梨に向けて全力で弾幕を張った。

 

「うん、はっ、ほいっと!」

 

 しかし愛梨は素早く持ち直し、後ろに後退しながら藍の弾幕を回避していく。

 その動きは曲芸じみていて、まるでサーカスの演目を見ているようであった。

 藍はそれを前進しながら追撃していく。

 それに対して、愛梨は落ち着いてくると反撃を開始した。

 

「ちっ!」

「……あ~、危なかった♪ 今のはやっぱり改良しないといけないね♪」

 

 反撃を受けた藍が後退すると、愛梨はホッとため息をつきながらそう言った。

 それを見て、藍は忌々しそうに愛梨を見つめた。

 

「……随分余裕なんだな」

「キャハハ☆ そうでもないよ♪ さっきは本気でダメかと思ったよ♪」

「ふん、妖力弾の一発や二発じゃ墜ちないくせによく言う」

「……それじゃあダメなんだ♪ だってさ、それじゃあ僕は将志くんの信頼を裏切ることになっちゃうもんね♪ 他の二人が出来て相棒の僕が出来ない何ていうのはダメでしょ? だから、僕はたとえ一発たりとも受けずに藍ちゃん、君を倒してみせるよ♪」

 

 愛梨はにこやかな笑みを浮かべて、しかし瑠璃色の瞳には強い意志を込めて藍にそう言った。

 その様子を見て、藍は笑い返した。

 

「……なるほど。つまり、私はお前に一撃でも当てられれば良い訳だ」

「うん♪ そして、一撃ももらわずに君を降参させられれば僕の勝ちさ♪」

 

 二人はそう言いあうと、しばらく笑顔のまま見つめあった。

 

「行くぞ、愛梨!!」

「行くよ、藍ちゃん!!」

 

 それから二人は激しく撃ち合った。空は弾幕で埋め尽くされて虹色に染め上げられる。

 藍も愛梨もそれを潜り抜けては攻撃し、ぶつかっていく。

 愛梨の攻撃は苛烈になり、藍は愛梨のすぐ近くを飛び回って攻撃する。愛梨の表情からは笑顔が消え、真剣な表情を浮かべていた。

 

「……口上が無くなった……本気なんだな、愛梨」

「藍もさっきまでよりもすごい動きをしてるわね。何ていうか、防御を捨てて攻撃に走っているみたい」

 

 そんな二人の戦いを、将志と紫は下から見上げていた。

 将志は愛梨の戦いを見て、小さく笑みを浮かべた。

 

「……どうかしたのかしら?」

「……いや、愛梨が必死なのが嬉しくてな。俺の信頼はあいつにとって余程重要らしい」

「そんなに必死だったかしら? 所々笑っているように見えたけど?」

 

 紫は今までの様子を思い返して首をかしげる。

 それに対して、将志は首を横に振った。

 

「……そうでもない。何故なら、愛梨が最初に使った技は、愛梨が持つ一番攻撃力が高い技なのだからな」

「それじゃあ、その次のは?」

「……あれは俺も初めて見たな。恐らく自分の一番の技を破られて焦り、まだ一度も実戦に使っていない技に賭けたのだろう。もっとも、未完成だったみたいだがな」

 

 将志は愛梨の行動を思い返し、冷静に分析する。

 それを聞いて、紫は楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「ふふふ、貴方の信頼のためにあれだけ必死になるなんて、随分と愛されてるじゃない」

「……男に意地があるように、女にだって意地があるだろう。もっとも、俺に女の意地は良く分からんがな」

 

 ニヤニヤと笑う紫に対して、将志はそう言って顔を背けた。

 紫はそんな将志の正面に回り込んで顔を覗き込む。

 

「ねえ、将志はどっちが勝つと思う?」

 

 紫が質問をした瞬間、将志は小さくため息をついた。

 

「……決まっているだろう。愛梨は必ず信頼に応えてくれる。だからこそ、俺の相棒なのだからな」

 

 将志がそういった瞬間、爆音と共に空に大きな大輪の花が咲いた。

 虹色に輝く花火が散ると同時に、人影が地面に向かって落ちてくる。

 それを見るなり、将志は駆け出した。

 

「……ふっ」

 

 将志は落ちてきた人影をキャッチする。

 落ちてきた九尾の狐は、まるで眠っているかのような顔で将志の腕の中で気を失っていた。

 将志の加護に守られていた藍に怪我は無く、気絶したのは衝撃のせいであった。

 その横に、もう一つの人影が下りてきた。

 

「ふ~っ、危なかった♪ もう少しで信頼を裏切るところだったよ♪」

「……少々焦り過ぎだぞ、相棒。いつも通り冷静に持久戦に持ち込めば良かっただろうに」

「きゃはは……いいところを見せようと思ったんだけどな~♪」

 

