No.539711

cross saber 第5話

九日 一さん

ごめんなさい、遅くなりました。

でも、其れなりに納得の行くものができました。
特に後半は自信作です。

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2013-02-03 21:55:52 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:247   閲覧ユーザー数:247

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5話〜晴天への飛翔〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side カイト】

「ハァァッ!!!」

 

カイトは飛びかかってきた敵を重い大剣を振り上げて斬り捨て、そのまま視界の左端に映ったもう一体の亜獣に向かって下段斬りを見舞った。

 

緑色の血しぶきと、耐え難い悲鳴を高々と巻き上げる敵からすぐに神経を外し、こちらへ猛進してくるさらに別の亜獣へと向ける。

 

三体。 カイトはその内で、先頭の猿のような小柄な亜獣に右水平斬りを繰り出した。

 

だが、そいつは外見から受ける印象と違わない身軽さでカイトの頭上を飛び越えてそれをよけた。 これによりカイトは後ろの一体と目の前の二体に挟まれた形になってしまった。 三体が同時に武器を振り上げる。

 

おっと、これは驚いた。 けどー

 

ーまだまだ甘いっ!

 

「ふっ!!!」

 

カイトは大剣を両手で握り、足を強く踏みしめると、ありったけの力を込めて上半身を旋風のごとく廻した。 身体と太刀筋が黄金色の円形を描く。

 

重量のある大剣は相応の遠心力を発動させ、周囲の亜獣をそれよりも速く一掃した。

 

カイトは返り血を避けるために大きくステップしながら後退する。 その時ー

 

「!!」

 

近くに五体の亜獣に囲まれている人がいるのが見えた。 その人物は…レイヴンだ。

 

彼の背後の二体の亜獣が剣戟のモーションにはいるのを視認する前に、カイトは姿勢を低くして彼のもとへと疾駆していた。 数メートルの距離を一気に加速してつっきる。

 

そしてそのままの勢いで、一振りのうちに二体を斬り捨てた。

 

ダッシュの勢いをなんとか抑えてレイヴンの方へ向き直る。

 

同じ様に、目の前の三体の獣を見事な三連撃で斬り伏せたレイヴンが、たいして驚いた様子もせずカイトの方をチラッと見ると小さくつぶやいた。

 

「…余計なことを」

 

まったく…お礼の代わりにこれか。

 

確かにレイヴン程の腕前ならば、先の状況もきっと簡単に切り抜けたに違いない。 だけど…

 

「僕は、そういう態度はいけないと思うよ」

 

カイトがなるべく陽気に言ったその言葉も、彼の『そんなことは分かってる』と言うような鋭い視線に一蹴されてしまった。 吐息をついて、それ以上の言及は諦めた。

 

もとよりレイヴンは極端に口数が少なく、特に感謝の言葉なんかは滅多に口にしない。 カイトは未だに、その口から『ありがとう』という、とても重要でありながら単純な言葉を聞いたことがなかった。 下手をしたら、イサクやマーシャでさえ聞いたことがないかもしれない。

 

それでも、レイヴンのことは嫌いじゃない。 あれでいて、実は誰よりも他人を思いやっているのだということがカイトには分かっていた。 任務の場で彼が、皆に危険が及ばないように裏で静かに動き、何食わぬ顔で戻ってくるのをカイトは何度か見たことがあった。

 

本当はとても優しいんだよな…。

 

カイトは長い髪の垂れたその背中に聞こえない程度に小さくつぶやいた。 彼は何を返すともなく、静かに次の標的へと向かって行った。

 

そういえば、最初の任務の後にイサク達がレイヴンの様子がおかしいと言っていたが、二回目以降にカイトが見る限りでは別段変わったところはなかった。

 

いつものように疾風の如く戦場を走り抜け、誰よりも静かに、激しく任務をこなしていく。 その鬼気迫る様子はむしろ迫力がありすぎるくらいだ。

 

ただ、一つ気になることがあるとすれば、それは戦闘スタイルの違いだ。

 

“三剣”と称される程の連続斬りを見せることはなく、言葉通りあっと言う間に一撃で敵の命を刈り取っていく。

 

ーまるで少しの苦も与えまいとしているのように。

 

敵の急所を一撃で貫くには相当の集中力と技術を要する。 それに、二刀で何度も斬りつける倒し方の方がはるかに正確でローリスクだ。

 

いかにレイヴンといえども、一撃必殺を狙い続けることなど無謀に等しい。 だが彼は機械よりも精密に、寸分の狂いもなく、平然とその神業をやってのけていた。

 

一体何がレイヴンをあれほどに掻き立てるのだろう。

 

カイトが今いる場所が戦場だということも忘れ思索にふけっていた時、ハリルの声が聞こえてきた。

 

「カイト? なにボーッとしてるの?」

 

まだ幼さの残る表情でハリルが若干心配そうにこちらを見ていた。

 

見ると、いつの間にかイサクやマーシャも集まってきていた。 どうやらそれぞれが大体片付いたようだ。 視界に捉えられる亜獣はもう数える程だ。

 