 気絶した藍を腕に抱きながら、ため息をつく将志。その一言に、愛梨は苦笑いを浮かべて頬をかいた。

 そんな二人の下に紫が近づいてきた。

 

「お疲れ様。銀の霊峰の名に恥じない良い戦いぶりだったわ。多少問題点はあるけど、これなら安心して役目を任せられそうね」

「……満足してもらえたのなら幸いだ。とりあえず、藍を本殿に運ぼう」

 

 将志はそういうと、藍を抱えたまま本殿に向けてゆっくりと飛び始めた。

 本殿に着くと、将志は普段から怪我をした妖怪のために布団を敷いてある部屋に向かった。

 そして藍を布団に寝かせようとすると、小豆色の胴衣の襟を掴まれた。

 

「……起きていたのか、藍」

「…………」

 

 藍は無言で将志の胸に顔をうずめる。

 将志は訳が分からず、首をかしげた。

 

「……藍?」

「……将志。敗北って、こんなに悔しいものだったのだな」

 

 藍は将志に眼を合わせずにそう言った。

 その声と肩は震えており、必死で涙をこらえているのが感じられた。

 将志は黙って藍の肩を抱き、頭を撫でた。

 

「……そうだな。だが、敗北というのは悪いものでもない。負けても次があるのならば、そこで勝てば良い。次が無ければ、その相手よりも大きなものを飲み干せば良い。今回の負けなんて、そんなものだ。悔しければ、その分だけ強くなれば良いのだ」

 

 藍はしばらくの間黙って将志の手を受け入れていた。

 将志も黙って藍の頭を撫で続ける。

 

「……強くなりたいな……」

 

 呟くような藍の一言に、将志は撫でる手をとめた。

 

「……何故だ?」

「……負けたくない。他の何に負けても良い、でも愛梨にだけは絶対に負けたくない!!」

 

 そう叫ぶ藍の声は力強く、強烈な想いがこもっていた。

 将志はそれを聞いて、小さくため息をついた。

 

「……愛梨は強いぞ? 今のお前では逆立ちしても勝てるものではない。それは分かっているな?」

「……ああ、分かっているさ。だから私を勝たせてくれよ、将志……」

 

 藍はそういうと将志の胴衣の襟を掴む手に力を込めた。

 それを受けて、将志は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「……良いだろう。だが、やるからには手を抜かんぞ。どうせなら幻想郷にその名が轟くほどに強くしてやる。覚悟は良いな?」

「……ああ。宜しく頼むよ、将志」

 

 藍はうずめていた顔を挙げ、将志に笑顔を見せた。

 将志は穏やかな笑みを浮かべたままその笑顔を見つめていた。

 

「……ところで、いつまで俺に抱きついているつもりだ?」

「……放して欲しければ、下を向いて眼を瞑ってくれ」

「……こうか……んっ?」

 

 将志が言われたとおりにした瞬間、唇に柔らかい感触を感じた。

 眼を開けてみると目の前には藍の顔があり、触れているのがその唇であることが知れた。

 

「ふふっ……これくらいは先を行かせてもらわないとな」

 

 藍は将志から口を離すと、そう言って微笑んだ。

 将志はその言葉に意味が分からずに首をかしげた。

 

「……いったい何の話……」

「……おお~……」

「……ん?」

 

 将志が藍に話を聞こうとすると、横から声が聞こえてきた。

 その声に振り向くと、そこには将志をジッと見つめる小さな少女の姿があった。

 

「……アグナ?」

「とうっ!!」

「……おっと」

 

 突然飛び込んできたアグナを、将志は座ったまま受け止めた。

 ちなみに、藍は走りこんできたアグナを見て退避済みである。

 

「兄ちゃん、俺知ってるぞ! 今の接吻って言うんだよな!!」

 

 アグナは眼をキラキラと輝かせ、興奮した様子で将志にそう問い詰める。

 

「……ああ……んっ!?」

「なっ!?」

 

 そして将志が頷いた瞬間、唐突にアグナは将志の唇を奪っていった。

 突然のことに、藍も思わず声を上げた。

 

「おお~……なんかふわふわして気持ちいいな、これ!!」

「……いきなり何をんむっ!?」

 

 将志が何事か尋ねようとした瞬間、再びアグナは将志の口を塞ぎに掛かった。

 今度は将志の頭を両腕でがっちり抱え込み、唇をぎゅっと押し付けている。

 

「ん~……」

「!?」

「ちょっ!?」

 

 それどころか、アグナはどこで覚えたのか将志の口の中に自分の舌を滑り込ませてきた。

 突然の事態に将志も藍も軽くパニックに陥り、完全に停止している。

 抵抗しないのを受け入れられていると感じたのか、アグナはその行為をひたすらに続けた。

 行動はエスカレートしていき、舌を吸い出したり唾液を掬い取ったりし始める。

 

「ぷはっ!!」

 

 しばらくして息苦しくなったのか、アグナは将志から口を離した。

 将志もアグナも顔は真っ赤であり、肩で息をしていた。

 

「へ……へへっ……なんかボーっとしてきたぞ? 癖になりそうだぜ……」

 

 アグナは恍惚とした表情で将志にそう話しかけた。

 そのトロンとした表情は、どこか背徳的なものを感じさせるものだった。

 

「アグナ……お前……」

 

 将志はその表情に思わずたじろいだ。

 何故なら、アグナの視線が自分に狙いをつけた獣のような視線だったからだ。

 それは何故か勝てないと思わせるようなものであり、将志は全く動けなくなる。

 アグナは体重をかけて将志を押し倒し、抱え込んだ腕で顔を正面に向かせた。

 

「逃げるなよ、兄ちゃん……俺、兄ちゃんのことが好きだからこうしたんだぜ? それとも、兄ちゃんは俺のこと嫌いか?」

「そういうわけではないが、んむぅ!」

 

 アグナは甘い声色でささやくと、再び将志に襲い掛かった。口の中に入り込んだ舌が将志の口の中を激しく蹂躙する。

 将志はしがみついているアグナを何とか引き剥がそうとする。

 しかし、アグナも幼く見えて長い年月を積み重ねた大妖怪である。その力は強く、しっかり抱え込まれてしまってはそうそう簡単に引き剥がせるようなものではない。

 

「藍~? 体の調子はど……う……?」

 

 そこにちょうど藍の様子を見に来た紫が現れた。

 眼に映ったのは、幼女とも言える外見の小さい少女が男を押し倒してその唇を貪っている場面と、その横で硬直をしている九尾の女性の姿だった。

 

「っ~~~~~!」

 

 将志は視線と手振りで紫に助けを求める。

 しかし紫は目の前の光景に顔がどんどん赤く染まっていき、激しいパニック状態に陥っていく。

 

「ど、どどどどうぞごゆっくり!!」

「ん~~~~!」

 

 その結果、紫は急いでその場から離脱した。

 将志は引きとめようと手を伸ばすが、当然届くはずも無い。

 

「んっ……何よそ見してんだよ、兄ちゃん……ちゃんとこっち向いてろよ……んっ」

 

 橙色の熱っぽい瞳で見つめ、タガが外れたかのように将志の唇を求めてくるアグナ。

 その行為はかなり強引であり、もはや将志はアグナの為すがままになってしまっている。

 熱い吐息は途切れ途切れで、呼吸も忘れるほど没頭しているようであった。

 

「……ちょっと頭を冷やそうか」

 

 その時、ようやく藍が再起動した。

 藍は将志と一緒に力を合わせてアグナを引き剥がした。

 

「む~っ、何だよ~!!」

「何だよ、じゃない。お前こそ何のつもりだ?」

 

 ふくれっ面をするアグナに、藍が冷たい声でそう問いかけた。

 なお、将志は引き剥がした瞬間に疲れ果ててその場にへばっている。

 

「接吻って好きな相手にするもんなんだろ? 俺は兄ちゃんが好きだから兄ちゃんにしただけだ! だって兄ちゃんは家族なんだからな!!」

 

 アグナはまくし立てる様にそう叫んだ。

 それを聴いた瞬間、藍は唖然とした表情を浮かべて頭を抱えた。

 

「……恋愛と家族愛を一緒にされては困る。確かに家族間でも余程親しければするかもしれないが、お前のそれは度を越している。家族間ではこんなことはしないぞ?」

 

 それを聴いた瞬間、アグナはきょとんとした表情を浮かべた。

 

「……そうなのか、兄ちゃん?」

「……そうだと思うぞ」

「……そっか……」

 

 将志の回答に、残念そうな顔をするアグナ。

 それを見て、藍と将志は頭を抱えた。

 どうやらアグナは味を占めてしまったようである。

 

「……ところでアグナ。どこでこんなことを覚えた?」

「んっとな~、広場で勝負した妖怪の兄ちゃんや姉ちゃんたちから聞いたんだ。こうすると良いとかいろいろ教わったぞ!」

「……そうか……」

 

 楽しそうに答えるアグナに、将志は疲れ果てた表情でため息をついた。

 ……今度乱入してしばき倒す。

 将志はそう胸に誓った。

 

「ところで兄ちゃん……」

 

 そんな将志にアグナが声をかける。

 アグナの視線と声は熱を帯びており、将志は嫌な予感を感じた。

 

「……何だ?」

「……気持ちよかったから、またしても良い?」

「……勘弁してくれ……」

 

 満面の笑みで訊ねてくるアグナに、将志はげんなりとした表情で答えを返した。


 
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