カイトは周囲の状況を一通り確認しながらハリルの質問に無意識的に答えた。

 

「んー…。 まあ、レイヴンのことが気になってね…」

 

言ってから気付いた。 この答え方はまずい。

 

「まさかお前…」

 

案の定、その意味を全く違う方向に捉えたイサクが口を開いた。

 

「ホ…!!?」

 

もう一文字は、イサクの首に突きつけられた冷たい大剣と殺気を放つエメラルドグリーンの瞳が何とか押さえつけた。

 

本気と大差ない速度のカイトの太刀に圧っせられたイサクは、藍色の瞳を泳がせながら「ホ、ホッホホホホー…」と変な笑い声をあげてごまかした。

 

ハリルとマーシャは分かっているだろうけど、一応読者の皆さんには言っておきます。

 

僕の恋愛対象は紛れもなく、健全に、完璧に女性です!!! (…作者が変な方向へ向かわない限り)

 

隣で「あれ? ホモとゲイの違いってなんだっけ?」 とイサクが小声でつぶやいているが、まあ許しておく。

 

こんな談笑もあって、場はすでにリラックスモードになりかけていた。

 

だがそれはハリルの小さな叫びによってピタリと硬直した。

 

その場にいた皆が瞬時にハリルの方へ顔を向ける。

 

彼女は瞳をめいっぱい開けて何かを言うように口をパクパクと動かしている。 恐怖からなのか、声が出ないようだ。

 

「どうした、ハリル!?」

 

カイトが嫌な予感に包まれながらハリルに声をかけた時だった。

 

ハリルの視線を追うようにカイトの後方を見たマーシャが同じ様に目を見開いた。 一瞬の硬直のあとすぐさま叫ぶように声を絞り出した。

 

「カイト!! 横に飛んで!!!」

 

その声音に鬼気迫るものを感じ取ったカイトは後ろを振り向くこともせず、大きく右に飛んだ。

 

次の瞬間。 ビュッという風を切る鋭い音と共に、何かがカイトの左腕を掠めた。 それは地面すれすれで一気にホップし、上空へと舞い上がって行った。

 

カイトは地面を転がりながら身を起こす。

 

「あ…あれは」

 

皆と同様にその正体を青空の中に見てとったカイトは理解に遅れたが、はっきりと認識した。

 

まさか…

 

「…あの()も、亜獣なのか」

 

 

 

 

 

 

【side イサク】

雲一つない晴れ渡った青空を、全く不似合いの真紅の獣が滑空している。

 

「あれも亜獣なの?」

 

ハリルが震える体を抑えながら疑問でありながら疑問でない言葉を口にした。 マーシャが落ち着かせるように側に寄って行き、肩をさすった。

 

「間違いないわね…」

 

彼女がイサクとカイトの方を見て真剣な目でつぶやいたので、二人とも静かに頷く。

 

もう一度空を見上げると、全部で七匹の異形の鳥が悠々と舞っていた。 攻撃のタイミングを測っているのかもしれない。

 

イサクは小さく舌打ちし毒づいた。

 

「厄介だな」

 

知っての通り、イサクたちの武器は近接戦に特化した“剣”だ。 遠距離用の剣技もないことはないが会得難易度が高いため、恥ずかしながらイサクも未だ会得できていない。 レイヴンですらまだ成し得ていないらしい。

 

簡潔に言ってしまうと今のパーティーの中の誰も、はるか上空の敵を射落とすことはできない。

 

つまりカウンター狙いということになるが、それには相当の時間と集中力を要する。 リスクもずっと高い。 先のカイトの左腕を掠めた翼の鋭さを考慮すればなおさらだ。

 

と、空中を舞う亜獣の高らかな鳴き声が頭を打った。

 

「キィィィッッッ!!!!!」

 

見ると、三匹の亜獣がさらに高くへと飛翔していた。 そして体を反転させると尖ったくちばしをイサク達の方へ向け、一気に下降して来た。

 

「くそっ!」

 

イサクとカイトは、ハリル達を守るようにその前に立ち、剣を構えた。

 

ダメージを受けるのは免れない。

 

「とにかく、二人を守ることが最優先! それと、この一回で絶対に一体は仕留めるよ!!!」

 

同じ様に覚悟を決めたカイトが強く叫んだ。 イサクも声を張り上げて応える。

 

「当たり前だ!!!」

 

だが次の瞬間、目の前の三体の敵は突如として下降をやめ、旋回しながら引き始めた。

 

「なんだ…?」

 

イサクとカイトが唖然としていたのも束の間、その意味はすぐに分かった。

 

「キィィィッッッ!!!!!」

 

今度は真上でその鳴き声が響いた。 全員が弾かれたように上方を見上げると、四体の別の亜獣がすぐそばまで迫っていた。

 

「っつ! まずい!!!!」

 

このままだと防御さえしきれない。

 

そうは思いながらも、イサクが二人の間に割って入った時だった。 黒い影が、地を恐ろしい速さで走りながらこちらへ向かってくるのが目に入った。

 

それは、イサク達の周囲にある中で最も高い岩を踏み台とすると、空へ向かってほぼ垂直に飛び立った。 その跳躍は重力さえ感じさせないほど高く、流麗だった。

 

その影はそのまま四体の亜獣とすれちがった。 その時にしなやかに鋭く振り抜かれた二本の刀は、視認さえ困難だった。

 

四匹の亜獣は目的を遂げることなく、緑色の血しぶきをあげながら地面に伏した。

 

皆が某然とする前で、その影の主、レイヴンが、翼でも生えているかのように悠々と地に降り立った。

 

マーシャの好意の視線、ハリルの驚嘆の視線、カイトの称賛の視線を無視して、彼は方向を変えて歩き出した。

 

「ちょっと待て」

 

明らかに「用が済んだから帰る」的な雰囲気を出しているレイヴンを止めに入ったのは、イサクだけだった。

 

レイヴンは歩を止めて静かにイサクを見た。

 

「二回はやりたくないな。 もう疲れた」

 

「だけど…」

 

レイヴンの黒い瞳がさらに鋭くなった。 呆れと嘲りの目だ。

 

言いたいことはわかってる。

 

「俺に頼るのか?」

 

何も言えずにいるイサクを見て、彼の顔がふと可笑しそうに歪んだ。 性悪の子供がいたずらを思いついたような顔だ。

 

「第一に、少なくともお前だって飛べるじゃないか」

 

「?」

 

イサクがその言葉の意味がわからず、嫌な微笑みを浮かべるレイヴンを見ていると、近くで聞いていたカイトがポンと手を叩いた。

 

「ああ、なるほど」

 

そしてこちらも、何やら意味深な笑みを浮かべる。

 

嫌な予感しかしないぞ…。

 

彼はイサクの方に手を置くと、震える声で“飛ぶ手段”を教えてくれた。

 

「君は飛べるんだよ。 マーシャという発射台さえあればね…」

 

「おいおい…」

 

冗談だろうと言おうと思ったが、背後から聞こえてくる指を鳴らす音に身体が硬直してしまった。

 

「ちょっと待て。 そんなことしたら俺が死ぬ」

 

イサクは言ってから自分の失言に気付いた。 背後からの殺気が倍増したのだ。 すぐさま回れ右をし、弁解を図る。

 

「い、いえ。 マーシャ様の綺麗な御手が、私程度の下郎の血に染まっては…」

 

「お気遣いありがとう。 下郎」

 

イサクの最上級の敬語の羅列は見事に跳ね除けられてしまった。

 

救済を求めるが、カイトは笑をこらえるだけだ。

 

あとはハリルだけだ。 ーだったのだが、彼女に向けたイサクの視線は見事にスルーされてしまった。

 

そんな…。

 

そういえば、いつの間にかレイヴンはいなくなっている。

 

「あの野郎…。 覚えてろ…」

 

するとその時。

 

「キイィィィッッッッ!!!!!!」

 

またしてもあの甲高い声が聞こえた。 攻撃の合図だ。

 

同時に、マーシャが右手をぎゅっと握りしめた。

 

「ちぃ。 仕方ないか」

 

イサクは潔くマーシャに殴られ……るのではなく、反対方向へ駆け出した。

 

「あっ!! 逃げるな!!!!」

 

マーシャの言葉を無視して、腰の“インディクーム”を引き抜き、前方のカイトに向かって叫んだ。

 

「カイト! 大剣で俺を叩き上げてくれ!!!」

 

一瞬の間があったが、彼はイサクの意図を理解するとぐっと大剣を構えた。 もちろん、切っ先を下げた状態で。

 

信じて任せるしかない。

 

イサクはその元へ飛び込んだ。

 

同時にカイトが大剣を振り払う。 イサクはその太刀筋に合うように足を突き出した。

 

「うおおお…らあぁぁっ!!!!!」

 

二人の叫びが重なった。

 

タイミングは完璧なまでに合致し、イサクの身体は弾丸のように三体の亜獣めがけて放たれた。

 

イサクは倍速で接近する敵を視認すると、すぐさま剣技を発動した。

 

片手剣三連続斬りー

 

「《蒼日月(あおかげつ)》!!!」

 

イサクの剣がしなやかに振られ、すれ違う三体の亜獣を、蒼い太刀筋を残して斬り裂いた。

 

手応えは充分だった。 三体とも恐らく一撃で潰せただろう。

 

すると、緊張から解き放たれた安堵と達成感がイサクを包み込んだ。

 

興奮した身体を撫でる風も、心地よい。

 

「…空を飛ぶのも案外悪くないな」

 

そんな思いに浸っていた矢先、イサクは自分が減速していることに気がついた。 やがて完全に速度がゼロになる。

 

イサクは遠く離れた地面を見て思った。

 

時間が止まって思えるってのは、こういうことなのか。

 

なぜそんなに落ち着いた思考ができたのか、後になっても不思議に思う。

 

だが、一つだけ言えることはー

 

「やっぱり空は飛ぶもんじゃないっ!!!」

 

イサクは情けない悲鳴をあげながら、硬い、硬い地面に向かって落下していった。

 

 

 

 

 


 
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